11-21:○見ていたもの、見えたもの[2]
第十一話:「混流の源泉」
section20「見ていたもの、見えたもの」
ブシュ!ブシュ!ブシュ!ブシュ!ブシュッ!っと、軽快なロケット発射音を盛大に鳴り響かせ、勢い良く夜空へと舞い上がり行った5つの小型ミサイルは、先行する「MRV-2リベーダー2」の頭上を瞬く間に飛び去り追い越して行くと、その進路方向の前方部、ユピーチル達が待機しているエリア付近へと目掛けて急激に降下を始めた。
(テヌーテ)
「ユピーチル様!お早く!」
(ユピーチル)
「テヌーテ!一度ハッチを閉じろ!御姉様!何処か身を隠せる所にご避難ください!」
ユピーチルも、フェーンも、小柄な少女も、まだ搭乗予定のDQに乗り込むどころか、その足元近辺にすら到達し行けておらず、小型ミサイルが到来着弾するまでにDQへの搭乗作業を完遂するのは、ほぼほぼ無理な状況にあると言えた。
と、するならば、飛来し来る小型ミサイルを上空で撃墜し食い止める他手立てはないのだが、パイロットが搭乗していないマレイア1番機は全く動けない状態にあり、テヌーテが搭乗する3番機についても、直ぐに動き出せない訳ではないが、コクピットハッチを閉じ切ってTRPスクリーンを正常位置に戻すまで、火器支援システムを用いた通常射撃を行う事ができない。
唯一即座に反応し動く事ができたのは、マレイア2番機に搭乗していたべトラッシュのみで、彼は自身の左右方向へと別れ駆け走り行く3人の動きを注意深く気にかけながら、搭乗機を素早く前進し行かせると、右手側に装備し持ったアサルトライフル「HV190-T50」をぐいりと上空に掲げ上げて、対空射撃を繰り出し始めた。
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン・・・!
・・・が、今現在彼が搭乗するDQ「AD-396マレイア」は一般市販用の低性能機、しかも、装備し持ったアサルトライフル「HV190-T50」は、集弾性に難有りとして、軍から早々に見切りを付けられ払い下げられた「できない子」であり、搭載された火器支援システムもレスポンスが頗る悪い粗悪品・・・、加えて、生身の状態で大地上に居る仲間達の為にと、排莢方向を意識しながらの足枷射撃を強いられる始末・・・。
彼が持ち有する射撃技術は、猛者的DQパイロット達の中でも上位の部類に含み入る確かなものであったが、いくら照準を絞り狙いを定めても、ほとんど弾丸が思い通りに飛び行かない事態に直面すると、俄かに険しい苦面を形作り上げて、思わず「ちっ!」なる汚らしい舌打ちを吐き出してしまった。
だが、距離が近くなれば集弾率が上がると言う事を知っていた彼は、発射トリガーを引きっぱなしの状態で、上空へと弾丸をぶちばら撒き散らすゴリ押し射撃を続けつつ、小型ミサイルが着弾するであろう予測地点付近へと搭乗機を手早く歩み寄らせて行くと、地表への到達間際に、見事、3発の小型ミサイルを連続して撃ち落とす事に成功した。
ドゴーーン!ドドゴーーン!
(ユァンラオ)
「む。」
(ランス)
「は?」
ただ、撃墜した小型ミサイルとの距離が余りに近かった事もあり、彼が搭乗する機体が爆風の余波をモロに受け食らう羽目となり、残る2発の小型ミサイルの迎撃に失敗、撃ち漏らした小型ミサイルの1つが搭乗機であるマレニアの左足前方極至近部へと着弾し、爆発した。
そして、もう1つはと言うと、彼から見て右手側の方向、マレイア小隊1番機への搭乗を目して駆け走っていたフェーンと小柄な少女の方へと飛翔し行った後、大きくせり上がった岩場の側面へと激突して爆発した。
ドゴン!ドゴン!
(ユピーチル)
「・・・っく!・・・・・・御姉様!」
眩い閃光が迸ると同時に発し生じた強烈な爆風により、宙へと巻き上げられた無数の土砂塵がパラパラと降り落ちかかり来る中、地面へと突っ伏した状態から素早く己の身を引き剥がし起こしたユピーチルは、もう一つの爆発が生じ起きたマレイア1番機の方へと視線を流し当てると、フェーンに対して用いていた敬称を大声で叫び飛ばした。
極至近で生じた爆発劇にもかかわらず、彼が然したる外傷を受け負わされずにやり過ごすことができたのは、彼が丁度、マレイア2番機の左足の裏手側に居た事で、爆風をモロに受け食らわずに済んだことと、それなりに丈夫なDQパイロットスーツとヘルメットを、しっかり装着していたからである。
一方、マレイア1番機の方へと向かったフェーンと小柄な少女の方はと言うと、爆発が発生した時点ではお互いにヘルメットを被っておらず、爆風から身を守れる体良き遮蔽物も近くには全く無かったように見受けられ、ユピーチルは直後、意図せずも脳裏を掠め過ぎ去り行く「まさか・・・」なる負的予感に酷く苛まれながらも、二人を飲み込んだ色濃い土砂塵の方へと向かって急ぎ駆け走り始めた。
(テヌーテ)
「ユピーチル様!御無事で!」
(ユピーチル)
「テヌーテ!御姉様とお嬢さんを探せ!上からの方が探し易いはずだ!」
(テヌーテ)
「は、はい!」
(ユピーチル)
「ベトラ!先程の二機に警告を発しろ!」
(ベトラッシュ)
「くそっ!こんな程度で・・・・・・!戦闘中の2機のDQパイロットに告ぐ!このエリアは既にスーリンの町界内である!直ちに戦闘を中止し、元来た場所へと引き返せ!繰り返す・・・!」
