11-01:○不思議ちゃん
第十一話:「混流の源泉」
section01「不思議ちゃん」
パレ・ロワイヤル基地内に設けられている一般兵士、作業員達用の食堂は全部で九箇所あり、基地内の何れの区画に居ても程良く適度に利用出来るように妙的な場所位置に網羅的に配されている。(※閉鎖区画を除く)
営業時間も、四六時中働き続けなければならない兵士達の為に、完全なる二十四時間体制を持って只管に稼動し続け、いつ何時であっても人の往来に事欠く事が無い、活気溢れる人々の生活の中心地となっていた。
勿論、場所によっての人気、不人気等は多々あり、基地内における唯一の娯楽商店街である「テルワナ通り」に程近い第一食堂が最も需要が高く、第五格納庫脇にあるものの、他の区画との連絡路が非常に乏しい第四食堂の閑散度が極めて高い。
特に、所属する人員のわりに基地の利用面積を非常に多く必要とする部隊が駐留する特殊区画付近に併設された食堂・・・、例えば、ネニファイン部隊が主に使用するDQ専用格納庫付近にある食堂などは、利用する人員の絶対数に限りが出てくる為、食堂の利用率ランキングで常に下位に低迷し続ける事になる。
他にも、食堂の最大収容人数規模や出される料理の質、内装の景観の良し悪しなどによって人気が左右される事はあるが、今現在セニフが居るこの第六食堂も、何れの要素も頗る悪い低値を叩き出す大不人気食堂だった。
だが、入店すれば直ぐにでも食事にありつけると言われるこの第六食堂へと続く連絡路内に足を踏み入れてから、もう既に彼是十分は経とうかと言うのに、セニフは未だに食べ物に有り付けていない。
様々な料理がずらりと並ぶ配膳カウンターより続く、長い長い列の遅緩なる進み具合に阻まれ、食道内へと立ち入る事さえ出来ずにいる・・・。
確かに、今現時点の時刻は、昼の十二時を回り過ぎようかと言うランチタイムの真っ盛りであり、ネニファイン部隊哨戒ローテンションチームの1番手組と2番手組の入れ替え時間に丁度重なる最繁忙期なる時頃であり、我先に食欲を満たそうと欲する人々が一斉に殺到し来た結果である・・・と言うのも、全く理の無い話ではないのだが、食堂へと続く連絡路内に屯す人々の顔触れを見ると、どうも余り見慣れない他の一般兵士達、戦車部隊や輸送部隊、陸戦歩兵部隊の面々が数多く含まれていた様子で、決してネニファイン部隊一色に染まり切っていると言う感じではなかった。
尤も、何の理由も無く唐突にそう言った現象が引き起こされる事などあり得るはずがなく、実際にはしっかりとした要因がそこにあったからなのだが、明らかに普段の様相とは異なる長蛇の列を目の当たりにしても驚かず、文句の一つも漏らし零さず、列の最後尾へと並び付いたセニフ自身、その理由が何であるかをちゃんと解っていた。
・・・と言うより、全く別の区画にあるDQ格納庫にて本日の軍務を終えたはずのセニフが、この第六食堂を昼食の場に選んだのも、他の者達とほぼほぼ変わらぬ目的があったからだ。
「いらっしゃいませ。アジーヌ様。本日も御無事な御姿を拝見できて何よりですわ。あら?本日の任務はこれからですのね?余り無茶をなさらない様に気を付けて頑張っていらして下さいましね。」
「あ、これはモルサ様。今朝方ぶりです。・・・はい、朝のメニューと変わった所ですか?そうですね。多少、油っこい料理が並んだ所でしょうか?豚肉の生姜焼きとか、カツ丼とか、後は鶏肉の唐揚げ定食なんかもお勧めです。・・・はい。ありがとうございます。時間の許す限りゆっくりと御寛ぎ下さいませ。」
「ええと・・・、初めての御来店でいらっしゃいますね?ようこそ御越しくださいました。・・・はい。そうです。うっふふ・・・、いいえ、とんでもございません。ええと・・・、メルニー様ですね。・・・はい。今後ともよろしくお願い致します。それでは、御注文の方をどうぞ。」
