01-06:○ルーキー[4]
第一話:「ルーキー」
section06「ルーキー」
マースは焦っていた。かつて無いほどにかなり焦っていた。
それは、ジェイが敵にやられたと言うことに対してではなく、先ほどまで突撃をしていたパングラードに対してである。
確かに一時、ジェイの方に気を取られてはいた。しかしほんの一瞬だ。
パングラードの機体反応が完全に消えているのである。
(マース)
「あれほど近くに来ながら、レンジCでまったく反応が無いだと?」
相手の行動が読めなくなったマースの顔面は蒼白で、その操縦桿を握る手は小刻みに震えているかのようだ。
こうなるとパングラードの瞬発力を見せつけられているだけに逃げる事もかなわず、ビルとビルの隙間から外の様子を伺う事しかできない。
次第に焦りが自分を支配して行く様が手に取るように解る。
長い・・・。
あれほどの猪突を見せた小雀はどこに行ったのだろう?
サックスは・・・?
マースにとってこれだけの不安感を感じた事は無い。
戦場よりはるかに安全なDQAという檻の中で、死に対する恐怖をさほど感じないはずなのに、何故・・・。
これは自分中心に組み固めた「外側の自分」が感じる恐怖だ。
「自分は5年も傭兵をやってきた実績がある。こんなド素人相手にやられるはずがない。経験も腕も俺たちの方が絶対凄いはずだ。周りの奴からも尊敬され、御偉い方にもちやほやされ、何不自由無くやりたい事をやってきた。それに比べてなんだ奴らは。ゴミのようじゃないか。必死にもがいて、貧乏で、貧素で、俺の思い通りに踊ってくれる。そんなゴミみたいな奴らに・・・やられるはずがない。やられるはずがない。」
周りからよく思われたい。尊敬のまなざしで見られたいという、願望によって作り上げられた「弱い外側の自分」が、さらに彼の中で焦りを増幅させていた。
(サックス)
「ざ・・・ざ!!マー・・・だ・・・ザザザ・・・。」
サックスの声だ。
とっさにマースはサーチャーの出力を最大まで上げると、サーチレーダー上に映し出された周囲の索敵情報を注意深く観察する。
すると、距離にして300milsほどの地点に、DQ2機の反応がかすかに見て取れた。
このサーチャーの反応具合からどうもフィールドを張られていたらしい。
もっぱら敵から身を隠すために用いられるFTPフィールドだが、敵内部を撹乱するために攻撃用として用いられることもあるのだ。
(マース)
「ふざけやがって!」
このときマースには解っていた。
おそらくはもう、サックスはすでに始末されてしまっている。
沸き起こるその感情は、決して確信があった訳ではないのだが、それでも長年軍属の傭兵として戦って来た、戦士としての感が、そう彼に告げていたのだ。
チームランク「レジスター」のチームが「ルーキー」チームにノーポイントゲームされる事は至って稀な出来事であり、これまで彼自身も、同様の失態を演じてしまった戦士達を嘲け笑い、見下して足蹴にしてきた過去がある。
俺が人間のクズとして、卑しいレッテルを貼り付けてきたような奴等と、この俺が同じだと・・・?
そんなはずは無い・・・!
(マース)
「この借りの埋め合わせは、必ずテメェらの残骸を持って償わせてやる!」
マースの中に内在する「八方美人」たるプライドが、彼の思考の全ての事象を奪い去り、沸き起こる憎悪のみを駆り立てていく。
厳しい表情のままクッと前を見据えたマースは、激しい勢いでフットペダルを踏み込むと、ホールスネークの後部に搭載された20incもあろうかという4機のバーナーを始動させ、巨大な鉄の塊を振るわせ始めた。
装備するSreGG-20mmナッチャーのセーフティロックは解除され、すでに戦闘態勢への移行も完了を告げている。
狙うは言うまでもなく「生意気な新人共」。
このDQA常連チーム「ウエッジバスター」が受けた屈辱は10倍にして返してやる。
先ほどとは打って変わり、鬼のような形相をもって、前面TRPスクリーンを睨みつけるマースは、完全に頭に血が上っていた。
アドレナリン大量分泌状態で、サックスがプレイクしたポイントを目指し、全速力でホールスネークを駆り出した。
「怒り」によって本来より優れた力を発揮できる人間は極まれで、マースがこのタイプの人間かどうかは判断できかねるが、ただ一ついえることは、「今のマースは頭に血が上って冷静な判断ができていない」と言うことである。
マースが繁華街からハイウェイ沿いの通りに、その身を這い出して間もなく、すぐさま憎むべき小雀の姿を捉える事に成功したのだが、どうやら相手は逃げ去る様子を微塵も見せずに、事もあろうかこのホールスネーク目掛けて突進してくるではないか。
