11-19:○赤のエリアに蔓延る脅威[11]
第十一話:「混流の源泉」
section19「赤のエリアに蔓延る脅威」
濃密な土砂塵の中から突然姿を現した黒いDQは、南方側へと向け加速を始めていたトゥマルク機との距離をあっという間に詰め寄り、猛然と迫り来ると、接敵と同時に右腕を大きく後方に振り被る態勢を形作り、右手首より先のマニュピレーター部を腕の中に格納した状態で、右前腕部による強烈な殴り付け攻撃を敢行してきた。
セニフは一瞬、搭乗機の移動スピードを全開に振り上げてこの攻撃をかわし避けようと考えたが、黒いDQ機の余りにも滑らか軽快なる身のこなし様を目の当たりにし、直ぐにこれは無理だと考えを改め直すと、手早い操舵で搭乗機を素早く相手方方向へと向け付け、マニュアル操作を持ってトゥマルク機の両の腕を前面部でクロスに構え、防御して耐える切る体勢を形作った。
・・・と、更に加え、黒いDQ機のパンチ攻撃を受け食らう直前、トゥマルクの両足エッジをフルに利かせて搭乗機を急減速させ、相手機の殴打力を少しでも逃がし外しいなそうと、機体をほのかに右旋回させ遣る。
ドガシャン!!
(セニフ)
「うぐっ!!」
接敵に合わせて繰り出し放たれた黒いDQの強烈な右ストレートパンチ攻撃は思った以上に重く、鋭く、高威力で、ガードの為にと振り上げ構えたトゥマルクの両腕は衝突と同時にいとも簡単に弾き飛ばされ、部位の真心部を完璧に捉え得られてしまった左腕に至っては、左肘部分から先がベキリと引き千切れ、暗闇に包まれた疎林地帯の中央部へと目掛けて吹き飛び行ってしまった。
ただ、殴り付けられる直前にトゥマルクの機体を急停止、急旋回させた事により、黒いDQの打撃攻撃を上手く搭乗機の右手側へといなしやり過ごす事に成功したセニフは、不安定な体勢で無様によろめきのたうち始めたトゥマルクの機体挙動を宥め抑え、即座に離脱する為の体勢を構築するある程度の時間的猶予を得る。
・・・が、必要な操作の全てを的確に、手早く済ませ終え行ったセニフが、搭乗機に最大限の加速力を加え入れようと、右足で力強くフットペダルを踏み拉き抜いたその次の瞬間、早くも次なる攻撃態勢を形作り、左後背部より襲い掛かり来た黒いDQの鋭い左フック攻撃によって、トゥマルクの左上腕部を思いっきり殴り付けられ、ドガシャン!!と言う重鈍い金属音を吐き放って、肩口より引き千切れてしまった左腕が、装備した120mmミドルレンジキャノン諸共、緑の少ない岩がちな大地上を無様に転がり跳ね飛んで行く。
直感的にこれはマズい・・・と感じ得たセニフは、何とかして黒いDQ機との距離を置き取ろうと、搭乗機を逃がし行かす為の巧みなステップを刻み踏ませる操作を手際良く施し入れるのだが、敏捷性において著しく勝る黒いDQ機から機体を引き剥がし切る事が出来ず、返す刀の如く立て続けに振り回し繰り出された黒いDQの右手フック攻撃によって、トゥマルクの頭部をぶちのめされ粉砕、吹き飛ばされてしまった。
それはもはや、勝つか負けるか、やるかやられるか・・・と言う戦いではなかった。
やられるか、それとも逃げ切れるか・・・と言う戦いですらなかった。
言うなればそれは、やられるか、それとも、少し粘ってからやられるか・・・と言う悲しき二択を強要される完全完璧なる負け戦だった。
セニフは粘った。
かなり粘った。
考え得る限り、出来る限りの力をふり絞って、必至に粘り続けた。
立て続けに繰り出され来る黒いDQの鋭い格闘攻撃を、不規則な機体挙動を奏でながら、残る右腕を小気味良く振り回し付けながら何とか捌き退けつつ、時折、後部メインスラスターバーニヤを大きく吹き上がらせては、一気に逃走し行く試みを何度となく捻じ込み入れ続ける。
だが、やはりと言うべきか、圧倒的な性能差を持ってゴリゴリに攻めかかって来る黒いDQの攻撃を、いつまでも耐え凌げようはずがなく、やがて、黒いDQが不意に繰り出し放った強めの左腕ストレートパンチをかわしきれず、モロに右胸装甲部分をガッツリと殴り付けられる事態を迎えてしまうと、間髪を置かずして放たれた黒いDQの強烈な右腕アッパー攻撃を、トゥマルクの下腹部分にぶち込み入れられ、コクピット前面部を無理矢理に抉り取るように振り抜き上げられた黒いDQの右腕の動きに合わせて、ベキリと引き千切り剥がされたトゥマルクの胸部装甲とコクピットハッチが、圧雲漂う漆黒の闇夜へと勢い良く舞い上がり飛んだ。
ドッガシャン!!
(セニフ)
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
幸い、ひとつ前に受け食らわされた黒いDQの左腕ストレートパンチ攻撃によって、トゥマルクの機体体勢が酷くよろめき後方に崩れ傾いていた為、セニフがこの右腕アッパー攻撃によって直接五体を圧し潰されるような事態には至らなかったが、コクピット前面部で粉々に破壊し飛ばされたTRPスクリーンの破片群が一斉にセニフへと襲い掛かり、中でも一際大きな破片がセニフの顔面へと直撃、被っていたヘルメットのバイザーゴーグルを粉砕しやると、飛び散ったガラス片の一部がセニフの右眉付近を縦に深く抉り削った。
この時点で、セニフの敗北が確定した。
一瞬にして奪い取られた視界と、激しい衝撃によって揺さぶり打ち付けられ、朦朧とする意識の中で喘ぎ悶えながらも、セニフは、黒いDQが繰り出し来るであろう次なる攻撃に備えて、必至に両手で操縦桿を動かし、右足でフットペダルを何度何度も強く踏み拉いた。
・・・が、自らの搭乗機が全く言う事を聞いてくれない、恐らくは、よたよたと無様な千鳥足を奏で出しているだけなのであろう事を示す、不安定な機体挙動を肌身で感じ取ると、徐にハッとした表情を形作って、未だにぼやけ霞んだ視界の向こう側に意識を当て付ける。
時間にしてほんの一瞬の出来事ではあるが、次第次第に薄ぼんやりと滲み見えて来たのは左右に並んだ二つの赤光・・・、吹き飛ばし壊されたコクピットハッチの向こう側程近くから、こちら側を覗き込んでいる黒いDQの両目だった。
そして、更にその奥向こうには、月明りにほのかに照らし出された黒いDQの右腕が、大きく後ろ側に振り被られ行く様子が見て取れ、それが、止めとなる一撃を加え入れる為の予備動作なのだと言う事に、セニフが気付いた次の瞬間、黒いDQの右手がセニフ目掛けて勢い良く振り下ろされた。
(セニフ)
「っ!!」
セニフは思わず目を瞑った。
瞬間的に昂り上がった色濃い恐怖心と、如何ともし難き絶望感に激しく煽り立てられ、思わずビクリと大きく跳ね付き上がった己の身体を、そのままの体勢で強固に硬直させながら、程なくして繰り出される黒いDQ機の強力なパンチ攻撃の衝撃に備えた。
・・・衝撃に備える?