「いらっしゃいませ。パトリシオ様。・・・え?あ、いえ、いけません。その様な高価な代物・・・。いえ、困ります・・・。本当に、本当に、御気持ちだけで十分ですので・・・・・・、いいえ!そんな事はありません。私はただ、パトリシオ様の元気な御姿を毎日拝見する事が出来れば、それだけで十分ですので・・・、どうか今日も無事に帰っていらしてくださいましね。約束ですよ?それで、御注文の方はこちらでよろしいですか?」
「・・・ええと、お誘いは嬉しいのですが、本日の夜は生憎別の予定が入ってまして・・・、いいえ!男性の方ではありません!友達です。・・・え?明日ですか?・・・・・・ええと、大変申し訳ないのですが、実は明日も・・・・・・、私、その方達に仕事の事で色々と御教授いただいているのです。まだこの基地に来て間もない若輩者ですので・・・、はい。本当に申し訳ありません。」
普段であれば、繁忙期を迎えた最中にあっても閑古鳥が鳴く程の空席をひけらかす秘境的食堂内において、呆れ返る程の長蛇の列と、非常に忙しい人の往来とを形作る様になったのは、一週間ほど前からこの基地に居付き、三日ほど前からこの食堂の配膳カウンターで働く様になった、ドリュ・ル・シーフォと言う帝国出身の可愛らしい女性が原因であった。
彼女が食堂に姿を現した三日前の初日は然程でもなかったが、就労二日目となる一昨日の昼頃から次第に人が増えだし、三日目の昨日に至ると、朝から鬱陶しくなる程の大量の人が押し寄せ、他の食堂から応援として数人の調理人、配膳人を呼び付けねばならない事態を招くに至った。
そして一日明けた本日になってもその勢いは陰り衰える気配を全く垣間見せず、早朝いの一番より今の時間まで、大盛況なる盛り上がり振りを披露し続けていたのだった。
勿論、パレ・ロワイヤル基地内に全く女性が居なかった訳ではないし、その中でも飛び抜けて可愛らしい、美しい女性が全くの皆無であった訳でもないのだが、そう言った魅力的な女性達を完全に度外して、この食堂へと赴き来た男達は皆、彼女の非常に純朴でいて愛らしい様に色濃く魅せ引かれた・・・と言うよりは、只単に、彼女が誰にでも見せる酷く謙った従順な態度が非常に心地良い、全く嫌味が無く気分が良いと感じていたからで、
基地内の何処で働く事になろうとも熱心に駆け付けるコアリピーター的輩の数を、芋蔓式に増やして行く事になったのだ。
云わばそこは、簡易的に御主人様なる気分を味わえる即席のメイド食堂であった。
当然、これだけの男共が群がり集まれば、その手のお誘いが全くの皆無であるはずも無く、下手をすれば非常に面倒臭い事態に陥り嵌り兼ねない危険な状況にある様にも見受けられたが、事前にセニフやらチャンペル等が協力し、それらを体良く回避し遣り過ごす為の言い訳作りに一役買っていた事もあって、変にしつこく纏わり付いてくる鬱陶しき輩達にも上手く対処し得ている様子だった。
ただ、それでも尚、セニフはシーフォの事が心配だった。
確かにシーフォは、非常に温厚でいて人当たりが良く、素晴らしく従順でいて純朴一途なる性格を持つ好人物であり、どの様な相手、どのような環境であっても直ぐに馴染み合わせられる高い社交性、高い順応性を持ち合わせているが、如何せん、他者を疑い、他者の悪意を見抜く資質に著しく事欠く。
悪く言えば、素直過ぎる、人が良すぎる所が非常に玉に瑕な所で、人に騙され易い、利用され易い彼女の人となりを鑑みれば、無心に安心して彼女の事を放置し得ようはずが無かった。
何しろ、つい先立って、あの様な忌まわしき事件があったばかりなのだから・・・。
(ランスロット)
