10-24:○抗えぬ魔法[6]
第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
section24「抗えぬ魔法」
建物施設に設置された鉄のシャッター扉を強引に吹き飛ばし、唐突に姿を現した焦げ茶色の小型DQ機は、非常に華奢な四本の脚と異様に長い二本の腕を持った背の低い蟲型DQで、一見した限りでは、どうやらホバー移動が可能なタイプでは無さそうだったが、ガレージ内より草叢場へと躍り出る軽妙洒脱な駆け走り様から察するに、非常に高い俊敏性と加速性とを兼ね揃え持った妙機である様子だった。
勿論、小型機と言っても、あくまでDQと言う機種に分類して称せばの話であり、その全長、全高、全幅の単純な辺の長さだけ言えば、一般的な平屋建ての一軒屋程に相当する大きさがある・・・、生身の人間などと言うちっぽけな存在から見れば、超強力巨大な破壊的重機以外の何ものでもなかった。
見るからにか細気な長い四脚二腕も、それなりに強い脚力、強い腕力を有し持っているであろう事は明らかで、セニフもシーフォも、この時、自分達が最終的に逃げ切れる、何とか撒き遣れるなどと言う楽観的な結末を、少しも思い上げる事が出来なくなってしまった。
言うなればそれは、見世物的に用意された逃げ場無き過酷な闘技場の中で、獰猛巨大なる人食い虎を相手に、武器も無しに、防具も無しに、無理矢理戦わされる奴隷剣闘士たるや気分・・・、反撃する事さえも許されぬ、時間を稼ぐ事以外には何も出来ない最低最悪の危機的状況に陥ってしまったも同然だった。
そう。彼女達は走り逃げ惑うしかなかった。
石塀の上より外界へと身を飛び降ろさせ、鬱蒼と生い茂る密林の中へと目掛けて必死に脚を動かし、少しでも追っ手である四本脚のDQとの距離を離しに掛かる作業に激しく勤しみ入るしかなかった。
例えそれが、全く無駄な労力だけを要する非常に陳腐瑣末なる悪足掻きでしかないのだとしても・・・。
(ヘイネス)
「ちっ!やっぱり逃げられてんじゃねぇか。端からこっちに乗っといて正解だぜ・・・。」
四本脚のDQ機に乗っていたパイロットは、ヘイネスと言う比較的細身長身の色白な若い男で、肩の辺りまで伸びた非常に癖の強い黒毛と、見るからに根暗臭い歪んだ顔付きが特徴的ないけ好かない乱破者だった。
リュアス率いる山賊野党集団の中でも、彼は別段高い序列位置に類していた訳ではなく、どちらかと言えば、下から数えた方が早い下位的立ち位置に属していた使いっ走りの一人であるが、こう言った不測の異常事態時に働くカンの利き様は、他の男共連中よりも遥かに秀でたものを持ち有しており、時折こう言った事態の主要部分にスルリと顔を覗かせ出しては、状況を一気に好転化させる起爆剤的な役割を担い果たす事が多かった。
ただ、彼自身、それ程何かの能力に富み飛んでいたと言う訳ではなく、DQを操作する技術に関しても、人より多少優れていると言えた程度で、周囲に数多くの仲間達が屯し散らばった中で搭乗機を思いっきりぶん回し動かせる自信があった訳でもなく、彼は、一度石塀の手前付近に搭乗機を停機させると、徐に開け放ったコクピットハッチ部分からひょいりと顔を覗かせ出し、周囲の男共連中に怒鳴り声を浴びせ掛けた。
(ヘイネス)
「おら!!てめぇら!!邪魔だよ邪魔!!早く退けってんだ!!」
(山賊A)
「ヘイネスか!?何やってやがんだ!!そんな所で止まってんじゃねぇ!!馬鹿馬なら一気に行けんだろ!!行け!!行け!!」
(山賊B)
「早く石塀をぶっ壊せ!!逃げられちまうだろうが!!」
(ヘイネス)
