02-12:○開戦の雫[1]
第二話:「Royal Tomboy」
section12「開戦の雫」
真っ暗な狭い空間に光る可愛い小さな赤色の蛍。
大きく綺麗に光り輝いて見せたかと思えば、また今度は次第に小さく萎んでいく行く。
(マリオ)
「お姉ちゃん。バックアップシステムと接続したから、システムカード入れていいよ。」
真っ暗闇に映えるその赤色の蛍が、色鮮やかに花開いた時だけ、目の前のスクリーンに照らし出された自分の顔が映る。
垂れ目の澄んだ瞳に抹茶色の癖毛。
いつもと変わらぬ彼女の姿がそこにはあった。
じっと、黒いコンソールに浮かび上がった緑の文字を黙読しつつ、ジャネットは言われるがままに、半透明なシステムカードを投入口へと差し込む。
周囲を取り巻く完全な闇にその身を溶かして、システム立ち上げ前のハッチを締め切ったラプセルのコクピット内にジャネットは居た。
(ジャネット)
「ねぇ。マリオ。バックアップをリストアするだけじゃないの?」
狭い空間に発した声が静かに木霊する中、彼女はふと、その赤色の蛍に視線を向けた。
他には誰も居ない。
暗がりでたった一人、寂しそうに点滅を繰り返す赤い蛍。
なんか・・・。似ている・・・。
ジャネットは何か、心の奥底に刺さったナイフのような物を、少し擽られた様な感じがした。
(マリオ)
「昨日の戦闘で行動アプリケーション自体がクラッシュしてたんだよ。だからソフトを再構築してからデータ投入しないとね。それから全体のバックアップデータが1ヶ月前のしかないから、行動ファンクションとオートモーションの投入作業がんばってね。お姉ちゃん。」
マリオの言葉に、少しげんなりした様子で、大きく溜め息を付いてしまうジャネット。
これまで過去1ヶ月間に渡って、彼女が蓄積してきたラプセルの行動データは、昨日の戦闘で一瞬にして消滅してしまったのだ。
彼女が肩を落とすのも無理はない。
本来、DQの行動データは常に毎日バックアップを取って置くことが理想なのだが、彼等チームTomboyに関して言えば、少ない人数で様々な作業をこなさなければならないため、システム全体のバックアップ作業については1ヶ月に1回しか実施していないのだ。
いくら行動ファンクションデータとオートモーションデータを、個別に部品化してバックアップができるとはいえ、その再構築作業はめんどくさい上にかったるい作業なのだ。
ジャネットは、仕方無さそうにコンソール画面に打ち込みを開始すると、「ピー」と言う音と共に、赤色の蛍が澄んだ緑色へと変色した。
そして、次いでラプセルのメインシステム立ち上げ作業が開始され、それまで周囲に潜んでいた他の蛍達が、一斉に呼応するかのように、煌びやかに輝き始める。
高周波を伴いながら、一斉に暗闇を灯し始めたその光は、まるで真っ暗な闇夜に光り輝く星空と、絨毯のように敷き詰められた草原を、自由に飛び交う蛍達の間に挟まれたような、そんな幻想的安らかな世界観を醸し出しているようだ。
(マリオ)
「それじゃ。TRPスクリーンつなげるよ。ユーザーIDを入れて。」
そして、マリオの言葉に促されるように、しばしの幻想的世界への精神旅行を楽しんでいたジャネットがユーザーIDを入力する。
Userid:Cryeece
ジャネットはDQ駆動キーカードのIDには、必ず「クライス」という名前を使う。
ジャネット・クライス・ホスノー。
彼女のミドルネイムに位置する名前である。
(マリオ)
「TRPスクリーンのE−2パネルに、セットアップビューが出るでしょ。ガイドするからそのまま打ってね。お姉ちゃん。」
ジャネットがIDを撃ち終えると、正面のTRPモニターに、じわりとラプセル機体周囲の風景が映し出される。
それと同時に、闇に包まれていたコクピットがぱぁっと明るくなり、それまで元気良く光り輝いていた蛍達の光が、新たな強い光によってかき消された。
(ジャネット)
「・・・。・・・?・・・・・・??」
ジャネットはしばし、周囲の強いコントラストの変化に目がついていかず、視界を真っ白い霧の世界が包んでいたのだが、次第に目がその光に慣れ始めると、ようやくTRPスクリーンが映し出す外界の風景へとたどり着いた。
(マリオ)
「ラプセルをコントロールシステムと連結するから、僕の言ったコマンドそのまま打ちこんで。」
(ジャネット)
「ちょ・・・ちょっと待ってよ。何これ・・・。」
慌てたようにジャネットがマリオに問いただす。
TRPスクリーンは、外部のカメラが捕らえた映像を、パネル一枚一枚に合成して描画したものなのだが、何故かその時、彼女の目の前に広がった風景は、パズルゲームのようにあべこべに映し出されていたのだ。
彼女の正面には、本来一番右下に表示されるべき、コントロールシステムに座るマリオとサフォークの姿が大きく映し出されている。
