01-05:○ルーキー[3]
第一話:「ルーキー」
section05「ルーキー」
(サックス)
「エリアに侵入してきたぜ。どうする?」
(マース)
「様子を見よう。まだ相手の実力もわかっていないからな。」
少しばかり弱気モードのマースは、ものすごい速度でPoint99に進入してくるセニフを、サーチレーダー越しに眺めながら作戦を練り立てていた。
彼等のチーム「ウエッジバスター」は現在3機すべてが生き残っており、数の上ではチームTomboyと対等であると言える。
しかし、数の上で対等と言っても彼等には豊富な実戦経験があり、セニフ達Tomboyの実力とは雲泥の差が存在するはずである。
・・・と、思っているのは「ウエッジバスター」の面々だけであって、この直後、彼等は彼女達の戦いぶりに度肝を抜かれることとなるのだが、とりあえずその事実は置いておくことにする。
彼等のチーム編成はTomboyと同じで、スナイパーが1機と近接戦用DQが2機。
このスナイパーは一番最初にセニフに砲撃を行った奴であり、ある意味可哀想な事に、ジャネットの見えぬ敵意に晒された標的だ。
このパイロットは、ウエッジバスターの中でも、唯一実戦経験のない「ジェイ・ブラウン」である。
性格的にはかなり強気で方で、口悪い言動を繰り返す反面、内心的にはとても臆病であり、何故彼がこのようなDQA大会に参加しているか、疑問を持ってしまうほど、戦闘に向いていない人物だ。
どちらかと言えば、窓際のワークデスクに座って、毎日毎日同じような仕事を繰り返しているような単純作業の方が、性に似合っていると言えば似合っている方であろうか。
そんな彼は、初心者の溜まり場に渦巻く異様な雰囲気に呑まれてしまったのか、突然、己の臆病風を無理やりに押し込めようと、思いもよらない行動を起こしてしまう。
相手に自分の存在を晒してはいけないはずのスナイパーが、大きく盛り上がった高台に姿を表すと、猛然と突っ込んでくるセニフに向けて、中距離仕様110mmロングキャノンを発射したのだ。
無論、先ほどの攻撃により、セニフの脳裏にはスナイパーの存在が植え付けられているため、たとえ相手の位置が不特定であったとしても、十分相手の照準センサーの気配を察してから避ける事は可能なのだ。
そして案の定、彼の放った弾丸が、パングラードの機体を直撃することは無い。
大きく舌打ちをして見せながら、再びロングレンジスコープ上で、セニフ機をしつこく追い回すジェイが、躍起になって110mm砲のトリガーを引きまくるのだが、彼女に体よくかわされてしまった複数の弾丸が、遠く在らぬところへと着弾し、無意味な爆発を奏で出すだけである。
(サックス)
「ジェイ!!やめろ!!弾丸の無駄だ!!」
見かねたサックスが叫ぶ。
(マース)
「ちっ!!」
せっかくチームウェッジバスターの一員として雇ってやったものの、チームにとってプラスになるどころか、マイナスにしかならないような奴とは・・・。
いくらスナイパーを必要としていたからとはいえ、チームオーナーも思い切った買い物をしたものだ・・・。
(サックス)
「あんな奴放って置こうぜ。馬鹿は死ねって事だぜ。」
(マース)
「サックス。大会はあと4日もあるんだぞ。それまで2機でつなげると思うか?パングラードが通過する地点まで移動して、通り過ぎ際に不意打ちをかけるぞ。」
使えない助っ人に対して、小首を傾げながらの、ため息連発することしか出来ないマースも、内心ではサックスと同じような思いを抱いていたのかもしれないが、残りの大会期間を考慮すれば、こんな馬鹿なパイロットでさえ、簡単に見捨てることは出来ない。
サックスは、マースの言葉に納得しながらも、小さく舌打ちすると、仕方なしとホールスネーク向きの戦闘Pointを放棄して移動を開始する。
あの鈍重パングラードが、ジェイのいるpointを目指すのであれば、必ずハイウェイを使用しなければならないはずだ。
となれば、その周回軌道上に待ち伏せる俺達が先手を取って、この小うるさい蝿を撃ち落してしまえばいい。
