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Loyal Tomboy  作者: EN
第五話「平行線の彼方に」
92/245

05-11:○ブリーフィングルーム#2[2]

カースが希望して転属した先は、陸軍養成学校ではなく陸軍士官学校です。呼び方を統一する為に修正しました。

第五話:「平行線の彼方に」

section11「ブリーフィングルーム#2」


ひんやりとした早朝の香りがほのかに漂う時間帯。


それほど広くもない殺風景な地下会議室に押し込められた兵士達が、無造作に並べられたタブレットチェアに座り、壇上で熱弁を振るう女性の言葉に耳を傾けている。


夜明けと共に叩き起こされる事となった彼等にとって、込み上げる眠気を完全に押さえ付けるのは困難な事だが、それでも自らの生命に関わる重要な作戦会議の中で、ゆったりと夢見心地気分で過ごす事が出来る者など居ようはずもない。


協調性に事欠いたならず者集団として、蔑視べっし的な視線を突き立てられがちな彼等だが、軍属の兵士として常に死と言う恐怖を背負った自らの立場を、少しは理解してると言うことなのだろう。


しかし、そんなピリピリとした張り詰めた空気が会議室内を支配する中、集団の中央部で一人俯うつむく少女だけは、少し様子が違うようだった。


何を見るでもなく。何を聞くでもなく。


完全に自分一人の世界へと埋没した意識を廻らせ、ただ只管ひたすらに頭の中で同じ問いを繰り返す少女は、一人では決して出口を見つける事が出来ない迷宮の中を彷徨さまよい歩いていたのだ。



私・・・。昨日、何してたんだっけ・・・。


夜、お酒なんか飲んでいないよね・・・。


朝はシルと一緒だったし、昼はフロルとルーサと一緒だった。


そして、お昼を食べた後アリミアに会って・・・。


・・・そう・・・。そうだよね・・・。


やっぱり最後はあの地下通路だよね・・・。


あの時、男の人に襲われたような気がするけど、自分の部屋で普通に寝ていたって事は、夢だったって事なのかな。


でも、昨日の午後の記憶が全然無い。


起きた時に着ていた服も昨日と違う。


私、いつ着替えたんだろ。


昨日お風呂入ったんだっけか?


と言うより、あんな大きな服。私のじゃないし・・・。


解らない・・・。思い出せない・・・。


でも・・・。でもさ・・・。でもだよ。


これが私の部屋の机の上にあったって事は・・・。



長い作戦会議の間中、その行動は何度繰り返される事となったであろうか。


セニフがゆっくりと自分の左手拳を振り解くと、指の隙間から差し込む微かな光によって照らし出された質素な小物が、彼女のてのひらを綺麗な紅色で染め上げた。


それは見るからに安物であろう事をうかがわせる、何の装飾も施されていない紅い2つのヘアピンだったが、彼女はそれが、一体誰の持ち物なのかをよく知っていた。


そして徐に何かを思い立ったような表情で顔を上げると、セニフは密集した集団の最中にその持ち主の姿を辿って、キョロキョロと視線を泳がせるのだ。


しかし、ネニファイン部隊のアタッカーメンバー達、全員の参加が義務付けられている重要な作戦会議内にありながらも、いつもは嫌でも直ぐに見つける事の出来る女性の姿が見当たらない。



