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Loyal Tomboy  作者: EN
第四話「涙の理由+」
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04-09:○ディップ・メイサ・クロー[8]

第四話:「涙の理由+」

section09「ディップ・メイサ・クロー」


メイサ・レフト4を悠々と南進している帝国軍戦車部隊の後方で、24両もの地対空車両「ライパネル」に囲まれた大型トレーラーの司令室内に、じっと戦況を見つめる男が一人。


高級そうなペンを右耳の上に挟み込みながら両腕を組んでいた。


彼を含む一部の兵士達は、自分達が「囮」であることを認識してはいたが、誰しも派手にやられて見せるような「きな臭い演技」を振舞おうなどとは思っておらず、寧ろ自分達の手によってトゥアム共和国副都心リトバリエジへと侵攻する、足がかりを築かんばかりの意思を、熱くたぎった闘争本能と共に抱いていたのだ。


しかしこの時、そんな意気を巻いた戦闘集団の手綱を握るエムレ・コラーデ少佐は、予測しえた共和国軍の攻勢の背景に、何ら脅威となりえる要素が含まれていない事に気づくと、なにやら面白くもなさげな表情を浮かべて、隣に座った作戦参謀に、幾度も戦況を問うのであった。


(エムレ)

「敵航空支援部隊は確認しているか?」


(アンダーソン)

「いいえ。未だ共和国軍の航空部隊が姿を現すような気配はありません。」


(エムレ)

「ふむ。降下したDQ部隊の動きも緩慢かんまんだな。このまま一気に広場を突き進んでも良いが、どこと無く間抜けすぎはしないかね。アンダーソン軍曹。」


その上官の問いに対し、長い顎に生え揃った髭を右手でさする仕草を見せたアンダーソンは、戦術モニターをじっと眺めながら何かを考え込んでいたようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。


(アンダーソン)

「共和国軍が何かしらの罠を張り巡らしていたとして、我が軍の進軍を食い止めるためには、それなりに物理的要素が必要となります。現在のところ降下したDQ部隊以外に、目ぼしい戦力が見当たらないことから推測すると、我々は全く相手にされていないのかもしれません。恐らく共和国軍は、メイサ・センターを南進する、我が軍の主力部隊へと戦力を注力するということなのでしょう。」


いささか不満げな表情を醸し出すエムレに対し、その御機嫌を取ろうともしない作戦軍曹が、淡々とした口調で思いの丈を並べて見せる。


エムレとしては、如何に自分達が囮部隊である事が露呈したのだとしても、それなりに大規模な抵抗があってしかるべきと考えていたのだが、実際に蓋を開けてみれば、大量の戦車部隊が姿を現すでも、航空戦闘機が飛来するでもなく、たった十数機のDQ部隊が降下してきただけである。


一度ひとたび息を吹きかければ、いとも簡単に吹き飛んでしまわんばかりのDQ部隊を、強大な戦車部隊の圧力によって踏み潰し、弱者の惨めな姿に高らかな笑いを響かせる趣味など、この勇猛な指揮官は持ち合わせていなかった。


彼はそうせざるを得ない状況を作り出したトゥアム共和国軍に対して、沸々と沸き起こる失望の念を込めた舌打ちを奏でると、耳の上へと乗せたペンを再び手に取り、クルクルと起用に指の間を這いまわせながら言った。


(エムレ)

「望まれようが望まれまいが、我々の成すべき事は一つ。いずれにせよ目の前に立ちはだかる敵はすべて掃討し、共和国軍の意識をメイサ・レフト4へと引き付ける事だ。どうかね。確かにそれが罠である可能性は高いが、その誘いに乗る素振りを見せる事も、我々には必要だと思うのだがね。」


(アンダーソン)

「そうですね。」


エムレの示した言葉には、無能たる指揮官をイメージさせる雰囲気は感じられなかったのだが、どこか曇りがかった表情を浮かべたアンダーソンは、極控えめに短い返事で、その言葉を肯定して見せただけだった。


(エムレ)