マースはホールスネーク機体両腰に取り付けられている、サーチシステム阻害用のFTPフィールドを機体周囲に散布し始めると、ホールスネークに常備された「SreGG-20mmナッチャー」に、弾丸を自動装填するためのボタンを押した。
FTP阻害粒子は、相手サーチシステムを妨害する効果が得られる兵器で、空気よりも若干重たく、拡散性の高い粒子のために、高速移動時にはあまり意味が無い。
その上、フィールド濃度をあまり色濃く展開してしまうと、自機のサーチシステムにも影響を及ぼしてしまうという代物である。
しかし、自機のサーチシステム送受信装置をアンテナのように、フィールド外に伸ばす事によって、自分だけが「見つかり難い」状況を作り出すことができるため、拠点防衛時や、潜伏行動を取るような場面では、非常に重宝される兵器の一つだ。
マースの作戦としては、FTP粒子の拡散と共に出撃、隠蔽行動と共に物陰に身を潜めて、通り過ぎるセニフを横から、不意打ちにしようと言う算段であった。
マースは性格的に言うとアリミアと同じようなタイプで、どんな状況に置かれてもしっかり作戦を立て、理論的に行動する。
作戦を練る段階で自分の世界に入りこみすぎて、周りがまったく見えなくなるのが玉に瑕だが、それでも実戦経験を活かした論理的な作戦はトゥアム陸軍時代に定評があった。
実戦経験はトゥアム陸軍サルフマルティアで5年傭兵をした経験がある。
「ザ・ザ・ザザザァ!!ピーィィィ」
ゆっくりと、相手に気付かれないように持ち場に着き始めた、ウェッジバスターの2人の目の前には、何の気兼ねも無く快走してくる馬鹿なDQが一機、今も変わらずこちらへと迫ってくる。
しかし、なにやら不快な何処か遠くの方で鳴り響いているような雑音が、不思議と妙に気に触る。
何かがおかしい・・・?
FTPフィールド特有のスクラップ音のようだが、自分の展開したフィールドに干渉されている訳でもなさそうだ。
何処か遠くの方か・・・。
マースは不思議そうな表情のまま、サーチレーダーをまじまじと見つめ、セニフの動きを再度観察するのだが、特に何も不審な点は見当たらない。
・・・と、その時、何気なく視線を向けたジェイの機体反応が、いつもより遅い間隔で点滅しているのに気が付いた。
その点滅間隔は不安定で、時々10m前後でずれ込んでいる。
(マース)
「し・・・しまったぁ!!」
マースとしては珍しく大声を張り上げてしまった。
これほど少ない情報で真実を見極めたのはすばらしいことだが、今の彼にはどうする事もできない。
レーダー上の反応はもうすでにジェイのものではなく、恐らくジェイをやった者の機体反応である。
チーム詳細情報は直接アタックチームに伝達される事はないので、この時点でジェイが何者にやられたのかはわからない。
(サックス)
「ジェイのブリッツがやられた!!」
(マース)
「ちっ!!ゴミ稼ぎのハンターか?なめやがって!!」
彼等にはこの時、ジェイがTomboyにやられたのだと言う認識はない。
どこの馬の骨ともいえぬ新人チームが、拡散遊撃戦術を用いる例は少なく、大抵は一丸行動をとる事が多いからである。
しかし、しつこいようであるが、このチームTomboyには常識は存在しない。
彼を始末したのは、先ほどからこのスナイパーを狙って、単独行動をとっていたチームTomboyのジャネットである。
彼女の本名は「ジャネット・クライス・ホスノー」で、23歳になったばかりの女性だ。チームTomboy内では一番とされるその長身に、少しのコンプレックスを抱いてはいるものの、その誰しも羨むような妖艶な体つきに、愛くるしい笑顔が特徴的な、やさしいお姉さんだ。
抹茶色の癖毛を右手で掻き上げ、「意気揚揚」と言うよりは、かなり「ルンルン」気分で突撃を開始したジャネットは、完全にジェイの死角を突いていた。
ロングレンジサーチャーというものは、サーチ距離伸ばすため一方向にサーチ機能を集中しなければならならず、広域サーチ可能な最新鋭サーチレーダーでも搭載していなければ、自機の周囲全ての索敵を補完することは難しいことだ。
