11-06:○適合と違和感の並立[1]
第十一話:「混流の源泉」
section06「適合と違和感の並立」
朝方五時頃よりぽつぽつと降り始めた涼やかな緑雨は、時間が経つと共に次第にその雨足を力強いものへと移り変わらせ、一時間程が経過した午前六時頃には燦爛たる稲光とおどろおどろしき雷鳴を伴う激しい大豪雨へと変貌を遂げ行ったが、別段、特にこれと言って深刻染みた悪害を周囲に及ぼし落とすでもなく荒れ狂うだけ荒れ狂った後、ものの十分程度で急速に尻すぼみ落ち着く気配を見せ出した。
そして、午前六時半を回る頃には完全に降り止み終わる次第となり、分厚い雲の隙間から真っ青な晴れ間が幾つも覗き見えるようになると、綺麗に澄み渡り見える周囲の山々から真白い霧がのうのうと沸き起こり始め、頭上より降り注ぐ力強い朝日によって作り出された光のカーテンの麗かな踊り舞い様も相俟って、非常に神秘的でいて心安らぐ大自然の景観を色濃く形作っていた。
一応、パレ・ロワイヤル基地がある山岳地帯周辺部一帯の本日の天気予報は「晴れ」。
所により、時折通りかかる分厚い灰雲群によってどんよりとした天気に移り変わったりするものの、一日を通して比較的穏やかな晴天に恵まれるとの事で、日中の気温はそれ程高い数値は記録しないであろうと言う願っても無い予想も体良く加味され、非常に晴れ晴れとした清々しい気持ちで一日を過ごせそうな感じであった。
勿論、言うまでもなくそれは、厄なる出来事が全く何も起こり得なければ・・・と言う前提があって初めて成り立つ話であるが、残念な事に、本日のパレ・ロワイヤル基地は朝早くから思いっきりてんやわんやの状態・・・、加えて言えば、パレ・ロワイヤル基地を含めた西部戦線周辺部一帯地域、トゥアム共和国本国、隣国であるリバルザイナ共和国までも含め、非常に色濃い緊張の渦中に飲み込まれ荒振り揺れていた。
カフカス砂漠南端部付近を哨戒飛行中の「クラリオンベイル隊」から、魔境の森北東部山岳地帯を南進する帝国軍地上部隊を発見したとの報が齎されたのが午前五時半過ぎ頃。
その後、西方より飛来した帝国軍航空部隊と戦闘状態に突入したと言う報告が続き、交戦中の敵機数が10機以上である事、早急に援軍が必要である旨を伝える通信を最後に消息を経った。
この状況に対し、トゥアム共和国軍は、オクラホマ軍事空港に駐留するクラリオンベイル隊の制空戦闘機「FX-77ストローダ」16機、戦闘爆撃機「FYG-104デスクアットロ」16機からなる2個飛行中隊を緊急発進させ、対応に当たらせるも、当該空域東面部へと展開し出して来た後続の帝国軍航空部隊と激しい空中戦に突入する嵌めとなり、帝国軍地上部隊への攻撃をほとんど効果的に敢行し得ないまま、攻撃部隊の約半数を失う事態へと至った。
そして、その際に確認された別の帝国軍地上部隊の一団が1個連隊を上回る大部隊である事、それ以外にも複数の南進部隊が存在する事実が判明すると、トゥアム共和国が管轄する西方軍事基地の全てに非常事態警報を発令すると共に、同盟国である西方隣国リバルザイナ共和国に援軍を要請、即座に対抗策を講じる構えへと転じ入った。
帝国軍地上部隊が最終的に何を目的として行動しているのかについては、今の所定かではないが、その進路方向から見ても、ほぼ間違いなくパレ・ロワイヤル基地を目指して侵攻しているのであろう事が容易に予想され、その後、そのまま東方へと抜け出てサルフマルティア基地へと進軍する可能性も、南下してリヴァルザイナ共和国領へと転進する可能性も、北上してオクラホマ都市の完全孤立化を狙う可能性も十分に考えられる状況である。
