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Loyal Tomboy  作者: EN
第十話「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
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10-21:○抗えぬ魔法[3]

第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」

section21「抗えぬ魔法」



自分の中に一番大切なものがあるのならば、まずはその為に生きようとするだろう。


例え、二番目、三番目に大切なものがあったとしても、やはり一番大切なものを優先して生きるだろう。


もし、一番目と二番目に大切なものの間に余り大きな差が無いと言うのであれば、時として悩み込んでしまう場合もあるかも知れないが、俺の様に、一番大切に思っているものの比率が、他の追随ついずいを許さないぐらいに大きなものであれば、判断に迷う必要なんか全く無い、その為だけに必死に生きれば良いだろう。


だが、実際に俺自身、本当に一番大切なものの為に生きていたかと言えば、そうではなかったのではないか?・・・と言わざるを得ない。


何故ならば・・・。



「あっはっはっはっはっ!・・・・・・能天気な奴だ。お前、本当に今の今まで生きていると信じていたのか?本当に呆れるぐらいの大馬鹿者だな。あっはっはっはっはっ!」



そう言われた時、俺は、我を失わんばかりの激しい怒りに・・・・・・打ち震えなかった。


この世の終わりかと思わんばかりの深い悲しみのどん底に・・・・・・落ち込み入らなかった。


ただ単に、平然と、ああ、やっぱりそうなのか・・・・・・と、素っ気無くそう思っちまった。


俺は解っていたんだ。


恐らくそうなんじゃないかって・・・、もう、ナララの奴は、生きていないんじゃないかってな・・・。


結局、俺は、ナララの為に生きているなんて、都合の良い方便を用いながら、長いものには巻かれろ的な無難な生き方を、知らず知らずの内に選択していたって事なのさ。


自分一人の力だけでは絶対にどうにもならない、抵抗するだけ無駄なんだって、そう思いながらな。


ティーラーの野郎をぶっ殺してやろうなんて気は微塵も沸き起こらなかった。


俺は解っていたんだ。


コイツに良い様にコキ使われている自分自身って奴によ。


ほんと、もう最低の屑野郎だぜ・・・。



「それとな。残念な事だが、お前を自由の身にしてやると言うあの話は無しだ。いや、出来る事ならそうしてやってもいい。・・・だが、今や俺も組織から追われる身だ。もう、どうする事も出来ないんだよ。ふははっ・・・、はははははははははっ!」



・・・もうよ。ここまで来りゃ、何がどうなったって全然構いやしないよな。


何せ俺にはもう、何一つ無くなっちまったんだからよ。


俺という人間を構成していた僅かばかりの地位も、信用も、そして、友人も、仲間もな・・・。


後はもう、好きにさせてもらうだけよ。


そう。本当に自分がしたいって思う事を、自由にな。



(カルティナ)

「は?何か?」


ふと、サフォークは、妙に興味有りげな視線をたずさえながら、素っ気無くそう問い掛けて来たカルティナの横顔をチラリと見遣り、徐に右手で頬をぽりぽり掻きなぞる仕草を見せ示し出した。


そして、変ににやけた作り笑いをほのかに浮かべ上げつつ、薄暗い部屋の中へと意味無く視線を巡らせ回し遣ると、静かにふぅっと小さなため息を静かに吐き付き放った。


(サフォーク)

「いや・・・、随分と久しぶりに嗅いだ臭いなもんでよ。ちょっと面食らっちまったんだ。良くもまあ、こんなどぶ臭ぇ中に長らく居たもんだなってよ・・・。」


(カルティナ)

「あら。でも好きでしょ?こう言う臭い。貴方の顔にはそう書いてあるわよ。」


(サフォーク)

「そうだな・・・。俺も別に嫌いって訳じゃねぇ。正直に言えば、胸の高鳴りを押さえ付けるのに四苦八苦しているって所だ。」


(カルティナ)

「うっふっふ。そうよね。男子たるもの、目の前にぶら下げられた餌には、食い付かずにはいられないものね。いいわよ。貴方も好きに楽しんでいって。遠慮はいらないわ。」


(サフォーク)

「へっへっへ・・・。それはそれは有難いこって。」


サフォークはそう言うと、非常にゆったりとした所作のまま、壁面へと寄り掛からせていた自らのたいをのそりと離し起こし、一度、セニフの方へとチラリと視線を向け遣った後で、静かに部屋の中央部へと向けて歩を進め出した。


