04-03:○ディップ・メイサ・クロー[2]
第四話:「涙の理由+」
section03「ディップ・メイサ・クロー」
(サルムザーク)
「あーあー。新設部隊のネニファイン所属のパイロット諸君。作戦開始直前にどうも初めまして。私がネニファイン部隊隊長のサルムザーク陸等三佐だ。」
「ディップ・メイサ・クロー作戦」開始まで、残り5分を切った頃であろうか、ネニファイン部隊を輸送する大型輸送機「ファントム」と「メリアドール」の艦内に、突然、一人の若い男の声が響き渡った。
作戦開始直前だったこともあり、艦内の作業員やDQパイロット達は、忙しく準備作業に追われていたのだが、彼等としても「初めて」耳にする部隊長の声に、少し驚いたような表情で手を止めて、この流れ来る声に聞き入ってしまった。
それもそのはず、彼等ネニファイン部隊のメンバー達は、部隊発足から2週間が経とうと言うのに、未だ自分達を統率すべき、この「若い士官」の姿を見た者はいなかったのだ。
部隊研修中の指導や詳細報告、作戦会議など、彼等に対して指示を出していたのは、全てカース作戦軍曹であり、部隊内のメンバー達の間では、ほとんど噂だけの存在になりかけていた人物だったのだ。
そんな彼が、今更ながらに姿を現した理由とは、ディップ・メイサ・クロー作戦を開始するに当たり、部隊メンバー達の士気を高めるための大演説でもぶちかますつもりなのだろうか・・・。
誰しもがそう「ありきたりな」予想を思い描いたであろうが、そんな彼等の思いを一掃するように、彼は淡々と言葉を続けた。
(サルムザーク)
「本来であればもう少し早く諸君等の前に姿を現すべきだったのだが、カース作戦軍曹が余りにも優秀すぎた為に、私の出る幕は全く無かったのだ。・・・という事にしておいてくれ。今回の作戦任務についても、散々カースから聞かされたであろうから、改めてもう一度説明するような野暮な事はしない。所詮、一握りの俗物高官達が熱弁を振るった上で民衆を扇動し、自分達の手を汚すことなく、自らの野望と理想を達成しよう等と言う、汚物まみれの争いなど、正義でもなんでもない。そんな腐りきった醜い殺し合いを前にして、諸君等の士気を煽り立てるために、いくら鎮撫な演説を披露したところで、何の意味も無いだろう。もっとも、高い志も強い愛国心も持ち合わせていない諸君等には、何を言ったところで効果が薄いことは目に見えているがな。」
(カース)
「さ・・・!三佐!!」
突然、何を言い出すのだとばかりに、驚いた様な表情で声を張り上げてしまったのはカース作戦軍曹である。
実のところ、ネニファイン部隊の初陣に際し、部隊長として、兵士達に何か一言言葉をかけて欲しいと頼んだのはカース本人である。
しかし、彼女もまさかサルムが突然こんな演説を、ぶちまけ始めるとは思ってもいなかったのだろう。
全艦内放送に切り替わっている事も忘れ、マイクの後ろからサルムを必死に止めようとする彼女の声が流れ響いてしまった。
(サルムザーク)
「言うなれば、諸君等は共和国政府ならびに、私も含む軍上層部に、いいように使われるためだけに集められた捨て駒のような存在だ。諸君等の中にはトゥアム共和国軍の正規軍人もいるが、決して自分達の身を削る事もしない低俗な人間共に操られ、望みもしない過酷な死地へと放り込まれる運命なのだ。」
(カース)
「駄目です!!やめてください!!三佐!!」
もはや彼の放つその言葉は、これから命を賭して戦う戦士達に投げかけるような言葉でも、部隊長として部下達に投げかけるような言葉でもなく、単に彼等の神経を逆なでするような暴言に他ならない。
部隊を統率する立場の人間として、少しは部下達の事を慮った、有益な言葉を投げかけようとは思わなかったのだろうか・・・。
ざわざわと異様な気配に包まれ始めた輸送機艦内において、恐らく彼の部下達は、呆気に取られた表情で、この彼の演説を聞いていたに違いない。
一体、彼は何がしたいのであろうか。
(サルムザーク)
