11-15:○赤のエリアに蔓延る脅威[7]
第十一話:「混流の源泉」
section15「赤のエリアに蔓延る脅威」
大陸最高峰の山々が連なる「コンサット山脈」の北方部一帯、そこに広がる「魔境の森」と呼ばれる樹海地帯は、山々より染み出る無数の水々を一時的に蓄える「ナルタリア湖」へと向けて流れを作る、大小様々な数多の河川によって起伏の激しい岩石渓谷が幾つも形作られており、雨期である6、7月に集中する激しい大雨の影響もあって、著しく変容する水の流れにより削り取られたその地形は、まるで迷路の様に入り組んだ複雑怪奇な風体に彩られている。
「魔境の森」の奥深くに存在する「パレ・ロワイヤル基地」の北方側、比較的なだらかな地形が広がっている通称「タイロン」エリアの北西部一帯は、まさに、そんな特殊な地形構造をふんだんに集め纏めた過酷なエリア地区であり、周囲に群生する怪奇的人工樹木群のおどろおどろしい様相も相俟って、戦闘を行う事はおろか、ただ移動するだけでも多大な労力を要する非常に難儀な場所であった。
勿論、そう言った複雑性がふんだんに盛り込まれている地形であると言う事はトゥアム共和国軍側も既に承知の上で、出来る限り容易に抜け通れる幾つかのルートを予め見出し上げていた訳だが、言うまでもなく、それは、嘗てこの基地の所有者であった帝国軍側も熟知していた事であり、この地において、何とか敵の追撃を逃れ得ようと必死に搭乗機を駆り立てるフロア隊の面々達が、如何に周囲の地形を上手く利用した逃走劇を繰り広げても、帝国軍DQ部隊の追撃を振り切る事が出来なかった。
(キリル)
「くっそ!ほんとしつけぇ奴等だ!何処まで追いかけて来んだよ!」
(セニフ)
「右手側の1機が異様に早い!このままじゃ追いつかれるよ!」
(ユァンラオ)
「セニフ。お前が隊の一番先頭を走れ。お前の腕なら多少無茶な道を選んでも平気なはずだ。」
(セニフ)
「えっ?」
(キリル)
「そんなルートで俺に続けと?」
(ユァンラオ)
「殿は俺が務める。お前等は脇目も降らず前進する事だけを考えろ。」
(キリル)
「セニフ。なるべくお手柔らかに頼むぜ。」
(セニフ)
「・・・う、うん。」
今現在、ネニファイン部隊の1番隊である「フロア隊」は、戦闘の途中で已む無くはぐれ別れたジルヴァの変わりに、元々は「グラント隊」の隊長を務めていたたユァンラオが臨時で部隊の指揮を取っている。
状況に合わせて適宜下される部隊メンバーへの指示も思いのほか的確、危険を伴う役割に対しては真っ先に自分自身を宛がうと言った、部隊を率いる隊長たる責務を少しも損なわない、しっかりと果たし熟す殊勝な態度を見せており、意図せずも彼の指揮下に収まり入る事になってしまったセニフとしても、彼が下す指示に素直に従い、行動する外なかった。
言うまでもなく、セニフにとって、ユァンラオと言う男は、決して気を許してはならない危険な男、決して油断してはならない恐ろしい男であり、手練れの敵DQ機4機にしつこく追い回され続けているこの逼迫した状況下の中にあって尚、彼女はの心は何処となく上の空、戦いに集中する体には程遠い面持ちにしかならなかった。
セニフは酷く警戒していたのだ。
怪し気に感じる不穏な素振りを微塵も垣間見せない、完全に余所行きたる真白き仮面を被り切っている、このユァンラオと言う男の事を・・・。
勿論、非常に劣的な状況に追い込まれ置かれてしまっている今、変な余所事に現を抜かしている暇など毛頭なく、まずは目の前の戦闘に集中し、お互いに力を合わせて、この難局を乗り切らなければならない、それを最優先に行動しなければならないのは、セニフもユァンラオも同じ事のはずであり、トゥアム共和国軍の一兵士として、パレ・ロワイヤル基地を守るネニファイン部隊の一員として、基地司令部の厳しい監視下の元、悪たる謀を堂々と仕出かし散らす事など、そうそう出来る事ではない。