そして、明らかに「何だよてめぇは余所者の分際で」と、酷く怪訝けげんなる表情を浮かべて手を止めた六人の男達の顔色を素っ気無く順番に見て取り回し遣りつつ、自らが着込んだ作業着のジッパーを徐にゆっくりと胸元まで引き下げた。


当然、その様子をつぶさに見て取っていたセニフの表情は、更に手酷い驚愕的様相と絶望的様相を滲み上がらせて、激しく強張り固まり付いてしまう事になるが、一歩一歩足を前に進み出す度にどんどん怪しく歪み上がり行くサフォークのその顔付きに・・・、次第次第にどす黒い闇影をまとい鋭く尖り行くその不気味な視線に、全く何の一言も発し出す事が出来なかった。


セニフは、この期に及んでもまだ、目の前で起きている現実を受け入れる事が出来ていなかったのだ。信じる事が出来なかったのだ。


それまで、長い間一緒に寝食を共にして来た仲間たる人物が、何の躊躇ためらいも無くそう言った悪的行為に加担し付こうとするその様が・・・、



だが、本当に信じられない場面は、その直後に突として起こった。


サフォークがふと、ゆっくりとした歩調でカルティナの左脇部を通り抜け過ぎ行く際に、「そんじゃまあ遠慮無く、お言葉に甘えまして~」と、簡易的な謝意をポツリと呟き出したのだが、最後の「て~」なる語尾部分を唐突に力強く吐き付け叫び飛ばし上げると、猛烈なスピードの左回し蹴り攻撃をカルティナの腹部へと目掛けて繰り出し放ったのだ。


ガスッ!!


(セニフ)

「!!?」


一瞬、目の前で何が起こったのか、直ぐには理解して取る事が出来なかったセニフだが、瞬間的に跳ね上がった意識の舳先へさきで何とか見据え取った次なる光景は、凄まじい反応速度を持って短いスカートごと左膝を大きく振り上げ、難なくこれをガードして見せたカルティナの姿と、予めそうなる事を予期していたかの様に素早く振り上げた左足を帰し戻し、今度はカルティナの背面へと向けて右回し蹴りを食らわし入れようとたいひねらせるサフォークの姿だった。


それはまさに、相手が女性である事を完全に度外視した非常に力のこもった強烈な一撃で、カルティナが左手を使って上手くガードし遣ろうと試みたにも関わらず、完璧に背中の間中心部を捉えぶち当たり、それまでいやらしげな笑み一辺倒だった彼女の表情に苦悶色の歪みが浮かび現れ出た。


(カルティナ)

「くぅっ!」


(山賊A)

「なっ!?」


(山賊B)

「て!てめぇ!」


だが、カルティナが苦痛にのたうつ様を奏で垣間見せたのもほんの束の間、更なる追加攻撃をかまし入れようと彼女の顔面へと目掛けて勢い良く打ち放たれたサフォークの左手ストレートは、刹那せつな的瞬間の中で僅かに身をよじってたいを捻り倒したカルティナによって、体良ていよくかわしやり過ごされ、全く何をする間も無く唐突にい伸びて来た彼女の左手に完全無防備状態と化した左腕の手首付近をガチリと掴み取られてしまう。


そして、全く間髪を置かずして捻り上げられた左腕の動きに釣られて、情けないほど簡単無様に体勢をいなし崩されてしまうと、素早い動作でするりと背後に回り付いたカルティナに左腕をがっちりと決めくくり止められ、後頭部付近へと瞬時に突き付けられた銃口によって行動の自由を奪い取られてしまった。



(カルティナ)

「・・・ふぅ。一体何のつもりかは知らないけれど、女だからって余り甘く見ないで欲しいわね。こう見えても私、こう言った状況には非常に慣れっこなの。まあ、一発入れた事に関しては褒めて上げても良いけど、それ以外は中の上程度と言った所かしら?」