何かあったんだろうか・・・。



やがてしばらくして、左手に持ったヘアピンをギュッと強く握り締め、不意に表情を曇らせたセニフが項垂うなだれるように下を向いた。


そして、答えとなるべき完成形を組み上げる為には、明らかに部品となる記憶が足りていない事を知りつつも、彼女は再び一から記憶の断片を組み上げ始めるのだ。



深い眠りの最中から目を覚まし、セニフが今日と言う日を迎えたのは午前三時。


ネニファイン部隊の作戦会議への召集がかかる一時間も前の事だ。


普段から悪夢にうなさされて夜中に目を覚ます事はあるものの、まさかこんなにも早い時間帯にすっきりと目覚めてしまうなどと、思っても見なかったのだろう。


セニフはしばらくベッドの上でその不自然な目覚めの余韻よいんに浸ったまま、ゆっくりと時を刻む時計の秒針の動きを見つめる事しか出来なかった。


しかし、次第にその理由を探り出した彼女の意識が、整理付かない過去の記憶をあさり始めると、彼女の心の中に強く刻印された黒い壁へとぶち当たった。


それはもはや、彼女としては悪夢の一部であってほしいと願うほどの、恐怖心を抱き合わせた衝撃的記憶だったが、悲しくも彼女の記憶の中には、それを完全否定するだけの証拠が存在しなかったのだ。


徐々に青ざめ行く意識の中、挙動不審な視線を周囲にばら撒いてしまった彼女は、やがて、全く見知らぬ大きめのシャツを1枚羽織っているだけの自分に気付き、取り乱したようにベッドから飛び降りた。


そして、沸々と込み上げる恐怖心にさいなまれ、震えの止まらない両手にもどかしさを覚えつつも、彼女は着込んだ衣服を全て脱ぎ去って、大慌てでバスルームの中へと駆け込んだのだ。


勿論それは、彼女の記憶を決定付ける為の痕跡こんせきが、自分の身体に残されていないかどうかチェックする為であるが、その後彼女は、30分以上もバスルームの中にこもったままだった。



(カース)

「以上を持って作戦会議を終了とする。今回はこの後、サルムザーク陸等三佐が見えられる事になっているため、10分間の休憩を挟んで、再度この部屋に集合するように。それでは一時解散。」


会議室内に立ち込めた重苦しい雰囲気を一掃するかのように、壇上で主導権を握っていた女性が長い拘束時間の終わりを告げると、それまで静寂さを保っていた室内が一様にざわめきだす。


形式ばった堅苦しさを嫌う者が多い傭兵達の集いでありながらも、これほど規律正しく長い時間の沈黙を演出するなど、部隊結成時からは到底想像する事が出来ない現象であるが、彼等もそれだけ生きる事に真面目であると言う事なのだろう。


しかし、僅かではあるがようやく与えられる事になった和やかな一時を前に、いつまでも優等生ぶった自分を演出しているような輩達であるはずも無く、ようやく首をもたげた彼等の持ち味によって、室内は一気に騒然とした雰囲気の波に飲まれ始めるのだ。


(ソドム)

「へぇへぇ。たった10分じゃ何することもできないねぇ。大人しく汚い会議室の壁でも眺めてろってのかな。せめて朝食を取る時間ぐらい調整して欲しいもんだぜ。」


(ルワシー)

「確かに腹ぁ減ったな。おい。おめぇなんか食い物持ってねぇか?」


(ショウ)

「てめぇは飯だけ食ってりゃ幸せなのかよ。本当におめでたい奴だな。」


(ジャネット)

「ユァンラオ。タバコ頂戴。ちょっと1本吸ってくる。」


(フレイアム)

「秘密基地攻略を目的とした作戦にしては、やけに先発隊メンバーの数が少なすぎやしないか?それに前回の作戦もそうだったが、パークメンバーが多すぎる。本当にこんな編成で大丈夫なのか?」


(デルパーク)

「部隊編成については奴が全てを取り仕切っているんだ。俺じゃなく奴に直接質問して来いよ。」


(バーンス)

「リバルザイナの夜間戦闘機と言えばクリュプスか?ヘルコンドルか?まさか旧式ビオーネが雁首がんくび揃えて飛んで来るとか無いよな。」


(ジョハダル)

「低速ビオーネなら、降下攻撃時にASRで撃ち落す自身があるぜ。」


(マース)

「そんなのが飛んできたら、真っ先に逃げるな俺は。」


(ウララ)

「ねぇねぇ。私まだ隊長の姿見た事無いんだけど、どんな人か知ってる?」


(ランスロット)

「そういや、俺もまだないな。どうせなら飛びっきりの美女を期待しちゃうね。甘い言葉で迫られたら、どんな過酷な任務でも、二つ返事で引き受けちゃうぜ。」


(メディアス)