元々、接近戦を想定して設計されたわけでもないスナイパー機体である。
スナイパーが「見つかったら終わり」と言われ続けるのは、こういった状況に陥る事が多いからなのである。
せめて、相手に発見されたと感じた時点で即座に隠蔽行動を取り、再度、相手の死角へと身を潜めて次なる攻撃の機会を伺うべきところなのだが、ジェイのとった行動と言えば前述の通りである。
ジャネットの張ったFTPフィールドが拡散しきったのは、ジェイの元へとたどり着く少し前のことで、いかに反応の鈍いスナイパーであっても、容易にジャネットを発見できる時間が有ったはずだ。
この時、ジェイとジャネットとの距離は3kmils。
ジャネット機「ラプセル」が全速で飛ばしても1分はかかると言う地点である。
ジャネットは、相手スナイパーの狙撃から逃れるため、自分の位置を捕らえられても問題ないように、細い小路地へにでかい図体のラプセルを乗せ、周囲に残された街灯や電柱を吹き散らしながらDQをかっ飛ばしていた。
しかし、そんな彼女の思惑とは裏腹に、まったく相手スナイパーは、彼女の存在に気が付いてくれなかったのである。
(ジャネット)
「もう気づいても遅いからね。」
ジャネットは一つ、小さな溜息をつきながら、かわいい声でつぶやきを入れると、その可愛らしさとは不似合いな、大胆な行動へと移った。
ラプセルは鈍重型DQであるが、機体素材は軽く頑丈なセラミックを使用しているため、従来の「ラプセル」より1.2倍の速度が出せる。
その上多重動力炉が用いられており、理論上かなりのパワーを引き出せる計算だ。
ジャネットは抹茶色の癖毛を右手でかきあげる仕草を見せた後に、ラプセルの両手首マニュピレータをワームオーバル(腕の中)に格納すると、機体の出力を一気に最大限まで引き上げる。
(ジェイ)
「なんだ?このサーチャーの共鳴は。」
この時点でもジェイは、ジャネットの接近に気づいていない。
距離的に30秒有れば格闘戦に入れると言う位置にあってもだ。
たった一機で突っ込んでくるパイロットを、有しているチームを相手にするのであれば、他の2機に関しては、別のところで密かにこちらを攻撃するタイミングを伺っていると、考えるべきであろう。
しかし、そんな思考を張り巡らすでもなく、目の前の獲物ばかりに気を取られてしまったジェイには、この直後に死神の天罰が下ることとなる。
ドガシャーン!
ジェイがこの破壊兵器の接近に初めて気づいたのは、戦闘不能とも言えるラプセルの右フックを貰ってしまった後の事である。
その強烈なパンチは、4本足で立つブリッツの体勢を、崩すために放たれた一撃であったのだが、根部分を叩きつけられたブリッツの左前足は、意図も簡単に根元から引きちぎられてしまう。
まもなくして、ブリッツはヨロヨロとその大きな図体を傾けて行くのだが、更にジャネットは、それも許さない。
(ジャネット)
「はぁーぃ!!も一発!!。」
ラプセルの第二撃目は、ブリッツ前面に押出ているサーチセンサー部分へと叩きつけられる。
ラプセルの機体全体重を乗せて放たれたその衝撃はかなりのもので、正面からの受けた一撃であるにもかかわらず、最初に火花を飛び散らしたのは、後部テスラポット接続部分である。
ついでブリッツの主骨格ともいえるセンターシャフトはよじれ、前後に長いブリッツの機体は、無残にも耳障りな金属音と共に、自重に耐え切れなくなった中心部分を発端として、折れ曲がってしまった。
(ジャネット)
「Point105、オッケー!!」
仕出かした恐ろしいほどまでの破壊っぷりにそぐわぬ黄色い声で、勝利報告をしたジャネットは、抹茶色の髪の毛を振り直しながら、ニッコリと微笑んでみせる。
普段から優しく、おしとやかな性格の持ち主である彼女は、ほとんど、相手に対して負的感情をぶつけることは無いのだが、この時ばかりは「女だからって舐めてんじゃないわよ!」的な感情が、彼女の心をくすぐってしまったのかもしれない。