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Loyal Tomboy  作者: EN
第十一話:「混流の源泉」
233/245

11-09:○赤のエリアに蔓延る脅威[1]

最後ゴウヤウとタイロンがごっちゃになってた部分を修正しました。

すみません。

第十一話:「混流の源泉」

section09「赤のエリアに蔓延る脅威」


未だに途切れる気配を微塵も垣間見せぬ分厚い黒雲群の隙間より差し込み降り注ぐきらびやかな朱色のベールが、ゆっくりとではあるが確実に天頂方向へと傾きを持ち上げ行く明と暗の過渡期なる時刻を迎え、起伏の激しい新緑の山間に木霊するおどろおどろしき鈍音が、そのけたたましさを強め上げながら、その拍間はくかんを狭めながら次第次第にこちら側へと迫り寄り来る。


涼やかな腥風せいふうに乗り乱れ踊る周囲の草木達の綺麗な揺らめき様や、見渡す限りの濃緑色を赤黒く焼け焦がし行く大自然のあでやかな夕景などはいつも通りだが、辺り一面に蔓延はびこつのった刺々しい緊張感や荒々しい逼迫ひっぱく感の濃度、強度たるやは、朝方に勃発した戦闘の比ではなかった。


パレ・ロワイヤル基地北西部一帯に広がる急峻な山岳エリアへと続く比較的なだらかな地形路を、南東、北西、西の三方向へと分かつ密林地帯「タイロン」なる集結地において、周囲の景観に馴染み入るよう草木色の迷彩塗装を施された巨大な鋼鉄の人型兵器DQのコクピット部に乗り込み、TRPスクリーン右脇部の窓枠内に逐一垂れ流し表示される各防衛地点の現在の戦況報告にじっと視線を据え付けていたセニフは、ヘルメットスピーカーより聞こえ来る仲間内の会話に、時折視線を左右に揺り動かす仕草を見せ出すものの、その内容を完全に上の空なる意識状態のまま素っ気なく聞き流しながら、自らの脳裏内に渦巻きうごめく重黒しき案件に対し内なる心のまなこを凝視し付けていた。



今現在、パレ・ロワイヤル基地周辺部におけるトゥアム共和国軍とセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国軍の戦闘状況は、どちらの側にとっても良くも無く悪くも無くと言った完全なる膠着状態にある。


ナルタリア湖北岸部に位置するゴウヤウ渓谷内を東進して来た帝国軍地上部隊に対するのは、その出口付近に広がる比較的見晴らしの良いボズニ川河川敷外縁部に陣取る「パヴァーリ・シュクトス陸等一尉」率いる中重戦車部隊、カノンズル山南西部の赤岩扇状地付近に進行する帝国軍地上部隊に対するのは、扇状地弧線部以遠一帯に広がる濃密な密林地帯内部に陣取る「ダリボル・マッカーシー陸等一尉」率いる中重戦車部隊、カノンズル山東部断崖地帯を南進する帝国軍地上部隊に対するのは、サルフマルティア基地より来援した「ルストフ・マルケル三等陸佐」率いる中重戦車部隊であり、各戦線共に多少前後の押し引きがあったりするものの、一方の陣営側に一気に流れが傾き倒れ行く様な雰囲気は全くなかった。


勿論、それは、両陣営が共に目論み描く効果的な攻撃手を打ち放つ前の静かなる様子見的な鍔迫つばぜり合い状態、大きなうねりを伴う激流の中へと飲み込まれ落ち込む以前の穏やかなうつろいの中に潜りかっているだけなのだが、そう言った閑散的状況に置かれた者達も皆、自分達が一体どの方向へと向かって歩み進んでいるのか、ちゃんと解っているようだった。


(ヴェンケ)

「おいおい。ゴウヤウのセンターラインが陥没してくぞ。もつのか?」


(ジョイル)

「プリメイロ隊とアブラス隊の待機位置も変だしな。もしかして、初っ端から塹壕地形を捨てるつもりなのか?」


(フレイアム)

「後方部は僅かに高台・・・ってほどの効果を期待できる場所でもなし。恐らくトラップだろうとは思うが・・・。」


(ソドム)

「藪の中には大蛇がいっぱいだよ。さてさて、一体どうやってさばくのかな?」


(メディアス)

「あんた、ほんと他人事だねぇ。」


(チャンペル)

「司令部より待機中のネニファイン部隊各機へ。リエーフ隊の三名は直ちにゴウヤウ防衛戦線に向かってください。待機位置はポイントB7-22です。」


(ソドム)

