五話 神隠し
親子との食事を済ませた後、ソラは近所の子供達と遊びに出かけてしまった。テーブルで食後の休憩をしていると、ミネアから飲み物を渡される。色や香りから察するに紅茶の様な物か?付け合わせにお茶菓子も出されて話を切り出し始めた
「そういえばこの村に用があると言っていましたね、まだ聞いていませんでしたが村に何の用があったのですか?」
改めて言われて気付いたが自分はこの村に用事があって来る途中にソラを救出したという事になっている。ソラにも言った様に自分は世界を回っている旅人という事にしておいた。最初は旅人という事を聞いて驚かれたが話をしている内に納得して貰えた。ソラと会った時から疑問には思っていたがどうして旅人と言うとそこまで驚かれるのだろう、こういう世界なら居てもおかしくは無いと思うんだが…
「それでこの村に辿り着いたという訳ですか」
「まあ平たく言えばそういう理由ですね、お…自分からも少し質問があるのですが大丈夫ですか?」
咄嗟に出てしまいそうになった元の一人称をどうにか改める。流石にいきなり『私』とか言うのは小っ恥ずかしい
「ええ!私が答えられる範囲であれば何でもお聞きください」
えっへんと言わんばかりに胸を張って返答に応じてくれるミネア。ソラの母親というが見た目は若く、人間の年齢で言えば17か18ぐらいだろう。獣人は人間と比べて年の取り方も違うのか?疑問に思う事はあるが今聞くべき事はそれじゃない
「何個か聞きたい事がありまして、この世界って自分達の様な獣人の他に種族っているんですか?」
「ん〜、自分も完全にはどれぐらいの種類の種族がいるのかはまだ理解していないんですよね…。知っている物で言えばまず私達の様な獣人、人間、エルフ、オーガ、竜人…後はアンデッドと言うのも存在するらしいですよ!少し前までは他の種族なんて全く知らなかったんですけど最近取引で関わるようになった人間から貰った本などで知ったんですよね」
指で数えながら少しずつ思い出す様に種族の名前をポンポンと出していく。神話やおとぎ話でしか出てこない種族がこの世界にいるのだと思うと少し会ってみたいと言う好奇心が湧くが今は心の奥に留めておく。
「結構な種族がこの世界にはいるんですね、…そういえば先程人間との取引的な事を言ってましたがこの村は人間との関わりがあるんですか?」
「そうです!何から説明しようかな…、えっと…近くに大きな森があるのはご存知ですよね?実は人間が作り上げた大国…コルステ王国というのが森を抜けた先にありまして一ヶ月前程にこの村にその国の行商人が立ち寄ったらしく、そこから関わりが生まれて取引が始まった感じですね。基本こちらは作物や、狩りで手に入れた動物や魔物の皮を提供して代わりにこの辺りの地図や様々な情報が載った本など色々な物資を分けて貰っています。他の種族と関わったのは人間が初めてなのですが村作りや狩りをする上でのアドバイスなども頂けるので本当に助かってます!」
なるほど、これは良い事を聞いた。どうやら自分がこの世界に来た時にいた森を抜けた先に人間の国があるらしい、話を聞いている限り他種属同士で共に暮らすなどは無いそうだがこういう取引や貿易の様なもので関わる事は少なくないのかな?聞いた情報は忘れないようにと頭に叩き込み、気になっていたもう一つの質問をする
「もう一つ聞きたいことがあるのですがこの様な武器って見た事がありますか?」
そう言って背中にかけていた銃をテーブルの上に置く。黒曜石の様な黒を基調とした真っ黒な銃。この武器の存在は未だに謎だ、軽く現時点で分かっている事と言えば引き金を引けば絶大な威力の弾が発射されるという事ぐらいしか分からない。初めて触った時に脳裏に受けたフラッシュバックの様な物との関連性も分からず、何故自分に与えられたのかも分からない。大体この武器に弾切れとかあるのだろうか
「この変な形をした物は本当に武器なのですか?うーん、この様な武器は本で読んだ事も実際に見た事も無いですね…」
微かな希望にすがるかの様に聞いてみたが予想はしていた通りやはり知らないらしい、仕方ないと思いつつもガッカリして少し気落ちしてしまう。
