04-17:○ディップ・メイサ・クロー[16]
第四話:「涙の理由+」
section17「ディップ・メイサ・クロー」
既に大勢は決していた。
しかし、錯綜した疑念と不安が激しく乱れ飛ぶ状況にありながらも、その兵士達の多くが、自らに与えられた任務を真っ当するために、死力を尽くして最後の戦いに挑む構えを見せていた。
それはもはや、狂信的宗教の信者達が聖戦の中にこそ死を見出す事を誇り思い、いわば自虐的な狂乱状態に駆り立てられているかのようにも見えたのだが、彼等の司令部たる後方部隊が壊滅状態にあった事もあり、それは正しき情報を得る事が出来なかった者達の、生き抜くための最後の術だったのかもしれない。
勿論、前線で激しい戦闘を繰り広げていた兵士達にも、自軍の後方で大きな爆発が発生した事は解っており、彼等にとって見ればその事象に対して何をしてやれる訳でもなく、何よりも真っ先に、目の前に立ちはだかる己の敵へと意識を集中しなければならない状況にあったのだ。
しかも、南北に長く連なった戦車部隊にとって、その持てる自身の兵力自体が彼等の行動を縛り付けており、ことさら彼等の退路となる後方で大きな爆発が発生したとあっては、自由に行動できる広場を求めて殺到し行く心理も解らなくも無い。
もはやそれは、統制の取れた整然たる行軍とは呼べない代物だったにしろ、そこはやはり物量に勝る帝国軍南進部隊だけあって、彼等の行動を阻む者達にとってみれば、恐怖心をかき立てたれるほどの脅威があったに違いなかった。
(バーンス)
「ちっ!!ホァンがやられた!!」
(ソドム)
「後退!!後退!!もうだめだろこれは!!」
そしてついに、ネニファイン部隊の通信網に、5人目の犠牲者が出てしまったことを告げる言葉が発せられた。
お互いのレッドゾーンが激しく侵食しあう中、帝国軍戦車部隊の最前線に展開するレアコンダリスの主砲が一斉に火を噴いて見せると、彼等を分け隔てた空間上に巨大な粉塵の壁が舞い上げられたのだ。
この時、我先にと一斉に広場へと雪崩れ込んだ戦車部隊の行動は、完全に迂闊としか言い様の無いものだったが、それでも取り残された1機のアカイナンに斜線を宛がうと、一斉に二つ目の主弾を解き放ったのだ。
ホァンは決して戦闘能力に劣る人物ではなく、寧ろ新人だらけのネニファイン部隊にあっては、それなりに技術を持った優等生であったのだが、たった一つの能力に事欠いたために、呆気なくその人生に幕を下ろす事となってしまったのだ。
その能力とは、一般の人間達から見れば、弱者ほど長けている能力であると考えられているのだが、戦場という無法地帯を生き抜くためには絶対に欠かせない能力であって、実は強者ほどに強く意識する「逃げる」と言う能力なのだ。
逃げると簡単に言っても、攻撃すべきタイミングに脅えて逃げ出すような事を指すわけではなく、敵の攻撃をかわす回避能力を指しているわけでもない。
それは、引くべき時に引く事を決断できる適確な判断力の事を指すのだ。
これは寧ろ、相手を撃破するための能力を磨く事よりも難しい事であって、訓練などでは絶対に養えない経験の積み重ねのみがものをいう能力である。
(ソドム)
「ジャネット!!ユァンラオ!!聞こえてんのか後退しろって!!大馬鹿野郎かお前らは!!いくら死にたい盛りの若者だってな!!もうちっとマシな死に方を選ぶってもんだぜ!!」
(メディアス)
「撤退命令だよジャネット!!ユァンラオ!!早く後退しな!!」
そして、作戦開始から終わりまでを見渡した時に、恐らくは完全に引き際であろうこの時間帯において、未だに前線で戦い続けようとする二人の戦士は、戦場において生き延びるための能力に長けた者と言えるのだろうか。
決して例外が認められる世界ではないはずだが、それでもこの二人の戦い方を見ていると、戦いの神たる存在に贔屓されているような、そんな雰囲気さえ感じてしまうのだ。
撤退を開始した仲間達とは一線を画し、猛烈に駆り立てた戦闘意欲を吐き散らす二人とは、先ほど10機もの高速機動兵器グアルディオアラを見事に蹴散らして見せた、ジャネットとユァンラオである。
