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Loyal Tomboy  作者: EN
第五話「平行線の彼方に」
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05-07:○心開いて[1]

第五話:「平行線の彼方に」

section07「心開いて」


窓の外にきらめく心安らぐ自然の風景。


その静かに流れる優しげな香りと温和な空気は、とても地下3階の通路脇に存在しているとは思えないほど、心地のよい世界をかもし出していた。


鬱蒼うっそうと生い茂る木々達は、ファイバーを通して室内へともたらされた太陽の光に向かって吹き抜け構造の天井にも到達せんばかりに枝葉を広げ、庭園中心部に備え付けられた小さな噴水からは、細かに霧散むさんした水滴がひんやりとした冷気を漂わせていた。


ここは、ランベルク基地内の地下3階にあたり、兵士達憩いの場であるレストポート付近に作られた人工の地下庭園である。


(ギャロップ)

「話は急だが出発は今夜だ。身支度を済ませて18:00までに第2エアポートに集合してくれ。何か必要な物があれば言ってくれていい。」


(アリミア)

「出発が今夜?随分と急な話なのね。実技試験で能力も確認しないまま人員を投入するなんて、そんなに人手が足りてないのかしら?」


そんな庭園の脇をぐるりと一周するガラス張りの地下通路内で、放し飼いにされた小鳥達の綺麗なさえずりに浸りながら、アリミアが前を歩く男性に問いかけた。


(ギャロップ)

「ある程度がこなせる人材には事欠かない部署だが、有能な工作員ともなれば極希少な存在になるのさ。勿論、君がそれだけ期待されているという事でもある。」


(アリミア)

「買い被り過ぎだわ。貴方だって、私がどのぐらいの能力を持っているのか解らないでしょう?そんな人間を簡単に信用していいの?」


怪訝けげんな表情で質問を重ねるアリミアに対し、ギャロップは分厚い胸板をひるがえして立ち止まると、ゆっくりとサングラスを外してアリミアに微笑みかけた。


(ギャロップ)

「君と初めて出会った時、君は俺が差し出した右手を拒絶しただろう。俺にはそれだけで十分さ。」


そして、一般人には到底理解不能な一つの答えをアリミアに示すと、窓ガラスに映し出される綺麗な庭園内へと視線を逸らし、再びゆっくりと歩き出した。


アリミアはあの時、ギャロップが差し出した右手と言うより、彼自身がかもし出す雰囲気の中に、異様に殺気めいた圧力を感じてしまった事は事実である。


恐らく彼の発した言葉の意味は、極少数に分類されるであろうその感性を持ちえた人物を、ある種同類のような身近な存在として認めたと言う事なのだろう。


アリミアとて、ギャロップと初めて対峙したあの瞬間に、彼の持ちうる能力の高さを感じてしまった自分の感情を疑う気持ちは無い。


そういうことね・・・。


歩き去るギャロップの後姿を見つめながら、小さな溜め息を付いたアリミアは、妙に納得のいく彼の回答に少し口元を緩ませると、彼の後に続いて歩き出した。


(ギャロップ)

「大まかな作戦概要については先ほど説明した通りだが、詳しい情報は現地の工作員から調達してくれ。うちの猿親父は考えるより先に行動しろ的な考えの持ち主だから、作戦指令が下る時はいつもこんなものさ。見たところ君もあれこれ事前に作戦を練るより、現場でうまく立ち回るタイプだろう?」


(アリミア)

「・・・。貴方だってそうなんでしょ。」


アリミアは一瞬、不思議と的を適確に射抜くギャロップの言葉に、今まで何処かで合った事がある人物なのかと、疑り深い目つきで彼を凝視してみたのだが、ニコニコと意味もなく愛想笑いを振りまく彼の姿に、呆れたように同じ言葉を突き返してやった。


(ギャロップ)

「そうでなければ今まで生き延びて来れなかったさ。状況によって生物なまもののようにうねり狂う戦場の中で、言ってしまえば事前に準備できる事なんてたかが知れている。結局、自分の命を守る事が出来るのは、自分自身でしかないのさ。俺は君ならやり遂げる事が出来ると信じているよ。お互いにまた生きて会えるといいな。」