現状、トポリ要塞攻略を目指してオクラホマ都市周辺部に兵力を集中させているトゥアム共和国、自国防衛の為に西方サンカサロへと兵力を集中させているリバルザイナ共和国にとって、帝国軍との戦線の一部を担い賄うここパレ・ロワイヤル基地は、土地柄的には辺境なる奥まった場所位置にありながらも、絶対的に必要欠くべからざる防御壁の要所であり、パレ・ロワイヤル基地を突破される事は、両国にとって非常に悩み苦しい難局を突き付けられる事になってしまう。
当然の事ながら、両国共に、パレ・ロワイヤル基地を重要な防衛拠点の一つと勘案して戦略を練り組むべきであったのだが、当該区域の航空優勢を掌握しているのはトゥアム共和国、リバルザイナ共和国同盟軍の側であり、行軍手段と行軍速度に著しく事欠く広大な密林山岳地帯に、帝国軍が大規模部隊を展開させる様な事は無いであろうと、そう考えていた為、パレ・ロワイヤル基地に対する防衛意識がかなり希薄化したものになっていたのだ。
尤も、当該区域における上側の優位性を確保していた事により、帝国軍の動きを早期に察知し取る事が出来ていた状況から、それに対する講じ手を練り打ち広げるのに十分な時間がそれなりにあったと言えるのだが、魔境の森北東部における制空権争いが泥沼の長期戦に突入しそうな気配を匂わせ始めた午前六時半頃、パレ・ロワイヤル基地周辺部に潜み展開する帝国軍前線部隊の活動が著しく活発化、ほとんど総攻撃に近い攻勢に転じ入って来た為、ネニファイン部隊をはじめとするパレ・ロワイヤル基地駐留部隊の面々は皆、その対応にだけに追われる悲しき状況にしばし陥り終始する嵌めになってしまう。
結果的に、この攻撃によってパレ・ロワイヤル基地が陥落してしまう様な事態には至り着かなかったが、約四時間に渡り繰り広げられた激しい戦闘の最中で、パレ・ロワイヤル基地駐留守備軍が被り受けた損害の程は決して小さなものではなく、かなりの数の損傷機、大破機を抱え込んでしまう次第となり、各部隊の兵士達の疲労度も緊張度も、軽視できない程の高い水準位へと追い遣られ上げられてしまった。
幸いにも、防戦一方のままでは被害が増すばかりだと判断したパレ・ロワイヤル基地防衛司令官であるサルムザーク二等陸佐が、帝国軍の次なる攻撃部隊になるであろう一団の待機地点に奇襲攻撃を仕掛け入れつつ、帝国軍の補給物資集積場の撃滅を図る作戦を考案、適宜首尾良く敢行し遣った事により、次第次第に戦局の大勢を自軍側有利なものへと寄り傾けさせて行き、最終的に、補給路を断たれ戦域各所で孤立化した帝国軍部隊のほとんどを完全撤退させる事に成功したのだが、パレ・ロワイヤル基地を目指し南進する帝国軍本隊が到着するであろう予想時刻までの間に、基地の防衛機能を完全に回復し切れる程の時間的猶予を得られたかと言えばそうではなかった。
ようやく周囲の情勢が沈静化するに至った状況とは言え、基地周辺部の警戒任務、防衛任務を適当に弱め緩めていいはずもなく、通常軍務に必要な人員をそれなりに割り割き揃える必要性が絶対的にあった中で、先の戦闘で負傷した兵士達の治療、疲弊した兵士達の休養を考慮しながら、損傷した機体、車両の修理作業、整備作業、武器弾薬の補給作業をも強力に推し進め行かなければならず、基地内の各所では阿鼻叫喚なる忙しさの中に塗れ埋もれた人々の姿で溢れ返る始末となっていた。
セニフはこの時、パレ・ロワイヤル基地の南東部に位置する第三格納庫内の三階階段踊り場付近に居た。
他の兵士達と同様、朝方の早くに叩き起こされ、着の身着のままなる慌しさの中で戦場へと駆り出された挙句、これまでの間に、ほぼ休み無く立て続けに四度も出撃を繰り返し強いられる嵌めになった彼女は、昨晩、余り良く寝付けなかった事も相俟って、かなり疲弊した顔色を携えて落下防止用の鉄手摺りの上に凭れ掛かっていた。
別段、次の出撃指示を待って待機していた訳ではないし、何かしらの難務を抱えて途方に暮れていた訳でもない。