「なにやら不満そうな面持ちだね。アンダーソン軍曹。それほど敵主力部隊を宛がわれたメイサ・センター部隊のことが心配かね。君の考えを聞いておこうじゃないか。」


そう促したエムレの表情には、どこか興味津々な思いがにじみ出ている。


38歳の指揮官エムレに、36歳の作戦参謀のアンダーソン。


おおよそ同年代であると言えるこの二人は、見た目が違うのは当たり前としても、性格的にも思考的も異なるということは、既にお互い熟知していたことだ。


考え方の違う人間を傍らに置いて、思うような指揮が取れなくなることを懸念して、常に上官であるエムレの意思を真っ向から否定する事の無いアンダーソンなのだが、安易に増長するでもなく、自分自身の考えを真っ直ぐに発するこの彼の思考を、エムレは頭ごなしに阻害することは無かった。


(アンダーソン)

「我々は囮部隊であると同時に、リトバリエジ都市の占領を目的とした貴重な戦力です。如何に主力部隊であるパデ将軍の軍団が、精錬された兵士達によって構成されているからとは言え、両主力部隊同士の戦闘ともなれば、我が軍もそれなりの損耗をこうむる事となりましょう。」


(エムレ)

「ふむ。」


(アンダーソン)

「共和国軍の思惑がどうであれ、今現在、我々の目の前に大きな障壁は無く、これを機に全力を持ってシローデス平原へと進軍を果たし、敵部隊の側面から挟撃するのが得策かと考えます。」


(エムレ)

「ふむ。」


再三に渡り、このアンダーソンの言葉にうなずいていたエムレだったが、彼はゆっくりと戦術モニターへと視線を移すと、手に持ったペンを作戦指揮卓の上にポンと放り投げた。


決して軍人としてのアンダーソンの考え方が間違っているわけではない。


寧ろ、戦場で勝利を掴み取るのに最適な作戦プランであっただろう。


しかしエムレは、今回の南進部隊全軍の長である「パデ・ピブレジ将軍」の言葉を借りて、アンダーソンをさとすように語り始めた。


(エムレ)

「まさにその通り。アンダーソン軍曹の言うことは正しい。戦術レベルにおける作戦プランとしては素晴らしいものだ。しかし、今回の南進作戦においては、決して局地的な戦況の優劣が物を言うわけではない。最終的に命ぜられた軍事目標が「大都市」であることを考慮すれば、少しは戦局の見方が変わるのでは無いかね。誰しも、一般民間人が数多く暮らしている大都市で、激しい占領戦など繰り広げたくないものだからな。」


(アンダーソン)

「敵軍を効果的に誘き出す事が成功しない限り、我々としても一気に攻勢に出られないという訳ですね。」


即座にその言葉の意味を汲み取ったアンダーソンが、うなずくように納得の意を返した。


たとえ皇帝陛下の名の元に命ぜられた作戦であるとは言え、彼等の総指揮官たるパデ・ピブレジ将軍には、非人道的手段を講じてまで作戦の成功を掴み取ろうなどとは考えていなかったのだ。


出来る限りリトバリエジ都市部周辺に配備されているであろう防衛部隊を、周囲への被害が及ばない無人の地域まで誘き出したい。


その思いは、たとえ異国の市民に対しても決して損なわれることなく与えられ、この作戦が考案される基礎と成り得たのだ。


(エムレ)

「そういうことだ。パデ将軍は今回の事態を既に予測しておられ、メイサ・センター方面での戦闘においては、全く我々の出る幕ではない。我々は我々に与えられた責務を真っ当する事に専念すればよい。無理に南方へとゴリ押しする必要も無いが、出来る限りそれとは気付かれないように、整然と広場包囲陣の構築を急がせろ。もしこの状況下で我が軍に一矢報いることが出来るとすれば、恐らくは上空からの対地攻撃か、遠距離からのミサイル攻撃だけだ。勿論、そのためにこれだけのライパネルを引き連れてきたのだから、各員には安心して軍務を全うするよう、伝達してくれたまえ。」


(アンダーソン)

「解りました。」


帝国軍内でも評判の高い「切り込み隊長」であるこの上官が、囮部隊などと言う姑息な部隊の指揮官に甘んじているのも、ひとえに南進部隊全軍を司るパデ将軍の人柄がそうさせるのだろうな。


そう思ったアンダーソンは、周囲の人に気取られないほどの笑みを僅かにこぼすと、ゆっくりと立ち上がり、新たな指示を部隊全員へと向けて放つのだった。

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