03-01:●BP事件
「我が帝国全国民が敬愛する英雄ソヴェール様が、必死に築き上げてきた平和の光城が今、ロイロマールをはじめとする売国奴共の手によって瓦解された。拡大する戦火に苦しむ辺境の国民達の思いを胸に、全国民の真の権利と豊かさを念頭に、天に召されるまで戦い抜いたあの勇姿を、我々は決して忘れはしないだろう。英雄ソヴェール様の意思を継承し、その高き理想の頂へと邁進する帝国国民達よ。我々はこの愛しむ女神の加護の元、その熱き志の炎を決して絶やすことなく、歩み続けなければならない。その示された神道が、如何に険しく、果てしないものであろうと。全てを乗り越えるだけの勇気と希望を抱き、我々はこの困難に打ち勝たねばならないのだ。英雄ソヴェール様が抱き望んだ理想の世界を実現しうる者とは、我々帝国国民をおいて他にはいないからである。英雄ソヴェール・ランス・セルブの思いを踏み躙り、その名を汚すこの逆賊共の暴挙を、我々は決して見過ごすことはないだろう。帝国国民全員の平和と希望を抱き、そして争いのない統一された和平を目指して。我は裁きの業火を振り翳すことをここに誓おう。愛すべき女神のために。そして、帝国国民全員の未来のために。」
これは、EC397年5月6日に勃発した「ブラックポイント事件」直後に行われた、帝国皇太后「クロフティア」の声明演説の内容である。
ブラックポイントは、当時の中立国トゥアム共和国北西部の小さな廃都市であるが、事件当日、この都市内において、小さな軍事衝突が発生したのだ。
そして、事件発生後まもなく、ストラ派の諜報員等によって「ロイロマール謀反の意あり」と告発がなされると、一気に帝国内部は激しい混乱の渦へと巻き込まれることとなる。
当時、幼少皇帝「デュランシルヴァ」を影で操り、実質上の帝国の実権を握っていたストラ派と、それに対抗するロイロマール派の人間達の間には深い溝があり、両家間の対立がピークに達していた時期でもあった。
ロイロマール家家主「オットンハイマー・レブ・ロイロマール」が帝国最高評議会の決議を無視し、他国との協議の場を設けていたことは、後の調査で明らかにされるのだが、この時、その協議へと向かう途中のロイロマール家使者達を、ストラントーゼ家の兵士達が攻撃してしまったことが事件の発端であった。
この後、両家間の関係は更に悪化し、ついには身柄を拘束されたオットンハイマー・レブ・ロイロマールを巡って、帝国領北方のブランドル地方で、激しい内戦が勃発することになるのだが、事態はそれだけに止まらなかったのである。
事件が発生した地域は、トゥアム共和国領土内であり、この帝国軍の軍事行動に対して、トゥアム共和国側は即座に防衛体制を敷く事となる。
しかし、戦闘行為を一向に停止しないストラ派の兵士達との間で小競り合いが生じると、数多くの死傷者を出す事件にまで発展してしまったのだ。
その後、事態は帝国軍が撤退したことにより、それ以上大きな戦闘は発生しなかったのだが、この事件に関して厳しく詳細情報の開示を迫ったトゥアム共和国側に対し、帝国側は驚くべき回答を返したのだった。
その回答文書の中には、帝国5大貴族であるロイロマール家を、帝国反逆者として非難すると共に、トゥアム共和国が帝国崩壊を目論む反逆者の一派として、このロイロマール家の軍事力を、帝国国外から支援していたという事実が記載されたものだった。
そして更に、この支援を指示していた共和国政府高官の存在と、実際に支援していた人物の名前もが記されており、完全にトゥアム共和国に対して敵対行動も已む無しという態度を示していたのだ。
これに対し、トゥアム共和国側は事実無根の濡れ衣として真っ向から反論するのだが、このロイロマール家に対して支援をしていたと記されていた人物に対し、詳しい事実確認をしない訳にはいかなかった。
その名指しされた人物とはトゥアム共和国陸軍北方防衛司令官である大物、「ゼフォン・ウィリアムズ」陸軍特佐であり、共和国政府は事件当日、ブラックポイントでDQA大会を観戦中だった同氏の身柄を即座に拘束すると、事実解明のための事情聴取を開始する。
しかし、この陸軍特佐がその後もしばらくの間、完全に黙秘を突き通したために、その事実が判明するまでに、かなりの時間を要する事となる。
そして、必死に反論するトゥアム共和国政府の主張は全く聞き入れず、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国はついに、我に敵なすものを殲滅するための侵攻作戦を開始するに至るのだ。
このトゥアム共和国北部の小さな廃都市ブラックポイント。
そこで発生した小さな事件は、その後、大陸全土にまで飛び火した帝国貴族間戦争を引き起こす、小さな「雫」であったと言われている。