彼等二人は、今や帝国軍戦車部隊に飲み込まれんばかりの状況にあったが、それでも止まぬ鬼神が如き大胆な戦い方が、大多数を占める軍勢に対して、驚異的な圧力をかけていた。
しかも、火力の面では圧倒的に勝る戦車部隊が、己の有利さをかなぐり捨ててまで、渓谷内の広場へと殺到してしまったために、今や前線は混沌とした乱戦状態へと突入していたのだ。
これではさしもの帝国軍戦車部隊も、同士討ちを恐れて迂闊に主砲を放つことが出来なくなったばかりか、低速運動時の機動性では群を抜いているDQに対して、非常に不利益な戦い方を選択してしまったと言える。
圧倒的大多数派が抱いた思いの果てに選択した道とは言え、彼等の多くがその状況に表情を歪め、大きな怒声を張り上げるのだが、全く速度を緩めることなく戦場を練り歩く二人の前に、成す術も無く新たな戦死者の中に名を連ねるのだ。
この時、この二人は既に、高速機動兵器10機、突撃戦車9輌、重戦車1輌、中戦車7輌を撃破していた。
それは、帝国軍戦車部隊の総数から見れば、それほど甚大な被害に及ぶ程度ではなかったにしろ、たった2機のDQのみでそれを成しえたという事実に関しては、まさに驚異的スコアを叩き出したのだった。
抹茶色の前髪から滴る大粒の汗が、彼女の強張った表情の上を伝って流れ落ち、彼女の急激な動作によって無作為に振り回されると、一斉にキラキラと光を放ちながら宙へと舞い上がるのだ。
疲労による疲れからか、肩で息を付くように大きく上下を繰り返す彼女の身体は、もはや精神的にも、肉体的にも限界が近いことを必死に訴えかけていたのだが、それでも彼女はその事にまったく気がつかない様子で、鋭い視線の先に次なる敵を姿を捜し求めていた。
搭乗した機動兵器アカイナンの右手に装備したASR-Rtype44と、左手に装備したGMM30-グレネードガンを効率よく振り回し、左肩に固定された強力な破壊力を誇る120mmミドルレンジキャノンを持って、最後の止めを刺すという一連の流れを1セットとして、彼女は只管に死者の生成にのみ意識を集中しているようだった。
敵を見つけたらトリガーを引く。
考えるよりも先に、沸き起こる憎しみの業火を敵の姿へとぶつけやる。
1つ・・・。そしてまた1つと・・・。
ズガン!!
(ジャネット)
「きゃうっっっ!!!」
その時、突然に彼女を襲ったものは、TRPスクリーン左隅一杯に光り輝いた閃光と、コクピットシートから身を投げ出されそうになるほどの激しい衝撃だった。
パチパチと不快なラップ音に塗れながら、大きく頭部を揺さぶられる事となった彼女の声は、無意識的に肺の奥底から搾り出された、自制を促す悲鳴だったのかも知れない。
直後に彼女は、左肩に装備していた120ミドルレンジキャノンが、完全に吹き飛ばされてしまっている事に気がついた。
彼女は突撃戦車同士の射線が幾重にも折り重なる主戦場の中で、必死にアカイナンの機体を駆り立てて快走していたのだが、とある突撃戦車1輌を撃破してしまったために、相手の同士撃ちの危険性を緩和させてしまったのだ。
しかし、死を意味する真っ暗な谷底を背にして、切り立った崖の縁に立たされるような状況下にあって尚、彼女の瞳に宿った怒りの炎が冷め行く様子は一切無かった。
(ジャネット)
「このぉぉぉ!!マヌヴェパール(差別用語)が!!」
汚らしい言葉を激しい怒気に乗せてぶちまけた彼女は、己の身へと殺意の矛先を翳したレアコンダリスに向けて、ありったけのグレネード弾を叩き入れる。
前面装甲以外はさほど防御力の高くない突撃戦車を相手に、側面から放った攻撃において、そこまで弾数を浪費する必要性は無かったのだが、彼女はグレネードガンが全く反応を見せなくなるまで、執拗にトリガーを引いていたのだった。
(ユァンラオ)
「ジャネット。撤退命令だ。他の奴らは撤退を開始したぞ。」
(ジャネット)
「嫌よ!!」
今更何言ってんの!?
