02-09:○大海を知らぬ猿達[4]
第二話:「Royal Tomboy」
section09「大海を知らぬ猿達」
不穏な空気流れる狭い一室に渦巻く白い煙。
ゆらゆらと揺らめくように交じり合うが、なかなかに晴れない靄として、答えを求めて彷徨う心理を覆い隠す。
セニフも。アリミアも。そしてシルもまた。
そんな歯痒い靄の中で、もがいている時だった。
陰謀を覆い隠した煙たい密室の中に、開かれた扉から冷たい空気が流れ込んだ。
「あ〜あカワイソ。やっぱり帝国の人間は野蛮人が多いわね。」
突然、部屋の玄関の方から女性の声が流れてくる。
その声はどこか、極最近聞いたことのある声だった。
(ドルト)
「ローザン!!」
(ローザン)
「えっ?なに?えっ?」
玄関の前で外界を警戒しておくべき金髪の女性を、リーダーたる黒のノッポが怒鳴りつける。
チームTomboyのメンバー達とのやり取りの中で、彼女の意識が「部屋の中」にあったことは確かだが、それでも、彼女は決して油断していたわけではない。
玄関先の下駄箱の上にだらしなく腰掛け、ぶらぶらとマシンガン片手におどけて見せはしたものの、彼女にはこの体制からでも即座に戦闘体制に入るだけの自信あった。
それに、いくら注意散漫だったからといえ、戦闘経験豊富な彼女が、ド素人たる女性の接近にまったく気づかないはずが無いのだ。
しかし何故だろう、驚きを隠せない金髪の女性の直ぐ隣には、彼女に気づかれる事無く接近することに成功した綺麗な女性が一人、何やら不敵な笑みを浮かべたまま立っている。
そう、何処かで見かけた女性だ。
あれは確か・・・。昨日・・・。昨日酒場「カルティナ」で見かけた女店員。
間違いない。
この時、その事実に気が付いたのはアリミアだけだったのだが、玄関先に立つ女店員の背後から、更に大柄な男が姿を現すと、今度はシルの表情が一遍した。
大きな体躯にDQAチームユニフォームを身に纏ったその男は、顎に疎らに生えそろった武将髭がトレードマークで、チームBlack'sのアタッカーリーダー。ユァンラオ・ジャンワンだ。
シルは一応、バックアップリーダーとして、DQA大会主催者側が提供する、各チーム情報にはすべて目を通している。
それが、昨日チームTomboyをボコボコにした相手チームの、DQパイロットともなればなおさらの事だ。
ニュートラルエリアにおいて、酒場の女店員とDQA参加パイロットという組み合わせは、決して不思議な組み合わせでは無い。
しかし、謎の軍人達に制圧された小さな建物に姿を現した挙句、まったくその状況を意に介することも無く、軽々しく首を突っ込んでくる度胸とふてぶてしさ。
シルもアリミアも、不思議そうな眼差しでこの二人を見ていたに違いなかった。
(ドルト)
「何しに来た。報酬はもう渡したはずだが。」
(ユァンラオ)
「何。あまりに高額な情報なんで。少し興味が有っただけだ。」
黒のノッポが監視すらできない無能な部下を横目に、くわえていたタバコを吐き捨てながら言った。
そして、どうやらこの武装集団と繋がりを臭わせる返事を返したユァンラオは、顎の武将髭を撫でるように擦りながら、不気味にニヤ付いてみせると、アリミアの前で俯いたままのセニフを睨み付けた。
セニフはじっと、何かを考え込むような表情のまま、ぶつぶつ呟いているようだった。
セニフの脳裏にへばり付いて取れない、先ほどカルティナが放った一言。
帝国・・・。帝国・・・?セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国・・・?
まさか。今頃になって・・・。
そんなこと有り得ない・・・。絶対に解るはずが無い・・・。
見たことの無い軍服だけど、真っ黒なベレー帽に「金色の軍章」。
モチーフは・・・。龍。・・・龍。・・・・・・・・・龍!?
(セニフ)
「タ・・・タルナーダメイリン!!こいつらロイロマールの隠密兵だ!!」
突然、セニフは勢い良く立ち上がると、ようやく意識の中で繋がりを見せた過去の記憶を、思わす言葉に発してしまった。
・・・・・・・・あ・・・!!
