表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Loyal Tomboy  作者: EN
第十一話:「混流の源泉」
244/245

11-20:○見ていたもの、見えたもの[1]

第十一話:「混流の源泉」

section20「見ていたもの、見えたもの」



パレ・ロワイヤル基地の北方側一帯に鎮座するカノンズル山の東側麓付近には、南北に走る曲がりくねった長細い未舗装の山道が伸びており、その道に沿って進み、カノンズル山の北側向こうへと抜け出ると、自然豊かな渓谷群に囲まれた「スーリン」と言う小さな町へと辿り着く。


この町は元々、帝国貴族の中でも中流に位置する「アルエレンゾ・レブ・ファーマー伯爵」なる人物に統治されていたのだが、パレ・ロワイヤル基地がトゥアム共和国軍によって奪取された直後、全ての責務を放棄してテルアムントへと早々に逃亡してしまった為、今では「ワーゼン・ネメシズ」と言う、とある商人組織のリーダーによって管理統治されている。


帝国国内にある各々の町は、その全てが漏れなく何れかの貴族の所有物であり、一般平民以下の身分から貴族の地位へと成り上がった者達を別として、真に身分の低い者が町の運営を取り仕切ると言う例は、元々その町の統治者たる貴族よりその役割を任じられるか、または、帝国最高評議会の決定により特別に統治を任されるかのどちらかであるが、実際にこのワーゼンなる人物が、そう言った正規の手順を経て管理者たる地位を得たのかと言えば、そうではない。


言ってしまえば彼は、戦争による混沌とした状況下に乗じて、町の支配権を上手い具合に我がものにしてしまった、所謂いわゆる簒奪者さんだつしゃである。


にもかかわらず、帝国最高評議会が、彼に対して何のとがめも与え付けず、しばらくの間、彼の悪なる所業を放置し続けているのは、単に、未だにスーリン周辺部の治安情勢を安定化するに至っていなかったからであるが、それ以上の理由として一番大きかったのは、彼がそれなりに町を上手く管理統治し、運営出来ていたと言う点にあり、帝国最高評議会の判断としては、パレ・ロワイヤル基地を含めた周辺地域の支配権を完全に掌握し切るまでの当面の間、彼の町長ごっこを黙認する事にしたのだ。


そして、帝国評議会側が表向き、彼の行いを認めるような態度で彼との接触を図ると、それなりに良好と言える関係性でしばらくの間やり取りする段にまで至っていたのだが、直近、帝国軍がパレ・ロワイヤル基地の奪還を目した作戦行動を開始すると、突如として事態は一変、代理町長であるワーゼンが、町内に存在する警備組織を総動員して町周辺部の防御を固め、当作戦における帝国軍からの支援要請の全てを拒否した上で、帝国軍に対して敵対する構えを見せたのだ。


これに対し帝国軍側は当初、話し合いによる解決を試みようとしていたいのだが、ワーゼン側がそれに一切応じようとしなかった為に断念、武力行使による解決も、元々はファーマー家が所有する町だと言う事もあって断念、パレ・ロワイヤル基地奪還作戦を発動する直前だったと言う事もあり、帝国軍はこの問題を、一旦棚上げする事にしたのだった。



(ユピーチル)

「タイミング的に言えば、トゥアム共和国側に加担する意図があった事は間違いないだろうが、吹けば飛ぶ程度のこの戦力、ほぼほぼ無意味であると言わざるを得ないな。」


(ベトラッシュ)

「味方でありながらも裏切りの可能性に疑心暗鬼する必要がなくなった・・・と考えれば、そう悲観する事態でもあるまい。加えて、町防衛の為に割り割く戦力も不要と来れば、攻略軍としては願ったり叶ったりな話とも言える。」


(ユピーチル)

「ここまで出張る体良ていよき理由を得られた、我々にとってもな。」



スーリンの中心市街地は非常に険しい断崖に囲まれた渓谷群の程深くに位置し、町中から外界へと通ずる道は、車道と称せる程の規模に限れば北側に1本、東側に2本、南側に2本の計5本のみ、片側2車線を要する地域高規格道路となると、北側の1本のみに限定される。


