02-14:○開戦の雫[3]
第二話:「Royal Tomoy」
section14「開戦の雫」
人それぞれに与えられた、多岐にわたる人生の選択肢は、誰にでも与えられし平等な特権。
しかし人は、目の前に広がる無限の世界に対し、常により良い道を選択して歩むことはできない。
己の意思により、その広大な地平線に未来を見据え、人生と言う一本のレールを敷いて走る。
ひたすらに走る。
「はぁ…はぁ…。」
時に訪れた究極の選択肢を選び抜き、時に降りかかる天変地異をかい潜り、人は死ぬまで、必死に走り続けるのだ。
「っはぁ!…はぁ…。…っはぁ…。」
両端を深い森に挟まれた凸凹の細い一本道を、ようやく直前にまで迫った廃都市に向かって、ただひたすらに走る少女。
振り返ることもなく、立ち止まることもなく、ただひたすらに走る少女。
随分と長い距離を走り抜けてきたのだろうか。
疲れ果てた体が異様に重く、繰り返す呼吸も途切れ途切れに強く胸を打ち鳴らす。
しかし、止まることを許されない思いが、少女の意識を走り続けるよう駆り立てて止まない。
行かなきゃ…。止めなきゃ…。
「貴様の正体を暴いてやる。もうすぐな。」
少女の胸へと突き立てられた鋭利な言葉が、深く深く心の奥底を貫いていく。
絶対に誰にも知られるはずがない。絶対に誰も信じるはずがない。
そう思って作り上げてきた、新しき少女の世界。
それが今、突き刺された傷口から流れ出した真っ黒な過去と共に、徐々に壊れていくような恐怖感を感じていた。
黒のノッポの言動。そして、あの男の言動。
おそらくはまだ、私の正体に誰も気が付いていないはず。
大体、そんなこと。誰も信じるはずがない。
それならまず、あの男を止めなきゃ。
さっきの呼び出し音が、大会本部からの緊急召集のシグナルだとすればきっと・・・。
絶対に暴かれるわけには行かない。
絶対に知られるわけには行かないんだ。
「はぁ……はぁ……。」
しかし、少女が抱く強い思いとは裏腹に、疲れ果てた体が次第に彼女の前進を拒みだす。
そして、やがて少女は激しく突き上げる鼓動の苦しさから、その場に倒れこむように蹲って荒い吐息を繰り返した。
こみ上げる思いを噛み締めて、必死に前へと進もうと意識は先行するものの、どくどくと脈打つ疲労感がそれを許さない。
こんな…。こんなことしている場合じゃないのに…。
そう呟きつつ、必死に少女が再び進むための体力の回復を待っていたときだった。
ドドーーーン!!
(セニフ)
「…!?」
何処からともなく響き渡って来た大きな爆発音。
それまで緩やかな流れだった大気の流れが一変、一斉に周囲の木々達を踊り狂わせ、小刻みな振動で震える大地が唸りを上げる。
その爆発はそれほどセニフの近くで発生したものではないようだが、それでも身の危険を感じさせるには十分な程であった。
驚いた表情でセニフが周囲を見渡すと、見上げた大空にくっきりとの白い一本の帯が流れているのが見える。
そして、ゆっくりと彼女の頭上を通りすぎると、ニュートラルエリア繁華街付近へと、吸い込まれるように帯が落ちていった。
ドッドーーーン!!
(セニフ)
「あぁ・・・。・・・。」
再び大きな爆発音が響き渡ると共に、目の前の崩れかけたビルとビルの間から、真っ赤な火柱と真っ黒な煙が立ち上る。
このブラックポイント都市において、明らかに異常な事態が発生していることは確かだが、吹き荒れる暴風と爆音に包まれた中で、セニフはしばし、呆然と天へと立ち上る真っ黒な煙を見つめていた。
彼女の体を襲う倦怠感が、赤々と照りつける炎の渦によって加速され、震えた両足は、もう前に踏み出すことも出来ない。
滴り落ちる汗すらも、氷のような冷たさを感じてしまうほどに、ゾクゾクとした悪寒が背筋に突き刺さる。
セニフは、目の前で起きた惨劇から視線を切り離すように、ゆっくりと俯くと、次第に肩を震わせて泣きそうな表情で拳を握り締めた。
(シルジーク)
「セニフ!!」
そんな時、彼女の背後から一人の少年が声をかける。
セニフが振り向くと、そこには必死になって彼女の元へと駆け寄ろうとするシルの姿があった。
おそらくはセニフと同様に、長い距離を走り続けてきたであろうシルは、ようやく見つけたセニフの後姿に、少し安心した表情で走るスピードを緩めたのだが、この時何故か、シルの姿を見つけたセニフは、突然逃げ出すように走り出したのである。
(シルジーク)
「な・・・!セニフ!!おい!!待て!!」
彼には、何故ここで更に逃げ出すのかまったく理解できなかったが、苦しそうな表情に、更に拍車をかけたような表情で、必死に彼女を呼び止める。
しかし、後ろを振り返ることもなく逃げ続ける彼女は、一向に止まる気配は無いようだ。
ちっくしょう!!!!!
疲れた身体に鞭を撃ち、瞳の奥に男子たる力強さを燃え上がらせて、シルは思いっきり全速力で彼女の後を追走した。
彼はそれほど体格的に恵まれた方では無いのだが、小柄で体力に劣るセニフがそれを振り切ることが出来るはずもなく、シルがようやくセニフの左手を掴み取った。
(シルジーク)
「待てよセニフ!!なんで逃げるんだよ!!」
(セニフ)
「離してよシル!!」
捕まって尚、その手を振り解こうと暴れるセニフに対し、シルは身動きが取れぬよう彼女の両手首を強引に掴み上げると、自分の方へと彼女を向かせて、必死に落ち着かせように言い聞かせる。
(シルジーク)
「落ち着け!!セニフ!!落ち着けよ!!」
(セニフ)
「嫌!!行かなきゃ!!離して!!」
(シルジーク)
「一体どこに行こうって言うんだよセニフ!!さっきからお前おかしいぞ!!どうしたって言うんだよ!!」
(セニフ)
「・・・。シ・・・。シルには関係ない・・・。関係ないじゃん!!」
(シルジーク)
「関係ないわけ無いだろ!!2年も一緒にいた仲間だろう!!一人で勝手に暴走して、また俺を困らせるのか!?」
(セニフ)
「だ・・・。だって・・・・・・。」
(シルジーク)
「それに、さっきの集団だって、お前何か知っているんだろう?一体奴ら何者なんだよ。なんでセニフを狙っているんだよ。」
(セニフ)
「うぅぅ・・・。う・・・。・・・し・・・・・・知らない。知らないよ・・・。」
(シルジーク)
「俺に言えないような事なのか?」
(セニフ)
「う・・・。うぅぅぅ・・・。」
それまで必死に抵抗を続けていたセニフだが、男であるシルに対して腕力で敵うわけもなく、次第に落ち着きを取り戻したように、静かな語り口調となって行く。
しかし、両手首を掴む力をゆっくりと緩めながら優しく問いかけるシルに、決して彼女の本意となる思いは帰っては来ない。
そればかりか、何か心に引っかかるものがあるような、うなり声を上げたセニフは、やがて、俯いて泣き出してしまった。