搭乗する機体はもはや何の操作も受け付けず、コクピット内から這い出し逃げ去る暇すら全く無い状況・・・、極至近距離で放たれる黒いDQのパンチ攻撃を避けかわす方法は何一つない。
巨大な人型兵器であるDQ機の近接攻撃を、生身の身体で直接モロに受け食らって尚、生き延びられる可能性は限りなくゼロに等しく、この時の彼女を待っていたのは、如何様にしても絶対に覆し得ない確実なる死・・・、黒いDQのパンチ攻撃によって五体の大半を圧し潰され、無残なる最期を迎えると言う悲しき顛末のみ・・・。
彼女にとって唯一の救いは、死を迎えるにしても、恐らくは一瞬の出来事であろう事・・・、死んだ事にさえ気付かぬ内に死んでしまっているかもしれない事・・・、痛みすら感じる間もなく死を向かえているかもしれないと言う事・・・。
ズキッ。
・・・??
セニフは徐に表情を顰めた。
右目の上付近、右の眉毛の辺りが痛い・・・。
次第次第にズキズキと脈打つように痛みが増してきているように感じる・・・。
もう既に、死んでいるかもしれないのに?
死んでいるのに痛みを感じるの?
セニフは徐にゆっくりと目を開いた。
右目に関しては、負傷した右眉付近から滴り流れ落ちた自身の血によって、まともに開く事が出来なかったが、この時彼女が視界に捉え見たのは、先程目を瞑る直前に見た光景と全く同じ、薄暗い闇夜の中に二つの赤い目を不気味に光らせ、右手を後ろ手に大きく振り被って、今まさにパンチ攻撃を仕掛け入れようと構え上げている黒いDQの姿だった。
時が止まっている??・・・と、セニフは一瞬そう思い上げたが、その後、唐突に黒いDQが頭部をずいりとセニフの方へと近付け寄せ、コクピットの中をまじまじと覗き見入るような動きを見せた為、セニフは思わずヒッと引きつり強張った驚きの表情を浮かべて、シートの背凭れに背中をビタリと貼り付けた。
だが、一体何をしでかすつもりなのかと、非常に色濃い恐怖心に塗れた怪訝なる表情を浮かべ上げていたセニフの怯えようを余所に、黒いDQはゆっくりと上体を後ろに仰け反らせ戻すと、少しだけ顔を上げて、天を仰ぎ見るような体勢を形作った。
そして、振り上げたままになっていた右手を、後頭部付近へと静かに動かし宛がい付け、頭の後ろをガシガシと掻き回す仕草を見せ出した。
・・・・・・えっ?
セニフはこの時、何故に?何の為に?と、思うよりもまず先に、自身の脳裏の片隅にあった古い記憶の一部を思い出した。
(クレオラーラ)
「さっさと離れなさい!!」
ドッガッシャン!!!!
(セニフ)
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
次の瞬間、唐突に鳴り響いた大衝突音に合わせて、目の前に居た黒いDQが勢い良くセニフの左手方向へと吹き飛ばされ行き、間髪を置かずして右側より滑り込み入って来た緑色の大型DQ機の機影が、壊れたコクピットハッチの向こう側に見える景色の全てを覆い隠した。
恐らくは、右手に装備し持った菱形の大盾を前面に構えた状態で、何の捻りもない単純なる体当たり攻撃を繰り出しただけなのだろうが、直前まで全く持って不可解な行動を取り見せ、完全なる停機状態にあった黒いDQは、この攻撃を避けかわすような素振りを一切見せ出さず、と言うより、全く気付いてさえいなかったのではないかと思われるぐらい無防備な状態で、背後からモロに不意打ちとなる強力な一撃を食らわされた様だった。
当然の事ながら、多大な質量を持ち有した大型DQ機であるヴィスター・ローゼスの強烈な体当たり攻撃を受け食らって、如何に「Cタウ機」とは言え、平凡なる中型機風情でしかない黒いDQがその衝撃に耐え切れるはずも無く、吹き飛ばされた勢いで激しく大地上を転がり跳ね行ったのであろうその様は、幾度となく周囲に木霊し飛んだ物恐ろしい重厚なる衝突音の鳴り響き様からも、はっきりと解り取る事が出来た。
(バルベス)
「クレオラーラ!状況は!?パイロットは無事か!?」
(クレオラーラ)
「コクピットハッチが完全に吹き飛ばされています。パイロットは・・・・・・、あっ、大丈夫です。生きています。・・・多少、出血しているようですが、・・・・・・子供?」
(バルベス)
「目標機の運搬はガエタンに任せる。」
(ガエタン)
「了解。」
(バルベス)
「クレオラーラ。外せる四足は今の内に外してしまえ。中身は落とすなよ。」
(クレオラーラ)
「・・・やってみます。」
緑色の大型DQ機ヴィスター・ローゼスのコクピット内から、TRPスクリーン越しに破壊されたトゥマルク機のコクピット内部を、まじまじと伺い覗き見ていたクレオラーラは、中々に小難し気な作業をさらりと指示し出してきたバルベスに対し、多少歯切れの悪い返答をポツリと返し遣ると、搭乗機の右手に持った菱形の大盾を強く大地上に突き刺し立て、空いた右手でトゥマルクの胸座付近へと静かに掴みかかった。
そして、半壊状態で立ち尽くすトゥマルクの機体を揺るかやに前後へと揺さぶり付けつつ、下方向へと押し潰し遣り、両膝を付いた状態で座り込ませると、トゥマルクの機体が倒れ行かないようにヴィスター・ローゼスの機体で巧みに体勢を支え抑えながら、今度は搭乗機の右手を相手機の右上腕部へと掴み掛からせ、強引に引き千切り取る為の所作を繰り出し始めた。
ギッ!ガシャ!ギギギ・・・!バキッ!ギギギ・・・!