軍事力によって町の占領を試みる場合、大軍をもって攻めかかるには、必然的にこの北側のルートを使用せねばならず、少数をもって当たる場合にも、必ずこの5つのルートの何れかを使用しなければならない。


当然、町を防衛する側にあるワーゼンは、この5つのルートの出入り口を塞ぎ抑えるべく、町内に存在する一般警備会社の戦力を総終結させて各所へと配置、簡易的な防衛拠点を構築させ遣ると、更にその外側にいくつかの斥候部隊を派遣して、帝国軍の急な襲撃に対しても対処し得るよう防衛体制を整えた。


そして、その5つのルートの内、町の南西側へと抜け出るルート上に構築された防衛拠点から更に南西の奥側、濃密な密林山岳地形に囲まれてはいるが、比較的見晴らしの良い疎林部が広がる岩がちな丘陵地帯の中央部に、彼等は居た。



(ベトラッシュ)

「砲声が大分遠退いて行っているな。やはりさっきの爆撃か?」


(ユピーチル)

「運悪くごっそりと持っていかれたのだろう。共和国軍側は防御陣の再構築もままならないようだ。」


(ベトラッシュ)

「余り西側に戦線を広げてほしくはないのだが・・・、どうする?もう少し前に出るか?」


(ユピーチル)

「いや、これ以上進むと攻略軍の索敵網に引っ掛かる恐れがある。ここは御姉様の力量を信じて待ち控える事にしよう。」


(ベトラッシュ)

「お前が信じているのは、ゲイリー様の言、だろ?」


(ユピーチル)

「それはそうだが・・・、君も感じただろ?ぞんざいに掴み掛かって容易に組み敷けるような羸弱るいじゃくな輩ではないと言う事を。」


(ベトラッシュ)

「そうでなければ、こんな所まで来やしない。今頃、お気に入りのパブで安い酒でもあおっているさ。」



サラサラとした細い金色の髪と、燃える様に赤い綺麗な両の瞳を持つ美的青年「ユピーチル・フローラン・レブ・ネノベル」は、ストラントーゼ軍所属ゲイリーゲイツ将軍帰下の陸軍大尉であり、彼に同行する他の二人の男性、緑がかったおさまりの悪い黒髪と細く垂れ下がった目じりが特徴的な丸眼鏡の青年「ベトラッシュ・レブ・デューター」中尉、くすんだ焦げ茶色の綺麗な長髪と幼げな顔貌が特徴的な「テヌーテ・ストラナー」上等兵と共に、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国軍の正規兵と言う立場にあるが、彼等は今回、トゥアム共和国軍に占領されたパレ・ロワイヤル基地を奪還する為の大規模作戦には参加しておらず、表向きには、カフカス砂漠の西端部に位置するランズメアリー都市の駐留基地で、待機と言う状態になっている。


にもかかわらず、彼等が何故、これ程までに当該戦域に近しい危険な場所位置に身を晒し置いているのかと言えば、それはひとえに、彼等と彼等が敬愛する上官たる「ゲイリーゲイツ・ラント・ナイト」将軍が目する全く別物の成果を手中に収めんと、悪的なはかりごとたくらんでいた為であり、彼等が普段とは全く異なる藍色あいいろ一色で統一された、地味目なパイロットスーツを身にまとっていたのも、「AD-396マレイア」と言う平民向けに販売されたチープな中型DQ機に搭乗していたのも、己達の身分を偽り、この地へと訪れ来ていたからであった。


彼等は今、スーリン町内にある「イルティメイト」と言う警備会社に臨時のアルバイトとして雇われ、町界を防衛する南西方面部隊の一員として、哨戒任務にあたっていた。



(ユピーチル)

「テヌーテ。周囲の状況はどうだ?」


(テヌーテ)

