11-05:○明日の天気
第十一話:「混流の源泉」
section05「明日の天気」
それ程背丈の高くない普通の木々達が数多く軒を連ねる樹海の北畔部に位置する山岳地帯において、涼やかなる闇夜色に染まり浸ったなだらかな渓谷部の一部が、赤色や黄色を主とした人口的な光源群によって艶やかに照らし出されている。
光の明度、数量的に言えば、辺境部にある田舎町のこじんまりとした夜の営みなる風体と、大して変わらぬ静やかさに塗れているが、時折吹き付ける力強き北風に煽られ、激しく揺れ動く植物達の踊り舞い様に負けず劣らず、その周辺部に群がり集う空気感は何処と無くピリ付いた忙しさに塗れていた。
頭上一杯に広がる華麗なる星々の輝き様に目もくれず、辺り一面に響き渡る綺麗な蟲達の鳴き声に耳もくれず、周囲一帯に流れ漂う心安らぐ大自然のかぐわしさに鼻もくれず、与えられた職責を卒なく全うする為に意識の大半を労し、齷齪と蠢く人々のその様は、まるで夜行性の働き蟻の様でもあり、夜が更け行くと共に静けさを増し行く周囲の様相とは裏腹に、非常に濃度の高い喧騒さを如実に奏で出していた。
だが、その場に居る全員が全員、本気で真面目に働いていたかと言えば決してそうではなく、懸命になって軍務をこなす律儀な輩達を尻目に、のらりくらりと適当に時間を浪費し潰す不埒な輩が少なからず存在していた事も確かで、行く先々で周囲から浴びせ掛けられる冷ややかな視線の大いなる標的となっていたのだが、当の本人達は、全くそれを意に介する素振りを見せ出さなかった。
(アレナルティカ)
「あ~、もう、ほんとかったるい。何で私達が様子見ついでにお使いなんてさせられるのよ。フェザンは何処行ったのよ。」
(バルベス)
「今回は思った以上に大所帯になったからな。それなりに苦労しているって事なんだろう。」
(アレナルティカ)
「大体さ。何なのよあの子。いきなり来ていきなり部隊指揮って、ありえなくない?年齢だってランスと大して変わらないぐらいでしょ?」
(バルベス)
「俺自身、そう思わなくもないが、俺達はストラントーゼ家直属の特殊部隊の一員なんだ。オーギュスト様のサイン付き任命書には逆らえんさ。」
(アレナルティカ)
「そんな事は解っているわよ。私が言いたいのは、あの子は一体何者なのかって事。」
(バルベス)
「気になるのか?この世界には、知らない方がいい、触らない方がいい事だって、それなりにあるんだぞ?」
(アレナルティカ)
「あの子がそうとでも?」
(バルベス)
「そうとしか思えないだろ。お前が言う様に、今回の急な配属がありえないと考えているならばな。」
(アレナルティカ)
「どうせフェザンに聞いた所で教えてくれるはずがないし・・・、まあ、いいわ。別にフェザンが作戦から完全に外されるって訳じゃないでしょ?余り気にしない事にするわ。」
(バルベス)
「見た感じでは、それなりに有能そうな雰囲気を持ってはいたが・・・。」
(アレナルティカ)
「私、ああ言う子大っ嫌い。子供は子供らしく無邪気にはしゃいでさえ居ればいいのよ。」
(バルベス)
「戦場で無邪気にはしゃぐ様な輩に、命を預けなければならない状況よりはマシじゃないのか?」
(アレナルティカ)
「何それ?暗に私の事をディスってんの?」
(バルベス)
「ふふっ。自覚があるのならそれでいいさ。」
(アレナルティカ)
「何よ。せめて、若いって証拠なんだからいいじゃな~~い、ぐらい言いなさいよ。」
薄暗い真夜中の森の中で、行く手の左右に整然と並べ置かれた数多くの戦闘車両と、その周辺部を汗だくになって右往左往する一般兵士達の姿に、完全に他人事なるおざなり気味な視線をチラチラと適当に流し当て付け散らしながら、無駄口を無駄に投げ付け合っていた二人の男女は、当軍団の司令部が設置された大きな仮設テントを目指し、のたくたと歩いていた。
細く長い綺麗な金髪を旋毛付近で結え上げたポニーテールが特徴的な女性の方は、名前を「アレナルティカ・ユーラシ」と言い、思った事を直ぐに口に出してしまう始末の悪い性格と、時、場所、状況を問わず、非常に煽情的な形様を周囲にひけらかす不謹慎な性癖とが玉に瑕の、見てくれだけは文句無しなる容姿端麗さを持ち備えた可愛らしい人物だった。
