11-11:○赤のエリアに蔓延る脅威[3]
第十一話:「混流の源泉」
section11「赤のエリアに蔓延る脅威」
闇色に染まった山々の稜線が一際くっきりと栄え映り見える長夜の入り口部に差し掛かりて、パレ・ロワイヤル基地周辺部一帯に花咲く煌びやかな閃光華の瞬き様と、四方八方より木霊し聞こえ来る悍ましき鈍音、耳障りな軽音の鳴り響き様は、より一層の高い複雑性を見せ始め、じわじわと下がり行く周囲の大気温とは裏腹に、トゥアム共和国軍とセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国軍の戦い模様は、著しい熱量を帯び燃え上がり行く展開へと移り至って行った。
トゥアム共和国軍側がナルタリア湖北岸部ゴウヤウ戦線に対して食らわし入れた強烈な爆撃、遠距離砲撃のお返しとばかりに、即座に発動された帝国軍側の連撃作戦は、俄かに沸き立ち上がったトゥアム共和国軍側の喜悦の歓声を一瞬の内に掻き消し飛ばしただけでなく、著しく劣後した悪的状況の中で阿鼻叫喚、右往左往と言った不細工な体を強いり付けるに十分なものだった。
カノンズル山南西部ロメオ防衛地点へと続く兵站路中間付近に、突如として姿を現した謎の黒いDQの猛威は止まる所を知らず、対応に当たらせた防衛守備戦車部隊が全く成すも術なく次々と撃破されて行くと言う悲劇的惨状が続いている。
ナルタリア湖西岸部より猛スピードで突進し来る帝国軍低空戦車1個大隊の対岸上陸を阻止すべく、ナルタリア湖東岸部山岳地帯に配した防衛守備戦車中隊は、思いもよらぬナルタリア湖湖中からのミサイル攻撃(恐らくは水中DQの類であろう)によって完全に機先を制され、ナルタリア湖湖上を悠々と突き進むホバー機構付き突撃戦車「FWT-C01アトリアミス」を、現時点において、たったの2輌しか撃墜し得ない嘆かわしき事態に喘ぎ悶えている。
挙句の果てに、戦線各所の戦況に応じて適宜投入する事を目的としていたネニファイン部隊待機組が、駐屯地点タイロン北西部より突然姿を現した帝国軍DQ部隊の急襲によって、遊撃部隊としての役割を全く担い賄えぬ身重な一守備兵たる立ち位置側に釘付けられてしまうと、全く持って無秩序な大混戦模様の渦中へと無理矢理に突き落とし込まれ行く事になるのだ。
(ジルヴァ)
「F型DQが9機!?内新型が3・・・、オクラホマで見た奴か!?」
(フレイアム)
「後続機は何だ?ガヴァーロ以外にデータが無いぞ。」
(ポリュオ)
「動き的には中距離ガンナーっぽいけど、腕利きが多いと厄介だね。」
(ルワシー)
「はっ!馬鹿みてぇに雁首揃えてのこのこと出てきやがってよ!実力の差ってもんを見せ付けてやるぜ!」
(ペギィ)
「馬鹿ね。自分の実力の無さを披露して見せて、どうしようってのよ。」
(ジョハダル)
「無駄に油断してくれればいいがな。」
(アイグリー)
「それだ。」
パレ・ロワイヤル基地よりゴウヤウ、ロメオ戦線へと続く、兵站路上に位置する密林地帯「タイロン」に屯しているネニファイン部隊の総DQ機数は全部で27機。
「MM013ジェフター」が6機、「TMDQ-09トゥマルク」が12機、「MKK-05アカイナン」が2機、「MKK-05EアカイナンE」が6機、「MRV-2リベーダー2」が1機と言う構成で、各々装備した火器の編成は異なるものの、主に、中遠距離での撃ち合いを想定した兵装にやや傾倒している。
