04-11:○ディップ・メイサ・クロー[10]
第四話:「涙の理由+」
section11「ディップ・メイサ・クロー」
二人の命知らずな戦士を素早い動きで包囲し始めた白い蜘蛛達は、一糸乱れぬ隊列を組んでとまでは行かないまでも、それなりに精錬された秩序を有し、数的にも勝る彼等の方が、戦場に置ける主導権を握っているように見えた。
しかし、実際に彼等の胸中がどうであったかと言えば、高速機動兵器として名を馳せた自分達の姿に恐怖して、逃げ惑う敵DQを追い回す狩りの時間を嗜むつもりであったのだが、事もあろうか、たった二機のDQの特攻により、あっさりと二人の僚友を失う羽目となってしまったのである。
混戦状態となってしまったため、後方戦車部隊からの支援砲撃を得ることは出来ないのだが、それでも機数的に勝る彼等の方が、より意識を暗黒の淵へと迫られているのは何故だろう。
全く常識を逸脱した振る舞いを見せ付ける灰色のDQと漆黒のDQの姿は、照射レンジ越しに覗いているからなのかも知れないが、グアルディオアラのパイロット達の意識の中で巨大に膨れ上がり、何かしら見えない鎖で縛り付けられているような錯覚さえ覚え始めていたのだ。
そんなはずはない!
そう己に鞭を打って心を奮い立たせ、負たる感情を自ら断ち切らんとする、グアルディオアラのパイロット達は、これまで厳しい訓練を耐え抜いてきた優秀な人材達である。
勿論、相手が如何に不測的行動を取ったからといって、それに手を拱いているような、大人しい人間達ではなかった。
そして、ようやく普段どおりの意思を示し始めた1機のグアルディオアラが、途出したネニファイン部隊の食み出し者二名に対して、右手に固定されたライフルガンを構えると、激しく焚かれたマズルフラッシュの閃光と共に、殺意を含めた弾丸を大量に浴びせかけた。
しかしこれは、余りにもあからさまに彼が銃口を構えて見せたため、いち早くそれを察知されることとなってしまい、猛烈に吹き上がらせたバーニヤに乗って、お互い左右へと散開するように弾けた二人に、その攻撃が命中する事はなかった。
(ユァンラオ)
「ジャネット。ツーマンセルな戦い方を教えてやる。お前は物覚えが悪そうだが、死にたくなければ身体で覚えるんだな。」
(ジャネット)
「ふんっ!偉そうに!たとえ生きて帰れたとしても、何の恩にも着ないからね!」
左右へと散り散りに別れた二人が、着弾地点から半円運動を描き出すように後退旋回を見せると、それに続いてグアルディオアラ隊が4機づつに散開し、二手に分かれた男女の後を追跡する。
この時点で対峙したお互いの戦力比が「8対2」から「4対1」と変化したのだが、数字上の比率としては何ら変化が見られたわけではない。
しかしこの時、不気味な笑みを浮かべて見せたユァンラオの意図を、正確に汲み取ることが出来た者が果たして何人いたのだろうか。
(ユァンラオ)
「ジャネット。この状況は敵8機に取り囲まれていると捕らえるな。今の敵の意思はたったの2つ。お前に対する殺意と俺に対する殺意の2つだ。見た目の敵数を数えるのではなく、敵の殺意の単位を数えろ。」
普段から物静かで、決して不要なことには口を開かないイメージのあったユァンラオが、珍しくも何を思ったか楽しげな口調で白い蜘蛛達の殺意をかわしながら語り続ける。
彼としては、久しぶりに滾る血流により、高ぶった思いを馳せるように陽気付いていたのかもしれないが、それは長らく戦地に身を投じてきた戦士たるユァンラオだからこそ出来る芸当なのであって、ましてや初めて戦場を目の当たりにしたジャネットに、簡単に要求できる内容ではなかった。
言ってしまえば、ジャネットの能力程度では、対峙するグアルディオアラのパイロット一人分にも満たない事は事実であり、要求した内容を体言も出来ないようであれば、あっさりと死んでしまえと、ユァンラオの不気味な笑みが示していたのだ。
この時、ジャネットにはユァンラオの意図する真意が理解できていた訳ではないのだが、次の瞬間、彼女へと襲い掛かった白い蜘蛛の末路を辿ることで、少なからずその意図する扉に手をかけることまでは出来たのだった。
激しい横Gを身体に受けながら、大きく旋回を見せていたアカイナンに、追走したグアルディオアラの1機が、その進行速度を緩めさせる事を意図したグレーネード弾を発する。
素早く急激に旋回方向をねじ曲げることで、ようやくこれを回避したジャネットだが、彼女が即座に反撃に転じようとするよりも早く、既に2番手の攻撃手となるべきグアルディオアラのライフルガンの照準が、正確に彼女の機体に狙いを定めていた。
これは絶対にまずい・・・。
そう感じた彼女の肌身に、鳥肌を立てるような悪寒が駆け巡った瞬間だった。
ガンガンガンガンガン!!