(セニフ)
「・・・ちょ、・・・な、何?・・・何なの?」
耳障りな金属破壊音が無数に木霊し響き渡る薄暗いコクピット内から、吹き飛ばされたハッチの向こう側に見える緑色の大型DQ機の不気味な揺り動き様を眺め見ながら、セニフは、全く何をどうする事も出来ない状況の中で、加速的に昂り行く色濃い恐怖心に表情を固く強張らせていた。
・・・が、同時に、何故故に止めとなる一撃を食らわし入れに来ないのかと言う、明らかに解し得ない疑念が脳裏へと渦巻き上がり、思わず、真っ赤な鮮血で染まり上がった自らの右頬をピクリと動かし付けると、やがて、不穏な気配が漂う幾つかの良からぬ憶測を巡らせ、無意味に視線を周囲へと泳がせ回した。
もしかして、こいつ、機体を無力化して、私の事を捕えようとしている?
何の為に?
私を捕虜にしたって・・・・・・・・・って、まさか、最初からそれを狙っていたとか?
でも、だとしたら、どうやって私が乗る機体を特定したの?
確かに、左手にアサルトライフルを装備しているのって、私だけだけど・・・、状況によっては入れ替えたりもするし・・・、まさかユァンラオが?
さっきまで、ユァンラオも一緒に戦ってたよ?
戦いながら敵と連絡を取っていた?
直接的ではないにしろ、何かしら、間接的な方法を使って・・・。
じゃあ、黒いDQは?
さっき、思いっきりぶっ飛ばしてたけど、仲間じゃないの?
・・・ってか、黒いDQのパイロットって、もしかして・・・。
バキッ!!
(セニフ)
「うっ!」
・・・と、そこまで考えを巡らせ進めた所で、唐突に鳴り響いた金属破壊音に思考を遮られ止められたセニフは、間髪を置かずして襲い掛かり来た大きな横揺れに身体を激しく揺さぶり付けられ、思わず短い呻き声を漏らし零した。
恐らくは、唯一生き残っていたトゥマルクの右腕が、無理矢理引き千切り取られたのであろうが、それでは次はどう来るのか、上半身部を腰から圧し折り、コクピットごと持ち去ろうとでもするのだろうか・・・と、直ぐにそう思い上げ、セニフは、コクピットシートの背凭れに背中を深く押し込み入れるように、身体を大きく仰け反らせた。
・・・ところが、再び強い衝撃が襲い掛かり来ると、両手足を周囲に踏ん張り付けて身構えていたセニフの予想とは裏腹に、壊れたコクピットハッチの向こう側に見える緑色の大型DQ機は、徐にトゥマルクの傍から遠退き離れ行く動きを見せ出した。
えっ?
(クレオラーラ)
「こ・・・、こいつっ!嘘でしょ!?パイロットは!?」
(ガエタン)
「識別信号が消えている!?・・・これは、・・・気を付けてクレオ!!」
(バルベス)
「クレオラーラ!目標機を死守しろ!」
そして、引き千切り取ったトゥマルクの右腕を無造作に投げ捨て、多少慌てた様子で地面に突き立て置いていた菱形の大盾を、右手で再び装備し持ったヴィスター・ローゼスが、徐に機体正面部を南方側へと振り向け遣ると、直後に、ドス!ドス!ドス!と言う大きな地鳴り音が周囲に響き渡り始め、トゥマルクのコクピット内部においても確かに感じ得る力強い振動が、セニフの身体を定期的に揺さぶり付けた。
勿論、その大きな音と振動とを生み出し放っていたのは、先ほど緑色の大型DQ機に強烈な体当たり攻撃を食らわしかまされた黒いDQだ。
あれほど強烈な体当たり攻撃を受け食らわされて尚、全くの無被害たるや様相で駆け走り来る黒いDQの姿は、まさに現世の理からは完全に逸れ外れた真の「化け物機」と称すに相応しき代物だが、この時、端から既にそうであろう事は重々承知していたクレオラーラにとって、本当に驚いたのは、パイロットの安全を守る為に装備された磁器ベルトやエアバック等の機能が、ほとんど意味を成し得ないであろう高威力の体当たり攻撃をぶちかまし遣ったにもかかわらず、あたかも何事もなかったかの様な完全健在なる体で、直ぐに戦いに復帰し戻って来た事であった。
クレオラーラは、一度チラリとサーチモニターへと視線を宛がい付けて、黒いDQ機の反応光が完全に消え去っている事を確認して取ると、流れる様な所作で搭乗するヴィスター・ローゼス機をトゥマルクの左手方向へと動かし遣り、菱形の大盾を右前面に翳し出した状態で機体の体勢を低く構えさせた。
そして、暗視モードで表示されるTRPスクリーン上へと視線を移し替えると、猛然と駆け走り迫り来る黒いDQ機の形様を鋭い視線で凝視し付けながら、ヘルメットゴーグルの奥中に浮かぶ可愛らしい顔貌を険しく歪め曲げ、程良いタイミングを見計らって、勢い良く右足でフットペダルを踏み拉いた。
(クレオラーラ)
「ここは通さないわよ!!」
ヴィスター・ローゼスの後部メインスラスターバーニヤと、右手に持った菱形の大盾に装備されたサブバーニヤの出力を全開にし、搭乗機を急速発進させたクレオラーラは、程なくして直ぐに接敵を向かえる黒いDQ機の一挙手一投足に全神経を集中させると、右か左かのどちらかにかわし動かれる可能性を強く警戒し、大盾側のサブバーニヤの出力をほのかに緩め抑えた。
そして、大盾の下辺部を大地上へと擦り付け、機体の体勢を黒いDQに対して左半身状態に形作り遣ると、シールドバッシュ攻撃を確実にぶち当てられると確信し得る位置にまで到達したと感じ覚えた次の瞬間、大盾のサブバーニヤ全てを一気に吹かし上げ、迫り来る黒いDQへと目掛けて強烈な一撃を繰り出し遣った。
ドッガシャン!
手ごたえはあった。
シールドバッシュ攻撃が黒いDQへと適中した時に生じる衝突音も反動も、かなり大きなものだった。
だが、クレオラーラが当初予想していたよりも、黒いDQの抵抗力、耐久力は非常に力強く、一撃を持ってして相手機を吹き飛ばし遣ろうと画策していた彼女の思惑は敢え無く頓挫した。
しかも、大楯を挟んで押し合いを続ける両者の機体はほぼほぼ一進一退、ヴィスター・ローゼスが有する唯一の強みたる機重を利用した争いにおいて、全く優位的立ち位置を確保し得ない状況に陥り嵌る事になり、クレオラーラの表情が濃密な影色に染まった苦面に溢れる。
近接戦闘において、相手機に対してパワーで勝れない、機動性でも劣るとなれば、今の彼女に出来る事は何もない。
ただただ、後方より追い付き来る僚機の到着まで、時間を稼ぐ以外になかった。
だが、クレオラーラがチラリとサーチモニターへと視線を流し移して、味方機の場所位置を確認して取る仕草を見せ出したその直後、黒いDQの押す圧力が急激に高まり、ヴィスター・ローゼス機の両脚が情けなくもずるずると大地を削り抉りながら後退を始める。
クレオラーラは、すぐさま搭乗機の体勢を可能な限り前掛かりに倒し傾けて、この圧力に対抗し遣ろうと画策するのだが、直後に彼女の脳裏を掠め過った得も言われぬ違和感に、思わずぎょっとした表情を浮かべて、機体の体勢を戻し起こそうとした。
・・・のだが、既に遅かった。
次の瞬間、黒いDQが機体を勢い良く左回転させ、菱形の大盾の表面上をごろりと転がり動く行くと、再びヴィスター・ローゼスと相対する体勢に移り進む直前に、左腕で大盾の縁部分を掴み、グイりと払い除け遣り、素早く体位を低く落とし構えながら、ヴィスター・ローゼスの懐内へと潜り込み入った。
(クレオラーラ)
「あっ・・・!」
ズッシャ!!