ギャロップはそう言うと、不意に歩みを止めて、彼の元まで追いついたアリミアに向かって右手を差し出した。


幾多の戦場では数々の相手をぎ倒してきたであろうその右手には、確かに熟練した猛者たる威風が備わっているようだったが、二人が始めて出会った時に込められていた異様な殺気の存在は微塵みじんも感じられず、寧ろ、温和でいて友好的な雰囲気さえかもし出すものだった。


(ギャロップ)

「それじゃ、俺は次の打ち合わせがあるからこの辺で失礼するよ。もう残り少ないが、任務開始までの時間は好きに使って貰っていい。ではまた現地で会おう。」


そして、じっとギャロップの顔色をうかがっていたアリミアもまた、ゆっくりと差し出した右手によって、彼の好意的感情に答えて見せた。


いつ死ぬかとも解らぬ過酷な任務へと身を投じる事となった二人の間には、未だ見えぬわだかまりの様な物が横たわってはいたが、それでもそれなりにお互いの人となりを知り合うには有意義な会話だったのかもしれない。


軽く手を振りかざしてアリミアのの元を立ち去るギャロップは、口では個々の能力のみがモノを言う世界なのだと示していながらも、アリミアとの友好的関係を構築するための行為をおこたらなかったわけだ。


如何に能力に優れた工作員であっても、たった一人で任務を完遂できるほど甘い世界では無いことは、アリミア自身、身を持って知り尽くしている事である。


今回与えられた任務に他ならず、今後の事態を見据えて思考するならば、彼のような友好的人物とある程度の関係を構築することは、決して無駄な事ではない。


目の前に積み上げられた難関を乗り越える事は勿論、アリミアにしてみれば、その先にある大きな問題へと立ち向かわなければならない立場なのだから。



アリミアはふと、立ち尽くした通路内から見える、綺麗な庭園の木々達へと視線を宛がうと、開け放たれた窓枠に両肘を付いて、じっとその自然の風景の中へと意識を放り投げた。


その暖かな光が降り注ぐ小さな自然の世界は、わば人の手によって作り出された人工的な世界であったが、それでも人々の疲れた心を穏やかにいやすのに、十分すぎるほどの魅力をたずさえている。


そして、静かに漂う優しげな空気が、アリミアの肌身をでるように過ぎ去ると、彼女はゆっくりと両目を瞑って、わずかに与えられた安楽の世界観にひたった。


耳を澄ませば、綺麗な小鳥達のさえずりが彼女の淀んだ心を和ませ、、噴水の奏で出す静かな水の音が、まわしき過去の自分まで洗い流してくれるような感覚さえ覚えてしまう。


昔の私からは、とても想像することが出来ないけど、心に安らぎを覚える瞬間を待ちがれる人並の感情が、私にもあったという事よね・・・。



アリミアはふと、そんな温和な空気の最中へと、滑り落ちてしまいそうになった自分に歯止めをかけると、強引に現実世界へと引きずり戻すために険しい表情で両目を見開いた。


殺戮さつりく殺戮さつりくを重ね、相手を打ち倒す事のみに注力していた戦闘マシーンたる過去の自分を呼び覚まして。


温和で甘美なる優しい世界観をもたらしてくれた皆の為に。


アリミアは、恐ろしいほどに殺気をにじませた鋭い視線を、和やかな地下庭園の風景から引き剥がすと、目の前に続く一本の通路の先に、自らの求めた険しい道のりを重ね、ゆっくりとその道を歩き出した。



あのユァンラオと言う男に目を付けられてしまっている以上、特に自分自身で身を守る事も出来ないセニフは、非常に危険な状態にあると言える。


そして、ユァンラオの黒い素性を知る私とシルを含め、もはやアノ男を叩き潰さない限り、私達に安息の時が訪れる事は無いのだろう。


BP事件以来、表立って行動を見せないユァンラオだが、私の不正行為をいとも簡単に見破って見せた手腕は、元々私をつぶさに監視していた者の成せるわざであり、恐らくそれが彼の仕業である事は99%の確信を持って断言できる。