・・・だが、しかし、セニフが心の内底に抱き持っていた色濃い懸念、薄ら寒い悪い予感は、この時、まさに真に正当を射貫いていたと言えよう。
事実、ユァンラオは、セニフに対して、確かに黒々しくも重々しい非常に強力な謀を企てていた。
傍からの見た感じこそ異なれど、中身はこれまでの彼と全く変わらぬ悪辣極まりないもので満たされていた。
ただ一つ、セニフの予想と違っていた点は、実際にその謀を実行するのは彼自身ではなく、今現在目の前で対峙している帝国軍DQ部隊の面々であると言う事・・・、今回の謀において、既に彼の役目は終わっていたのだ。
(ランス)
「バルベス。殿の黒い奴は俺が相手をする。後は頼んだぞ。」
(バルベス)
「ガエタン。クレオラーラ。中段の1機を排除する。先行して仕掛けろ。」
(ガエタン)
「了解。」
(クレオラーラ)
「解りました。」
(バルベス)
「シェスター。カール。聞こえるか?V32から35ライン上の逃走ルートを遮断してくれ。」
(シェスター)
「直ちに。」
(カール)
「了解。」
表向きには隠密部隊とされているストラントーゼ軍第403部隊「エイリアンホース」が、ここパレ・ロワイヤル基地周辺部に姿を現したのは、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国正規軍によるパレ・ロワイヤル基地攻略作戦を手助けする為ではなく、訳の分からない謎の黒い人型のDQ実験機のテストを実施する為でもなく、トゥアム共和国軍のネニファイン部隊に所属するDQパイロット、帝国の皇女たる身分を持つと言う「セニフ・ソンロ」なる赤毛の少女を、戦場において搭乗するDQ機ごと鹵獲し、帝国本土へと連れ帰る為であり、対峙するネニファイン部隊に対して敢行された攻撃のほとんどは、鹵獲対象であるセニフ機を完全に孤立させる事を意図したものである。
勿論、エイリアンホース部隊に所属するDQパイロット達は皆、自分達が鹵獲対象とするDQ機の中に、帝国の皇女たる身分を持つ人物が乗り込んでいるとは露程にも思っておらず、彼等はただ単に、彼等の主人である「オーギュスト・レブ・ストラントーゼ」の命で派遣されて来た臨時の指揮官の指示に従い、与えられた作戦任務を忠実に熟しているだけに過ぎない。
実際に、セニフの事を狙っていたのは、その臨時に宛がわれた指揮官たる人物・・・、翡翠色の髪の毛と幼げな顔貌が特徴的な「レジェス・ウィルナー」なる19歳の青年、ユァンラオやカルティナが「依頼人」と称する黒幕的立ち位置で暗躍する謎めいた人物で、ユァンラオはこの時、その依頼人が企てた陰謀の冒頭部分を手助けする役割を任され、それを済まし終えた後だった。
今回の企てにおいて彼が任されていた仕事の内容は、鹵獲役を担当するエイリアンホース部隊の面々がセニフ機の場所位置を常に把握できるよう、セニフが搭乗するDQ機体に特殊な信号を発する発信器を密かに仕組み入れる事であり、激しい攻防戦の末に大荒れの混戦状態に陥った今現在も尚、セニフがいる位置はエイリアンホース部隊にダダ洩れの状態だった。
戦闘が開始される数十分前まで、誰がどの機体に搭乗するのか解らないケースがほとんどであるネニファイン部隊内において、事前にセニフが搭乗するDQ機体を100%正確に特定する事は不可能であり、且つ、搭乗機が決定した後も、数多くの整備作業員がDQ機体に張り付き続ける事になる為、周囲の者に全く怪しまれずに犯行を行う事も非常に難しい状況にあった訳だが、最終的にセニフがどの機体に乗り込もうと全く関係のない妙的手法が存在していた為、ユァンラオは、割とあっさりと発信器を仕込み入れる事に成功した。
