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Loyal Tomboy  作者: EN
第五話「平行線の彼方に」
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05-02:○平行線の彼方に

第五話:「平行線の彼方に」

section02「平行線の彼方に」


(シルジーク)

「シミュレーションボールと制御システムの再連結完了。エネミーシンボルを視界に確認したらレコード開始だ。」


妙に静かで機械的な動作音のみが漂う大きな地下室の中に、少し乾いた少年の声が木霊する。


(シルジーク)

「今度はASRモーション軌道から、新兵器に移行するタイミングとスピードに気をつけろよ。左手の動きにRT44のweight-onするからな。」


寂しいぐらいに殺風景な薄暗い倉庫の中で、ただ独り取り残された彼が必死になって目の前のパソコンを相手に格闘していた。


彼が座るコンソールが並べられたテーブルの前には、大きな黒い球体がその体積の半分を床に埋めた形で、横に3つ並べられており、各々から伸びる太いコードは、無造作に置かれた大型の制御システムへと連結されている。


「ねぇ・・・。コントローラーに反動が返ってこないのに無理だよぉ。」


(シルジーク)

「急造部屋なんだから我慢しろよ。」


座る椅子の下にまで散乱した剥き出しの配線を蹴飛ばすと、シルは少し疲れたような溜め息をついて見せながら、マイクに向かってそう呟く。


そして、左手を頬に付いたまま、シミュレーション映像に合わせて、彼がレコーディング開始のボタンをポンと押下すると、程なくしてそのレコーディング結果が画面へと映し出された。


(シルジーク)

「・・・もう一回だ。セニフ。」


これまで記録したシミュレーション結果もさることながら、今回のレコーディング結果にもにっこりと笑みを浮かべるまでには至らない。


シルはしばらくの間、この可もなく不可もなく的な、やる気のない算出値にじっと見入ったまま、何かを考え込むような仕草で頭を抱えていたのだが、一瞬、大きな黒い球体の方に視線を移すと、取りあえず記録できた行動パターンのバックアップを取るためのコマンドを、カタカタとキーボードに入力し始めた。


今彼が行っている作業は、新しく開発されたDQ用の新兵器を使用するためのオートモーションデータを、行動パターン別に記録していく作業である。


本来であれば、新兵器を装備させたDQにパイロットを搭乗させて、照準訓練や射撃訓練の行動データを記録してしまうのが一番手っ取り早い方法なのだが、ディップ・メイサ・クロー作戦から2週間が経った今も尚、目と鼻の先に布陣した帝国軍を前に、広い地上でのびのびと訓練など出来るはずもなく、基地自体が地下に存在するランベルク基地においては、DQを稼動させるような広いスペースも存在しない。


そして、稼動すれば必ず何かしらの損耗を負ってしまうDQを、そう何度も訓練に借り出せるはずもなく、DQのオートモーションデータを記録する作業は、もっぱら整備コストを大幅に軽減できる、シミュレーションという手段を用いるのが通例であった。


このシミュレーションには、幾つかの種類と方法があるのだが、一般的にシミュレーションボールと呼ばれる汎用的シミュレーターを使用する事が多い。


これは、実際に行動を司る制御システムを外部に独立させているために非常に互換性に優れ、DQの動作シミュレーションのみならず、様々な兵機種での転用が可能な代物だ。


その使用目的は主に2つあり、一つはDQを稼動させるための行動ファンクション群を組み合わせて、ユーザーインプットに対応するオートモーションデータを生成する事。


そしてもう一つは、構築したオートモーションデータを連結し、DQの動作シミュレーションを行う事。


勿論、オートモーションデータの基本構成に関しては、さほど難なく作成する事が可能なのだが、実際に登場するパイロットの特性に合わせたデータを求めるとなると、そう簡単にはいかないものだ。


(シルジーク)

「搭乗者へのフィードバック機能がないと、やっぱり辛いか・・・。」


それまで何度も繰り返されてきたオートモーションの記録データを画面に並べつつ、どこか不満そうに事の原因を呟きだして見せたシルは、再び一からシミュレーションを行うための、面倒くさい準備に取り掛かった。


彼がいるこの大きな地下室は、ランベルク基地の地下5階にあたり、最近ではもう誰も使用しなくなった大きな倉庫スペースを、ネニファイン部隊がDQシミュレーション用に軍から借用した部屋である。


