04-05:○ディップ・メイサ・クロー[4]
第四話:「涙の理由+」
section05「ディップ・メイサ・クロー」
真っ白な霧に包まれた幻想的の世界の中で、物凄いスピードで風を切り裂く音だけが、彼女の元へと届けられる。
完全に外界との接触を断ち切ったコクピット内部では、自由落下が作り出す一時的無重力状態に煽られた赤い髪の毛が、ゆったりと彼女の目の前で綺麗な舞を披露していた。
そしてやがて、TRPスクリーン一面を覆い尽くしていた白い靄が、一瞬にして晴れ渡ると、彼女の目の前に新緑の絨毯が広がる新世界が姿を現した。
が、しかし・・・。次第にその落下速度を増していく機体の中にあり、見晴らしの良い綺麗な世界を全く堪能する暇も与えられなかった彼女は、すぐさま地上から立ち上った真っ白な噴煙の中へと消え去る事となる。
そして、再び前も後ろも、右も左も解らない状況下で、地表付近が迫り来る事を知らせる高度計だけが、猛り狂ったように数値を滑り落としていくのだ。
(セニフ)
「そろそろ・・・く・・・ぅ!!」
降下用グライダーは降下システムによって適時動作するよう、完全に自動化されているため、パイロット自身の操作ミスによる、墜落事故などが発生するようなことは無い。
しかしそれは、一瞬とは言え強烈な逆噴射を伴って降下速度を落とす装置のため、パイロットは不意に襲い掛かる激しいGに耐えなければならないのだ。
手元でカウントダウンを始めたシグナルを横目で気にしながらも、セニフはどこか、階段を上っている時に「有るはずも無い最後の一段」を空踏みしたような、感覚と現実のギャップに悶えながら、ついには、猛烈な爆音と共に襲い掛かる衝撃に押し潰された。
グヴァァァァァ!!
DQの背中に背負わされたグライダー装置を下に向け、巨大な人工樹木達の枝葉を突き破るようにして、地表付近へと舞い降りた鋼鉄の戦士達は、やがて完全に落下速度が打ち消されると、ゆっくりとホバー静止状態のまま両足で大地を踏みしめた。
(バーンス)
「グラント隊降・・・完了。・・・ラス。ロイ。・・・が切れる前に・・・ザザッ・・・ダイブするぞ。」
(カルラス)
「・・・解。」
(ハインハートル)
「アパッチ降下完了。即座にグライダーを除装し、サーチャーで周囲を索敵を開始しろ。セニフは2:00方向、ルワシーは10:00方向だ。」
厳しい訓練の甲斐もあってか、流れるように手際の良い、降下作業を見せたネニファインメンバー達は、背負ったグライダーを即座に除装すると、一斉に周辺状況を確認するためにサーチシステムを起動し始める。
彼等が降下した地点周域は、巨大な人工樹木が織り成す深い森のど真ん中であり、真昼間ながら天候が悪いこともあって、どこか少し薄暗いじめじめとした雰囲気の樹海内であった。
巨大な人型兵器DQに搭乗しているにも関わらず、大きく見上げなければならないほどに成長した人工樹木達が取り囲む世界は、意外にも地形的にそれほど凹凸が激しいわけでもなく、樹木達の根が邪魔する以外には、比較的行動しやすい地形のようだ。
(ワイハーン)
「ザザ・・・。・・・・・・戦・・・。ズザッ・・・。」
(ルワシー)
「なんだぁ。視界がわりぃだけじゃねぇな。かなりフィールド濃度が濃いぜここぁ。一体どうやって戦闘しろっつんだ?」
先ほどから断続的に繰り返されていた支援砲撃の白煙が、静かな空気の流れに乗ってゆっくりとズレ動いていく様を見つめながら、余りの通信状況の悪さにボヤキを入れたルワシーは、更にサーチシステムの感度を調整してみるのだが、これもまた頗る反応が鈍い。
どうやら風の流れの弱いディップ・メイサ崖上には、大量の阻害粒子が滞留しているようで、最新鋭のサーチシステムを持ってしても、少し離れた地点へと降下した味方部隊の反応すら、覚束ない点滅を繰り返しているだけだった。
(セニフ)
「・・・つっ・・・。・・・いてて・・・。」
周囲の部隊メンバー達が、さっさと戦闘準備を整え始めている最中にありながらも、セニフは一人だけ、未だにグライダー除装すら終えていない有様だった。
ふわふわとした気持ち悪い感覚のまま着地体勢を迎えたセニフは、ホバー状態から機体を立て直す作業時に少しバランスを崩してしまい、情けなくも近くに聳え立った巨大な木の幹へと機体を衝突させてしまっていたのだ。
セニフは研修訓練の時にも、余り降下作業は得意な方では無かったのだが、それでも今の彼女には、決して及第点など与えられるはずも無い。
(セニフ)
「う・・・。グ・・・グライダーが外れないよぉ・・・。」
(ルワシー)
「馬鹿やってんじゃねぇ!!セニフ!!動けんなら木に引っ掛けてでも無理やり外せ!!」
しかも、セニフが幾らグライダーを除装するコマンドを打ち込もうとも、一向に背中に取り付けられたストッパーが外れる気配は無く、もうすでに役目を終えたはずの降下システムが、図々しくも機能エラーのシグナルを返すばかりであった。
恐らくは先ほどの衝突によって、何かしら機体のトラブルが発生したのだろうと考えられるが、勿論、巨大な降下グライダーを背負ったまま戦闘に突入できるはずも無く、セニフはヘッドホンから聞こえて来るルワシーの怒声にも気がつかない様子で、執拗に除装コマンドを連打していた。
何で・・・?なんかおかしいよ・・・。何で外れないの??
