02-07:○大海を知らぬ猿達[2]
第二話:「Royal Tomboy」
section07「大海を知らぬ猿達」
「こちらラウル。建物の中はどうだ?」
「一番手前側の建物に3人。その他周囲に人影なし。」
「リンダ。ダミーVTRの準備は良いか。」
「大丈夫よ。サインが出たら切り替えるわ。」
「よし、他の者に発見されないように包囲しろ。」
真昼間でありながら、人気のない寂しい住宅街の周囲には、雨季の季節に元気良く枝葉を伸ばし始めた新緑の森が広がっている。
人工樹木たる植物達の成長速度はまさに爆発的で、荒れ果てた不毛な大地上にあっても、通常の2倍から10倍の大きさに成長するものまである。
しかし、一世代限りで交配しないよう品種改良されたその植物は、それ自体が変異することはあっても、爆発的な繁殖を見せることもなく、ただ、限られた範囲の森の中を、いっそう色濃くしているに過ぎない。
ここブラックポイント周域に広がる森の多くは、磁石の利かない迷いの森として有名だ。
それは、この地域が砂鉄分を多く含んだ土壌であることが関係しており、そこに根付く植物達自体が、多く鉄分を含んだ水分を元に、成長しているからなのだと言われている。
「リンダ。VTRスタート。」
「了解。」
「レドルーは後ろ、ローザンは右周り。ラウルは左周りだ。」
そんな危険な樹海のほとりに屯す数人の集団。
全身緑色に迷彩された戦闘服に、真っ黒なベレー帽が不似合いな男女が、何やら無線でやり取りしている。
ここニュートラルエリア「アルファ」は、トゥアム陸軍駐屯地区ほとりにあり、このような密林戦を想定した軍事訓練もしばしば行われている。
そのため、軍関係者がニュートラルエリアヘ立ち入ることはけっして珍しくないが、勿論、彼等のように完全武装しての入場は禁止されており、訓練をするにしても、一般市民が往来するような地域で行われることはまず無い。
手に持つ強力なマシンガンの弾丸装填状況を確認し、今にも戦闘を開始しようかという緊張感をかもし出す彼らが、一体、何の目的でこの地域に潜んでいるのか不明である。
ただ、明らかに言えることは、彼等の目標はすぐ近くにという事だけだ。
「各員配置についたか?」
「待て。誰か出てきた。全員待機。」
彼等を統率する一人の黒人男性が、じっと観察していた建物から、一人の女性が姿を現したのに気がつくと、即座に通信機を通してメンバー全員の行動を抑止する。
そして、小さな望遠鏡を大きく見開いた右目で覗き込みつつ、その女性の動きを注意深く観察していた。
味気の無い半袖に、Gパンとスニーカーを履いたその女性は、長く伸びた紅い髪の毛を風になびかせながら、ゆっくりと近くに止めてある軽トラックの方へと歩いていく。
しかし、ふと何を思ったのか、その女性は一瞬途中で足を止めると、仕切りに周囲を見渡すような素振りを見せ始めた。
(アリミア)
「ん・・・。今、何か光った?・・・。」
その女性とは、昨晩この住宅街に宿泊したチームTomboyメンバーのアリミアであり、その部屋を引き払うに当たって手持ちの荷物を運び出すため、軽トラックを建物の近くに横付けしようとしていたのだ。
まったく人気の無いはずの住宅街。
しかし、何か不思議と人の気配を感じる。
と言うより、何か見られているような・・・。
彼女はそういった感が働く方なのだろうか。
鋭い目つきのまま注意深く周りを見渡すアリミアは、決して怪しい素振りを見せないように、ゆっくりとその場にしゃがみ込むと、足元に咲き乱れる綺麗な白い花を摘み取る素振りをしてみせた。
この女。なかなか出来るな。
アリミアの一挙手一投足を見逃すことなく観察を続けていた大柄の黒人が、不思議そうな面持ちで小さく呟いた。
素人目には、一連のアリミアの行動から、そんな結論に達することは無いであろうが、長きに渡り過酷な戦場を生き抜いてきたのであろう、傷だらけの顔の黒人には、彼女は少し、特別な存在として捕らえられたのかもしれない。
「フォーメーションCに変更する。」
「素人相手にか?」
そして、一つも怪しい行動を見せなかったアリミアは、大きくあくびをして背伸びをしてみせると、手に持った花束の匂いを嗅ぎながら、再び建物の中へと入って行く。
そんな彼女の姿を見ていた一人の部下が、この黒人の指示に驚いたような返事を返した。
「念には念をだ。いいか決して気を抜くなよ。行くぞ。」
そう指示を出した黒人のアタックサインと共に、一斉に行動を起こし始める謎の集団。
決して誰にも悟られること無く、且つ、迅速に目標を達成するために、巧みに身を潜めながら目標へと忍び寄る彼らは、どこからどう見ても完全にプロの軍団のようだ。
(セニフ)
「あれっ??トラックはどうし・・・。」
(アリミア)
「しっ!!」
ゆっくりと部屋の中へと入ってきたアリミアに、ようやく着替えを終えたセニフが声をかけたのだが、何やら神妙な面持ちで周囲を警戒するアリミアが、唇に人差し指を立ててセニフの問いかけを遮る。
一瞬驚いた表情のまま、彼女の指示に従ったセニフではあるが、トラックを横付けするために出て行ったはずのアリミアの右手には、何故だか白い花束が握られている。
ええ??・・・なんで??