一方、色濃く門型に携えた口髭と覇気に満ち溢れた極太い両の眉毛が特徴的な男性の方は、名前を「バルベス・ハッシュ」と言い、非常にがっちりとした迫力満点の体躯なるその風貌とは相反した、非常に人当たりの良い穏やかな物腰と、やや控え目なおっとりとした性格の持ち主で、最前線の地において命を賭して戦う兵士たる気概を余り感じさせない人物だった。
とは言え、彼等は、帝国軍内部でも指折りの精鋭部隊「エイリアンホース」に所属する隊長クラスの兵士達、数々の死線を幾度も潜り抜けて来た辣腕熟練の猛者的DQパイロットであり、軍部内における序列的にも、かなりの高級士官等とほぼほぼ同等なる強く高いものを持ち有する理外的存在だった。
やがて、一際力強い明度を吐き放つ軍駐屯エリアの中央部付近へと至り着いた二人は、屈強な戦士たる風を如実に匂わせる幾人かの警備兵達によって守られた大きな仮設テント入り口へと歩み寄り行くと、俄かに訝しげな顔色を揃え浮かべ上げた彼等の嫌悪的視線に悪し様な薄ら笑いを返し付け遣り、全く何食わぬ顔で無造作にテントの中へと押し入って行った。
(バニッシュ)
「・・・における突入ルートは全部で14箇所。南北に伸びるRN-319からの西進突入ルートαが2。カノンズル山東部渓谷ルートβが3。カノンズル山西部ナルタリア湖北岸ルートγが6。ナルタリア湖南岸ルートδが2。加えて、ナルタリア湖湖上渡湖ルートεが1。各進行ルートにおける単位時間あたりの平均輸送量は図に示した通りだ。主力である第01重戦車部隊、第11突撃戦車部隊、第41支援部隊は必然的にβ3かγ1を通る事になるが、その他の各部隊を無闇に分散させる事はせず、最大でも6つの軍団にまとめて運用する方針である為、どの軍団もかなりの縦列隊形を強いられる事が予想される。そこで今回、パレ・ロワイヤル地域一帯の制空権を確保する為に、ラフロート空軍基地とトポリ要塞からマズ、マグ、ファクトリア、ラファエルの4個飛行団が順次上空を・・・。」
中に居たのは、大きな長机を取り囲む様に整然と並び座っていた二十数人の仕官兵士達に、視界正面壁部に掲げ張られた巨大スクリーンの横で熱っぽく会議を進行する厳格風味満載の厳つ気な中年男性が一人と、その小脇で黙々とその補佐作業に勤しむ真面目そうな大柄の男が一人だった。
金髪の女性と髭の男性がテントの中へと入ると、長机の周囲に並び座っていた皆一同は、一斉に二人の方へと向けて懐疑的視線をちらちらと宛がい投げ付けて来たが、それが一体どこぞの何者なのかと言う事を悟り取るなり、直ぐに素っ気無く作戦会議の内容に意識を舞い戻らせていった。
(バニッシュ)
「・・・の部隊は、古都市マリンガ・ピューロ東部のUG3連絡路を伝ってナルタリア湖西岸湖底部へと抜け、ε1を東進する低空戦車大隊の上陸作戦を支援する任務を担う。ナルタリア湖東岸付近の湖底は比較的浅目だが、共和国軍の湖上兵器は皆無である為、上空からの爆撃にさえ注意すれば良い。ナルタリア湖湖岸を進行する地対空部隊との連絡を密に取りつつ、適宜柔軟に対応するように。」
(アレナルティカ)
「うっわ。すごい。聞いた?水中DQだって。こんな山奥の奥まで態々(わざわざ)、ご苦労な事ねぇ~。」
(バルベス)
「おい・・・。」
(ギオルギ)
「・・・。」
(ハリスマートン)
「・・・。」
(バニッシュ)
「うぉほん!では次に、パレ・ロワイヤル基地周辺部に配備されたトゥアム共和国軍の兵力についてだが・・・。」
金髪の女性が唐突に大きな声色を発し上げ、会議の進行を妨げる様な変なちゃちゃを無理矢理捻じ込み入れたのは、態々(わざわざ)出向いて来てやったと言うのに、ガン無視はないでしょ?ガン無視は・・・的な苛立ちを、即座にぶち撒け散らしてやりたい気持ちに駆られたからであり、多少なりと妙味の利いた騒動事を勃発させて周囲の者達を困らせてやろうなどと、稚拙めいた考えを沸き起こしたからなのだが、流石に仕官クラスの兵士達が揃った場と言うだけあって、間髪を置かずして放たれた上官の咳払い一つで、簡単に歪みかけたその場の空気が元通りに成形し直された。