「だから退けっつってんだろうが!!この脳足りん野郎共が!!死にてぇのか糞ボゲェ!!」
(山賊C)
「何だとてめぇ!!喧嘩売ってやがんのか!?」
(山賊D)
「新参者の分際で良い度胸だ!!降りて来やがれ!!このヒョロネギ野郎が!!ぶっ飛ばしてやるぜ!!」
(ヘイネス)
「てめぇら見てぇな糞蝿共の相手をしている暇なんかねぇんだよ!!解んねぇのかこの腐れジャガイモ野郎!!馬鹿はすっこんでろ!!」
(山賊A)
「何だとコラ!!」
(山賊B)
「野郎!!ぶっ殺してやる!!」
(山賊E)
「おい!!てめぇら!!馬鹿の事で言い争ってんじゃねぇ!!早く退け!!早く!!」
(山賊C)
「何だよ!!邪魔すんじゃねぇよ!!」
(山賊F)
「良いから退けって!!小娘共を追うのが先だろ!!ヘイネス!!早く行け!!」
(ヘイネス)
「おら!!聞こえたろ!!さっさと退け!!ゴミ屑共が!!ぺっ!!ぺっ!!」
(山賊D)
「ちっ・・・。後で覚えてやがれよ・・・。」
そして、全く不毛なる汚らしい罵り合いを幾度か擦り付け合い遣った後で、渋々ながらも、ようやく自らの主張に付き従う素振りを見せ始めた男達に対し、非常に嫌味ったらし気なドヤ顔を順々にぶつけかまし遣りながら唾を吐き付け、程なくして自らの身体をコクピットシートの上へと舞い戻し座らせた。
この男、何かに付けて自分の事を大きく見せんが為に、誰に対しても非常に攻撃的な噛み付き様を見せる狂犬的性格の持ち主で、自分が相手よりも優位的な立場にあると見るや、すぐさま増長し、無駄に激しく息を巻き始める非常に陰険染みた煩わしき輩だった。
この時、彼が、周囲の者達に対して必要以上に語気を荒らげ激しく毒を撒き散らし吐いて見せたのは、救世主的な立ち位置で颯爽と現れ出た自らの存在を大々的にアピールしつつ、非常に逼迫した只中にあると言う今の状況を上手く利用して、自らが事態の主導的立場に登り上がろうと画策し遣った為だ。
本来の目的である逃げた二人の小娘を追い捕らえると言う自己の責務を完全に蔑ろにし、自らの利益のみを追求し盲進し行くその態度は、明らかに褒められたものではない非常に愚かしき行動そのものであったと言えるが、それに対する他の男達の反応もまた非常に悪不味いいきり立ち様に凝り固まってしまった為、彼等は意味も無く無駄な時間を無為に浪費し過ごす羽目になってしまった。
だが、しかし、彼等が繰り出し遣った馬鹿騒ぎによって乱費された空白の時間が、セニフ達二人にとって大きなアドバンテージと成り得たかと言えばそうではなく、彼女達は程なくして直ぐに、再び過酷な追い駆けっこの渦中へと取り込まれ飲まれ行く事になるのだ。
(ヘイネス)
「へっへっへ・・・、見ー付けた。迷えるいたいけな小娘ちゃん達の反応が一つ・・・つってもまあ、別々に逃げてるって訳じゃねぇよな。よしよし。本当に良い子ちゃん達だ。」
周囲に屯した男達が慌しく散り去り行くその様子を、TRPスクリーン越しにチラチラと横目で眺め見ながら、軽快にサーチシステムの起動スイッチを弾き飛ばし上げたヘイネスは、サーチモニター上に映し出された周囲の生体反応群の様子をじとりと見遣りて、ほのかにこみ上げ来た乾いた笑み声に乗せつつ静かにそう呟いた。
そして、ようやく誰も居なくなった石塀の壁際に四本脚のDQをドシャリドシャリとゆっくりと歩み行かせ、DQ機本体前面部にせせり立つ馬の首なる部分から長く伸び出た二本のアームを壁面へと力一杯押し当て、一気にガラガラと砕き崩し倒し遣ると、暗視モードに自動的に切り変わり行ったTRPスクリーンの中に擬似的に映し出された少女一人の姿影を見付け取り、徐に右足でフットペダルを強く踏み拉いた。