状況的には、帝国軍の攻勢が下火に廻り落ち着いたこの間隙を利用して、休息を取る様にと強く言い渡されている身であったが、セニフは、大分遅れた朝の食事を取りに行くでも無く、自室へと引き取って休むでもなく、ただただじっと、そこに根を下ろした様に張り付いたままだった。
彼女は待っていたのだ。
本来であれば、朝方の早くには出張先である北東部補給中継基地から戻って来る予定のはずだったシルの事を・・・。
勿論、帝国軍前線部隊との激しい戦闘の最中、死んでしまったとか、怪我をしてしまったとか、行方不明になってしまったとか、そう言う訳ではなく、ただ単に、戦闘区域を大きく避けて通る迂回ルートを選択して帰って来ているらしく、かなりの時間を労しているだけなのだが、その旨を逐一伝える定期連絡が基地司令部の方にしっかりと入っていると言う朗的報告を聞かされていて尚、セニフの心は色濃い不安感で一杯だった。
直近、つい十五分程前にようやく基地周辺部まで辿り着いたなる最後の連絡があった事から、もう直ぐ到着するのであろう予想は容易に付いていたが、未だに基地外の危険が全て取り払われたと言い切れる状況ではないし、ほとんど大きな動きを見せ出す事もなくその場に立ち尽くすセニフの外的様相とは裏腹に、心の只中で蠢く鬱々(うつうつ)しきそわ付き様は一向に収まる気配を見せなかった。
(ペギィ)
「あれ?セニフじゃない。何やってるの?こんなとこで。ひょっとして、まだ待機?」
(セニフ)
「あ、ううん。解除にはなったんだけど・・・、ちょっとね。」
(ペギィ)
「朝ご飯は食べた?まだならこれから一緒に食べに行かない?」
(セニフ)
「え?・・・あ、私はちょっと・・・、もう少ししてから食べに行こうかと・・・。」
(ペギィ)
「何よ何~?私が折角誘ってあげてるのに~。連戦続きで疲れてるってのも解るけど、 食べられる時にきちんと食べとかないと後で困るわよ?それとも何?何かあるの?」
(セニフ)
「いや・・・、別に、何って程の事でも・・・。」
(ペギィ)
「・・・んーーー、ふむふむ。そっかそっか。解った。解っちゃった。シルの事を待ってるんだ。」
(セニフ)
「え?・・・ん、んーー・・・、そう言う事、かな。」
(ペギィ)
「・・・確かに、今回のはちょっと普通じゃないって感じだもんね・・・。でも、無事だって連絡はちゃんと入っているんでしょ?」
(セニフ)
「そう、なんだけどさ・・・。」
(ペギィ)
「・・・・・・まあ、外の雰囲気も大分落ち着いて来たみたいだし、大丈夫よ。大丈夫。もう直ぐ無事に帰ってくるって。」
(セニフ)
「・・・うん。」
(ペギィ)
「・・・えっと、それじゃ私、先に行ってるから。いい?シルが帰ってきたら、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと休むのよ。」
(セニフ)
「解ってる。」
(ペギィ)
「じゃあね。また後で。」
(セニフ)
「うん。」
セニフはシルの事が心配だった。
全く戦闘能力の無い貧弱な小型輸送車両に乗ったまま、非常に危険な戦闘区域内を駆け走り回っていると言うシルの事が・・・。
階段下より唐突に姿を現し出し、懐っこい感じで絡み付いて来たペギィとの会話も、何処と無く上の空的な薄っぺらい返答しか返し遣れず、度々ペギィの方へと視線を向け付けながらそれなりに応対している風を装い見せるも、シルが帰って来た時にその姿を逸早く確認でき得る格納庫出入り口付近から、心の眼を中々に外し逸らす事ができなかった。
勿論、セニフの心の中に、昨夜の晩に起こったルーサとの一件を早くシルに話したい、相談したいと言う気持ちが全く無かった訳ではないのだが、この時のセニフの思考は、純粋にシルの事を思う気持ちで一杯、身を案じる思いで一杯、どうか無事に基地まで帰ってこれますようにと言う強い願いで一杯だった。