肩口兵装が無く、専用の電磁系アサルトライフル「ResenASR-10reng」を装備しているMRV-2リベーダー2に関しては例外だが、基本的には、何れの者も防御陣形を維持しながらの遠方射撃が可能な武器を装備しており、サブウェポンとしてサブマシンガンやショットガンの類を装備している者もいるが、予備として携帯する弾倉の数は完全に長射程火器を重視した組み合わせだ。
それは、近接戦闘を得意とするセニフやジルヴァ等も同様で、セニフが搭乗するTMDQ-09トゥマルクの兵装も、左手にアサルトライフル「ASR-RType45」、右手にショットガン「FNG-T03」、左肩口にS型の「120mmミドルレンジキャノン」と言う構成で、左右の腰回りにミドルレンジキャノンの追加弾倉を数多く所持した鈍重なスタイルとなっていた。
尤も、起伏の激しい山岳密林地帯における拠点防衛任務を目的としている事を考えれば、至極当たり前の兵装編成であると言えるが、特に、キャノン砲やミサイルの類の予備弾倉はかなり重量が重く、各隊の機動力に幾許かの難を残す状況であった事は言うまでも無い。
(フロル)
「F型高機が速度を上げた!突っ込んで来るぞ!」
(カース)
「司令部よりネニファイン部隊各機へ!M1、M3中隊は直ちに敵DQF型部隊の前面に展開!余り前に出過ぎないように注意しろ!M2中隊は後方より支援!」
(エルビス)
「二段に構えてバチるってか。」
(ジョハダル)
「敵は乱戦目当ての突貫だ。挑発には乗るなよ。」
(ナッソス)
「まずはF型の足を止める!M3中隊!行くぞ!」
(ヴェンケ)
「へい。へいへい。こちとらスラインダ持ちだぜ。それでも行けってか?」
(デルパーク)
「イルマ。ヴェンケと交代しろ。いいなジルヴァ。」
(ジルヴァ)
「構わねぇよ!おら!M1中隊も出るぞ!」
フロア隊、グラント隊、アパッチ隊を統合したM1中隊長に任じられたジルヴァの号令を合図に、一斉に後部バーニヤ部を煌々(こうこう)と吹き上がらせながら移動を開始する部隊メンバー達の機影をTRPスクリーン越しに横目で眺めつつ、正面コンソールをテキパキといじり回して自身の機体を戦闘モードへと移行させやったセニフは、間髪を入れず右足で強くフットペダルを踏み拉いた。
そして、サーチモニター上の北北西方角に映し出される合計17個もの敵性光点へとチラリと視線を宛がい付けると、モニター脇にある感度調節ダイヤルを適度に回しながら、TRPスクリーンの暗視モード状態を調節しつつ、中隊長たるジルヴァ機の移動奇跡をなぞる様に追走を開始した。
ネニファイン部隊が待機していた駐屯地点タイロンより北西部は、より深い密林と起伏の激しい岩肌が織り成す複雑性の高い地域であり、如何に強力なスラスターバーニヤを搭載している機体であっても、断続的に高速移動を続けられる地形箇所は数少ない。
特に、帝国軍DQ部隊の先頭に立って突っ込んでくるF型のDQ(戦闘機に足が生えた様な半人型DQ)は、人型のDQとは異なり、機体の左右部に大きな主翼が突き出た形が特徴で、障害物の多い地域では大幅に機動力が低下する側面がある。
・・・が、サーチモニター上に映し出された9つの赤色光点の軽快な走り動き様を見るに、この密林岩石地帯を通り抜ける行程に苦慮している様な気配は一切感じられず、あたかも普通の平野部を快走しているかの様にさえ見える程だった。
帝国軍DQ部隊の先陣組がF型DQで構成されている事を告げ知らされた時、ネニファイン部隊メンバー達の多くは、場違い的な兵種運用を見せ付ける帝国軍部隊の奇怪な思惑に対して怪訝な表情を浮かべ上げるよりもまず、思わず感じ得た悲観的色合いが強い重苦しい焦燥感によって表情を強張らせた。