と、言わんばかりの怪訝な表情を浮かべた彼女が強い口調で拒絶反応を示すと、もう既に役に立たなくなった鉄の塊を放り投げ、唯一彼女に残された火器であるASR-RType44を両手で構える。
そして、迫り来る突撃戦車の姿を見つけて即座に照準を宛がうと、猛烈に鉄甲弾を浴びせかけるのだ。
そんな燃え尽きる前の最後の狂喜乱舞たる様を、リベーダー2のコクピット内で眺めていたユァンラオは、少し興を削がれてしまったかのような表情で小さく息を吐き出すと、微かに不気味な笑みを浮かべて見せたのだった。
この時、もはや彼の心の中では、戦いの幕を下ろしてしまっていたのだ。
彼は今回の作戦に参加したネニファイン部隊パイロットなの中でも、最軽装であろう必要最低限の銃火器しか装備しておらず、たった1本のアサルトライフルに複数種類の弾丸を保有していただけだった。
勿論彼は、敵を撃破するために必要な弾数を最低限に抑え、行使した攻撃に見合うだけの十分な戦果を上げてはいたのだが、それでもやはり、物資が無限に彼の元へと湧き出す訳も無く、彼の小脇で黄色く点滅を始めたシグナルの一つが、尽きかけた弾装の状態を示しだしていたのだ。
そしてそれは恐らく、彼と同様に激しい戦闘を繰り広げてきたジャネットにも同じ事が言え、如何に彼女がユァンラオよりも多くの火器、多くの弾装を装備して出撃したからと言え、それが彼よりも長く戦い続けられる保証にはならなかったのだ。
ジャネットは、更にもう1輌の突撃戦車を血祭りに上げた後、チラリと横目で残弾数を示すモニターへと視線を宛がった上で、直後に目の前へと湧き出した突撃戦車を次なる標的と見定めて、再び煌びやかに輝く光の刃を撃ち放った。
しかしこの時、その突撃戦車へと宛がわれた彼女の最後の武器は、相手に致命傷を与える事も出来ないままにして、静かにその役割を終えてしまったのだ。
(ジャネット)
「えっ!?なに!?これも!?」
ガチガチとトリガーを引く右腕には何の手ごたえも感じない。
一瞬にして青ざめ行く表情の上を、嘲笑うかのように冷たい汗の雫が舞い降りる中、彼女は咄嗟に残弾数表示をリロードする為のコマンドを入力する。
しかし無情にも、未だ十分な弾丸が残されている事を示すバーの横に表示されたものとは、「接続エラー」を示す赤い文字だけであった。
その瞬間、それまで保ち続けてきた緊張感の糸が、ぷっつりと切れてしまったような音が、彼女の脳裏で小さく打ち鳴らされると、疲れ果てた体が鉛のような重さとなって彼女を縛りつける。
そして、目の前で旋回し行くレアコンダリスの砲塔の先が、ゆっくりと彼女目掛けて据え置かれる様を見つめながら、まるで蟲ピンに固定されて身動きできなくなった標本のように、囚われた彼女の意識が真っ白な世界へと滑り落ちて行った。
その時彼女は、確かに「ドン」と言う鈍い音を聞いた気がした。
それは彼女へと狙いを定めた戦車が放った主砲の音だったのだろうか。
果てしなく長い意識の最中へと旅立ち始めた彼女の感覚は、全ての瞬間がスローに見えてしまう程の暴走を醸し出し、動かしたくても動かない両腕の感覚や、流れ落ちる冷たい汗の感覚を、どこか空中にでも浮いているような浮遊感と共に、意識に色濃く焼き付けていく。
きっともう直ぐ、私の身体は一瞬にして散ってしまうんだわ・・・。
そして、最後にたどり着いた一つの答えに対し、彼女はゆっくりと大きな溜め息を付いて、ほのかに微笑んだのだった。
バッゴーーーーン!!!