「期待するのはあんたの勝手だけどさ。隊長は男だよ。あんたらみたいな不正規軍人以外は皆知っているのさ。何せ陸軍最年少佐官だからね。まだ子供だけどいい男だよ。」


全く統一性を欠いた雑談が無秩序に撒き散らされる中にさらされながらも、聴覚に捕らえられた言葉を選別消去するセニフの意識は、まだ自分のだけの世界の中を漂ったままだった。


自分が今、一体何処に居るのかすら検討も付かない広大な迷宮の深遠で。


全く何も見えない、暗黒なる冷たい闇の深遠の中で。


彼女は自分自身の非力さに打ちのめされて、呆然ぼうぜんとそこに立ち尽くしていたのだ。


しかしこの時、彼女の左手に握られていたものは、まさしく彼女が捜し求めていたはずのアイテム。


強く激しく拒んだ彼女の稚拙ちせつな想いによって、何度と無く踏みにじられてきたモノだったが、今や彼女にとって、それが唯一の出口を示す暖かな光だったのだ。


セニフはやがて、ゆっくりと吐き出した小さな溜め息と共に、おおよその推測の元で導き出した一つの答えを小さく呟いた。


(セニフ)

「アリミアが・・・。」


助けてくれたんだ・・・。



セニフはそっと再び握り締めた左手の指を振り解き、てのひらの上で紅く光るヘアピンを見つめた。


この紅いヘアピンは、アリミアがいつも肌身離さず所有していたものであり、長い身体検査の上に何ら確固たる証拠を見つけられなかったセニフが、不安そうな表情でバスルームからい出した時、机の上に置かれていたのを見つけたものだ。


チームTomboy時代、アリミアと同じ部屋で過ごす事が多かったセニフは、部屋のドアキーと一緒に置かれていたそのヘアピンが、アリミアの所有物である事に直ぐ気付いたが、何故こんな机の上に置かれているのか、その時は全く検討も付かなかった。


しかし今、セニフの脳裏に刻み込まれている記憶を順番に並べ、客観的視点の元でその道筋を辿り見れば、自ずとそこに一つの事実が浮かび上がる。



1.昨日の最後の記憶は地下通路内で男に襲われた事。


2.昨日の夕方以降の記憶が全く無い事。


3.真夜中とも言える午前三時に目が覚めたと言う事。(それだけ早い時間に眠りに付いたと言う事)


4.自分が下着も付けない状態で、見知らぬシャツを1枚羽織っていた事。


5.自分の身体に外傷のようなものが全く見つけられなかった事。


6.アリミアの所有物であるヘアピンが、何故か目立つように机の上に置いてあった事。



これらの記憶が示す事実。


私は昨日、地下通路の中で倉庫管理者風の男に襲われた。


そしてその後、上着を剥ぎ取られて、何かされてしまった・・・。


勿論、意識を失ってしまった私が、その途中経過を知る事は出来ないけど・・・。


でも・・・。最終的にアリミアが私を助け出してくれたんだ。


よく見れば私が着ていた大き目のシャツも、サイズ的にアリミアが着ていてもおかしくない物だし、何より机の上に置いてあったヘアピンが、最後に私を部屋まで運んでくれた人物を示してくれている。


私が助け出したのよ・・・って、暗にそう示したかったんだろうか。


いやいや違う。違うよね・・・。


もし机の上にアリミアのヘアピンが無かったら、私はずっとあのまま、不安な気持ちで震えていたかもしれない・・・。


最後にアリミアが私を助けてくれたって言う証拠があったから、私は少し安心する事が出来たんだ。


アリミアが私を寝かせて、そのまま立ち去った事から考えれば、多分そんなに酷い事まで・・・。されなかったんだろうなって思えるし・・・。


でも、そしたら何で、助けた時に私を起こしてくれなかったんだろう。


私が昨日、酷い事を言っちゃったからなのかな・・・。


私、あんな言葉まで投げつけるつもりなんて・・・無かったのに・・・。



(ジルヴァ)