「ちょっとおばちゃん。言霊って知ってる?」


(メディアス)

「聞いた事はあるけど見た事ないね。さ、さっさと行くよ。」


(トレッサード)

「ボヤキストが言霊なんて洒落にならんからやめろ。」



彼等にとって重要なのは、今後訪れるであろう激動激変なる時間が、一体どちらの側の陣営に対してより酷烈であるのか、その程度は如何ほどのものなのかと言う事であるが、幾ら必死に祈ったり願ったりしても、何一つ事態の好転化に寄与しないのだと言う事を彼等はちゃんと解っていたし、それを唯一成し果たせ得る軍上層部のお偉方達の為に、自分達の出来る事を精一杯やるしかないのだと言う事もしっかりと理解していた。


戦局全体の大勢を鑑みれば決して楽観視できない危機的事態に直面してはいるが、変に気をおかしくして暴走したり、泣き喚いたりする様な軟弱者は一人も居らず、トゥアム共和国軍の作戦行動に支障をきたす様な混乱は全く見られなかった。


だが、ヘルメットスピーカーから流れ来る仲間内の会話を無為に聞き流しながら、目の前に広がるTRPスクリーン上に逐一映し出される戦闘状況詳細情報に、あたかも私は真面目に軍務をこなしています的な鋭い視線を巡らし宛がい付けていたセニフは、明らかに普段のていとは異なる落ち着きのない様相を垣間見せていた。


操縦桿を握りしめる両の手に入る力はあからさまに強く、・・・と言うより、そもそも未だ待機状態にある自分が操縦桿を握る必要など無いのだと言う事に気が付き、搭乗するDQ機体トゥマルクのコクピットシートに深々と背をもたれ掛けさせた後、しばらくしてまた前のめり態勢となって挙動不審な視線を彼方此方あちこちへとわし動かし付ける。


勿論、各防衛地点の戦局の揺れ動き様が全く気にならなかった訳では無く、時折ハッと我に帰り戻ると、慌てた様子で各地の戦況を確認して取る作業に没頭するのだが、未だに自分が待機状態である事が解ると、再び自身の脳裏内に蔓延はびこる欝々(うつうつ)しき問題に意識を囚われてしまうのだった。



セニフの脳裏内に蔓延はびこる欝々(うつうつ)しき問題とは、言わずもがな、昨日の夜に一悶着あった小さな赤毛の少女「ルーサ・シャル・コニャック」に関する事なのだが、午前中にシルと会い、今後当面の自分達の活動方針について相談し合った以降、別段、特にこれと言って新たに大きな問題が降って湧いた訳ではないし、取り敢えず現状維持なる方向性を変更せざるを得ない事態が発生した訳でもない。


言ってしまえばセニフ達の思惑通り、平穏無事に何事もなく時を過ごせていたのだが、この時のセニフが酷く気を揉んでいたのは、逆に、自分達に対する脅威が突然消え去ってしまったと言う全く奇なる展開に至ってしまったからであった。



ルーサが何処にもいない・・・。



その事にネニファイン部隊のメンバー達が気付いたのは、出撃前に執り行われた作戦会議上においての事・・・、これまで、作戦会議をすっぽかす等の不品行な行為をしでかす様な輩では全く無かった為、部隊メンバー皆一様にして驚きの表情を浮かべ上げた訳だが、何事かの事件に巻き込まれたのではないかとか、突然の体調不良に見舞われて身動きが取れなくなったのではないかとか言う、様々な憶測が飛び交う中にあっても、ルーサの行方を追い探そうと言う話の流れにはならなかった。


それは言うまでも無く、彼等がパレ・ロワイヤル基地へと迫り来る帝国軍大部隊に対して、微塵の余裕もない大総力戦を挑まねばならない逼迫ひっぱくした事態に直面していたからであり、如何にルーサと非常に仲が良いフロルであっても、取り敢えず少し状況が落ち着いてから・・・言う方針に異を唱える事が出来なかった。


幸いな事に、ルーサは元々防衛守備隊の予備メンバーとして登録されていた為、特に作戦プランの変更等の小面倒臭い問題を生じさせずに済んだ訳だが、少ない戦力で出来る限りの時間稼ぎをし続けなければならないと言う難題を課せられた、パレ・ロワイヤル基地の防衛司令官たるサルムザーク二等陸佐や、その参謀役たるカース作戦曹長等は、非常に頭が痛い思いに色濃くさいなまれている様子だった。


