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Loyal Tomboy  作者: EN
第三話「作れば壊れる自然の原理」
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03-10:○双星はねじれの位置[1]

第三話:「作れば壊れる自然の原理」

section10「双星はねじれの位置」


トゥアム共和国の東部に位置する隣国「アブキーラ連邦バウテア」。


そのバウテアとの国境から約150kmils付近の平野地帯にある小さな町が「セロコヤーン」だ。


そこは「トゥアム共和国」「リバルザイナ共和国」「アブキーラ連邦」の、三国を分け隔てる「ベラ山脈」のふもとにあたり、ムーンスローヴ大陸東部の2大河「ローア川」と「クリシチア川」の始流となる、綺麗な大自然に包まれた心地のよい高地にある。


元々周囲を険しい山々に囲まれたこの地域は、昔から人々の生活圏とは縁遠く、特異な人工樹木達とはどこか違った、気品溢れる思い深い緑色に包まれているのが特徴的だ。


現在も尚、保護区に指定されてた地域が数多くあり、共和国軍基地周囲に小さく街が広がっているだけで、とても静かな未開の地が、神秘的雰囲気をかもし出していた。


と、ここまでは建前上の話で、実際の所は国境に程近いということもあり、トゥアム共和国の中でも昔から軍事施設として重要な役割を担ってきた場所でもある。


このセロコヤーン基地には、陸軍駐留所があるだけでなく、重爆撃機クラスの離着陸が可能なE級滑走路を3本保有し、東スロベーヌ地方全土に睨みを利かせているのだ。


現在では三国の間に協定が結ばれているため、大型機の離発着は輸送機のみに限定され、軍事物資や陸軍兵器の輸送のみに使用が限られてしまっているのが現状だ。



完全に日は落ち、涼しげな空気に包まれ始める中にあり、そんな辺境の基地において、少し小面倒な問題が発生していた。


それは、先ほど発生したBP事件で、DQA大会参加者達を乗せた一機の大型機が、ここセロコヤーン基地に着陸した事が原因なのだが、その輸送に用いられた機体が「重爆撃機ガーゴイル2」であったからに他ならない。


トゥアム共和国政府も、今回は緊急事態ということもあり、避難民達を乗せたガーゴイル2を、セロコヤーン基地に着陸させる事は、リバルザイナ共和国、アブキーラ連邦両国から快諾されるものだと思っていたのだ。


しかし、実際にふたを空けて見れば、「アブキーラ連邦政府」から出された解答は否定的な内容であり、いかなる場合においても、セロコヤーンへの中重爆撃機の配備は認めないといった、協定内容がそのまま記載されていた。


これに対し、共和国側は何とかアブキーラ連邦政府の承認を得ようと試みたのだが、それよりも先に、ガーゴイル2の燃料が尽きてしまい、許可を得ないままに着陸することになってしまったのだ。


(カース)

「今回の輸送計画を立案したのはどなたなのです?バウテア地方の制空権協定を考慮すれば、隣国からの反発があって当然。中立国だからといって他国隣国に有害でない国家など存在しませんわ。予備佐官。」


(サルムザーク)

「帝国皇后の演説によって、帝国軍が今後トゥアム共和国に対して軍事行動を起こすのは時間の問題。トゥアム共和国が幾ら中立の立場を突き通しているからとはいえ、帝国の軍事行動を黙って見ている事もできなくなった訳だ。共和国政府は今後の戦局を見据えて、暗にセロコヤーン基地の戦略的使用を隣国に認めさせたかったのさ。緊急事態という混乱に乗じてな。ま、なんにせよ小難しい問題は政府のお偉いさん達が何とかしてくれるだろう。俺達見たいな小物が気に病むことは無い。」


真っ暗な闇に包まれた夜空めがけて、大光量のサーチライトが満天の星空を照らす中、既に地上へと舞い降りてしまった巨大重爆撃機に、横付けされたタラップの上を二人が降りる。


(カース)