ちなみに、生体反応探知用のサーチシステムが、セニフ達二人の内、片方しか捉え得られなかったのは、セニフが、それに類する探知システムの機能を著しく阻害する優秀なパイロットスーツを着込んでいたからだ。
(ヘイネス)
「幾ら逃げたって駄目なものは駄目。この馬鹿馬の脚からは逃げられねぇぜ。へっへっへ・・・。さぁて、どうする?何処へ逃げる?」
山賊野党連中が皆、馬鹿馬と呼び称すこの四本脚のDQ機は、実は正式に何処かの企業や団体によって製造された正規品ではなく、一味内に存在するそれなりの技術を持ち有したDQ整備士達が、色々な所からくすね集めて来た様々なガラクタ廃品を利用して作り上げた不正改造品であり、主に土木工事作業や荷物の運搬作業などに使用する為に作った非戦闘型の多目的DQ機だった。
その為、相手を攻撃する為の飛び道具的火気類や、それを制御する為のコントロールシステムなどの一切が装備されておらず、長いアームの先端部に取り付けられたゴツゴツしいマニピュレーターも、物を掴む、放す以外には何も出来ない陳腐な代物が使用されていた。
ただ、山賊として時折敢行し遣る急襲強奪作戦などに体良く利用出来る様にと、足回りだけはかなり良い按配にまとめ仕上げられていた様子で、崩れた石片の上を小気味良く乗り越え行くスムーズ感も、密林地帯へと続くなだらかな下り斜面を降り行くスピード感も、全く申し分ない高度な性能を持ち有している様だった。
当然、生の脚で直に大地を駆け走り逃げるセニフ達二人に勝ち目があるはずも無く、周囲に群成す幾多の木々を手際良く左右に薙ぎ倒し分けながら、非常に気色の悪い軽妙な動きで猛然と爆追し来る四本脚のDQに、早々に簡単に追い付かれ縋られてしまう事になる。
そして、唐突に目の前に広がり見えた疎林地帯へと彼女達二人が思わず飛び出し入ってしまった次の瞬間、急激にその速力を早め一気に二人の元へと迫り寄って来た四本脚のDQが、半場強引気味にその長い左腕を前方に突き伸ばし、彼女達二人の逃走ルートを力付くで遮断しに掛かった。
ズン!!ズズン!!ズザザーーー!!
(シーフォ)
「きゃぁっ!!」
(セニフ)
「うっ!!・・・く!!」
(ヘイネス)
「ははーっ!!逃がさねぇよ!!馬ー鹿!!」
(セニフ)
「シーフォ!!こっち!!」
(シーフォ)
「あっ!!」
大量の土砂片と荒々しき衝突音とを大々的に吐き奏で上げて二人の眼前に形作られたその強固な鉄の壁は、彼女達が行き向かおうとする全ての道先を完全に遮断し止める程の大きさでは無かったものの、猛ダッシュ的なスピードで密林内部を駆け走ってきたDQ機体を小気味良い足捌きでその場に急停機させると、左右の何れかに周りかわし通ろうと画策し始めた二人の動きに合わせて小刻みに左腕をズリ動かし、彼女達二人の動きを巧みに阻み差し止めた。
・・・と加えて、彼女達がやがて踵を返し戻り行くであろう後方部へと逆手にしたDQの右手を素早く滑り込ませ入れ、その姿影を完全に取り囲み捕らえる頑丈な鉄の監獄を作り拵え上げ遣ると、即座にその包囲網を狭め縮めに掛かった。
(ヘイネス)
「へっへっへ。ほーれ捕まえたぜ・・・・・・・・・って、ああん?」
だが、しかし、その包囲網を完全に閉じ切るあと一歩手前、ほんの寸での所で指の隙間からスルリと抜け這い出してきた二人の少女が、再び密林内部奥深くへと駆け走り行く後姿を見取り遣りて、思わず怪訝なる声色を小狭いコクピット内に響き渡らせた。