状況が落ち着くまでは、最悪でも現状維持・・・なる思いを胸に、恐る恐る時を過ごし経遣へやって来たセニフとシル、二人にとって、それはまさに願ってもない展開であったと言えるが、「基地内から突然人がいなくなる」と言う不可解な現象に、人一倍強い憂慮心を抱いて過ごして来たこれまでの経緯もあって、彼女達の脳裏に更なる悪的憶測が圧し掛かり渦巻く結果となってしまったのだ。



・・・ルーサは確かに言っていた。


自分はお迎えを待っているんだって。


それも、ギュゲルトからのお迎えを・・・。


ルーサが居なくなったのは、本当にお迎えが来たから?


お迎えが来るって・・・、一体何処から?・・・誰が?・・・どうやって?


って言うか、そもそも、何でギュゲルトがルーサを?


ルーサの事を、本当に、本物の皇女だと思っている?


ギュゲルトが?


何処かで、何か勘違いする様な事でもあったんだろうか・・・。


うーん・・・。


・・・私が最後にギュゲルトと会ったのは、・・・・・・そう、・・・・・・お屋敷。


ランガカカーとか言う、山奥にある大きなお屋敷。


場所は何処だか良く解んないけど、気が付いたらそこに居て、そして、しばらくしたら、いきなり敵が襲ってきて・・・、ビアホフ達と一緒に逃げたんだ・・・。


ルーサが言っていたお屋敷と、私が居たそのお屋敷が同じだって確証はないけど・・・、私の事を、お屋敷で見たって言っていたような気もするし、状況的に同じ・・・・・・。


本当にルーサも、あのお屋敷に居た?


確かに私は、寝起きしていた部屋からほとんど出してもらえなかったし、窓も付いてなかったから、あのお屋敷に誰が何人居たのか余り良く解ってないんだけど・・・、あのお屋敷に居れるって時点で、絶対に普通の人間じゃない。


ほんと、ルーサって何者?


一体、何をしようとしているの?


・・・いやいや、今この状況で、一番問題視しなきゃいけないのは、ルーサ本人じゃなくて、ルーサが待っていると言う、そのお迎えの方・・・。


ルーサを迎えに来るって人間は、恐らく・・・って言うか、ほぼ間違いなく、帝国の皇女を迎えに来ているはず・・・。


と、なると、必然的に本当は、本物の皇女である私の事を迎えに来きてるって事になる・・・。


本当にギュゲルトが?・・・私を?


それとも、別の何者かが?


うーん・・・、もう、何が何だかさっぱり解らない。


そもそも、ルーサが居なくなったのが、そのお迎えのせいだって確証もないし、何か他の別の事件に巻き込まれたって可能性も・・・。



・・・と、そこまで思いを巡らせて、セニフは思わず無意識の内に、ユァンラオが搭乗するDQ機リベーター2を映し出すTRPスクリーンの左隅部へと視線を流し付け、そわそわと揺らぎ落ち着かない自身の心持ちをぐっと強く身構えさせた。


そして、不意に、自分達部隊が待機する密林地帯内部の周辺様相を適当に眺め見渡しながら、「大分暗くなって来たな・・・。」等と、小並感満載なる呟きを無意味に一つ零し出しすと、再び、出口の見えない内なる疑念の迷宮へと自らの意識を没入させ行こうとした。


・・・が、この時、不意に、これまで適当に聞き流していた仲間達の会話内容が、唐突に一階調程高い熱味を帯びたものに成り代わっていた事に気が付いたセニフは、徐に慌てた様子で戦闘区域全体を映し出した戦術スクリーン上へと視線を差し向け付けると、現実逃避なるていで過ごし経遣った過去数分間の空白の経緯を補う為に、必死になって実なる視覚と実なる聴覚を右往左往させ始めた。


(キリル)

「おっ!これはもしか一気に行けんじゃね?」


(フレイアム)

「凄いな。デスストーカーのエースチーム4機が加わってから、一気に形勢が盛り返した。」


(ジョイル)

「これで当面、上の心配をする必要がなくなったな。」


(ポリュオ)

「どうだろ。帝国軍の戦闘機がまだ10機も残ってるし、更にその後ろには機種不明のスコードロンが2つ。」


(チャンペル)