サフォークが繰り出し遣った突然の不意打ち攻撃は、特に何の不備点も劣点も見受けられない素晴らしき連続攻撃だった。


如何にその道に著しく長け富んだ者であっても、心の準備が全く無いままに対処し抜ける事は、そうそう容易な事ではなかったであろう。


当然、それを見事に、ほぼ完璧に近い形でこなし経遣ったカルティナの脳裏には、予めそう言った可能性を十分に考慮した色濃い警戒心が、しっかと据え置かれていたのであろうが、それでも尚、この時垣間見せた彼女の瞬間的な反応、正確且つ流れる様な所作は、常人には無い非凡さを如実にょじつに窺わせるものだった。


周囲にのさばるゴロツキ共に毛が生えた程度の戦闘能力しか持ち得なかったサフォークにとっては、少々荷が重すぎた様であった。


だが、絶体絶命なる危機的状況に追い込まれて尚、サフォークは徐に不適な笑みを浮かべ、カルティナの方へと向けてチラリと視線を流し動かした。


(サフォーク)

「へへっ・・・。まあよ。俺も別に、あんたのその顔をぶん殴りたくて手を出したって訳じゃねぇ。何つうかその・・・、猫だましって奴よ。猫だまし。」


(カルティナ)

「猫だまし?一体何を言って・・・!!?」


直後、カルティナの表情が一瞬にして曇り掛かり、硬く厳しく強張り付いた。


そして、不意に短銃のトリガーへと掛け回した右手の人差し指に強く力を込め入れようとするも、ほぼ条件反射的に半歩程後ろへ仰け反り下がってしまった自らの身体と心の色濃い揺り動き様に釣られ、それを阻み止められてしまった。


(カルティナ)

「・・・貴方、正気?」


(サフォーク)

「正気かどうかなんてあんたには関係ないだろ?あんたにとって重要なのは、この後一体どうするかさ。・・・俺は大人しく離れた方がいいと思うんだがね。」


(カルティナ)

「・・・。」


(サフォーク)

「んん?どうした?離れるんなら早く離れろ。それとも何か?その銃で俺の頭を撃ち抜いて見るか?へへっ・・・。やれるもんならやってみるがいいさ。」


セニフやシーフォ、その他の山賊野党達が居る位置から見て、何故に追い詰められている側の人間の方が優位的立場で会話を進めているのか、全く検討も付かなかったが、その後程なくして、「チッ!」と言う汚らしき舌打ちを吐き鳴らし上げたカルティナが、静かに後退りする仕草を見せ示し始めると、適度な距離が離れ開いた辺りで、ゆっくりとたいひるがえし返したサフォークが徐に右手を掲げ上げ、その答えとなる理由を周囲にひけらかし見せ出した。


サフォークの右手に握られていたのは、誰が見ても一目で解る形のオーソドックスな手榴弾・・・、恐らくは安全ピンを抜き去っているのであろう、後は安全レバーを外すだけなのであろう、非常に危険な状態に保ち置かれた小型の殺傷兵器だった。


サイズ的には掌に収まり入る程度の物ではあるが、半密室状態であるこの小部屋内に存在する者達全ての命を一瞬にして掻き消しやるには、十分十二分と言える代物だった。


(山賊C)

「こ!・・・こいつ!」


(山賊D)

「何のつもりだてめぇ!ふざけてんのか!?コラ!」


(サフォーク)

「おっと、余り下手に動かない方が良いぜ。何かの拍子で手元が狂っちまったりしたら困るだろ?」


(山賊A)

「この野郎・・・、ぶっ殺してやる!」


(カルティナ)

「やめなさい!貴方達!本気で死にたいの!?今の彼に近付いては駄目よ!」


(山賊B)

「ああっ!?」


(サフォーク)

「へっへっへ。その顔は知ってやがんな?俺の事をよ。気を付けた方が良いぜ。何もかも失っちまった人間の最後っ屁って奴は程、恐ろしく臭ぇ物はねぇからな。おら。そのまま大人しくギリギリまで下がれ。早くしろ。」


サフォークはそう言うと、右手に握り締めた切り札的代物を無駄に見せびらかし付けながら、カルティナ他、山賊野党御一行様達をぐいりぐいりと壁際へと追い立て遣り始めた。


周囲に屯し構えた他の男達は皆、一様にして不満気な表情を浮かべ並べ揃えていたが、自分達の御主人様的存在であるカルティナの言に逆らう事が出来ず・・・と言うより、カルティナが見せる不気味な怖気おじけ付き様に完全に飲まれ、流され、臆しおののいてしまっていた様子で、彼らは只々、カルティナが奏で出す所作に合わせて自らの歩を徐々に戻し退かせ行く事しか出来ない様だった。


