02-06:○大海を知らぬ猿達[1]
第二話:「Royal Tomboy」
section06「大海を知らぬ猿達」
ブラックポイントのニュートラルエリア「アルファ」の主繁華街から少しばかり離れたところにある住宅街。
DQ整備工場とは真反対に位置するこの集落は、かつてトゥアム共和国陸軍の、兵士達の宿舎として使用されていた建物だったのだが、別の地区に新しい兵士宿舎が完成したため、今ではまったく誰も使用する事のない廃墟と化していた。
そんな無人の町並みの中を、おんぼろの軽トラックで乗り付けてきた金髪の少年が一人。
油まみれのボロボロの作業着に、スニーカーというラフな格好で現れた少年は、軽トラックの運転席から身を乗り出すと、あまりに静かな集落の雰囲気に、しばし周囲の風景を確かめるように見渡していた。
荒れた細い通りの左右に20軒ほど並んで立てられた小さな宿舎は、見るからに古い仮住まい的な面持ちで、周囲にはグリーンクラッド作戦でばら撒かれた人工樹木が、多く群生する以外には何も無い。
(シルジーク)
「あそこか?」
ふと、あたりをきょろきょろと見渡していたシルが、一番突き当たりの建物の扉が、開け放たれているのに気がつくと、軽トラックの運転席のドアを勢い良く閉めて歩き出した。
シルがこの住宅街を訪れた目的とは他でもない。
チームTomboyのパイロット二人が、なかなか集合場所であるDQ整備工場に姿を現さないため、痺れを切らして彼女達を迎えに来たのだ。
いくらオーナーからの指示で、出撃予定時間が夕方に変更となったからとは言え、DQ制御システムの調整作業には、パイロットとなる彼女達がいなければ始まらない。
アリミアのように、DQシステム調整値に幅が利くタイプなら問題ないのだが、時としてセニフは、性格とは異なる非常に細かい設定値を要求するため、パングラードのシステム立ち上げまでには、非常に時間がかかってしまうのだ。
やがて、昨晩、彼女達が泊まった建物の入り口までたどり着いたシルは、表に取り付けられた呼び出しブザーを押すでもなく、ドアに手をかけたまま部屋の中を覗き込む。
すると、直ぐ右手にキッチンがあり、左手には小さなテーブルと、その脇にソファーが2つ並べられている。
そして、シルに相対するように座っていたアリミアは、静かに珈琲を飲みながら、なにやら分厚い本に見入っている様子だった。
(シルジーク)
「のん気に座って読書かよ。セニフは?」
(アリミア)
「あら、迎えに来てくれたのね。セニフなら今、お風呂の最中よ。急いでるからって、乗り込んじゃだめよ。」
少し呆れたような表情で周囲を見渡したシルに、アリミアが素っ気無く答える。
キッチンの奥にある通路には、小さなシャワールームが備え付けられており、確かにそこから水の流れる音が静かに聞こえてくるのが解る。
そして何やら、楽しそうな彼女の鼻歌まで聞こえてくるではないか。
本来であれば怒鳴りつけてやりたいぐらいの気持ちもあったのだが、この状況では、男であるシルにはどうすることも出来ない。
シルは、口を尖らせるように表情を顰めると、アリミアの向かい側のソファーにどっかりと腰を下ろして、大きな溜め息をついた。
(シルジーク)
「ったくもう・・・。いつもいつも時間にルーズな奴だ。夕方までに調整作業終わらなくたって、俺はしらねぇぞ。」
(アリミア)
「シルなら出来るでしょ。頼りにしてるんだから皆。あの子ね。また魘されてたのよ。だからちょっとだけ。気分転換にってね。少し待ってあげて。」
優しく語り掛けるアリミアのその言葉に、疲れた目元を両手で揉み解していたシルの手が止まる。
そして、一瞬、チラリとお風呂場の方へと視線を向けた後、シルは大きく体を大の字にしてソファーへと寄りかかると、天井を仰ぎ見ながら完全にリラックスモードへと入った。
そんな、シルの姿を見て、にっこりと微笑んだアリミアは、再び分厚い本に視線を落とすのだが、口先だけで本音は優しいシルの態度に、少し意地悪な言葉を投げかける。
(アリミア)
「あの子が臭いままだと、貴方も困るでしょ?」
え??
