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Loyal Tomboy  作者: EN
第四話「涙の理由+」
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04-23:○崩れ行く我城

第四話「涙の理由+」

section23「崩れ行く我城」


トゥアム共和国中心部にそびえ立つアルテナス山の麓、南西部平野一帯に広がる煌びやかな街の風景。


真っ黒な闇夜に閉ざされた世界にありながらも、一際目立って周囲に光を放つその街は、遥か昔から商業都市として栄えてきた首都ランベルクだ。


今や共和国内最大の人口を誇るまでに成長を遂げた大都市は、巨大なビル群が織り成す企業集合体地域と、市民達が生活するコロニー群とで明確に区分けされており、いまだ数多くの緑豊かな自然を残した綺麗な街並みを形作っていた。


普段であれば昼夜を問わず、多くの労働者達の姿でごった返すはずの都市中心部であるが、夕刻に共和国政府が発した非常事態宣言の影響からか、どこかいつもとは違った静けさを奏で出しているようにもうかがえた。


しかし、幾ら常時を逸した事態がすぐそこまで差し迫っているからとは言え、それを理由に普段の生活をおろそかに出来ようはずもなく、幾許いくばくかの不安感を拭いきれないまでも、多くの人達はその歩みを滞らせる事はなかった。


(リッキー)

「いやぁ。さすがにグラスタワーというだけのことはありますな。なにね。実はここに上ったのは初めてなんですよ。実に良い眺めですなぁ。」


そして、そんな夜も眠らない街の中心部にそびえ立つ、都市最大の高さを誇る巨大ビル「グラスタワー」の最上階で、綺麗に輝く夜景に見入りながら、素直にそのあでやかな見晴らしに、一人の中年男性が感嘆の言葉を発した。


背丈の3倍はあろうかと言う、大きな壁ガラスに映し出された街並みは、猛烈に降りしきる大雨の影響でかすんで見えはしたが、それでも薄っすらと漂う夜霧を照らす色鮮やかな光の舞に、幾ら見ても飽きぬ幻想的風景を想像してしまうものだ。


北東方向を向いた角部屋に当たるその大きな部屋は、清潔感の漂う高級応接間であり、巨大なシャンデリアが放つ柔らかな光に照らし出される部屋の装飾品は、どれもみな、高級そうな品々で固められていた。


言うなれば、そのような貴族的雰囲気の中に馴染めるはずもない中年男性は、擦り切れたスーツの右ポケットから、しわくちゃにつぶれたタバコを一本取り出すと、安物のライターで火を灯し、重そうな体を高級なソファーの上へと放り投げた。


(ティーラー)

「ここは禁煙なんですよ。すみませんね保安官。」


(リッキー)

「おおお。こりゃ失礼、失礼・・・。」


そして、大きなテーブルの脇に立っていた小柄な男に注意の言葉を投げかけられると、慌てた様子で手持ちの携帯灰皿にタバコを押し付け、中年男性はまるで喜劇のように左手をパタパタと左右に振って、意味もなく誤魔化す様に煙の拡散を促した。


男の名前は「リッキー・コーラス」と言い、トゥアム共和国国内の治安維持組織である、中央保安局の捜査官と言う肩書きを持っていた。


ごつごつとした厳つい顔に、優しげに垂れた目元が特徴的な以外は、大して何らとりえの無さそうな平均的中年男性であり、その何処となく憎めない雰囲気に対して、冷たい視線を据え付けるティーラーは、面白くも無さそうに軽い溜め息を付いて見せるのだ。


(サム)

「この資料。5年前の年末決算報告ですが、御社がここまで莫大な収益を上げた要因はなんですか?前年比7倍とはものすごい収益ですよね。」


やがて、そんな居心地悪そうな雰囲気に落ち着かない上司とは裏腹に、テーブルの上に並べ置かれた大量の資料を、食い入るような視線で読み漁っていた一人の若者が、高級スーツを身にまとったティーラーへと言葉を投げかけた。