「おやおや。こんな人混みの中に攫われ姫が一人で御出でなさる。本日も御無事な御姿を拝見できて何よりですわ~。」
(セニフ)
「む。」
(ルワシー)
「何だぁ?今日は攫われてやらねぇんかぁ?折角この俺様が毎日スタンバってやってるんだからよ。何時でも何処でも攫われちゃってかまわねぇんだぜ。」
(セニフ)
「うっさいんだよ!デブルワシー!食うもん食ったらさっさと行け!しっしっ!」
(ルワシー)
「がっはっは。そんな猿みてぇな軟弱な威嚇攻撃にこの俺様が怯むかっつうの。どうだぁ?土下座して頼むんなら四六時中警護してやってもいいぜ?」
(セニフ)
「結構!」
(ランスロット)
「そうだよねぇ~。そうだよね~。就寝時の添い寝付きなら、やっぱり良い男の方がいいものねぇ~。ねぇ?どう?その役目をこの私目に任せると言うのは・・・。」
(セニフ)
「だから余計な御世話だって!鬱陶しいんだよ!もう!」
(メディアス)
「こらこら。あんまし絡んでやるなって。可哀相だろ?」
(ランスロット)
「いやいやいや。私共二人は心の底からセニフちゃんの事を心配して言っているのよ。何せセニフちゃんは・・・。」
(メディアス)
「いいからいいからこっち来なって。ほら、ルワシーも。じゃあな。セニフ。」
(ルワシー)
「うっきぃーうっきぃー。」
(セニフ)
「ぶーぶー。」
勿論、セニフ自身、他人の心配だけをしていれば良い余裕的立場にあった訳ではなく、危険度の高さを鑑みれば、寧ろ自分の身の安全の方を最優先に考えて然るべき所であり、こう言った他人の好意?的思いを無碍に拒絶し断ち切り捨てるのも、余り芳しくない愚劣な行為だと言える。
だが、決して他人に知られてはいけない重々しき秘密を背負っているセニフの立場からすれば、余り事を荒らげたくないと言う思いが強かった事も事実で、決して100%絶対に安全とは言い切れないが、ギャロップが手配した諜報部の人間に身辺警護の全てを任せ委ねて、「自軍の基地内にて敵の工作員に拉致されました」などと言う、非常に情け無い自身の噂の沈静化を待つ以外に無かった。
幸いな事に、事態の元凶たるユァンラオの行動に直近目立った所は微塵も無く、ユァンラオの他にもう一人この基地内に居るであろう危険な何者が裏陰で蠢動している様な気配も全く感じられず、比較的平穏無事に毎日を送り過ごす事が出来てはいるが、セニフを何処かに連れ去る事を目論む相手方陣営側の思惑が、絶対的に「殺す」と言う選択に至り得ない保証があった訳でもなく、如何に人目に付く賑やかな場所にあっても、心の緊張度を手放しで緩み解く事は出来なかった。
セニフはふと、ようやく視界内に捉え見る事が出来るようになったシーフォの姿へと視線を遣り付け、徐に上下の唇を真一文字に強く結び付け引き遣ると、シーフォ目的で列に並ぶ男共連中の中に、怪しげな雰囲気を吐き放つ乱派者的存在が混じり入っていないかどうかを確認し始め、一通り周囲をぐるり見渡して見た後で、再び一生懸命になって接客業に勤しむシーフォの姿へと意識を舞い戻らせた。
・・・が、セニフはここで、カウンターを挟んでシーフォの対面側に立つ陽気な青年の所作を視界内にチラリと収めて取るなり、唐突に何かを思い出した様なハッとした表情を浮かべて目を丸めた。
別段、その青年が怪しいとか、いかがわしいとか感じた訳ではない。過去に顔を見知った人物だった訳でもない。
それは、全く見知らぬ初対面の小柄な青年・・・、着ている軍服から恐らくは駐留戦車部隊の一員であろう事以外、全く何も解り取れない完全なる赤の他人であったが、その青年がシーフォとの会話の途中で垣間見せた、照れくさそうに右手を後頭部へと回して業とらしく頭を撫で掻く仕草を見て、セニフはふと、今朝方見た不思議な夢の映像を脳裏に蘇らせ上げたのだった。