この時、最初のミサイル攻撃に続いて、新たなる攻撃が全く繰り出され無かったのは、突然の来訪者たる2機のDQパイロットが、発射された小型ミサイルを撃ち落とそうと対空射撃を開始したべトラッシュ機の存在を不意に捉え得て、お互いに「敵方の伏兵か!?」と強く勘繰り取ってしまったからで、リベーダー2は時計回り、フォル・レンサジアは反時計回りと、機体を急旋回させて一時的に大きく距離を取り離れるような動きを見せ行ったのも、周囲に隠れ潜む敵性兵力の規模が直ぐには解り取れなかったからだ。
帝国軍所属の青い飛行機型のDQ機に搭乗していた「ランス・レッチェル」、黒を基調に青みがかった柔らかな頭髪に細く釣り上がった目尻が特徴的な青年は、全回線垂れ流しモードで発せられたべトラッシュからの警告文言に対し、「ちっ!ごっこ遊びのエキストラ風情が、らしいセリフを並べて馬鹿みたいにイキがってんじゃねぇよ!」と強い口調で言い放ち吐き捨て遣ると、しょうもない相手に過剰な反応を見せ出してしまった自身の行動に酷く幻滅し、徐に表情を険しく顰め歪めた。
当然、彼はこの警告に従うつもりなど毛頭なかったようで、逆に、邪魔立てするなら容赦はしない的な思考を脳裏へと渦巻かせ上げると、反逆者的立ち位置にある彼等スーリン町界防衛守備隊連中を激しく威嚇するよう、搭乗機であるフォル・レンサジアのメインバーニヤを力強く3回ほど空ぶかしして見せ付け、やがて程なくして、暗視モニター越しに東方側へと離れ行った黒いDQ機の機影を睨め付けた。
一方、トゥアム共和国軍所属の黒いDQに搭乗していた「ユァンラオ・ジャンワン」、真っ黒なオールバックに顎回り生え残った無精髭がトレードマークの大男は、「ほう。新たなる町長の中では、ここもスーリン扱いか。確かに予想外だな。」などと言いのたまい出しつつ、ランスと同様、余りに小心に過ぎる振る舞いであったと、顎回りに生えた無精髭を右手でシュリシュリと摩りながら、自嘲気味の笑み顔を形作り浮かべ上げたのだが、彼としては別段、スーリン町界防衛守備隊側と共闘するつもりも、敵対するつもりも全く無く、周囲の索敵作業もそこそこに、青い飛行機型DQ「フォル・レンサジア」との戦いに、自らの意識を切り替え戻そうとした。
・・・のだが、その直後、サーチモニター上に突として映し出された全く予想外の反応に、彼は思わず眉を顰めながら、軽く喉元を鳴らす事になる。
友軍の兵士が居る?
DQパイロットスーツの反応だと?
・・・ルーサ・シャル・コニャック?
(テヌーテ)
「ユピーチル様!見つけました!ユピーチル様から見て2時の方向!約30milsです!」
(ユピーチル)
「二人は無事か!?」
(テヌーテ)
「詳細は解りません!動きがあるようには見えますが・・・。」
強力な爆発によって生じ巻き上げられた大量の土砂塵が、次第次第にその色濃さを落とし薄まり掻き消え行く中、マレイア1番機の程近くにて身体を折り重なるようにして地面に突っ伏し倒れていた二人の女性が、ゆっくりとその身を持ち上げ起こした。
先に身体を動かし起こしたのは、小柄な少女を守る為にと、上から被さり乗り重なっていたフェーンの方であったが、先にすっくとその身を立ち上がらせたのは、その下に居た小柄な少女の方で、一見して彼女には然したる外傷はないように見受けられた。
だが、小柄な少女に続いて自分もと立ち上がろうと試みたその矢先、左太腿付近に迸り走った激痛に思わず表情を険しく歪めたフェーンが、苦しそうな呻き声を発し上げ、その場に蹲った。
どうやら先程の爆発によって飛んできた破片によって、左太腿付近を負傷してしまったようで、傷の程度が如何程のものか直ぐには判断が付かなかったが、かなりの量の出血が確認して取れた。
(ユピーチル)
「御姉様!お怪我の程は!?」
(フェーン)
「・・・っつ!・・・私の事はいい!ユピーチル!皇女様を乗せて早く離脱しろ!」
(ユピーチル)
「ですが・・・!」
(フェーン)
「早く!」
女性二人の姿を目視で直接捉え見たユピーチルは、すぐさま二人の方へと行く先を曲げ変えて駆け寄り行き、一度小柄な少女の方へと視線を宛がい付けて、特に負傷している様子がない事を確認して取ると、あからさまに負傷して苦しんでいるフェーンの傍らへと素早く座り寄り、彼女の上体を支え持つように両手を差し出し添えた。
が、一刻も早く小柄な少女の身の安全を確保すべきと考えていたフェーンは、真っ赤な鮮血に塗れ濡れた右手をもってユピーチルの手をぐいりと払い除けると、苦しそうながらも鋭い両の視線をユピーチルに突き付け遣った。
勿論、ユピーチルとて、この小柄な少女が如何に偽物の皇女であるからと言って、無碍に扱い放り捨てるつもりなどなかった訳で、かなり後ろめたい思いが彼の脳裏に蔓延り付いたままであったが、直後にガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!と言う、先程彼等が発し出した警告があっさりと無視し捨てられた事を示すけたたましき銃撃音が鳴り響いたため、彼は素直に彼女の言に従う事にした。
(ユピーチル)
「・・・テヌーテ!救急キットを持って降りてこい!御姉様の手当を!」
(テヌーテ)
「はい!」
(ユピーチル)
「申し訳ありません。御姉様。ほんのしばしの間、御一人で御我慢ください。それでは、お嬢さん、急いであちらのDQに・・・?」
(フェーン)
「・・・??」
ところが、ユピーチルが小柄な少女に対して、マレイア1番機への搭乗を急ぐよう促しかけつつ、少女の方へと振り返り向いた時、自身の背後部に佇み立っていたはずの少女の姿が、忽然と消え去っている事に気が付き、思わず驚きの表情を浮かべ上げた。