「今のところ特に問題はありません。ですがやはり、一般市販機の標準サーチャーでは、索敵距離に限界があります。」


(ユピーチル)

「武装も190型の旧式アサルトライフルにH250シールドと手投げ弾が3つだけ。よくもまあ、こんな粗悪品で戦おうなどと考えたものだ。」


(ベトラッシュ)

「粗悪品だからこそ見逃されている、と言う側面もあるんだ。そこはもう仕方がないと割り切って掛かる事にしよう。あとは、近隣に突然、敵が沸き出ない事を祈るだけだな。」



彼等は待っていたのだ。


彼等と同じく身分を偽り、パレ・ロワイヤル基地内へと潜入した「フェーン・メルヒー」と言う女性工作員が帰って来る事を。


そして、彼女が、彼等の目的である赤毛の少女、帝国の皇女たる身分を隠して過ごす「セニフ・ソンロ」と言う16歳の少女を、引き連れて戻って来る事を。



ただ、ユピーチルが以前、偶然にもスーリンの町中でセニフと出会った際、セニフが帝国へと帰り戻る事を強く拒んでいたと言う経緯もあり、そう簡単に事が進み運び行かないであろう予測が容易に付いていた為、彼等としても、出来る限り事を穏便に済まし収める何かしらの妙案はないものかと、彼是と思案を巡らせてはいたのだが、最終的に彼等が「話に応じない場合には早々に見切りをつけて拉致する」と言う暴挙を選択し、作戦を強行せざるを得なかったのも、帝国軍がパレ・ロワイヤル基地を奪還する為の作戦を密かに計画中であると言う話を聞き付けた為だ。


それも、僻地にある軍事基地を攻撃するにしては明らかに過剰となる大戦力を投入する予定との事で、彼等としては、攻軍、守軍共に甚大な被害を被るであろう凄惨な戦いが勃発するよりも前に、何としても赤毛の少女を救出らちし、回収作業を完遂させおきたいと考えていたのだ。


そう言った意味では、タイミング的にはギリギリ、いや、少しばかり間に合っていないとも言える非常に逼迫ひっぱくした状況にあった事は確かで、ユピーチルはこの時、表向きには、全く普段通りなる不遜、高圧的な態度で、終始平静さを保ち見せていたが、内心では、著しくはやうごめく己の気持ちを押さえつけるのに苦労していた。



・・・ところがこの時、そんな彼の憂慮は、程なくしてあっけなく杞憂きゆうに終わる事になる。



(テヌーテ)

「ユピーチル様。8時方向にPU信号が出ました。距離、約3kmilsです。」


(ユピーチル)

「来たか!信号を受信した旨を返信!追っ手は掛かっていないな。二人共、警戒体制を維持したまま待機。」


(ベトラッシュ)

「思ったよりも早かったな。このモーター音か?」



「AD-396マレイア」のコクピットシートに背をもたれかけさせながら、TRPスクリーン越しに南方側の景観をじっと眺め見入っていたユピーチルは、通信システムを介してテヌーテより齎された「待ち人きたる」の報に即座に反応、己が身体をぐいりと引き起こし遣ると、正面下部に取り付けられたサーチモニターへと視線をくくり付けた。


そして、周囲の様子をまじまじとうかがい見て取りつつ、不審な機影はもとより、「待ち人」の反応光すら何も検知し出されていない事を確認すると、徐に搭乗機のコクピットハッチを開け放ち、昇降用ロープの先に取り付けてある三角ステップの上へと軽快に左足を乗せ上げて、手早く操作用リモコンの降下ボタンを押した。


待ち人が逃走に際して、電動モーター式のオートバイを使用する事、発見されないように夜間であっても無灯火で走行、ヘルメットゴーグルに内蔵された暗視システムを用いて走行すると言う事は、事前の打合せで決まっていた事だ。