先の戦闘において左腕とガトリングガンを失っていたヴィスター・ローゼスの左脇腹部分は、完全にガラ空きの状態だった。
全身を覆う分厚い装甲版は、確かに強固強力な秀逸品であったが、可動部分に生じる装甲の隙間全てを埋め賄えようはずも無く、その間隙を狙って下方からアッパー気味に繰り出された黒いDQの鋭い右手フック攻撃は、重々しい金属破壊音を大々的に吐き放ちながら、ヴィスター・ローゼス機の左腹部の奥深くへと突き刺さった。
めり込み入った黒いDQの右腕の長さから見るに、完全にコクピット部分にまで到達しているであろう事は明らかだった。
(バルベス)
「クレオラーラ!?」
(ガエタン)
「ク!・・・クレオ。」
(セニフ)
「・・・えっ?・・・えっ?」
危険を承知で壊れたコクピットハッチ部分から大きく身を乗り出し、一体何事が起きているのかと、漆黒の闇夜に包まれる外界の様相へと視線を流し巡らせ、まじまじと窺い見渡していたセニフは、再び圧雲の隙間からほのかな月明りが戻ったタイミングで、自身の左手奥の方に佇む2体のDQ機の姿を見つけた。
そして、恐らくは近接格闘戦を繰り広げていたのであろう非常に近しい体勢から、ゆっくりと機体を傾け行き、ズシン!!と大地へと倒れ込んだ緑色の大型DQ機の姿を見て、間の抜けた甲高い驚声を幾つか発し出した後、自身の右手側方向から迫り来る後続の2機のDQ機の存在を感じ取った。
(バルべス)
「ガエタン!連続で仕掛けるぞ!後の先に狙いを定めろ!」
(ガエタン)
「了解!」
大型の重装甲機であるヴィスター・ローゼスが、近接格闘戦闘において、たったの一撃で屠り倒されてしまうと言う、俄かには信じ難い事実を目の当たりにしたバルベスは、こいつはただのお遊び実験機などではない、DQと言う巨大なロボット兵器の定義を根底から改変する、新たなるブレイクスルー機である可能性が高い事を勘案し、直ぐに、単機で仕掛けるのは非常にリスクが高いと判断、先行する自らの搭乗機に僅かなる減速を加え入れた。
この時、バルベスが最も懸念していたのは、自分達二人の事を刺し置いて、目標機であるトゥマルク機に対して止めを刺しに動かれる事であったが、クレオラーラ機を始末し終えた黒いDQ機が取った行動は、何故か全壊状態のトゥマルク機からゆっくりと離れ行く動きで、徐にサーチモニターへと一瞥をくれ遣ったバルベスは、ガエタン機が自身の直ぐ右後方部に追い付いて来た事を確認して取ると、すかさず右足でフットペダルを強く踏み込んだ。
そして、直後に自身達の方へと勢い良く駆け走り出した黒いDQ機の機影を、暗視モードに設定されたTRPスクリーンの真正面部で捉え映すよう、機体の進行方向を僅かに調整し付けると、程なくして訪れた対敵のタイミングに合わせて、右手に持った菱形の大盾を素早く後方へと引き戻し遣り、間髪を置かずして大きく吹き上がらせたサブバーニヤの推進力を乗せ加えた、強力なシールドバッシュ攻撃を、黒いDQ機へと目掛けてぶちかまし放った。
ブオン!!
かわされる事は解っていた。
と言うより、バルベスは、端からかわし易いような、自身が搭乗する機体の右手側方向へと相手がかわし動くように意図した、偽りの誘導攻撃を繰り出していた。
攻撃の本命は、自身の右後背部より追走し来る部下機のヴィスター・ローゼス・・・、緑色の大型DQ機を乗り駆るガエタン・ジーンであり、バルベスが放った初撃をかわし避けた後に、不安定な体勢を強いられる黒いDQ機を狙い討たせる算段だった。
(ガエタン)
「これでも食らえ!!」
ドッガシャン!!
後方より走り来た勢いをそのままに、コンパクトな振りで繰り出されたガエタン機の右シールドバッシュ攻撃は、体勢の復帰に間誤付きつつも、咄嗟にガードする姿勢を形作った黒いDQの左上腕部に強力にクリーンヒット、恐ろしく重厚な金属衝突音を周囲に吐き散らして、その真っ黒に塗装された巨大な人型の鉄塊を吹き飛ばした。
・・・が、先程クレオラーラが不意打ちで吹き飛ばした時のような、無様な転がり様を見せ出したのは最初の方だけで、2回程大地へと叩き付けられ、大きく跳ね上がった直後に、素早く体勢を立て直し遣った黒いDQは、3回目接地を両の脚の裏で綺麗に迎え入れると、大地を削り取る様にして機体の速度を急激に減速、移動ベクトルがゼロへと降り落ちる直前に地面を強く蹴り拉き、手酷い一撃をくれやった緑色の大型DQ機へと向けて猛然と襲い掛かり行った。
(ガエタン)
「な!・・・何でコイツ!」
黒いDQへの体当たり攻撃を敢行した際に、搭乗機の移動スピードが著しく低下し落ちていたガエタンには、黒いDQの攻撃を避けかわすと言う選択肢は選び取りようが無く、相手の動きに合わせてカウンター攻撃を仕掛け入れるか、両手に持った菱形の大盾で防御するかの二択・・・、カウンター攻撃をかわされてしまう危険性を考慮すれば、完全に守りの体勢に回り入る他無かった。
ドス!ドス!と足裏で大地を踏み拉き蹴る度に大量の土砂塵を周囲へとばら撒き散らしながら、猛烈なスピードで駆け走り来た黒いDQに対し、ガエタンは、搭乗機の真正面部で2つの菱形の大盾を揃え構え、左肩を突き出すような姿勢で勢い良くぶつかり当って来た黒いDQの体当たり攻撃を受け止める。
ドッガコン!!