と言うのも、セニフに限らず、DQ機のコクピットシートの大きさに対して身体の大きさが著しく小さい、DQ機体の操縦に支障をきたすような者は、身体をコクピットシートに固定する為の補助シートを使用するのが常だが、ネニファイン部隊内においてこの補助シートを使用する者はたったの3名しかおらず、しかも、割と大きめのL型補助シートを使用するのがペギィ、一番小さいS型の補助シートを使用するのがルーサ、その中間、M型補助シートを使用するのがセニフと、各人ともに使用する補助シートのサイズが重複せずに決まっていた為、ユァンラオは、パレ・ロワイヤル基地内の備品倉庫に保管してある全てのM型補助シート、と言っても全部で3つだけだが、その全てに予め発信器を仕込み入れれば良いだけ・・・、後は勝手に整備作業員達がセニフが搭乗するDQ機体に設置してくれると言う、何とも安易簡単な話でしかなかったからだ。
尤も、如何に特殊な粒子信号を用いた優秀な発信器であるとは言え、パレ・ロワイヤル基地の優秀な索敵システムをいつまでも欺き続けられるかと言えばそうではなく、何れはその不審な信号が検知され、司令部から何かしらの確認の連絡が入る事も、ユァンラオは可能性の一つとしてしっかと考慮していた訳だが、TRPスクリーン越しに垣間見える前方の僚機2機のスラスターバーニヤ光へと、チラリと視線を宛がい付けたユァンラオは、まあ、こうなってはもはや手遅れと言う以外にないがな・・・と、小さな呟きをポツリと吐き出しつつ、口元を気味悪げに軽く歪め上げると、続けて、後背部より迫り来る4機の帝国軍DQ機の動きをサーチモニター上で確認して取りながら、さてさて、後はどうやって排除されてやるかだが・・・と、全く無音なる心の言葉を脳裏へと浮かべ上げた。
ビーッ。ビーッ。ビーッ。
(セニフ)
「後方からミサイル!出口を塞ぐつもりだ!」
(キリル)
「F型が来たぞ!」
(ユァンラオ)
「ちっ!俺が揺さぶりをかける!その間にお前等はルートFに回り込め!」
(キリル)
「おまっ・・・!たった一機でどうしようってんだよ!」
フロア隊の3人を追走する帝国軍DQ機4機の内1機は、高速ホバー移動タイプの「flgerフォル・レンサジア」で、同じく人型でありながら高速ホバー移動タイプの「MRV-2リベーダー2」は兎も角、セニフやキリルが搭乗する「TMDQ-09トゥマルク」の足では到底振り切れない優良な移動速度を持ち有しており、彼等がここまで何とか食い付かれずに逃走し続けられたのも、機幅の広いF型DQが苦手とする移動可能幅が狭い濃密な密林山道を潜り抜け通って来たからである。
言ってしまえば、F型DQが有する機動力を存分に発揮し得る開けた地形区域内であれば、何れ追い付かれるのは当然の事、多少起伏に富んだ大きな岩山が幾つも連なり立っているとは言え、それなりに広めの開放的空間が大多数を占める湿原地帯へと足を踏み入れた時点で、彼等がF型DQの激しい追走攻撃を受ける事態に陥る事は端から明らか、彼等はここで、逃走一辺倒なる後ろ向きな作戦を一時的にでも放棄せざるを得なかった。
勿論、このタイミングを持って全機一斉に反転し、攻勢へと移り出る策も全く無かった訳では無いのだが、現在のフロア隊を仕切る臨時の隊長であるユァンラオが選択した作戦は、足の早いリベーダー2に搭乗する自らが囮となって、帝国軍のF型DQフォル・レンサジアの注意を引き付け、その隙に足の遅いトゥマルク2機を湿原地帯離脱可能エリアまで先行させると言うものだった。
確かに、これまでの帝国軍DQ部隊の動きを見て取る限り、後方に控える3機の大型DQの機速は、それ程早いようではなさそうだし、強力な中遠距離の射撃火器を保有している様にも見受けられなかったし、一番の脅威たるF型DQフォル・レンサジアの動きを上手く誘導、いなし抑える事さえできれば、然したる被害を被り受けずにこの場をやり過ごすごとも可能であった訳で、この時のユァンラオの判断が間違っていたかと言えばそうではない。
