02-16:○開戦の雫[5]
第二話:「Royal Tomboy」
section16「開戦の雫」
周囲に立ち並んだ大きなビル郡のど真ん中。
もはや人が住む気配もなく、完全に荒れ果てた廃都市の中央通りで、青い飛行機型のDQが、仕切りに周囲を伺う素振りを見せていた。
トゥアム共和国軍の旧式DQヒセギアを撃破し、意気揚々と東に移動すること5kmils。
ニュートラルエリア「アルファ」の中では、唯一僻地となる第二工場の程近くには、過去オフィス街だったと思われる巨大な建造物が数多く立ち並んでいる。
そのため周囲の見晴らしはすこぶる悪く、道幅の広い大通りと言えど、崩れ去ったビルの残骸によって、大きな瓦礫の山が出来上がっていた。
(ランス)
「ちぃ!罠か!囲まれたな。」
青い飛行機型のDQ「flger:フォル・レンサジア」のコクピット内で、サーチレーダの索敵感度を調節していたパイロットが、そう吐き捨てる。
迷路のようなオフィス街の中で、この青いDQを中心に赤い光点が5つ程、彼を包囲するように取り囲んでいるのが、サーチモニターから見て取れた。
彼がこのエリアに到達するまでの間、新型サーチャーである「ジュダ」も全くの反応を示さなかったため、ほとんど無警戒のままこのエリアへと立ち入ったのが仇となったようだ。
しかし、突然に浮かび上がった5つの敵影は、なにやらこの青いDQの動向を伺っていたのだろうか、ほとんど発見したポイントから動き出す気配はない。
迷路のようなオフィス街の中で、迂闊に身動きが取れない状況に陥っていた帝国軍のパイロットは、痺れを切らしたように一つの光点へと照準を絞ると、自動照準追尾ミサイルを3発発射した。
ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!
その光点が示す大きなビルの裏手の方まで、迂回するように回りこんだミサイルが、適確にターゲットの反応を巻き込んで大きな3つの爆発を発生させる。
ビィィィーーーー!ビィィィーーーー!
しかし、何故かこの攻撃を全く回避する素振りを見せなかった光点に、パイロットは不思議な違和感を感じたが、突然、後方の赤い光点が動き出した事に気がつくと、コクピット内に響き渡ったけたたましいワーニング音に合わせて、勢い良くフットペダルを踏み込んだ。
そして、青いDQの後方バーニヤの左半分だけを大きく吹き上がらせ、機体を強引に旋回させると、襲いかかる弾丸の斜線を見事に外して見せた。
おかしい・・・。
この時、何か周囲を取り巻く不穏な気配に、やっと気が付いたのだろうか、青いDQのパイロットは、動き出した後方の赤い光点の動きを観察しながら、再びサーチレーダーで周囲の状況を見渡してみる。
彼を取り囲む光点は、先ほどミサイル攻撃により消え去ったものを除いて4つ。
一つは後方から攻撃を仕掛けてきた奴だが、他の光点の動きが鈍すぎる。
そして何より、先ほどミサイル攻撃を派手に食らった光点は、大きく爆発するでも、微かに反応を残すでもなく、まるで幽霊のように消え去ってしまったのだ。
(ランス)
「ふん。ダミーイリュージョンか。姑息なまねを・・・。」
ダミーイリュージョンとはDQの機体反応と同じ、特殊な粒子を発して、敵のサーチレーダーを撹乱するための道具の1つである。
主な使用方法としては、フィールド散布するか、またはカプセルなど発信機を投擲するかのどちらかであるが、現在彼を取り巻く光点の反応から推測するに、恐らくは後者による撹乱作戦が展開されているのだと思われる。
しかし、仕掛けさえ解ってしまえばなんて事はない。
青いDQのパイロットの表情に、微かに笑みがこぼれ始めた。
動き回る1つの光点に、全く反応を見せない残りの3つの光点。
これではまるで、自分がここにいるのだと言うことを、表立って相手に伝えてるも同然。
ダミーイリュージョンの反応と自機の反応をうまくカモフラージュしなければ、このような作戦は全く意味を成さないのだ。
動き回る光点に視線を定め、攻撃するタイミングをうかがっていた青いDQのパイロットは、大きなビルの陰で相手の機体反応が二つに分裂した瞬間を狙って、猛烈な勢いでフォル・レンサジアを発進させる。
(ランス)
「馬鹿が!!いくらダミーを置いたところで、どれが本体か丸見えなんだよ!!そんなチンケなトラップに引っかかると思うのか!?」
サーチレーダーに映し出される分裂した赤い光点は、そのままの勢いで過ぎ去っていく一つと、予想通りビルの木陰で動かなくなった光点の一つ。
とすれば狙うはこっちに決まってるだろうが!!
