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Loyal Tomboy  作者: EN
第五話「平行線の彼方に」
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05-03:○新たなる決意

第五話:「平行線の彼方に」

section03「新たなる決意」


すっきりと晴れ渡った久々の青空を喜ぶかのように、一斉に枝葉を広げて生い茂る深緑の木々達が、のんびりとした昼下がりのそよ風に乗って、歓喜に沸き立つ舞を踊っている。


雨季の季節には珍しく、ここ数日安定した大気に包まれていたランベルク地方では、もはや初夏を思わせるような強い日差しが、朝から降り注いでいた。


雲一つ無い青々とした空の中には、アルテナス山の綺麗な稜線りょうせんが描き出され、眩いほどの色のコントラストを体現するその世界は、まるで自然界を切り取って描写した絵画のようでもあった。


(アリミア)

「・・・と、いいますと?」


分厚いガラス越しに隔てられた綺麗な世界を見つめたまま、アリミアがすっ呆けた様子で、そう切り返した。


彼女は今、ランベルク基地の地上施設で一番高い建物の最上階に居た。


目の前に広がる穏やかで色鮮やかな風景とは打って変わり、ガランとしてだだっ広い殺風景なその部屋は、人工的に作られた観葉植物と、使い古されたキャビネットが数機、壁際に設置されているだけの会議室のような部屋であり、中央には木製の古びた大きな机が一つ、ポツンと置かれていた。


そして、机の上に山積みにされた書類の束の向こう側で、座り心地のよさそうな椅子に腰掛けて、なにやら愛用のマグカップを磨く一人の男が居た。


(ヘイトーゼ)

「先日、ある外部の情報筋からそう言うタレコミがあったんだよ。・・・君のね。」


この男の名前は「ヘイトーゼ・マクバラン」。


年齢を重ねる毎に薄くなった頭髪と、大きく出張ったほほが特徴的な男で、顔中に広がる細かいしわ相俟あいまって、見るからに「猿」をイメージさせる小柄な男である。


もう直ぐ50歳を迎えんとする、この老体のゆったりとした語り口調からは、もはや第一線を退いて隠居生活を送る身であるかのようにも見えてしまうが、彼は今でも尚、トゥアム共和国軍の諜報部を取り仕切る「特佐官」だ。


トゥアム共和国陸軍の「佐官位」には、下級から「三佐」「二佐」「一佐」と、3階級存在するわけだが、この「特佐位」に関しては、何らかの特別任務を負う一佐官が任免される事が多い。


勿論、軍最高位である「将官位」に比べれば、格下である事は間違いないのだが、それでも時に、この将官位の者でさえ立ち入る事の出来ない、特別な権限を有する者も居るのだ。


それがこの「ヘイトーゼ・マクバラン」と言う男だ。


(アリミア)

「諜報部として、外部のタレコミを信用なさるのですか?」


高度に情報化された世界において、トゥアム共和国軍としてだけではなく、共和国全体の生命線ともいうべき重要な部署を取り仕切る男を前に、アリミアは全く臆する事無く、むしろほのかに怒気を交えた声色で問い返した。


それは、タレコミという低俗な情報に対して、自身の身の潔白を強調してみせるような「演技」であったのだが、彼女としてもそれほど効果を期待した訳ではない。


見るからに出来の悪い無能者の象徴として、大きな執務室内で踏ん反り返るだけの権力者を装いつつも、時折この男の放つ眼光が、アリミアの心の中に異様な圧力を強いるのだ。


(ヘイトーゼ)

「我々の成すべき事は、不測の事態を未然に防止する為に、ありとあらゆる情報に精通する事にあるのだが、入手した数多くの情報の中には、確かに真実を覆い隠す虚偽を含んだものもある。しかし君は、我々がそんなに怠慢たいまんな組織にでも見えるのかね。」


