02-04:○ブリリアントな朝の珈琲[2]
第二話:「Royal Tomboy」
section04「ブリリアントな朝の珈琲」
DQA大会開催地の中では、大きさ的にも小さな部類に入るニュートラルエリア「アルファ」。
とはいえ、もっとも戦場から近いと言う理由からか、ブラックポイントの中では最大の利用者数を誇っている。
エリアのほとんどがホテル、工場、飲み屋街で構成されており、DQA開催時は昼夜を問わず人々がごった返す賑やかな街となる。
近くにはトゥアム陸軍駐屯指定地があり、軍の整備士達も訓練のため、積極的にDQA大会参加チームの機体整備を手助けするのだ。
勿論、タダでは無いのだが、それでもDQ整備力に乏しいチームなどは、挙って彼らの助けを求めて、アルファに集結してくる傾向にあった。
(ジャネット)
「まったく、もう少し工場から近いホテル取ってよね、マリオ。工場来るのに、こんな時間かかるとは思わなかったわ。」
(マリオ)
「何いってんの。昨日お姉ちゃん達が宿も取らずに飲みに行くからだよ。あのラプセルの状態で僕達にそんな暇あると思う?」
(ジャネット)
「そりゃぁそうだけど・・・。ごめんなさい。」
彼女が工場に足を運んだ時間は午前10時。
通常、朝一から戦場に出向くチームがほとんどのため、この時間帯工場はガラ隙の状態だ。
大型トレーラーが進入可能な大きなゲートをくぐると、五階建てのビルがすっぽり入ってしまうぐらいの空間が、工場内に確保されている。
今回の出場規定の中に「参加DQは特殊大型機種を除く」という規約があるため、このゲートが全開になる事はないのだが、それでも大型トレーラーでさえ、簡単に潜り抜けることが可能な程だ。
その大きな工場作業場の左手から2番目の列に、チームTomboyのDQ3機が立ち並んでいた。
(マリオ)
「どう?昨日徹夜で仕上げたラプセルだよ。表面はエアカッターで焦げを落として粗めにブラシかけただけだけど、内装は十分だから心配しないで。」
ジャネットが見上げる先には、昨日見る影も無かった真っ黒いガラクタが、暗がりに差し込む光に照らし出されて、綺麗な山吹色を放っている。
激しい衝突で損傷した機体装甲も、完全に修復されており、美しい機体曲線を取り戻した中型機「ラプセル」の姿がそこにはあった。
昨日の状況から、まさかここまで復活を遂げるとは思っても見なかったジャネットは、あまりの仕上がりに、しばらくラプセルに目が釘付けとなってしまう。
(マリオ)
「すごいでしょ。お姉ちゃんは外装も気にするからね。ちゃんと塗れてるでしょ。でも、ワックスがけはあきらめてね。」
昨夜から徹夜で作業し続けたマリオの目元にはうっすらと影ができている。
私達が飲みに行っている間、マリオ達バックアップはこんなにがんばっていたんだ。
なのに私ったら宿の質の事なんかで、うだうだ言ったりして・・・。
何か少し後ろめたさを感じたジャネットは、ゆっくりとマリオの前にしゃがみこむと、にっこりと微笑んだまま、そっとマリオにキスをした。
(マリオ)
「ちょっ!ちょっとお姉ちゃん。」
いきなりのジャネットの行動に驚いたマリオは、顔を真っ赤にしながら彼女の唇を振りほどく。
(ジャネット)
「あら、いいじゃない。私、マリオのこと好きよ。マリオは私の事嫌い?」
(マリオ)
「き・・・嫌いじゃないけど。僕もう13歳だよ。もう子供扱いはやめてよ。」
そう言うとマリオはその可愛い真っ赤な顔をジャネットに見られるのがいやなのか、後ろを向いたまま黙ってしまった。
ジャネットはそんなマリオがなんだかいとおしく感じてしまう。
あの甘えん坊だったマリオ。だんだん男の子ってたくましくなるんだね。
身長も結構伸びたのかしら。あんなに泣き虫だったのに。
