04-12:○ディップ・メイサ・クロー[11]
第四話:「涙の理由+」
section12「ディップ・メイサ・クロー」
ディップ・メイサ・レフト4渓谷内に犇く帝国軍兵士達の多くは、投入した兵力の数から推測しても、トゥアム共和国軍との激しい大激戦を、演じることになるであろうと予測していたはずであった。
しかし、一旦開かれた戦線は拡大の一途を辿るどころか、寧ろ整然と縮小され行くようにも見えたのだ。
南進する帝国軍戦車部隊はしばしその進行速度を緩め、溜池に注ぐ緩やかな雨水のように、広がりを見せた渓谷内に、徐々に外円からその勢力を染み出すに止めている。
そして、対峙するトゥアム共和国側もまた、初弾に投入した機動歩兵部隊ネニファイン以降、新たな兵力を投入する気配を見せなかったのだ。
それは、ゆっくりと後退を見せる少数派に対し、多数派が無為な行軍を強いなかった事で、細い小路地に敷かれた小さな戦線は、今しばらくの膠着を保ちえたのであった。
どす黒く頭上を覆い尽くした雲海から見下ろせば、実しやかに奇妙なバランスの上に成り立っている様にも見えたが、それはそれとして、両軍共にそれなりの事情があったという事だろう。
お互いがお互いの生命を貪る戦地において、如何に物理的圧力に曝されなかったとは言え、少数派にかかる心理的負荷は、目に見えずとも確実に彼等の心身を蝕む程の大きさを誇っていたはずである。
しかしこの時、ある程度前線から退くことで出来た微かな余裕の中で、驚き思って賞賛すると言うよりは、固唾を飲んで見守る4人の視線がそこには有った。
(メディアス)
「な・・・なんなのさ・・・。こいつ等・・・。」
(ホアン)
「たった2機・・・。しかも僅かな時間で6機!?高機6機をスクラップにしちまったのか!?」
彼等が後退を余儀なくされてから、ものの10分程しか経過していないにもかかわらず、サーチレーダー上に映し出された高速機動兵器グアルディオアラの機体反応は4つ。
勿論これは、阻害粒子に阻まれた結果を投影したものではないことは、彼等の目の前で繰り広げられた戦闘の経緯がそれを証明していたのだ。
彼等の指示を完全に無視した挙句、高機と称され兵士達を恐れさせた機種へと猪突するなど、如何に卓越した技術を有するパイロットであっても、その生命を保証する事など出来るはずも無く、この二人に至っては、絶対に生きて帰ることなど無いのだろうと思っていた。
しかし、ある種蔑む様な視線に冷笑を重ねて、二人の末路を眺めていた彼等の表情は、ほんの僅かな時を経ただけで一変してしまったのである。
(バーンス)
「・・・信じられん・・・。」
トゥアム共和国内でも、彼ほどに過酷な戦場を知り尽くしている人間はいないとまで称されたバーンスでさえ、この二人の戦いぶりには驚きを禁じえなかった。
逆に、彼のような人物から言わせれば、明らかに常識を逸した変人による奇行の一種でしかないと評価せざるを得ないのだが、あくまで結果は結果として、この時、彼等自身はこの二人の働きによって、少しの間降りかかる脅威から身を遠ざけることが出来ていたことも事実だ。
まるで劇場にて三流以下の戦争映画のワンシーンを見ているかのような、第三者的な視点でその戦いにじっと見入っていた彼等だったが、不意に撃ち鳴らされた激しい砲火によって、儚い夢見心地気分を害されたのだった。
北方へと向かうにつれ、次第に狭くなるその渓谷の隙間から、オレンジ色の光を帯びた無数の鋭い刃が撃ち上げられる。
自ずと色めき立つ感情を抑えきれない彼等の願望は、それまで待ち焦がれていた友軍の到着を期待したものであったのだが、それは寧ろ意外な形で否定されることとなった。
彼等ネニファイン部隊を上空から統率するファントムが、その無防備な機体を曝け出したまま、真っ黒な雲の下へと舞い降りたのである。
(ホァン)
「馬鹿野郎が!ファントムで雲下に降りてきやがった。」
(ソドム)
「お〜。お〜。鍬も鋤も持たずに天から舞い降りし女神は、一体俺等に何を齎してくれるんだろうねぇ。お供え物として俺達も不満げな花火を打ち上げたら、少しはご利益あるのかな。」