彼等は、その時点で既に察していた。
自分達の相手となる帝国軍のDQパイロットが、多少の不利など全く意にも介さぬ辣腕なる者達であろう事を・・・。
(ランス)
「有効エリア一杯に展開して構えるか。新型がチラホラいる様だが、まあ、問題ないだろう。取り敢えずはプラン通りに。」
(フェリス)
「了解しました。二人とも、行きますわよ。」
(オーガスト)
「全機攻撃開始。」
タイロン北西部における戦いにおいて、先手を打ったのは帝国軍DQ部隊の方で、先頭を行く9機のF型DQが各小隊毎に縦に一列なる陣形を組み、ネニファイン部隊正面部に広く展開し始めた前衛部隊へと目掛けて突撃を開始すると同時に、その後方部を追走していた蟲型DQ「GVA-55ガヴァーロ」が、後ろ足四本の左右付け根付近に装備した小型ADMポッドより合計十二発のミサイル群を発射した。
そして、その直後、約五拍程の間をおいて、帝国軍突撃中隊の三列陣形最先頭を突き走っていた三機の「flgerフォル・レンサジア」が、機体最上部に取り付けたミサイルポッドより「シャルベリン-C」と呼ばれる小型のミサイルを各々三発づつ撃ち放った。
狙い所は無論、帝国軍DQ部隊の進撃を食い止める為に前方へと出張ったネニファイン部隊の迎撃隊M1、M3中隊の面々だ。
(ダミアン)
「ちっ!先手を取られた!」
(ユァンラオ)
「乱戦目的ならフィールド粒子をバラ撒くタイプだろ。」
(ジルヴァ)
「至近に湧かれて困るのはこっちだ!一気に突き抜ける!」
(アイグリー)
「距離的には、まあ、足りると言えば足りるかね。」
(ナッソス)
「直撃は回避しろよ!突っ込め!」
頭上一帯に広がる分厚い重雲群を目掛けて勢い良く舞い上がり行った合計二十一発のミサイルが、各々の飛翔軌跡を煌びやかな閃光線で描き引きながらゆっくりとその上昇速度を落とし行き、やがて、程なくして、急速に下向きの降下速度を上げ増し行かせた。
着弾地点は、北上するネニファイン部隊迎撃中隊が持つ遠距離火器の有効射程範囲が、南下し来る帝国軍DQ部隊を捉え得るであろうエリア付近であり、明らかにネニファイン部隊の進行速度を緩めさせる意図が垣間見える牽制手であった。
通常、DQと言う兵器は垂直方向に機体長が長く、爆発炸裂系の火器兵器に著しく耐性が弱い為、撃ち落としが可能なミサイル等の攻撃に対しては、着弾地点より十分に離れた位置で足を止め、対空迎撃行動を取るのが定石である。
ただし、それは、相手機の撃破を目的とした破壊力重視のミサイル攻撃を受けた時の話であって、通信や索敵を阻害する目的で妨害フィールドを周囲にぶち撒けるタイプのミサイルは、大抵の場合、通常のものよりも威力が低く、例え自機体の至近に着弾したとしても、致命傷を免れ得られるケースも多い事から、妨害フィールドの散布範囲外に退避する事を優先する場合もあった。
この時、ネニファイン部隊迎撃中隊の面々は、帝国軍DQ部隊より放たれたミサイル群が、周囲の状況把握を困難にする妨害フィールドを辺り一帯に散布する攪乱攻撃である事を即座に見抜き、妨害フィールドが拡散する予想エリアの向こう側へと、一気に駆け抜け出る作戦を取った。
勿論、近接戦闘を得意とする帝国軍のF型DQに対して、牽制攻撃を仕掛けるポイントをそれなりの距離行き過ぎてしまう事になる為、十分な迎撃体制を整える前にF型DQに取り付かれてしまうリスクが無かった訳ではないし、そもそも、撃ち放たれたミサイル群がすべて妨害フィールドバラ撒きタイプである保証もない。
ドドドドーーーーン!!
