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Loyal Tomboy  作者: EN
第一話「ルーキー」
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01-07:○黒いお抱え衛兵[1]

第一話:「ルーキー」

section07「黒いお抱え衛兵」


廃都市ブラックポイントを囲む3000メートルクラスの山々は、元は岩肌がむきだしの、草木も生えないといわれた死山であった。


EC377年ごろ盛んに行われた「グリーンクラッド作戦」により、今でさえ木々がのうのうと生い茂っているが、一昔前までは人が住むのも苦労する土地だったのだ。


セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国が戦火を盛んに拡大していたころ、トゥアム共和国側が、帝国軍の東方進軍を牽制する目的で、この地に軍事拠点を置いたのがこの都市の始まりである。


乾燥帯から熱帯へと気候を強制的に変化させられたこの地域は、今まさに雨季の真っ只中で、気温、湿度とも、人に不快感を与えるには十分なほどの最悪な状態だ。


(マリオネクス)

「シル?交換ビットと20mm弾の用意できたよ。」


(シルジーク)

「ああ。まあ入れよ。外は熱いだろ?」


開いた扉から漏れ出してくる、目に見えない滑った空気が、それまで快適な世界を演出していた空間を侵食し始める。


チームTomboyの物資弾薬補給用トレーラ「キャンサー」の中で、一人、広域サーチレーダーの前に座り込み、涼しげなエアコンの冷気に浸っていたシルが、ゆっくりとマリオを手招きした。


35度を超す程の、蒸し暑い空間からようやく開放されたマリオにとって、キャンサー内の室温は、少しばかり震えを覚えるほど寒い気もしたが、それ以上の快適さが彼を包んでくれるので、口にしなかった。


(マリオ)

「お姉ちゃん達は?」


滴り落ちる額の汗をタオルで拭い取り、ゆっくりとシルの方へと歩み寄ったマリオは、綺麗な細い声をキャンサー内に響かせながら、サーチレーダーが映し出す戦況へと興味を示した。


まだ幼さを拭いきれない小柄な彼の本名は「マリオネクス・ホスノー」、まだ13歳になったばかりの少年だ。


彼の言うお姉ちゃんとは「ジャネット」のことで、マリオとジャネットは、実の兄弟である。


人見知りが激しく内向的な性格の彼は、とても臆病で泣き虫な所が有り、つい最近までは、常にジャネットの足元にへばりつくように行動していた。


しかし、そこがまた可愛いのだと、Tomboyの女性陣からはすこぶる可愛がられている。


(シルジーク)

「まだエリア55にも至ってない。3ラインにハンターがウヨウヨいたんでこのざまさ。」


なにやら疲れきった様子のシルは、体を仰け反らせるように、椅子の背もたれへと全体重を乗せると、大きく背伸びをした体勢のまま、DQA会場マップを映し出す、コンソールの端っこを指差しする。


3人のおてんば娘達は、今大会会場内では一番の新米チームであるにもかかわらず、迫り来る相手チームを散々蹴散らしたあげくに、事もあろうか上位人気チーム同士の交戦区域を掻き乱すような行為を頻発したために、周囲のチーム達の反感を買ってしまったのだ。


勿論、大会ルールでは、彼女達の行動に何ら問題はない。


しかし、このチームはド新人の集まりで、しかも、DQパイロットが全員女という、真面目に大会に参加している他チームからすれば、こんな「ふざけたチーム」に、良い様に大会を荒らされてたまるか!的な感情に駆られてしまうのも、心情としては解らなくもない。


だから俺は止めたんだよ・・・。


(シルジーク)

「まあ、この位置まで来れば、ニュートラルエリアまで後10分ってとこだろ。よくもまあ、無傷で帰ってこれたもんだ・・・。」


大きな溜息を隠すでもなく、半分あきれた表情でシルは言った。


彼の言うニュートラルエリアとは、いわば「戦場の中立地帯」のような場所で、大会期間中、このエリア内での発砲、格闘、チーム間のイザコザは、即刻、失格退場となるルールと定められている。


5日間にも及んで戦闘を繰り返さなければならないとは言え、休息も取らずにぶっ通しで戦い続ける事など出来るはずも無く、このような中立地帯は、大会会場の各地にポツポツと設置されているのだ。


各ニュートラルエリアでは、各チームの物資の補給、休息、情報収集が可能であり、さらには、食料品店、生活用品店、娯楽施設、酒場など、人々が暮らして行くのに困らない程度の小さな街が形成されている。


また、DQの修理工場や格納庫も存在し、金さえ出せば、DQの予備パーツだけでなく、DQ整備士やDQパイロットまで雇えてしまうのだ。


(シルジーク)