彼の本命がセニフである事には変わり無いだろうが、それでも外堀となる私達への監視をおこたらない事からも、彼の目指す目標への障害と成り得そうなものは、既に彼の中で排除対象としてリストアップされていると考えて間違いない。


勿論、私一人に降りかかる厄災やくさいのみなら、自分の能力を持って排除する自信はあるが、それでも他のチームメンバー達を守りながら戦う事を強いられるのであれば、一人で全てを背負い込む事など不可能な事である。


少なくともお互いに協力し合う体制を築く事が必要不可欠で、自分と同じ志を抱く仲間が欲しいところだ。


今のところ、私が頼る事が出来る唯一の人物と言えば、セニフの秘密を共有しうるシルだけである。


サフォークに助力を請うたとしても、彼に説明できる範囲は限られてくるだろうし、未だユァンラオと言う危険な存在を認識していない彼を、無為に危険な渦中かちゅうへと引きずり込む事は無い。


そして、お互いに関係が悪化してしまったセニフやジャネットは、恐らく私の話を聞こうともしないだろう。


私に対して新たな行動を示して見せたユァンラオが、このまま大人しく黙っているはずも無く、必ずいまわしき謀略を張り巡らせているに違いない。


一番手っ取り早い方法として、アノ男を抹殺してしまう手も無くは無いのだが、今回の事の発端を作り出した黒幕たる人物はユァンラオではない。


セニフが皇女である事を知り、ユァンラオやロイロマールの私兵達を、影から操っていた人物がいるはずなのだ。


恐らくはユァンラオが依頼人と呼んでいた人物がそれに該当するのだろうか。


少なくともその黒幕へと辿る事の出来るつたを、アノ男から引き出す必要はあるだろう。


その事も有って、DQA時代にユランラオと同じチームメートであった、ランスロットに探りを入れたのだ。


本来はアノ男の取り巻きとして警戒すべき人物なのだが、あの馬鹿っぷりを装った軽い性格の中に、何か不思議な匂いを感じてしまったのかもしれない。


ユァンラオに関する有益な情報を得られなかったにしろ、彼の話を聞く限りでは、ユァンラオ寄りの人間ではない事だけは理解できた。


まだ完全に彼を信用する事は出来ないが、それでもユァンラオと言う男の危険性を認識している彼を、出来れば仲間に引き入れたい考えはある。


その見返りとして、彼が私の身体を要求するのなら、そんなもの幾らでも差し出してしまえばいい。


自分の身から出たさびが原因とは言え、味方となるべき仲間達からも忌み嫌われ、一匹狼状態に陥った私には、頼れる人なんてそんなに多くは無いのだから。


アリミアは、じっと何処に据え付けられるでもない虚ろな両目をゆっくりと閉じると、重たく渦巻いた自分の意識から吐き出されたような、大きな溜め息を付いた。


私は決して万能な人間じゃない。


寧ろ、標準的な人間に比べれば、数多くの物が欠落した不完全な人間。


私に出来る事なんてたかが知れている。


でも、事の全てをシル一人に頼り切るのも酷な話しだし、やはり嫌がられる事を覚悟で、セニフと少し話をしておかなければならないだろうか。


嫌がられても、嫌われても。彼女が穏やかに安心して暮らせるようにしてあげたい。


それが私に出来る、唯一の罪滅ぼしなのだから・・・。



ドスン!


(アリミア)

「あっ!」


「きゃっ!!」


っと、完全に自分の世界へと意識を埋没させていたアリミアが、地下通路の交差点付近へと差し掛かった時、勢い良く角から飛び出してきた一人の人物と衝突してしまった。


普段の彼女であればこんな無様な光景を演出するはずは無いのだが、それだけ深く強い自分の思いの中に飛び込んでいたと言う事なのだろう。


アリミアは咄嗟とっさに、そのままの勢いで転げそうになった相手を、抱きかかえる事に成功したものの、相手が手に持つ大量の資料までは救ってやりようが無かった。


(セニフ)

「いちち・・・。またやっちった・・・。ごめんなさ・・・。・・・?」


(アリミア)