しかし、ネニファイン部隊にとっては幸運な事に、帝国軍DQ部隊が発射したミサイルは、全て妨害フィールドバラ撒きタイプだった。
次々と飛来し、着弾し、激しく爆発四散するミサイル群の雨中を、全力疾走で駆け抜け行くM1、M3中隊のメンバー達に、大きな損害は全く出なかった。
DQ機体の各部に装備された火器兵器の一部を爆風によって吹き飛ばされてしまった者や、腕や足周りなどの関節部に小さなダメージを受け食らわされた者が多少居た様子だったが、戦力的にはほとんど変わりない良的な状態のまま帝国軍の先制攻撃をやり過ごす事に成功した。
(ジルヴァ)
「フィールド帯を抜け出た者から順次射撃を開始!F型を近寄らせるな!セニフ!キリル!損害は!?」
(キリル)
「すこぶる良好。」
(セニフ)
「私も大丈夫!」
(ジルヴァ)
「隊列は無視でいい!遮蔽物を利用しろ!」
(ジョハダル)
「ジェイ!イルマ!56ライン上の崖裏に陣取れ!俺はもう一つ前に出る!」
(ジェイ)
「おいおい。あんま無茶すんじゃねぇって。」
(エルピコ)
「オルゲアス隊は左手の三機を狙うぞ!」
(ナッソス)
「エミーゴ隊も左!ブラスト隊は中央だ!下手に狙いを付けるな!まずは撃て!撃て!」
ミサイルの着弾により形成された濃密な妨害フィールド帯を、いの一番に突き抜け出たジルヴァが、目の前にあった大きな岩山の陰裏へと、自らが搭乗する新型DQ機「MM013ジェフター」を素早く滑り込み入れさせ、大きく張り上げた可愛らしい声色を通信システム内へと吐き付け入れると、続々と到着し来るネニファイン部隊の味方機が、彼女の待機位置を起点に手早く即席の防御陣を形成し始める。
そして、自分達が搭乗するDQ機体を体良く隠し入れられる妙的遮蔽物の裏蔭へと身を潜め入れ行くと、攻撃態勢を整え終えた者から順に、装備する遠距離射撃火器を北西部へと向けて撃ち放ち始めた。
・・・と、更に程なくして、ネニファイン部隊の後方居残り部隊の内、「スラインダMIS」を装備した四機のDQが、南下し来る帝国軍F型DQ部隊へと目掛けて各々二発づつのミサイルを発射する。
(オーガスト)
「敵部隊後方よりミサイル飛来!数8!」
(フェザン)
「ミサイルはこちらで請け合う。判断は任せるが。」
(フェリス)
「敵のAPSは弱めです!行けますわ!」
(ランス)
「いや・・・・・・。全機一時スロー。回避運動を優先。」
各小隊長を先頭に縦に三列隊形で猛進していたディーゴン隊を取り仕切る中隊長のランスは、サーチモニター上に浮かび上がった八つの赤色光点の飛行予想経路を見て取り、作戦開始時からの経過時間を表示するパネルへとチラリと視線を宛がい付けると、ディーゴン隊全機に進軍速度を一時的に緩め落とすよう指示を出した。
そして、起伏の激しい密林山岳地帯の地形を利用して、断続的に飛来し来るネニファイン部隊の遠距離攻撃弾を、体良くかわしいなせる移動奇跡を上手く奏で出しながら、妨害フィールド帯の前面部に防御陣を構築し始めたネニファイン部隊前衛各機の動きを備に観察し始めた。
(フェリス)
「何故です!?ランス様!敵の陣形が整う前に仕掛けるべきですわ!」
(オーガスト)
「距離的には十分取り付けます。」
(ランス)
「この辺りにスパイダネットの網線が縦に一本通っているはずだ。今は敵後衛部隊の立ち位置を変えたくない。」
(フェリス)
「・・・むぅー。あんな女に、気を遣う必要なんてありませんのに・・・。」
(オーガスト)
「では、一度出直した方がよろしいのでは?」
(ランス)
「・・・そうだな。そうするか。」
非常に攻撃的な威容を吐き散らしながら猛スピードで対敵予想エリアへと爆走し行く構えを見せていたディーゴン中隊だが、ネニファイン部隊前衛隊の攻撃が開始されるや、途端に著しくトーンダウンした消極的な回避行動に固執し始め、最終的に、ネニファイン部隊に対して反撃する素振りすら全く見せ出さないまま急旋回、急後退を開始するに至った。
勿論、彼等は、ネニファイン部隊が遮二無二繰り出す遠距離攻撃の苛烈さに怖気付いてしまった訳ではないし、ネニファイン部隊後列組が撃ち放った八発のスラインダMISを酷く警戒していた訳でもない。
と言うより、彼等は、自分達に向かって勢い良く飛来し迫り来るこの破壊的飛翔体に、全く脅威を感じていなかった。
彼等は解っていたのだ。
帝国軍DQ部隊の最後方に控えるフェザン達グリッド隊が、全てのミサイルを着弾前に完璧に撃ち落としてくれるであろう事を。
(イサンドロ)
「なんだ!?奴ら後退してくぞ!?」
(ダミアン)
「スラインダにビビったか?押し込むチャンスじゃね?」
(ナッソス)
「距離が離れる分にはいい!今の内に隊列を整えろ!」
ドーーーン!!ドドーーーン!!