(ドルト)
「ほう。我々のことを知っているというのか。ふっふっ・・・。やはりただのターゲットではなかった訳だ。」
脅えたように後ずさりを始めたセニフの姿を、黒のノッポの丸く光る2つの視線が捕らえる。
次第に緩みだした口元に、薄っすらと笑みがこぼれる彼の表情は、かなり嬉しそうにも見える。
それもそのはず、この黒のノッポは、今回の作戦任務に対して、非常に強い不満を抱いていた。
トゥアム共和国は、周辺諸国に対して中立の立場を示してはいるものの、他国に潜入するという危険を犯してまで断行された任務だ。
何か非常に重要な軍事目標でも設定されているのではないかと思っていた。
それが、蓋を開けてみれば、廃都市ブラックポイントへ潜入して、ただの青臭い小娘の身柄を拘束して来いというのだ。
不満があったとしても、それは当然であろう。
しかし、このセニフが放った一言により、彼はこの任務の重大さを悟ることになる。
「貴族隠密兵」というのは、その貴族達が独自に保有する私兵団のことであり、各貴族が保有する軍隊とも性質の異なる集団である。
名前が示す通り表舞台では無く、秘密裏に作戦を遂行する特殊部隊で、指揮系統も完全にその貴族に属しているため、単なる一般人がその存在を知ることは、決して無いのである。
そんな集団を知る少女。しかも、所属貴族、更には部隊名まで正確に示して見せたのだ。
この小娘が、ただの小娘なはずは無い。
(カルティナ)
「面白いのよ、その子。ちょっと調べさせてもらったけど、13歳以前の情報が完全に架空の経歴。出身国籍さえ定かじゃないわ。私達が調べてこの有様って、すごいことよ。」
(ドルト)
「あいにくだがお嬢さん。我々もこの任務に関しての詳細はまったく聞かされていない。その疑問を解く答えを提供することは出来んな。解っていると思うが、我々は依頼人からの命令で隠密行動中だ。たとえ情報提供者と言えど始末しなければならない場合もある。気をつけて行動することだ。」
黒のノッポはそう言うと、武装をひけらかしながら、客人を威嚇してみせる。
しかしこの2人、恐怖心という物がないのかどうかは分からないが、この武装集団に対して一向に怯む様子もなく、ユァンラオは、今回の騒動の発端となる「セニフ・ソンロ」を凝視していた。
そればかりか、何の備えも無いままに、大胆にも部屋の中へと歩み入ってくるではないか。
(アリミア)
「私達は闇商人に身売りされたって訳ね。最低だわ。」
そんな二人の男女に向けて、吐き捨てるようにアリミアが言い放った。
どうやら2人の正体に、アリミアが気づいたようだ。
情報化社会の中にあり、「情報屋」と呼ばれる人間は、世界各地に数多く存在しているのだが、個人のプライベート情報から国家レベルの情報まで、あらゆる情報を裏で扱うエキスパートとなると、その数は激減する。
さらにその中には、非人道的行為をも厭わない「闇の情報屋」が存在し、時に世界中を混乱の渦へと巻き込む事件を引き起こしかねない存在として、人々から恐れられていた。
(カルティナ)
「あら。別に貴方の事を売った覚えは無くてよ。ごめんなさいね。とばっちり受けちゃって。」
そう言って、アリミアの前まで歩み寄ったカルティナは、白くて細長い右手をそっと彼女の目の前に差し出した。
しかし、驚くほど美人である彼女の顔に浮かび上がった笑みとは、負傷したアリミアに対する慈悲の笑顔ではない。
まるで、売られて行く食用豚に最後の笑顔を送るような、そんな冷ややかな冷笑であった。
これに対し、鋭い目つきのままカルティナを睨み付けたアリミアは、自分の血が付着したままの左手で、勢い良くこの手を弾き飛ばす。
すると、真っ赤な鮮血がその衝撃で飛び散り、綺麗なカルティナの右手と洋服を襲った。
(カルティナ)
「あ!・・・あ〜あ。サイテイ。」
(ユァンラオ)
「フッ。まあ、お遊びもここで終わりだ。残念だったな。」
それまで、壁際に張り付くように脅えていたセニフを凝視していたユァンラオが、嘲ける様な笑みを浮かべて見せた後、チラリとカルティナと視線を交差させる。
何かの合図であろうか。
直後にカルティナは、恐ろしい程に冷酷な笑みを浮かべながら、右手に付着したアリミアの血をペロリと厭らしく舐めてみせた。
すると次の瞬間、住宅街の裏手の方から、建物全体を揺らす程の大きな爆発音が鳴り響いた。