「諸君等は、そんな奴等の腐った思想の為に、必死な思いで戦場を駆けずり回る覚悟は出来たのか?それとも、そんな覚悟すら無く、生死を賭した戦場へと身を投じようというのか?悪戯な虚言に導かれて、偶像たる信念を胸に、必死に生きようとする思いを決して否定する気もないが、腐りきった正義で人々の心を煽り立てるだけの奴等の為に、諸君等が無為に命を投げ出すことは無い。そこには、彼等・・・。」
(カース)
「三佐!!時間です!!時間!!」
彼女にはもう、それ以外の方法で彼を止めることは出来なかったのだろう。
どうにか彼を止めたい一心で放った彼女の言葉が「時間です」。
研修中においても一際厳しさの目立った「鬼軍曹」が、ネニファイン部隊メンバー全員が聞く艦内放送の中で、まるで夫婦漫才のようなやり取りを披露してしまったのだ。
これには、DQパイロット、通信オペレーター共々、ほぼ全員が爆笑してしまったに違いない。
そして、ようやくカースの抑止に従うように、しぶしぶと小さく舌打ちをかましたサルムは、仕方無さそうに最後に言いたかった本音の部分を吐き出した。
(サルムザーク)
「かくいう私もそんな俗物高官の一員だ。己の思いを馳せる為に、自らの地位と名誉を求めて、諸君等を利用せんとする悲しき亡者の一人だ。しかしそれは、諸君等とて同じこと。この私を利用できる者は好きなだけ利用するがいい。トゥアム共和国軍兵士である前に、一人の人間として。諸君等が抱く思いを叶える為に、自分が欲するものを手に入れるために、必死になって戦え。勿論、そのための環境は出来るだけ整えてやる。以上だ。」
はっきりとした口調で。心に一点の曇りも無く言い切った彼の演説は、勿論、人によっては好き嫌い意見が分かれてしまうだろうが、それでも、ここまではっきりと言い切られた方が、かえって気が楽なものである。
自らの野望を叶える為に、ていのいい正義感溢れた言い訳に包まれた思想を、与えられた権力という威光に任せて強要するような腐った輩達とは違い、彼はたった一人の人間としての考え方を、堂々と示して見せたのだ。
軍隊における上司と部下という立場の違いはあれども、自分が求めるもののために、必死に生きていかねばならない立場にあるという点においては、彼等の間に何ら少しも違いは無い。
どんなに高等な身分のものであっても、どんなに低俗な人間であっても、抱く願いに重さは無いのだ。
彼等は皆、戦争と言う政治的交渉の末期的状況に立たされ、命を賭して戦わなければならないという悲しき運命を背負わされた兵士達。
たとえお互いに目指すものが違うのだとしても、共に手を取り合って協力し合わなければならない、密接に絡み合った利害関係者なのだ。
媚びることも無く、諂う事もしない強気な態度の部隊長だが、その彼の示した真意に対して、激しい不快感を表したものは誰一人としていなかった。
(バーンス)
「こんな馬鹿とは思っていなかったが、息がしやすくいて良いよな。」
(ルワシー)
「そりゃぁ。威張り倒すだけのあのババァよりゃマシだろ。」
(メディアス)
「あんたら二人。呑気なもんだね。結局私等の首根っこ捕まえてるのはあの子だよ。まぁ嫌いじゃないんだけどさ。ああいう子。」
(ミゼット)
「要は自分のやりたい様にやれって事だろ?言われなくたってそのつもりさ。」
もし、サルムのこの行動に対して、激しい不快感を示す者がいるとすれば、それは、司令室内で厳しい形相のまま冷たい視線を部隊長に突き刺している、カース作戦軍曹ぐらいであろう。
全く悪びれた様子も無く部隊長席へと腰を掛け、両足を投げ出すようにだらしなく寝そべった上司の姿に、彼女はプルプルと右手を震わせながら、必死に込み上げる怒りに耐えていた。
本来であれば、即座に思いっきり彼を怒鳴りつけたところなのだが、先ほど彼女が述べた通り、もはやそんな時間は少しも残されていなかったのだ。
「ディップ・メイサ・クロー作戦」発動まであと少し・・・。
(チャンペル)
「リプトンサム部隊からの降下支援砲撃を確認。予定飛行ルート上に着弾するまでの予測時間は10秒。」