(ジャネット)
「!?」
それは彼女が攻撃態勢へと移るよりも早く。
そして、グアルディオアラが構えたライフルガンから弾丸を放つよりも早く。
ユァンラオが完全に不意打ちとなる攻撃を、真横からこのグアルディオアラに叩き入れたのだった。
またしても快走していた勢いのまま大地を転げる様に爆発した3機目の脱落者を、驚いた表情で見入ってしまったジャネットに、ユァンラオが注意を促すように言葉を投げかけた。
(ユァンラオ)
「外せば二流。気付かなければ三流以下だ。」
一瞬、ハッとした表情でジャネットがユァンラオの方へと視線を移すと、不意打ち攻撃後の隙を突かれて、グアルディオアラの激しい攻勢に曝されているリベーダー2の姿が見て取れた。
猛り狂ったまま漆黒のDQを追い回す4機の白い蜘蛛の姿に、ジャネットはえもいわれぬ不思議な感覚を覚えながらも、何かしらユァンラオの言わんとしていた事に気がついたようだった。
この時、彼を追走する4機のグアルディオアラは、ジャネットに対して明らかに無防備な姿を曝け出していたのだ。
ジャネットはすかさず、この4機目掛けてASR-RType44の銃口を差し向けようとするのだが、彼女を追走する残り3つの殺意の刃が、それを簡単に許すことはなかった。
バチバチとコクピット内部まで響き渡ったその嫌な音は、明らかにアカイナンが被弾していることを示しており、その音に重ねて鳴り響いたけたたましいワーニング音が、彼女の苛立ちを増幅させた。
相手の攻撃的意思は、どんなに素早いものであったとしても「一瞬に付き一つ」。
つまりは一方が引き付けた意識を、もう一方が撃破するという単純なもの。
しかし・・・。
言うのは簡単だけど、こんなの絶対無理よ!!
相手の見せる隙と言ったって、ほんの極僅かな時間じゃないの!!
それを引き連れた敵機の攻撃をかわしながら、狙い撃てなんて!!
呆れてものも言えないわ!!
死にたくなければ身体で覚えるんだな。
彼女は響き渡る被弾音に小さく舌打ちしながらも、機体被害状況を示すモニター上に、ほとんど実質的損害が示されていないことを確認すると、思いっきりフットペダルを踏みしめて大声を張り上げた。
(ジャネット)
「ちょこまかとうざったいのよ!!こいつ等!!」
激しく沸き起こった怒気をばら撒く様に、ジャネットが半場強引に一匹の白い蜘蛛へと目標を定めると、猛然とアカイナンを駆り立てた。
もはや彼女には優雅に相手の攻撃をかわすつもりもなかったのだが、余りに無防備で大胆な彼女の行動に虚を突かれてしまった対象者は、いとも簡単に彼女の接近を許す羽目となってしまった。
ドガッシャーーン!!