「司令部よりネニファイン部隊各機へ。エアビヘイブの爆撃編隊がコース41より侵入予定。アタック開始は約0010後。爆撃予定地点はポイントW84-55エリアです。同時に、リプトンサム部隊の支援砲撃が同地点に対し行われます。」


(ペギィ)

「あらら。やっぱり上には注意しとけって事なのね。」


(ジルヴァ)

「まさか、一か八かの賭けに出たって話じゃねぇだろな。」


(フレイアム)

「いや、待て。南西方向に新たな機影が・・・、ブルー!リバルザイナの空軍機だ!」


(ジョハダル)

「ゴウヤウの後退はこれが狙いだったのか。これで少しは楽になるか?」


(キリル)

「いやーほんと、苦労の程が良く良く見て取れる。良い作戦だな。」


(ルワシー)

「おいおい。ちょっと待てよお前等。一体何がどうしたってんでい。」


(ペギィ)

「説明しても解らないデ豚ちゃんは見ているだけにしなさい。無理に考え込んだりすると鶏冠とさか頭から変な煙が吹いちゃうでしょ?」


(ルワシー)

「はっ。無知な自分を曝け出したくねぇだけだって、顔にそう書いてあるぜ。」


(ペギィ)

「あっれ~?とうとう人語も通じなくなっちゃったのか。可哀想なデ豚ちゃんねぇ~。」


(ルワシー)

「お~ぅお~ぅ?なんかガリガリ言ってんな。誰だぁ?原始的な方法で洗濯してる奴ぁ。」


(ペギィ)

「あぁ~ん!?ほんとあんたねぇ!・・・。」


(フレイアム)

「はいはいはいはい。二人ともそこまで。まったく、この期に及んでお前等ときたら・・・、続きはこの戦いが終わってからにしろ。」


(ルワシー)

「なんでぇなんでぇ。これからって時によぉ。」


(フレイアム)

「そうだ。まさにこれから。まだまだ先は長いんだ。余分な血の気も後の為にって、しっかり取っておけ。」


(ペギィ)

「血の気の許容量が少ないから、順次垂れ流していかないと直ぐに爆発しちゃうんでしょ。オムツとかしてた方がいいんじゃないかしら?」


(フレイアム)

「・・・。」


(アイグリー)

「・・・ジルヴァ姉ちゃん。ほんと面倒臭いよ~。」


(ジルヴァ)

「だったら黙っとけ。」


(ポリュオ)

「説明しよう。今のは三人のおでこに刺さった。」


(ジルヴァ)

「ぁああ!?んだとてめぇ!」


(ジャネット)

「・・・説明って、いる?」


(ベルガー)

「いらね。」


戦闘区域全体を映し出した戦術モニター上には、パレ・ロワイヤル基地防衛軍の地上部隊、空軍部隊の他に、捕捉された帝国軍地上部隊、空軍部隊、友軍であるリバルザイナ共和国軍の戦闘部隊の機影もしっかと投影されている。


現状、両軍が保有する地上兵力は、ゴウヤウ、ロメオ、メセラの3地点において小さな戦線を一つづつ形作り、地形的制約によって思うように身動きが取れない帝国軍と、兵力的制約によって思うように身動きが取れないトゥアム和共和国軍とが、お互いに防御力重視の重装甲戦車を主軸に一進一退なる不毛な押し引きを繰り返している状況であり、戦局の一気打開を試みて後方部から撃ち放たれる強力な支援砲撃も、それを体良ていよさばはらえる対空掃射火力を、双方共にしっかと展開し構えていた為、大勢の天秤を揺るがす程の大きな戦果を生み出すには至っていなかった。


とどのつまり、どちらの陣営も、相手方陣営の戦闘正面なる強固な防衛陣を打ち崩せるだけの総火力に事足りていなかったと言う事で、各所に配した隠蔽部隊を用い、逐次奇襲攻撃を仕掛けてくる帝国軍に対して、的確に遊兵を宛がい対抗するトゥアム共和国軍の対応も素晴らしかったし、撃破された機体車両によって進軍経路を塞がれないように注意しつつ、出来る限り戦闘正面火力を上げる努力を惜しまなかった帝国軍の対応も、全く非の打ち所のない素晴らしき判断であると言えた。


勿論、このまま不毛な消耗戦が長らく続くのであれば、総兵力で著しく劣るトゥアム共和国軍の側が圧倒的に不利である事は言うまでも無いが、各戦線に対する航空兵力支援が絶対的に必要であるトゥアム共和国軍が、開戦以降、戦場に対地攻撃機を投入する気配を全く匂わせなかったのは、当該地域上空において繰り広げられていた制空権争いもまた非常に熾烈しれつな状況にあったからで、上空での戦いでそれなりの戦果を出し上げ続けてはいたものの、上の世界の優先的使用権をがっちりと掴み取る段にまでは至っていなかった。


