3私だけの匣
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛されたい。
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もうこの部屋に、彼は居ない。
彼の存在は、私の部屋から全て消されてしまった。
病気だと云われて、仕事を辞めさせられて、一人きりの寂しい部屋に戻ってしまった。
私はただ、彼と一緒に居たかっただけなのに。
微かに開いたカーテンの隙間から溢れる光に照らされながら、全てを奪われて脱力した身体を寝転がす。
彼の匂いは消えてしまった。
彼の御守りは消えてしまった。
彼の衣服は消えてしまった。
彼の身体は消えてしまった。
ただ彼と、一緒に居たかっただけなのに。
総てはもう、石の下。
古い日本家屋に引っ越しをした。
あのままあの部屋にいるのは、少し気が滅入る。
縁側から庭を眺める。
長らく人が住んでいなかったからか、大分荒れ放題。
貯金を崩しながら少しずつ整えていく。
家の内装も弄らなくては。
畳の一室の、崩れて剥き出しになりかけた土壁を眺める。
ホームセンターで買ってきた壁材に、灰を混ぜる。
コテに載せ少しずつ、少しずつ壁に這わせて塗っていく。
彼の好きな色、私の好きな色。
少し暗いけど、色鮮やかなワインレッド。
破れた障子も張り替える。
糊に水をちょっとだけ入れ過ぎたので、粘りを強くする為に少量の灰を目分量。
天井にも壁材を塗り、畳の下には乾燥剤として余った灰を。
哀しみの向こう側にたどり着いた私は、もう悲しむ事は無い。
彼の側に居た喜び。
彼と共に居た喜び。
彼が近くに居る喜び。
既にもう、幸せに浸っているから。
種は既に蒔いてあり、生まれた卵は保管中。
あの部屋に名前をつけよう。
私の土地の、私の家の、あの部屋に。
命名「あなた」
いじょうでした。
読了ありがとうございます。