不思議そうな表情で起き上がったシルが、アリミアに突っかかる。
(シルジーク)
「何で俺が困るんだよ。」
(アリミア)
「あら、惚けちゃって。セニフも幼稚だけど、貴方の態度も大人気ないわよ。もう少し、いい男になったら?」
素っ気無い態度で淡々と言い放つアリミアの言葉が無性に腹立たしいが、シルはシルで彼女の言葉に強く反発することが出来ない。
彼にも何か、思い当たる節でもあるのだろうか。
肘を突いた手の上に顎を乗せ、不貞腐れたように、彼は無言で会話を遮断した。
いい男になれって言ったって。
そんな男。どんな男だよまったく・・・。
などと、シルがアリミアに言われるがまま、素直に思考を巡らせている時、キッチンの奥の方から扉を開ける音が聞こえてきた。
どうやらお風呂の時間は終わったらしい。
(セニフ)
「あ!シルだ。迎えに来たてくれたんだね。」
大きめのTシャツに、インナースパッツという、なんともラフな格好のまま、キッチン脇の通路から姿を現したセニフは、ソファーの上に座っているシルを見つけるなり彼を指を差した。
そして、狭い部屋の中を少し急ぎ足で彼の元へと歩み寄った彼女は、突然、ぐったりとするシルの身体の上へと飛び掛った。
(シルジーク)
「ぬおぉっ!!てめっ・・・。濡れた身体のまま抱きつくな馬鹿!!重いっ!!重い!!」
(セニフ)
「重いって言うな馬鹿ぁ!これでも私は小柄だし、軽いんだぞ!」
そんなことは見りゃわかる。
シルもさほど体格がいい方ではないのだが、彼に纏わりつくセニフの体格は明らかに小柄で、彼よりも一回りも二回りも小さい。
しかし、無邪気にじゃれ合うセニフの小さな身体を、必死の形相で振りほどこうとするシルだが、どうしても疲れ果てた身体が、彼女の元気さに押し負けてしまう。
そしてアリミアは、そら見たことかと言わんばかりの表情で、下を向いたまま上目線をシルに突き刺してやった。
(シルジーク)
「どけって!俺は汚いままなんだぞ。また汚れてしまうだろうが。」
(セニフ)
「いいよ。私そんなの気にしないからさ。愛し合う仲なら、汚くたって気にならないでしょ?」
(シルジーク)
「誰と誰が愛し合う仲だって!?」
そうシルに完全否定されたにもかかわらず、まったくお構いなしのセニフは、言われた分だけ倍に仕返しするかのように、今度はシルの首元に両手を巻きつけ、思いっきり彼を抱きしめた。
こいつ・・・。本当に言うことを聞かない奴だな・・・。
本当に一度、ぶん殴ったろか・・・。
決して彼がそれを実行する事はないのだが、それでもそんな彼女の振る舞いに沸々と心の中に沸き起こる感情は一つ。
(シルジーク)
「セニフ!!お前、いい加減にしろよ!!降りろ馬鹿!!離れろ!!」
まったくやりたい放題の我儘娘に対し、シルが怒気を交えてセニフを睨み付ける。
すると、突然、彼女は驚いたような表情でピタリと動きを止め、一瞬の静寂の後、スゴスゴとシルの上から身体を退け始めた。
まさに、駄々を捏ねる子供に対して、うまく叱る事の出来ない親が、逆切れして子供を怒鳴りつけるような感じである。
アリミアが先ほど言った言葉の通り、まったく持って、大人気ないといえば大人気ない。
こうした二人のやり取りは日常茶飯事であり、相手に面と向かって、簡単に好きだと告白してしまうセニフの姿も、もはや珍しいものではない。