「そう言えばサフォークはどうした?」


(マリオ)

「・・・ええとね。・・・寝てるよ。」


(シルジーク)

「・・・。ったく・・・。たたき起こせ。」


(マリオ)

「でもさ。ほら気持ち良く眠っているし・・・。」


(シルジーク)

「そう言う問題じゃないだろ。」


(マリオ)

「でも、でも、ほら疲れてるみたいだったから・・・。」


(シルジーク)

「マリオ、あんなグータラかばってやる必要はないぞ。」


ようやく、チームTomboyが戦場での追っ手達を振り切り、安全なエリアまで到達したことを確認したシルは、しばし、安堵したような表情で、マリオとしょうもない会話を嗜んでいたのだが、チカチカとコンソール脇で点滅を繰り返す一つのランプの存在に気が付く。


しばし訪れた静寂の時間の中、ふと、気の抜けたような表情のまま、その光の点滅を観察していたシルは、突然、飛び上がるようにして目の前のコンソールに被り付くと、なにやらDQA大会本部から提供されている各チームの詳細一覧を漁り出した。


そして、そんなシルの行動に釣られるように、表情を豹変させたマリオも、慌てた様子でセニフ達アタッカー陣への緊急連絡用特別回線を開く作業へと取り掛かる。


何かがおかしい・・・。


シルは何か「えもいわれぬ不安」を感じていた。


敵チームの接近を知らせる警告ランプが点灯することは良くあることだ。


先ほどまで敵チームに包囲されそうになった場面でも、ほとんどこのランプは点灯しっぱなしだった。


サーチレーダー上に映し出されるアタッカー陣にも特に異常は見られず、先ほどまでしつこくセニフ達を追跡していた複数の「ハンター」達も、どうやら諦めた様子で、1チームの反応を残して、散り散りに後退して行くのが見て取れる。


??


1チームを残して????


もしやと思った瞬間だった。


(シルジーク)

「やっばい!!カーネルだ!!」


(マリオ)

「ええええ!?カ・・・カーネル!?」


マリオはくりくりとした大きな目を、さらに大きく丸めたような表情で驚くと、先ほど外にいたときとはまるで違う「冷たい汗」を背筋に感じた。


カーネルとはDQA参加チームの中でも最上級に位置するチームの総称であり、今回の大会には33ものチームが参加しているが、その中でもカーネルと称されるチームは3チームしか存在しない。


DQAの中に限っていえば、そのDQ操舵技術はほぼ「神の存在」に近く、出会ったら最後、チームの全滅は免れないといわれるほどのチームである。


DQA提供情報によれば、今回セニフ達の前に唐突に現れたカーネルチームは、「Black's」というチームで、噂ではDQA主催者お抱えの衛兵だ噂されているチームだ。


それは主催者側が、DQA優勝賞金を取られないように仕組んだ陰謀とも言われ、胡散臭い地方のDQAともなると、ほとんど人の手に莫大な優勝賞金が渡る事はない。


(シルジーク)

「セニフ!!止まれ!!セニフ!!」


即座にシルは、マリオが差し出したマイクを手に取ると、緊急連絡用特別回線を通してアタッカーチームに連絡を取る。


事は一刻を争う状況だ。


おそらく、それまでしつこくセニフ達を付け狙っていたハンター達が後退したのも、このカーネルの存在に彼らが気付いたからであろう。


勿論、クラスが上位であるチームから奪ったポイントというのは、下位チームと比べても何倍にも加算される仕組みではある。


しかし、そんな甘い言葉に誘われて、見知らぬ藪を突付いてしまった奴等の末路とは、常に同じく「敗北」という言葉に塗れる事となる。


それが故のカーネルであり、あわよくば戦場において、決して出会いたくない相手なのだ。


サーチレーダー上で、チームTomboyが待機するポイントから、少しはなれた位置で、じっと身動きもしない「Black's」だが、おそらくはこちらの存在に気が付いている事は確かだ。


そして、狙いは、俺達チームTomboyか・・・。


(セニフ)

「なぁによ?シル。愛の告白は2人っきりの時にしてって言ってるでしょ?それにもっと雰囲気のあるシチュエーションじゃなきゃ、私やだよ。」


(シルジーク)

「訳の解らん事を抜かすなアホ!エリア1ブロック内にカーネルが張ってるぞ!!一旦、全員止まれ!!」


サーチレーダーに食いつくように顔を近づけ、最大ズーム状態で細かなカーネルの動きを観察していたシルが、ふざけた調子で言葉を返すセニフをあっさりと怒声で退ける。


(アリミア)

「さっきからうるさい輩の気配がしないと思っていたら。そういうことなのね。」


(セニフ)