ただ、ユァンラオがそう言った意向をセニフとキリルに示し出した時、軽い舌打ちを奏で放ちながら怪訝なる表情を浮かべ上げてしまったのは、選択した道筋の先に自ら達が望み目論む事の顛末を、しっかと起き据える事が出来ていなかったからであり、遠回りどころか、恐らくは遠退いてしまう事になる一手を取らざるを得なかった事に対して、軽い焦燥感を覚えたからだ。
ユァンラオが最終的に目指していたのは、目の前に居る帝国軍DQ部隊にセニフを拉致させる、DQ機体ごと鹵獲させる事であり、セニフやキリルが本当に逃げ切れる様な良的展開を形作るべく、素晴らしき働きを披露して見せる事ではない。
帝国軍DQ部隊との正面決戦を避けたのも、自身がやられ倒されてしまう事を懸念した訳ではなく、相手に無用な損害を与えてしまう事を危惧したからで、ひょんな流れからフロア隊の臨時隊長の座に就き収まる事になってしまったが、セニフをなるべく孤立した状態に追いやる為に、出来限り東側に大きく迂回する逃走ルートを選択してやった事以外に、何ら気の利いた手助けをしてやる事が出来ない立場にある以上、彼は、さっさとこの場からふけ去りたい、その為のもっともらしい言い訳と、より良きタイミングとを探りつつ、様子を窺っていたのだ。
(ランス)
「目障りなんだよ!その機体!速攻片づけてやるぜ!」
(セニフ)
「ユァンラオ!」
(ユァンラオ)
「構うな!そのまま進め!」
(キリル)
「セニフ!ルートFの出口付近からユァンラオを援護するぞ・・・って、おい!」
ところが、物凄い勢いで猛追し来たフォル・レンサジアからの攻撃、機体の下面腹部より生え伸びる右腕に装備された「HV192-T64アサルトライフル」による正確な射撃攻撃を、搭乗機である「MRV-2リベーダー2」の機体を左右に体良く揺さぶり動かす事で難なくそれをいなしかわし遣ったユァンラオが、今後の展開を如何なるものにすべきかと思案に暮れ入る構えへと意識を寄り傾けさせようとしたその矢先、後方に控え着いて来ていた3機の大型DQが突如として急激な猛加速を見せ出し、先行する2機のトゥマルクを追って凄まじい大爆走をし始めた。
この3機の大型DQは、他の帝国軍DQ機よりも一際大きな体躯をしており、機体各所に纏い被った分厚い装甲板の量からも見て解る通り、決して突撃突貫を旨とした神速機などでは無い、見るからに鈍重鈍足な後方支援機の類にしか見受けられなかったのだが、その猛烈な加速を生み出していたのは、機体後部に取り付けられた拙いスラスターバーニヤ群ではなく、両腕部に装備された大きな菱形の盾の左右裏外面に取り付けられていた、合計10機もの強力な補助バーニヤだった。
左右の両盾を斜に構えた状態で前辺部を合わせ付け、その盾の裏側に機体を隠すような低い体勢を保ったまま突進し行くその様は、まるで巨大なロケットかミサイルかが、大地上を低空でぶっ飛んで行くかの様な荒々しさだった。
ユァンラオはここで、不意に口元を僅かに歪め上げた。
(キリル)
「ちっ!駄目だ!逃げ切れん!反撃するぞセニフ!」
(セニフ)
「でも!回避優先だよ!」
(キリル)
「解っている!隠し武器に気を付けろよ!」
背後より迫り来る大型の帝国軍DQ機3機に対し、搭乗機であるトゥマルクの機体を180度翻したキリルは、後ろ方向への慣性力を保ったまま、右手に持つ「GRM-89スナイパーライフル」の狙いを先頭の1機へと括り付け遣ると、右肩に装備した「GGS09ガトリングガン」と左手に装備した「FNG-S01」サブマシンガンの弾丸を激しくブチばら撒きぶつけ当てた。
そして、それまで自分達が逃走ルートとして見越してたルートCなる崖谷の細道上に、次々と降り落ちて行く大量のミサイル群が奏るドガン!ドガガン!と言う耳障りな爆発連音を聞き取りつつ、自身が繰り出す強力な銃弾攻撃が大きな菱形の盾を斜めに構える相手機に対して、何ら障壁たり得る効果を一つも与え付けられていない様をTRPスクリーン越しに見て取ると、眉間に浮かんだ皺をより強く深めながら、これならどうだとばかりに、GRM-89スナイパーライフルの発射トリガーを引き放った。