この「サム・イシュリン」という若者は、見た目痩せこけて不健康そうな顔つきをしており、くぼんだ目元には、何日も徹夜を続けたのではないかと思われるほどの、くまの縁取りが浮かび上がっていたが、人目もはばからず大きな欠伸あくびをしてみせる「駄目親父」とは対照的に、てきぱきと作業を推し進めるその積極的行動は、さすがにエリート候補とされる貫禄を印象付けるのに十分だった。


(ティーラー)

「その年は、我が社の開発したDQ制御システムが、ようやく実現化に漕ぎ着けた年でしてね。共和国内外を問わず、様々な分野から受注が殺到したんです。」


(リッキー)

「ほう。それはどんなシステムなんです?」


(ティーラー)

「書いてありますでしょ。」


並べられた資料には見向きもせず、退屈そうな表情を浮かべていただけの中年男性が、時折、絶妙のタイミングを見計らって二人の間へと割って入る。


そして、全く差し障りのないような笑みを浮かべるリッキーの態度に、ティーラーは、一瞬、嫌な顔をしてみせると、軽くあしらうような口ぶりでそう吐き捨てた。


左右に大柄なボディーガードを二人従えて、威圧的視線を絶やす事のないこの釣り目の男は、トゥアム共和国内でも最大手とされるDQ製造メーカー「マムナレス社」の、DQ販売促進部門の総責任者たる「ティーラー・テル」である。


(サム)

「DQの行動バランスを統合的に補佐する、補助システムの実用化ですか。ふーむ・・・。」


(ティーラー)

「マサラはそれほど真新しい技術を用いた訳ではありませんが、それでも様々な環境に対応しなければならない、土木作業業界では未だに高い需要があるんですよ。各メーカーの主要制御システムへの割り込み部分も限られていますし、どんな機種にも対応できるのが売りですね。」


サムが手にした資料の一項目を読み上げて、うなる様に言葉を詰まらせた様子を見やると、すかさずティーラーがフォローを入れる。


この時この若い捜査官が言いたかった事とは、「これほどまでに多大な利益を得る要因としては少し弱すぎる」という点であり、それは勿論、ティーラーとしても予め予想していた反応であった。


DQと言う複雑高度な精密機械を操るためには、それ相応に高速化された制御システムの存在が必要不可欠であり、ことに人型のような機体に関して言えば、常に正常姿勢を保つためのバランサーが重要な役割を担う事となる。


そのため、各メーカーが製造するDQ制御システムは、その機体本来の形を逸脱するような改良まで想定する事が困難だったのだ。


特に使用環境下によってそれなりの改良が要求される、軍事用や土木作業用に関しては、多大な費用と時間をかけて制御システムを調整しなければならなかった過去があり、それだけに、改良後の制御システムの設定作業を大幅に軽減してくれる「マサラシステム」の登場は、まさに眼から鱗が飛び出るほどの代物だったのだ。


しかし、各メーカーの努力もあり、時代と共に進化を遂げた制御システムが、ユーザーの様々なニーズに答えることが出来るようになると、同システムは市場から姿を消さざるを得ない、過去の産物に成り下がってしまったのだが、それでも最新システムを購入する事も出来ない中小企業にとってみれば、未だに必要とされる重要なシステムである事は確かだった。


(サム)

「御社では確か、共和国陸軍との取引が盛んでしたよね。公平な入札制度にあって、これほどまでに競合他社を圧倒するためには、並々ならぬ努力が有ったからなのだと思いますが、御社にとってその強みとは、一体どういった点なのでしょう。ご参考までにお聞かせ願いたいのですが。」


ご参考?