彼は一瞬、マグカップを磨くその手を一瞬止めると、澄ました表情で微動だにしない彼女の方へと視線を向け、不意にしわの溝をさらに深めるように笑みを浮かべて見せた。


(ヘイトーゼ)

「勿論、我々としてもたかが外部のタレコミを信用して、事を荒立てるほど暇な職種ではないが、それでも無数にある無益な情報を元に、有益たる情報の片鱗を見出して、今後進むべき道筋の新たなる指標を形作らねばならない立場でもある。どんなに些細な情報であっても、無為に捨て置く事はしないのだよ。もっとも、そう言った些細な情報ほどに、慎重に分析を重ねて見れば、存外大きなものへと変貌する傾向にあるようだがな。」


(アリミア)

「お話の意図が理解できません。」


ヘイトーゼのその言葉に、アリミアは大きく溜め息を付いてみせると、目の前のガラス越しに見える深緑の世界に視線を逃がしながらそう答えた。


アリミア自身、事の原因に心当たりが無い訳ではなかった為、あからさまにしらを切る様な素振りを見せなかったのだが、余りに遠まわしに責め回る彼の言動に、少々苛立った様子を浮かび上がらせた。


するとヘイトーゼは、拭き終わったマグカップを机の上に置き放つと、机の上に両肘を付いて、じっとアリミアの表情をうかがいながら、話題の中心へと迫り始めた。


(ヘートーゼ)

「トゥアム共和国陸軍に新たなる機動歩兵部隊を設立するに当たり、各地で転戦するDQA参加者達を召集するという話を聞いてから、諜報部では君等の動きをずっと監視していたのだよ。君等の中に帝国や近隣諸国のスパイが居ない保証は、どこにも無いのだからね。勿論、君のような優秀な人間が居るとまでは予想していなかったが、ずいぶんと好き勝手にやってくれたものだ。共和国軍の情報セキュリティシステムにも、多少の問題はあったようだが、それもでも君が不正に入手した機密事項は10や20では無いはずだ。」


ヘイトーゼの言葉に反応を見せるでもなく、じっと外の景色に見入ったままのアリミアは、確かに過去2週間に渡って彼の示す不正行為を繰り返してきた。


それは勿論、彼女の求める有益な情報を見つけ出したいが為の行為であり、決して下手を打ったつもりは無いが、諜報部の監視網さえかい潜る自身はあったのだ。


トゥアム共和国軍の採用する最新型情報セキュリティシステムは、完全に外部からの不正進入をブロックする強固な防壁を有しているのだが、それはあくまで外部に対してだけの事であり、構築から10年という長い時を経て、もはや時代遅れとなった内部システム側から見れば、実は幾つもの小さな穴が存在している。


共和国軍内のシステム管理者や高官達を装い、この小さな穴を使用する事で、外部周辺システムへの不正アクセスが可能となる事は、既にアリミアも気がついていた事だった。


しかし、如何に身分を完全に偽る事が出来ていたのだとしても、不可解なアクセスを頻繁に繰り返したのでは、外部周辺システム自体の防衛機能に簡単に検知されてしまう事になる。


そのためアリミアは、共和国軍と外部周辺システムとの間に、細かに情報を分割してダウンロード出来る違法システムを潜ませると、他者のアクセス情報の一部に混入させて、機密情報を抜き取っていたのだ。


(ヘイトーゼ)

「もっとも、我々も外部情報提供者からの告発が無ければ、君の行動をつぶさに監視する事は出来なかった。そう言った意味では、君の手際は素晴らしく優秀なものだったと言える。勿論、決して褒めて言っている訳ではないのだが、もし君が近隣諸国のスパイとして何らかの任務を負い、機密情報を入手する事以外に目的を定めていたのならば、いとも簡単にそれを実行する事が出来ていたはずだ。しかし、あえてそれを実行に移さなかった点に、何か理由はあるのかね。」


(アリミア)