「ねぇねぇ。あんたさぁ。こないだディップ・メイサでバスターマンティス落としたんだってねぇ。」


(セニフ)

「・・・?」


そんな時、セニフの閉じられた意識を軽くノックするように、左肩付近を後ろから軽く小突いた女性が、可愛らしい透き通った声色でセニフに問いかけた。


名前を「ジルヴァ・ディロン」と言うその女性は、セニフよりも少し背丈が高い程度の小柄で可愛らしい容姿をしており、空席になった目の前の椅子にどっかりともたれ掛かると、不思議そうに振り返ったセニフの表情をマジマジと見つめていた。


(ジルヴァ)

「パーク民出身なのに二戦連続フォワード登録されるなんて、一体どんな奴なのか顔を見てみたかったんだ。へぇ~。」


(セニフ)

「あ・・・。いや・・・。・・・それほどでも・・・。」


(ジルヴァ)

「別に褒めてなんかないよ。」


おおよそ誰が見ても、一瞬はその視線を奪われてしまうであろう綺麗な顔立ちに、優しく温和な笑みを醸し出す彼女であるが、この時セニフへと投げつけられた言葉には、明らかに悪意たる意思が込められている。


彼女はその優しげな見た目とは裏腹に、荒々しい性格の持ち主であり、その歯に絹を着せぬ言動から、軍内部では、しばしばトラブルを引き起こす問題児と見なされていた。


彼女がこんな寄せ集めの新設部隊に転属になったのも、その辺の事情に由来している事と推測できるが、それでも彼女は軍人たる能力に秀でた、優秀なDQパイロットの一人なのだ。


(ジルヴァ)

「あんたさぁ。作戦会議中、ずっとボケッとしてただろ。戦場を舐めんなのもいい加減にしろよな。ほんとやる気あんのか?どんぐらい戦争ゴッコして遊んできたか知らないけど、でかいの一機ぶち落としたからって、ゲームみたいに簡単にレベルアップするわけじゃないんだぜ。本気で作戦に挑む心構えがないなら、部屋の隅でせっせと床でも磨いてな。てめぇの面倒を見なきゃならない他のメンバー達の迷惑も、少しは考えやがれ。馬鹿野郎が。」


(セニフ)

「あ・・・。・・・う。ごめん・・・。」


(ジルヴァ)

「謝って済むぐらいなら、世の中誰も不幸になんかならないんだよ。戦う志ももたない糞餓鬼が、ホイホイ戦場に出張って行って、意味も無く相手を殺しまくるってか。ひでぇ時代になったもんだぜ全く。てめぇは快楽殺人者かよ。」


(セニフ)

「そ・・・。そんな事・・・!」


(バーンス)

「おいジルヴァ。そのぐらいにしとけ。」


(メディアス)

「あんまし子供を虐めたら可哀想だよ。」


天使のような笑顔から吐き出される死神の鎌のように鋭い言葉が、容赦なくセニフの心へと突き刺さる。


確かに仲間の命をも左右する一蓮托生いちれんたくしょうの関係の中にあれば、甘えや油断を抱く者に対して、時に厳しく指導することは必要なことかもしれない。


しかしこの時、ジルヴァの放った言葉の中には、厳しき指導以上に相手をおとしめる様な、大量の毒が含まれていた事は確かだ。


それが彼女が彼女たる所以ゆえんなのだろうが、それでも彼女が吐き付けた毒の霧は、向けられた対象者だけでなく、周囲の空気をも黒く汚染するほどの毒性を有しているため始末が悪い。


この時、さすがに彼女の性格をよく知る同僚のバーンスとメディアスは、それ以上の事態の悪化を避けるため、即座に彼女をたしなめにかかったのだが、体中に導火線を巻きつけた彼女の怒気は、更なる激しさを増して爆発してしまった。


(ジルヴァ)

「お前等本気でこんな餓鬼の御守りで死にたいのかよ!戦い方すらろくに知らないド素人共の集まりだぜ!?手枷足枷てかせあしかせで縛られた状態で、どうやって作戦任務をこなせって言うんだよ!現にワイハーンとハインハートルは死んでしまったんだぞ!私は大昔の奴隷剣闘士になんてなるつもりは無い!」


