04-08:○ディップ・メイサ・クロー[7]
第四話:「涙の理由+」
section08「ディップ・メイサ・クロー」
深い深い地獄のような渓谷の穴底から、滑り落ちた罪人達を釜茹でする薪の煙のように、黒煙がのうのうと立ち上っている。
決して這い出ることを許されない茶褐色の両崖に囲まれた檻の中で、悲鳴にも似た大きな爆音が起きるたびに、過酷な運命を背負わされた人々の表情は強張りを見せ、望まぬ高揚感によって心を突き動かされるのだ。
(メディアス)
「バーンス!崖際右翼はもう持ちそうにないよ!どうするのさ!」
(バーンス)
「エアビヘイブが到着するまでの辛抱だ!ホァン!隊列を乱すな!」
ネニファイン部隊司令部へと齎された悲しき一報に先立つことおおよそ10分、大きなメイサの谷間にうごめく大多数の軍人達は、既に過酷な戦いの火蓋を切り落としていた。
ネニファイン部隊が防衛ラインと定めたポイントN−45は、メイサ渓谷が南に向かって少し開けた地点であり、少数たる彼等が大部隊である帝国軍を迎え撃つには、格好の戦闘エリアとなる。
しかし、隊列を組んで南進してきた帝国軍戦車部隊が、何の作戦をも企てずにいるはずも無く、左右壁際へと強引に突撃戦車部隊を展開させ始めると、前衛戦車団後方からの大量の支援砲撃を開始したのだ。
勿論、ネニファイン部隊としては、細い小路地から這い出すこの戦車部隊を、展開したDQ部隊の全火力を持って殲滅し続ける腹積もりだったのだが、この猛烈な火力を有する帝国軍の支援砲撃を前に後退を余儀なくされ、両崖際を進軍する突撃戦車部隊への攻撃も散発的なものとなってしまったのだ。
壁際の行軍を決め込んだ帝国軍に対し、攻撃を奏でるべき射角を奪われたキャリオン隊もまた、この防衛ラインに加わることとなるのだが、それでも尚、帝国軍の南進を効果的に阻害することが出来ないでいた。
未だ対地支援部隊エアビヘイブからの上空支援攻撃も無いまま、帝国軍戦車部隊にじりじりと圧力をかけられたのでは、圧倒的少数派であるネニファイン部隊に勝機が無いのは目に見えている。
そう思った彼等が、今後の展開に悲観的予測を交え始めた時、更なる叫び声が彼等の通信網を飛び交ったのだ。
(ホァン)
「敵主力部隊の前面に新手の機影・・・・・・。・・・高機!!高速機動部隊だぜ!!機体識別NON!新型機か!?10機はいるぞ!!」
(ソドム)
「前面には大戦車部隊が新型DQ付きで大勢いらっしゃるってのに、おもてなしがチンケな俺等だけっていうのは相手に失礼じゃないのか?せめて敵軍と同じぐらいの頭数揃える位の礼儀があってもいいと思うんだがね。」
金色のつんつん頭にしゃくれた顎が特徴の男「ホアン・ロイ」に、ぼやく事にかけては部隊内で一番と言われる角刈りの「ソドム・スピリッツ」が、独り言とも取れるような話しっぷりで語りかけた。
両者共にブラックポイントで開催されたDQA大会上がりのパイロットであったのだが、二人の吐き出した言葉にはかなりの温度差がある。
勿論、これほどまでの劣勢に立たされた状況下で、ソドムのように普段通りぼやき続けられる人間は決して多くはないだろう。
彼等の目の前へと現れた帝国軍の新型兵器は、敵陣突撃を目的とした高速機動兵器であり、見た目は蜘蛛のように脚が6本生えそろった蟲型DQだ。
この手のDQは、ホバー移動をメインに据え置いている点において、他のDQと変わらないのだが、人型よりも水平方向のバランスに優れ、急激な方向転換を可能とする多脚制御により、最前線をすべる様に蹂躙することから、兵士達からは「高機」と呼ばれ、恐れられていた部類の機種である。
そして、その「高機」の最上位機種ともいえるのが、この「グアルディオアラ」であった。
前へと突き出た右手にはライフルガン、左手にはスタンディスチャーを装備し、背中には大量のグレネード弾を蓄えた射出ポットを携えている。
決して単機での火力において優れている機種ではないのだが、その大地を滑る様にして駆け巡る異常なまでの機動力が持ち味であり、各地の戦場において多大な戦果を挙げてきた機体であった。
ドッゴォォォン!!