そして、一体何処へ行ったのかと、ヘルメットゴーグル越しに垣間見える闇色の景観の中へと視線を流し巡らせ回し、程なくして、マレイア1番機方面へと一人で駆け走り寄り行く小柄な少女の背中を見つけた。
急いでDQに搭乗してほしいと思っていたユピーチルにとって、これはかえって都合が良いと言える展開であったのだが、全力で駆け走り行く少女が時折「・・・敵!・・・敵!」などと、大声で叫び飛ばしている事に気が付き、違和感を覚え、自らも直ぐにその場から立ち上がり少女を追走し始めた。
だが、マレイア1番機の足元へと早々に辿り着いた少女は、地表近くに降ろされていた昇降機へと素早く飛び付き乗り上がると、即座に上昇ボタンを押し、ユピーチルの到着を待たずしてコクピット部へと登り上がって行き、「お嬢さん!昇降機を降ろしてください!私も御一緒いたします!」と叫び掛けるユピーチルの言葉を完全に無視して、そそくさとコクピットの中へと姿を消して行った。
そして、身の丈に合わない通常サイズのコクピットシートへとその身をちょこんと座らせ上げつつ、DQの状態が稼働待機中にある事を確認して取ると、片膝立ちの体勢にあったマレイア1番機に立ち上がらせる操作を施し入れながら、コクピットハッチを閉じ締めるスイッチを押した。
「AD-396マレイア」は中型機の中でもかなり小さい部類に入る機体であり、昇降機を使わずともフリークライミングの要領で、コクピットハッチ部まで攀じ登る事は決して不可能な事ではないが、稼働中のDQ機に対して容易に敢行し得るものかと言えば全くそうではなく、この時、身体能力にはかなりの自信を持っているはずのユピーチルが、マレイアの機体に取り付く事を思い止まったのは、直後にマレイアがメインスラスターバーニヤを大きく吹き上がらせて前進を開始したからである。
少女が搭乗したマレイア1番機が行き向かう先は、恐らくは疎林地帯の南方側・・・、敵対する2機のDQが激しい戦闘を繰り広げている場所であるようだった。
・・・まさか、戦闘に参加しようと言うのか?
(ユピーチル)
「ベトラ!1番機の行動を阻止してくれ!」
(ベトラッシュ)
「左足が不調だ!動きが鈍い!」
(ユピーチル)
「・・・・・・く、駄目か!」
べトラッシュが搭乗するマレイア2番機は、先程のミサイル攻撃によって左足部に手酷い損傷を受け負わされた状態にあり、ユピーチルやフェーン等生身の人間に被害を及ぼさぬよう、西側に大きく膨らみ迂回しながら南方へと行き向かう、マレイア1番機の移動を阻み食い止める為の体良き行動を取る事ができなかった。
そして、ユピーチル達との距離がそれなりに離れた所で、後部メインスラスターバーニヤを全開にして突撃を開始した紺色の機体、マレイア1番機の背後部を眺め見ながら、徐に「ちっ!」と、汚らしい舌打ちを一つかまし出し見せたユピーチルは、医療キットを携えて降機して来たテヌーテへと視線を宛て変えやり、今度はマレイア3番機の方へと向かって全力で駆け走り始めた。
(ユァンラオ)
「搭乗したのは間違いなく赤毛の小娘・・・。こちらに向かってくる?・・・まがい物を回収しに来たのではないのか?」
スーリンの町界防衛守備隊連中の中に友軍の兵士が居る・・・、そしてそれが、ネニファイン部隊に所属するDQパイロット、「ルーサ」であると言う事実を確認して取ってから、ユァンラオは、青い飛行機型DQ機との戦闘行為をほとんど適当に熟しあしらいつつ、闇色に染まる疎林地帯の中で蠢き動く、スーリン町界防衛守備隊連中の動きを事細かに観察して取っていた。
ユァンラオの中でこの状況は、彼にとっての依頼人たる「レジェス・ウィルナー」と言う青年か、将又、それ以外の勢力、別の何者かが、皇女の「まがい物」であるルーサの方を狙って、もしくは、本物の皇女であると勘違いして、拉致を敢行しようとしている現場に偶然居合わせた・・・と言う認識であり、ルーサの身柄を確保し終えた後に、早々に逃走を開始する輩達であろうと思っていた。
「まがい物」・・・。
そう。ユァンラオはこの時点で解っていた。
ルーサ・シャル・コニャックと言う赤毛の少女が、帝国の皇女たるセファニティール・マロワ・ベフォンヌとは全く別人、偽物であると言う事を。
確かに容姿は非常に良く似ているし、詳細を知らない盲信者達が一見すれば、絶対に皇女であると確信を抱き、狂喜する程の相似性があった事は間違いない。
だが、実際に調べてみれば直ぐに判明する事なのだが、ルーサの今の身長は、帝国の皇女が3年前に処刑された時の身長よりも大分低い、体重も非常に軽い、成長期にある若年の女性である事を考慮すれば、成長の鈍化はあり得ても、退化は絶対に考えられない話なのである。
ユァンラオも、ネニファイン部隊に入隊した当初、帝国の皇女に非常に良く似た小柄な少女が「もう一人居る」と言う事実を認識していたものの、彼女の身体付きから完全なる「他人の空似」と判断し、ルーサの調査を行う事は無かった。
尤も、本物の皇女であると確信し得る「セニフ・ソンロ」と言う少女の方を先に見つけ出していたのだから、当然と言えば当然の判断なのだが、彼がルーサと言う少女の存在に懐疑的な思いを抱き持つようになったのは、カルティナが依頼人たるレジェスとの接触を果たした時に、帝国の皇女とセニフが持ち有するDNA情報が一致したと言う鑑定結果を突き付けられながらも、レジェスが見た目だけで別人なのではないかと疑っていた節があると聞かされていたからで、もしかしたら、帝国の皇女と同じDNA情報を持つ者が、セニフ以外にも存在するのではないかと勘繰り、ルーサの調査も実施する事にしたのだ。
だが、ネニファイン部隊に所属する前は、トゥアム共和国ブラックポイント駐留軍の元総司令官である