青いDQは大きな通りと交差する小道に逃げ込んだ光点を追う様に、勢い良くDQを横滑りさせながら小道へと特攻して行く。
このとき、少し進行速度を落とし始めた光点の動きに気づいていたパイロットは、恐らくはこちらに反撃してくるのだろうと予想して、持てる火器をいつでも撃ち放たれるよう構えていた。
しかし・・・。
(ランス)
「何っ!?いないだと!!?」
彼のサーチレーダー上に映し出された赤い光点は、まさに彼の目の前に存在するはずであった。
それが一体どこへ消えたのだろうか。
(ユァンラオ)
「まさかこんなチンケなトラップに、引っかかるとは思わなかったな。」
まさか!?と一瞬、彼は思った。
驚いたまま、慌てたように周囲を見渡すパイロットを他所に、全くの反対方向となる真後ろから、夥しい数の弾丸が、フォル・レンサジアに襲いかかる。
無数の弾丸に貫かれた後部バーニヤからは、異常なまでの煙が噴出し始め、被弾したミサイルポッドは、装填していたミサイルごと大きな爆発を発生させた。
そして、爆風に煽られて体勢を崩した青いDQは、走行するそのままの勢いで廃ビルの外壁に接触すると、横に伸びた翼が根元からはじけ飛んだ。
ユァンラオは、余裕の笑みを浮かべて伸びた無精髭を擦りつつも、一気に勝負を決めてしまうべく、搭乗するリベーダー2のバーニヤを一気に吹き上がらせる。
恐らく移動していた光点の正体は、彼が球形のダミー装置を放り投げただけなのだろう。
彼はトゥアム共和国軍の正式な兵士ではないのだが、有事の際の非常勤パイロットとして登録されている、いわば傭兵のようなものだ。
DQパイロットの養成施設として黙認されているDQA大会参加者達は、彼のように軍と直接契約を結んでいる者は数少ないが、それでも彼等がDQA大会に参加するにあたり、「とある条項」が盛り込まれた契約書にサインする必要がある。
それは奇しくも、彼等にとって予想はすれども、決して実際に己の身に降りかかろうなどとは、決して思っていなかった条項だった。
(ランス)
「ちぃ・・・。くそったれが!!」
青いDQのパイロットは、すかさず自機の被害状況の確認作業に追われるのだが、このとき、猛烈なスピードで接近してくる真っ黒な大型機を視界に捕らえると、不安定な体勢のままで、強引に機体を旋回させる。
そして、右手に装備したASR「HV192-T64」を構えて、攻撃するためのトリガーを躊躇なく引いたのだが、この時、大量の弾丸を浴びせかけられたのは、迫りくるリベーダー2の機体ではなく、崩れかかった廃ビルの2階付近だった。
脆くも崩れかけていた主要柱部分を吹き飛ばされてしまった廃ビルは、激しい地鳴りを伴って、彼等二人の間にガラガラと雪崩落ちる。
青いDQのパイロットは、すでにこれ以上の戦闘をするつもりはないようだ。
(ランス)
「フェザン。こちらランス。レンサジアにかなりのダメージを負ってしまった。少し早いが撤退する。」
(フェザン)
「解った。セラフィもそろそろミサイルが切れる頃だ。バルベス。そっちはどうだ。」
(バルベス)
「不明な爆発が発生したポイントに、何か戦闘をしたような痕跡があるな。もう少し詳しく調査してみる。」
(フェザン)
「あまり正確な情報は不必要だぞ。でっち上げられる程度なら何でもいい。各自随時撤退を開始しろ。お祭りは終わりだ。」
通信機から流れてくる彼等の上司からの指示に、青いDQのパイロットはゆっくりと、損傷してしまった後部バーニヤに赤々と火を灯し始める。
機体の形状から見ても、かなりのスピードを出すことが可能なタイプだと思われるが、このときようやく点火出来たバーニヤは3分の1程度であり、なにやら時折異常な点滅を繰り返す物まであった。
(ユァンラオ)
「逃げるのか?・・・。ふっ。なかなか物分りの良いパイロットだな。」
ユァンラオは、大量の瓦礫の山に阻まれた通りの向こう側を、じっとサーチレーダー上で確認していたのだが、ゆっくりと逃げ出すように戦場を後にし始めた青いDQの行動に対して、全く追撃する素振りを見せなかった。
彼にとっては、損傷を負って弱った相手など、もはや戦うに値しない無価値なものだったのだろうか。
徐に胸ポケットから取り出したタバコを銜えると、ゆっくりとジッポで火を灯す。
そして、戦闘後の至福の一時を満喫するかのように、大きく吸い込んだ煙をコクピット内に吐き散らしながら、TRPスクリーンに映し出された廃ビル郡を見つめていた。
帝国軍がここまで表立って動いてくるとはな。
恐らくは小娘を狙って密かに動き出した奴等とは別の。
ロイロマール家に連動して動き出した奴等か。
くっくっく・・・。
ユァンラオは再びタバコの煙を吸い込むと、込み上げる笑いを堪えきれない様子で、静かに笑みを浮かべた。
そして、ふと、リベーダー2のTRPスクリーン左下に映し出されていた、細い小道を走る一人の少女の存在に彼は気が付いた。