ジルヴァは勢いよく椅子から立ち上がると、小さな体躯ながらも会議室内を支配していた騒々しさを、完全に一掃するほどの怒りを込めて、周囲に強い不満を吐き散らした。


可愛らしい顔を必死の形相で歪め、激しい攻撃的意思を放つこの女性を前に、その怒りの爆発を誘発させる原因を作り出したセニフは、おびえたように身体を仰け反らせてしまったのだが、ジルヴァが真に抱く不満の矛先は、どうやらセニフに直接向けられているものではないようだ。


やがてジルヴァは、全く物怖じもしない様子で両腕を組むと、自分の元へとゆっくりと歩み寄って来た一人の女性に対して鋭い視線を突き付けた。


(カース)

「ジルヴァ陸等三尉。何事だ?私の作戦プランに何か不満でもあるのか?」


(ジルヴァ)

「ああ。大有りだね。」


この騒ぎを聞きつけてやってきた女性とは、ネニファイン部隊メンバー達全員を管理する立場にありながらも、派手な身なりが特徴的な「カース・イン・ロック」作戦軍曹だ。


軍階級的に比べて見れば、ジルヴァの方が3階級も上と言うことになるのだが、それでも作戦参謀本部出身を示す特別階級を持つカースは、軍内部でも扱いが別格となる。


それは、作戦参謀本部という部署が、超が付くほど有能な人材が集結する特別な組織である事に由来し、本来、カースほど優れた能力を有する人物であれば、今頃は部隊長であるサルムザーク陸等三佐よりも上位階級を与えられ、大部隊を動かす権限を有する者を補佐する立場にあったかもしれないのだ。


今現在、彼女の階級が「作戦軍曹」程度で止まっているのは、早い段階に指導員を希望して陸軍仕官学校へと転属してしまった為であり、更に一度軍を退役した事によって、エリートだけが歩める出世への道を、外れる事になってしまったのだ。


しかし、復役と共にネニファイン部隊と言う流刑地に追いやられてしまった経緯いきさつはどうであれ、彼女が有能な人材であるという軍部内の認識に変わりは無く、彼女は「作戦軍曹」と言う特別階級を与えられる事となったのだ。


一方、ジルヴァの方はと言えば、陸軍幼年学校を経て陸軍仕官学校を優秀な成績で卒業した、将来有望な仕官の一人であったのだが、彼女の持てる有能さを全てぶち壊すほどの素行の悪さから、どの部隊でも扱いに困る厄介者としてのレッテルを貼り付けられていた人物である。


彼女は今だ25歳という若さながらも、このネニファイン部隊で31回目の転属を迎え、その見た目の可愛らしさと様々な部隊を渡り歩く事から、「白鳥」とも揶揄やゆされるようになっていた。



参謀本部出身エリート鬼軍曹 VS 僻地最凶の核弾頭スワン



まさにこの時、周囲の風評に揺り動かされる事無く、良し悪しは別としても己の生き方を貫き通してきた二人の女性が、狭い会議室内で笑えない対立構図を醸し出すと、この二人を中心として自然に作り上げられた円陣から、興味津々な熱い視線が注がれる事になる。


しかし、周囲ぐるりを囲んだ群衆達の期待とは裏腹に、この後の二人のやり取りは、一方的な展開を持って勝者を決する事となってしまった。


(ジルヴァ)

「今回のパレ・ロワイヤル攻略作戦は、トゥアム共和国の今後を左右する、重要な作戦の前哨戦とも言える戦いのはずだ。そんな失敗のゆるされない重要な作戦を、こんなパーク上がりのド素人共に任せられる訳ないだろ?小隊長以外をパーク民で構成した部隊なんて、たちの悪い冗談にしても限度があるぜ。そんな寄せ集め部隊が戦場で効果的に機能するとでも思ってんのか?」


(カース)

