04-20:○心に巣食う見えない枷[2]
第四話:「涙の理由+」
section20「心に巣食う見えない枷」
真っ暗な闇夜に包まれた世界にねっとりとした高湿度の空気が渦巻く中で、いまだ休む事を許されない働き蟻達が、光を照らし出す大きな巣の様な建物の中を慌しく駆け回っていた。
4本の大きな道路を飲み込むように聳え立つこの大きな建物は、アルテナス山南方地下奥深くに建設された、巨大なランベルク地下基地へと続く通用口の一つとなっており、激しい戦闘を終えて帰還した多くの兵士達の姿で溢れかえっていた。
夕方から降り始めた激しい雨は、次第に雷を伴った強い嵐の到来を示唆しており、巨大な建物の入り口付近には、吹き込んだ雨水が大量に屯して、大きな水溜りを形成し始めている。
そして、茹だるような湿気が充満する建物の内部では、ようやく仲間達を乗せた大型トレーラーが到着し始めた事により、俄かに慌しさを見せ始めた作業員達の熱気で、さらに激しく蒸しかえるような雰囲気を見せ始めていた。
(ジニアス)
「シル。次のトレーラーは9号機トゥマルクだ。4号機に続けて11番デッキに流そうぜ。最後の2号機と3号機はどうする?どこか突っ込める工場あるのか?」
(シルジーク)
「後はジョルジュの申請待ちかな。2号機は大型機だから、通常ラインじゃ規格が合わないし、近場で良い場所が確保できれば良いんだけど、どうだろうな。」
(ジニアス)
「アマーウとトムシアが積荷を下ろしたら、もう一度上がって来るって言ってたから、こいつは俺が引っ張っていくよ。荷物も俺が持っててやる。シルは次の9号機を頼むぜ。」
大型トレーラーが到着するなり、すぐさま後部荷台へと駆け上がり、積荷を覆ったブルーシートの中の確認作業をしていた金髪の少年に、厳ついオッサンの「ジニアス・シャルマーニュ」が話しかける。
作業ズボンにタンクトップ姿で、短く刈り込んだ短髪が特徴的なこの男は、まだ30歳を迎えていないのだが、鼻の下に蓄えた茫々(ぼうぼう)の髭が若さをかき消しており、鍛え込んだと見える上半身の筋肉は、見るからにむさ苦しい熱気を放っているようだった。
そして、右肩に大きなワイヤーをグルグル巻きにした状態のまま、小脇に山積みされた重そうな荷物を持ち上げると、トレーラーの荷台に軽々と積み上げ始めた。
(メディアス)
「お疲れさん。あとは頼むわね。よろしく。」
(ソドム)
「やだねぇ。帰ってきて早々、お前さんの裸体拝むとは思わなかったよ。この蒸し暑さはお前さんの両肩から沸いてるんじゃないだろうな。」
(メディアス)
「やだよ。変な事言わないでおくれ。」
(ジニアス)
「うるせぇ。ぼやいてる暇があったら、さっさと風呂入って寝ちまえ。こっからは俺等の仕事だからよ。」
到着した大型トレーラーから身を乗り出した仲間達と軽い挨拶を交わし、一息ついて高い天井を見上げるように反り返ったジニアスは、どこかオッサン臭く右手で少し肩を叩いた後に、再び積荷作業を再開する。
彼等整備士達にとっては、パイロット達が戦闘から帰還してからが本当の戦いの始まりであって、既に21時を回ろうとしているこの時間帯をスタートラインとするならば、恐らくゴール地点は、翌日の昼過ぎまで伸びてしまう事になるだろう。
勿論、著しく激しい損傷を負ってしまった機体に関しては、予備部品の関係上、完全に修復が完了するレベルには達しないかもしれないが、それでも帝国軍が直ぐ目と鼻の先まで差し迫ったこの状況下では、出来る限り再出撃が可能な体制を維持し続ける必要が有るのだ。