端から前のめり目に体勢を傾けてどっしりと構え待っていた緑色の大型DQ機は、この攻撃により、
大地上に力強く踏ん張り付けていた両脚が、多少、後方へと滑り動き行ったものの、鈍重な重装甲機たる名に恥じぬ揺るぎなき牢固さを十分に披露し見せ、逆に黒いDQの機体を跳ね飛ばし押し返す事に成功した。
だが、ガエタンが反撃に転じ入るよりも先に、酷く崩れ倒れた体勢を素早く立て直し戻した黒いDQが、再びヴィスター・ローゼス機へと向けて猛然と突進、今度は右腕を大きく後ろ手に振り被って、強烈な右ストレートパンチを大盾のシールド面に思いっきりぶちかまし放つと、僅かによろけ動く仕草を強いられた緑色の大型DQ機に対して、立て続けに両手で右左、右左と、強烈なパンチ攻撃を浴びせ掛け始めた。
ガゴン!!ガゴン!!ガゴン!!ガゴン!!
(ガエタン)
「・・・く!」
(バルベス)
「そのままだ!ガエタン!」
と、ここで、先程の攻撃の後に一度離脱し離れ行く動きを見せ出していたバルベスが、巧みな機体操作で移動スピードをほぼほぼ殺し落さぬ見事な急旋回行動を完遂させ、舞い戻り帰って来ると、ヴィスター・ローゼスへの攻勢を強める黒いDQ機の右側面部目掛けて全速力で突撃を開始する。
そして、自らの行動に気が付いた黒いDQが、僅かに頭部を右方へと傾け向けた仕草をTRPスクリーン上で見て取り、だが!もう遅い!と、全く無音なるも激しい猿叫なる言葉を心の内中に響き渡らせ、右手側シールドによる強烈なバッシュ攻撃を盛大に打ち出し放・・・・・・とうとしたのだが、バルベスが攻撃モーションを繰り出し遣る場所位置にまで到達しようかと言うその矢先、黒いDQが突然その場で小さな両脚ジャンプを披露し見せ、機体本体が宙へと舞い上がり浮いた次の瞬間、ヴィスター・ローゼスが構える菱形の大盾へと目掛けてドガゴン!!と、強烈なドロップキックを食らわし入れ遣ると、大盾を強く蹴り拉いた勢いを持って後方へと大きく飛翔、一瞬にしてバルベスの視界から掻き消え去ってしまった。
(ガエタン)
「うっ!」
(バルベス)
「!」
結果、攻撃対象を失ったバルベスは、突撃時の勢いをそのままに虚しくその場を通過し行く事しか出来ず、ガエタンに至っては、受け食らわされた強烈なドロップキックの衝撃で、搭乗機の上体が大きく後方へと傾き倒れてしまい、転倒を免れる為にと後ろに引き戻した右手側の大盾を、つっかえ棒代わりに大地へと突き刺し立ててしまった。
黒いDQはと言えば、ドロップキックをぶち当てた直後に素早く後方宙返りをやり決め、両脚からの完璧な着地を披露し見せた後、無防備な体勢で凝り固まってしまったガエタン機へと向けて、再び猛烈なスピードで突進を開始する。
これはまずい!・・・と、瞬間的にそう感じ得たバルベスは、危機に瀕する僚機の元から離れ行く巨大なベクトルに塗れ憑かれたままの自機の状態から、早々に急旋回し返り戻る案を捨て去り、遠目からガトリングガンを撃ち放って足止めする案に意識を寄り傾けた。
・・・が、Cタウ機である黒いDQに対して多少のダメージを与えた所で、突撃行動を差し止め潰すには弱すぎると言う考えに至り着き、徐に少しだけ険しめの渋面を形作り上げると、右手側に持った菱形の大盾に付いたサブバーニヤを全開出力で吹き上がらせ、ヴィスター・アルマリンの両脚エッジをフルに効かせて瞬間的に機体を180度旋回させた。
そして、搭乗機が黒いDQの方へと向き付く直前に、右手側シールドのバッシュ攻撃を撃ち放つモーションを繰り出し、TRPスクリーンの真正面部に捉え見た黒いDQ目掛けて、タイミング良く手を放した大盾を、ロケットパンチの如く勢い良く飛ばし放った。
(バルベス)
「当たれっ!!」
黒いDQもまさか、そんな攻撃を突然遠方から浴びせかけられようとは思ってもみなかったのであろう、ヴィスター・ローゼス機へと掴みかかろうと、右腕を前方に大きく突き出し伸ばした体勢を既に形作っていた黒いDQは、飛来し来る大盾の存在に逸早く気付くも、瞬間的に自身の進行スピードを緩め落とす事が出来ず、半場強引に自らの上体を後方に仰け反らせ返して無理矢理な回避行動を敢行、何とか機体本体への直撃だけは避け得る事に成功した。
だが、突き出した右腕を完全に引き戻し切る事までは叶わず、衝突直前に唐突に表面方向へと大きく曲がり行った大盾の前方縁部が、黒いDQの右肘裏部分、肘窩の谷部にガツリと命中、その勢いで黒いDQは機体本体ごと吹き飛ばされてしまう。
しかも、大きく「くの字」に折れ曲がった右肘部分へと纏わり憑いた菱形の大盾が、サブバーニヤを全開出力で吹き上がらせた状態のまま、勢い良く水の出る束縛無きホースの先口が如く無秩序な暴れ狂い様を見せると、最終的に大地上へと激しく激突、その衝撃で黒いDQの右肘から先の部分が無残にも引き千切れ飛んだ。
ドスン!ドン!ドン!ドドドン!
大地に激しく叩き付けられた衝撃で浮き上がり、程なくして再び大地上へと2、3度叩き付けられながら転がり行く黒いDQの機影を横目に、今の内に・・・と、酷く崩れ傾いた搭乗機の体勢を立て直し起こしたガエタンが、のうのうと立ち昇り上がった土煙の方へと機首を向け付け、最大限の警戒心で相手の出方に身構える。
そして、猛烈なスピードで離れ行く挙動に塗れていたバルベスもまた、この隙に自らの機体を巧みに操り、綺麗なドリフト走行を描き出しながら急減速、急旋回を奏で出し、最速でガエタンの元へと戻り行こうと試みつつ、濃密な土煙の向こう側へと消えた黒いDQの動向に細心の注意を払い、意識を集中させる。
・・・ところが、次なる展開もまた、勢い良く飛び出し襲い掛かり来る黒いDQとの戦闘になるであろうと予測していた二人の思いとは裏腹に、次第次第に薄まり掻き消え行く土煙の向こう側から見えて来たのは、ゆっくりとした歩調で歩み寄って来る黒いDQの姿だった。
不気味だったのは、引き千切れた右肘部分からだらだらと滴り落ちる何色かも解らぬ得体の知れない液体と、その液体からのうのうと立ち昇る禍々(まがまが)しき藤色の瘴煙・・・とかではなく、右肘部分を左手で強く握り抑えながら、時折何かに蹴躓いたようなよろけ歩き様を披露し見せる姿・・・、程なくして、大きく前へとかがみ丸まった体勢で上体を震わせ、悶え苦しんでいる様な仕草を見せた事だった。
痛がっている?