「ゼフォン・ウィリアムズ」の元で匿われていたと言う所までは突き止める事が出来たが、それ以前は帝国から来たと言う事以外は何も判明せず、DNA情報の鑑定についても、ユァンラオ自身、パレ・ロワイヤル基地と言う辺境の地にて身動きが取れず、カルティナに関しても、現状、依頼人の指示で帝国国内で活動中と、中々思うように事を進められない状況にあって、ようやく「レアル・サルス・バティ」なる古馴染みに連絡を取り付け、DNA鑑定を依頼する段にまで漕ぎ着けていた所だった。
鑑定結果については、何時頃判明し、何時頃に連絡が返って来るのか、全く解らない状況にある。
だが、ユァンラオは、非常に高い確率で、ルーサと皇女のDNA情報は一致するのではないかと考えていた。
そして、依頼人であるレジェスは当初、ルーサと言う少女の方を探していたのであろう・・・と。
人探しをする上で、その人物のDNA情報を開示すると言う事は、見つけた者はまず、DNA鑑定をして見ろと言う暗なるメッセージに他ならず、DNA鑑定の結果が一致なる答えを示し出せば、如何に身体的特徴に大きな齟齬が見て取れようと、本物として取り扱わざるを得ない事態に直面する。
実際にレジェスが目していたのは、皇女と言う甘美な餌を利用して、帝国の現体制に仇なすロイロマール派の連中を釣り上げ、一網打尽に処理する事にあり、皇女と良く似た容姿の少女を見つけ出して、その身柄を確保する事に関しては、それ程主眼を置いていなかったのかもしれない。
ところがその過程で、思いもよらず本物の皇女により近いセニフなる赤毛の少女が存在する事を知り、皇女しか知り得ないはずの過去の記憶を利用して、実際にその記憶を有する者なのかどうかを確認する為の悪的謀を強行した。
そして、セニフなる赤毛の少女が、皇女の記憶を有する本物である事が判明すると、すかさずセニフの身柄を確保する為の作戦行動を展開し始めた・・・。
となると、依頼人であるレジェスは、当初、ルーサなる偽物の皇女が存在している事は知っていたが、
セニフなる本物の皇女が存在している事は知らなかった・・・と言う事になるのだが、依頼人であるレジェスは、立場的に、皇女の処刑に主体的に携わったストラ派陣営に属する人間なのだから、「本物の皇女は既に処刑されている」と言う認識で凝り固まっていても別段不思議ではない。
彼等ストラ派陣営の人達は、実際に皇女なる少女を処刑した。
今現在も尚、セニフなる本物の皇女が健在である以上、彼等が処刑したのは真っ赤な偽物と言う事になるが、彼等が今の今までセニフと言う存在を野放しにしていた事から察するに、彼らはそれが偽物であったことに今まで気付いていなかったと言う事だ。
つまり、皇女の処刑が執り行われた当時、本物の皇女たるセニフとは別の、一見して直ぐに偽物であると判別できるルーサとも別の、恐らくはルーサと同じく、皇女と同じDNA情報を有した精巧な偽物がもう一人存在しており、皇女が処刑される直前に、何者かの手によって本物とすり替えられた・・・。
そして、ストラ派の連中は、その事実に気が付かないまま、偽物の皇女を処刑した・・・。
ルーサなる偽物の少女は、皇女の挿げ替えに失敗したと見せかけるためのダミー的な存在であり、セニフなる本物の皇女を逃がすためのデコイ的な存在であったとすれば、皇女と同じDNA情報を持つセニフなる赤毛の少女が存在する事を知らされて尚、酷く緩慢な動きに終始した依頼人の謎対応にも納得がいく。
ただ、そうなると、皇女と同じDNA情報を持つ少女が3人存在する事になる訳だが、もし仮に、ルーサが皇女のDNA情報を有していなかったとしても、本物の皇女が生きている事を知らなかったストラ派陣営の連中が、誰も殺さないままに皇女の処刑を執り行ったと偽り嘯くはずがないし、処刑した少女のDNA鑑定を実施しなかったとも考えにくい。
つまり、皇女と同じDNA情報を持つ偽物の皇女は、確実に一人は存在する。
では、皇女と同じDNA情報を有する少女を、一体どのようにして作り出したのか・・・と言う点に関してだが、皇女が元々多胎児であったと言う可能性を排除して残るのは、やはり、何かしらの非人道的な如何わしき技術、人間のクローニング技術や急速培養技術等が用いられたと考えるべきで、帝国国内の何処かに存在すると噂される、幾つかの悪的研究施設がこの件に関わっている可能性が非常に高い。
勿論、そう言った技術が実際に実現可能なレベルにまで達し着いているのかと問われれば、未だに大きな疑問符を払拭し切れない曖昧な段にあった事は事実で、真偽の程は全く定かではないのだが、直近、カルティナが、依頼人の指示で、それに類する「とある研究施設」に攻撃を仕掛けると言っていた為、そこで何か、この件に関する詳細な情報が掴み取れるかもしれない。
(ユァンラオ)
「まともに会話もできぬ不良品風情が、屠殺を恐れて逃げ出したか?人の手によって作り出されたまがい物が、自我を持ち、人の社会にそれなりに適応し得ている点に関しては評価できるが、この期に及んで食用豚以上の使い道があるとも思えんがな。」
闇色に染まった疎林地帯北方部の奥向う側から、勢い良くこちら側へと向かって迫り来るスーリン町界防衛守備隊所属のDQ機「マレイア」のバーニヤ光の揺り動き様を、TRPスクリーン越しにまじまじと眺め見取りつつ、自らが作り上げたそれらしき仮説を、脳内で今一度さらりと反芻させ遣ったユァンラオは、薄っすらと不敵な笑みを形作り浮かべ上げながら、搭乗機であるリベーダー2を、意図不明なる乱入機にほのかに近付き寄り行く動きを奏で見せた。