「中立国として帝国を含め近隣諸国への、軍事的干渉を完全に停止した我が国に、戦火の矛先を向ける理由は何かあるのでしょうか。ソヴェール帝時代の戦火縮小宣言から、一般民間企業同士の貿易取引を開始するまで至ったというのに、何故今ごろになって再び戦火を拡大する必要があるのでしょう。」


(サルムザーク)

「カース。帝国にとって我々トゥアム共和国の軍事力が、強大で警戒すべきものなのかと言えば答えはNOだ。奴等から見れば、トゥアム共和国など、取るに足らない弱小国に過ぎないのさ。奴等が一番恐れている事は帝国自身が持つ有り余る軍事力だ。帝国国内の実権をほぼ手中に収めているストラントーゼ家と、それに対抗するロイロマール家。この両者が正面切って内戦を始めるようなことがあれば、それこそ近隣諸国に対する戦火拡張どころの話ではない。今回トゥアム共和国に対して戦線布告的な態度を取らざるを得なかったのも、恐らくは帝国内部の政治的問題に深く関係している可能性が高いな。ここから先は俺の想像の中での話しでしかないが、帝国はトゥアム共和国との開戦を望んでいた訳ではなく、BP事件という都合の良い出来事を利用して、内戦の原因となる火種を潰しにかかった。巧妙に仕組まれた罠にまんまとはまったロイロマールを、おやけの場で堂々と失脚させる事を、全帝国国民に認めさせるためにな。」


やがて、タラップを降りた二人が見上げた先には、黒装束に身を包んだベラ山脈の頂きで、綺麗に輝く半月が浮かんでいた。


周囲を照らし出すための強い光を放つサーチライトにも装飾されたその美しさは、澄んだ空気に増長されるように、普段より一段と綺麗な黄色をにじませている。


サルムはそんな宝石のような黄色のかけらを見つめながら、淡々と自分の思考の淵を探っていた。


(カース)

「いつの間にか賢くなったものね。サルム。入隊したての頃は生意気で自分勝手な若造だったのに。」


カースはタラップの手摺り部分端にもたれ掛ると、いつの間にやら手のかからなくなった子供を見る様な表情で、そんなサルムの横顔をじっと見つめていた。


サルムがトゥアム共和国陸軍に入隊してからしばらくの間、実際に彼の指導を行っていたのは、当時陸軍養成学校の教官であったカース自身なのだ。


少し皮肉めいた思いを込めて投げかけた言葉には、たった3年という短い期間の間に、いとも簡単に自分を追い抜いてしまった彼に対する、嫉妬感のようなものがあったのだろうか。


上官に対しては常に敬語を怠らない彼女なのだが、どこか少し昔の関係を思い起こさせるような彼女の口ぶりだった。


(サルムザーク)

「カース作戦軍曹。明日からはネニファイン隊の設立に向けた研修期間だ。各パイロット候補者リストと適性リストの整理を急げよ。司令室周りの人員選定に関しては軍曹に一任する。それとシューマリアンには新型機情報の解析と、シミュレーション用コンバートを最優先で作業するよう伝えてくれ。」


サルムはそんなカースの言葉にまったく気にも止めないような感じで、普段の上官と部下たる口調でカースに指示を出すと、巨大なガーゴイル2の後方格納庫から続々と姿を現す若者達の方へと視線を向けた。


(カース)

「解りました。」


一瞬、少しつまらなそうな表情を浮かべたカースだが、すぐさま彼女はニッコリとサルムに微笑んで見せると、彼に続くように後方格納庫の方に向き直った。


ガーゴイル2の格納庫から姿を現した若者達は、つい少し前までブラックポイントでDQA大会に興じていた人間達であり、今後、陸軍兵士としてサルムの部下となる予定の人間達である。


集められたメンバーを見ても解るとおり、サルムが指揮を取る新設部隊と言うのはDQ専門部隊であり、「ネニファイン」という部隊名で正式に陸軍登録されることになっている。