彼女が不思議がるのも無理はないだろう。
そして、出発までの少しの間、ソファーに寝そべって体を休めていたシルもまた、そんな意味不明な行動を見せるアリミアに奇怪な視線を送る。
(シルジーク)
「なんだ?何かあったのか?」
(アリミア)
「セニフ。シル。貴方達は奥のお風呂場の方に行ってて。早く。」
そう、二人を急がせるアリミアの表情に、ふざけている様子はまったく無い。
そればかりか、手に持った白い花束をテーブルの上に置き放つと、運び出すためにまとめて置いた自分の荷物から、護身用のハンドガン「PG-BELETTU」を取り出して、即座に弾丸を装填し始めた。
あからさまに何かあったことは確かなのだろうが、それまで、のん気に楽しい朝の一時を過ごしていた二人には、彼女の行動がまったく理解できないで、ただ、呆然とそれを眺めていることしか出来なかった。
タッタッタッタ・・・。
かすかに聞こえた人の足音に、アリミアは敏感に反応した。
強化プラスチックの猫足・・・。
訓練されてる・・・。
間違いない・・・。
軍隊でよく使用されるブーツの足音だ。
人数は複数・・・。
アリミアの中で、しばらくの間放置されていた非常に強い警戒心の一つが、ジグソーパズルのピースのように徐々に埋め込まれていくのが解る。
これはアリミアが、今まで自分が生き抜くために、自然と身についた警戒心で、彼女の意思とは関係なく、すべての事象に対してこのような分析能力が働いてしまうようだ。
勿論、普段このような警戒心が働いたとしても、大抵は思い過ごしで終わっていたのだが、今回だけは何かがおかしい・・・。
そう、心の中で何かがアリミアに訴えかけていた。
一体、誰が・・・。
狙いは私達3人の内の誰か・・・。もしくは全員ね。
(シルジーク)
「おい。どうしたんだよ。アリミア。」
(アリミア)
「何してるの!?貴方達!早くお風呂場に行きなさい!」
怒鳴られたところで、お風呂はさっき入ったばかりだし・・・。
と、ポカンと口を空けたまま、アリミアが何を言っているのか、まったく整理の付かないセニフだったが、そんなのん気に溜め息を付いていられたのは、その瞬間までだった。
ガシャーン!!
突然、奥の部屋の方から窓ガラスが割られる音が聞こえてくる。
それまで普通に日常生活を送っていた者達が、こういった場面に遭遇した場合、一体どれだけの人が迅速に行動できるのだろうか。
その音に慌しく周囲を見回すシルに、怯えたような表情でセニフがしがみ付く。
まったく二人ともアリミアの指示を行動に移すでもなく、ただ凡人たる驚きの表情で、災難が降りかかるのを待っているだけだった。
アリミアとしては、建物の中では比較的丈夫に作られているであろう、お風呂場に身を隠してほしかったのだが、今となってはもう遅い。
奥の部屋のほうから小刻みに聞こえてくる足音に対し、立ち尽くした2人の男女を突き飛ばしたアリミアは、何故か逆に玄関の方へと振り向くと、いきなりマシンガンを翳して、姿を表した軍服の男に向かってハンドガンを構える。
右手はピンと伸ばし、左手は添えるだけ。
目線に素早く合わせた照準を男の右肩を合わせて、アリミアは躊躇無くトリガーを引いた。
バン!
(ラウル)
「ぐうぅっ!!」
爆竹のような軽い発砲音と共に、弾丸が男の右肩を正確に射抜く。
そして、その軍服の男が床に倒れこむのを確認する間もなく、更に今度は奥の部屋の方へと振り向いたアリミアは、牽制のための銃弾を、2発ほど扉付近ぎりぎりに打ち込む。
後ろに注意を逸らしていきなり前方から攻撃、そして次は後方、次は・・・。
急襲時は常に相手の死角を付くことが鉄則だ。
相手がどんな強敵であれ、相手の意識を振り回し続ければ、必ずどこかに隙が生じるからだ。
こんなの素人相手に使う攻め方じゃない・・・。
すると、狙いは私!?
アリミアが一つの結論に達した時、彼女にはすでに相手の次なる攻撃を読んでいた。
しかし、彼女に出来たことは、そこまでだった。
再び玄関の方へと銃を構えようとした瞬間、扉付近にはもうすでに金髪の女性が銃口をアリミアの方へと構えていたのだ。
そして、必死にその女性へとハンドガンを突き出すアリミアに向かって、容赦なく大量の弾丸が撃ち放たれた。
パシュパシュパシュパシュ!
まるで炭酸水の蓋を連続で抜いたような、情け無い発砲音が立て続けに打ち鳴らされたが、その破壊力はかなりのもので、キッチンと奥の部屋を仕切る壁の暑さが、20cmもあるにもかかわらず、いとも簡単に大きな風穴を作り出していく。
そして、当て所なくばら撒かれた弾丸の一発が、アリミアの右上腕部を貫通すると、小さな紅い飛沫が、花火のように舞い上がった。
(アリミア)
「あぅ!!」
そして、よろよろとした足取りのまま、穴だらけとなってしまった壁に寄りかかると、右肩を押さえて苦痛な表情を浮かべたアリミアが、足元から崩れ落ちた。
(ドルト)
「よーしそこまでだ。レドルー。ラウルを収容しろ。」
やがて、鼻を劈くような硝煙の臭いが立ち込める部屋の中に、静かに銃を構えたままゆっくりと姿を現したのは、ぎょろり大きな目を見開く大柄の黒人。
「黒いのっぽ」の男だった。