ところが、トゥアム共和国軍が制空戦闘機部隊「デスストーカー隊」を戦線に投入してから程なくして、帝国軍戦闘機部隊「マズ隊」の戦闘機「FWW-19グラウクリン」2機を順々に撃破し堕とすと、立て続けに「マグ隊」の「FWW-20ヴィンターマリン」を合計4機一気に撃墜し遣り、戦局全体の形勢を示す重々しき天秤の針を、一時的ながらも勢い良くトゥアム共和国軍側へと傾け倒す事に成功する。


そして、当面の間は優勢なる立場を維持し得そうなる好的雰囲気を如実にょじつに感じ得取ったトゥアム共和国軍上層部が、この機に乗じて、序盤戦の先行きを非常に明る気なものへと書き換え改め得る攻撃的勝負手を撃ち放つ決断を、即座に下し飛ばす流れへと行き着く事になるのだ。



投入する航空兵力は対地支援攻撃部隊の「エアビヘイブ隊」、攻撃目標は防衛戦線の最西端ゴウヤウに殺到する帝国軍地上部隊の最前面部、加えて、パレ・ロワイヤル基地南部に座を構える中距離支援砲撃部隊「リプトンサム」「チッチル」による支援砲撃を同時に敢行し遣る事で、帝国軍地上部隊が有する対空掃射能力を遥かに上回る大火力を作り出し、ゴウヤウ渓谷を抜け出ようとする帝国軍地上部隊を一気に殲滅すると言うのがこの作戦の内容で、防衛戦線ゴウヤウにおいてトゥアム共和国軍側が謎の後退劇を演じ見せたのも、空爆し易いエリア地点に帝国軍部隊をなるべく数多く誘き出す目的があった訳だ。


対地支援攻撃を行うエアビヘイブ隊が戦線から離脱する際に、脅威となるであろう西方の帝国軍航空部隊に対しては、リバルザイナ共和国軍の制空戦闘機部隊を宛がい、時間差で戦場に突入する予定の「ブラックバード隊」が、エアビヘイブ隊の帰投路周辺空域の安全を確保する。


言うなれば、それは、最小限の被害のみを持って最大限の戦果を期待できる素晴らしき良手と言える作戦だった。


成功すれば正しく、ゴウヤウ渓谷出口付近の帝国軍地上部隊前衛組はほぼ壊滅、後続は破壊された車両の残骸に行く手を遮られ前進が困難な状態に陥る事は明らかであり、防衛側の予備兵力として後方に控える幾つかの部隊を、他の戦線へと振り分け回す事も容易に出来るようになる訳で、トゥアム共和国軍側に属する兵士達にとって、それは、開戦以来持ち抱かされてた重々しき鬱念うつねんを大きく振り払い、ぐずぐずとくすぶり沈んでいた戦意を激しく高揚こうようさせるものだった。


だが、しかし・・・。


(サルムザーク)

「・・・ん?なんだ?」


と、パレ・ロワイヤル基地内にある中央作戦司令室の指揮官席に足を組んだ状態でどっかと座り、静かに戦況の成り行きを見守っていたトゥアム共和国防衛軍総司令官たるサルムザーク二等陸佐が、徐に怪訝なる表情を浮かべ上げて軽く喉元を鳴らし、眉根まゆねをほのかに寄せ歪めた険しめの視線を戦術スクリーン上へと据え付けた。


(カース)

「消失?・・・チャンペル。」


(チャンペル)

「現在確認中です。・・・・・・有線索敵網のF31ライン、32ライン共に状態グリーン。フィールド濃度も許容範囲内です。」


(リスキーマ)

「R07補給部隊。応答せよ。R07補給部隊。応答せよ・・・。」


(チャンペル)

「駄目です。司令部の呼び掛けに応答しません。」


(カース)

「直近の哨戒部隊を現地へ。大至急。」


(チャンペル)

「司令部より124戦車小隊へ。124戦車小隊は直ちにポイント71-59に急行してください。敵脅威が潜伏している可能性があります。十分に注意してください。」


異変が起きたのは、パレ・ロワイヤル基地と防衛戦線ロメオへと続く兵站へいたん路のほぼ中間地点と言えるエリア地域で、つい先程、防衛戦線ロメオへと向けてこの場所を移動中だった補給部隊の車両反応が突然消失した。