「ごめんなさい。少し考え事してたから・・・。」


両者共に自分の不注意が招いた結果だと言う事を解っていたのだろうか。


ほぼ同じタイミングで謝罪の言葉を述べつつ、相手の表情を見合った時だった。


お互いに据えつけた視線が絡み合うと、唐突に背後で大きな太鼓が打ち鳴らされたかのように、胸の鼓動が高鳴りを見せる。


そして、思いもよらぬ突然の遭遇劇によって、呆気に取られた表情で凝り固まってしまった二人は、不思議と暖かくも居心地の悪い空気の中で、しばらくの間お互いの表情を見つめ合ってしまった。



セニフとアリミア。


二人がこれほど近い距離でお互いを見合ったのは、あのセロコヤーン基地へと向かうガーゴイル2の小さな倉庫内以来の事であった。


アリミアはゆっくりとセニフの上体を引き起こして彼女を立ち上がらせると、散乱した資料を拾う事を理由にして、久しぶりに見るセニフの表情から視線を引き剥がした。


すると、行き場を失ってしまったセニフの視線は、殺風景な地下通路内をオロオロと彷徨さまよう事となるのだが、やがてアリミアの姿に反発するように横を向いて表情を曇らせてしまった。


直ぐにでもこの場から逃げ去りたい気持ちに駆り立てられながらも、セニフがその場に立ち尽くしたまま動こうとしなかったのは、散乱した資料を捨て置く事が出来ない事を理由としたためだ。


そして、それ以降も一切言葉を交わす事も無く、一生懸命に散乱した資料を拾い集めるアリミアの姿を他所に、セニフはとただその場に突っ立っているだけであった。


勿論セニフは、自分が撒き散らしてしまった資料を、人の手に委ねて踏ん反り返るような人間ではなかったが、長く過ぎ行く時の中で、彼女は彼女なりに自身の心中の葛藤と戦っていたのだろう。



あんまりアリミアの事を冷たく責めないでやれよ。



セニフの脳裏で優しく反芻はんすうされるその言葉は、築いた冷たい氷のような心の壁を、静かに溶かしてくれるようにも感じるが、彼女の真なる心の奥底で沸々と込み上げる怒気との温度差に、何処か気持ちの悪い冷や汗となって、彼女の心の傷をうずかせるのだ。


アリミアは自分の母親を暗殺した組織の一員。


ファルクラムと言う最凶最悪のテトリスト集団の一員。


数々の無関係な人達を巻き込んで、自分達の主張を暴力によってしか体現することの出来ない、最低な人間達の一人だ。


今でさえ自分に優しく、協力的に振舞って見せているが、幾ら過去の罪を認めて懺悔ざんげを繰り返したところで、そう簡単に彼女をゆるす事など出来ようはずも無い。


(アリミア)

「セニフ。はい・・・。」


やがて、じっとうつむいたまま、険しい表情をにじませていたセニフに、アリミアが拾い集めた資料を綺麗に整えた上で、彼女へと差し出した。


アリミアにとって、作戦開始まであと数時間しかないと言う状況を考えれば、まさに願っても無いセニフとの遭遇である。


しかし、それまで抱いていた彼女の思いとは裏腹に、いつものような口調で言葉を発する事が出来ないのは、やはり、それが余りに唐突過ぎたからだろうか。


これほどまでに消極的で受身な彼女も珍しいが、この時アリミアは、セニフのみせる反応に、少なからずはかない期待を抱いてしまったのだ。


するとセニフは、何処か恐る恐ると言う感じで、チラリとアリミアに視線を宛がうと、徐に彼女の手からその資料を強引に奪い取って、その場から逃げ去ろうとした。


(アリミア)

「セニフ!待って!」


セニフのこの冷たい反応は、事前に幾らでも予測出来た事であり、何も今更驚くような事では無いのだが、叶いもしない願望だけをそこに望んでいた情け無い自分の心に、強い戒めの鞭を振り下ろすと、アリミアは咄嗟とっさに、セニフの手をつかみ取ろうと手を伸ばした。