16歳ともなれば、少しは大人びて、異性に対する気恥ずかしさのような感情が、沸き起こっても良いようなものなのだが、そんな羞恥心に事欠いた彼女の性格は、どこかジャネットがマリオにしてみせる振る舞いに、影響されてしまっているのだろうか。
更にセニフは、ゆっくりとシルの目の前にしゃがみこむと、未だ怒気の残るシルの表情を見上げながら、消え入りそうな声色で呟いた。
(セニフ)
「ねぇ。シル・・・。本当に・・・。私じゃだめなの・・・?」
(シルジーク)
「う・・・。」
恐ろしい程に態度を豹変させて、しおらしい表情を見せたセニフの姿に、一瞬の大きな高鳴りがシルの胸を襲った。
そして、まだ乾き切っていない、しっとりとした細い赤毛から漂うふんわりとした優しいシャンプーの匂いに乗せて、意に反する大きな鼓動が、どくどくと心の中に響き渡っていく。
普段であれば、なんて事はないセニフを目の前にして、どうして男は一瞬女の見せるこういった仕草にドギマギしてしまうのだろうか。
シルはやがて、じっと見つめるセニフの視線に耐えられなくなり、黙ったまま彼女から視線を逸らしてしまった。
(セニフ)
「あっっっははははは!今のシルの表情、かっわいい〜。」
(シルジーク)
「お前な・・・。」
少しも悪びれる様子も無く、大声で笑い転げるセニフに、シルはまったく何も言い返すことの出来ないまま、無駄な威嚇をしてみせる。
しかし、良い様に彼女をあしらうつもりだった彼が、良い様に彼女に弄ばれてしまったのでは、もはや威厳も何も有りはしない。
ただただ、面白くなさそうな表情で、セニフの笑いに耐えることしか出来ないシルを見つめて、アリミアもまたクスクスと沸き起こる笑いを抑えきれない様子だったが、仕方なしと彼に助け舟を差し出した。
(アリミア)
「ふふふ・・・。ほらほら。セニフ。シルをからかうのも、その辺にしておきなさい。本当に時間に間に合わなくなるわ。恥ずかしがり屋のシルに、そんなに人前で迫っちゃだめでしょ。今度二人きりの時にしなさい。」
(シルジーク)
「な!恥ずかしがり屋って何だよ!」
(アリミア)
「本当のことじゃない。」
(セニフ)
「あ〜。シルったら、普段から強気を装ってるのって、そういうことかぁ〜。」
(シルジーク)
「ちが・・・!お前・・・。いいから早いところ上着を着ろ!」
(セニフ)
「誤魔化した〜。誤魔化した〜。なんだよぉ。好きなら好きって、はっきり言えばいいじゃん。」
(シルジーク)
「てめぇ・・・。本当に言うこと聞かないと、そのままの格好で工場まで連行してやるぞ!」
(アリミア)
「・・・。」
(セニフ)
「いいもん。別に。このままの格好で連れてかれたって、私気にしないし。私まだ下着着てないよ。そんな私に近くをうろうろされたら、逆にシル達の方が恥ずかしいんじゃない?」
(シルジーク)
「・・・。お前さぁ・・・。ほんと・・・。変にへそ曲げるの止めてくれないか。頼むから着替えてくれ。頼む。」
(アリミア)
「・・・。」
どうやら、彼女は助け舟の出し方を間違ったようだ。
狙う意図とは裏腹に、この後もしばらくの間稚拙な口論を繰り返していた二人の姿を、じっと眺めたまま、アリミアは溜め息をつくことしか出来なかったのだが、それでも彼女は、この和気藹々(わきあいあい)とした、楽しいチームの雰囲気が大好きだった。
そして、いつまでもずっと、彼らと楽しい毎日を送りたい。
そう願っていた。
おそらくはチームメンバー全員が、アリミアと同じような思いを抱いていたに違いない。
しかしそれは、儚くも最後の楽しい一時だったのかもしれない。