セニフもまた、機体を僅かに反時計回りに旋回させ、機体を反転しつつ、右手に装備した「FNG-T03」サブマシンガンと、左手に装備した「ASR-RType45」の弾丸を遮二無二撃ち放ちつつ、左肩に装備した「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の強力な砲弾を、先頭をひた走る赤い大型機目掛けて発射する。
だが、しかし、キリルが撃ち放った「GRM-89スナイパーライフル」の弾丸は、赤い機体のDQ機「RYE-X3ヴィスター・アルマリン」が構え持つ大盾に対して、僅かなるへこみを形作っただけで虚しくも明後日の方向へとはじけ飛んで行き、セニフが放った「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の砲弾もまた、この大型機の体勢を少しだけ崩し揺らがせる程度の打撃を与えただけで無残にも跳ね返され、濃密な黒雲が立ち込める夜空の彼方へと飛び去って行ってしまった。
巨大な菱形の盾を両手に構え持つこの大型DQ機に対して、前方向からの攻撃はほぼ無意味・・・、側面からも怪しく、背面部を狙った攻撃を仕掛ける以外に手だてが無いであろう事は、セニフもキリルも、予め予想し憂いていた事であるが、彼女達二人が、それでも尚と、真正面攻撃を仕掛け入れたのは、この大型のDQ機が何かしらの射撃武器を使用して攻撃してくる可能性を考慮したからで、それを許さぬ激しい攻撃を繰り出し見せる必要があったからだ。
ただ、帝国軍の赤い大型DQ機ヴィスター・アルマリンに搭乗するバルバス自身に、そう言った考えがあった訳ではなく、両部隊機の接近に伴い、バルベスの右手側へと手早く回避運動を始めたキリル機へと向けてしばし進路方向を傾け変え遣り、次いで、左手側へと回避運動を始めたセニフ機へと進路方向を向け変え、その後、結局はどっち付かずな感じのままトゥマルク二機の間を勢い良く突っ切り抜けて行った。
(バルベス)
「さて、撃つなら今だが・・・、まあ、無理か。」
セニフもキリルも、一瞬、かわしやり過ごした赤い大型DQ機を攻撃するなら今がチャンスだ!なる色気付いた思いに意識を寄り付かせたが、後続に控える緑色の大型DQ機「RYE-X2ヴィスター・ローゼス」2機の存在を、完全に蔑ろにしたままそれを敢行し遣る事は出来ず、二人はすぐさま次なる脅威へと向けて濃密な戦意を振り向け付けた。
ところが次の瞬間、セニフ機の方へと猛然と突き進み来ていたヴィスター・ローゼスの片割れが、左手側に装備していた大盾の後方スラスターバーニヤを瞬間的にブワリとより大きく吹き上がらせて、機体の進み行く向き方向を急激に変え遣ると、目前まで迫り詰めていたセニフ機を完全に無視する形で、キリル機の方へと再度爆走を開始する。
(セニフ)
「ま、まずい!キリル!今すぐ逃げて!」
セニフはここで、不意に思い上げた「えっ?」なる驚嘆と違和感が不気味に混じり合った奇妙な感覚に、ほんの一瞬、僅かな時間、意識を捕らわれ憑かれてしまう事になるのだが、直後にハッとした表情を浮かべて我へと帰り戻ると、キリルに対して即座に逃げるように促す指示を通信システム内へとねじ込み入れながら、搭乗するトゥマルクの機体に手早い操作を繰り入れて、自らの元から離れ行こうとする緑色の大型機へと向けてアサルトライフルの発射トリガーを引き放った。
・・・と、続けて、新たな砲弾を装填し終えた「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の砲口照準を緑色の大型機の左背面部、セニフの側に剥き出しとなった後部テスラポットに合わせ付け遣ると、ほぼほぼ完璧と言える素晴らしく精度の高い砲撃を繰り出し放つ。