DQが??
何の為に???
それはまさに奇なる光景だった。
腕をもがれ悶え苦しむ人間の姿であるというならまだしも、腕をもがれ悶え苦しむDQの姿と言うのは全く持って想像に難い不可思議な光景、痛みを感じるはずのない機械が、痛みを表現する意味すらない機械が、一体何の為に痛がる仕草を披露し見せるのか、例え、DQを操縦するパイロット自身が負傷したのだとしても、搭乗機であるDQ自体にそんな動きをさせる意味は何処にも無いはずで、この時、TRPスクリーン上に映し出された黒いDQの異様な立ち振る舞い様を、じっと凝視し付けていたバルベスもガエタンも、壊れたトゥマルクのコクピットハッチ部に立ち、少し離れた場所位置から月明りを頼りにその光景を眺め見ていたセニフも、全く意味不明、理解できないと言った様子で、唖然とした表情のまま凝り固まる事しか出来なかった。
しかし、やがて、痛み悶え苦しむ姿を一頻り披露し見せた後で、徐にピタリと動作を止め遣った黒いDQが、出血?が落ち着き、低量がぽたぽたと零れ落ちる程度になった自身の右肘部をまじまじと見入りながら、静かに背筋を伸ばし、その場に直立した。
そして、患部から引き離した左手にべっとりと不気味な液体を、2、3回フルフルと手を振るって払い散らすと、それまでの痛がり様がまるで演技だったかのような平静さを纏い被りながら、真正面部の左右に構え立つ2機の大型DQを交互に見遣り付け、ゆっくりと体勢を前掛かり気味に傾け倒し行く。
(バルベス)
「・・・来るぞ!!」
瞬間的に昂り上がった荒々しき高揚感に煽り立てられ、多少上ずった声色で部下たるガエタンに注意を促す短言を投げかけたバルベスは、TRPスクリーン越しに見える黒いDQが力強く右足で大地を蹴り拉き、猛スピードでこちら側へと駆け走り向かい来る様を見て、即座に自らが搭乗するヴィスター・アルマリンの機体を右半身状態で構えさせると、足を止めた状態からの加速にはなるが、出来る限り機体の速度が振り上がるよう思いを込め入れて、右足で勢い良くフットペダルを踏み込んだ。
先程の攻撃で右盾を飛ばし放った為、急激な左旋回ができない状態にある彼だが、彼の左手側には、時を同じくして加速を始めたガエタン機が並び走っている状況にあり、二人で同時に攻撃を仕掛ける事を目すなら、こちら側方向に誘い込む形が最も望ましく、バルベスは、フリー状態にあったヴィスター・アルマリンの右手で、右脇腹部に固定装備されたガトリングガン取り外し持ち、左右方向への射角を十分に取れる状況で、黒いDQへと向けて発砲を開始した。
Gシステム搭載型であるCタウ機の装甲は、通常機の装甲に比べ遥かに強固強力、避弾経始を重視した丸型装甲を幾つか重ね着ているのであろう事を考慮すれば、この攻撃によって相手機に致命の一撃なる大ダメージを与え食らわす事はできないと、バルベスも解っていたが、この時、彼が目していたのは、直撃弾を嫌った黒いDQに回避行動を取るよう仕向ける事、相手機に体勢十二分な形での対敵を許さず、次なる攻撃を自分達の先手番で迎え入れる事だった。
ガンガンガンガンガン!
バルベスが撃ち放ったガトリング攻撃は、やはりと言うべきか、そこそこの掠り当たり頻発させる程度に終始し、小気味良く左右に機体を揺さぶり動かして、ガトリングガンの射線上を適宜最速最短で横断し渡り動く黒いDQの機体本体を、まともに捉え得る事は出来なかったが、それは、バルベスが敢えて手加減を加え、かわし易い攻撃を繰り出していたからであり、黒いDQの進行速度を著しく緩め落とし、並走するガエタン機をやや先行気味に進み行かせる事に成功した。
そして、次いで繰り出した本気モードの牽制射撃によって、黒いDQに大きな回避行動を取らせると言う目論みも達し、体勢が酷く崩れ倒れた状況をガエタン機に狙わせると言う彼の思惑も、完璧に実現し得る事になる。
・・・ところが。
ドガゴン!
これ以上ない絶妙のタイミングで黒いDQ機に接敵を果たしたガエタンが、搭乗機の進行スピードをそのままに、補助バーニヤの被害が少なかった右手側の大盾を使用したシールドバッシュ攻撃を勢い良く繰り出し遣ったのだが、大盾の前方縁辺が黒いDQの機体本体に直撃しようかと言うその直前、バッシュ攻撃にカウンターを合わせる形で、黒いDQが無理矢理な態勢から思いっきり繰り出した左フックパンチを持って大盾の表面を叩き付けた。
その衝撃により、大盾のスイング軌道が衝突確定となるラインから僅かに逸れ行く方向へと挿げ変わり、同時に、反対方向への移動力を獲得し得た黒いDQの機体が、真に紙一重なるギリギリの回避劇を見事成功させ見せた。
(ガエタン)
「なっ!?」
そして、勢い余って大地上で1回転する羽目になってしまったものの、素早く機体を引き起こし上げた黒いDQが、左手側より眼前へと向かってスライド移動して来たヴィスター・ローゼス機の背後部目掛けて、強烈な左フックパンチ攻撃を繰り出し放つと、後部テスラポット取り付け付近の装甲が非常に薄弱い部分を一気にぶち抜き壊して、機体胴体の奥深くへと左腕を深々とめり込ませ入れた。
ガッシャン!!
(バルベス)
「ガエタン!!」
この攻撃もまた、先の戦いでクレオラーラ機が屠り倒された時と同様、細作りの腰脇付近よりねじ込み入れられた黒いDQの前腕部によって、中のコクピット部分が完全に貫き潰されてしまっているであろう事は明らかで、上官たるバルベスの呼びかけに対する搭乗者からの返答は一切なく、黒DQが素早く突き刺した左腕をズシャリと引き抜き、離脱する動きを見せ出すと程なくして、緑色の機体はゆっくりと前方へと傾き倒れて行った。
先程と違ったのは、パンチ攻撃を食らわし入れた場所位置が後部テスラポットに非常に近い部分、動力関係の機器が多数密集して取り付けられていた所を巻き込んで破壊してしまった事であり、黒いDQが左腕を引き抜いた直後から大量に漏れ出した高帯電状態のテスラマターが、煌びやかな輝きを無数に放ちながら宙を漂い、奏で出されるパチパチと言う不気味なラップ音を次第に大きくして行った。
黒いDQが即座に離脱する動きを見せたのも、後部テスラポットに大量に積載された高帯電状態のテスラマターが、連鎖誘爆を引き起こす事態に巻き込まれないようにする為である。
ドッゴーーーン!!