先刻まで頭上を覆っていた分厚い曇天どんてんが一時的に過ぎ去り、黒色の大きな水溜まり的にも見える雲の間隙かんげきに煌々(こうこう)と輝く綺麗な月光によって、周囲一帯に広がる自然豊かな密林山岳地帯の様相がうっすらと照らし出されてはいるが、やはり、漆黒に包まれた密林地帯の内部をうごめく光無き何者か察知するのは、如何に遠目が利くユピーチルの両の目を持ってしても困難を極める様である。


ただ、幸い、待ち人から齎された連絡信号に対して、こちら側の待機位置を信号で返し送っている為、暗闇の中であってもランデブーにしたる不安があった訳ではない。



やがて、搭乗用の昇降機で地表近くまで降り下がって行ったユピーチルは、オートバイの走行音が程近くまで迫って来ている事を察知すると、徐に三角ステップから足を外して岩がちな大地上へと飛び降り、すかさずその音が発せられているであろう方角へと向けて駆け走り始めた。


そして、程なくして、幾重にも折り重なった緑壁の合間から勢い良く飛び出し来た中型のオフロードバイクへと視線を流し当て遣ると、こちら側の存在に気付いたのか、急激に車速を減衰させて体良ていよき広がり部へと車体を停止させた待ち人の方へと駆け寄って行く。


到着したオートバイを運転していた人物は、ユピーチルも既に知ってるフェーン・メルヒーと言う人物、収まりの悪い紺色の癖毛と細長の半目が特徴的な32歳の大人の女性であったが、彼女の背後から腹部へと両手を伸ばし、しっかと掴まり引っ付いていた人物、DQのパイロットスーツを身にまとい、フルフェイスヘルメットを被っていた小柄な人物の姿を間近で確認して見て取ったユピーチルは、一瞬にして自らの胸の鼓動が高鳴り上がるのを感じた。


オートバイの後部シートに座っていた小柄な人物が被っていたフルフェイスヘルメットの首元から、恐らくは赤色であろう長い髪の毛がはみ出ているのを見つけたからである。



(ユピーチル)

「お待ちしておりました。御姉様。」


(フェーン)

「出迎え御苦労。皇女様。先に御降りください。ユピーチル。手伝って差し上げて。」


(ユピーチル)

「解りました。」



バイクの後部シートに座っているこの小柄な人物は、皇女様本人で間違いない。


先日、スーリン町内で出会った、あの赤毛の少女、セニフ・ソンロで間違いない。


この時、ユピーチルはそう思っていた。


この期に及んで、そうでない可能性に懐疑的な思いを巡らせせる必要など、どこにもなかった。



・・・ところが、バイクの後部シートに座る小柄な少女へと歩み寄り行った際、ユピーチルは、何かしら不穏当な気配感が漂い流れているような感覚に見舞われ、後部シートから飛び降りようとする少女の動きを補佐する為と、彼女の腰付近へと両手を宛がい付けたその瞬間、不意に「何かが違う」と訴えかけ来る自らの直感的思いにさいなまれかれ、次いで、自らの目の前に佇み立った小柄な少女の形様を、暗視モードに設定してあるヘルメットゴーグル越しに眺め見取りて、唐突に愕然とした表情を浮かべ上げた。



(フェーン)

「どうしたんだ?ユピーチル。」


(ユピーチル)

「・・・。」


(フェーン)

「さ。皇女様。次はあの機体で移動します。少し狭いですが、御辛抱ください。」



自身の目の前でヘルメットを脱ぎ去り、綺麗な赤色のストレートロングヘアーをふわりとなびかせ見せたこの小柄な少女は、確かにユピーチルが待ち望んでいた「セニフ・ソンロ」と言う赤毛の少女と容姿が酷似していた。


帝国の皇女「セファニティール・マロワ・ベフォンヌ」に良く似た人物と言う条件で人探しを行った場合、十中八九、見間違うであろうレベルの相似性があった事は間違いない。


だが、ユピーチルが以前に出会ったセニフと言う赤毛の少女と決定的に異なっていたのは、この小柄の少女の身長が、セニフと言う赤毛の少女よりも明らかに低かった事、体重に関しても非常に軽かった事、年齢にして、明らかに2、3歳は若かろう幼き体躯であった事だ。