何しろ、単なる前哨戦に過ぎないつい先程までの戦いにおいて、ネニファイン部隊だけで11名ものDQパイロットが戦死・・・、パレ・ロワイヤル基地全体に至っては100名近くにも上る戦死者を出すと言う、凄惨な事態の真っ只中たる過酷な状況下にあるのだから、それもまた無理の無い話しであると言える。
しかも、基地防衛機能の主役的役割を担ってきた有線索敵網の大半が破壊されてしまった上に、連戦に次ぐ連戦により負傷した兵士、疲弊した兵士が数多く、基地周辺部の警戒防衛任務を十分に執り行う事が出来ていたかと言えば、全くそうでは無かった為、セニフも、実際にシルが基地へと無事に帰ってくる事を確認するまでは、楽観的思考に意識を寄り傾かせる事を躊躇っていたのだ。
だが、ペギィが立ち去ってからものの五分も経たない内に、唐突に流れ響き聞こえ来た車両走行音に思わず表情を飛び上がらせ、素早く鉄手摺り越しに大きく身を乗り出させると、程なくして格納庫内部へと勢い良く踊り入って来た一台の輸送車両の姿を見つけ、色濃く積もり募った内なる憂心を安堵感満載なる大きな溜息と共に深く強く吐き付ける事になる。
そして、輸送車両の左前方部分が大きく拉げ壊れている様を見て取り、多少の不安感を募らせ覚えつつも、徐に助手席側のドアを開け放って姿を現し出したシルの様子をしばしマジマジと観察して取る素振りを見せ出すと、大丈夫だ。特に変に逼迫した様子は感じられない。なる確信を直ぐに思い得て、すかさず最下階へと続く下り階段へとその身を駆け走り入らせて行った。
(アマーウ)
「ふぃぃ~。ようやく着いた。んっんーーー。」
(ロイド)
「おーい!積荷はどうすんだ!?ここに降ろして良いのか!?」
(シルキー)
「荷降ろしは輸送班にやらせるからそのままでいいよ!二尉!二尉!ここの担当誰!?」
(シューマリアン)
「直ぐに回す!アマーウ、急いでシルキーの手伝いに入ってくれ。」
(アマーウ)
「マジ?休み無し?」
(シューマリアン)
「すまんな。何処も彼処も人手が足りない。他の者にも直ぐに任務に就いてもらう。行き先はこのボードに書いてあるから回して見てくれ。」
(アマーウ)
「まあさ、解っちゃいたけど・・・。」
(ロイド)
「ええと、俺は3番ハンガー担当か。・・・大破機が6の修理待ちが12・・・って、何だこれ?」
(シルジーク)
「笑えない数字だな。徹夜しても終わるかどうか・・・。」
(ロイド)
「その前に、越せる夜があるかどうかだろ?さっさと取り掛からないと夜すら迎えられないぞ。」
(シルジーク)
「だな。」
(ジェイ)
「ん?何だ?俺は外回りなのか?」
(シューマリアン)
「第五格納庫にもう直ぐアパッチ隊が帰ってくる。ジルヴァと交代で出てくれ。」
(トムシア)
「あたしは一旦休憩に入って良いんだろ?」
(シューマリアン)
「ああ。長時間の運転ご苦労だった。」
(アークチャン)
「エミーゴ隊が帰って来たよ!3番と4番上げて!3番は工程6で止めて良いから!」
非常に簡素な作りの鉄製階段を下り終え、格納庫のフロアデッキ上へと躍り出たセニフは、周囲を行き交う他の作業員達の邪魔にならないようそれなりに注意を払いながら、到着した整備作業員達の元へと足早に歩を突き進ませ行くと、ようやく人心地ついたなる温和な空気感に舌鼓を打つ暇も全く与えられないまま、早々に基地内の暴的忙しさの中に取り込まれ落ちようとしていた彼等の小脇へと静かに取り付いた。
そして、必要最低限の荷物だけ持って各々の担当部署へといそいそと行き向かおうと蠢く整備作業員達の傍らを縫い進み、未だに自分の存在に気が付いていないシルの元へと歩み寄ると、背後部からそっと右肩を叩いて声を掛けた。
(セニフ)
「シル。シル。」
(シルジーク)
「ん?おう。お前も無事だったか。よかった。」
(セニフ)
