三話 銀狼
目覚めた男はすぐに周りを見渡してここは間違いなく元いた世界では無いという事を察した。じゃなきゃこんな森の中に見た事も無い植物なんて生えてないはずだ。どうしてこの世界に飛ばされてしまったのか。心当たりはある、死ぬ間際に聞こえた何者かの声だ。あの時は意識が朦朧としており、何かを話していた気がするが全く聞き取ることが出来なかった。頭で必死に思い出そうとするも自らの名前と死んだという事実以外思い出す事が出来ない
「全くどうしたもんかな…」
改めて周りの状況を掴んだ男は近くに銃が落ちている事を確認する。
「これって…」
銃を持った瞬間見慣れない光景が頭にフラッシュバックする。何かを思い出しそうになり反射的にそれを抑える。一瞬で気分が悪くなり、何故か嗚咽がこみ上げる。
「っ!ハァハァハァ…」
数分かけてどうにか息を整え、改めてその銃を確認する。先程の反応から間違いなく自分の失った記憶に関係する物だろう。だが一度目の反射的な反応以来、持っても何も起こらない。
「何だってんだこの武器は…」
疑問しか残らない武器を背中にかけ、次に自分の身に傷などが無いかを確認する。この世界に来る前に受けた怪我などは残っていなかったのは不幸中の幸いだった。だが明らかに人の身にはあるはずの無いモノが自分に付いている、その事実を目の当たりにしてユラの頭の処理機能は停止しそうになった。
「これってどう考えても尻尾だよな…」
自らの意思でパタパタと動く美しい銀色の毛並みをしたモノを見て、それは自分に付いているだという事を再認識させられる。頭を触ると耳の様なモノが付いている事から何かしらの獣に転生したのだと理解する。
「さっきからやけに細かい音が聞こえると思ったらそういう事か、しばらくはこれに慣れないと耳がキンキンして仕方がねぇ」
人間の頃とは桁違いの数の音から与えられる情報量に頭を痛めつつ、再度別の部位の確認に移る。手や足などは人間の姿の時と変わっていない事から獣では無く俗に言う獣人という者になってしまったのだろう。しかし自分の身には更なる変化があった事に確認している最中に気付いてしまった。男の頃にあったモノが無いのだ。転生した後から透き通った高音の声になっており、気にしない様にはしていたがどうやら獣人…かつ女の獣人になってしまったらしい。ただ胸に関しては正直男の頃と変わらないほどのまな板だった。もう少し大きい方が個人的には好みなのだがそんな事を思っている場合ではない。
「取り敢えずの現状は把握出来た、まず俺がいるこの世界は元の世界ではない。そして俺は獣人…かつ女になっていると、どう生まれ変わったらこんな元の自分からかけ離れた存在になれるんだよ。それ以前にここは何処なんだ?まずこの世界に俺以外の人間は居るのか?」
自分の現状に嘆きつつ、耳を澄まして辺りを探索していると小さな泉を見つけた。一応飲めるかどうかは分からないが水を確保する事には成功した、しかし食糧に関しては未だに何が食べれるかどうかは分からない。果物や薬草の様な物は森のという事もあり辺りに多く生えているが仮に毒などがあった場合、対処法が分からない今無闇に食べるのは危険だ。解決しそうに無い食料問題に心配しつつ乾いた体を潤すように泉の水を喉に流し込む。安全かどうか分からない水を手ですくって飲んでいると泉に反射して自分の姿を確認する事が出来た。頭の上に付いているピンと尖った二つの耳、顔はそれなりに整っており胸以外のスタイルは申し分ない、自分でも綺麗な人だと思ってしまった。目の色は右目が赤、左目が青というオッドアイになっていた。言葉は知っていたが実際に見た事は無く、映った自分の姿で初めて見るという常人からすれば摩訶不思議な状況に陥っていた。耳や髪の毛並みは尻尾と同じ美しい銀色の毛並みをしており、改めて自分が人では無い人外の存在となってしまった事を現実が突きつける。
「…結構尻尾ってモフモフしてて触り心地良いんだな」
前世ではあまり動物と触れ合う事をしていなかった為、興味本位で触った自分の尻尾の触り心地に内心うっとりとしてしまう。
「って尻尾弄ってる暇なんて無いんだよなぁ…、迫りくる食料問題、自分以外の人間がいるかどうか、確認したい事や問題は挙げればキリがないな」
元々いた自分の世界に戻れるかも分からないまま、名残惜しさを残して尻尾から手を離し中断していた辺りの探索を再度始める。