「答える事は出来ません。」


今まででもっとも怒気を強めた口調でアリミアが返答を返す。


そう、彼女が始めたこの危険な行為は、言わずもがな、ユァンラオという人物の正体を暴くために行った情報収集活動であり、トゥアム共和国を瓦解させるための破壊工作を行うためではない。


その点を知ってか知らずか、アリミアに対するへイトーゼの態度も、決して犯罪者たる人物を扱うような粗悪ぶりは見えなかったのだが、それでも鋭い視線でアリミアの身体を縛り付ける、この男の真意とはどこにあるのだろうか。


(ヘイトーゼ)

「まあ、不正行為は不正行為として、事を公にして君を処断することは簡単だが、優秀な工作員を育て上げるというのは、そうそう容易な事ではなくてな。それは君も『良く解っている事』だろう?私としても、君のような優秀な人材を、みすみす手放すのは非常に惜しい事だと思っているのだよ。」


この時、ヘイトーゼが放った何気ない言葉は、それまでと全く同じトーンで繰り出されたものだったのだが、突然、表情を強張らせてこの猿親父を見やったアリミアが、殺気すらみなぎる迫力を交えて、鋭い視線を突き刺した。


彼の言動は非常に回りくどく、未だ彼の本心を照らし出すに足る説明がなされたわけではないのだが、ここで彼女に一つの切り札を提示して見せたのだった。


そして、そんなアリミアの表情をマジマジと見つめていたヘイトーゼは、引き出しの中から数枚に重ねられた紙の束を取り出すと、無造作に机の上に放り投げた。


それは勿論、アリミアがその事実を否定し続けた場合に、突きつけるつもりだった資料なのだろうが、あからさまに態度を硬化させたアリミアの反応を見れば、もはや無用な資料に成り下がってしまった事は言うまでも無い。


(アリミア)

「その情報提供者と言うのは?」


と、アリミアがここで、話題をらす様な質問を投げかけたのは、何も突きつけられた事実から逃げ失せようなどと思案したためではなく、その情報源を突き止めようとしたものだ。


勿論、トゥアム共和国の諜報機関が、それだけの情報収集能力を有している可能性もあったのだが、アリミアはどうしても、心の中に生まれた一つの疑念を確認する必要が有ったのだ。


自分がしでかした不正行為は、確かに検知しようと罠を張れば発見出来なくも無い。


しかし、極微小で検知しにくい分割データを、複数のルートを使用して、他人のアクセスによって持ち出すという手法が、外部の手の者によって簡単に暴かれるはずは無いのだ。


とすれば、アリミアの行動を事前に察知し、内部システム内に予め罠を張っていた者が存在する可能性は非常に高く、彼女自身、そんな事をしでかす人物に心当たりが無いわけではなかった。


(ヘイトーゼ)

「やはり気になるかね。君ももう気付いているのだろうが、君は以前からその人物にマークされていた節がある。そうでなければ今君がここに居る事の説明が付かないからな。もっとも、現時点の私にはこれ以上の事は言えんのだが・・・。」


(アリミア)

「それで、私に何をしろと?」


すると突然、再び長ったらしい会話を繰り広げようとしたヘイトーゼの言葉をかき消す様に、アリミアが彼の本心へと狙いを定めた鋭い一言を放った。


弱みを握った相手に対して、単刀直入に要求を示すでもなく、のらりくらりと相手の心に揺さぶりをかけるのが彼の趣味なのだとしても、アリミアはこれ以上、彼の遊び道具に甘んじているつもりは更々無かった。


(ヘイトーゼ)