(ソドム)
「っつ・・・!おばちゃんどうすんだい!このままじゃ鍋底に穴が開いちまうぞ!」
(メディアス)
「キャリオン隊は一時後退するよ!!ソドム!ミゼット!戦線を200mils後退!!広場出口で戦車部隊の前線を詰まらせるんだ!!」
そんな帝国軍の新兵器へと一時的に意識を奪われつつあった彼等だが、東方の壁際を走行していた帝国軍突撃戦車「レアコンダリス」が、巨大な砲塔を旋回させると共に、眩い閃光と大きな砲撃音を一斉に放つと、激しく襲い掛かった爆風の嵐の中で、再度自分達の置かれた不利的状況を再認識した。
もはやいつ来るとも解らない援軍の到着を待っていられるほど、彼等には時間的余裕も精神的安楽も無かったのだ。
すかさず自軍の形成の悪さを悟った「メディアス・イェルザック」が、キャリオン隊帰下の2人に向けて撤退の指示を飛ばす。
麻色の短い髪の毛を振り回しながら、必死に周囲の状況を確認する行為を怠らない彼女は、決して何かに秀でた能力者では無かったが、辛辣に酷評される程の愚劣者でもなかった。
一般的に評価すれば「中の中」と言う平均的実績を携えた共和国軍の正式軍人である。
年齢も24歳とまだ若い方なのだが、見た目よりも歳を重ねた印象が否めないその風貌から、しばし彼女より年齢の高い人達からも「おばちゃん」と称される事が多かった。
勿論、年齢や見た目が戦場で役に立つはずも無く、彼女自身、この失礼な呼称を一向に意に介す素振りも見せなかった。
(ミゼット)
「敵軍勢後方から熱源多数!!カチューシャからのロケット弾だ!!」
(メディアス)
「各機緊急回避!!ボカージュ内から一気に離脱しろ!!」
収まりの悪い天然パーマをヘルメット内へと押し込んだ細身の男「ミゼット・パールパニー」が通信機に向かって怒鳴り込むと、異様な風切音を響かせながら多数の黒点が、メイサ崖に挟まれた北方の狭い空へと舞い上がった。
前面に展開する戦車部隊の頭上を越えるように放たれたその黒点は、帝国軍後方支援車両からの支援砲撃であることは間違いなかったのだが、たった7機のDQを持って戦車団の前へと立ちふさがった少数部隊に向けたものとしては、余りに十分すぎる攻撃だったかもしれない。
(バーンス)
「ホァン!!後退しながら炸薬弾を上空にばら撒け!!とてもじゃないがかわしきれる量じゃないぞ!!」
(ホァン)
「了解!」
キャリオン隊が後退に転じたタイミングに合わせて、緩やかに後退を始めていたグラント隊の隊長「バーンス・シューマッハ」が、戦場では初心者たるホァンに向けて指示を出す。
彼はそれほど大柄な体躯ではないのだが、歴戦の勇者を思わせるような迫力をかね揃えた男性であり、顔中に刻まれた傷跡がそれを物語っていた。
彼はまだ十代の頃から長きに渡り、大陸各地で勃発する戦乱の中で傭兵として生き延びてきた実績を持ち、どんな過酷な戦場からも必ず生きて戻って来たことから、人々からは「不死鳥」とさえ称されるようになっていた。
勿論これには、かなり誇大された人々の主観が交えられていることは確かだが、彼が実際に経験してきた戦闘の数々を考慮すれば、それは必ずしも偽りであるとは言い切れないものであった。
そんな彼にしてみれば、この程度の砲撃に右往左往するような事はないのだが、今彼が従えているホァンを始め、ネニファイン部隊のパイロット達の多くが、初めて戦地を訪れた新人達である。
戦場においては、類稀なる戦闘センスを持ってしても、ほんの一瞬でその生命をかき消されてしまう例は少なくない。
準備に準備を重ね、あらゆる努力をしてきた者達ですら、その戦場に潜んだ魔物達の気まぐれに対して、完全な勝利を約束することは出来ないのである。
それが戦場という世界における無常のルールであり、ちょっとしたマイナス要因が、全てを無に帰するほどの巨大な爆弾と、発火性に富んだ導火線で結び付けられているのだ。