(ジェイ)
「あ、あー。」
ドドーーーン!!ドドドーーーン!!
(アイグリー)
「綺麗な花火が上がったね。ほんと綺麗・・・。」
(ジョハダル)
「後ろは狙撃手・・・、それもかなりの手練れか。」
(セニフ)
「中衛の三機も前進をやめた?右にずれてく・・・。」
(ジルヴァ)
「まだ射程内だ!撃てる奴は撃て!」
帝国軍F型DQ部隊へと向かって撃ち放たれたネニファイン部隊のスラインダミサイルは、飛行速度が余り速くない部類に入る兵器だとは言え、それなりの照準をもってそれなりの数の炸薬弾を浴びせかけなければ、そうそう容易に撃ち落とせる代物ではない。
しかも、同時に飛来し来る八発ものミサイルを、完全オーソドックスな中距離戦仕様のアサルトライフルで、通常弾のみを用いて立て続けに撃ち落とす事など、熟練したスナイパー系パイロットでなければ到底成し得ない曲芸じみた荒業にあたる。
とどのつまり、帝国軍DQ部隊の最後方に陣取るグリッド隊の面々は、そう言った類の人種であると言う事なのだ。
この時、自分達の頭上を追い越し行き、北方へと向かって飛び去り行ったミサイル達が、いとも簡単に次々と撃ち落とされて行く様を眺め見たネニファイン部隊のメンバー達は、皆一様にして渋面を浮かべ、滅入り参る思いを無意識の内に汚らしい舌打ちにして吐き付けてしまう事になるのだが、だからと言って、自分達に背中を向けた状態で後退し行く帝国軍F型DQ部隊への攻撃の手は決して緩めなかった。
しかし、起伏の激しい山岳地帯に加え、幹が太めの樹木群が鬱蒼と生い茂る密林地帯である事も相俟って、成果は全く致命傷に至らぬかすり当たりを幾つか与えた程度に止まり、程なくして帝国軍F型DQ部隊に射程外へと逃れ出られてしまった。
(ランス)
「よし。もういいだろう。隊列を立て直せ。被害を受けた者は?」
(ロレンツォ)
「右翼付け根付近に被弾したようですが、問題ありません。」
(プリモ)
「後部サブバーニヤが不調。対称基を停止して対処します。」
(ランス)
「プリモはゼノ隊の護衛に回れ。連中が対象に取り憑いたらグリッド隊に合流しろ。」
(プリモ)
「解りました。」
セニフはこの時、帝国軍DQ部隊に対してそれなりの防御陣を構築し終えた前列組の右翼側に陣取っていた。
自らが搭乗するDQ機体「TMDQ-09トゥマルク」を、大きな盛り上がりを形成する急な土丘の裏蔭にしゃがみ隠し入れた体勢のまま、先の攻撃で全弾を撃ち尽くした「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の弾倉切り替え作業をテキパキと熟し終わらせる。
そして、サーチモニター上の北方部に映し出される合計17個の赤色光点へと視線を宛がい、次は一体どういった行動に出るのか、そもそも、先程の強引な突撃行為は何だったのかと、彼是と思案を巡らせつつ、次なる指示が出るのを待った。
しかし、一旦北方部へと帰り戻った帝国軍DQ部隊に新たな動きはなく、セニフはしばし、ヘルメットスピーカーから流れ聞こえ来る仲間達の他愛無き会話に耳を傾ける事になるのだが、ふと、暗視モードに設定されたTRPスクリーン上に映し出される濃密な密林風景の東側奥深くへと視線を向け付け遣ると、そう言えば、先程まで猛威を振るっていた謎の黒いDQは、一体どうなったのだろう・・・と思った。
有線索敵網を経由して得られる友軍の情報から察するに、いまだ防衛部隊と交戦中の様ではあるが・・・・・・と、そんな時だ。
ピキィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
「な、何?・・・きゃあああああっ!!」
ドガシャン!!