しかし、アリミアの手がセニフの手首へと触れた瞬間、その想いをを無下むげにも蹴り落とすかのように、セニフはその手を強引に弾き飛ばした。


そして、アリミアの方へと向き直ったセニフは、心の奥底に溜まった怒気を一気に吐き出してアリミアを睨みつけるのだ。


(セニフ)

「やめてよ!!私には何も話すことなんて無いよ!!もう私に関わらないで!!」


(アリミア)

「私の事はどう思ってもらってもいい!でも少しでいいから・・・。」


(セニフ)

「聞きたくないよアリミアの言葉なんか!どうせ訳の解らない理由をつけて言いくるめてやろうなんて思ってるんでしょ!?いつまでも子供だと思って馬鹿にしないでよね!」


(アリミア)

「馬鹿になんかして無いわ!セニフ!少し落ち着いて!お願いだから聞いて!」


(セニフ)

「嫌だ!嫌だよ!!」


(アリミア)

「貴方が私の事を嫌がっているのも解っているし、私の顔なんか二度と見たくない気持ちも解る!だけど、貴方に何かあってからじゃ遅いの!事情を知らない赤の他人に助けを求める事もできないし、貴方の事を知っている仲間は私とシルだけでしょう!」


(セニフ)

「仲間だなんて軽々しく口にしないで!!私がいつアリミアに守って欲しいって頼んだの!?余計な事しないでよ!」


(アリミア)

「・・・。・・・。」


(セニフ)

「私の為に私の為にって、それさえ口にすればゆるされるとでも思ってるわけ!?私が、はいそうですかって、素直に応じるとでも思ってるわけ!?」


(アリミア)

「・・・。」


(セニフ)

「自分の母親を殺した犯罪者達の仲間に、誰が好き好んでその身を預けるっていうのさ!?私は人殺しに同情されるほど落ちぶれていないよ!!一体、今までどれだけの人達を殺して来たか知らないけどさ!!そんな人間に・・・。」


荒れ狂う波のようにお互いの激しい意思を被せ合い、全く出口すら見つける事が出来ない不毛な平行線を描き出そうとした時、突然セニフがハッと息を呑んで言葉を止めた。


怒りの爆発にかこつけて、言葉巧みなアリミアに対抗しようと、勢いを持って思いの丈を連ねていった所までは良かった。


しかし、思いもよらず悲壮な表情を浮かべて、うつむいてしまったアリミアの姿が、余りにも劣悪な中傷を投げつけた自分の心に、大きな後悔の念を突き刺したのだ。


アリミアは強く唇を噛み締て出来る限りの気丈さを保ちつつも、何処かセニフから外した視線の置き場所に困っている様子で、二人の間に隔てられたわずかな空間の中を、所狭ところせましと小刻みに泳ぎ回っていた。


過去2年もの間、多くの時間を共に過ごしてきたセニフにとっても、これほどまでに取り乱したアリミアの姿を見た事は無かった。


(アリミア)

「私だって・・・。」


そして、小さく呟くように言葉を吐き出したアリミアは、何を言っても言い訳にしか聞こえない自分の思いを、最後まで言い切る事は出来なかった。


セニフの為にと強く抱いた彼女の思いは、かざされたきらびやかな鏡の盾によって跳ね返され、そこに映し出された自分自身の権化ごんげによって無情にも切り裂かれる事となってしまった。


悪役に徹する事に、何の躊躇ためらいも抱かなかったはずの自分の心が、まさかこんなに傷つくなんて、彼女自身思ってもいなかったのだろう。


(セニフ)

「・・・。」


セニフは、自分が最後に繰り出してしまった言葉によって、口をきつくつぐまれてしまったアリミアの姿に、幾度と無く視線を寄り付かせようと試みるのだが、それでも何か見えない重い空気の層に邪魔され、思うような軌跡を描き出せないでいた。


それは込み上げる怒りと、抱いた想いとが混沌と渦巻く、彼女の心を具現化ぐげんかした強い戸惑いと迷いの念。


自らが歩み進める道筋を、自らの手で閉ざし、もはや進むべき道を見出す事が出来なくなってしまった彼女は、やがて、その場から逃げ出すように走り去っていった。

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