(バルベス)
「ちぃっ!!」
そして、ガエタン機の攻撃直後に連撃を食らわしれるべく画策し、少し遅れて接近し行ったバルベスが、黒いDQへの攻撃を早々に諦め、搭乗機の両脚エッジをフルに利かせた緊急停止行動を繰り出し見せたのも、僚機の爆発に巻き込まれないようにする為のものだったが、退避時に炎上したガエタン機を挟んだ向こう側へと素早く回り込み逃げ行った黒いDQに対して、次はどう来るか、右か左か、どう攻撃すべきかなどと、悠長に思案を巡らせている暇は、この時の彼には全く無かった。
次の瞬間、爆発によって生じた眩い閃光の奥側に広がる漆黒の闇夜の中へと溶け込み行った黒いDQが、逃げ行く素振りはフェイントでしたとばかりに、立ち昇る荒々しき業火のど真ん中を突っ切って唐突に姿を現し、バルベスが搭乗するヴィスター・アルマリン目掛けて襲い掛かった。
バルベスは咄嗟に、搭乗機の右腕に装備し持ったガトリングガン「LGG-703Fix」の銃口を差し向け付けようとするも、直ぐに間に合わない事を察し取り、すかさず左手に持った菱形の大盾を使用したシールドバッシュ攻撃を繰り出し、対抗しようと試みた。
しかし、大盾の後辺部に並べ付けられた全てのサブバーニヤを出力全開に振り上げて打ち放った渾身のシールドバッシュ攻撃は、直前に大地を強く蹴り拉いて上方へと機体を一瞬にして飛ばし上げた黒いDQに見事いなしかわされてしまう。
しかも、飛び上がる際に素早く突き出し伸ばした左手で、大盾の上部裏面の凹み部分をがっちりと掴み掛かる事で、上方向への移動ベクトルを完全に殺し抑えた黒いDQが、把持点を軸に鉄棒の大車輪が如く見事な後方宙返り技を披露し見せると、ヴィスター・アルマリンの幅の広い両肩の上へと、ズシャリと綺麗に両脚を着地させた。
(バルベス)
「ちっ!!」
バルベスはすかさず搭乗機の上体を大きく前後左右に揺さぶり付けて、肩口上に乗り掛かった黒いDQを振り落とそうと試みた。
・・・のだが、この時、何故かほとんど大きな抵抗を受けずに搭乗機の上体が揺り動いてしまった事態に直面し、彼は思わずギョッとした驚きの表情を形作り浮かべ上げた。
こ、こいつ・・・!
黒いDQは、確かにヴィスター・アルマリンの機体上部に位置し、佇んだ状態にあった。
だが、土台となる真っ赤な大型DQ機の機体に全体重を圧し掛け、乗り掛かっている状態にはなかった。
黒いDQは、ヴィスター・アルマリンの肩口上に着地し終えた後、直ぐに自重を軽減するためのGシステムを起動し、ほぼほぼ機体を宙に浮かせた状態でそこにいたのだった。
バルベスも直ぐにその事に気が付いたが、それと同時に、彼は、自らが既に敗北してしまった事を悟った。
ドッガシャン!!
見るからに不安定な体勢ながらも、素早くを左腕を大きく振り被り上げた黒いDQが、眼下に見下ろせるヴィスター・アルマリンの頭部接合部分、完全なる弱点部位といえる首筋付近へと目掛けて、強固な左手拳を躊躇なく垂直に振り下ろし、パイロットが搭乗するコクピット内部へと容易に達する左前腕部を深々と突き刺し入れる。
そして直後、恐らくは稼働中のGシステムを停止したのであろう、通常の重力に従った機体挙動をもってヴィスター・アルマリン機の肩口上へと再び乗り掛かり上がると、ゆっくりと機体を傾け倒し行く赤色の大型DQ機の上から軽快に飛び降り、未だ力強く立ち昇る炎光によって照らし出されるオレンジ色の大地上へと機体を着地させた。
決して、黒いDQと対峙した3人の帝国軍DQパイロットの技量が低かったわけではない。
搭乗していたDQ機の性能が低かったわけでもない。
寧ろ、非常に類まれなるDQ操舵技術を持った猛者的パイロットが、著しく強固強力な大型の人型機動兵器に乗り駆り、戦っていたはずであった。
ところが、そんな彼等三人が戦いの中で獲得し得た戦果は、黒いDQの右前腕部を引き千切り飛ばし遣った事だけで、それ以上の有益な被害を食らわせ与える事が全く出来ず、最終的には、皆一様にコクピット部を貫かれ圧死し散ると言う、呆気ない結末を強い付けられてしまう事になる・・・。
それだけ、この黒いDQの強さは異常だった。
大軍を要して尚、対処し得るかどうか悩み迷う程の圧倒的戦闘力・・・、それはもはや、人知を超えた災害レベルと言っても過言ではない程の強大、凶悪さだった。
だが、そんな物恐ろしい化け物DQ機を前にして、セニフはそれほど大きな恐怖心を抱いていなかった。
大地上に突っ伏し倒れた緑色の大型DQ機の屍を苗床に、天高く立ち昇り上がる業火の赤光を背後部に纏い背負いながら、次はお前の番だとばかりに、ゆっくりとセニフの方へと歩み寄ってくる、黒いDQの禍々(まがまが)しき立ち姿をじっと眺め見ながら、セニフは全く別の事を考えていた。
そして、ゴーグル部分が割れ壊れてしまったヘルメットを徐に脱ぎ去り捨てると、右目付近に付着した己の血糊を静かに擦り拭う仕草を見せ出し、トゥマルク機の眼前へと到達し着くなり、片膝を付いて機体の体勢を低くし落とし見せた黒いDQの容貌をまじまじと見つめ上げ、つい先程ようやく脳裏へと蘇り上がった懐かしき名前を大声で叫び出した。
(セニフ)
「ミクー!!ミクーなんでしょ!?」
セニフ自身、それほど長い期間を一緒に過ごした訳ではないが、セニフが以前所属していたチームTomboyに参画した当初、酷く塞ぎ込んでいた状況にも関わらず、自分に対して屈託のない笑みを浮かべながら優しく話しかけてくれ、色々と世話を焼いてくれたチームメイト、女性の様な中性的で可愛らしい顔貌と、ボリュームのある栗毛のエアリーヘアーが特徴的な好青年が居たのだが、それが、この時セニフが口にした名前の人物だった。
勿論、絶対にそうだと確信する思いが、セニフの中にあった訳ではない。
そうではないかと安易に考えを紐付け合わせ、過酷な現実から目を逸らしたいだけなのではないかと言う、懐疑的な思いがあった事も確かだ。
でも・・・、助けてくれたでしょ?
さっき止めを刺さなかったのは・・・、そう言う事なんでしょ?