実際にはこの若者達の他にも、共和国各地から集められた若者達がいるのだが、このブラックポイントDQA参加者分についてが、ネニファイン部隊への「割り当て分」なのだ。


というのも、DQ専門部隊は「ネニファイン部隊」の他に、「カラムス部隊」「ブラックナイツ部隊」が新設されることになっており、トゥアム共和国陸軍におけるDQ専門部隊は、合計3部隊新設されることになっていたからだ。


勿論、DQ専門部隊を新設するに当たり、完全なド素人達をかき集めただけで部隊が成立するはずもなく、何人かは陸軍所属の正規軍人達が編入される予定になっていた。


(カース)

「予備佐官?今回の機動兵器DQ専門部隊の設立に関して、予備佐官の考えを聞かせてください。陸上戦での人型兵器にそれほど魅力があるというのでしょうか?近年目まぐるしい進化を遂げたとはいえ、未だ地形的制約を軽減するためのホバー移動から脱却できない同機体を、それほど重要視する必要は無いと思うのですが。」


(サルムザーク)

「シューマリアンみたいなことを言う奴だな。カース。お前に考えてもらいたい事はDQの特性にあった運用法についてだ。軍事兵器の開発思想なんてものは、イカレた開発研究者達に任せておけばいい。DQの機動性、汎用性について考慮すれば、その優位性は自ずと見えてくるだろ。」


(カース)

「低速運動時の機動性を活かした市街戦、密林戦等の局地戦闘。高度な汎用性を活かした輸送、建設等の後方支援任務。」


なんだ、解っているじゃないか・・・。


そんな素っ気無い態度で視線を逸らしたサルムが、ぽっかりと浮かぶ綺麗な半月を見つめながら、ひんやりとした空気を深く吸い込んだ。


(サルムザーク)

「人型にしろ蟲型にしろ、DQという機体は未だ進化の途中にある。結局、人型でなければならない理由など、現時点ではどこにも無いんだ。それでもDQが人型兵器としての進化を続けるのは、言ってしまえば開発者達の理想を実現するためのエゴでしかない。ただ、一つそこに可能性を挙げるとするならば、人間が無意識のうちに同じイメージを共有できる機体は、人型兵器以外にはありえないと言う点だろうな。たとえばお前が如何にDQ操舵技術に優れていても、6本足のDQの歩行操作を制御システム無しでは出来ないだろう?それは俺達人間にとって、6本足を同時に動かすという事が、どういう事なのか解っていないからだ。複雑な行動制御システムがこれを可能にしているとはいえ、結局、操縦者が簡素化されたヒューマンインターフェイスに対して、何かしらの入力をしなければDQは動かない。現在の行動制御システムに全て依存している限りは、人型の優位性など余り無いことは確かだな。」


(カース)

「では、行動制御システムに依存しなければ、人型の優位性が浮かび上がってくると。そう予備佐官はおっしゃるのですか?」


それまで彼女は、適当な言葉を並べて内容をはぐらかされるとでも思っていたのだろうか。


まじめな回答を返したサルムの姿に、少し驚いた表情を浮かべると、更に興味を示す視線を浴びせかけながら問いかけた。


(サルムザーク)

「カースも聞いたことがあるだろう?BISブレイン・インターフェイス・システム。今や目の見えない人間が景色を眺め、耳の聞こえない人間が音楽をたしなむ時代だ。昔、これを軍用に転用しようと考えた研究者がいてな。研究論文を読んだ事があるんだ。ただ、結局のところ、人間がイメージした様々な外乱要素をうまく選別出来ずに、実験は失敗に終わったらしいがな。面白いと思わないか?人間がイメージした通りに、DQの手足が動いたとしたら。」


(カース)

「最終的に人体実験にも等しい研究内容を告発されて、社会的にも問題となった「アレ」ですか?もし実現したのなら夢のような話かもしませんが、今の私達には全く関係ありませんわね。」


(サルムザーク)

「結局のところ、進化の過程には必ず試行錯誤が必要なのさ。強大な帝国の軍事力に対抗するための手段を、上層部も必死に模索しているって訳だ。勿論、結果がそれなりに出ないようであれば、即座に部隊は解散させられるだろう。しかも、俺みたいが若造が隊長を勤める部隊だ。上層部からの風当たりが相当強いことを覚悟しておけよ。それからカース。一つ面白い事を教えてやろう。俺達の部隊名「ネニファイン」の語源は何だと思う?Any Fine(なんでも良い)なんだとさ。」