そして、既に交戦状態にあった青色の飛行機型DQフォル・レンサジアの軽いジャブ的な偏差撃ち攻撃を軽快な機体捌きで右手側方向へとかわし、装備し持った電磁系アサルトライフル「ResenASR-10reng」で適当に何発かの反撃弾を撃ち放って、相手機を一時的にやり過ごし離脱させ行かせると、さて、攻撃をするなら今だが?などと脳裏に浮かべ上げて、自身の右後背部へと迫り来た紺色のDQ機に殺意高目な意識の視線を当て付けやった。
ところが、マレイアに搭乗する赤毛の少女ルーサは、ユァンラオが搭乗するリベーダー2に対して攻撃を仕掛ける様子は一切無く、それなりのスピードでリベーダー2の右手側小脇を一直線に素通りし抜け行くと、南方側で旋回行動を取り、機体スピードが著しく降り落ちたフォル・レンサジアへと向けて真正面突撃を開始した。
(ユァンラオ)
「帝国軍機だけを狙う?立ち位置的にはそのままを維持か?」
(ランス)
「ちっ。黙って見てるんなら見逃してやったものを・・・。」
ルーサが搭乗するAD-396マレイアは、左腕部に「H250シールド」なる中盾を装備し持っているが、機体の正面装甲は中型DQ機の中でもそこそこ程度に収まり入る厚さしかなく、移動スピードも遅い、旋回性能も低い、云わば、完全に見掛け倒しなる一般向けの粗悪品であり、軍隊が保有するDQ機と比べて一回りも二回りも劣る低性能な機体で、ランスもまさか、自分達の戦闘に介入してこようなどとは思っていなかった。
もしかしたら、共和国軍のDQと共闘するつもりで乱入して来たのか?と、そう考えたランスは、直ぐにサーチモニターへと視線を落として、リベーダー2の様子を窺う素振りを見せたのだが、先程の牽制弾を撃ち放って以降、酷く消極的な挙措に終始するリベーダー2からは、マレイアとの連携を画策しているような攻撃的な意思は微塵も感じられず、ただ、マレイアに攻撃を仕掛けた段階で、不意打ちなる一撃を狙ってくる可能性はありそうだなと、そう思いを被せ上げると、逆にそのタイミングに合わせて、リベーダー2にカウンター攻撃を食らわせてやろうと目論み、徐に口元をニヤリと歪め上げながら右足で力強くフットペダルを踏み込んだ。
勿論、最初に対峙するであろうマレイア機については、早々に仕留め落とし遣る腹積もりだった。
フォル・レンサジアが持つ移動スピードの速さ、旋回移動時の機動性の高さを生かして、相手機の右手側にドリフト体勢を形作って勢い良く突っ込み入り、マレイアの背後部へと回り着く頃には、相手機を完全に撃破、粉砕し散らした状態で、次なる相手、リベーダー2の方へと行き向かう予定だった。
ところが、ランスが搭乗機であるフォル・レンサジアの機体をドリフト走行の状態へと移行させ遣りつつ、右手に装備し持った「HV192-T64」をマレイアへと翳し付け、攻撃を開始しようとした際、マレイアが装備する小盾を全く使用せず、完全無防備なる構えで反撃弾を撃ち放ってきた為、ランスは即座に一番装甲が薄いと思われる右胸脇腹部分を狙って正確な射撃を繰り出したのだが、不思議と違和感なく横から滑り動いてきた小盾によって、全弾が綺麗に弾き防がれてしまった。
しかも、では、ならばと、全く別の所に出来上がった隙なる弱装甲部分へと目掛けてHV192-T64の弾丸を素早く発射したのだが、これまた滑らかに滑り動いた小盾によって、そのほとんどを弾き飛ばされてしまう事になる。
ランスは直後、誘われた!?事に直ぐに気が付き、今度はHV192-T64の発射トリガーを引きっぱなしの状態で、銃弾を放ち続ける適当撃ちを披露し見せたのだが、間髪を置かずして機体を急旋回させ、一気に離脱し行く構えへと転じ入ったマレイアの機体に、的確に弾丸を撃ち当て続ける事ができず、更に、逃がすものかと、フォル・レンサジアの左手に装備し持った「KGS-17グレネードガン」も一緒に同時撃ちを慣行し遣る構えを見せるも、搭乗機の左手側地表至近で突として鳴り響いた「ドゴン!」なる爆発に機体を煽り付けられ、思わず強く顰め歪めた表情から汚らしい舌打ちを吐き付け出してしまった。
爆発の原因は、急旋回行動を取る直前にマレイアが密かに地面へと投げ転がした「WM29手投げ弾」で、
無謀なる突撃行動から一転、一気にガン逃げモードへと回り転じる構えを見せ出したのも、ランスの攻撃をかわす為と言うよりは、相手の意識を逃げ行く自身の姿に引き寄せ付けるため、手投げ弾の爆発予定地点まで相手機をおびき寄せる為だった。
だが、この爆発によって機体の体勢を酷く崩され、ほんのしばしの間、よろめきのたうつ挙動にしばし苦しめられる事になるランスだが、その後すぐさま機体を翻し回して再攻撃を仕掛けて来たマレイアの射撃弾を、片翼が地に掠り擦る程に機体を捻り傾け倒しつつ、無理矢理な旋回運動を披露し見せる事で、体よく全てを回避し切り、更に続いて、完全に虚なるタイミングで右後背部方向から撃ち放たれたユァンラオの不意打ち攻撃を、フォル・レンサジアの両翼先端部に取り付けられた前後サブバーニヤを無作為に瞬き上がらせつつ、機体に不規則な挙動を色濃く加え入れる事で、全弾空振りなる情けなき結末を相手に与え付ける事に成功、その後、間髪を置かずして、搭乗機のメインバーニヤを大きく吹き上がらせながら、一気にその場から立ち去り逃れ行く動きへと転じ入る。
(ユァンラオ)
「ほう。」
(ランス)
「何だコイツ!・・・何もんだ!?」