突として鳴り上がった耳障りな大音が周囲の山々へと木霊し返った次の瞬間、それまで、比較的長閑やかな風潮に収まり浸っていた通信システム内に、歯の根も揺るがす悲痛な女性の叫び声が響き渡り、続いて、ほんの一拍程の間を置いて、鳴りの悪い巨大な銅鑼の音たる物悍ましき金属音が吐き上がる。
瞬間的に跳ね上がった心の臓の激しいビク付き様に、反射的に目を大きく丸め開いたセニフは、耳の奥深く部に酷くこびり付いた女性の金切り声を頼りに、すぐさまサーチモニター上で味方後列部隊の様子を窺い見取ると、横一列ライン陣形左翼部に位置していた味方機の反応が著しく乱れ動いている事に気が付いた。
そして、その直後、突然の騒乱を巻き起こした元凶たる敵機の反応が、サーチモニター上にジワリと浮かび上がった。
(エルビス)
「ペギィ!!・・・な!何だこいつは!!」
(ジョイル)
「く・・・黒いDQ!?もしかしてこいつが!?」
(フロル)
「ペギィがやられた!?」
(デルパーク)
「司令部!!こちらM2中隊!!キリン隊が黒いDQと接触した!!現在交戦中!!」
(フレイアム)
「エルビス!ジョイル!一旦距離を取れ!!フロル!ルワシー!援護するぞ!!」
(ルワシー)
「わぁってらよ!!」
(チャンペル)
「こちら司令部!捕捉中の黒いDQは依然、防衛守備隊と交戦中!新手の敵機と思われます!識別は・・・不明!データに無い機体です!」
(デルパーク)
「何だと!?」
(ジョイル)
「くそっ!!このゴリラ野郎が!!・・・うああぁぁっ!!!」
ドガシャン!!
(ロッコ)
「ジョイル!!」
ネニファイン部隊の後列陣左翼部に突如として現れた黒いDQは、人型に類する風体をしているが二本の腕が極端に大きく、非常に短い両足を持つという特異なDQ、誰が見ようともゴリラ以外の造形を連想し得ない大型の重装甲DQだった。
移動する方式も類人猿たる種族によく見られるナックルウォークがメインで、恐らくは、ネニファイン部隊が布陣した位置の西方側崖上棚台を、FTPフィールドフル展開状態で迂回して回って来たのだろうが、思いの外不整地での移動速度も速いようで、瞬間的な瞬発力も、近接格闘戦における一撃の強さも、かなり高いものを有しているようであった。
一見して、飛び道具的な火器武器を装備している様には見えなかったが、如何に不意打ちとは言え、耳障りな大音を大々的に吐き散らして自らの存在を周囲に知らしめ広めた後に、ほんの一瞬の間にペギィ機へとに取り憑き、一撃の元に葬り去ったその攻撃力を鑑みれば、この機体自体が飛び道具であったとも言えなくもない。
最初の被害者となったペギィは、接近されると同時に振り下ろされた黒いDQの巨大な右腕によって、搭乗する機体「MKK-05Eアカイナン」の頭部はおろか、胸郭部付近まで叩き潰され、次の被害者たるジョイルは、物凄い猛突進からの荒々しいショルダータックル攻撃を受け食らわされ、搭乗する同型機を近くの土丘斜面部に激しくめり込み潰し入れられる羽目になった。
(アレナルティカ)
「あっははは!!DQ乗って、遠くからドンパチなんて、ちゃちな事してんじゃないわよ!あんた達全員お仕置きだからね!お仕置き!」
前屈みに構えた体勢で、既にジェフターやリベーダー2と同格の背丈を有するこのゴリラ型の大型DQは「DK-SEデッドコング」と言い、両手部を格納した極太の前腕をハンマーの様に振り回して戦う近接格闘戦専用のDQであり、その非常に鈍重な機体に爆発的な瞬発力を生み出させる為の巨大スラスターバーニヤが、腰部に二基取り付けられているのが特徴だ。
そして、何より特筆すべきは、機体各所に避弾経始を重要視した分厚い装甲を装着しており、銃火器に対する非常に高い防御力を有していた事である。
(エルビス)
「なっ!!徹甲弾で抜けない!?」