そうだ。確か同じ様な仕草をしていた。
私が言葉を返すと、いつも照れくさそうに笑いながら右手で頭の後ろを掻いて・・・。
年齢も同じぐらいだった気がするし、髪の毛の色も確か同じ栗毛・・・、本当に似ている・・・。
でも、間違いなくこの人じゃない。
・・・一体、誰だったんだろう。
絶対に知っている人だって確信はあるんだけど・・・、うーん。思い出せない・・・。
それにしても、おかしな夢だった。
パレ・ロワイヤル基地内でDQの整備作業をしているはずなのに、何故かシルの隣にマリオとオーナーが居たりして・・・。
後からフロルとペギィに混じってアリミアとかビアホフとかも集まって来たし・・・、ランスロットやルワシーがサフォークと馬鹿やってる姿はいつも通りな感じだったけど、整備しているDQが旧式のパングラードだったり、ラプセルだったりで、ほんともう、今にして思い返してみると設定がハチャメチャ。
勿論、夢の中では全部が全部当たり前の様に思ってたけど、何が目的で何をしていたのか全く解らない・・・って言うか、最初は確か、帝国軍が攻めて来るって話で格納庫に行く所から始まったんだよね。
でも何故か、格納庫に着いてみたら既に帝国軍を撃退した後で、これからDQA大会を開くんだから回りの防御を固めろなんて、変な話しになっていて・・・、それで私、そのDQA大会に出場する事になったんだ。パングラードのパイロットとして。
でも、その時私、DQには乗りたくないって気持ちが物凄く強かったから、DQなんか乗った事無いなんて変に嘘を付きながら、格納庫の外まで走って逃げて行ったんだけど、不思議な事に、そこは、ランベルクのジャンク屋に居た頃の格納庫裏広場で、そこに、その栗毛の男の人が居たんだ。
そして、優しげな笑みを浮かべながら、大丈夫大丈夫、僕が教えてあげるからなんて言うから、仕方なく付いて行って、それで、その人にパングラードの操縦方法を色々と教えてもらったんだ。
そう。その人、本当にDQの操縦が上手かった。説明も解り易かったし、何より、話し口調が優しげで、人をその気にさせるのが上手いって言うか、煽てるのが上手っていうか、ほんと、学校の先生みたいな人だった。
それで私、教えるの上手だねって言ったんだけど、そしたらその人、照れくさそうに少し身体を後ろに仰け反らせながら、右手で頭の後ろを掻く仕草を見せ・・・・・・・・・・・・あっ!!
(フロル)
「あれ?セニフ。何だ。こんな所に居たのか。」
(セニフ)
「えっ?」
セニフは一瞬、その人物が誰だったのかと言う事を思い出しかけた。確かに思い出しかけた。
だが、この時、不意に投げ付けられた大柄な女性の声色に意識の全てを一瞬にして奪い取られ、ようやく掴み掛けたその答えなる人物へと繋がる思考回路の道筋を完全に見失ってしまった。
・・・にも関わらず、セニフがフロルに対して恨み事の一つも言おうとしなかったのは、それだけ別段どうでもいい話だったからだ。
セニフもそれ以降、自分から意識的にその事に対して思案を巡らそうとしなかった訳だが、実際の所を言えば、思案を巡らせている暇も余裕も無かった・・・と表現する方が正しいのかもしれない。
言ってしまえば、セニフはこの後、大なり小なりそれだけの濃度を持った強力な出来事に、立て続けに見舞われ続ける事態に陥ってしまうと言う事である。
(フロル)
「今日はキリン組みで北部警備任務じゃなかったのか?態々こんな辺鄙な場所まで来るなんて・・・って、そうか。他の連中と同じく、お目当てはあの娘か。」
(セニフ)
「うん。そう言う事。」
(フロル)
「お前等仲良いもんな。やっぱり、同年代って事で話が合うって事なのか。」
(セニフ)