バーンスは駆り出したDQアカイナンの右手に装備する「ASR-RType44」の銃口を、真っ黒に淀んだ北の空めがけて構えると、大量の弾丸を発射する。
決して全てを撃ち落せるつもりはないが、ある程度数を減らす事ができれば、その分だけ生き延びる可能性を高めることが出来るのだ。
(バーンス)
「今の内に一気に離脱しろ!!」
激しい光を伴った破断線が天高くへと舞い上げられ、真っ黒な煙の開花を連鎖される様を気にしつつも、周囲の者達の安否を気遣った指示を飛ばす辺りは、さすが実戦慣れした戦士ともいえる。
しかし、そんなバーンスの目の前で、何故か完全に事の成り行きに従わない、無謀な2機のDQの存在があった。
(ミゼット)
「ジャネット!!ユァンラオ!!後退しろ!!ロケット弾の餌食になりたいのか!!」
驚いたように怒声を上げたミゼットの警告に怯む様子も無く、ジャネットとユァンラオ両名の搭乗したDQは、頭上から舞い降りてくる無数のロケット弾を見上げながら、じっとその着弾地点付近へと佇んだままだったのだ。
後方から大量のロケット弾を放った中距離支援車両「カチューシャ」は、別名「陸の爆撃機」とも呼ばれ、陸軍に所属するものであれば、その名を知らないものはいない恐るべき兵器だ。
搭載されたロケット弾は、単発でも連発でもなく斉発であり、一気に10発ものロケット弾を指定エリアに叩き込むという代物で、当たり所さえ良ければ、前線に布陣した戦車隊を、一気に10輌は撃破してしまうほどの破壊力を有している。
その余りの攻撃力から、乱戦では使用が制限されるという難点もあるが、膠着した戦線を一気に壊滅させるなど、これまでに多くの兵士達の命を一瞬にして奪ってきた兵器であった。
(ミゼット)
「ち、馬鹿が・・・。死にたいのか・・・。」
次々と飛来するロケット弾の着弾と共に、強烈な爆風が前線一帯を包み込む中で、爆煙の向こうへと姿をかき消してしまった二人の姿を、その目で追ったミゼットが軽く呟いた。
彼はこの時、無謀にも回避行動に移ることも無く、自ら死の淵へと歩み寄るような行動を取った、二人の死を予感していたのかもしれない。
しかし、その彼等二人の行動に、一瞬意識を囚われてしまった彼自身の方が、地獄の底から顔を出した死神の鎌で一閃されようとは、思っても見なかったであろう。
突然、重たい音が渓谷内に木霊すると同時に、天高く舞い上がろうとする土煙の中から、猛烈な速度を有した閃光の刃が、複数飛び出してきたのだ。
それは、強力な直線方向への弾速を誇る突撃戦車レアコンダリスの主砲が、一斉に砲弾を放ったものであり、先ほどのロケット弾による攻撃は、妙に手の込んだ目くらましだったのかもしれない。
(メディアス)
「ミゼット!!」
彼はその時、自らの操るトゥマルクの機体が、鋭い殺意の刃によって貫かれた事に気が付いたであろうか。
いや、恐らくその事実に気が付くことが出来たのだとしても、彼にとって訪れた人生の終焉を遮ることは出来なかったであろう。
被害者となったミゼットが搭乗するトゥマルクのコクピット付近が、煌びやかに輝く光矢が貫通すると同時に、彼の機体の少し後方で大きな爆発が発生した。
本来、目標となる相手の機体へと衝突した時点で、爆発しなければならない種類の弾丸だが、その余りの弾速から炸裂するタイミングを完全に逸すると、情けなくも大地へと2回ほど叩きつけられた後に爆発したのだった。
しかし、それでも一人の人間の命を昇華させるには、十分な攻撃だったのかもしれない。
やがて腰の部分から「くの字」に折れ曲がったトゥマルクの姿に、思わず部下への無意味な叫び声を漏らしてしまったメディアスの目の前で、眩い閃光を放った機体が勢い良く四散してしまった。