ユピーチルは直近、セニフと言う少女の身体を、その手で抱き抱えた経験があったのだ。



(ユピーチル)

「・・・お待ちください。御姉様。」


(フェーン)

「何だ?」


(ユピーチル)

「・・・大変申し上げにくいのですが、・・・この方ではありません。・・・人違いです。」


(フェーン)

「えっ?人違い?・・・何を言っているんだ?お前は。」


(ルーサ)

「人違い・・・?」


(ユピーチル)

「・・・少なくとも、私が先日お会いした皇女様とは、全くの別人です。」


(フェーン)

「別人?・・・・・・って、冗談でしょ!?そんなはずない!だって・・・!」



オートバイを左手側に降車した後、直ぐに反対側へと降り立った小柄な少女の元へと歩み寄り行こうとしたフェーンだったが、唐突に浴びせかけられたユピーチルからの思いもよらぬ衝撃的告白に思わず足を止め、彼に対していぶかしげなジト目を突き付けながら、次第に語気を強めて行った。


だが、全く冗談とも思えない神妙な面持ちで下をうつむき佇むユピーチルの姿を見て、次第に自らの顔貌がんぼう上に「そんな馬鹿な!」なる驚愕きょうがく的色相しきそうを塗り加え変えて行くと、程なくして唐突に慌てた様子を醸し出して、小脇に佇む小柄な少女へ問いかけた。



(フェーン)

「あの、皇女様・・・。大変無礼な質問で恐縮なのですが・・・、セファニティール皇女様御本人で、御間違いありませんよね?」


(ルーサ)

「・・・私、皇女・・・、セファニティール、マロワ、ベフォンヌ・・・。帝国の、皇女・・・。」


(ユピーチル)

「・・・。」


(ルーサ)

「フェーン、この人・・・、敵・・・?」


(フェーン)

「えっ!?・・・いえっ!この者は私の部下で、ユピーチルと申す者。皇女様の御味方です。ご安心ください。・・・・・・ほ、ほらぁ、皇女様御本人が、こう仰られているんだ。人違いだなんて、失礼な事を言うな。」



確かに・・・、確かに似ていらっしゃる・・・。


容姿、声色、どれをとっても皇女様と瓜二つ。


唯一パッと見てあからさまに違和感を感じるのは、口元に見て取れる大きなホクロのみ。


これ程までに酷似した容姿をもって、皇女様御本人であるとおっしゃられるのであれば、それを否定する事の方が困難であると言えるが・・・。



ユピーチルはやがて、もう一度小柄な少女の容姿全体を一通り眺め見まわした後、ゆっくりと少女の方へと歩み寄り始めた。


そして、徐に少女の目の前にひざまずいて低い体勢を形作ると、静かにヘルメット脱ぎ去り、じっと自分の事を伺い見来る少女の視線に己の視線をしっかとぶつけ合わせた。



(ユピーチル)

「お嬢さん。数日前、スーリンの街中で私と出会った時の事を覚えていらっしゃいますか?」


(ルーサ)

「・・・知らない。」


(ユピーチル)

「・・・では、5年程前、マータリアルムコロッセオにて開催されたDQA大会でお会いした事は?」


(ルーサ)

「・・・知らない。」


(ユピーチル)

「・・・私はその時、アプサラス・ロッソと言うコードネームを使用していました。聞き覚えはありませんか?」


(ルーサ)

「・・・知らない。」



この会話の中で、ユピーチルは「やはり違う」「確実に違う」と言う思いが、非常に色濃く強まった。


が、同時に「似ている」「余りにも似すぎている」と言う感覚も、払拭し切れぬ程に強く高まった。


・・・似ている。と言うのは、数日前にスーリンの街中で出会った「セニフと言う赤毛の少女」に・・・ではなく、彼が元々知っていた「皇女様」の方に良く似ていたと言う事だ。