ティーラーは軽く鼻で笑い飛ばすと、決して表には感情を表さないように、丁寧な言葉遣いで語りだした。


(ティーラー)

「余り企業秘密に触れる内容は、私の口から申し上げる事は出来ませんが、はっきり申し上げますと、我が社は現在、DQ開発部門関して、共和国最大手であるアゼセイル社やティーゲル社に遅れを取っています。DQ行動バランスを司る制御機構が、耐圧神経細胞制御から、センターボールマトリクス制御へと切り替わる流れの中で、我が社はうまくその流れに乗る事が出来なかったわけです。」


(リッキー)

「それで居ながらにして、今回陸軍に新型機を8機も導入するとは、お宅も中々にやるものですなぁ。何かこう、凄い必殺技でもあったんですかな?」


(ティーラー)

「は?・・・と言いますと??」


(リッキー)

「いやなにね。家の息子が最近ロボットアニメにはまってましてな。腕を飛ばすんですよ。ロケットパーンチ。みたいにね。ははははは。」


こいつ・・・。まさか本当にふざけるために、ここに来たんじゃないだろうな・・・。


もはや救いようのないこの駄目親父の言動に、ティーラーは細くつりあがった目元を更に細めて見せると、一瞬でもその言葉に警戒心を抱いてしまった自分に対して腹立たしさを覚えてしまった。


今回この二人の保安官がマムナレス社本社を訪れたのは、彼らが担当する事件に関する捜査協力を依頼された為であり、それが北方廃都市ブラックポイントで起きた事件に関係する事だということは、勿論、ティーラー本人にも伝えられていた。


しかしそれでも、彼が強く警戒心を抱く人物の名前が、この二人の口から一切出てこない事から、何かしらの疑いの目を向けられている事は明らかであり、あからさまに水面下で火花を散らすようなばかかし合いの様相に、彼は異様な不快感を感じずにはいられなかったのだ。


我が社で9つ目の訪問先と言うのも、一体何処まで本当なのか・・・。


心の中で大きな舌打ちを奏でたティーラーだが、それでも全く感情を表に出すことなく、淡々と話を続けた。


(ティーラー)

「我が社が遅れを取っていると言いましたが、それはあくまでDQと言う人型を理念としたロボットに関する開発技術進行度のことであって、何も軍事兵器の開発技術力で劣っている訳では有りません。現在、軍事兵器におけるDQの運用は高速ホバリングシステム上に限られています。それは、精密機械の塊であるDQが過度な衝撃を受けてしまうと、少なからず機体にダメージを負ってしまうからで、言ってしまえば、未だにどのメーカーも、DQが走り回るだけの機構を開発できていないという事になります。現段階で我が社が軍用兵器において優位性を保っていられるのは、まさにその高速ホバリングシステムの技術に優れているからであり、決してそこに、何かしらの他意が有ったからではありません。勿論、各社共に目指す先は、より人間的な動きを有したDQの開発ですから、我が社としてもその遅れを取り戻すために、中期計画上で数年以内の実現を目指して日々努力しているところです。」


自信有りげな表情で大そうな演説をぶちまけて見せたティーラーを他所に、小難しそうな話に全く興味を示す素振りも見せなかったリッキーは、かったるそうにソファーから体を持ち上げると、ゆっくりとした歩調で再び大きな壁ガラスの前に張り付く。


そして、まるで鏡のように透き通ったガラスに反射する、小柄な男の姿を横目でチラリと見やりながら、ポケットに両手を突っ込んで口を開いた。


(リッキー)

「おたくの会社。確かブラックポイントに、DQシステム開発研究所がありましたなぁ。ブラックポイントの一等地。あれは確か、高級ホテルのシツアートメアリーが有るあたりでしたかな。設立は・・・。3、4年ぐらい前だったですかねぇ。」


(ティーラー)

「シュチュアート・メアリーです。設立は一昨年程前になります。」


(リッキー)

「おお。そうだった。そうだった。シツアート・・・。シチュ・・・。・・・。はははは。お恥ずかしい限りで。」


その発音の悪さを訂正され、再びホテルの名前を口にしようとして失敗した中年男性は、乾いた笑いを部屋中に響かせながら、頭をぼりぼりと掻いてみせる。


まさにその姿は、周囲の笑いを誘うほど無様で滑稽なものであったのだが、鋭い目つきの中に沸き起こる異様な警戒心と共に、ティーラーはこの中年男性に対して心を仰け反らしてしまった。