(デルパーク)
「エルビス!120を使え!他に120を装備している奴は誰だ!?それ以外の者は離れろ!!」
(ヴェンケ)
「ガトリングとグレネードバラ撒いてりゃ、その内行けるっしょ!」
(ルワシー)
「そんなんより、スラインダをゼロ距離でぶっかましてやんよ!!見てなぁ!!」
(フロル)
「馬鹿!!味方ごと吹っ飛ばす気か!!」
(フレイアム)
「ルワシー!!スラインダはもう捨てろ!!接近されたら終わるぞ!!」
(デルパーク)
「ロッコ!!ヴェンケ!!お前たちも除装しろ!!」
(ロッコ)
「了解!!」
(ヴェンケ)
「とっくに外してるよ!!」
遠距離攻撃武器に傾倒した兵装で出撃していたネニファイン部隊の面々であるが、勿論、近接戦闘可能な武器もしっかりと携帯し持っており、帝国軍DQ部隊との不意の遭遇時にもそれなりの対応を取り得るような体勢を十分に整え構えていた。
だが、このゴリラ型DQとの距離を素早く取り終えたエルビス機が浴びせかけた、アサルトライフル「ASR-SType45」による射撃攻撃は全く効かず、それならばと咄嗟に撃ち放った「GMM32-グレネードガン」による攻撃も、ナックルウォークで小気味良く直撃を避けかわし動くゴリラ型DQに損害を与えた感じでは無かった。
テスラポットと言う動力源を元に稼働するDQと言う兵器の性質上、機体の推進力を増幅させるスラスターバーニヤ部分と、空気を吸排気するテスラポット通風口が絶対的な弱点部に成り得るはずで、先程ヴェンケが言い放った言葉は、そう言った事を示唆したものなのだが、完全なる近接格闘戦専用兵器として開発されたこのゴリラ型のDQは、後ろ腰付近の装甲内部に巨大なスラスターを格納できる特殊機構を持ち、テスラポットの吸排気口も、ある程度の隙間を開けて二重、三重に装甲板を重ねる事で、動力部への直撃を避けると言った工夫がなされており、偶然を狙った弾丸のバラ撒き攻撃や、炸裂系兵器への耐性もかなり高い機体なのである。
ただ、テスラポットの吸排気口に装甲版を無理矢理宛がった事で、空気の通り道が狭く、複雑に折れ曲がる事となり、全力運転時には例外なく耳障りな大音を発する様になってしまったのが玉に瑕であるが、巨大スラスターバーニヤを使用する時以外は、ほとんど全力運転を必要としない強力なテスラポットを搭載していた為、別段、搭乗者に問題視される事も無かった。
と言うより、今現在、このゴリラ型のDQを駆る「アレナルティカ・ユーラシ」なる可愛らしい金髪ポニーテールの女性は、寧ろそれを、全力で獲物を仕留め倒すと言う鋭利な意思を大々的に吐き散らすけたたましき雄叫びとして、非常に気に入っていた風でもあった。
(アレナルティカ)
「ほらほら!!そんな程度じゃ私のコングは止まんないよ!!」
ピキィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
再び耳障りな大音を周囲に吐き散らしながら前進を開始したゴリラ型のDQは、2つの可変型後部スラスターバーニヤを起動し大きく吹き上がらせると、エルビスが搭乗するトゥアム共和国軍の新型DQ機「MM013ジェフター」へと向かって猛然と襲い掛かった。
対するエルビスは、持てる火器武器をゴリラ型のDQへと同時に向け構え、完全に精度を度外視した弾丸のバラ撒き攻撃で応戦するも、着弾した「ASR-SType45」の弾丸は全て弾かれ、適宜放った「GMM32-グレネードガン」による攻撃も全く効かず、頼みの綱である「120mmミドルレンジキャノンTypeS」の砲弾も、ゴリラ型DQの丸みを帯びた肩口装甲であられもない方角へと跳弾し、全く成す術もないまま、ゴリラ型DQの極太い右手を迎え入れる事になってしまう。
(エルビス)
「こっ・・・!!この糞ゴリラがぁ!!」
ドッガシャン!!