それも、5年前に直接会った、幼き容姿の頃の皇女様の方に・・・。



(ルーサ)

「・・・それより、・・・ギュゲルト、どこ・・・?」


(フェーン)

「あ、・・・ギュゲルト様は今、帝都にられるのです。帝都に戻り次第、お引き合わせします。」


(ルーサ)

「・・・帝都?」


(ルーサ)

「何かとお忙しい方なので、・・・さ、こちらへ。」



・・・と、そんな流れで自らの過去の記憶を辿り見る精神的旅路たびじへと行き着こうとしていたユピーチルは、思いがけずも唐突に少女の口から発しだされた「ギュゲルト」と言う言葉に、思わずハッとした表情を浮かべて我へと帰り戻り、再び静かに小柄な少女の様子を眺め見始めた。


そして、「ギュゲルト」と言う単語を発したからと言って、皇女様御本人である事を証明する決定的な証には成り得ないと、冷静なる判断を早々に下し裁きつつ、それでは一体、これからどうすべきかと言う事に意識を注力させ始めた。



・・・この少女が、一体何者であるのかは不明だが、明らかに皇女様ではない。


絶対に似て非なる別の人物・・・で、あれば、この少女を帝国に連れ帰る訳にはいかない。


本物の皇女様だからこそ請け負い得るリスク、下し切れる決断と言うものがあるのであって、何一つリターン無き贋物がんぶつを下手に抱え込んで、ゲイリー様の身に危険を及ぼすなど、絶対にあってはならない事だ。


・・・とは言え、この少女をパレ・ロワイヤル基地まで送り返してやる良き手立てがある訳ではないし、当然、ここに放り出し逃げる訳にも行かない。


ここは一度、スーリンまで連れて行き、然るべき人物に身柄を引き渡すべきか・・・。



(フェーン)

「帝都までは長い道のりになります。まずはスーリンまで行きましょう。あちらのDQに搭乗してください。操縦は私が致しますので。」


(ルーサ)

「・・・解った。」



皇女様は?本物の皇女様はどうする?セニフと言う名の赤毛の少女・・・。


現状、まだ基地に居られると言うのであれば、戦闘状態にある事は必至、DQ部隊で防御陣の真正面部に配されるような事もないだろうが、敗色濃厚ともなれば無きにしも非ず、過酷な状況に窮される可能性は大いにある。


例え無事に戦闘を終えられたとしても、パレ・ロワイヤル基地が陥落すれば敗残の兵・・・、上手く逃げおおせてくださればまだ良いが、捕らえられて帝国の捕虜にでもなるような事態に至れば、ストラ派連中の悪的蠢動しゅんどうに対して効力を発揮していた、物理的な勢力の防御壁を失う事になる。


・・・ここは、ゲイリー様にお願いするなどして、事前に何かしらの策を打ち据えて置くべきではないのか?


・・・いや、それはそれで危険だ。良からぬ嫌疑をかけられる恐れもある。


さりとて、再度今から基地への潜入を図って皇女様をお連れする事など、現在の戦況をかんがみれば不可能であると言えるし、無事に乗り込めた所で、所在不明の皇女様を見つけ出す為には、奇跡的な展開を期待しなければならない。


皇女様に、帝国に戻り帰る事を御納得頂くやり取りも含めて・・・。


これはもはや、パレ・ロワイヤル基地が陥落しない未来に淡い期待を寄せ掛けて、次なる機会に望みを託す他ないか・・・。



ユピーチルはここで一度、南西側に広がる濃密な密林地帯の上部頂点線と、不思議と晴れ渡った綺麗な夜空との間にピタリと視線を宛がい付けると、大きな溜息を一つ吐き付き遣った後で、そっと両目を細め閉じながら、徐に下唇を噛んだ。