このサルムの言葉に、カースは一瞬、目を丸くして驚いた表情を見せたのだが、その後、じわりと込み上げる可笑しさにプッと噴出してしまった。


軍上層部の新設DQ専門部隊「ネニファイン」に対する偏見の念と、阻害心があからさまに見て取れるネーミング。


つまり、使いたいように使って、使えなければすぐにでも厄介払いとなる、「どうでもいい部隊」という意味なのだろう。


(カース)

「後方支援で倉庫からの積荷作業に明け暮れる日々なんて、送りたくないですわね。」


(サルムザーク)

「便利屋となるか御荷物部隊となるかは俺達次第だ。陸軍本隊の作戦行動に直接左右されない分、俺達の運用能力がそのまま問われる事になる。カースもネニファイン部隊を「ナイテラーデ部隊」なんて呼ばれたくないだろう?」


彼の言う「ナイテラーデ部隊」とは、自兵を持たない帝国貴族ナイテラーデ家にちなんで付けられた名前で、実際には存在しない部隊である。


トゥアム共和国内では「役に立たない」という意味を込めて、侮蔑ぶべつの念を込めてそう呼ぶことがあるのだ。


そうですね・・・。


決して口に出しては返事を返さなかったカースだが、ゆっくりとたむろした若者達へと視線を移すと、次第に少し強張った表情をかもし出した。


便利屋となるか。それとも御荷物部隊となるか。それは勿論、部隊をつかさどる、サルムやカースの手腕が問われることになるであろうが、もっとも重要となるのが、部隊メンバーとなる若者達である。


彼等がどんな人物達であろうと、ネニファイン部隊を発足するためには、否応いやおうなしに彼等を使えるレベルまでに引き上げなければならないのだ。


そして、その重要な役割を担うのが、「鬼教官」の異名を持つ彼女の仕事となる。


信念も無く、おそらくは愛国心さえあるかどうか解らないこの若者達に対し、如何いかにある程度高額な報酬を約束しているからとはいえ、命を賭して戦える集団まで引き上げることは、決して容易な事ではないだろう。


兵士達が戦う理由とは・・・。


カースは、ふと脳裏に浮かび上がった疑問を、素直にサルムに投げかけてみた。


(カース)

「予備佐官。何故、予備佐官は軍人になろうと思われたのですか?」


カースから見てこのサルムザークは、恐らくガーゴイル2の格納庫後方にたむろす若者達と同年代。


いや、更にそれよりも年下なのかも知れないが、そこに何かしら若者共通の思考となるものが有るのかどうか、それが少し気になったのだろう。


しかし、サルムはその問いに対して、即答することを拒むように表情を曇らせると、ゆっくりと若者の集団を見つめながら言葉を返した。


(サルムザーク)

「軍人になった理由か・・・。・・・。まあ、しいて言うなら、俺も戦火を求める亡者なのかも知れないな。」


吹き荒れる風に黄緑色の髪をなびかせて、どこかその真意を棚上げにしたまま空を見上げたサルムの姿に、カースは少しムッとしたような表情を浮かべた。


(カース)

「予備佐官も無闇に戦火を拡大しようとする、帝国と同じ思想と言うことなのですか?私は教官であった時代から予備佐官を見ていますが、内に秘めた信念は、決して淀んだものではないと感じています。何かこう・・・。勿論、それは私の一方的な見解に過ぎませんが・・・。でも、そう思ったからこそ、私は貴方について行くのです。」


サルムのこの曖昧あいまいな答えに対して、カースはわざと、不満をこぼす様な言い方をしてみせた。


それは、これから生死を共にする上官の口から、それなりに自分として納得できる回答が欲しかった為であろうが、不思議な表情で夜空を見上げるサルムの姿に、カースはそれ以上詮索することを止めた。