(メディアス)
「ソドム。あんたちょっと煩いよ。」
ソドムが女神と称する輸送機へと浴びせかけられた激しい対空砲火は、帝国軍戦車部隊後方に位置するライパネルから放たれたものであったが、如何に射程圏外ギリギリを漂っているからとは言え、1発でも当たれば撃墜は免れないという高火力を有しているのだ。
しかもその射程範囲は、停滞した帝国軍の前線にたまたま押さえ付けられているからこそ成り立つ境界線である。
帝国軍の指揮官からは「吹けば飛ぶ」とも見なされていた戦線が一度崩壊を見せれば、単なる空に浮かんだ標的と成り下がる運命なのだと知りつつも、一体、何を目的としてこのような愚行を犯すのだろうか。
一瞬、脳裏に様々な憶測を駆け巡らせたメディアスが、耳障りな戯言を垂れ流す一人の男に苦言を呈した時、阻害粒子に乱されながらも綺麗に澄み渡った声が彼女達の元へと届けられた。
(チャンペル)
「・・・ントムよりネニ・・・ン各機へ。・・・ザザッ・・・。通信システムを・・・モードからAモードへ切り替え・・・ザー・・・。以降、各小隊の指揮権は司令部が・・・ザザッ・・・す。繰り返します。各機通信システムを・・・あっ。」
しかし、体裁を重視するが故に遠回りな発言から切り出してしまった通信オペレーターは、驚きの声を持って伝達者としての権利を剥奪されたことを知らせると、通信マイクを取って変わった意思を発する者が、抱く思いを熱く内に秘めたままにして、多少上ずった声色で言葉を続けた。
(サルムザーク)
「ネニファイン各機は通信システムをすべて開放しろ。今後の行動については、すべて俺の指示に従ってもらう。お前等が生きて帰るためにも、我々には少し時間的猶予が必要だ。本隊護衛任務に回されていたキリン隊が到着するまで、なんとしても戦線の崩壊を阻止しろ。新たな指示は戦況を見渡しつつ、逐次各隊員に直接伝達する。現在、帝国軍は徐々に広場両翼へと展開しつつあるが、後続部隊の多くは未だ小路地の中だ。途出した右翼戦車部隊に細心の注意を払い、ライン陣形を保ったまま緩やかに後退せよ。」
かなりの駆け足で発せられたネニファイン部隊長の言葉だが、少なからずその音声が高濃度フィールドに阻害されていたことを考慮すれば、それなりに聞き手に解りやすい、簡潔な指示であったのかもしれない。
地表付近へと滞留しやすいフィールドの性質上、地対地よりは、地対空の方が通信システムをリンクすることが容易であり、ファイントムが無理にでも雲下へと姿を現すに至ったのは、ネニファイン部隊の通信網の中継点たる上空の拠点を構築するためでもあったのだ。
しかしこの時、戦闘エリア一帯へとばら撒かれた彼の声は、複雑に暗号化した通信内容が復元困難な状況に陥らないためにも、完全に無防備極まりない純粋な音源として発せられていた。
つまりは、彼等のやり取りされる通信の内容は、同じ地域に存在する敵対勢力に対しても筒抜けの状態であるということだ。
これは即時即決が必要とされる戦場において、適確な判断を適確なタイミングで下したいと望んだ、部隊長サルムザークの指示によるものだが、その余りの無防備さに、彼等の部下達は驚きの表情を隠すことが出来なかった。
しかし、実際に過酷な前線に立たされた部下達から見れば、ファントムのように全く戦力にならない援軍の姿よりも、戦況を激変させるぐらいの心強い味方の到着を切に願っているのであり、この部隊長が全く触れることがなかった話題に関して、バーンスが真っ向から問いただした。
(バーンス)
「エアビヘイブ隊到着まではあとどのぐらいだ?」
(カース)
「後退行動は各自の判断に任せるが、最終防衛線をN−45−09に設定し、最低30分間はこれを死守せよ。尚、この防衛線を突破された場合、各自の判断での撤退行動に転じることを許可する。」
(バーンス)
「・・・。」
そうか。援軍は無しか・・・。