「別に冗談でこの作戦プランを作成したつもりはない。確かにお前の言う事にも一理あるが、この作戦を左右する情報に不確定要素が強い分、初戦に全てを賭けるような構成を避けたまでだ。」


(ジルヴァ)

「初戦を捨ててまでして最終的な勝利をつかみ取るか。てめぇら駒を使う側が考えそうなプランだぜ。こんな使えないド素人共を引き連れて、戦場を這いずり回らなきゃならない私達の事は、どうでも良いってのかよ!」


(カース)

「私は特にパーク上がりの傭兵達が無能だとも低能だとも思ってはいない。むしろ中には正規軍人に勝るほどの技術を有した、優秀なパイロットもいると思っている。お前達正規軍人に有って彼等に無いものは、軍隊と言う集団の一部として戦う意識と、戦場における実戦経験だ。しかも、お前達でさえ国境付近での小さな小競り合い以外に、大規模な戦闘を経験した者は少ない。正規軍人として有事に備えて日々訓練をつんでいるとは言え、ほとんど実戦経験のないお前がとやかく言えた立場ではないと思うがな。」


(ジルヴァ)

「戦場で一番大切なのは、個々の戦闘能力以上に周囲との連携力だ!幾らこいつ等のDQ操舵技術が優れていようと、戦術訓練すらまともに受けていないような人間が、全体の3分の2も占めていたら、部隊として成り立たない可能性が高いだろ!」


(カース)

「見た目と違ってお前も中々理解しているんだな。部隊全体での戦術訓練が満足に行えなかったのは、ネニファイン部隊新設に差し当たって、お前達正規軍人の早期召集を軍上層部に拒否されたためだが、その分パークメンバー同士の連携訓練は、それなりに十分実施したつもりだ。各小隊に編成したメンバーも、その時最も相性のよかった組み合わせを優先して選択している。本来であれば、大々的に全体戦術訓練を行う事が望ましいのだが、帝国軍にリトバリエジまで侵攻された現状では不可能な事であり、彼等に無理なく戦闘経験を積んでもらうための、無難な戦場を選択する事も出来ない。」


(ジルヴァ)

「それじゃせめて今回の作戦ぐらいは、正規軍人を主体として連携力を重視した編成に・・・。」


(カース)

「勿論、我々も部隊の現状を踏まえた上で、お前達正規軍人を主体とした部隊編成案を幾つか思案しては見た。しかし、前回のディップ・メイサ・クロー作戦の時の様に、部隊が全滅の危機にひんする状況も想定しておかなければならない。この場合、後続となる援軍部隊にも部隊を統率する小隊長が必要だ。現在の我々の人員構成から見た場合、圧倒的にお前達正規軍人の方が少数派となる。部隊の効率的運営を考えた場合、どうしてもお前達正規軍人の分散化は、やむを得ない状況なのだ。」


(ジルヴァ)

「・・・。」


(カース)

「更に先を見据えて言うのなら、今回の作戦でオクラホマ軍事都市を攻略すれば戦争が終わると言う事でもない。我々は今後もトゥアム共和国軍の部隊として、戦っていかなければならない立場なのだ。そのためには部隊構成員全員のスキルアップと連携力向上が必要不可欠であり、お前達正規軍人達には、パーク出身者達が一人前の戦士として戦える様になるまで、彼等の統率者として厳しく指導にあたって貰いたい。そのための環境と準備は我々の方で出来る限りしてやるつもりだ。今回の作戦に関する編成については、山岳地帯での密林戦戦闘と言うことで、細かなDQ操舵を得意とする者達を選別した。勿論、これで完璧と言う答えは無いし、どんなに優れた者であっても、戦場で生き延びると言う事は決して容易な事ではない。しかし、この編成に関しては、私がそれなりの構想の上で導き出した答えなのだ。何ら大きな問題をはらんでいるとは思っていない。以上の説明を持ってしても、まだ不満があるか?ジルヴァ。」