だが、戦場と言う過酷な環境を普段の生業とする高姿勢な人物を二十人以上も集めれば、大抵一人か二人は血の気の多い輩が混ざり入っているもので、この時、金髪の女性の直ぐ脇に座っていた黒く短いぱっつん頭の細身な女性が、丁度それに該当する好戦的な人物だった。
ぱっつん頭の女性は、徐に長机の上に両の肘を乗せ上げ、目の前で両手の握りを静かに形作り遣ると、僅かに顔を傾けて艶やかな形様をした金髪の女性の身体を舐める様に眺め見渡し、口を開いた。
(カティア)
「傍若無人に戦場を荒らし駆け回る正体不明のキチガイ集団・・・、エイリアンホースとはよく言ったものね。ねえ、あんた達さ。一体ここに何しに来たのさ?こんな話、あんた達には全然関係の無い話なんじゃないの?」
(アレナルティカ)
「別に。単なる顔見せよ。・・・ふふん。どう?さっきので皆ちゃんと私の顔を覚えたでしょ?」
(カティア)
「そんだけ下品な格好してれば嫌でもね。でも気を付けなさい。戦場に辿り着く前に死んでしまわない様にさ。・・・女として。」
(アレナルティカ)
「そうねぇ。あなたみたいな不細工な女しか居ないんじゃ、部隊の男共連中は相当餓えているんでしょうし、確かに、無闇に近付かない方が良いかもしれないわね。ご忠告ありがとう。気を付ける事にするわぁ~。」
(カティア)
「ブッ!・・・特務の糞売女が、変に初心気な生娘気取ってんじゃねぇよ。吐き気がする。」
(アレナルティカ)
「あら?あなた、やけに前屈みね。もしかしてA?それともAA?」
(カティア)
「てめぇ!!」
(ギオルギ)
「カティア!」
(バニッシュ)
「おい!!会議中だぞ!!」
(カティア)
「ぅ・・・、も・・・、申し訳ありません・・・。」
(アレナルティカ)
「あ~ら、可哀想。首輪嵌められちゃったぁ~。」
(バルベス)
「おい、お前も、もうそのぐらいにしておけ。」
(カティア)
(・・・ちっ!戦場ではせいぜい後ろに気を付けとけよ。)
非常に豪胆でいてドスの利いた低い声色をテント内に響き渡らせ、ささやかなるも小煩いごたつきを吹き飛ばし散らし遣った会議進行役の中年男性は、「バニッシュ・イドリー」と言う、見るからに真面目そうな風体を如実に醸し現す中肉中背の堅物的人物で、元々は、パレ・ロワイヤルミサイル基地駐留軍地上部隊の総隊長を勤めていた帝国軍中佐官だ。
云わば彼は、先の戦いにおける敗軍の将的立場にある人間なのだが、パレ・ロワイヤルミサイル基地失陥に関する責任の多くは、基地の防衛総司令官たるナコレアフ・レブ・トールネイ自身にこそ有るとの共通認識が帝国軍内部にしっかとあった為、彼自身は特に、降格や左遷などのぞんざいな扱いを受ける事は無かった。
ただ、彼は内心で、パレ・ロワイヤルミサイル基地防衛戦闘において、然したる抵抗も出来得ずに無様な撤退に追い込まれたのは、自らの指揮振りが著しく低調だったから、えらく酷く不出来なものだったからだと思い感じ、強い自責の念を抱いていた様で、汚名返上を期するにこの上なき場であるパレ・ロワイヤルミサイル基地を奪還する為の侵攻作戦に地上部隊の総隊長として参加出来る事に対し、至大なる喜びを感じていた。
・・・と、くれば、並々ならぬ思いで挑む侵攻作戦の重要な会議の場上で、好き放題し放題、勝手気ままにふざけ散らすお調子者共の横行を野放しにし過ごす事など出来るはずもないのだが、この時の彼は、安い挑発に乗って激高した間抜けな部下を一時ギロリと睨め付けはしたものの、台風とも揶揄されし荒々しき怒号をぶち付ける様な事はせず、程なくして直ぐに金髪の女性と髭の男性の方へとチラリと視線を宛てがい遣ると、静かに口を開いた。
(バニッシュ)
「君達二人が特別な任務を負って行動している事は知っているが・・・、もしかして、正規軍の作戦会議を邪魔する事なんかも含まれているのか?」
(アレナルティカ)
「まさか。」
(バニッシュ)
「君達二人の事はよく知っている。・・・確か、パレ・ロワイヤルミサイル基地防衛戦の時に基地に居たな。」
(アレナルティカ)
「だから?私達が基地をほったらかして逃げた事を根に持ってるの?」
(バニッシュ)
「それを言うなら、君達の方こそ、緊急事態に託けて、君達の仲間を無用な戦闘に巻き込み、死へと至らしめた私の事を恨んでいるのではないか?」
(アレナルティカ)