違うの?
これまでの戦闘において、この黒いDQが、数多くのトゥアム共和国軍兵士達を各地で屠り散らしてきた事は周知の事実であり、決してセニフの味方なる者ではない。
それはセニフ自身も解っていた事であった。
だが、黒いDQは、いつまで経っても、セニフの事を攻撃しようとはしない。
ただただ、漆黒の頭部上に不気味に光る二つの赤い眼を持って、破壊されたコクピットハッチ部にへばり立つセニフの姿をじっと眺め見ているだけだった。
そして、セニフの問い掛けに対する答えもまた、全く無かった。
「撃て!!」
次の瞬間、セニフ達が居る場所から見て、北側に位置する台地上の更に奥側の山中で突然、眩い閃光が幾つも瞬き上がった。
・・・と、続いて、ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!と言うけたたましき砲撃音が、周囲に並び聳える急峻なる山々に無作為に木霊し飛ぶ。
セニフは一瞬、何事が生じ起きたのか解らず、思わず「え?」なる間抜けな表情を浮かべ上げて凝り固まってしまったのだが、彼女が己の身の危険を感じ、即座にコクピットの奥中へと非難し逃げようと動き出した直後、黒いDQが、唐突に素早い動きを奏で見せ、トゥマルクの機体右側面部へと回り行き取り付くと、肘から先の無い右上腕部を壊れたコクピットハッチ部へと翳し付け、蓋をし遣った。
ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!
(カティア)
「どうだ!?やったか!?」
(ワイリー)
「共和国軍DQ機の反応は消失。所属不明機の状況は確認できません。」
(カティア)
「次弾装填!砲撃用意!」
北方側に広がる山間部の中腹付近から、セニフ等へと向けて砲撃を撃ち放ったのは、パレ・ロワイヤル基地防衛作戦において、カノンズル山東南部に設定し置かれた「メセラ」なる防衛線戦を突破し、この地へと進行してきた帝国軍東部方面攻略部隊の斥候戦車部隊だった。
「GM-034レソント」中戦車3輌1小隊からなる部隊が2つと、「GM-035オリファルト」中戦車に2輌のレソントを加えた1小隊からなるこの戦車中隊は、東部方面攻略部隊本隊の進軍に先立って周囲の状況を偵察し回る任務と、再構築されるであろうトゥアム共和国軍防衛戦線の左翼側側面を急襲すると言う、2つの任務を負い動いていた部隊で、この場所が危険なエリアである事を事前に警告されていたにも関わらず、この地へと足を踏み入れたのは、南西側で戦闘中にある友軍部隊の反応を感知したからである。
結果として彼等は、友軍機の反応が全て消え去る前に当該戦域へと到達し着く事が出来ず、当戦車中隊を指揮する「カティア・クロイゼン」少尉としては、このまま隠蔽偵察任務を続行する為に、即座にこの場から離脱する方向で考えを固めていたが、唯一消えずに残っていた瀕死状態にあるセニフ機の反応と、その直ぐ傍に佇む黒いDQの機影、恐らくは友軍機を屠り倒した張本人であろう所属不明機の姿を暗視モニター上で確認し取れた為、一斉砲撃を持って一気に駆逐し片付ける事にしたのだった。
(セニフ)
「う・・・、く・・・・・・、ゲッホ、ゲホッ、ゲッホ、ゲッホ。」
だが、合計9輌からなる中戦車部隊の激しい砲撃を浴びせ掛けられて尚、搭乗するトゥマルクが完全なるガラクタ機へと成り下がり落ちて尚、そのパイロットたる赤毛の少女、セニフ・ソンロは生きていた。
砲撃によって巻き上げられた大量の粉塵がコクピット内へと流れ込み入った為、酷く咳込み喘ぎ苦しむ事態になってしまったものの、新たなる身体的損傷を一つも受け食らわされる事なく、帝国軍戦車中隊の攻撃をやり過ごす事に成功した。
勿論、それは、砲弾が着弾する直前に黒いDQが己の身を呈し、トゥマルクの機体をかばい守るよう動いてくれたからであるが、もはや身じろぎも出来ない壊れ果てた機体に搭乗しているセニフを、この次も同様に体良く守り切れるかと言えばそうではない・・・と言う事を、この黒いDQは既に解っていた様で、黒いDQは程なくして直ぐに、トゥマルクの機体から退き離れると、一度トゥマルク機の前方へと回り動く仕草を見せ出し、徐にトゥマルク機のコクピット内部へと視線を流し付けた。
辺り一面には、未だ色濃い大量の粉塵が漂い舞う状況にあったが、暗がりの中に不気味に光る2つの赤い目は、コクピットシートに座った状態にあったセニフからも、良く見て取れた。
・・・ふーん。セニフって言うんだ。可愛い名前だね。年齢は?どこから来たの?・・・
・・・エッジの角度より、膝の硬さを意識してごらん。そうそう。すごいすごい。呑み込みが早いなー。才能あるよ・・・
・・・笑った顔、初めて見た。笑った顔も、すごく可愛いよ。もっと・・・
・・・え?・・・いや、そんなことないよ。セニフが凄いだけさ。・・・えっへへ。なんか照れるな・・・
・・・僕にはね。三つ歳下の妹が居たんだ。・・・生きてたら、こんな感じだったのかな、って・・・
(セニフ)
「ミクー!!」
ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!
ほんの僅かなる静寂の時を経て、黒いDQが唐突に駆け走り始めた。
周囲に漂う濃密な粉塵を切り裂く程に素早く、大地を蹴り拉く足音と振動が、セニフの身体越しでも容易に解り取れる程に力強く、黒いDQは、猛烈なスピードで駆け走り始めた。
目指す所は、先程砲撃が撃ち放たれたエリア地点、恐らくは中隊規模の戦車部隊が屯しているであろう北側高台の更に奥向こうに広がる森の中・・・。
(ワイリー)
「所属不明機が移動を開始!健在な模様!」
(ブラーマ)
「早いな。」
(カティア)
「よーく狙え!!・・・撃て!!」
その後、再び眩い閃光が迸り、続いて、ドドドドドン!!と言う地響きすら呼ぶ大爆音が、辺り一面へと響き渡った。
セニフは咄嗟に身体を引き起こし上げて、壊れたコクピットハッチの縁付近に身を乗り出すように取り付き、赤黒い黒煙をのうのうと立ち昇らせ上げる北側の高台付近へと視線を当て付けたのだが、サーチシステムも、暗視モニターも使えない今の彼女には、それ以上の事は何も解らなかった。
ただ一つ解ったのは、帝国軍と思しき戦車部隊からの砲撃はその後も続き、砲弾の着弾地点が次第次第に遠退き行った事と、しばらくして、恐らくはその戦車中隊の断末魔であろう大きな爆発が、北側の森の奥深くで、幾つも生じ起きたと言う事だけだった。