実際に軍のDQ整備専門施設が使用できるのであれば、もう少しシルの作業を軽減してやれようものなのだが、彼らの駐留基地として指定され、受け入れ体勢を整えていたはずのシムナム基地が、スーノースーシ川対岸に陣取った、帝国軍の攻撃射程距離内にスッポリと収められてしまったために、駐留基地としての役割を放棄せざるを得なかったのだ。


そのため、急遽ランベルク基地に居候いそうろうする羽目となったネニファイン部隊は、DQを整備するための施設を自分達の手で設営しなければならず、このシミュレーションシステムも、正規のものと比べてかなり性能の劣った、急造品たるまがい物なのである。


勿論、他の駐留基地たるブラックポイント基地や、セロコヤーン基地などには、充実したDQ整備専門施設が存在するのだが、この逼迫ひっぱくした戦況下で、貴重な戦力を後方基地へと撤退させる余裕もなく、更に、ランベルク基地内に存在するDQ整備専用施設に関しても、新設したDQ部隊が3つ共に同じ基地内に駐留するという異常事態に、誰かが貧乏籤びんぼうくじを引かねばならなかったのだ。


また、一つの方法として、トゥマルクの製造元であるティーゲル社や、リベーダー2の製造元であるマムナレス社の民間整備工場を借用するという手もあるのだが、帝国軍の軍事目標として民間企業の工場が標的にされることを懸念して、その方法を選択する事もできなかったのだ。


(シルジーク)

「セニフ?」


ようやく長く面倒くさいシミュレーション準備作業を終えたシルが、ふと不思議そうにマイクに向かって話し掛けた。


準備作業に夢中だった彼としては、一体どれほどの時間が経っていたのか解らなかったのだが、それでも彼が設定作業を行っている間、マイクの向こうにいる少女は、終始無言を突き通していたのだ。


(シルジーク)

「どうした?セニフ?」


「・・・あ、うん・・・。ごめん。えっと・・・。ちょっと休憩。」


耳元に付けた小さなイヤホンから流れてくる少女の声には、どこか覇気のようなものが全く感じられない。


同じ事を何度も繰り返す羽目となってしまったレコーディング作業に、少なからず嫌気が差してしまったのだろう事は間違いないが、繰り返しNGを連発する彼女の集中力にも問題が無いとは言えなかった。



23回も連続して同じレコーディングをやり直すなんて、DQA時代から思い起こして見ても、初めての事じゃないかな・・・。



完全に独り言で済ますつもりで小さく呟いたシルには、その原因の根本がどこにあるのかが解っていたのだが、それでも彼は「その事」になるべく触れないよう、しばらく静かに見守る事に決め込んでいたのだ。


やがて、シルの目の前の大きな黒い球体から薄白い煙が噴出し始めると、ドア開閉を示す上部ランプが赤々と光を放ち、重たそうな銀色の二重扉がゆっくりと横スライドする。


そして、真っ暗に消灯された狭いシミュレーションボールの中から、身軽い体の少女がポンと外へ放り出た。


外見そとみいつもと変わりない様子の彼女だが、不思議と意味もなく大きな倉庫の中に視線を四散させると、開放的空間のひんやりとした空気を思いっきり吸い込んで吐き出して見せる。


そして、ゆっくりとシミュレーションシステムの管制端末の並べられた場所へと続く階段を昇り切ると、椅子の上に腰掛けたシルの姿を見つめたまま、一旦その場に立ち尽くしてしまった。


(シルジーク)

「どうした?最近腕が鈍ってきたんじゃないか?」


黙り込んだまま立ち尽くすセニフに対して、シルは軽く視線を宛がうと、投げかけた言葉と共に、まだ蓋の開いていない缶コーヒーを一つ、セニフに向かって下から放り上げた。


(セニフ)

「・・・。・・・あっ。」


ガランゴロン!


ゴロゴロ。


静かな部屋の中に大きな鈍い金属音が一つ木霊し、続いて雷がごねり鳴くような音が静かに響き渡った。


(シルジーク)

「・・・。」


シルの放り投げた缶コーヒーは、ゆったりとした放物線を描き、セニフの目の前へと差し掛かったはずなのだが、完全に彼女の意識は投げられた缶コーヒーを追うでもなく、じっとシルに据え付けられたままだったのだ。


彼女が缶コーヒーの挙動を察し、唐突につかみ取る動作へと転じたのは、既に缶コーヒーが床に落ちる寸前でのことであった。


(セニフ)