・・・も、明らかにそう来るであろう事を予め予測して構えていたヴィスター・ローゼスのパイロット「ガエタン・ジーン」は、セニフが持つ一番の高火力武器である「120mmミドルレンジキャノンTypeS」を使用してくるタイミングを見計らい、右手側に持つ大盾の後部スラスターバーニヤの出力をカット、左手側に持つ大盾の後部スラスターバーニヤの出力を全開にし遣ると、両足のエッジを鋭く時計回りに切り回して素早く機体を反転させ、持ち構えた大盾で見事この砲弾を防ぎ弾くと言う荒業を披露して見せた。
そして、セニフが持つその他の武器、「ASR-RType45」アサルトライフルと「FNG-T03」サブマシンガンによる攻撃に対しては、そんな程度の攻撃ではそう簡単にはやられませんよ的なかぐわしさを放ち出しながら、先程と全く同じ行動を繰り出し流れるように機体を180度反転させ、再びキリル機へと向けてヴィスター・ローゼスの機体を急発進させた。
(キリル)
「くっそ!こんな所でやられてたまるか!」
この時点で、セニフに出来た事は、自らの側に背面を晒しながら去り行くヴィスター・ローゼスの著しく防御が薄い部分、剥き出しの後部スラスターバーニヤをひたすらに狙って弾丸を撃ちまくる事、大盾の後方部に取り付けられた合計10機もの強力な補助バーニヤの稼働数を、少しでも撃ち減らしてやる事だけであり、結果的に彼女は、このヴィスター・アルマリンの後部スラスターバーニヤを1機、補助バーニヤを合計4機、破壊する事に成功したのだが、キリル機の撃墜を防ぎ止め遣るまでには至らなかった。
キリル機に対して先に攻撃を仕掛けたもう片方のヴィスター・ローゼスが、近接攻撃を仕掛けかます距離位置へと達した次の瞬間、前方に構え持っていた両大盾の後部補助バーニヤを一斉に切り消し止めて両腕を大きく左右へと振り開き、咄嗟に右手側方向へと回避する動きを見せたキリル機の動きに合わせて、右手に持つ菱形の大盾を使用した力強いシールドバッシュ攻撃を繰り出した。
幸い、逃げる事を最優先に考えていたキリルは、この強烈な近接攻撃によって致命的な損傷を受け負わされる事を何とか回避し、搭乗機の右腕を肩口から吹き飛ばされる程度の被害で一つ目の難を何とかやり過ごす事に成功したのだが、機体にかなり無理な体勢を強いて回避を試みた為、ヴィスター・ローゼスの近接攻撃によって機体のバランスが著しく崩れ揺らいでしまい、離脱に必要な機速を得るよりも前に、もう片方のヴィスター・ローゼスの近接攻撃を受け食らわされる事になる。
ドッガシャーーン!!
(セニフ)
「キリル!」
キリルは最後のあがきとばかりに、襲い掛かり来るヴィスター・ローゼスに対して、右手に装備したGRM-89スナイパーライフルの銃口を突き付け、相手機が前面部で合わせ構える菱形の大盾を振り解く隙を狙って、最後っ屁的な一撃を食らわせ入れ遣ろうと画策したのだが、ほぼほぼ逃げる事の出来ないキリル機を相手に、自ら危険を犯すような小細工など披露し見せなかった。
セニフから浴びせ掛けられた激しい銃撃によって、後部補助バーニヤの幾つかに損傷を負わされ、著しく移動速度が振り落ちてしまってはいたが、ヴィスター・ローゼスとトゥマルクの機格差を考慮すれば、単純に閉じたままの両盾を使用して真正面からの体当たり攻撃を敢行するだけで十分であったと言え、重々しい鈍い金属音を大々的に周囲に吐き散らす程の強烈な体当たり攻撃を浴びせ掛けられる事になったキリル機は、まるでゴム毬を蹴飛ばしたかの様な物凄い勢いで、無残にも吹き飛ばされる事になる。
そして、大地に二度、三度と、激しく機体を打ち付けられる度に、物悲しき綺麗な火花の幾つも瞬き輝かせ、最終的に、割と深めの大きな水たまりの中に突っ込み嵌った後、大量の水飛沫をド派手に巻き上げさせる大爆発を引き起こして四散した。