該当エリアは非常に起伏の激しい地形によって構成される山岳地帯の谷間付近に当たる地域である為、

サーチシステムの機能を著しく低下させる妨害フィールドの濃度が極端に濃くなっている可能性も全く無い訳ではないのだが、20分程前に同じ場所を通過したR02補給部隊の反応には全く異常が見られなかった事もあり、中央作戦指令室内の空気感はにわかにピり付いた慌ただしさの中に取り込まれ入った。


(サルムザーク)

「少数で兵站へいたん路を切断?」


(カース)

「我が軍の配置状況が見えていないのでしょうか。」


(サルムザーク)

「それはないだろう、と思うが・・・、用心するに越した事は無い。チャンペル。デモアキート部隊のデ・オウルを1機、問題のエリアに派遣してくれ。それと、09戦車中隊をロメオ防衛部隊の後背部に配置。」


(チャンペル)

「了解。」


(カース)

「上の状況は十分持ちそうですね。爆撃まで後5分。」


(サルムザーク)

「ゴウヤウが詰まれば少しは楽になる。注意すべきは敵の伏兵本隊だな。どれぐらいの規模なのか、いつ来るのか、何処から来るのか・・・。」


(カース)

「こちらから仕掛ける策は?」


(サルムザーク)

「無い事も無いが、大した効果はない。それよりもまずは、兵站へいたん路の安全確保が第一だ。まあ、杞憂きゆうで済むにこした事は無いが・・・。」


(チャンペル)

「ポイント71-59に向かっていた124戦車小隊の反応消失!敵襲です!」


(カース)

「敵の規模は!?」


(チャンペル)

「現時点で確認できているのはDQ機1機との事です!依然、有線索敵網に反応有りません!」


(カース)

「付近の守備隊を現場に急行させろ!二佐!タイロンから迎撃部隊を・・・。」


(サルムザーク)

「いや。待て。待て待て。タイロンの部隊は動かさない方が良い。防衛守備隊も各々がバラバラに突入するのではなく、一度何処かに集結してからだ。敵DQの排除が困難な場合でも、70ライン以西は死守するように伝えろ。」


(チャンペル)

「解りました!指示を出します!」


今の所、帝国軍の意図を完全に読み切れている訳ではないが、取り敢えずサルムは、パレ・ロワイヤル基地周辺部で待機している自軍遊兵の多くを余り動かさないようにした。


防衛戦線ロメオとの補給線上に現れた敵DQが一体如何いかなる目的を持って行動しているのか解らないが、全く何の思惑も無くただただ敵陣内に突っ込んで来るはずが無く、恐らくは、何かしら特異なる奇策を立て続けに用い放ってくる可能性が非常に高いと判断し、それに備える対策の方を優先して取った訳だ。


勿論、それは、総兵力に劣る防御側の陣営が取るべき行動として、正しい判断であったと言える。


だが、この時下した最良とも言えるサルムの判断が、程なくして、彼らを著しく悪的な状況へと陥らせてしまう事になるのだ。


(チャンペル)

「エアビヘイブ隊、爆撃体制に入ります。ゴウヤウ防衛守備隊は各々安全圏まで退避してください。」


(サルムザーク)

「さてさて。鼠や犬猫では無いにしろ、蛇や狼程度で済むなら御の字か。」


(カース)

「鬼や天狗などは、我々の専門ではありませんからね。熊や虎ではない事を祈りましょう。」


やがて、防衛戦線ゴウヤウへと向けて突き進み行ったトゥアム共和国空軍対地支援攻撃部隊エアビヘイブ隊が、対地爆撃を敢行し遣る為の飛行コースを正確に辿りなぞり、攻撃目標である帝国軍地上部隊が屯す頭上高くを勢い良く飛び去って行く・・・と同時に、パレ・ロワイヤル基地南部方面できらびやかな閃光の妖花が一斉に咲き乱れ、無数の白色光線を天高く舞い上げ登らせ行った。


そして、防衛戦線ゴウヤウ周辺部一帯にヒョロヒョロヒョロなる不気味な効果音を多数響き渡らせながら大量に舞い降り落ちた強力な爆弾、ミサイル群が、漆黒の夜色へと染まり切りつつあった風光明媚な大地を立て続けに大きく震わせ揺るがした。

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