(ジャネット)
「・・・・・・?・・・・・・・・・!!?」
しかし、望んだ結果を簡単に覆すように、直後に吹き荒れた猛烈な爆風に煽れらて、激しく揺さぶり起こされた彼女の意識が目を覚ました。
一瞬にして五体を吹き飛ばされる感覚に苛まれるでもなく。
激しい業火の渦中に生きたままに焼かれ死ぬ苦しみを味わうでもなく。
彼女は確かに、未だ自分が生きている事を悟ったのだ。
(アリミア)
「間に合ったね。」
(デルパーク)
「フロル、アリミアは左右両翼に弾幕。出し惜しみする必要は無い。最後のフィナーレを盛大な花火で演出してやろうぜ。」
(フロル)
「了解。」
そしてジャネットは、不意に耳元へと伝わってきた友軍達の会話の中に、耳障りな声色が交えられていたことに気がつくと、表情を一変させて、自分を死へと追いやるはずだった敵機の方へと視線を向けた。
するとそこには、真っ黒な黒煙を噴出して朽ち果てた、レアコンダリスの残骸が横たわっており、恐らくはジャネットに主砲を放つ以前に、後方から駆けつけたキリン隊メンバーの何れかに狙撃されたのであろう事が解った。
これほどの長い距離を、しかも一撃を持って狙撃するなど、勿論、容易な事ではないのだが、ジャネット自身それを可能とする一人の人物に心当たりがあった。
しかし彼女は、その人物の事を思い出すほどに激しく込み上げる怒りを抑えきれなくなり、表情を強張らせて唇を強く噛み締めるのだ。
(アリミア)
「死ぬことに何の意味もないのよ。解る?」
そして、更に神経を逆撫でするような言葉が彼女から浴びせかけられると、ジャネットは右手で思いっきり目の前のモニターを叩き付けた。
ぐったりと俯いたまま肩を震わせていた彼女は、瞬きを繰り返すほどに零れ落ちる涙を必死に拭い去り、嗚咽交じりの泣き声にありったけの怒気を交えて言い放った。
(ジャネット)
「・・・!!あの女っ・・・!!」
それは悲しみから来る涙なのだろうか。
それとも、生き延びる事が出来たという安心感が生んだ涙なのだろうか。
いや、それ以上に彼女の心の中に沸き起こる悔しさのような感情が、彼女の涙腺の関を切ったのかもしれない。
(ユァンラオ)
「本当に熟練した兵士は退機の判断に優れているものだ。」
なぜ悔しいの??
(ユァンラオ)
「お前がこのまま、ここに止まるというのなら、別に止めはしない。」
貴方が忌み嫌う「あの女」に助けられた事が悔しいの??
(ユァンラオ)
「所詮お前も、それまでの人間だったということだ。」
自分独りでは何にも出来ない能無しの癖に、よくもまあ、そんなに気高く気取っていられるものだわね。
(ユァンラオ)
「ただの殺人行為を存分に楽しんでから死ねばいい。」
貴方が抱いた感情も、勝手な振る舞いも。
如何に稚拙で迷惑なものなのか。よく考えてみるといいわ。
(ジャネット)
「マリオォ・・・。」
馬鹿みたいに怒気を放つだけ放って相手を威嚇して。
誰も寄せ付けないようにしているのは、本当は怖いからなんでしょう?
(ジャネット)
「寒いよ・・・。寒いし・・・怖い・・・。本当は・・・怖いんだ・・・。」
怖がる必要なんて無いのに。
怖いからと言って、自分だけの殻の中に閉じこもる必要なんて無いのに。
可哀想なジャネット・・・。
大きく心に空いた穴の中に自分から嵌り込んで、身動きが取れなくなってしまったのね。
自分で自分を守る為とは言え、全くいい気味だわ。
(ジャネット)
「・・・私もう・・・。駄目なんだ。・・・駄目なの。」
失った最愛の人の為に、貴方は何もして上げられない。そう、何一つね。
そうやって幾ら泣いてあげたって、結局は自分自身を慰めるためのものじゃないの。
(ジャネット)
「解ってる・・・。解ってても・・・。でも・・・。寒んだもの・・・。」
心の中の喪失感を「涙」という聖水で満たさなければ、耐えることが出来ない自分の弱さを、貴方は解っているのね。
決して「死んだ者」への鎮魂歌として、悲壮感を歌い上げたものでもなく。
自分が失った「モノ」に取って変わる、「新しいモノ」が見つかるまでの代用品として、「涙」と言うものを利用しているに過ぎないと言う事を。
だから・・・。
誰かのために泣いてあげるなんて行為は、自賛自慰でしかないのよ。