とは言え、彼等にとって、ここランベルク基地は一時的仮宿として設定された駐留基地であり、ネニファイン部隊専用の整備施設が整えられている訳ではない。
しかも、今回のディップ・メイサ・クロー作戦においては、彼等よりも激しい損害を被った部隊が多く存在するため、共和国で最大を誇る駐留基地であるランベルク基地でさえ、整備施設を確保するために、各部隊とも躍起になって取り合いをしている状況なのだ。
(シルジーク)
「ジニアス。チェックシートは事務室に提出しておくよ。下でサフォークに会ったら、直ぐ機体の状況確認作業を始めてくれって伝えてくれ。」
(ジニアス)
「解った。じゃあ。先に降りてるぜ。」
かなりの重労働であったはずの積荷作業を、いとも簡単に終わらせたジニアスは、体中から玉のように噴出す汗の雫を、首から下げたタオルで拭いながら、大型トレーラーの荷台から飛び降りたシルに向かって軽く手を振ってみせる。
そして、ゆっくりと運転席の方へ回りこみ、大型トレーラーの運転席へと身を乗り入れると、小走りに駆け寄ってきた一人の少年と数回言葉を交し合った。
茶色い綺麗な細い髪の毛が特徴的なその少年は、端整な顔立ちと華奢な身体つきから、少女のようにも見えてしまうほど可愛らしい風貌をしており、年齢はシルと同じ18歳の若者で、名前を「ジョルジュ・ハーツ」と言った。
身体つき、顔つきに似合わず、彼はトゥアム共和国軍の正規整備士の一人であり、とても人当たりの良い性格の持ち主だ。
そしてジョルジュは、トレーラー後方部に突っ立っていたシルの姿を確認すると、身軽そうな身体を跳ね上がらせて、軽快に彼の元へと走り寄ってきた。
(ジョルジュ)
「シル。最後の整備工場取れたよ。東ブロック最果ての37番。スペースだけの簡易工場みたいだけど、炙れて立ち往生するよりはいいよね。」
(シルジーク)
「37番!?地上施設じゃないかそこ。確か地下通路すら届いていない放置区画だったと思うが・・・。」
(ジョルジュ)
「ま。こんな状況じゃ仕方ないかもね。DQを吊り上げるクレーンすら無いみたいだから、私先行ってクレーン車取ってくるよ。」
(シルジーク)
「3号機はかなり損傷が激しいみたいだから、そいつだけは11番待機だな。2号機は全神経チェックまでするのか?」
(ジョルジュ)
「報告書を読んだ限りだと、そこまでする必要は無いかなって思うけど、なんかメーカー担当者が戦闘後の状況確認をしたいみたいなんだって。ぷーちゃんも嫌がってたけどね。」
(シルジーク)
「この糞忙しい時に、迷惑なもんだな・・・。」
そう言うとシルは、一つ小さな溜め息を付いて見せた後、大きなエンジン音を発して動き始めたトレーラーに向かって軽く手を振った。
ジョルジュの言う「ぷーちゃん」とは、彼等バックアップチームのリーダーである、シューマリアン技術三尉の事で、その幅広な体躯と温厚な性格から付けられた悪意無き愛称だ。
勿論、本人を目の前にしてその愛称を口にする事は出来ないのだが、彼等のリーダーは既に軍部内に存在していたその呼び名を全く意に介する様子も無く、彼等もそのまま前に習う形を取った訳だ。
シューマリアンは技術的に秀でた有能な人物ではあったが、縦社会である軍部内においても軍規に比較的緩い方であり、どちらかと言えば、ネニファイン部隊隊長のサルムザーク寄りの人間である。
そう言った二人の性格に、軍律に厳しいカースなどは、部下達に示しが付かないからと、怪訝そうな表情で小言を言い出したりするものだが、逆に部下達からすれば、様々に行動しやすい環境を提供してくれる、このバックアップリーダーの温和さが十分に心地よかった。