この時、ユァンラオが思わず驚きの表情を形作りながら短い感嘆詞を漏らし零したのは、自身が繰り出した不意打ちなる攻撃を、青い飛行機型DQのパイロットが素晴らしき機体捌きで、見事全てかわし切り抜け行った事に感心したからではあったが、それ以上に彼が驚いたのは、非常に粗悪的な中型DQ「AD-396マレイア」に搭乗するルーサなる赤毛の少女が、機体性能において遥かに勝るフォル・レンサジアを相手に全く怯み恐れる様子も見せず、軽快にあしらい捌きいなすだけの卓越したDQ操舵技術を披露し見せた事で、ユァンラオもまさか、ルーサが最初の対敵において、無傷のままやり過ごし終えようとは思っていなかったのである。
ユァンラオはこれまでに、ルーサと一緒に戦闘をした経験が全くない訳ではなかったが、これ程までにルーサが積極的に、攻撃的に戦闘を行う姿は見た事が無かった。
そしてそれは、青い飛行機型DQ「flgerフォル・レンサジア」に搭乗していたランスも同様で、彼もまた、マレイアなる低性能なDQ機を相手に、撃ち漏し終える事態に直面しようとは思っていなかったし、相手が示した3度のミスリードの全てに上手く乗せ嵌められてしまった挙句、反撃弾を浴びせかけられる事になるとは思っていなかった。
ただ、最初の2つのミスリードに関しては、ランスの側が効率を優先した上で晒し示された弱点部分を狙い、正確に撃ち抜く射撃技術を有していなければ成り立たなかった訳で、相手が並以下のパイロットであれば、早々に撃墜されていたはず・・・。やはり偶然か?・・・と、脳裏でそう思いを被せ上げたランスは、離脱逃走状態にあった自らの搭乗機を手早く反転させ遣ると、直ぐに次なる攻撃を仕掛け入れる為に、後部メインスラスターバーニヤを再び大きく吹き上がらせた。
それに対し、明らかに狩られる側にあったはずのマレイアもまた、ゆっくりと機体を旋回させ、青い飛行機型DQの方へと機首を向け付けさせると、それを真っ向から受けて立つ構えで機体を前進させ始めた。
周囲に体良き遮蔽物があった訳ではない。
機速で勝っている訳でも、装甲で勝っている訳でもない。
所有する武装も相手機より1世代以上前の代物群・・・と来れば、何処の誰がどう見てもマレイアの側に勝ち目はないように思えた。
トゥアム共和国軍所属の黒いDQ機リベーダー2に関しても、スーリン町界防衛守備隊所属のマレイアに対して敵対する姿勢を見せ示していないが、率先してマレイアに協力して動く様子もなく、どちらかと言えば、マレイア機を囮に使って漁夫の利を得ようとする魂胆を如実に窺わせているようだった。
(ユピーチル)
「御嬢さん!お戻りください!御嬢さん!」
先程までテヌーテが搭乗していたマレイア3番機へと急ぎ飛び付き乗り、可能な限りの迅速さを持って機体を急発進、マレイア1番機に搭乗するルーサの暴走を食い止めるべく、彼女の元へと駆け付け行こうとしていたユピーチルだったが、ルーサが対峙した青い飛行機型DQ機との次なる撃ち合いを開始する前に、彼女の元へと到達し着く事はほぼ不可能な距離で、彼は唯々、通信システム内に自重を促す言葉を大声で連呼し入れる事しかできなかった。
ユピーチルにとって彼女は、彼が真に探し求めていた重要な人物などではなく、恐らくは、単に帝国皇女に容姿が似ていると言うだけの恐らくは無関係なる人間で、自ら達の都合で無理矢理に連れ出してきてしまったと言う経緯から、無下に放っておく事は出来ないと判断する程度の存在であったが、彼女の事を守りたい、彼女の事を助けたいと必死になる彼の思いは本気だった。
御嬢さん!御嬢さん!・・・と、何度も何度も通信システムから繰り返し発生られるユピーチルの声が、ルーサの耳に全く届いていなったかと言えばそうではないのだが、TRPスクリーン正面より迫り来る青い飛行機型DQ機を睨み付けるルーサの表情は、普段とは全く異なり非常に険しく敵意に満ち溢れたもので、「敵、敵、敵」と繰り返し発せられ続ける独り言の如く、彼女の暴走も全く止まりそうな気配を匂わせなかった。
そして、やがて、程なくして、最初に相手機を有効射程圏内へと収め入れたフォル・レンサジアの側が、
装備し持った「HV192-T64」の銃口を激しく瞬き上がらせて断続的に弾丸を発射しつつ、滑らかな所作でドリフト体勢を形作り、マレイア機の右手前方部へと目掛けて勢いよく機体を滑り込ませ行く。
一方のマレイアも、小さいながらも前方正面部に盾を構え出しつつ、その小脇部へと添え付け置いた「HV190-T50」の銃口から、集弾率の低い弾丸を全開にばらまき散らして応戦し見せる。
だが、如何せん、マレイアが装備し持つアサルトライフル「HV190-T50」は集弾率が非常に低い代物で、
正面の被弾面積が小さい前屈姿勢にあるフォル・レンサジアの機体にほとんど真面にヒットせず、当たったとしても、正面側に傾倒して防御力を偏らせているフォル・レンサジアの装甲を貫くには至らず、逆に、翳し出した「H250シールド」からはみ出た部位を、ランスが繰り出す正確な射撃によって激しく攻撃され続け、致命傷に至る程の損害は何とか避け得ているものの、各部位を保護する装甲版を次々に破壊、吹き飛ばされる事になる。
そして、移動速度が遅いマレイアの機体を中心点として、ドリフト弧線の半径長を短くし始めたフォル・レンサジアが、機体をズザザザと横滑りさせながら最後の止めだとばかりに、「KGS-17グレネードガン」をマレイア機に向けつけて弾丸を発射・・・・・・しようとしたその次の瞬間、かなり遠目の位置から放たれた高速の弾丸が、フォル・レンサジアのグレネードガンへと直撃、装填された弾丸諸共、割と大きな爆発を生じさせ、弾け飛んだ。
ボンッ!!