「うん。やっぱり年齢が近いってだけで、それなりに親近感も沸くし、私も元々帝国の出身だからね。色々と話し易いのかも。」
(フロル)
「悪かったね。親近感の沸かない年増のおばさんで。」
(セニフ)
「何言ってんのさ。フロルだって若いし、全然可愛いじゃない。」
(フロル)
「うーん・・・。お前言われると、何かこう・・・、多少イラっと来るのは気のせいか?」
(セニフ)
「フロルは何に対しても大らか過ぎる性格してるから、そのぐらいで丁度良いんじゃない?」
(フロル)
「あっはっは。お前も中々言う様になったな。・・・っとそうだ。そう言えば頼まれていたものがあったんだ。後で探しに行こうかと思っていたんだけど、丁度良かった。・・・はい。これ。」
フロルはそう言うと、自らが着込んだ深緑色の作業着の左胸内ポケットから白い封筒の様なものを取り出し、それをセニフの目の前にぴらぴらと翳し付けながら非常に解り易い含み笑いを浮かべ上げ、怪訝な表情を浮かべるセニフの近くに顔を寄り近づけさせた。
それは、非常に肌触りの良い綺麗な紙材で折り作られた横辺入れタイプの小さな封筒で、中に何かしら厚手の堅いカードの様な物が入っている事までは直ぐに解り取れたが、封を閉じる為に使用された小さなシールが可愛らしい鳥の形をしていた事、それが黒一色であった事以外に、その中身を察し取れる様な要素は全く何もなく、フロルの不思議な笑み顔をまじまじと観察し伺い見ても、直ぐにこれだと判断付く様なものは何も連想されなかった。
(セニフ)
「・・・何これ?」
(フロル)
「何って、ラブレターだよ。ラブレター。」
(セニフ)
「ラブレター??」
(フロル)
「誰からだと思う?」
(セニフ)
「・・・・・・だ、誰から?」
(フロル)
「うっふっふ・・・。いいから開けてみなって。直ぐに解るから。」
何処と無くからかわれている様な感に酷く苛まれ憑かれながら、促されるままに手渡された白い封筒の封を開けたセニフは、中から出て来た一枚のカードに視線を遣り付け、そこに書いてあった文章を静かに読み上げた。
そして、文章の一番最後に書き記してあった差出人らしき人物を示し表す単語と、その後に殴り書かれた短い文章とを読み上げ取るなり、瞬間的にゾワリと背筋を駆け上がり行った寒々しき悪寒に身と心を激しく打ち震わされ、狼狽え感満載なる情け無い表情を浮かべ上げて、徐にフロルの顔を見遣った。
『本日午後七時より、テルワナ通り二番街アザリー・ファーブにて、ネニファイン部隊真夏の大納涼慰労会と称しましたささやかなるパーティを開催しますので、御案内申し上げます。ネニファイン部隊の皆様に関しましては、日々御多忙の事と存じ上げますが、皆様御誘い合わせの上、出来る限り御参加いただきますよう、宜しくお願い致します。主催者:黒い白鳥』
『お前の不参加は絶対に認めない。今夜の軍務が無い事は知っている。』
(セニフ)
「・・・え?何?何?何?これ・・・。」
(フロル)
「さーて、なんだろうね。」
(セニフ)
「えぇ~~~。何これぇ~・・・、ちょっとぉ・・・、何か物凄く怖いんですけど・・・。」
(フロル)
「あっはっは。そんなに怯えるなってセニフ。実は私も同じものをもらっているんだ。一緒に行こうぜ。」
(セニフ)
「ほんと!?」
(フロル)
「ああ、私も今夜は暇番だからさ。他にやる事も無いし、久々にお前とも飲みたいしな。」
(セニフ)
「あ、でも・・・私、今夜はシーフォと約束があって・・・。」
(フロル)
「その娘も一緒に連れて行けば良いじゃない。私もまだちゃんと話した事無いし、どんな娘か知りたいんだ。それとも、もう既に別の店を予約しているとかか?」
(セニフ)
「ううん。そうじゃないけど・・・、良いのかな。ネニファイン部隊関係ないけど。」