そして、自らの目の前に脱ぎ去り置いていたヘルメットを再び手に取り、すっくとその身を立ち上げさせると、先程まで自身が搭乗してたDQ「AD-396マレイア」の方へと歩き去って行く二人の女性の後ろ姿をじっと眺め見ながら、静かにヘルメットを被った。



(ユピーチル)

「御姉様!町への道中は私が先導致しますので、後ろに付いて来てください!ベトラは殿しんがりを頼む!」


(ベトラッシュ)

「了解。」


(ユピーチル)

「テヌーテ!昇降機を下ろせ!出発する!」


(テヌーテ)

「解りました。」



ユピーチルはこの時、現時点において自分に出来る事は何もない・・・のだと言う事を悟った。


全く持って不本意極まり無かったが、ユピーチルは、セニフなる赤毛の少女を密かに帝国連れ帰ると言う今回の作戦を一時的に中断、最終的には絶対に目標を達し叶えるのだと言う強い決意を胸の内に抱き持ちつつも、やがて訪れるであろう次なる機会に意識の照準をげ変え合わせて、一度引き下がり戻る判断を下した。


そして、一度は酷くしお項垂うなだれれてしまった自らの心を、強く奮い立たせるように大声を張り上げ、指示を飛ばすと、自身はテヌーテが搭乗するマレイア小隊の3番機へと向けて、小走りに駆け走り始めた。



・・・ところが、そんな時だ。



(テヌーテ)

「ユピーチル様!南西8時方向に敵性反応が2つ!真っ直ぐこちらへと向かってきます!」


(ユピーチル)

「!?」


(ベトラッシュ)

「速い!どっちの陣営だ!?」


(ユピーチル)

「御姉様!搭乗を急いでください!」


(フェーン)

「皇女様!お早く!」



ユピーチル達が町へと戻り帰ろうと動き出し始めたその矢先、突然、南方側に広がる密林地帯の奥深くに、DQとおぼしき二つの赤色光点が出現し、山岳地帯周辺部一帯にけたたましき走行音をブチばら撒き散らしながら、猛烈なスピードで彼等の元へと爆走し来た。


彼等が有する3機のDQマレイアは皆、FTPフィールドを周囲に展開しながらの隠蔽待機状態にあった為、この時点で既に、彼等の存在が相手方に検知発見されている可能性は非常に薄いが、彼等の方へと目掛け突っ込み来る二つの脅威が進み行くルートは、完全に彼等が待機する場所位置にぶつかり遭遇する展開を示唆していた。


しかも悪い事に、この時接近し来た二つの脅威は、共に同じ陣営に属する味方同士ではなく、異なる陣営に属する敵同士で、交戦状態にある者達であった。



(ユァンラオ)

「ほう。中々に程良い広がりだ。そろそろ仕掛けてくるか?」


(ランス)

「へっ!必至に逃げ着いた先が俎板まないたの上かよ!かもは嫌いだがねぎ背負しょって見えるぜ!ご愁傷様!」



ユピーチル達の前に現れた2機のDQは、先程までパレ・ロワイヤル基地の北西部に位置する「タイロン」なる密林地帯で戦闘を行っていた、ネニファイン部隊に所属する「ユァンラオ・ジャンワン」が搭乗する「MRV-2リベーダー2」と、エイリアンホース隊に所属する「ランス・レッチェル」が搭乗する「flgerフォル・レンサジア」で、図らずも偶々お互いの思惑が一致した為に、本隊側から離脱してきた者達であった。


この者達が抱き持つ真の目的は全く別に存在していた訳だが、両者共に、目の前にチラ付き見える絶好の獲物をみすみす逃し離すつもりは毛頭なかったようで、楽しい舞踏会の幕開けがもう間もなくである事をお互いに察知して取り合うと、徐に搭乗する機体の進行スピードを増し上げ行き、そして程なくして、後続に張り付いた青い飛行機型のDQ機「フォル・レンサジア」が、先行機の足止めを狙って5発の小型ミサイル「シャルベリン」を発射した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