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Loyal Tomboy  作者: EN
第四話「涙の理由+」
74/245

04-21:○心に巣食う見えない枷[3]

第四話:「涙の理由+」


(セニフ)

「べぇ〜だ!私だってもう子供じゃないんだし、夜中一人でトイレぐらい行けますよだ!お前なんか便座に尻半分しか乗らないくせに!!」


(シルジーク)

「・・・。」


ネニファイン部隊の研修は、カース作戦軍曹の指揮するアタッカーチームと、シューマリアン技術三尉の指揮するバックアップチームと別々の場所で行われた。


そのため、シルとセニフは軍隊に所属するようになってから2週間もの間、お互いに顔を会わせることなく過ごしてきたわけだが、ここでようやく二人が鉢合わせる事になった。


(セニフ)

「ふっざけんなバーカ!!トイレ詰まらすぐらいしか能が無いデブが、偉そうな事言わないで欲しいもんだね!!」


(シルジーク)

「・・・・・・。」


汚らしい怒声を吐き散らしながら姿を現した小さな少女が、帰りの車両の中でどんなやり取りをして来たのか定かではないが、それでも聞こえ来る会話の断片から、シルには大体予想が付いてしまう所が痛いところだ。


まさか帰りの道中、ずっとこんな調子だったんじゃないだろうな・・・。


右手を額に当て、あからさまに表情をしかめてしまったシルは、余りにも恥ずかしいののしり合いを繰り広げるかつての仲間の姿に、呆れ返って大きな溜め息を付いてみせる事しかできなかった。


普段のシルであれば、こんな彼女の振る舞いに対して、直ぐにでも大声で怒鳴りつけていたに違いないが、最後に目にした少女の姿が彼の脳裏に浮かび上がると、大型トレーラーから飛び降りた一人の少女と重ね合わせて、普段通り言葉を全く発する事が出来なかった。


(ジョルジュ)

「あれって・・・。セニフって言う子だよね。確か前の所属がシルと一緒じゃなかったっけ?・・・ええと・・・。元気のいい子だね・・・。」


(シルジーク)

「え・・・。ああ・・・。まぁ・・・。」


温和な性格の持ち主で、決して人を悪く言わないジョルジュなのだが、この時の彼は、目の前の少女を表現して見せるのに少しきゅうしたようで、変に作り笑いのような笑みを浮かべて誤魔化ごまかして見せる。


そして、そんなばつの悪い不穏な空気が流れ始める中、シルもどこか上の空のような、素っ気無い返事を返す事しか出来なかったのだが、ふと、先ほどまで激しい怒気を放っていたはずの少女が、元気なく項垂れるように歩き始めた姿を目の当たりにし、固定した視線を引きがす事が出来なくなってしまった。


(ジョルジュ)

「じゃぁね。シル。私そろそろ行かないと。お互いお仕事頑張ろうね。」


そう言ってシルの背中をポンと叩いたジョルジュは、元気良く通路小脇の出入り口に向かって走り出した。


彼としてもいつまでも他愛の無い会話に興じている暇も無く、それは最後に到着する大型トレーラーを受け入れるための、準備作業に取り掛からねばならなかったからではあるが、久しぶりに顔を会わせる事になるであろう二人の再会に水を差さないようにと、彼なりの「余計な」お世話だったのかもしれない。


(ジョルジュ)

「お疲れ様セニフ。君は少しおしとやかにした方が可愛いと思うよ。」


(セニフ)

「え?・・・あっ・・・。え?・・・。ちょっ・・・。」


ジョルジュは、うつむいたまま歩くセニフとすれ違いざま、可愛らしい声色で彼女に語りかけると、驚いた様子で簡単な挨拶すら返せない彼女に向かって、優しくニッコリと微笑んだ。


そして、通路向こうから歩いてきた三人組の作業員達の小脇を、ひらりと身軽くすり抜けて見せると、起用にも踊るように出入り口の向こうへと、その小柄な身体をかき消したのである。


全く何処の誰とも事情を知らないセニフとしては、小首をかしげて怪訝けげんな表情を浮かべる事しか出来なかったのだが、やがて少しの間、建物入り口付近に降り注ぐ雨粒の渦を眺めた後、ゆっくりときびすを返した。


しかし、彼女が再び歩き出そうと、右足を一歩踏み出した時、彼女は目の前に立ち尽くす一人の少年の存在に気がついた。


それは彼女にとって、普段から見慣れていたはずの金髪の少年であり、お互いに同じ部隊に所属しているため、突然の遭遇に驚く事など何もないはずなのだが、彼女の心の奥に衝撃的な高鳴りを奏で出すと、交錯した視線を振りほどく事が出来ないほどに、ドクドクと脈打つ胸の鼓動が彼女の行動を縛り付けたのだ。