セニフはここで、ようやく装填作業を終えた「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の砲弾を、キリル機に対して最後の止めとなる体当たり攻撃を繰り出した敵機の背後部へと目掛けて即座に撃ち放ったのだが、一度その場に停機した状態のまま左足を後ろに引いて、素早く機体を90度左旋回させたヴィスター・ローゼスが、左手に持つ菱形の大盾を体良く斜め上向きに翳し付ける事で、上手くこれを弾き逸らし、次はお前の番だとばかりに、機体の真正面部をセニフの側へとゆっくりと振り向け付け、再び驚異的な猛突進攻撃を繰り出し遣る為の体勢を形作った。
最初に突撃して来た赤い機体のヴィスター・アルマリンもまた、大きな弧を描き出しながら南側をゆっくりと旋回移動し、セニフの逃走ルートを遮断する様な動きを見せ出し、残る一機の大型機も、速度を緩やかに落とし付けた後で機体を小さく旋回させ、セニフの右手側方向北側へと回り込む動きへと転じ入る。
(バルベス)
「ガエタン。被害は?」
(ガエタン)
「申し訳ありません。片側の補助バーニヤを3機やられました。」
(バルベス)
「その状態では追撃は無理だな。俺とクレオラーラで対象機を追い詰めるぞ。ガエタンはサポート。」
(ガエタン)
「了解。」
(クレオラーラ)
「解りました。」
通常、DQに限らず大型兵器と言うのは、通常兵器では叶わない強力な重装甲や重火器を装備する事を目的とした兵種であり、その代償として、非常に出足の遅い鈍足機へと成り下がってしまう訳だが、このエイリアンホース隊に所属する大型DQ機に限っては、重装甲を纏い被る事によって生じるデメリット、機動力に関わる負的要因をしっかりと打ち消す機体機構が備わっており、機動力を駆使して戦闘を行う中軽装DQ機に対しても、決して負け得ぬ高い機動力を有し持っていた。
勿論、他の兵器に比べ、非常に複雑な構造を持つDQと言う機械兵器の特性上、弱点となる部位部分の全てを完璧に補完する事など不可能であり、特に、機体後部に集中するスラスターバーニヤや、空気の吸排気口が数多く存在するテスラポット部分などを狙えば、攻略できない機体など存在しないのだが、非常に高い防御力を有した高機動型の大型機を複数機同時に相手にしなければならないセニフの現状を鑑みれば、玉砕覚悟で攻撃を仕掛けかますと言う無謀な暴挙に出る以外の選択肢は、完全に取り囲まれる前に早々に離脱を図る事しかなかった。
幸い、先の攻撃で帝国軍の大型機DQ3機は、キリル機の撃破を優先して、セニフ機に対する攻撃的な圧力を一時的に緩め解いた為、セニフには即座に逃げ出す為の行動を取るある程度の時間的余裕に事欠かなかった訳だが、淀みない的確な操作で搭乗機たるトゥマルクを操りつつ、サーチモニター上へとチラリと視線を宛がって確認して取った僚機たるユァンラオの場所位置は、セニフが今居る湿原地帯南西部よりも遥かに北方、どうやら対峙するF型DQ機に激しく追い立てられている様子で、とてもじゃないが助けを求められるような状況ではなかった。
・・・と言うより、セニフは内心、ユァンラオなんかに助けを求めてたまるか!なる色濃い反発心を抱き持っており、そう言った選択肢を選ばざるを得ない状況には無い、ユァンラオが傍に居ない事に安堵する気持ちの方が強かった事は事実だが、だからと言って、他に何かしらの妙案があった訳ではなく、先程まで想定していたルートFなる逃走路、湿原地帯より南方に伸びる細い渓谷路も、帝国軍大型DQ機の強力な突進攻撃を左右にかわすスペースがなくなる為に使えないと言う状況下で、一体どうすればこの窮地を脱し得られるのか、全く解らないまま、搭乗機を東方へと向かってひた走らせる事になる。