(フロル)
「別に良いんじゃない?どうせ他の部隊の連中も適当に混ざってくるんだろうし。」
(セニフ)
「うーん・・・。」
(フロル)
「それに、お前だけ名指しで絶対に出席するようにって書いてあるんだろ?断ったら、それこそ本当に怖い目に遭わされるかもしれないぞ。」
(セニフ)
「や~だ~。やめてよ、そう言うの~・・・。」
(フロル)
「あっはっは。まあ、適当に顔見せだけしてバックれるってのもありだろうし、そう言う事にしようぜ。集合は店の前に七時って事で。」
(セニフ)
「うん・・・。解った。」
ジルヴァが一体何を考えて、この様な催しものを執り行おうとしているのか全く定かではないが、それでも、たった一人で参加する事を強要されている訳ではなく、ネニファイン部隊の他のメンバーにも参加を促す通知を出している様だし、何より、何かあった時に直ぐに自分の事を守ってくれそうなフロルが一緒について来てくれるとの事で、セニフとしては一先ず安心、フロルに対して投げ返した返事も、頗る穏やか明る気なものになっていた。
ただ、一つだけ気掛かりだったのは、比較的華やか賑やかなる場所を苦手とする控えめな性格のシーフォが、所属の違うネニファイン部隊の飲み会に参加する事を了承してくれるかどうかであり、見知った人がほとんど居ない馬鹿騒ぎ会(恐らくそうなるであろう)に連れ出されて、シーフォが楽しいと思えるかどうかと言う事であったが、セニフがお願いすればいつも都合良く二つ返事で了承してくれていた事もあり、セニフの中ではそれ程大きな問題には成り至ってなかった。
後は、飲み会の最中に変に下手を打ってジルヴァの神経を逆撫でしない様に注意する事・・・、他の参加者も居る手前、主催者であるジルヴァが自分だけに構っていられるはずが無いだろうし、出来るだけ大人しく、出来る限り目立たない様にして過ごせば、それ程大事には至らないのではないか・・・、余り波風立たせずに事を済まし終わらせられるのではないか・・・と、不意にそう思い上げたセニフは、自然と零れ出した笑み顔を持ってフロルの顔を見上げ遣った。
・・・すると、そんな時だ。
一瞬、視界の角隅にチラリと映り入った何かに気付いたセニフが、徐に「ん?」と軽く喉元を鳴らし上げた。
(フロル)
「ん?・・・ああ、何だ。今頃気付いたのか?最初から一緒に居たんだけど・・・、こらルーサ。挨拶ぐらいしなって。」
(セニフ)
「・・・。」
それは、ネニファイン部隊内で、いや、トゥアム共和国軍内においても最年少のDQパイロットであろう赤毛のポニーテール少女ルーサ・・・、トレードマークたるダブダブのパーカーを羽織り、裾の広いショーパンにパンダ柄のハイソックスとスニーカーを履いた可愛らしい女の子で、恐らくは大きな体躯のフロルのお尻にべったりと引っ付く格好でずっと隠れていたのであろう体勢をそのままに、フロルの右脇腹付近からセニフの事をじっと覗き込み見ていた様子だった。
彼女は比較的派手目な服装を好む性分にある様だが、実際には、フロル以外の者とは全く口をきかないとまで言われる生粋の内気者で、外向的気質が強い傾向にあるセニフとは、その見た目が非常に酷似していると言う点以外に、何一つ共通する点は無く、他人から、まるで姉妹の様だと称される事も多いが、セニフ自身、ルーサと何か関係がある立場にあった訳ではないし、別段仲が良かった訳でも、お互いの事を良く知り合っていた訳でもなかった。
何よりセニフは、ルーサと初めて会った時から今の今まで、一言も言葉を交わし合った事が無いのだ。
・・・ところが。
(ルーサ)
「セニフ。」
(セニフ)
「えっ?」
ルーサが初めて言葉を発した。・・・訳では無いだろうが、セニフはこの時、初めてルーサが発した声を聞いた。