(マリオ)
「あぁぁぁっ!!サフォーク!!」
ようやく、その事実に気がついたマリオは、サフォークをじろりと睨みつけながら大きな声を張り上げた。
彼は眠たそうな目を細めながら、大きなガレージ入り口から見える、青い空を眺める素振りをして誤魔化してみせるのだが、昨晩、ラプセルのモニター関係の補修作業を行っていたのはサフォークだけである。
(サフォーク)
「寝不足はいい仕事の天敵ってな。」
しかし彼は、完全に呆けたような表情で、自分のミスをあたかも昨晩の徹夜作業のせいにしてみせるだけだった。
マリオは、半場薄ら笑いのような引きつった表情で、大きな溜め息を付く。
昨日の徹夜作業って一体・・・。
(マリオ)
「しょうがない・・・。お姉ちゃん。2時間ほどちょうだい。2人でモニター直すからさ。」
そう言うとマリオは、疲れた表情でニッコリとジャネットに微笑みかけた。
決してジャネットに対して、嫌な顔一つしない彼だが、昨日からの徹夜作業による疲れが無い訳ではないだろう。
もう、マリオがこんなにがんばってるって言うのに・・・。
何やっているのよ。サフォークの馬鹿。
そんな言葉が彼女の脳裏を過ぎるのだが、昨晩何の手伝いもしないまま、飲みに出かけた自分を棚に上げて、そんなことは言えやしないのだった。
せめて何か私にできることはないのかしら・・・。
そう思ってジャネットが、ラプセルのコクピットハッチを開こうとした時だった。
ドドーン。
大きな地響きと共に響き渡ってきた大きな音。
音源はかなり遠い様だ。
(ジャネット)
「な・・・何の音?雷・・・?」
不思議そうな表情をするジャネットが、見づらいTRPスクリーン越しに、外の世界を見渡してみるのだが、カラッと晴れ渡った青空には、雷を生じさせるような雨雲の存在は確認できない。
というよりも、根本的に雷とは何か違うようだ。
あまり聞きなれない音にしばし彼女の身体が硬直する。
(サフォーク)
「どっかの馬鹿野郎がニュートラルエリアに、誤砲してんじゃないのか?」
サフォークはそう言うと、まったく意に介さない様子で、モニターの修復作業を開始しようとしていた。
まったく能天気というか、マイペースというか、こういった時だけ、彼の性格が羨ましくなってしまうのは何故だろうか。
ドドーン!
再び鳴り響く大きな音。そしてそれと共に身体に伝わる地響き。
先ほどよりは近い位置のような気がする。
マリオは、可愛い顔の眉間に皺を寄せ、じっと注意深くその音を聞いていた。
(マリオ)
「ねぇ。地面にこれだけ振動が伝わるって事は、もしかしたらMIS系兵器の着弾音なのかな?DQA大会規定でMIS系は使用不可なはずなのに・・・。」
ジャネットも何か、その周囲の異様な雰囲気を察していた。
工場ガレージの外の方で、何やら常駐整備士達が叫び廻っているようだ。
彼等が一体、何を叫んでいるのか見当も付かないのだが、その緊張度合いは彼等の行動を見ればすぐに感じ取れるほどだった。
(ジャネット)
「マリオ!!何か変だわ!!」
ジャネットがそう叫んだ時だった。
ドッゴーーン!!
今度は工場ガレージのかなり近くで、耳を切り裂くほどの轟音が鳴り響く。
そして、直後に猛烈な勢いの暴風が工場内へと吹き荒れた。
これはもう、何者かによる攻撃が着弾した時の爆風に間違いはない。
しかも、爆発の規模から考えても、決してDQA大会参加者の誤砲などではないことは直ぐに解った。
(サフォーク)
「なんだよこれ!!冗談じゃねぇぞ!!」
ラプセルのコクピット内に居たジャネットは勿論、工場ガレージ内に居たマリオとサフォークは、何とかこの爆風から身を避けることが出来たのだが、大きく開いたガレージ入り口から見渡せる外界では、様々な物が吹き飛んでいく様が見て取れた。
(マリオ)
「お姉ちゃん!!危ないからそのままコクピットから出ないで!!」
ジャネットにそう叫んだマリオは、即座にだだっ広い工場ガレージ内において、一番安全と思われる場所を探し始める。
しかし、その辺の物陰に身を潜めたところで、あれほどの爆発を確実に凌ぎきれる様なものは見当たらない。
願わくば再び爆発が生じないことを、天に願う事しか出来ないのかも知れないが、それでも彼は、必死になって生き延びるための活路を見出そうとした。
しかし、天はマリオにそれを見つけるまでの時間を与えなかったのである。
次の巨大な爆発は彼等の居る工場の直ぐ真横で発生した。
眩い閃光に包まれながら、大きな轟音に脅える暇もなく、吹き飛ばされた大量の瓦礫や、大きな鉄骨が滝のように降り注いで来た。
(ジャネット)
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」