01-03:○ルーキー[1]
第一話:「ルーキー」
section03「ルーキー」
時はEC397年。
ムーンスローブ大陸東部に位置するトゥアム共和国廃都市「ブラックポイント」には、かつて、セルブ・クロアート・スロヴェーヌ帝国の支配下であった頃の活気が戻っていた。
15年ほど前に、帝国軍が敢行した侵略戦闘以来、軍部のみを置く「廃都市」となっているが、痛々しい戦争の傷跡が残るこの街全体が、今回の「Del-Qwolf-Amuzument」会場である。
今期参加者は総勢200名ほどで、その他会場経営者、運営者、報道陣、企業、観戦者をすべてあわせると、5000人を軽く超える人々が、この町に集結していることとなる。
今、若者達の間で大人気のこの大会は、DQを供給する開発企業側もそうだが、DQを需要する側の関心も非常に高く、それなりにマスコミでの取り扱いも大きい。
実際に軍事兵器で戦闘を繰り広げる大会のため、その戦いを生で観戦することは出来ず、もっぱら大会参加者達の戦いぶりは、各地に設置された監視カメラで撮影された映像によって、全国に提供される事となっているのだ。
勿論、その戦いの中において、高いパフォーマンスを示すことの出来たチームと言うのは、非常に人気が高く、そして、スポンサー企業の売り上げにも大きく影響を及ぼすため、同業他社を欺く戦略を思案したり、腕の良いDQパイロットを取り合ったりなどは、日常茶飯事である。
しかし、ある種過酷な企業戦争とも言える戦いの中にも、蚊帳の外なる「出来損ないチーム」が数多く存在する事は確かで、今回の大会に参加するチームのほとんどは、人気の無い無名チームである。
しかし、そんな無名チームの中に、今大会初出場でありながら注目度No.1のチームがあった。
それが「Team Tomboy」である。
「Tomboy」とは「おてんば娘」の意で、DQの女性操縦者が数少ないにも関わらず、そのチームのDQ搭乗者はすべて女性なのである。
(セニフ)
「大丈夫?シル。周囲警戒よろしく。」
(シルジーク)
「ES20-R23からハンター3機だ。5分で撤収しろ。」
(セニフ)
「じゃあ、5分は大丈夫なんだね。ありがと。」
(シルジーク)
「感づかれるとまずいから切るぞ。」
この会話の主は、「Tomboy」の最年少パイロット「セニフ・ソンロ」と、彼女の2歳年上となる「シルジーク・ハイフィリツ」である。
赤茶色の髪の毛にはっきりとした目が特徴的な、小柄な女の子「セニフ」は、はきはきとした明るい性格で、とても人懐っこい人物ではあるが、時に気性が激しく、扱いづらい面も見せるのが玉に瑕の、16歳の少女だ。
このTomboyチームには2年前から所属している。
もともとトゥアム共和国の人間ではない彼女だが、自分の過去を話す事を非常に嫌い、仲の良いチームメートにさえ、「帝国出身者」であること事以外に、自分を語ろうとはしない。
2年前、Tomboyチームオーナーである「ラックス・ムーズ」に、連れられてきたときの事は後に語るとして、今現在、「DQを巧みに操る」という事実を除けば、フツーの女の子である。
一方、シルジークの年齢は18歳で、金色のフサフサ髪で深緑の瞳を持つ少年だ。真面目で仕事熱心な彼の性格は温厚で、普段は滅多に怒ることは無いのだが、一度怒り出すと口が悪くなるのが特徴だ。
DQ技術専門学校に通っていた経歴もある様で、そのDQメンテナンスの腕は一級品であり、パイロットの性格、癖なども考慮しながら、プライベート設定を組むことに長けた人物である。