「ねぇねぇ。聞いてよシル。私ね。でっかいDQ。凄くでっかいDQ倒したんだよ。凄いでしょ。それからさ・・・。」


「セニフ。お前なぁ。2週間も会わなきゃ、少しは大人になるかと思えば・・・。あんなにわめき散らして、こっちが恥ずかしくなるぜ。まったく・・・。」


周囲で忙しく動き回る作業員達の声も。


目まぐるしく行き交う大きなトレーラーの走行音も。


滝のように降り注ぐ雨音も聞こえない程に、二人は完全に別世界の最中に漂っているようだった。


お互いがお互いに望んだ言葉を、お互いの世界の中だけに響かせながら、二人はじっと、相手の発する言葉を只管ひたすらに待っていた。


どちら共に会いたくなかった訳ではない。


どちらかと言えば、会って話がしたいと願っていた相手。


しかしそれでも、実際にその機会を与えられて尚、それに対する拒絶反応が胸の奥で痛々しい棘を持って暴れようとするのは何故なのだろう。



遠い遠い昔。まだ幼い子供だった頃に。


一時期とても仲良く遊んでいた友達と、久しぶりに出会ってしまった時のような感覚だろうか。


あんなに楽しく遊んでいたのに。あんなに何でも話し合った仲だというのに。


ほんの少しの期間離れ離れになっていただけで、一体何を話していいのかと戸惑う感覚。


この話題はもう古いかな・・・。こんな事もあったんだけど、興味を持ってくれるのだろうか・・・。


仲良く遊んでた頃は、そんな事すら考えずに、まず真っ先に話しかけてたっけ・・・。


どんな風に話しかけてたんだっけ・・・。どんな風に遊んでいたんだっけ・・・。


全然こっちに話しかけてくれないなんて・・・。


ひょっとしてもう自分の事を忘れてしまっているんじゃないだろうか・・・。



そんな不安感に似た恐怖心を、この時の両者は抱いていたのかもしれない。



ふと、そんな気まずい雰囲気が渦巻く中で、先に耐え切れなくなったシルの方が、セニフから視線を外した。


そしてセニフもまた、そんなシルの行動を見て、少し泣きそうな表情をかもし出すと、ゆっくりとシルから視線を外してうつむいてしまった。



シルは、本当はセニフと色々話がしたかった。


あの暗い一室での出来事以来、彼は何度と無くセニフに心の中で問いかけ、長い長い会話のやり取りをイメージしてきた。


勿論それは、自分にとって都合のいいやり取りであり、こうあれば良いと言う、いわば彼の願望の塊が、潮の満ち引きの様に繰り返されただけの空想でしかない。


実際に思い通りに事が進むなどと、安易に考えていた訳でもなかったが、それでも最初の一歩目を踏み出さない事には、良くも悪くも次なる展開など望む事すら出来ないのだ。



「今度は絶対割れない、頑丈なコップを用意してな。」



自分が過去に発した言葉の一部を、脳裏で一生懸命に反芻はんすうしながら、彼は一生懸命スタートとなる新たなる第一歩目を踏み出そうと、握り締めた拳に更なる力を加えて震わせた。


しかしそれでも、少し開いただけのその口から、望んだ一言を発する事は出来なかった。


それはまるで、金縛りのように身体に巻きつく「恐怖」と言う大きな枷に、彼の心が完全に縛り付けられているようであった。


必死に思い、必死に願えば、望みが叶う簡単な世界であれば、世の中で不幸にあえぐ人間など居るはずもない。


彼は只管ひたすらに考えて、考えて、考え抜いた挙句、あれだけの衝撃的事実を前に、信じる事の出来ないほどの現実を前に、どうしても割れない器を用意する方法を見出す事が出来なかったのである。


「何が出来るっていうの?」


やがて、シルはきゅっと口を真一文字に歪めてうつむくと、不甲斐ない自分を打ちのめすかのように、大きな溜め息を付いてしまった。


ねっとりとした蒸し暑い淀んだ空気の中に浸りながら、一言も言葉を交し合うことなく立ち尽くした二人の間に、過ぎ去った時間はほんの僅かな時の流れでしかない。


しかしこの時、二人が感じる痛みとも痒みとも取れない違和感は、何時間、何十時間にも渡って心の奥底でのた打ち回っているかのようだった。


一瞬抱いた警戒心から、お互いにかざしてしまった心の防壁を、全く打ち壊す事が出来なくなるほど、重たい思いで塗り固めてしまった二人は、ただ針のむしろにも似た息苦しい時を、永遠に繰り返すかのように思えた。


しかし、この時、少女は心の奥底で、強く望んだ何かを求めていたのだろう。


ゆがめたにがい表情の上で、無理やり少年の方へと視線を投げつけると、少女は突然、その少年へと飛びついた。

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