(ジョルジュ)
「あっ。後続のトレーラーが到着したいみたいだよ。」
ジョルジュが指差して発した言葉と共にシルが視線を移動させると、大きな建物入り口付近に降り注ぐ濃密な雨粒の嵐の中から、次なるパイロット達を乗せた大型トレーラーが姿を現した。
そして、強烈に照りつける4つのヘッドライトの明かりが、ようやく人心地着く建物の内部へと逃げ込んで来ると、激しい風雨にされされた車体上からは、大量に蓄えられた雨水が滝のように流れ落ちた。
この季節、雨季を迎える東スロベーヌ地方の中では、比較的穏やかな方だとされるランベルクだが、夕方から降り始めた雨足は弱まるどころか、更に激しさを増しているようで、同地域における降雨量は、近年稀に見る記録を叩き出しそうな勢いである。
勿論、スーノースーシ川対岸に陣取る帝国軍を足止めしておく意味でも、河川の増水を招く大雨は歓迎すべきものなのだが、橋梁を爆破するにあたり複数箇所の堤防をも巻き込んでしまったために、膨大な水量を誇るこの特級河川の氾濫が、新たな脅威として問題視され始めたのだ。
現段階では十分に整備されたこの河川が氾濫する可能性は低いと見られているが、それでも「水龍」と揶揄される同特級河川の脅威は、過去の歴史を紐解けば自ずと明らかになる事であり、トゥアム共和国政府は陸軍協力の元で、簡易的補修工事の実施を緊急決定した。
この時、汎用的機種であるDQを保有する部隊に、この作業の指示が下される予定だったのだが、帝国軍との間に結ばれた72時間の休戦協定の中に、両岸3kmilsエリア内には軍事兵器を配備しないという条項があり、奇しくもネニファイン部隊がこの後始末作業に駆り出される事は無かったのである。
(ジョルジュ)
「あれっ?どうしたの?シル。」
(シルジーク)
「ん?・・・。ああ。いや・・・。」
ジョルジュはふと、後続の仲間達の到着と同時に、どこか浮かない表情を浮かべたシルに向けて不思議そうな視線を送ると、彼の目の前にしゃがみ込んで彼の顔色を覗き込んだ。
(ジョルジュ)
「何?どこか身体の調子でも悪いの?」
(シルジーク)
「大丈夫だよ。ほら。ここ蒸し暑くってさ・・・。いっその事、外で大雨に当たっていた方が気持ちいいかなって思って。少し外走ってくるか?」
(ジョルジュ)
「あっはははは。私は遠慮しとく。」
ジョルジュの心配そうな表情を他所に、軽い冗談を交えて言葉を返したシルだが、それは全く彼の本心を曝け出したものではない。
勿論、頭の奥から煮え立ちそうな周囲の熱気に、不快感を感じない訳ではなかったが、それ以上に心の奥底に蔓延った黒い重石が、彼の心を暗い深遠へと誘いをかけるのだ。
できる事なら一つ前の大型トレーラーを担当し、さっさと地下基地の作業場で、忙しい整備作業に没頭してしまいたいという逃避的思考が、シルの脳裏の片隅にあったことは確かだが、それがいつまでも続けられるはずも無い事を、彼は解っていたはずだった。
解っていながらにして、尚もそれを避けたい気持ちが渦巻いてしまうのは、彼自身、どんな顔をしてどのような言葉を投げかければ良いのか、今の今まで結論を出せずにいたからである。
たとえ更に考える時間を与えられたところで、最良の結論に達する保証など無い訳だが、それでも容赦なく時は進み、望まぬ瞬間と言えど、飛び越えることが許されない一つの壁へと差し掛かる。
やがて、彼の直ぐ脇に停車した大型トレーラーの後部座席の扉が開くと、久しぶりに聞く声色が彼の元へと届けられたのだ。