(マース)
「なめやがって!」
マースは即座に銃火器の照準システム指定範囲中心部へと、標的となるパングラードの姿を叩き込むと、SreGG-20mmナッチャーのトリガーを思いっきり引いた。
ガトリング系であるこの銃の連射速度は凄まじいものがあり、1分間で約120発もの弾丸を発射可能な代物である。
そして、物怖じもせず無謀な攻勢に打って出たセニフもまた、マースの放銃タイミングに合わせて、両手の20mmアームガンのトリガーを引いた。
これまたオートセミカートリッジタイプの、凄まじい連射性能を有している兵器の一つとなる。
お互いの距離が接近するに連れ兆弾発光が激しくなり、あたりにおびただしい数の薬莢を周囲に撒き散らす。
しかし、お互いの機体が衝突する寸前まで撃ち合った2人が、物凄いスピードでその機体を交錯させるまでに、両者合計3000発もの弾丸を放ったにもかかわらず、相手の機体に致命傷を与えるまでには至らない。
勿論、お互いに前面装甲の厚い機体に搭乗しているのだから、両者共に一戦目は痛み分けとなりうる事は有り得る話で、マースがそんな状況をまったく想定しない訳が無かった。
チャンスだ。
旋回能力では断然ホールスネークの方が勝る。
いかにパングラードの直進能力が優れていると言っても、旋回性能に難を残す猪野郎では、所詮ただの特攻豚よ!
相手が旋回しきる前にSreGG-20mmナッチャーの餌食にしてくれる。
後ろを見せたままで逃げ去るとしても、到底このホールスネークの蛇穴から逃げ切れるはずも無い。
マースは大きな図体のホールスネークを180度右旋回させると、どっしりとしたSreGG-20mmナッチャーを構えなおす。
そして、レンジ中央にパングラードの姿を捉えたとき、旋回中の無様な姿を期待したのだが、セニフの取った行動は、直進してそのまま離脱してしまう事だった。
(マース)
「どちらでもよいわ!!」
そう言い放ったマースはガトリング発射のトリガーに力をこめる。
勝利を確信した彼の口元はほのかに歪んでいた。
そして有頂天でとても気分爽快だった。
レンジ右上に点滅する「Cation」シグナルが目につかないほどに・・・。
そんな至福の瞬間を垣間見ていたマースを、どん底の現実に叩き落すべく、大きな衝撃が彼の体を直撃する。
勢い良く前のめりした身体を支えるための、磁気ベルトが激しくラップ音を奏で出し、彼の髪の毛を逆立てる。
一瞬、何が起こったのか理解できないマースに、とどめとばかりにもう一発の弾丸がホールスネークの機体を貫通した。
ドゴーン!
(アリミア)
「ヒット。」
先ほどの「Cation」シグナルは、敵のサーチャーシステムのロックオンを警告するシグナルであり、セニフと撃ち合いを繰り広げている最中からずっと、マースはすでにアリミアの照準の向こうに捕らわれていたのだ。
アリミアとしてみれば、特に両者が撃ち合いを始める前であっても、ホールスネークに弾丸を命中させる自身は有ったのだが、相手はあの前面装甲の厚いホールスネークである。
より確実に相手を撃破するためには、ホールスネークの背面側を、アリミアの方に向けさせる必要があったのだ。
セニフも勿論、アリミアの潜伏エリアは把握しており、わざわざしなくても良い正面衝突を選択して見せたのも、相手ホールスネークの旋回を誘い出すための囮だったのだ。
バチバチと激しく火花がちらつく、ホールスネークの後部テスラポットからは、のうのうと濃密な黒煙が噴出している。
動力系統に深刻なダメージを追ってしまった機体はもう動くことも出来ずに、自重を支えきれなくなった両足が崩れ落ちる。
この時マースは、初めて相手チームにスナイパーが存在する事に気が付いた。
それまで、まったく馬鹿な新人がいきり立って、勝手に突進して来ているだけだと思い込んでいた。
おそらく、ジェイを始末したのも奴等か・・・。
少しぐらい臆病な感じに、慎重に物事を洞察すれば、決してこのような無様な姿を晒さずに済んだものを・・・。
(マース)
「けっ!!いい気になるなよ・・・。ひよっこ共が!」
そう一つ、吐き捨てるように言い放ったマースは、機体の爆発を避けるため、ホールスネークの電気系統を全てオフにし始める。
半分負け惜しみを含んだ言葉であったが、そしてもう半分は自分自身に向けられていたのかも知れない。
周りからはいいように持て囃され、いいように踊っていた自分に対しての戒めの言葉であった。