「あっ…、でも人間の行商人さん達なら知っているかもしれないですね!実際知識や情報で言えば私達の様な者の数倍は持っていますし、もしかしたらその武器が何なのか分かるかもしれないですね」
自分が気落ちしてるのが伝わってしまったのだろうか。焦って他の案を必死に提案してくれるその様子に内心笑ってしまい、先程の気落ちしていた気持ちも何処かに飛んで行ってしまった。
「お気遣い有難うございます、確かにその行商人さん達に聞いてみるのが一番良さそうですね。次はいつ来るかなどは分かっているのですか?」
「一応前回来たのが5日ほど前なので後数日したらまた村に来ると思いますよ、基本的に1週に1回は来るので」
「そうですか…」
数日後に来るというのであればまだこの村に滞在しなくてはいけない、しかし門番や兵士達には自分という存在は怪しい人というレッテルを貼り付けられた状態で伝わっているだろう。どの様にして数日間村で過ごそうかと苦悩していると
「…もし良かったら私達の家を宿代わりに使って頂いても大丈夫ですよ」
「!?本当ですか!有難うございます!」
言葉には出していないのに何について悩んでいたか見事当てられてしまった。自分って意外と顔とかに出てしまうタイプなのか…?これからはもう少し意識しようと反省し、悩みの種であった村での過ごし方も解決した。
「娘を助けて貰ったのですからこれぐらいはして当然です!居なくなった時には本当に焦ったんですよ、最近噂の行方不明事件に巻き込まれたのでは無いのかと…」
「?そういえば門番の方もそれについて話していましたね、何かあったのですか?」
「実は…一月ほど前からこの村の子供が行方不明になる事が多くてですね、捜索には何度も行っているのですが見つからず行方不明になる子供は増えるばかり。警備の人数などは増やして村の外には行かないようにさせているのですが気付いたら神隠しのように子供が消えてしまう、っと外部の方に話しても仕方の無い話ですよね…」
子供が消える…普通に考えれば有り得ない事だが村の周りには何人も警備の人員を割いており勝手に外に出て行方不明になるという事では無いらしい。確かにこの様な事が起きれば警備の者達は気が立つのも納得出来る。そう思うと共に自分がこの村に来たタイミングの悪さに悲嘆してしまう。少し重い空気になってしまい、何か話題を変えてこの空気を変えなければと思っていると家のドアが勢い良く開けられる
「ママー!ユラさん!ただいま!」
酷く汗をかいた様子のソラが帰って来た、恐らくそろそろ日が暮れそうなので暗くなる前に遊びを切り上げて帰って来たのであろう。
「お帰り、ソラ。お外で遊んで来たのなら先にお風呂に入りなさい。ママは夜ご飯を作るから」
「はーい!…えっと……もし良かったらユラさんも一緒にお風呂入りませんか…?」
「!?」
唐突な展開に頭がパンクする。何故この流れで自分が幼…少女と共に風呂に入る事になっているのか。少なくとも自分は体は女だが心は男であり、風呂に一緒に入る事には罪悪感しかない。何か言い訳を言って断ろうとしていると
「ユラさんも旅をしていたのならきっとお疲れでしょう?私は後で大丈夫ですからもし宜しければソラと入って貰っても良いですか?」
ミネアが逃げ道を塞ぐ様にお願いをしてきた。これからお世話になる上で頼まれた物事を断るなんて無愛想な真似は出来ない。覚悟を決めて小声で答えた
「あっ…はい」
「ユラさん一緒に入ってくれるの!?やったー!」
ソラの嬉しそうな顔を横目に、何も考えないように虚無の精神を意識して二人はお風呂へと向かった。何も見ないように出来る限り視線を逸らしながら風呂に入るという本来疲れを癒す場所である風呂で逆に疲労を溜めるという本末転倒な行為をして風呂から出る頃には入る前より疲れが溜まってしまった。服に関しては元から着ていたボロ雑巾の様な服を着直した。
地獄の様な風呂に入り得た収穫は1つ、尻尾は濡れると乾かすのが非常に面倒だという事だ。例え匂いが酷いと言われようとも二度と風呂には入らない、そう誓って寝床に入るのであった。