そして、構えた銃口からは一発も弾丸を放つこともなく、ただその対象者との距離を詰めることを目的としていたアカイナンは、グアルディオアラの機体に対して信じられない程に古典的な「横蹴り」を浴びせかけたのだ。
恐らくはグアルディオアラのコクピット内には、パイロットに注意を促す警告音が鳴り響いていたはずであったが、少しも弾丸を浴びせかけられるような気配もない状況に、一瞬適確な判断を下すことが出来なかったのであろう。
鈍い金属音を周囲に撒き散らしながら、ジャネットはすかさず白い蜘蛛の足1本を、思いっきりアカイナンの足裏で踏みつけると、大地に杭を刺し込むように相手の自由を奪い取ってしまった。
まさか!?と、グアルディオアラのパイロット達は思ったかもしれない。
無論それは、彼等からしてみればほんの一瞬の僅かな時間でしかなかったはずだ。
しかし、その一瞬の隙を抜け目なく狙い定めることが出来るのが、ユァンラオの歴戦の猛者たる所以であろう。
同士討ちを恐れて彼女の外円を周回する事しか出来なかった白い蜘蛛のパイロットが、たった2秒にも満たない時間、この灰色の敵機を睨みつけていた時、突然魔法にでもかけられたのではないかと錯覚するほど激しい業火の渦に包まれたのだった。
そして彼は、その原因を作り出した犯人の姿に視線を移すことも出来ないまま、猛烈な爆風に身を引き裂かれて絶命を迎えることとなる。
(ユァンラオ)
「殺れるぞ。」
もはやユァンラオの独り言ととも取れるその小さい言葉に反応を見せたジャネットが、すぐさま振り回したASR-RType44の銃口を狙い定め、ユァンラオの後方から襲い掛かろうとするグアルディオアラ目掛けてトリガーを絞る。
勿論、人質を足場に据えて相手の無為な攻撃に曝される恐れのなかった彼女が、この絶好の攻撃タイミングを逸することはなかった。
急激な旋回を見せていた白い蜘蛛の、後部グレネード弾装付近で激しく火花が数回光り輝くと共に、大量に放出された熱量を持って吹き飛ぶ真っ白な破片。
そして更に、拘束された足一本を強引に引き千切って、不名誉なる人質のレッテルを剥ぎ捨てた悲しき蟲ケラもまた、容赦なく浴びせかけられた彼女のグレネードガンの前に、朽ち果てることとなる。
(ユァンラオ)
「ツーマンセルでは必ず一方が囮。一方が狙撃手。囮は相手の意識を奪い、狙撃主は相手の命を奪う。本来は、それが交互に繰り返し行うのが理想だがな。」
(ジャネット)
「私はあなたにとっての囮なの?」
大柄の男と長身の女が戦闘を開始してから、一体どれだけの時間がたったと言うのだろうか。
溢れ出すぐらいに高ぶった意識の中で、何時間も身を投じていたような錯覚を覚えてしまうほど、彼女は激しい吐息を繰り返しながらユァンラオに問いかけた。
自分でも信じられないくらい・・・。
無類の機動力を誇る高速機動兵器の新型機「グアルディオアラ」10機を相手に、未だ自分は生き永らえる事が出来ている。
しかも、既にその内の6機をいとも簡単に葬り去ることに成功していたのだ。
(ユァンラオ)
「ふ・・・。囮には囮なりの技術と経験が必要だ。今のお前の腕前は囮としてすら信頼に値しない。せめて俺のために這いずり回って敵を撹乱させてみろ。死ぬ気でお前の望みを叶えてみろ。」
彼女の目の前に示された結果は、ジャネット自身の力だけでは決して引き寄せることができない戦果であったことは、彼女自身解っていたことだったが、しかしそれでも、彼女は必死になって立ち振る舞い、彼の要求する過酷な戦闘に耐え抜いて見せたはずだった。
(ジャネット)
「・・・あなたも冷たい男。」
彼女の働きぶりを褒め称えるでもなく、寧ろ見下すような口調で罵ったユァンラオに対して、ジャネットが軽い舌打ちと共に吐き捨てる。
自分ひとりでは何も出来ないことは解っている。
望んだって叶うことはないと解っている。
私が愚かしい女だってことも・・・。
救い難い馬鹿な女だってことも・・・。
(ジャネット)
「私の望みを叶えることなんて出来やしない・・・。死んで叶うのなら・・・。死んだっていい!!」
大きな声を張り上げて、再びTRPスクリーン越しに戦場を睨み付けたジャネットだが、新たなる敵を求めて彷徨う視線が「ある一点」を通過すると、一瞬彼女の瞼が閉じられてしまった。
そして、歯をぎりぎりと食いしばるように身を固めた彼女は、薄っすらと濡れた瞳の奥に、再び激しい怒りの炎を宿したのだ。
ジャネットの思いを縛り付けた「ある一点」。
それは彼女にとって、一生忘れることの出来ない心の傷を作り出した、忌まわしき場所であった。