「そっちこそ。大丈夫だったの?なんか凄いへこんでるんだけど。」
(シルジーク)
「ああ、これか?かなり無茶な道を通って来たからな。一度スリップして岩にぶつかったんだ。」
(セニフ)
「ふーん。他の皆も・・・。」
(ジェイ)
「何だよおい。こんな所に適任な奴がいるじゃねぇか。」
(セニフ)
「え?」
(シューマリアン)
「あ、こら。セニフ。お前は今、休憩番のはずだろう?カースに見付かったら、また激しくどやされるぞ。」
(セニフ)
「あ、えっーと・・・、ちょ、ちょっとだけ。」
(トムシア)
「ちょっとだけなら良いんじゃない?好きな人といちゃいちゃするなんて、生きているうちにしか出来ない事なんだからさ。」
(ロイド)
「不吉な事言うなよ。」
(アークチャン)
「シルさーーん!第一格納庫行くなら乗せてくよー!」
(シルジーク)
「おう!今行く!」
(セニフ)
「あ。」
(シューマリアン)
「いいか。セニフ。次見かけたら見逃さないからな。」
(セニフ)
「え、う、うん。」
だが、全く普段と変わりないシルの様子を見て暗にホッと胸を撫で下ろしつつ、シルと二人きりの時間を拵える為の下準備的な前作業として、しばし他愛無き会話を繰り広げ興じようと画策していたセニフの思いは、周囲に渦巻く荒々しき忙しさの中で早々に挫き止められる事になり、ちょっと一休みなる緩ついた雰囲気に傾き倒れるでもなく、即座に次なる作業へと移り進み行こうとする素振りを見て、俄かに慌てる。
セニフ自身、お互いに余り時間がないと言う認識が全くなかった訳ではないのだが、シルと二人きりになれる機会を適当に見て窺おうなどと、悠長に構えていられる様な雰囲気でも全く無いのだと直ぐに悟り取ったセニフは、これはもはや、多少強引にでもシルの事を引っ張って連れ出す以外に無いなと思った。
(セニフ)
「シル!シル!ちょっと待って!」
(シルジーク)
「ん?何だ?」
(セニフ)
「いいからちょっと、ちょっとこっち来て。」
(シルジーク)
「何だよ。俺は今忙しいんだぞ。」
(セニフ)
「解ってる。解ってるけど、五分、十分でいいから、ちょっとだけ。」
(アークチャン)
「シルさーん!」
(シルジーク)
「あーー・・・、悪ーい!ちょっと先行っててくれ!」
(ロイド)
「どっかにしけこむにしても、なるべく手短にな。」
(セニフ)
「う、うん。」
(トムシア)
「いいわねぇ~。ほんと。」
そして、割と寛容なる雰囲気でそれを容認する態度を示してくれた他の面々達に対し、ありがとうの意を込め入れた短い目配せと軽い会釈を二、三回、静かに奏で出した後、ばつが悪そうな感じで渋めの仏頂面を携え上げるシルの右手を強引に引っ張りながら、格納庫脇にある連絡通路内へと足早に押し入って行った。
連絡通路の中程辺りには、丁度良い具合に何かしらの物資が入った大きなコンテナ箱が無造作に積み上げられており、余り人の往来が激しくない様子である事をさささと確認して取ると、セニフはそのコンテナの裏陰にシルを連れ込み入った。
(シルジーク)
「何だよ一体。何かあったのか?」
(セニフ)
「うん。ちょっと、昨日ね・・・。」
(シルジーク)
「・・・もしかして、ユランラオがまた何かやらかしたのか?」
(セニフ)
「ううん。そうじゃないんだけど・・・。」
(シルジーク)
「後回しには出来ない話・・・って事だよな。」
(セニフ)
「・・・うん。そう・・・、だと思う。」
(シルジーク)
「ギャロップには言ってあるのか?」
(セニフ)
「ううん。まだ・・・。って言うか、駄目だと思う。」
なるべく周囲に声が聞こえ届かない程度の小声に抑えながら、数度ほど静かに言葉を交し合った二人は、
ここで一度、息を合わせた様にぴたりと会話の進行を止め切り、注意深く辺りの様子を窺い見る所作を奏で出した。