それは、ネニファイン部隊における3人目の犠牲者が確定した瞬間であり、大きな地響きを鳴らしながら、のうのうと舞い上がった土煙の向こうでは、更なる犠牲者を求める魔の手が蠢いていた。
未だ彼等ネニファイン部隊には、目ぼしい戦果が上げるわけでもなく、ただ一方的に虐げられる少数派側として、死線を逃げ惑うことしか出来ないのであろうか。
(ユァンラオ)
「200mils後退だとさ。どうする?」
そんな時、ロケット弾の激しい爆風に曝されていたはずのユァンラオが、自分の顎に生え揃った武将髭を擦りながら、全く平然とした口調で問いかけた。
彼が問いかけたその相手とは、彼と同じ窮地に追い込まれた一人の女性であり、彼等の周囲を包み込んだ土煙で全くその姿を確認することは出来なかったのだが、彼の中では「おそらく生き延びているであろう」という予測の元に発せられた言葉だった。
(ジャネット)
「そんな面倒なこと、パスに決まってるじゃない。いつも自分から軍規を破るくせに、つまらないこと聞かないでよ。」
抹茶色の癖毛を覆い隠したヘルメットを脱ぎ去り、煩わしい物全てを振りほどくかのように首を左右に振ったジャネットが、吐き捨てるようにユァンラオに言葉を返した。
搭乗したDQアカイナンを操作する素振りも見せず。
迫り来る帝国軍の圧力に慌てふためくことも無く。
彼女は次第に薄ぼんやりと渓谷内の景色を滲ませ始めたTRPスクリーンを見つめていた。
カチューシャから放たれた大量のロケット弾の爆風にも。
そして、突撃戦車部隊の砲撃にも当たらなかった。
私は運が良いのだろうか・・・?
いいえ。きっと・・・。運が悪いんでしょうね・・・。
少しだけ俯いて両目を閉じた彼女の行動は、戦場の最前線においてはまさに自殺行為である。
それで居ながらにして、彼女の命が今も尚、彼女の体と共にあるということは、悪戯好きな悪魔が彼女に「生きる事の苦しみ」を与えたいが為の振る舞いなのだろうか。
彼女は突然、何かを思い立ったように顔を上げると、鋭く見据えた瞳の奥に激しい思いを乗せて表情を強張らせた。
(ジャネット)
「どうせ私達だけでやれってことでしょ。いいわ。やりましょう。突撃するわよユァンラオ。ついてくる?」
彼女の心の中には恐怖心は無かった。
無機質な通信機から流れ来る彼女の声から察することは出来ないのだが、恐らく今の彼女を包み込んでいる感情は、「激しい怒り」と「激しい憎しみ」以外の何者でもない。
しかし、そんなことは彼女自身、既に解っていたことであり、この時彼女は、こんな愚かな振る舞いを見せる自分自身を、心の中で冷たく笑い飛ばすのだ。
そしてジャネットは、たまたま居合わせた部隊メンバーに対し、あり得ない提案を持って手招きするように危険な誘いをかけると、思いっきり踏み込んだフットペダルを通して、自らの抱いた破裂せんばかりに淀んだ思いを、アカイナンの後部バーニヤにのせて吹き曝した。
(メディアス)
「ジャネット!!止まりな!!聞こえないのかいジャネット!!何をしているユァンラオ!!ジャネットを止めるんだよ!!」
(ユァンラオ)
「ふっ。そいつは無理だな。俺も行くからな。」
そんな無謀ともいえる「特攻」を開始したジャネットに、驚いたような表情で怒鳴り声を上げたメディアスだったが、勿論、ユァンラオもこの女隊長の指示に従うつもりは無かった。
ユァンラオは、戦闘用ゴーグルをゆっくりと装着すると、自分の搭乗するリベーダー2の強烈なバーニヤ群を吹き上がらせながら、怪しげな笑みと共に小さく呟いて見せる。
(ユァンラオ)
「面白い女だ。くっくっく・・・。」
圧倒的大多数の敵を目の前に、無謀な猪突を繰り出して生き延びられるはずも無い。
それは何も知らない子供ですら、簡単に理解できる程の馬鹿げた行為であることは確かである。
しかし、彼は不敵な笑みを絶やさないまま、身の毛もよだつ殺戮の渦中を目指し、彼女の後を追う様にリベーダー2を駆り出したのだった。