(リッキー)

「BP事件に関しては無論ご存知ですよね。ゼフォン・ウィリアム元総司令官とは面識はありましたか?」


(ティーラー)

「ええ。ブラックポイント陸軍演習場の一部を民間企業に開放してもらい、試作DQの運用テストなどを行っていますので、軍関連者との面識は結構あります。ゼフォン特佐・・・。元総司令官とも2、3回会食の場を設けたことがあります。」


(リッキー)

「ふーむ。」


この親父・・・。結構食わせ者かもしれないな・・・。


全く平静さを装ったままの対応を見せたティーラーは、ふとこの中年男性の姿から視線を剥ぎ取ると、傍に立つボディーガードの一人をチラリと見やった。


ブラックポイントのマムナレス社研究施設は、社内でも極秘に扱いに指定されている、関係者以外知る事の無い秘密施設。


その施設の存在を知り、且つ、のこのこと本社まで姿を現した点から推測するに、もはや一通りの調査は終えたという事なのだろう。


(ティーラー)

「ブラックポイントという廃都市に研究開発施設を持つ理由は、他社の産業スパイや低俗なゴシップから新商品を守るためです。特にサムトーテル地区に関して言えば、完全に軍の管理下にあり、一般市民はおろか、軍関係者であったとしても簡単には立ち入ることが出来ない地域ですので。」


(リッキー)

「一般人が立ち入る事の出来ない。軍の管轄地区ねぇ・・・。」


喋りすぎだとは解っていたが、既に極秘施設まで嗅ぎ付けられている以上、下手な虚言は自身の破滅を早める事になる。


彼は素早く詳細事項に触れない程度の範囲に、心の柵を強く形成すると、協力的な一般市民を装うかのような振る舞いを見せた。


(ティーラー)

「研究開発部門の詳細に関しては、我が社の施設責任者がいますので彼を紹介しますよ。今からお呼びしましょうか?」


(リッキー)

「いや・・・。それはまたの機会にするとしよう。」


そう言うとリッキーは、徐に右手を振りかざし、部下であるサムに撤収の合図を送った。


事の本質に差し迫りつつある会話の中で、何故このタイミングで簡単に引き下がるのだろうか・・・。


ある意味不審とも取れる中年男性の行動に、怪訝そうな表情を浮かべたティーラーは、文句の一つも言わずに並べられた資料を丁寧にまとめ始めたサムへと視線を向けた。


そして、その後一言も発することなく、不穏な空気に包まれ始めた自身の周囲を気にするかのように、ボディーガードとのアイコンタクトを繰り返していたのだが、やがて駄目親父たる中年男性が放った理由とはこうだ。


(リッキー)

「なにね。そろそろタバコが恋しくなってきましてね。もう夜も遅いし帰ることにしますわ。では、お邪魔しましたな。捜査協力有難うございます。ティーラー殿。」


(ティーラー)

「いえ、突然の来訪でしたので、何もお気遣いできなく申し訳ありません。」


そして、丁寧に別れの挨拶を返したティーラーは、一礼をして部屋を出て行くその中年親父の後姿に、別の中年男性の姿をダブらせると、次第に鋭い眼差しの中に、激しく燃え上がるような殺意を立ち込めさせた。


やがて、軽い音と共に閉じられた扉を向いたまま、傍に寄り添うボディーガードの一人に小声で呟く。


(ティーラー)

「おい。テストパイロットを任せた会社。」


(ボディーガード)

「解りました。すぐに計画を立てます。」


もはや彼の言わん事を既に理解していたボディーガードが、素早く彼の要求に応じてみせる。


若くして多大な権限を有する地位までにまでに上り詰める為には、それ相応の能力と努力が必要である事は確かだが、時にそれは、黒く暗躍する闇の力でもあったりするのだ。

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