今ではTomboyのバックアップチームリーダーを務め、戦術面のチーム指示から索敵、補給、DQ機体メンテナンスと、すべてをこなす、欠かすことの無い人材に成長した。
(セニフ)
「ジャネット。Point105からお願い。レンジ絞って。」
(ジャネット)
「了解。」
(セニフ)
「アリミアは交戦中の片辺2機のDQを引き付けて。」
(アリミア)
「わかったわ。でも単純よ。悟られないようにね。」
戦闘前のパイロットの会話とは思えないほど、不似合いな黄色い声が無線に飛び交う中、簡易作戦会議を終了させたセニフは無線を切り、時間を合わせた時計を眺めながら秒読みを開始する。
「5・4・3・2・1」
レーダー上に点滅する「獲物」に焦点を定め、ある種、押さえ切れない武者震いを体現するかのように、セニフは空踏みしていたフットペダルを思いっきり踏みつけると、搭乗するDQ「パングラード」に、力強い命の息吹が宿りだした。
そして、周囲にけたたましい程の爆音を撒き散らしながら、震えたったパングラードは、その身を潜めていたガレージ内のありとあらゆる物を、浴びせかけた大量のバーニヤ風で吹き飛ばしながら、勢い良く郊外へと飛び出して行った。
セニフの搭乗するDQはかなり古い型で、アゼセイル社製「FPG-02N」通称「パングラード」である。
見た目は単なる卵型であり、人型を求めるDQとは似ても似つかぬ形をしており、頭部は無くのっぺりとした縦長の胴体に、羽のような側装甲。
両手にはマニュピレータも無く、その手首より先端部分には20mm口径の、機関砲が取り付けられていた。
足は2本あるにはあるが、単に胴体を支えるためだけに存在し、あまり2足歩行を得意としないこの機体の移動方法は、今流行りの「ホバー走行」である。
シルジークの強烈な改造により、ノーマル設定より2〜3倍の速度、加速度を生み出せるようになったこの「パングラード」は、見た目とは裏腹に猪突猛進型であるセニフの性格上、ベストマッチといえるセッティングとなっており、ファーストコンタクトで相手チームを錯乱、もしくは1機程度をスクラップにする事を目的とした、一撃離脱専用機に仕上がっていた。
そんな暴れ馬を巧みに操る「じゃじゃ馬」たるセニフは、周囲を気にする様な素振りを見せるものの、業と敵に見つかりやすいように、都市部でも割と広めである三車線舗装道路のセンターラインをかっ飛ばしていた。
無論、陽動だ。
彼女の目指すは先は、おそらく戦闘中であろうと思われる、他の2チームがいる戦場Point99。
DQA主催者公開情報では「チームファフィア」と「チームウェッジバスター」の、2チームのようだが、チームランクは両チームともに「レジスター」となっている。
本来であれば、2チーム合わせて合計6機のDQが戦場に存在するはずだが、レーダー上4機しか反応は無い。
常識では、ここで「あと2機は各チームのスナイパーで、何処か死角に潜んでいるはずだ」と慎重に考えるべきところなのだが、このチーム「Tomboy」に戦場での常識は存在しない。
(セニフ)
「きっと2機ともスクラップだよ。」
確かに、セニフの言う通り、お互いに繰り広げた戦闘の中で、すでにどちらかのDQが撃破されているということもありうるのだが、彼女の場合、あまりに事態を楽観視しすぎていたのであろう。
突然に鳴り響いた中距離仕様110mmロングキャノンの砲声を聞くまで、セニフはまったくその事実を疑いもしなかった。
ドゴーン!!