(ランス)
「なっ!?」
フォル・レンサジアが構え上げたKGS-17グレネードガンを狙撃したのはリベーダー2に搭乗していたユァンラオで、マレイアに再攻撃を仕掛ける際に、ランスがユァンラオの存在をほぼほぼ意識外に捨て置いたのは、ユァンラオが通常考えられるアサルトライフの射程範囲外に離れ行っていた為であるが、リベーダー2が装備し持っていた電磁系ASR「ResenASR-10reng」は、高出力状態で発射する事で弾速と射程距離を飛躍的に伸ばし高める事が出来る代物だった。
ただ、トゥアム共和国軍のDQ部隊で最近よく使用されるようになったバーナーランチャーと同様、エネルギー供給元がテスラポット直結であり、高出力状態で使用すると、しばしの間エネルギー充填作業が必要になると言う点と、連射不能なう上、通常弾を単発で撃ち放つ事になる為、大した威力を期待できない点が玉に瑕な一癖ある武器なのだが、この時、遠目からグレネードガンを狙い撃ち、暴発させるに至ったフォル・レンサジアへの不意打ち攻撃は、ルーサが搭乗するマレイアへと注力、括り付けられていたランスの意識を、一時的に緩め引きはがす事に成功した。
勿論、ルーサ自身、事前にそう言った顛末が期待できると思って突撃して行った訳ではないのだが、瞬間的に構築されたその間隙を突いて、すかさず搭乗機であるマレイアを急加速させ遣ると、著しく緩慢な動きに陥り塗れたフォル・レンサジア機へと一気に肉薄し、H250シールドを放り投げ捨てた左手をもって、フォル・レンサジアの機体右主翼の付け根付近へとガチリと掴み掛かった。
それに対し、一瞬にして「まずい」なる負的な気配を察知し取ったランスは、マレイア機に完全に取り憑かれ寄せられる前に、手早くHV192-T64の銃口をマレイア機の胴体部へと突き付け、即座に発射トリガーを引き放とうとしたのだが、直前にマレイアが掴みかかった左手の側の方に機重を多く乗せ掛けて、フォル・レンサジアの機体姿勢を大きく崩し傾けた事により、狙いを外したHV192-T64の銃口が、ガンガンガンガンガンガンと、無意味な空撃ち音を幾度も繰り返し鳴らす事になる。
(ランス)
「くそっ!何なんだよこの面倒くせぇ奴は!」
(ユピーチル)
「御嬢さん!間もなく参ります!それまで何とか耐えてください!」
そして、間もなく到着するであろうユピーチルの進言に対して、完全無視なる態度を突き通しつつ、眼前でメインスラスターバーニヤ、サブバーニヤの全てを忙しく吹き上がらせて、マレイアの拘束を振り解こうと激しく暴れ蠢くフォル・レンサジアの機体を、体良き機体操作をもって上手くいなし捌き押さえ付け遣ると、徐に右手に持った「HV190-T50」の銃口を相手機の機体下部付近へと突き付け、アサルトライフルの発射トリガーに掛かった右手の人差し指に力を込め入れ・・・・・・。
(ルーサ)
「・・・?」
・・・るだけ、と言う状況にまで至り着いていながら、何故かこの時、フォル・レンサジアの機体へと襲い掛かるはずだった弾丸は全く発射されなかった。
それどころか、先程までフォル・レンサジアと激しい取っ組み合いを繰り広げていたマレイアの動きが突として完全に停止、ほんの一拍、二拍程度の時間ではあるが、マレイアの拘束から逃れ離れようと暴れ動くフォル・レンサジアに対して、全く何の抵抗も見せない酷く緩慢な動きに塗れ落ちてしまった。
別段、「HV190-T50」の弾丸が尽きていたと言う訳ではなく、機体が損傷して動かないとか、エネルギー切れを起こしてしまったとかでもない。
停止していたのは、ルーサの身体、そして、ルーサの思考・・・。
ルーサは、マレイアのコクピット内でポカンとした表情を浮かべ挙げながら、何処を見るでもなく、ただただ目の前の虚空じっと見据えていた。
それまで、何の気なしに聞き流していた「御嬢さん!」と叫ぶユピーチルの声色を、頭の中で何度も何度も反芻させながら・・・。
そして、長い時間の様にも感じられた極僅かな時間を経た後に、意図せずも自然に脳裏へと浮かび上がってきた言葉を、ポツリポツリと並べ出した。
(ルーサ)
「・・・泥棒?・・・箒?・・・トイレ?」
(ユピーチル)
「???」
バキンッ!!