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特に役に立つような情報も手に入らず、探索を続けていると森の奥から微かに何者かの声が聞こえた。自分以外にも人がこの世界にはいるという事実に安堵しつつ、声がした方向に森を走り抜ける。
「明らかに人間だった頃と違って身体能力は飛躍的に上がってるな、これも獣人の特徴なのか?」
自らの身体能力の高さに惚れ惚れしつつ、徐々に声の発生源へと近いていく。声の主は動いている気配がしない事から一種の不気味さを感じさせるがこの世界に来て初めて出会う他の人間に、ユラの足は止まる事を知らなかった。
「願うべくはそいつが話が通じる奴だという事だな、仮に敵対関係を持ってくるのだとしたら武器も無い現状戦う事すら出来ん」
どうか話が通じる人間でありますようにと心の奥底で願い、ついに声の主の元へと辿り着く。
「うっ…グス…、ママ何処に行っちゃったの…」
辿り着いた先で出会ったのはまず人間では無く今の自分と同じ獣人であった。だが自分とは違い尻尾は細く、前世で見た事のある猫の形状に似ている。さらに、俗に言う猫耳が頭に付いており尻尾からも想像出来る通り彼女は猫の獣人であろう。地べたに座り込んで母親とはぐれてしまったのか泣きじゃくっている。そうして彼女の姿を分析しているとこちらに気付いたのか怯えた表情で細々と言葉を発する
「あっ…貴方は誰…?多分村の人じゃないよね…?」
「…俺の名前はユラ、君がいう村の人間では無い。少し質問があるんだが君はどうしてこんな森の奥に?」
名乗るべきかどうか考え、年齢的にも幼いと思われる子供に信じれる人と思われるには変に嘘を付くのは逆効果だろう。唯一思い出せる自分の名を名乗りつつ当初からの疑問であった何故この様な場所にいるのか、という質問をする
「わっ…私の名前はソ…ソラ、本当だったら今日は村の皆で森に薬草取りに来ていたんだけど夢中になって薬草を取っていたらママや村の皆とはぐれちゃって…村に帰ろうにもここは森の奥だし魔物に会うのが怖くて…」
ソラと名乗る少女は未だに怯えの表情が抜けない様子で辿々しく今の状況を説明する。まだ幼いと思われるのに未知の存在である自分を前に逃げ出す事も無く、その場で座り込んで話を続ける
「ユラさんで良い…のかな…?何でユラさんもこんな森の奥にいるの?この辺りは他の獣人の村は無くて他の村の獣人なんて滅多に来ないはずだけど…」
まずい状況になった。情報を手に入れる為にはこの少女に信用に足る人だという事を認識させなくてはいけない。変な疑いをかけられてこの場から逃げ出される事が一番この状況で不利益になる。
「実は俺はこの世界を回っている旅人でね、旅の最中に食糧が尽きてこの辺りにある村に行こうとしている最中だったんだ」
「獣人なのに旅人…?珍しい人もいるんだね…」
何とか思いついた言い訳をし、何とか自分が怪しい人という疑いを晴らす事に成功した。次の目標はソラがいう村の人に会う事だ。ソラの言う事が間違っていなければこの森の近くに獣人が暮らすという村がある。どれだけの規模の村なのかはまだ分からないが少なくとも複数人の人はいるだろう。この世界を知る上でも情報の入手手段は多いに越したことはない。
「さっきも言った通り俺はこの後君の村に立ち寄る予定だったんだ。それで良かったら村まで案内して貰えないか?こう見えて腕は高い方なんだ、道中で魔物に会っても俺が守ってやるよ」
ソラと会う前に何度か森の奥で魔物に会っていたがこの謎の銃を持っている自分の敵では無かった。照準を向け、一度引き金を引けば魔物は絶命するほどの威力だった。森の奥にいる魔物の強さは他の物と比べてどれほど強いのかは分からないが少なくともこの森で出る魔物レベルなら何匹出ようが一人で対処出来るだろう。そう考えたユラは少女に提案する
「本当ですか!?私は村までの案内をするだけで良いんですよね?」
怯えた表情が一変として嬉々とした表情に変わる、思っていた通りに事は進みそうだ
「ああ、別にお金なんて要求しないよ」
「それでしたら村までの護衛をお願いしたいです!」
「よし、それじゃあ行くとするか。村まではここから大体どれぐらいかかるんだ?」
「えっとですね…」
ソラというこの世界に来てから初めて出会う人である少女との会話を弾ませながら二人は村へと向かう。数十分ほど歩いていると薄暗かった森の奥に光が見えた。
「ん…あれかな?」
「そうです!あそこが私達が暮らす村、コーデ村です!」
村が見えた瞬間に走り出す少女、そんな背中を眺めつつユラはコーデ村へと足を踏み入れるのであった