(アリミア)
「セニフ!!」
余裕しゃくしゃくでフィールドをかっ飛ばしていた、セニフ機のすぐ真横で、眩いばかりの閃光が走ると同時に、物凄い爆発音が鳴り響いた。
その強烈な爆風は着弾地点となった、ビル1階部分をも吹き飛ばし、土台を失った大きなビルは、ドミノ式に隣のビルにフレンチキスをかましながら崩れ去っていく。
そんな爆心地すぐ傍を走行していたセニフ機は、操縦不能状態とクリアモニター焼付きのダブルパンチを食らって、背丈3メートルも有ろうかと言う茂みの中に突っ込んで行いく羽目となってしまった。
(アリミア)
「ジャネット!!突撃中止!!Point103に迂回!!FTPフィールドを5分張って!!」
(ジャネット)
「了解。わかったわ。」
大きく周囲へと響き渡った爆発音の元、交戦中であった敵チームもパイロット達も皆、どうやら自分達以外のチームが迫りつつある事に気が付いた様子で、ロングレンジコンバットを想定した散開行動を見せ始める。
このDQAという大会のシステム上、優れた者が劣る者を貪る、完全なる弱肉強食の世界ではあるが、それは敵となる相手チームとの1対1の戦いではないのだ。
いつ何時、何処から襲い掛かるとも知れない複数の敵に対し、常に注意を払いつつ、敵を殲滅していかなければならないという、非常に困難な状況を強いられるシステムとなっている。
そのため、交戦中の相手チームが、もう一方に気を取られている隙を狙ったり、セニフ達「Tomboy」チームのように、体勢の整わない内に、一気にまとめて殲滅してしまおうと目論む輩が出てくるのだ。
しかし、第一突撃主であるセニフが作戦から離脱し、相手チームの行動を掻き乱すことを目論んだ作戦自体が、相手チームに知れ渡ってしまった以上、セニフ、ジャネットが搭乗する近接格闘戦専用DQは、スナイパーの格好の餌食となるだけに、安易な突撃は命取りだとアリミアは判断したのだ。
近接戦闘専用DQを2機保有するTomboyが遠距離戦に持ち込まれた場合、頼れるのはアリミアの搭乗するDQ「SPDQ-11Type」だけである。
ロングレンジ仕様のこのDQは、正式に企業で生産されたものではなく、ジャンク品の寄せ集めで完成したDQであり、正式呼名は無い。
ただ、呼称が無いというのは何かと不便なこともあり、セニフ達Tomboyチーム内では、スナイパーDQの総称たる「パンターデク」と呼んでいる。
この機体、セニフが搭乗するパングラードとは違い、かなり人型に近く、銃火器の装備が可能なタイプで、右手には汎用的なアサルトライフルである「ASR-LType44」を実装。
本来ロングレンジ砲を装備できるほど耐性が無いDQのため、剛性を上げるためにかなりの改造を行っており、両足にはフットダンパーを計4本取り付け、砲撃の反動をできるだけ吸収するような仕様でを実現していた。
(アリミア)
「相手の程度にもよるけど・・・。勝敗を決めるのは武器じゃない。」
アリミアは大きく息を吸い込むとレンジを全開まで開放し、3種類のサーチャーを起動する。
サーチャー機能の程度は、3種類も同時に起動しなければならないと言う事実からも、判断できる程度の代物だ。
DQを砲撃モードに進行させ、まじまじとレーダーを覗き込みながらアリミアは、沸々と沸き起こる高揚感を感じていた。
彼女の本名は「アリミア・パウ・シュトロイン」で、年齢は22歳。
普段は物静で読書が趣味だという彼女は、目元が釣りあがっていて、何処か冷たそうな人物である印象を受ける人も多いが、それは見た目だけであって、セニフ達Tomboyの面々はそうは思っていない。
彼女も赤茶色の髪の持ち主だがセニフよりはずっと「紅」く、耳元には髪の毛の色と、ほぼ同色の紅いヘアピンを2つ好んでつけている。
Tomboyチームに参加したのはメンバーの中で一番最後であり、参加当初は、そのサバサバした性格と割り切った行動から、「冷徹女」と称されることもあった。
しかし、彼女の内面には隠された「優しさ」があり、それが、常に皆のことを思っての発言である事が解ると、次第にチームの皆とも打ち解けるようになってきた。
今では周囲からの信頼も厚く、チームのアタッカーリーダーを任せられるまでになった。