「えへっ・・・。へっへぇー。」


セニフはどこか、へんてこな笑みを浮かべて誤魔化ごまかしを入れると、可愛らしい動作を振りかざして転がり落ちた缶コーヒーを拾った。


そして、左耳に取り付けたシミュレーション用のワンサイドゴーグルを外し、ゆっくりとシルの元へと歩み寄った後で、彼の後ろで通路を隔てる鉄柵へと身をもたれかけた。


(シルジーク)

「セニフ。大丈夫か?20回以上もやり直しさせて悪かったな。後は俺の方で何とか補正かけるから、もう休んでいいぞ。」


どこか様子のおかしいセニフの雰囲気を気遣ったのだろうか。


静かに彼の後ろで缶コーヒーの蓋を開いた彼女に対して、椅子の背もたれに右肘をかけて振り返ったシルが、思いもよらず優しい言葉を投げかけた。


セニフ自身、何度もやり直しをさせられた原因が、自分のやる気の無さから来ているのだということは自覚しており、シルに怒鳴りつけられるとでも思っていたのだろうか。


セニフは少し怪訝けげんな表情を浮かべて見せると、手にしたデータを元にせっせと設定作業へと取り掛かったシルの後姿を見つめ、何の言葉を返すでも無く缶コーヒーに口をつけた。


セニフとシル。二人を静かに包み込む薄暗い空間に、カタカタとキーボードを弾く音だけが響き渡る中、セニフがゆっくりと天井を見上げて思いをせる。



思い願った私の望みを、シルは優しく受け入れてくれた。


まだ少し、ギクシャクした感じはいなめないものの、それでも普通に言葉を交わす事を、シルは拒否する事無く認めてくれた。


ディップ・メイサ・クロー作戦終了後以来、シルは「あの話題」に一切触れようとはしなくなった。


それは勿論、シルが「あの話題」に対して全く興味を抱かなくなったからではなく、私がそれだけ強く拒絶して見せたから。


お互いに抱き持つ思いの深いところを探り合う事も無く、以前のように楽しく、以前のように仲良く、和気藹々(わきあいあい)と会話する事を望んだのは私。


そんな私の我儘わがままをシルは許してくれたのだ。


そう。私が望んだ通りの関係を、私は手にする事が出来たのだ。


うん・・・。・・・そういう安心感はある。


確かにある。・・・けど。あるんだけど・・・。


お互いの距離が近づいた分、お互いの距離が遠くなったような気がする。


・・・って。何言ってんだろ私・・・。



彼女の見上げた天井は、時代遅れの古びた蛍光灯が、薄暗い倉庫の中を照らし出している他は、何も無い殺風景なただの天井。


勿論、汚い壁へと視線を移したところで何も無い。


セニフはふと、もう一口分缶コーヒーに口をつけると、どこかつまらなそうな表情をかもし出してうつむき、足元に転がった配線を足で蹴っ飛ばしたり、引き寄せたりした。


(シルジーク)

「このデータに補正かけて連結すれば、全体の行動バランスを崩さず許容範囲内の遊びは保てるか・・・。」


目の前のディスプレイを食い入るように眺めつつ、シルが発したその言葉は、決してセニフに対して語りかけたものではない事を、彼女は良く解っていた。


その後もぶつぶつとディスプレイに向かって話しかける彼の姿が、完全に自分一人の世界でのみやり取りされている独り言である事を示している。


静まり返る地下室の中に、カタカタと勢い良くキーボードを打ち込む音を奏で出し、ふとその手を止めては、手元に並べられた資料にじっと視線を釘付ける。


そして、テーブルの上へと置かれた缶紅茶を手に取ると、一口だけ飲んだ後で、再びディスプレイへと向けて彼の意識を集中させるのだ。


完全に一人取り残されたセニフは、おとなしく黙ってシルの作業を眺めていた。


画面の光に照らし出されるシルの表情は、真剣その物であり、一つの事に集中し始めると、彼が中々その世界から出てこない事は、今までの経験から解っていた。



そんな時、ふと何を思ったのか、セニフは自分の手に持つ缶コーヒーをテーブルの上へと置き、テーブルの上に置いてあった缶紅茶を手に取った。


勿論それは、他愛たあいも無い些細ささい悪戯いたずらに過ぎなかったのだが、セニフはじっと、彼がその缶コーヒーに手をかける瞬間を心待ちにした。


(シルジーク)