直後、スーリン町界防衛守備隊の通信システム内へと流し入れられた小柄な少女の言葉を聞き取ったユピーチルは、思わずハッとした表情を浮かべ上げて「え?」なる驚声を無音なるままに脳内へと発し上げ、同時に、TRPスクリーンの真正面部に捉え見た青い飛行機型のDQ機が、マレイア機の拘束を無理矢理に引き千切り剥がし、即座に機体を翻し回して攻撃態勢へと移り進んだ姿を見取りて、唐突に「あっ!」なる驚声を物理的に発し被せ上げた。
ここまで、小柄な少女を守る為にと、出来る限りの最善を積み重ねて最速で彼女の元へと辿り着き行こうとして来たユピーチルであったが、瞬間的に彼の脳裏へと浮かび上がって来たのは、如何様にしても、青い飛行機型DQの次なる攻撃を阻止し得る場所位置にまで到達し着けない・・・と言う悲観的な見通しのみで、この時の彼に出来た事は、小柄な少女が助かる為の神懸かり的な何かに一縷の願いを込め入れて、もう一度通信システム内に「御嬢さん!」と言う大きな声色を叫び入れる事だけだった。
ガンガンガンガンガンガン!
だが、しかし、ユピーチルが必死に願い入れた思いも虚しく、小柄な少女を乗せたマレイア機は、青い飛行機型のDQ機の攻撃をかわすどころか、全く身じろぎすらせず、ただただ射的の的が如く完全なる棒立ち状態に終始し、完全フルオート状態で放たれた「HV192-T64」の弾丸を、真正面部で全弾モロに受け食らわされる羽目になった。
そして、緩やかなスピードでスライド移動しながら、一頻り銃弾を撃ち放ち終えた後に、素早く機体を反転させ、一気に離脱し行く構えへと転じ行った青い飛行機型のDQ機が、後部メインスラスターバーニヤ部に煌々(こうこう)とした力強い光を瞬かせ上げた次の瞬間、静かにぐらりと機体を傾かせていったマレイア機から、無数の煌びやかな火花が迸り散り、大きな爆発を生じさせて、搭乗者たる小柄な少女の命と五体とを一瞬にして燃やし尽くす様を目の当たりにする。
ドゴーーーン!!
(ユピーチル)
「・・・っく!」
ユピーチルは何もできなかった。
自ら達が演じ犯してしまった大きな失態劇から、危険な状況へと陥り嵌らせる事態になってしまった小柄な少女の事を、元居た場所へと戻し返す事も、その身を守り通し見せる事もできなかった。
勿論、少女自身が唐突に自分勝手な行動に走り、自ら率先してその身を危険に晒し置く奇特な行為に及んだと言う経緯はあるが、しかしそれでも、TRPスクリーン中央部に映し出され見える物悲し気な荼毘炎を、唖然とした表情のまま見入り、しばし凝り固まってしまったユピーチルは、少女を救う事ができなかった自らの責任に対して、強い罪悪の念を感じ覚えていた。
ただ、そんな彼の酷く落ち込に沈んだ心の只中で、唯一の慰みとなっていたのは、この小柄な少女は、彼が元々探していた人物とは全くの別人・・・であった事だ。
?????
(ランス)
「ちっ!さっきの近接戦闘でバランサーがイカレちまったか。・・・まあ、いい。元々蛇足な遊びだ。」
ユピーチルは、屑鉄と化し地面に突っ伏し倒れたマレイアの機体を苗床に、のうのうと燃え盛る赤々とした火柱の向う側で、幾つものスラスターバーニヤ光を不規則に瞬かせ上げて動き出した青い飛行機型DQ機の動向に気が付き、徐に自身が搭乗するマレイア機の進行スピードを緩め落とし遣ると、如何様にも対処し得る万全の体勢と心構えを形作りつつ、橙色のベールに隠れた相手機へと向けて鋭い視線を宛がい付けた。
・・・が、頭の中では全く別なるものを考えていた。
直後、後部メインスラスターバーニヤ、サブバーニヤを全開で吹き上がらせて、機体を急加速させた青い飛行機型DQ機の挙動に、手早く反応する素振りを垣間見せ遣るも、どうやら青い飛行機型DQ機には戦闘を継続する意志がない、即座に戦場を離脱し行く構えへと転じ行った様を確認して取ると、すぐさまもう一機の乱入者たるトゥアム共和国軍側の黒いDQ機「リベーダー2」の方へと意識を移し替え、その所在と動向とを備に観察して取る作業を執り行い始めた。
・・・が、頭の中では全く別なるものを考えていた。
(ユァンラオ)
「ほう。馬鹿みたいにイキり散らしていた割には、随分と素直だな。それとも、任務が完了した旨の連絡でも受けたか?まがい物の方は樹海の藻屑と消えたが、上手くいっていると良いな。」
そして、どうやら、トゥアム共和国軍側の黒いDQ機も、それ以上の戦闘を実施するつもりは全く無かった様で、南方側に木々が群生する場所位置にて、ゆっくりと機体を翻し回し遣った後で、後部テスラポットに配された4つのメインスラスターバーニヤを大きく吹き上がらせた同機体は、別段、何を慌てる様子もなく通常の進行スピードで、パレ・ロワイヤル基地方面へと向けて姿を掻き消していった。
その後、ユピーチルはすぐさま、仲間達の安否を気遣うように視線を後方部へと送り、無事を確認する問い合わせを通信システム内へと流し込みながら、搭乗機であるマレイアの機体を元来た道筋へと返し戻す。
・・・が、頭の中では全く別なるものを考えていた。
・・・泥棒?
・・・箒??
・・・トイレ、・・・だと???