きっと彼の中には、人には言えない理由が有るということなのだろう。


(サルムザーク)

「カースの信念はなんだ?こんな時代に女が一人、軍人として頑張って行く必要は無いと思うがな。」


少しの時間を置いて、ゆっくりとカースの方に向き直ったサルムが、今度は逆に同じ質問を彼女に投げかける。


自分自身、答えをはぐらかしておきながら、なんとも都合のいい問いかけだとは思いつつも、彼は彼女に関して少し気になっていた点があったのだ。


それはカースをネニファイン部隊に引き抜くにあたり、あれほど有能で重宝されていた彼女を、いとも簡単に転属させることが出来たという事についてだ。


勿論、表向きな理由は簡単な事で、ネニファイン部隊メンバー選出時点で、彼女はどの部隊にも属さない「未所属」状態だのだ。


そしてその後解った事だが、どうやら彼女は一度トゥアム共和国陸軍を退役した後、再び何かしらの理由で軍に復役してたようなのだ。


(カース)

「実は2人目の子供が病気なんです。夫を去年、ムルア海峡で亡くしまして・・・。女手1つであの子を養って行くには、どうしても高給職につかないと生活が成り立ちませんので。」


(サルムザーク)

「そうか・・・。確かミザレス一尉だったな。ディエップ艦に乗船していたのか・・・。」


昨年末、ムルア海峡沖にてテスト航海中だったトゥアム共和国最新鋭巡航艦「ディエップ」が、突然未確認艦隊からの砲撃を受け、撃沈されてしまうという事件があった。


大きく北方にせり出したムルア岬より西一帯。ムルア海に浮かぶ島々の集合体「ムルアート諸国連合」は今も尚、激しい内戦の真っ只中であり、中立国のトゥアム共和国に対してもムルアート領海内への進入は硬く禁じられていた。


しかし当時、航行電子羅針盤に難のあったディエップが、誤ってムルアート諸国領海内に立ち入ってしまった際、正規の識別信号を発していなかったこの艦を、反ムルアート政府軍「フランコ中将軍」が、敵艦と誤認して撃沈してしまったのだ。


(カース)

「私の信念は「家族のために戦う」です。戦う相手が帝国軍だろうと、軍上層部だろうと、子供の病気だろうと、私には関係はありません。私は、愛する家族のために戦います。」


淡々と答えてはいるが、決して軽みのある言葉ではない事は、彼女の表情からも伺い取れる。


当時は「鬼教官」として、新入隊員から忌み嫌われていたカースだが、彼女にも愛する夫もいれば子供もいる。


一人の人間として。一人の母親として。自分の家族の生活を守るために、彼女は戦うことを決意したのだった。


(サルムザーク)

「子供の方は大丈夫なのか?」


(カース)

「ええ。今はランベルクで専門施設に預けてありますので。聞き分けのいい子達なので助かります。でも、出来たらたまに休暇をくださいね。」


そう言うと、カースは優しい表情でニッコリと微笑んで見せた。


一体、家庭内ではどんな人物になるのだろうか・・・。


鬼教官として怒鳴り散らすカースの姿しか思い浮かばないサルムの脳裏に、ふと浮かんだ素朴な疑問。


彼はあえてそんな事は問いかけなかったが、再び若者の集団に視線を向けて呟いた。


(サルムザーク)

「チーム内で最も必要なのは能力より以前にお互いの信頼関係だ。カースが何を聞きたがっているのかも解っているつもりさ。今はまだ・・・。そうだな・・・。それは決してトゥアム共和国に対する愛国心や、高尚こうしょうたる正義の思想でもないかも知れない。それでも俺は、心に抱いた思いに忠実に生きているつもりだ。この思いに嘘や偽りは無い。そして恐らく、時が来ればお前にも伝えなければならない事だ。その時まで少し待ってくれるか?」


サルムのその言葉に対し、カースは少し残念そうな表情で溜め息を付いてしまった。


仕方ないわね・・・。


(カース)