大きな溜め息を付いて見せたバーンスの視線が、不意に北方に展開し始めていた大戦車部隊の方へと向けられる。
バーンスの発言を完全に無視するかのように、新たな指示を飛ばしたカースの態度は、恐らくは通信状況の劣悪さに偽装した一種の情報封鎖であり、帝国軍にその真意を悟られ無い様にする配慮が成された結果だと思われる。
勿論、彼女は、正確に到着するともしないとも明言してはいないのだが、ファントムが雲下に降下してまで戦況の把握に勤めなければならないあたりからも、新たなる援軍の到着は見込めないのだと、バーンスは悟ったのだった。
(ソドム)
「おいおいおいおい。N−45−09が最終ポイントで、最低でも30分死守だとぉ?敵さんこちらの十数倍だぞ。無理難題は無理できる優秀な人間に下すべきであって、俺っち見たいな粗悪な人間に、何の期待を抱いているのか、全く理解に苦しむね。」
(メディアス)
「死線の際に迷い込んでも、あんたみたいにいつまでも、ぼやいていられるその性根に期待してるんだろうさ。まぁ。あんたと同列にみなされた私としては、迷惑きわまり無い話なんだけどさ。」
(ホァン)
「いっその事、一気に逃走した方が早いんじゃないか?俺等だけで食い止められる相手じゃないって。」
(バーンス)
「相手がウスノロ戦車だけならそうするだろうよ。お前、中軽量高速戦車相手に足の速さで勝てると思っているのか?態々(わざわざ)身を危険に曝してまで雲下に降りてきたんだ。あの若造にもそれなりの作戦があっての事だろう。俺は奴の口車に乗せられてやる。まあ、それ以外に良い方法があるなら、前線に出張ってる二人が持ちこたえている間に教えてくれ。」
様々に思いの丈をぶちまけるメンバー達だったが、事に最後に締めくくったバーンスの言葉が、彼等のすべてを物語っていた。
もはや彼等に何ら選択の余地は与えられていないのだ。
現在、メイサ渓谷内に残されたネニファイン部隊メンバーの総数は全部で6機。
メイサ崖上でまだ生存しているならば、アパッチ隊の3人を加えても9機。
そして、後方から合流するであろうキリン隊を含めても、たったの12機で、様々な機種を揃えた150輌からなる戦車部隊の猛攻に耐えなければならないのだ。
もはやそれを成しえるには、人知を超えた神憑り的な恩恵が必要であり、何ら宗教に感心を抱かない彼等でさえ、無為に神たる存在に慈悲を請うのである。
(サルムザーク)
「アパッチ隊の現状把握は出来ているか?」
(チャンペル)
「メイサ上のフィールド濃度は異常に高く、アパッチ隊の動向は全く掴めておりません。恐らくは先ほどの指示も・・・。」
そんな神懸り的采配を暗に切望されるサルムだったが、彼は彼で一個人の人間でしかなく、彼等の無謀な願いに応じる術などあるはずも無い。
依然として厳しい表情のまま、問いかけた若い部隊長は、綺麗な声で返された返答に、しばし親指を噛むような仕草をみせつつ考え込むのだ。
彼自身の心の中に浮かんだ光明とも言うべき一つの作戦は、言うなればありきたりで簡素な手段でもあったのだが、実際にそれを行動に移すとなれば言うほどに安易なものでもない。
しいて言えば、見下ろす渓谷の間に細いロープを一本張り巡らせて、強く吹き付ける強風に煽られながらも対岸まで渡りきるようなものであり、彼にとって、メイサ崖上に存在するアパッチ隊こそが、彼の作戦を成功させるための重要な鍵であったのだ。
本来であれば、雲下へと舞い降りた時点で、アパッチ隊とのやり取りが可能となることを期待していたのだが、それが叶わぬからと言って、彼には簡単にそれを投げ出すことなど出来ようも無かった。
彼は再び燃え上がるような炎を瞳に宿したまま、若い通信オペレーターに向かって新たな指示を出した。
(サルムザーク)
「チャンペル。リプトンサム部隊へ支援を要請しろ。ポイント2−90において大至急支援砲撃体制の構築を要求するとな。センターラインに対しても睨みの利く格好の広場だ。無為に拒絶されることも無いだろう。支援砲撃のタイミングについては、俺の指示を待つように伝えてくれ。」