そして、サーチモニター上に映し出される生体反応情報へと徐に視線を流し付け、他の男共連中が全く追い付いて来る気配を見せない事を確認し取ると、不意に零れ出た小さな溜息をやれやれ感満載なる汚らしい舌打ちへと挿げ変え、やがて、怪しく光るおどろおどろしき攻撃色をその両目の中に塗し被せ入れた。
(ヘイネス)
「ちっ・・・。大人しく捕まってくれりゃ、手荒な真似をしなくても済むものを・・・・。ま、仕方ねぇ。多少痛い目を見てもらう事にするか。恨むんならあの馬鹿共を恨めよ。」
ヘイネスがこの時、自らが繰り出し遣った非常に手際良き捕獲攻撃が惜しくも失敗に終わってしまった事に対して、余り強く驚く風も焦る風も見せ示し出さなかったのは、最初から彼女達の事をなるべく傷付けない様にと非常に緩々(ゆるゆる)い慎重な操作を心掛けていたからであり、その包囲網の輪が完全に閉じ切る前に逃げ出される可能性が全く無い訳ではないと言う自覚がそれなりにあったからだ。
彼の中では、大雑把な動きしか奏で出し遣れない作業用アームで二人の事を直接捕まえるのは不可能であろうと言う思いが強く、自分に出来る事は、彼女達が逃げ行く道筋を体良く塞ぎ阻み止め時間を稼ぐ事と、後から追い付いて来るであろう他の男達が彼女達二人を捕らえ易い様に、二人の行動を上手く誘導し遣る事だと考えていた。
その為、彼は、後続となる男達が何時追い付いて来るのか、ちょくちょく気にする素振りを見せていたのだが、アジト周辺部から全く動き這い出してくる気配が無い今の現状を鑑み取りて、これはもはや自分一人で遣れと言う事なのだなと思い至ると、覚悟を決めて右足でフットペダルを強く踏み拉き付けたのだった。
(シーフォ)
「!?・・・セ、セシル様!!」
(セニフ)
「な・・・!!きゃぁぁぁっ!!」
その後に展開し出された荒々しき追い駆けっこは、彼女達二人にとって、まさに最低最悪、非常に過酷悲惨極まりないものであった。
二人の元へと猛然と駆け寄り追い付いて来た馬鹿馬の四本足が、彼女達の行く手へと目掛けて逐一容赦無く振り下ろされ、それによって巻き上げられた大量の土砂片が、まるで嵐にでも遭遇したかの様な大豪雨となって彼女達の頭上へと激しく降り注ぎ落ちる。
時折振り翳し付けられる馬鹿馬の両腕は、物恐ろしい空切り音を奏で上げながら彼女達の小脇を鋭く掠め飛び行き、挙句の果てに、進路上に現れ出た邪魔なる木々達を、業と二人が居る方向へと薙ぎ倒し付け、その枝葉を持って二人の身体を圧し押し潰し止めようと画策し遣ってくる始末・・・。
それはもう、明らかに五体満足無事に済ます気は無い、負傷させてでも絶対に足を止めるのだと言う非常に凶暴凶悪なる強い意思が、如実に感じ得られる烈々たる大暴れっぷりだった。
セニフもシーフォも、勿論、相手が自分達の事を殺そうとしているのではない、捕らえようとしているのだと言う事を解ってはいたが、それでも、心の奥底から強力に噴出し沸き起こり来るこの上無き恐怖心と極度の緊張感から、残された体力と精神力の大半を一気に吸い出され奪い取られてしまう事になってしまった。
そしてやがて、次第次第に鈍り弱まり行く足の動きに合わせて、静かに霞み飛んで行った意識の向こう側に、絶対に破り通れない、避け通れない巨大な黒壁の存在を見出し取ってしまうと、俄かに勢いを増した色濃い諦観の念に激しく煽り立てられ、心の真柱を一気に圧し折られそうになってしまった。
彼女達はもはや、無傷で捕まるか有傷で捕まるかのどちらかを選択する以外に無かった。
少なくとも、自分達の力だけで何とかできる範囲内には、それ以外の道筋は全く存在し得ない様だった。