(カース)
「ファントム!メリアドール!各機共に降下ゲートオープン!これよりディップ・メイサ・クロウ作戦を開始する!各部隊パイロットは直ちに降下作戦を開始せよ!」
未だ冷めやらぬ怒気をそのままに、大声を張り上げたカースの指示と共に、遂にトゥアム共和国とセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国との、過酷な戦いの火蓋が切って落とされた。
不意に騒然とした空気が漂い始めた輸送機内では、慌しく作業員達が走り回り、逐一送られてくる通信オペレーター達の戦況報告が乱れ飛ぶ。
そして、ゆっくりと大きなメインハッチを開き始めた輸送機格納庫内に、激しい乱気流の渦が舞い込んできた。
(メディアス)
「キャリオン降下開始。」
(バーンス)
「グラント降下する。続けよ。」
真っ白な霧の世界に包まれた外界から差し込んだ強い光に晒されて、思わず目を逸らしそうになる眩さに耐えながらも、
セニフは即座に装着したグライダーと降下モードに切り替えた制御システムの展開を始めた。
研修中に何度と無くこなしてきた降下作業とはいえ、いくらやっても降下時直前の緊張度が弱まることは無い。
セニフは後方カメラに映し出された4機のDQの姿をじっと見つめながら、何れは彼女の元へと訪れてしまう「気持ち悪い瞬間」を前に、高鳴る鼓動を抑えきれなかった。
この降下グライダーは、単に強烈なバーニヤ噴射が可能だと言うだけの代物であり、地表付近に近づくと、一気に逆噴射によって降下速度を落とす仕組みのものである。
この降下グライダーを使用した高高度降下は、DQの重心位置を制御するセンターボールが開発されるまでは、実用化さえされなかった危険な手法であり、幾ら科学の進歩によりその安全性が飛躍的に高まったからとはいえ、元々空を飛ぶように設計されていない鉄の塊に乗って、大空の彼方へとその身を放り出されるのである。
全く少しも恐怖感を感じない人間など、いやしないであろう。
(ハインハートル)
「アパッチ隊降下開始。セニフ。ルワシー。行くぞ。」
(セニフ)
「り・・・りょう・・・かい。」
やがて、ゆっくりと鈍い音を立てて固定アームが解除されると、射出レールに沿って先頭のDQから順番に格納庫を滑り始める。
アパッチ隊小隊長のハインの合図に、なんとも情けない返事を返してしまったセニフは、ギュッと操縦桿を強く握り締めると、全身を強張らせたまま次なる瞬間をじっと待つ。
そして、短いようで長いその恐怖の時間帯が過ぎ去ると、格納庫の外へと放り出された鉄の塊の中で、体の底から内臓をら持ち上げられるような不快感に襲われたまま、一気に地表目掛けてまっ逆さまに突き落ちていくのだ。
(ワイハーン)
「ジャネット!!何してる!!タイムオーバーだぞ!!早く出せ!!」
(ジャネット)
「・・・。」
と、それまで、途切れることなく順番に降下していったネニファイン部隊だが、あと2機を残した時点で、何故か輸送機からの機体射出が止まってしまった。
大型輸送機メリアドールの格納庫内部に居座ったまま、小隊長の怒声にすら何の反応も見せずに、悠々と軍規違反であるコクピット内での喫煙を嗜む女性が一人。
これから始まる戦闘への高揚感を押さえつけるためなのかどうかは解らないが、厚く塗られた真っ赤な口紅の上からタバコを銜えた彼女は、両目を瞑ったままゆっくりと煙を吸い込んだ。
(ワイハーン)
「ジャネット!!」
(ジャネット)
「聞こえてるよ。」
再びぶつけられた小隊長の怒声に合わせて、苛立ったような返事を返した彼女は、大量の煙を吹き散らしながら、右手操縦桿の脇に備え付けた小さな真空灰皿の中にタバコを放り投げる。
そして、どこか遠くを見つめるような目線のまま、ようやく制御システムを展開して固定アームの解除を促した。
見開いた瞳の奥に真っ黒な炎を宿したままに、彼女が小さく呟く。
(ジャネット)
「要は帝国の連中を皆殺しにすれば良いんでしょ。簡単じゃないの。」