聞き間違いなどではない。確かに小さく上下したルーサの口元から自分の名を呼ぶ声が発し出されたのだ。
セニフは、著しく驚きを禁じえない唖然とした表情を浮かべ上げながら瞬間的に凝り固まってしまったが、一体何だろう・・・なるふと出た疑念に強く思いを引き攣られ、ルーサが発し出す次なる言葉に神経を集中させた。
・・・が。
(ルーサ)
「セニフ・・・、ソンロ?」
(セニフ)
「はい?」
(フロル)
「そうだよ。セニフ・ソンロ。お前のお姉さんなんだろ?」
(セニフ)
「え?」
(ルーサ)
「・・・知らない。」
(フロル)
「知らないのかよ。」
(セニフ)
「えっと・・・。」
(ルーサ)
「何?」
(セニフ)
「えっ?・・・何?何って?何?」
(ルーサ)
「誰?」
(セニフ)
「誰?・・・、誰って・・・、ええと・・・。」
(フロル)
「あっはっは。随分とお気に入りの様子だな。ルーサ。そんなにセニフの事が気になるのか?」
(ルーサ)
「・・・知らない。」
(セニフ)
「・・・。」
(フロル)
「お前が知らなくても私は知っている。どうだ?今度セニフを誘って、二人きりでデートとかしてみたら。このお姉さん、結構お馬鹿で面白いぞ?」
(セニフ)
「フロル。」
(ルーサ)
「・・・解った。」
(フロル)
「解ったのかよ。」
(セニフ)
「・・・。」
初めて遣り交わしたルーサとの会話は、はっきり言って全く意味不明な言葉の投げ合いにしかならなかった。
これまでも、フロルが如何にしてルーサとの会話を成り立たせているのか、ずっと不思議に思っていたセニフだが、その光景を直に目の当たりにして取った今現在でさえ、余り良く理解出来ない特殊特異なものだった。
言ってしまえば、フロルの方が勝手にそうなのだろうとルーサの意図を読み解いて、無理矢理会話を成り立たせているだけ・・・の様にも見受けられる。
だが、二人の間ではある程度しっかりと意思の疎通がなされていた様子で、フロルが投げ掛ける質問に対しては、ルーサもそれなりに意味のある言葉を返している様に受け感じられた。
通常、敵意無き会話を遣り取りするに至れば、それなりに親近感の一つでも沸き起こり得られそうなものであるが、この時のセニフには、全くそう言った好的感情は一切生まれ上がらず、ただただ、非常に謎めいた不思議ちゃんなるルーサと言う人物像の上に、更に色濃い鵺的黒幕を幾枚も掛け被せる次第に至っただけだった。
やがて、セニフは、「おっと、もうこんな時間。私、午後からの哨戒任務なんだ。それじゃまた夜に会おう。行くぞルーサ。」と慌てたように言い放って、そそくさと駆け足気味にその場を立ち去り行くフロルに続き、何の思い置きも無いが如く颯爽と走り去って行くルーサの後姿をじっと眺め見ながら、私、ルーサと二人きりで居るなんて事、絶対に無理だな・・・などと、ほぼほぼ諦め切った色濃い溜息を吐き出し付けてしまった。
そして、こんなコミュニケーションもまともに取れない様なお子様が、一体どうやって戦場で戦っているんだろう・・・、作戦行動とかに支障が出たりしないんだろうか・・・などと、全く持って詮無い思考を幾つか渦巻かせ上げ、しばしの間考え込んでしまった。
だが、セニフがその事に関して、余り深く考え込む時間を割り割かなかったのは、ようやく配膳カウンター近くまで到達し着いた自分に対し、接客業に勤しむ傍ら、時折こちらに向けて解り易い仕草で可愛らしい笑顔を送り付け来るシーフォの所作に気が付いたからであり、セニフはその後、自然と沸き起こり来る非常に嬉しいなる気持ちに感情の全てを任せ委ね、徐に浮かべ上げた屈託の無い物柔らかな笑顔を、シーフォの方へと向け返し遣るのだった。