1話 はじまりはじまり
玄関をを開けて共用廊下に足を一歩踏み出したその時だった。
キーン
「ゔっ」
突然の耳鳴りと目眩で頭を押さえながらうずくまった。
幸太この症状に心当たりがあった。
情けない話だが遠足が楽しみな子供のように大学生活がどのようになるのか考えてたら興奮して昨夜はあまり眠れていなかった。
おまけに朝から胃が痛み、心臓の鼓動が早く感じる始末。
そう、幸太はあがり症であった。
人前に出て注目を浴びることでの不安や緊張で体調を崩す症状。
対人恐怖症とも言う。
いやいや、さっきまで女の子達との甘酸っぱい日々を妄想してたじゃないかと、お思いだろうが実際はどうにか気持ちを落ち着かせようと気を紛らわせてただけである。
もちろん女の子と仲良くはなりたい。
花の大学生活なのだ青春を謳歌したいじゃないか。
しかし気持ちとは逆に症状は悪化していた。
勉学だけじゃなく、精神面を鍛える必要があったことに幸太は心の底から後悔した。
でも俺は、このままでは遅刻してしまいもっと注目を浴びると思い意を決して立ち上がった。
深呼吸でもすれば少しは良くなるか…………
「え?」
目の前の光景がいつもと違いすぎて、深呼吸するつもりが驚きすぎて呼吸が一瞬止まる。
気がつけばそこはアパートの共用廊下ではなかった。
周りはレンガの壁に囲まれ地面に草と花。
何かの苗が植木鉢に植えられていて、その横には白いベンチ、天井は無く星が見えた。
リホームでもした?
いや、昨日まで何も無かった。
そもそも俺の部屋は二階中央にあるのだから、こんな広い庭を狭い共用廊下に作れるはずがなく、常識外でますます混乱する。
「何処なんだここは。 まさか、あのまま倒れて夢でも見てるじゃないよな?」
さっきまでの体調を思い出すとありえる話だ。
でも、それはそれで情けなくて目覚めてから夢であってほしいとも思うだろう。
「夢でも幻でもない。 現実だよ」
⁉︎
振り向くとそこには幸太が出てきたはずのアパートは無く、見た感じ同い年くらいの眼鏡をかけた白髪の女性が立っていた。
「意識ははっきりしているようだな。 言葉も伝わっているか?」
彼女はそう言うと幸太の容姿をつま先から頭のてっぺんまでにジロジロと見始めた。
整った顔立ちで眼鏡越しの彼女の赤い瞳が妖艶で少し後退りする。
「あぁ……安心して、危害を加えるつもりはないから。 必要だから召喚したのに壊してしまうなんて不合理なことしたりはしないから。 ようこそ異世界人さん」
美人に見つめられて緊張して動揺のあまり後退りしたのだが怯えてるてと思ったようだ。
俺の中で彼女の言葉が引っかかった。
……召喚? ……異世界人?
ファンタジー系の作品で聞くような単語にありえないと思いつつも現状もっとも可能性がある考えが頭を過ぎる。
その手の話は詳しくないが大まかには知っていた。
確か見知らぬ異世界で剣や魔法で無双してくあの……
見知らぬ異世界?
それなら俺の過去を知る者は誰もいない?
考え込んでいる幸太を無視して彼女は話し出した。
「わたしはミュヒテン王国の王室専属の魔女、名はグイダ。 国王の命により君をこちらの世界に召喚した」
「…………」
耳を疑いたくなるがグイダの発言が嘘ではない限り俺の予想は当たっているようだ。
「国王が城で待っている。 詳しいことはそちらへ行ってから話す」
手短な自己紹介を表情ひとつ変えずに淡々と言うと幸太に背を向けて扉に向かう。
一方的に話しが進んで当事者が置いてかれていることは、気にも留めてないようだ。
「ちょっと行く前に質問があるだけど」
このままではマズイと思いすかさず声をかける。
グイダは振り返り幸太の顔を見て言った。
「なにかな? 国王を待たせているから時間はあまりないけれど」
どうやら少しは話しは聞いてくれるようだ。
あまりにもそっけない反応だから無視されるかと思ったけど良かった。
「わかった、聞きたいことは沢山あるが手短に聞く。まずはここがいったい何処なのかと俺が召喚に選ばれた理由が知りたい」
「ここはミュヒテン王国の城内にある魔女の塔の中庭だ。 名の通りわたしの所有する塔なので必要な物は揃っているから君をここで召喚した」
城内に専用の建物ってことはグイダはそれなりに地位の高い人物なのだろう。
「それと君が召喚に選ばれた理由は…………ない。 偶然に選ばれただけだ」
「えっ、ないの? 何か選ばれる基準とか、秘められし力があるからとかでもなくて?」
グイダは首を横に振って否定した。
運命の神様よぉ、偶然で別の世界に召喚されるくらいなら宝くじが当たってくれよ。
生まれてこの方ずっと当たり付き駄菓子ですら当たったことないのに、他の誰でもなく異世界召喚されるのって俺の人生バグってないですかねぇ。
しかし理由もなく選ばれたのなら俺に何をさせるつもりなんだ?
何ら特別でもない普通の人間だぞ。
考えると悲しいくらいに何もないぞ。
王様が何を求めているのかますます予想がつかない。
今聞いても良いがどうせ王様に会ったら聞かされるのだから、今はグイダにしか聞けないことを質問する方が先だ。
次に俺は異世界に来たからには一番重要なことを直球で聞いた。
「俺は用事が済んだら元の世界に帰れるのか? そもそも帰れる方法はあるのかを知りたい」
「…………」
この質問は召喚したグイダにしか答えられない。
答え次第では俺の人生は大きく変わる。
王様の願いがむちゃくちゃなお願いだった場合、帰れるなら説得して返してもらう。
もしくは別の適任者を探して俺は帰ることもできる。
だが、帰れなかった場合は従うしかない。
逃げたり抵抗でもしたらどんな酷い扱いを受けるかわからない。
すると、さっきまで無表情だったのに初めて表情が曇る。
「残念ながら元の世界に帰る方法はありません。 何百年も生きてますが異世界人が帰ることができた話しは聞いたことがありません」
残念ながら答えは後者だった。
「……………………………マジか」
幸太は驚愕した。
「グイダさん、その見た目でいったい何歳なんですか? 魔女ってどんだけ長生きなの?」
失礼だと思いつつも思わず聞いてしまった。
その発言に眉をひそめるグイダ。
「そろそろ行こうか。 さすがに国王をこれ以上待たせるわけにはいかない」
そう言うとグイダは再び扉に向かう。
今度こそ無視された。
あ、やっぱ聞いちゃマズイことだったか。
そうだよな、初対面の女性に年齢を聞くのは失礼だよな。
でも今後も見た目と年齢が一致しないことがありえるから参考までに聞いておきたかった。
グイダはこれ以上は話してくれそうにもなかった。
まぁ彼女に聞いておきたかったことは聞けたし、良しとするか。
俺は大人しくグイダの後ろについて行った。