(アリミア)
「あとはセニフがどう動くかだけど。」
直射タイプのスナイパーは砲撃モードに入ると通信はできない。
敵のサーチシステムに弾道を読まれる可能性があるからだ。
セニフがすでに敵に発見されている事を考えると、相手の周囲に対する警戒心も強くなるはずだが、それでも、セニフが現れた方角を中心に索敵をしているはず。
アリミアはセニフが突っ込んでいった辺りにPointレンジを絞り、サーチレーダーに映し出される機体反応を観察しながら、敵とセニフの今後の動きを予想する。
スナイパーと言うポジションはかなりの知識、経験、カンが必要とされるポジションであり、熟練したスナイパーを要するチームはとてつもなく強い。
逆に、スナイパーがいないと弱いかと言えばそうでもないのだが、どちらかと言うと搭乗者の技術の問題で、1対1の勝負で確実に相手に勝利できるという自信があれば、スナイパーなど必要ないともいえる。
Tomboyチームのパイロット3人はといえば、3人が3人共に突撃アタッカータイプであるといえよう。
「では全員近接格闘戦DQに搭乗して戦闘すればいいじゃないか」という人もいるだろうが、戦争での実戦経験が豊富な「傭兵落ち」共がウヨウヨいるこの「遊園地内」で、近接格闘戦DQ3機というのは、3人まとめて始末してくださいと、言っているようなものである。
Tomboyチーム内に仕方なしで存在するスナイパーは、こういった理由から誕生したのである。
(アリミア)
「まぁ、あの子がやられっぱなしで黙っているわけないか。」
アリミアの中で、次なる作戦方針は決まった。
セニフはDQにトラブルがない限り、「必ず」仕返しを敢行しに突撃開始するはずである。
それに踊らされ、近接戦を掛けてくるような輩なら処理は簡単だ。
アリミアの腕を持ってすれば、表に顔を出してきたDQから、順良くスクラップにできるからである。
敵チームが隠蔽状態でセニフを遠目から狙うとしても、ここは廃都市内のど真ん中であり、廃ビル、廃工場など死角が多数存在するため、高速で動き回るセニフ機を捉えることは、自動照準システム「オートチェイサー」を持ってしても難しい事であろう。
要は、物凄いスピードで暴れまわるセニフを捕らえるためには、少なからず「セニフを追い回す」形を形成しなければ成し得ないのである。
そして、先程の砲撃により、その所在の知れてしまった相手スナイパーも、同エリアに程近い、ジャネットの「ラプセル」が潰してくれるであろう。
(セニフ)
「このヤロォ!!何しやがんだよぉ!!」
一つ、軽い息を吐き出して見せるアリミアが、次なる作戦を決定してから30秒と経たないうちに、通信機に飛び込んできたセニフの大声。
思わずイヤホーンを耳元から遠ざけたくなるような汚らしい叫び声であったが、それはまさしく、アリミアが思った通りの行動を、セニフがして見せた事を示していた。
(ジャネット)
「アリミア?5分たったよ。私は後ろでスナイパーをもらうね。」
レーダー越しにセニフ機が、戦場のど真ん中へと急加速を見せる中、今度は一つ目の怒鳴り声とは対照的な「しとやかな」声がアリミアの元へと届けられる。
この言葉に、アリミアは口元を左手で押さえながら、少し苦笑をしてしまった。
ここまでのアリミアの読みは完璧。
何の指示を与えなくとも、ある種、自分の思い通りに物事が進んでいる事に対して、少しこそばゆい感情が沸き起こったからなのかもしれない。
今後の敵の動きはどうであれ、アリミアとしては、ビルとビルの死角から顔を出したモグラを勢いよく叩く事にある。
現状、敵チームの隠れ家となっている地点は、元繁華街で道幅が狭く、所々崩れかかったビルの残骸が行く手を阻む迷路のような構造だ。
舗装道路だったはずの足元は大きく裂け、おまけに20年前の「グリーンクラッド(みどりの雲)作戦」で成長した人工樹木が鉄成分を多く含んでいるため、サーチャーがあまり利かない地域でもある。
そんな絶好のゲリラ戦の舞台となる繁華街は、専ら「初心者の溜場」として多くの参加者達に利用されているようだ。
無論、セニフ達Tomboyもその中の1チームである。