どうやらこの時点でシルも、やばい系の話しなのだと言う事に気付いた様子だった。
そして、神妙を帯びた面持ちでセニフの方へと向き直ったシルの視線をチラリと見遣ったセニフは、昨晩あった出来事を出来るだけ簡潔に、順々に並べ連ね出し始めた。
(セニフ)
「えっとね・・・、実は昨日、ルーサと二人きりで話す機会があったんだけど・・・。」
(シルジーク)
「ルーサと?二人きりで?」
(セニフ)
「うん。・・・でね、ルーサが言うには・・・、えっと、自分が皇女で、お迎えを待ってるんだって・・・。」
(シルジーク)
「は?皇女?お迎えを待ってる?・・・え?お前まさか、バレたのか?」
(セニフ)
「ううん違う。そう言う事じゃない。そう言う事じゃなくて、ルーサ自身が、自分の事を皇女だって・・・。」
(シルジーク)
「は?・・・ルーサがそう言ったのか?」
(セニフ)
「うん・・・。」
(シルジーク)
「・・・ええと、話しが良く解らないんだけど・・・。」
(セニフ)
「私だって解んないよ・・・。」
(シルジーク)
「大体さ。何でルーサがお前にそんな話しをするんだ?全く持って意味不明じゃないか。もし仮に、ルーサの言っている事が本当だったとして、自分から名乗るなんて事、出来るはずがないじゃないか。それは、お前が一番良く知っている事だろ?」
(セニフ)
「そうだけど・・・、そうなんだけどさ・・・。」
(シルジーク)
「何だよ。何か引っかかるのか?」
(セニフ)
「・・・・・・うーん。・・・なんかさ。なんかね。・・・ちょっとだけ、・・・私が知っている事を、知っている様な・・・。」
(シルジーク)
「私が知っている事?」
(セニフ)
「だってさ。ビアホフの事を知っているって言うんだよ?それに、ギュゲルトの事も知っているみたいだったし、シーフォの事も、知っている様な感じだったし・・・。」
(シルジーク)
「・・・ビアホフに、ギュゲルト、シーフォって、・・・・・・お前、何か心当たりは無いのか?」
(セニフ)
「無いよそんなの・・・。多分・・・。」
(シルジーク)
「多分って事は、ちょっとはあるんだな?」
(セニフ)
「うーん・・・。解んない・・・。ほんと、そんな気がするだけって感じもするし・・・。」
(シルジーク)
「・・・で?その後はどうなったんだ?名乗って終わりって訳じゃないんだろ?」
(セニフ)
「うん。あのね・・・・・・・・・。銃で撃たれた。」
(シルジーク)
「は!?」
(セニフ)
「あ、いや・・・、当たんなかったから、全然大丈夫なんだけど、」
(シルジーク)
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないだろそれ。警護の奴は一体何してたんだよ。」
(セニフ)
「ううん違うの。そもそも私の部屋の中での話しなの。だから警護の人は何も知らないし、一回、銃声みたいな音が聞こえたって怪しまれたりしたんだけど、ルーサと一緒にしらばっくれたから、多分、気付いていないと思う。」
(シルジーク)
「ルーサと一緒に?」
(セニフ)
「うーん・・・。なんかね。良く解んないんだけど・・・、ルーサはどうも、私の事を敵だと勘違いしたいみたいで・・・、それで突然襲って来たって感じなんだよね。ルーサから銃を奪い取ろうって思いっきり掴みかかった時も、全然抵抗する気が無い様な感じだったし、それ以降、全く襲ってくる気配も無かったし、・・・多分、私が敵じゃないって、解ったからなんだと思うんだけど、最後には、何も無かった、私と遊んだだけだなんて言いながら、ぷらっと帰ってちゃった。」
(シルジーク)
「何だそれ?・・・意味が解らん。・・・大体、敵って何だよ。」
(セニフ)
「そんなの解んないよ・・・。」
全く持って不明瞭ながら、セニフが語り連ね出した出来事の内容は、確かに黒々しき香しさが濃密に漂うヤバイ系の話である様だった。