「・・・アホって・・・。」


アリミアだけは、周りに渦巻く異様な雰囲気を察していたようであったが、セニフ達アッタカーチームには、カーネルの存在が見えていない。


所詮、DQA大会なので主に使用されている、現場レベルのサーチャーなど、気休め程度のお飾りに過ぎず、広大な敷地面積を誇る大会会場の戦況については、10分単位に更新される主催者側からの提供情報を元にするか、彼らのように、チームバックアップが広域サーチレーダーで、不足分を補完してやる必要があるのだ。


近場にカーネルの存在を知らされた彼女達は、すぐさまDQを停止させると、周囲に分厚いFTPフィールドを展開し始める。


密林であるとはいえ、1ブロックエリア程度であれば、腕の立つスナイパーなら狙撃できるからだ。


(シルジーク)

「当該エリアの地形を利用してカーネルを撒くぞ!進路をN32E55に変更!!セニフ、お前が殿で援護しながら一気にずらかれ!!」


(ジャネット)

「あ〜あ、もう汗びっしょり・・・。早く帰ってシャワーが浴びたいわ。」


すばやく周囲の茂みの中へと身を隠し、緊急戦闘体制への移行作業を終えると、自機のサーチャー感度を調節しながら、ジャネットがぼやいてみせた。


彼女達が身を潜めたこの区画は、ブラックポイントの都市ビル群より、20kmilsほど離れた山奥にあり、「グリーンクラッド」で植林された木々達が、血気盛んに生い茂る森林地帯となっている。


都市中心部も破壊された爪あとから、瓦礫の山で覆われた道路が多く、身を隠しての隠蔽戦闘が可能であったのだが、ここ森林地帯もまた、お互いを直射すべき射線を阻害する障害物に、事欠かない場所である。


(セニフ)

「アリミア?サーチャーで敵の正確な位置って解る?あのカーネルでしょ?私、一度やってみたかったんだぁ。」


突然、セニフがとんでもない事を、きらめく笑顔でさらっと言う。


DQA参加者であれば、その姿を見ただけで逃げ失せてしまうような相手を前に、まったくの新人チームが太刀打ちなど出来ようはずも無く、一体、どうやったらそんな考えに到達するのかと、シルは顔を引きつらせて呆れるしかないのだが、他の2人も含め、女性陣3人の中に、シルの言葉に従って、即座に離脱行動に移ろうとする者はいなかった。


こういう場合、アタッカーリーダーのアリミアとしては、シルの提案する正しい判断を尊重し、セニフの考えを制するべきである。


しかも、チームTomboyは、先ほどまで繰り広げてきた戦闘で、残弾数、残エネルギー共に残り少なく、連続稼動を強いてきたDQ機体自体が、少しガタついてきたのも確かだ。


しかし、この時、彼女達の心の中に、じわじわと疼く思い。


(ジャネット)

「う〜ん。怖いもの見たさって言うか、なんか、一度はやってみたい気もするわね。」


(セニフ)

「でしょ。でしょぉ。いいよねアリミア。」


ジャネットがセニフの言葉に乗ってしまった。


戦場における正しい判断とは何なのか。


それをまったく知る由もない二人の可愛い小娘達の黄色い会話が飛び交う。


こうなってしまうと、シルがいくら怒鳴り散らしたところで、逆に拗ねた彼女達の反感をかってしまう恐れもあり、シルとしては、もうアリミアに制して貰うしかなかったのだが、じっと、何かを考え込んでアリミアが導き出した答えとは、シルが期待したような「怒鳴り声」では無かった。


そして、挙句の果てに。


(アリミア)

「しょうがないわね。」


と一言漏らすだけである。


本来止めに入らねばならない立場の彼女であっても、内心に燻る「やってみたい」と言う気持ちが強かったのだろうか。


大きく息を一つ吐き出すと、そう決心して見せたアリミアは、くっと厳しい表情を醸し出し、釣り上がった目の奥に冷たい冷気を灯し始めた。


(シルジーク)

「お前等な・・・。」


・・・と、小面倒くさいが、説教の一つでもたれてやろうと意気込んだシルに対して、それを完全に遮断すべく割り込んだセニフの言葉。


何処かちょっと、根に持つタイプなのだろうか。


(セニフ)

「どうせ私アホだしね!じゃ、そういう事で通信終わりっ。じゃねシル。」


(シルジーク)

「どういうことだ!!」


コンソールを激しく殴りつけながら怒鳴り散らすシルだが、虚しくもお嬢様たちから届けられたものとは、受信拒否の悲しき手紙のみであった。


もう、彼に出来ることは何もない。


あとは天に運命を委ねて、彼女達がこれ以上、馬鹿な行動を起こさない事を祈るだけである。

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