「・・・。・・・ん?・・・・・・・・・んんっ??」


やがて繰り返される彼の作業工程の中において、「缶紅茶を手にして一口だけ飲む」と言う個所で、ふと手を止めてしまった彼が、一瞬、表情をしかめてしまった。


それは勿論、口に含んだ液体が、普段の甘く香り豊かな紅茶の味ではなく、鼻の先まで突き抜けるような苦々しいコーヒーの味だったからである。


彼は特に苦いものが苦手と言うわけではなかったが、小脇でクスクスと笑うセニフの方をチラリと見やると、少しだけ膨れっ面を浮かび上がらせて、渋々とコーヒーにもう一度口をつけた。


(セニフ)

「あ〜あ。飲んじゃった。」


そして、再び何事も無かったかのように作業を開始したシルに対して、小さく溜め息をついたセニフは、シルから奪い取った缶紅茶の飲み口をマジマジと見つめると、一気に中身を飲み干した。


間接キッスという子供染みた彼女の好意に、まったく無関心を装って見せたシルは、確かにいつも通りのシルではあったが、セニフはゆっくりと空になった缶をテーブルの上に置くと、静かな語り口調で言葉を発したのだった。


(セニフ)

「私さぁ・・・。シルの事。好きだったのになぁ。」


それは今までに何回彼に発した言葉であろうか。


しかしこの時、セニフの心の中では安易に放ってきたそれまでの言葉とは、どこか意味合いの違う言葉のようでもあった。


セニフ・ソンロと言う新しく作り上げた自分の分身。


いや、彼女にとっては、それが完全に自分そのものであることを望んだ少女。


その少女の想いを代弁だいべんして見せるように、セニフはシルに告白して見せた。


もう一人の自分と言う黒い影を必死に押しつぶして。


(シルジーク)

「・・・。・・・知っていたよ。・・・うん。」


するとシルは、どこか驚いたような表情でセニフの方を振り返り、少し困ったように言葉を詰まらせながら、言葉少なめにそう返事を返した。


そして、二人の見つめ合う視線の先で、お互いの抱く想いを探りつつも、不思議な違和感の漂う瞬間に、お互いを隔てた見えない距離の長さを再認識するのだった。


やがてシルは、何事も無かったかのような素振りで、ディスプレイの方へと向き直ると、再び忙しそうに設定作業へと没頭し始めるのだ。



訳の解らん事を抜かすなアホ!!


誰と誰が愛し合う仲だって!?



などとののしられる事に比べれば、無為に否定的な回答を投げつけられなかっただけ、マシな答えであると評価できるかもしれない。


しかしそれは、不思議なほど優しげな態度でセニフに接するようになった、シルの態度の変化の表れでもあり、言葉にきゅうしてしまった彼の思いを察するに、もはや彼の中で、今目の前にたたずむセニフと言う一人の少女が、過去のセニフという一人の少女では無くなってしまったと言うことなのだろう。


セニフは再び天井を見上げると、込み上げる涙を必死に押さえ付けるように笑みを浮かべて見せた。



シルの短い言葉の中に、私の事が好きだという気持ちが含まれているのかどうか。


それは解らない。でも・・・。解らないなりにも解った事がある。


それは、もはやシルの心の中には、無邪気に笑って騒ぎ立てる明るかった頃の、セニフ・ソンロの姿はもう居ないと言うこと。


今シルの中に居る私は、もはやあの大きな黒い影を背負った私でしかない。


シルが優しく私に接するようになったのは、きっと私の事を好きになったんじゃなくて、そんな私の事を同情してくれているからなんだよね。


シルってさ。態度は冷たかったりするけど、やっぱり優しい人だしさ。


本当に・・・。本当に私・・・。シルの事が大好きだったんだよ・・・。本当だよ。


でも・・・。でもね。本当に自分の心に嘘を付かずにその言葉を言えたのは、あの頃の私だからなんだ。


皇女でもなんでもない、単なる一人の少女だったから言えたんだよ。


過去形に置き換えて言い放つにしたって、必死に言葉を振り絞りでもしなければ、もう好きだって言う事が出来なくなっちゃった・・・。


今の私は、シルの必死の想いに何一つ答えようとせず、ただ自分の安楽な居場所だけを求めて彷徨さまよう浮浪者みたいな我儘わがままな女なんだ。


今思えば、確かにアリミアの言う通り。


私はシルの事を好きだって言う一人の少女を演じていただけなのかもしれない。


シルの迷惑も考えず、シルの事を少しも知ろうともせず、ただ、セニフ・ソンロという作り上げた一人の少女をシルに宛がって、強引に自分の居場所を作り上げる事に、必死だっただけなのかも知れない。