そして、スッと立ち上がった彼女の表情に、少し暗い影が落ちると、しばし視線を落として俯いてしまう。
あれだけ・・・。あんなに・・・。ごめん・・・。
ごめんなさい。マリオ・・・。
(ジャネット)
「ごめんねマリオ。」
(マリオ)
「え?」
マリオがジャネットの方へと振り向くと同時に、突然マリオに抱きつくジャネット。
緑系の髪の色。強めの癖毛。そして垂れ目なところは、流石に兄弟を思わせる風貌だが、年齢差は10歳。身長差も30cmはあるだろうか。
人目も憚らず、マリオのことを溺愛する彼女の姿は、兄弟というよりは、ほとんど優しい母親のような感じがする。
辛いことも、楽しいことも、いつも一緒に過ごしてきた二人。
そして、これからもきっと、二人で一緒に力を合わせて生きていくのだろう。
ジャネットは、込み上げる嬉しさと共に、彼の黄緑色の癖毛を撫でながら、思いっきり強く彼を抱きしめた。
ジャネットのふくよかな胸へと顔を埋められたマリオは、苦しいのか恥ずかしいのか必死でもがいていたのだが、ジャネットは決して彼を逃がさない。
(ジャネット)
「だめ。離さないんだから。」
(マリオ)
「お姉ちゃんっ・・・!誰か来る・・・って・・・。」
繁忙期が過ぎ去り、人が疎らな工場であるからできる行為であって、他の人が目撃したのなら、たちまち赤面してしまうぐらいの行為だろうか。
必死にジャネットの両手を振りほどこうとするマリオとしては、ここまで愛してくれる姉の思いに、嬉しさを感じるというより、恥ずかしい気持ちのほうが先行してしまうのは当然だろう。
(サフォーク)
「おい。恥ずかしいからもう終りにしな。こっちが赤面する。」
そんな二人の恥ずかしい行為を目の当たりにしたサフォークが、二人の元へと歩み寄ると、素直な気持ちを投げかけた。
バックアップメンバーたる彼もまた、昨晩徹夜作業を強いられた一人であり、かなり疲れていたのか、いつもの変な元気が失われているようだった。
目元に深い堀があり、目の下が黒ずんで見えるのはいつものことだが、洗われることなく乱れた黒いロン毛と油まみれの顔からは、「もう、眠らせてくれ」という、暗な気持ちがにじみ出ていた。
(ジャネット)
「あら、サフォーク。お疲れさま。ラプセル大分綺麗になったね。ありがとう。でも、大丈夫?なんだか死にそうな顔してるけど・・・。」
(サフォーク)
「まあ俺の腕にかかればこんなもんさ。大丈夫。どんなに疲れていようが、君がご褒美をくれたら、一気に吹き飛んでしまうぜ。」
と言って、徐にジャネットの近くに歩み寄った彼は、突然、右手でジャネットの胸を鷲掴みにした。
・・・。
一瞬にして凍りついた周囲の空気に、大きな「張り手」の音が鳴り響く。
馬鹿はやはり、どういう状態でも馬鹿なのだろう。
それまで優しかったジャネットの表情が、引きつったように強張ると同時に、彼女は思いっきりサフォークの顔面をぶっ叩いた。
火を見るより明らかな結果を生むとは、まさにこのことを言うのだろう。
(マリオ)
「大丈夫?サフォーク。お姉ちゃん、力結構あるでしょ。」
怒りのあまり、ソッポ向いてしまったジャネットを横目に、吹き飛ばされてしまったサフォークを、マリオが気遣う。
しかし、紅葉型にくっきりとした赤い張り手跡を頬に残したまま、サフォークがマリオに呟くのである。
(サフォーク)
「マリオ。男にはな。やるべき時にやる勇気と、根性が必要なんだよ。たとえそれが相手の怒りを生んだとしても、結果良ければすべて良し。解るだろ?マリオ。」
この男にとって、顔に跡が残るほどぶっ叩かれた結果が、いい結果と言うことなのだろうか。
意味不明な言葉を投げかけられたマリオは、ただただ首を傾げることしかできないのであった。