両者ともに正論となる主張を抱き、面と向かって真正面から激しくぶつかり合った二人だが、全く勢いが衰える事無く論説を繰り広げたカースに対し、ジルヴァの威勢の良さは時間とともに尻窄しりすぼんで行った。


強く抱いた不満を爆発させるように感情的な言動を投げつけはしたものの、ジルヴァはそれほど無能者でもなければ偏屈者でもない。


それは、カースに示された理論的組み立てからなる説明に対し、少なからずある一定の理解を示したと言う事なのだろう。


しかし、やはりその性根がじ曲がっているのか、素直には己の敗北を認めないところも、彼女らしいと言えば彼女らしい。


(ジルヴァ)

「結局、都合のいい御託ごたくを並べて、面倒事を全部私達に押し付けようってんだろ?随分と虫のいい話だな。」


(カース)

「どう理解して貰っても構わないが、これでも私はお前達の能力を信用しているのだ。私とてネニファイン部隊メンバー達全員を個別に指導する事など出来ないし、軍隊というピラミッド型組織の中にあって、どうしても彼等をまとめ上げるチームリーダー的存在が必要だ。今後、お前達正規軍人達をリーダーとした小隊の編成を固定化する必要性は感じているが、与えられた作戦任務応じて、その時その状況に見合うメンバーを制限無く選抜するために、あえて現状の体勢のまま突き進む事も考えている。その場合、無作為に選び出された小隊メンバーをまとめ上げる、お前達に相当な負荷がかかるかもしれないが、そこはお前達の能力に期待したい。やってくれるな。」


(ジルヴァ)

「ちっ・・・。はいはい。解りましたよ。カース作戦軍曹殿。こんな爪弾つまはじきの寄せ集め部隊を率いなければならない、あんたの苦労も解らなくも無いしね。お互い悲しき軍属の身。縦社会のルールには従うさ。」


自らが先頭を切って、その縦社会に噛み付こうとした人間が、一体今更何を言い出すのだろうと、周囲にたむろした群集達の中には、不思議に思った者もいたかもしれない。


しかし、この時彼女が言いたかった「縦社会のルール」とは、何も上位者から一方的に与えられる指示を、下位者が何の疑いも持たずに実行に移す、ある種の主従関係だけを示しているのではない。


確かに軍隊と言う特殊な組織の中にあり、上位者から与えられた任務に不満を抱いたからといって、下位者がその任務を投げ出すような事があってはならないが、特に過酷な戦地での任務を余儀なくされる下位者たる立場の者からすれば、与えられる指示にはそれなりの理由と明確な説明を要求したいと言う事なのだろう。


ジルヴァはこれまで、転属を繰り返した行く先々で、様々な問題を引き起こす事にはなったが、その多くは然したる理由も無く下される指示に対しての反発心から、上官と激しくやり合う事になってしまったからである。


軍部内で特に扱いが難しいと称されて来た彼女だが、そう言った意味では何ら問題の無い真面目な人間という事なのかもしれない。


カースはこの小柄な女性を客観的視点からそう評価すると、何処か自分と同じような匂いを感じ、少し口元を緩めてしまった。


(ジルヴァ)

「なんだなんだてめぇら!?見せモンじゃねぇぞ!ほら散れっ!散れっ!糞野郎共が!!」


それにしても、この素行の悪さはどうにかならないものなのだろうか・・・。


近くにあった椅子を思いっきり蹴り飛ばし、周囲をぐるり囲んだ群衆に向かって、躊躇ちゅうちょ無く汚らしい暴言を吐き散らす可愛らしい女性の姿に、カースは不覚にも緩めてしまった口元から大きな溜め息を吐き出すこととなった。


そして、軍部内でも取り扱いに困る異端児達に協調性の無い素人傭兵集団を加えた問題部隊「ネニファイン」の前途多難な険しい道のりを見据えて、幻滅した表情でやり場の無い視線を外へと逃がすのだ。



(カース)

「・・・?・・・三佐。」


やがてカースは、会議室無いの出入り口付近へと移した視線の先に、一人の若い男性の姿を見つけると、その人物の持つ軍階級呼称を小さく呟きだした。


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