11-14:○赤のエリアに蔓延る脅威[6]
第十一話:「混流の源泉」
section14「赤のエリアに蔓延る脅威」
普段であれば心地良い透き通った蟲の音と肌触りの良いひんやりとした夜風とに包み込まれているはずの深緑の山間部に、耳を劈く様な荒々しき銃撃音や砲撃音、爆発音が響き渡り、周囲を艶やかに彩る眩い閃光がひっきりなしに瞬き乱れ咲く度に、腹の底をも叩き付けるおどろおどろしき鈍音が幾重にも木霊し飛ぶ。
カノンズル山南西部に位置する赤岩扇状地のほぼ中間地点と言える濃密な山岳密林地帯の西方際部において、目も眩むような高さを誇る急峻な崖の上から、下界で繰り広げられる凄惨な殺し合いの模様を静かに眺め見て取っていた翡翠色の髪を持つ幼げな顔貌の青年は、一際大きな波打ち様を持って耳元へと届けられたけたたましき爆発連音に、思わずパッと両の目を強く閉じ締めると、僅かに俯く仕草を見せつつ小さな溜息を一つ吐き出して、右隣に並び立つ綺麗な薄茶色のストレートロングヘアの女性に、他人事の様に乾いた所感を呟き放った。
(レジェス)
「見ている分には綺麗で良いんだけど・・・、耳が馬鹿になっちゃいそうだね。」
(オルティア)
「今後、もっと間近で聞く事になるかもしれませんので、早く慣れていただきませんと。」
(レジェス)
「ふふっ・・・、怖い事言うね。」
非常に美しい端正な顔立ちを全く微動だにせず、静かな語り口調で皮肉めいた言葉を投げ返し来た8つも年上の女性に対し、そう言って小さな笑み顔をそっとひけらかし見せた翡翠色の髪の青年は、ゆっくりと踵を返すと、周囲に広がる漆黒の山間部にちらちらと視線を当て付け回しながら歩き出した。
そして、薄茶色のストレートロングヘアの女性を背後に伴いながら、少し離れた平らな台地上に停車してあった3両の地上走行車輛「ARC-9アークモビット」の傍まで歩を進め行くと、一番右手端側の車輛内でじっと戦況を覗い見取っていた厳つい大柄な中年男性に声をかける。
(レジェス)
「どんな感じ?」
(ロゼリス)
「敵DQ部隊の分断には成功しています。間もなく取り付けると思います。」
(レジェス)
「やっぱり凄いね。ヨンマル部隊は。」
(ロゼリス)
「ただ、思ったよりも戦場が東側に伸びてますので、危険エリアに入ってしまう恐れがあります。」
(レジェス)
「・・・まあ、その時はその時で、部隊の皆さんが上手くやってくれるでしょ。」
(オルティア)
「一体何なのです?」
(レジェス)
「何処からか流れてきた実験機・・・って話だけど、丁度良い機会だしさ。」
(ロゼリス)
「ハリスマートン少佐率いる重戦車部隊が、カノンズル山東南部の敵防衛線戦を完全に突破したようです。」
(レジェス)
「思ったよりも早いなぁ・・・。上の様子はどう?」
(ロゼリス)
「状況は混沌としています。地上部隊にも被害が出ている模様。」
(オルティア)
「こちらにも矛先が向いて来るでしょうか?」
(レジェス)
「その内ね。でも、今はまだ・・・ロゼリス。フェザン少佐に、基地への攻撃は程々にするようにって伝えて。」
(ロゼリス)
「解りました。」
地上装甲車輛の右側面出入口のサイドステップへと左足を乗せ掛け、様々な機器が並べ置かれた車輛内に身軽い感じでするりと立ち入り行った翡翠色の髪の青年は、部下たる二人の男女と幾つかの会話を繰り広げながら車輛の一番奥の座席シートまで歩み行き、少しばかり疲れた様子を窺わせる小さな溜息を吐き出しつつ腰を下ろした。
薄暗い装甲車両の中には、彼等三人の外に二人の若い男性兵士が乗り込んでおり、自ら達に与えられた職務を一生懸命に仕熟している真っ最中であったが、翡翠色の髪の青年が優し気な口調で「ある程度状況が固まったみたいだから、二人は今の内に外で少し休憩してきて。」と語り掛けると、二人の若い男性兵士は、一人一人礼儀正しく敬礼を施し出した上で、静かに車外へと立ち去って行った。