「ぬっふっふ。君のような賢い人物には是非とも、私の元で働いて貰いたいと思ってね。」


ヘイトーゼは一瞬、アリミアの言葉に驚きの表情を見せはしたものの、終始落ち着いた様子で、机の上に置かれている呼び出しベルのスイッチを押した。


そして、大きく一つ息を吐き出して背もたれに圧し掛かり、両手を腹の上に組んだまま、椅子を少しだけ傾けると、全く一言も発する事無く天井を仰いで目を瞑った。


アリミアはその間、じっとこの猿親父の姿を見据えて険しい表情を崩さなかったのだが、ふと視線を外して考え込んだその先に、かすかに光る新たな指標を見出したのだ。


やがて、彼が呼び出しベルを押してから30秒ほど経った頃だろうか。隣の部屋とを繋ぐ扉が開かれると、サングラスをかけたままの体躯の良い男が一人、二人の前に姿を現した。


そして、ヘイトーゼに対して礼儀正しく敬礼を施した彼は、ゆっくりとアリミアの直ぐ脇まで歩み寄ると、サングラス越しにアリミアの姿を見据えながら右手を差し出した。


(ヘイトーゼ)

「紹介しよう。彼は私の優秀な部下の一人。ギャロップ・リッスモンだ。」


(ギャロップ)

「よろしく。」


彼の物腰は柔らかく、非常に友好的な態度を指し示す優しげな口調で語りかけたのだが、アリミアは一瞬、心の中で沸き起こった非常に強い警戒心を前に、直ぐには彼の右手を握り返す事が出来なかった。


それは、全く少しの隙もうかがわせない彼の立ち姿に、異様な雰囲気を感じてしまったからでもあったが、今後、自分に課せられるであろうヘイトーゼの要求とは、如何なる物なのかを、瞬時に感じてしまったからでもあった。


(アリミア)

「私に工作員たるセンスがあるとお思いなのですか?」


(ヘイトーゼ)

「ぬっふっふ。ほんの少しの会話の中にも、君のセンスを垣間見る事はできる。勿論、実能力の程度を測り知ることは出来ないのだが、君が本当にあのファルクラムの生き残りだというのなら、何の問題も無いと思っているがね。」


不敵な薄ら笑いを浮かべながらそう説明したヘイトーゼは、再び机の引き出しの中から1枚の紙切れを取り出すと、視線に促されて歩み寄るギャロップへと手渡した。


(ヘイトーゼ)

「我々の利害は一致していると思うのだがどうかね。最終的には君の意思を尊重したい所だが、何分我々も人手不足に悩んでおってな。君が自ら進んで協力してくれる事を望んでおるよ。」


よくもまあ抜け抜けとそんな言い回しが出来たものだ。


結局のところ、欲しい情報はできる限り開示してやるから、自分の手足となって働けという事なのだろう。


アリミアふと、目の前に映し出された綺麗な風景へと視線を向けると、ゆっくりと息を吸い込んで答えを発した。


(アリミア)

「私から条件を一つだけ提示します。私の素性については、他の誰にも口外しないでください。」


この時、彼女は決意したのだ。


この猿親父の要求を受け入れ、かつてファルクラムの工作員として、非情なまで暴挙を振るった自分自身をよみがえらせる事を。


そして、様々な情報を有する彼等を逆に利用し、あのユァンラオを失脚させるための情報を掴むために。


考えてみればネニファイン部隊に所属し、誰の手も借りる事が出来ない状況下で、奴の素性により近づけるかといえばそうではない。


ありとあらゆる情報に精通した諜報機関に所属する身ともなれば、それだけ得られる情報の量も、信頼性も向上するという事であり、彼女にとってみれば、決して悪い話ではないのだ。


(ギャロップ)

「我々諜報部員のうち、特殊工作任務を背負う工作員のほとんどは、君みたいな訳ありの人間だ。あまり問題は無いさ。」


そう言って新たなる仲間に気さくに話しかけたギャロップが、サングラスを取り除いて素顔をさらけ出してみせると、再びアリミアの前に右手を差し出した。


そういう彼もまた、重たく暗い過去を背負う一人なのであろう。


アリミアは軽い笑みを投げかけるギャロップの表情をうかがいつつも、今度は彼の右手を握り返してやった。


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