「やんちゃな若造を上司に持つと言うの大変だわ。貴方に何か表向きに言えない事があるぐらい解ってるつもりよ。でもね。貴方の指導員として一言言わせてもらうなら、決して一人で抱えたまま暴走しないように。私はもう、貴方の部下なんですから。少しは頼りにしてくださいな。」


カースは、再び教え子たるサルムに、昔ながらの言葉使いでそう思いを伝えると、上官たるサルムに対して礼儀良く姿勢を正して敬礼をした。


そして、最後にニッコリとサルムに微笑みかけると、左手に抱えた書類の束を無言で指差して、そそくさとその場を後にした。


恐らく彼女はこれから、部隊設立のために山積みにされた仕事に追われる身なのだろう。


サルムは、そんなカースの後姿を見つめて、少し自責の念を抱いてしまったのだが、綺麗に光り輝く半月と、頭上一杯に広がる満天の星空を見上げながら、大きく深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせた。


人が抱く信念とは、一体何を目指し、何の為に沸き起こるのだろうか。


何かを欲するため?他人から認められるため?何かを守るため?誰かを守るため?


人が心に抱く信念には、他人から賞賛しょうさんされようが卑下ひげされようが、全ては思いを抱いた本人の願望であるという点ではまったく違いは無い。


つまりは、どんなに他人の為に己の身を犠牲にしようとする聖者であっても、心に抱きし信念は結局、私利私欲にまみれた思想と違いは無いのだ。


「何かの為に必死に生きる」→「自分自身が何かの為に必死に生きたい」と願っている。


「誰かの為に必死に生きる」→「自分自身が誰かの為に必死に生きたい」と願っている。


その思いを抱いた時点でその人の主観が必ず混じり、そこから沸き立つ思いを心から切望する。


全ては自分の為に。それ以上もそれ以下もなく、全ては自分の為に。


どんな理由をこじつけようとも。どんなに人々の涙を誘うほどの美談であっても。


全ては自分自身が自分自身の為に抱いた「思い」でしかないのだ。


しかし、それが様々な思いを抱く人間であることの証明であり、真に自らの願望を交えない思想を持つことなど、機械仕掛けの操り人形でもない限り絶対に不可能なことだ。


抱く思いを胸に秘め。自分自身の抱いた思いを切望して。その信念が指し示しす最終的一点を思い描きながら。


サルムはじっと、夜空に光り輝いた2つの双星を見つめていた。


(サルムザーク)

「・・・!?」


天から降り注ぐきらびやかな星空の下。


見上げた頭上に光る2つの星が、流れ行く大地の波風にさらされながら、一段とその輝きを増していく。


恐らくはお互いに意図してそこに居た訳ではなく、神様の気まぐれが生んだ偶然性によって、再び巡り会う事を強いられた双星だ。


(サルムザーク)

「・・・。」


きらびやかに光り輝く星2つ。


どちらか一方が強く光れば、もう片方の光りがかき消される。


そういったお互いに干渉し合う距離を嫌った二人だが、結局は与えられた運命から逃れ出る事も出来ないままに、そこに辿り着いたのだった。


(サルムザーク)

「まさかパークで戦争ゴッコして遊んでいたとはな。」


黄緑色の髪の毛を掻き上げながら、サルムが目の前に立ち尽くした一人の金髪の少年に向かって話しかけた。


恐らくはガーゴイル2の格納庫付近にたむろした、若者の中から抜け出してきたのだろうと思われるが、何故彼が自分の元まで歩み寄ってきたのかという事は、サルム自身よく解っている事だ。


真っ暗闇に包まれた世界に立ち尽くす2人の少年。


各々黄緑色の髪の毛の少年と、金色の髪の毛の少年。


彼等は髪の毛の色以外に、識別が出来ないほど酷似した双星であった。


(サルムザーク)

「久しぶりだな。シル。」


(シルジーク)

「お前!!何で・・・。何でこんな所にいるんだよ!!お前・・・。まさか・・・。」


合い間見えた双星の光を、怪しげな黒雲がさえぎった時。


激しく抱いた怒りの炎により、輝きを増した金色の星が、突然黄緑色の星へと襲い掛かった。

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