「別にぃ。セラフィの件は完全に自業自得よ。あいつ、新しく手に入れた玩具を使ってみたくてしょうがなかっただけなんだから。」
(バルベス)
「あの時、戦いに参加する事を決めたのは奴自身だ。別に中佐が気に病むような事じゃない。要は考え方が甘かったって事なのさ。俺達も含めてな。」
(バニッシュ)
「甘かった・・・、そう、確かに甘かった。私自身、出来る限りの最善を尽くそうと努力したつもりだが、到着するはずの無い援軍に過度な期待を寄せ掛け、無意味な戦いに労力を割き過ぎてしまったのも事実・・・、済し崩し的に明らかになる劣悪な状況に、後手な一手を打ち続けざるを得なかった。今更言い訳するつもりも無いが、私が撤退をしばし躊躇ったのは、別に命令違反を恐れていたからではない。ただ単に、的確な判断を下すに足る情報に事欠いていたからだ。体制も万全とは言い切れない状況だったしな。」
(アレナルティカ)
「御愁傷様。」
(バニッシュ)
「確たる情報を軍全体各個々人がそれぞれ共有して持ち、万全の体制を持って臨めば、結果は自ずと付いて来る。勿論、物事に絶対は無いが、それを怠る愚を犯した時よりは、遥かにマシと言える成果を得られるだろう。」
(アレナルティカ)
「・・・つまり、私達にさっさと出てけって言いたいわけね?」
(バニッシュ)
「はっはっは。君達二人が非常に優秀な人間だと言うことは良く聞いて知っている。だが、我々一般人は皆はそうでは無い。我々には、何を成すにもそれなりの準備期間と多くの労力が必要なのだ。解ってもらえるかな?」
金髪の女性は、不意に、邪魔なら邪魔とはっきり言いなさいよと、あからさまに見て直ぐにそれと解る色濃い不満顔を浮かべ見せつつ、大きな溜息を一つ、一際大きく吐き散らして見せたのだが、それ以上変に絡み入る様な素振りは一切無く、徐にズボンの前ポケットに右手を突っ込み入れると、中から取り出した小型の記憶媒体を、中年男性目掛けて静かにポイリと放り投げやった。
そして、中年男性がそれを卒なく受け取る様を横目に、背後部に佇んでいた髭の男性の方へとくるりと体を向き変えると、軽く右手を翳し上げ、そそくさと退出し行く素振りを見せ出した。
(バニッシュ)
「これは?」
(アレナルティカ)
「パレロワイヤル基地周辺部の明日の天気予報・・・みたいなものかしらね。赤は兎も角、黄色のエリアにも十分注意しといた方が良いって話だったわ。」
(バニッシュ)
「・・・何だ?何かあるのか?」
(アレナルティカ)
「知らないわ。ただ、白服が一杯関わっているみたいだったから、下手に近付かない方が得策かもね。いい?ちゃんと渡したわよ。」
(バニッシュ)
「・・・これによって、こちらの対応に変化が出るかもしれんが、それについては確認しなくていいのか?」
(アレナルティカ)
「必要なら然るべき人間がちゃんとするでしょ。私はそこまで言われて無いもの。」
あからさまに他人事染みた素っ気無さでそう言い放った金髪の女性は、退出間際に一度、先程軽く衝突し合ったぱっつん頭の細身の女性の方へとチラリと目配せを送り付け遣ると、自らの両の乳房を軽く撫で回す仕草をほのかに奏で出しながら、小さくにやりと口元を歪め上げ見せた。
それに対し、ぱっつん頭の細身の女性は、俄かに殺気立った鋭い眼光を浮かべ上げて、小さく唾を吐き掛け捨てる所作を繰り出し見せたのだが、つい今し方上官から釘を刺されていた手前もあってか、非常に醜怪極まりない怒顔を作り拵えたぐらいで事を収め済ました。
勿論、直接的な実害を被らなかったとは言え、その場に居た他の者達の心象が良好なるものであるはずもなく、テント内の空気は最悪と言うに相応しき刺々しさと重々しさが色濃く充満する次第となったのだが、血の気の多い激情型の面子へと順々に視線を巡らし、無言の抑圧を強いて回った中年男性の威容の方が大きく勝り、程なくして直ぐに普段通りと言える平静的雰囲気へと纏まり落ち着く事となった。
そして、金髪の女性から受け渡された小型の記録媒体を、直ぐ隣に座っていた大柄な男性へと手渡した中年男性は、軽く右手を翳し付けて中身の早急なる確認作業を指示し、全く何事も無かったかの様な素振りで、再び作戦会議を進行する役割へと意識を舞い戻らせた。