もしシルに嫌いだなんて言われたら、私の居場所が無くなっちゃうかもって、思ってたし・・・。


自分の居場所を作り出そうと望んで、シルを好きだって言う言葉にすがっていたかっただけなのかもしれない・・・。


やっぱり、そうなのかな・・・。そうなんだろうね・・・。結局、私って・・・。自分勝手だしね・・・。


元々お互いの距離って、遠いままだったのかな。


そしてその遠さに気付きもしないで、ただシルの身体に抱きついていただけなんだ・・・。


私にはもう、シルの事を好きって言う資格無いんだよね。


そして、シルに好きって言って貰う資格も無いんだよね。



セニフはもはや、込み上げる涙を堪える事が出来なくなり、自分の着る服の袖で顔を覆って、一生懸命に涙を拭いた。


ディスプレイの前で設定作業に没頭する、優しきシルに気付かれないようにして。


やがて、何度も大きく深呼吸を繰り返して必死に気持ちを落ち着かせるると、セニフは唇を噛み締めて何かを決意したような表情でシルの後姿を見据える。


そして、自分がシル用に置いたはずの缶コーヒーを取り上げると、一気に全部飲み干してしまった。


(シルジーク)

「おいおい。俺の分まで飲むなよセニフ。」


(セニフ)

「いいじゃないさ。また買ってきてあげるからさ。」


屈託くったくの無い笑顔を振り撒いて、未だ涙の残る目元を誤魔化ごまかす様に、セニフは明るさを強調した言葉でシルに返事を返した。


そして、マジマジとシルの顔色をうかがった後で、ふざけ調子満々の意気を込めた表情をぶつけてやるのだ。


(セニフ)

「買ってきてあげるから、私の質問に答えてよシル。」


突然に態度が切り替わったセニフに対して、シルは一瞬、怪訝けげんな表情でその振る舞いを見つめていたのだが、どこか懐かしい彼女の明るさに、不思議と心の中が軽くなっていくような感じたした。


しかし、そんなシルの思いを他所に、問いかけたセニフの言葉はこうだ。


(セニフ)

「シルはさぁ。好きな人とかいるの?」


(シルジーク)

「はぁっ??」


今までセニフから聞かれたことも無いような突拍子も無い質問に、シルは驚いた表情を隠しきれなかったが、悲しくも正直な彼の視線は、大きな倉庫の部屋中を駆け巡ってしまった。


それが虚を突かれたために起きた現象なのか、それとも本当に心の中に想う人が居たからなのかは解らないが、その瞬間を待っていましたとばかりに、意地悪な笑みを浮かべて見せた彼女は、罪も無き被告人の追及を開始するのだった。


(セニフ)

「あ〜〜。いるんだぁ〜〜。シル〜〜。へぇ〜〜。」


(シルジーク)

「な!違う違う!違うって!」


(セニフ)

「そんなに恥ずかしがる事無いじゃんさ。ねぇねぇシル。その人どんな人なの?綺麗な人なの?」


(シルジーク)

「う・・・。関係ないだろそんなこと!疲れてないならもう一回シミュレーションするぞ!ほら!シミュレーションボールに入れ!」


何故か顔を赤らめてしまったシルの表情を覗き込み、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるセニフに対し、その視線の先のこそばゆさに耐え切れなくなったシルは、途中最中で放り出すことになってしまっていた自分の仕事へと、強引に逃避を開始した。


(セニフ)

「だ〜か〜ら、どうなのさ。いいじゃん。少しぐらい教えてくれたって。教えてくれたら私も言う事聞くからさ。ほら答えなさいシルっ。」


(シルジーク)

「お前は子供か!アホなこと聞くなっつぅの!」


(セニフ)

「子供だよぉん。だからお姉さんに話してみなさいってば。」


相手の嫌がる箇所をチクチクと刺して、その反応を楽しむかのように振舞う彼女の態度は、まさに普段通りのセニフ・ソンロそのものであったが、セニフにはもう、かつての自分が取り戻せないものである事を悟った。


シルを好きと言えなくなった自分でもいい。


そして、シルに好きって言って貰えない自分でもいい。


私は、シルと一緒に居たい。


これからもずっと、出来る限り一緒に楽しく過ごしたい。


そう心の奥底から願う彼女は、一生懸命、彼に笑顔を振り撒くのだった。

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