後部スラスターバーニヤにより生み出された力強い推進力によって前方向への加速を得たゴリラ型のDQは、その勢いを持ってエルビスが搭乗するジェフターの胸部へと目掛けて重々しき右ストレートを容赦無く突き打ち放ち、決して軽くは無いはずのジェフターの機体を、宙へと舞い浮き上がらせんばかりの勢いで、後方へと吹き飛ばした。
まるで意思無き人形が如く無統制な形様で大地へと激しくぶつかり転げ回ったジェフター機は、回転する度に、根元から引き千切れた両腕、両足、装備していた武器や予備弾倉等を周囲にまき散らし行き、最終的に、眩い無数の火花を各部位に光らせ放ちながら、背面部より大岩へと叩き付けられる。
(デルパーク)
「エルビス!!」
ドッドゴーーーーーーン!!
(アレナルティカ)
「あっははは!!何よ何!?新型機ったってこの程~度!?まるっきりの糞雑魚じゃないのさ!!雑魚雑魚っ!!」
ネニファイン部隊後列組に三人目の犠牲者が出てしまった事を告げ知らせる、ジェフター機が背負う後部テスラポットの強烈な誘爆発音が周囲の山々へと木霊し返る中、ゴリラ型DQのコクピット内部で可愛らしい声色を大々的に吐き散らしてはしゃぐ金髪ポニーテールの女性が、頭に付けたヘッドストラップより放たれる特殊な粒子光によって両の瞳を不気味に光らせ、非常に厭味ったらし気な笑み顔を形作り歪め上げる。
これで、ネニファイン部隊の後列組は残り六機・・・、未だに数の上では優位的立場にあるが、対敵からほんの数分間の間に総機数の三分の一を失ってしまった上に、ド派手な近接戦闘を三回連続で繰り広げて見せた相手方のDQはほぼ無傷・・・なる悲惨凄惨な状況下にあって、彼等の脳裏に楽観的な思考が割り込み入る隙など微塵も無かった様で、このゴリラ型のDQに対して適度な距離を保ちつつ、猛反撃を繰り出し始めた彼等の荒々しき雄叫びは、皆一様にして、悲観的色合い一色に染まり切っていた。
勿論、そんな逼迫した趨勢を見て、強い危機感を覚え抱いたのは彼等だけではなく、パレ・ロワイヤル基地司令部内も、ネニファイン部隊前列組の中でも、早々に援軍を来るべきなる声が上がり始めていたのだが、この時、ネニファイン部隊前列組に限っては、援軍に行きたくても行けない、動きたくても動けない状況にあった。
それは、一度退却する構えを見せたとは言え、当該戦闘区域の北方部に屯して待つ帝国軍DQ部隊の存在があったからであり、如何に後列組を襲った帝国軍のDQが強力な戦闘能力を有する化け物機であったのだとしても、恐らくは、本部隊の行動を幇助する為の陽動でしかない相手に対して、戦力の大多数を割り割くような危険な作戦は取れなかったのである。
勿論、だからと言って、この化け物機の横行を無為に放置して済ます事など出来やしないのだが・・・。
(フェリス)
「あら?そんなに慌てませんのね。」
(オーガスト)
「いい判断だとは思うが・・・、行きますか?」
(ランス)
「当然だ。全機突撃。」
そして、やがて、ゴリラ型DQの急襲劇からそれ程間を置かずして、帝国軍DQ部隊の主力を担う一団、飛行機型のDQによって構成された「ディーゴン隊」の面々が、各機体の後部スラスターバーニヤを一斉に荒々しく吹き上がらせて、南方側へと向かって突撃を開始した。
と、それに続き、バルベス率いる「ゼノ隊」の三人と、先程ゼノ隊の護衛に回った一人が、真っ暗闇に染まり切った山岳密林地帯を勢い良く南下し行くディーゴン隊の後を追うように、各々の搭乗機を急発進させた。
(ジルヴァ)
「来るぞ!!各機射撃用意!!」
数的不利な状況にあっても全くのお構いなしに、しっかと防御を固めた敵陣に正面突撃を仕掛ける帝国軍DQ部隊の動きに、その端正な美顔を僅かに顰め歪めたジルヴァが、力強くいきり立った声色を吐き上げて、未だにどう動くべきかで揺れ動く仲間達の会話を無理矢理に遮断する。
この時、彼女はまだ、後列組の援護は受けられなくとも、数の差で押し切れる。大丈夫・・・なる思いを抱いていた。
だが、それは、猛烈なスピードで迫り来る帝国軍のF型DQ部隊と、本格的な戦闘を開始するまでの話でしかなかった。