勿論、一通り話しの内容を聞き終えたからと言って、決して言っている事の大筋を理解できた訳ではないし、ある程度の納得感を得られた訳でもないのだが、突っ込み所満載なるセニフの話しに対して、余り事細かい確認作業を捻じ込み入れようとしなかったのは、シル自身、余り時間的猶予が無かった事と、単純にああだこうだと安易に判断を下せるような案件ではないと、シルがそう感じ思ったからである。
しかし、当然の事ながら、時間が無いからと言って完全に放置してかかれる体の浅い問題なのかと言われれば全くそうではなく、シルは直後、非常に小難しい表情を浮かべながら深々と困り入る仕草のまま、しばし固まり付いてしまったのだが、不意にセニフとチラリ視線をかち合わせると、再び周囲の様子を確認して取る所作を奏で出した。
(シルジーク)
「ルーサは今何処にいる?」
(セニフ)
「解んない・・・。もう、ローテーションもぐちゃぐちゃだし・・・。やられたって話しは、聞いてないけど・・・。」
(シルジーク)
「・・・一番の気がかりは、この件にユァンラオが関わっているかどうかだが・・・。」
(セニフ)
「んー・・・。関係ない・・・と、思いたい・・・。」
(シルジーク)
「お前、この後は一旦休憩に入るんだよな?」
(セニフ)
「うん。」
(シルジーク)
「・・・取り敢えず、お前は次の出撃指示があるまで部屋から一歩も出ないようにしろ。警備の方も強化してもらうようギャロップに頼んでみる。」
(セニフ)
「シ、シーフォは?」
(シルジーク)
「勿論、シーフォの方もだ。確かに、この件は簡単に棚上げして良い問題じゃないような気がする。だが現状、何を一体どうすればいいのか皆目見当もつかないと言うのが正直な所だ。まずは落ち着いて考えを巡らせられる状況になるまで、様子を見る事にしよう。また例によって、後手を踏む様な感じではあるが・・・。」
(セニフ)
「仕方がないよ。こんな状況だし・・・。」
(シルジーク)
「一応、俺もルーサの動向には気を配るようにしておくよ。問題は、果たして俺にそんな暇があるかどうかだが・・・、まあ、変に藪を突く様な真似はしないようにしよう。最悪でも現状維持を目指して。絶対に軽率な行動は避ける事。」
(セニフ)
「解った。」
結局の所、それしかない・・・。
それは、セニフ自身、シルに相談を持ちかけようとする以前から既に解っていた事だ。
事件の当事者でありながらも、己の身に一体何が起きたのか、何が要因でそうなったのかを全く理解できていない自身の拙い説明のみで、第三者たるシルに都合の良い最善の解決策を導き出してもらおうなどと、多少なりと期待してはいたものの、そう簡単に出来る事ではないと解っていた。
セニフはただ、安心感が欲しかっただけなのだ。
昨日の晩からのうのうと心の只中に渦巻き付いた色濃い不安感を少しでも和らげたい、不気味に歪んで見える足元の土台がそれなりに確かなものである事を再認識したかったのだ。
セニフはその後、再び周囲を気にする素振りを見せたシルの横顔をちらりと見上げ付けると、心の中に浮かび上がった自らの表情をほのかに緩め歪ませた。
そして、「取り敢えず、警備担当の人に話を付けて来るから、お前はその人と一緒に部屋まで戻れ。まずはゆっくりと身体を休める事だけを考えるんだ。兎にも角にも、目の前の大問題を片付けない事には何も始まらないからな。いいか、絶対に死ぬんじゃないぞ。」と言いながら、小走りに駆け出して行くシルに対して、「シルもね。」と大きな声で返しつつ、軽く左手を振り上げ付け遣ったセニフは、ふと、それまで無理矢理に押し留めていた色濃い疲労感が、どっと押し寄せ上り来る感に強く苛まれ、思わず、心地良き欠伸が漏れ零れるのを押さえ切る事が出来なかった。