何でこんなにいつも通りじゃないの??
グライダーつけたまま戦闘しろっていうの?
無理だよそんなの・・・。外れてよ・・・。お願いだから外れて・・・。
焦れば焦るほどにうまくいかず、慌てれば慌てるほどに目指す目的地からは遠く離れてしまう。
少しばかりいつもとは違った気持ちで迎えた初陣に、追い討ちをかけるかのような陰湿な出来事が、彼女の思考から冷静さを奪い取っていく。
そして、パイロットスーツの中に篭った気持ちの悪い汗の雫が、セニフの背筋にゾクゾクとした悪寒を与え始めた時、突然ヘッドホンを通してアパッチ隊隊長のハインの怒鳴り声が鳴り響いた。
(ハインハートル)
「動くなセニフ!!」
ドゴン!ドゴン!ドゴン!ドゴン!ドゴン!
(セニフ)
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
悪い夢から一瞬に目を覚ました時のような驚きを持ってして、現実世界で彼女を襲った猛烈な爆風の嵐に、セニフは甲高い叫び声を挙げてしまった。
そして、その後も断続的に続けられたその爆風は、薄暗い樹海内に激しい閃光と爆音を撒き散らし、彼女に周囲の状況を確認する暇さえ与えてはくれない。
一体、どちらが夢で、どちらが現実なのだろうか。
いや、どちらがどちらであったとしても、
それは変わりなく最悪の事象だったのかもしれない。
「・・・がやられた!!」
「・・・ザザザァーー・・・。」
「・・・害状況・・・メイサ上に・・・。」
「・・・事か!?・・・にこれじ・・・。」
(ホアン)
「バーンス!!・・・サザッ・・・。・・・からの砲・・・。」
(ユァンラオ)
「・・・イハーンも・・・な・・・。」
全く何が起きたのか理解できない状況にありながらも、耳元に届けられる味方の通信内容には慌しい怒声が混じり込んでいる。
セニフはどこか、心の叫びと体の動きが乖離したような、浮遊感に煽られていたが、やがて耳元に残り続ける「キーン」という音の響きが、次第に二人の彼女を混じり合わせていった。
そして、思わず驚いたようにハッと我に返ったセニフは、即座にトゥマルクのメインシステムを戦闘モードへと切り替えながら、サーチシステムの起動を促すと、TRPスクリーン越しに、激しい爆風が舞い上げた粉塵が漂う世界を見渡し、必死に周囲の状況を確認し始めた。
(ハインハートル)
「セニフ。大丈夫か。」
(セニフ)
「・・・。うん・・・。・・・大丈夫みたい。ほとんど機体ダメージもないし。」
ハインの問いかけに、ようやく普段通りの自分を取り戻したような返事を返したセニフは、彼女の直ぐ脇に聳え立つ巨大な木の幹を見上げながら、大きく一つ息を吐き出した。
先ほど彼女達に襲い掛かってきた猛烈な砲撃の嵐は、かなりの広範囲に渡って撒き散らされたようであったが、幸運にも先ほど衝突してしまった巨大な木の幹が盾となり、彼女はほとんど被害を被ることなくやり過ごすことが出来たのだった。
しかし、過酷な戦場において、そんな幸運の恩恵に与れる者が、一体どれほどいるというのだろうか。
彼女にとってもそれは、ほんの些細な出来事が齎した結果であって、その後も幸運の女神が彼女に微笑んでくれる保証はどこにも無いのだ。
そして、今回、彼等の仲間達の中には、不運にも猛烈な殺意の波動に飲まれ、儚い命の灯火をかき消した者達がいた。
(バーンス)
「メディアス。渓谷内ディフェンダーが2人やられた。メイサ・ライトの状況如何で、渓谷内守備隊に回ってくれ。4機だけじゃ敵の圧力を抑えきれない可能性が高い。」
(メディアス)
「了解。・・・ンス。・・・は誰・・・。・・・況なら渓谷内に突・・・。」
(バーンス)
「ジャネットとユァンラオはグラント隊に編入。敵の状況を確認できたら渓谷内へと突入するぞ。」
(ジャネット)
「待ってられないわ。先に行くよ。」
本来、メイサ上へと降下した直後に、すぐさま渓谷内へと突入を開始する予定だった、フロア隊とグラント隊のメンバー達だったが、予期せぬ帝国軍の攻撃により、フロア隊の「ワイハーン・カリカニス」と、グラント隊の「カルラス・ダグラス」両名を、あっさりと失う事となってしまった。
只でさえ大部隊である帝国軍南進部隊を前にして、圧倒的劣勢状態であるネニファイン部隊としては、たった二人を失っただけと言えども、かなりの痛手を被ってしまった事には違いない。
しかも、悠々自適にメイサ上から撃ち下ろそうと目論んでいた作戦も、待ち伏せしていた帝国軍部隊によって、白紙に戻りそうな勢いである。
過酷な状況へと追い込まれてしまったネニファイン部隊は、果たして味方の援軍が到着するまでの間、帝国軍の南進を食い止める事が出来るのだろうか。
そんな不安感が彼等の脳裏を過ぎり始めていたが、その後、彼等の頭上へと降り注いだ事実とは、そんな生易しいものではなかった。