その後、二人の若い男性兵士が、ある程度遠くまで歩き離れ行った事を静かに確認して見て取った薄茶色のストレートロングヘアの女性が、無言のまま出入り口付近にある扉の開閉スイッチを押して、彼等三人だけと言う密なる空間を形作ると、部下たる二人の男女の表情が自然と真剣味を帯び、鋭さを増した。
(レジェス)
「ふー。ようやく静かになった。」
(ロゼリス)
「先程、例の野党集団より連絡が入りました。これから施設への攻撃を開始すると。」
(レジェス)
「そう。」
(オルティア)
「あの者達だけで大丈夫でしょうか。」
(レジェス)
「大丈夫なんじゃないの?施設の護衛も今回の作戦に駆り出されちゃってる訳だし、そのぐらいはやってもらわないと。」
(ロゼリス)
「しかし、本当によろしいのですか?我々の側に靡く可能性もあるのでは?」
(レジェス)
「余り不確実なものを数多く抱えない方が良いよ。ただでさえ僕達の手に余る事柄で一杯なんだからさ。」
(オルティア)
「エイリアンホースも、その内の一つであるとお考えなのですね。」
(レジェス)
「そういう事。・・・それより、皇太后様の様子はどう?」
(ロゼリス)
「あの後、直ぐに、お忍びでセレーヌ地方へと向かわれています。どうやら密かにギュゲルト将軍とお会いしていたようです。」
(レジェス)
「ギュゲルト将軍?・・・ふーーん。」
(オルティア)
「彼女・・・、本当にやるでしょうか。」
(レジェス)
「あの時の様子から言っても、やるだろうとは思うね。今のままの状況に甘んじていたら、その内、自身の身もデュランシルヴァ様も、危殆に瀕する事になるって、ちゃんと解っているだろうから。ギュゲルト将軍に会いに行ったのも、何か考えがあっての事・・・。」
(オルティア)
「それでも尚、躊躇したら?密告されて、逆に我々の方が危殆に瀕する事になるやも・・・。」
(レジェス)
「皇太后様の立場から考えて、オーギュスト様に媚びを売る道は無いよ。オーギュスト様の目的は、自分自身が帝国の皇帝になって、大陸全土を支配する事なんだから。それでも尚、皇太后様が躊躇なされるようなら、その時は僕達の手でやるだけさ。折角の式典、利用しない手はないよ。」
翡翠色の髪の青年は、そう言いながらシートの背凭れに深々と腰と背を据え座らせると、薄暗い密室的空間内に無数に光り瞬く色取り取りの電飾光をゆっくりと眺め見回し、最後に車内前方部の壁上に据え置かれた大きな戦術モニターへと遠い視線を宛がった。
そして、ゆっくりと両の瞼を閉じ締め、鼻で大きく息を吸い込むと、僅かに上を向く仕草と共に口元をそっと軽く緩め上げ、独り言の様な呟きを吐き連ね出した。
(レジェス)
「そして、新しく来る時代に添えられる華は、若くて可愛らしいお姫様が相応しい。数多くの人達がそれを望んでいる。皇太后様には悪いけど、皇女様が生きてらっしゃった時点で、もう道は残されていないんだ。僕達に出来る事は、新しく来る時代の為に、それをより良きものにする為に、帝国内に蔓延る悪しき風習を一掃する事・・・。」
翡翠色の髪の少年が閉じた瞼の裏越しに見据えし新しき世界は、幾つもの不安定な分岐点を幾度も潜り歩み経て、ようやく辿り着く事の出来る遥か彼方の桃源郷・・・である事は間違いなかったが、彼が抱き持つ固い志の両の目は、しっかと目標を捉え見据え、その両の足は、全く怯み臆す事なく、前へ前へと歩みを進め行くのだった。
レジェスとオルティアの会話中に出て来た「基地」と言う部分を、「施設」に変更しました。
「基地」と表記すると、「パレ・ロワイヤル基地」の事と勘違いしてしまうなと思ったためです。
言ってしまえば、野党集団が攻撃しようとしているのは、「別の基地」と言う事になります。