そう。カルティナは知っていたのだ。


つい先程サフォークが発し放ったげん通り、サフォークと言う人間が、今一体如何なる立場境遇にある者なのかと言う事を・・・、加えて言えば、この男がこれまで一体何を目し、何を望んで生きてきたのかと言う事も知っていたし、その思いが最終的にどう言った形で終幕を迎え途絶え潰えたのかと言う事も知っていた。


つまりカルティナは、この男が生きる為に必要な目的や糧を全て失ってしまった哀れなる人間である事、いつ何時なんどき発狂暴走し出してもおかしくない危険な状態にある輩であると言う事も、しっかりと認識し取っていたのだ。


勿論、そうだと理解していながらにして、彼をこの部屋へと招き入れたのは他ならぬ彼女自身なのだが、彼女は、サフォークがこのアジトへと足を踏み入れる際に入念なボディチェックをきっちりと施し行っていたし、アジト内での行動についてもかなりの制限を加え、なるべく自分の監視下に置き据えられるよう配慮してもいたし、特に問題が生じ起きる様な事はないと考えていた。


だが、今にして思い返して見れば、トイレに行くと言って部屋を出て行くこの男の監視役を、彼女自身の手で直接行えた訳ではないし、煩雑はんざつに乱れ散らかったアジト内の全てをくまなく見回って、危険物が落ち転がっていないかどうか確認し取れた訳でもない。


実際には手落ちとなる部分が幾つもあったと言わざるを得ないのが現状であった。


カルティナはこの時、自らの右隣、左隣で馬鹿みたいにうろたえキョドり立てるむさ苦しい男共の様子をチラチラと横目で窺い見ながら、思わず「貴方達がちゃんとこの男の事を監視していれば何も問題はなかったのよ。」と、嫌味たらしく吐き捨てそうになったが、自らの側にもある非なる部分を持って無理矢理にその言葉を飲み込み抑え遣ると、直ぐに思考を切り替えて、これからどうすべきかと言う事に意識を注力し始めた。



(サフォーク)

「ほらセニフ、いつまでそんな所に座り込んでるつもりだ。早くしろ。」


やがて、山賊野党共一味が十分にセニフ達二人から離れたと判断出来た辺りで、徐に左手を数度程軽くあおり上げたサフォークが、比較的易しげな口調でセニフに声を掛け、ほのかに体を右手側に揺り動かして隣の部屋へと行き向かえる道筋を彼女の目の前に形作って見せた。


言うまでもなく、それは、セニフに対して「早くここから逃げろ。」と言っている訳だが、この時、著しく錯綜さくそう混乱した思考の最中で酷く呆け飛んでしまっていたセニフは、一瞬何の事を言われているのか良く理解して取る事が出来ず、「え?・・・、え・・・ええっと・・・。」などと言う、おざなりな短言をポツポツと吐き零しながら、覚束おぼつかない視線を無意味に右往左往させ遣るだけだった。


確かに、考えてみれば、幾ら相手方陣営に敵対する行為を見せ示し出したからと言って、一度自分の事を裏切った人間を、そう簡単に信じ直せるかと言えばそうではないし、また何かよからぬ事を企んでいるのではないか・・・、何か別の意図があるのではないか・・・と、疑い深く勘繰り回してしまいたくなる気持ちも全く解らないではない。


これまでに垣間見せたサフォークの態度、その表情から察し取って、恐らくは、何かしらのやむを得ぬ事情により無理矢理付き合わされたのであろうかぐわしさを。ほのかに感じ得取る事は出来るが、それでも尚、セニフの心の中に蔓延はびこった色濃い億劫おっくう感、手控え感は完全には無くなり消えてくれなかった。


だが、サフォークと言う者が何者で、これまでセニフとどう言った関係にあったのかと言う事を、露程にも知らなかったシーフォの行動は非常に早かった。


彼女は、サフォークが自分達二人に手招きする様な仕草を見せ示し出した直後、徐に周囲の様子を窺い見渡す素振りをすばやく奏で出すと、悪漢共の動きがしっかとくくり止め置かれていると判断するや否や、直ぐにその身をぐいりと奮い立たせ上げてセニフの左手を掴み取った。


そして、ほのかに急かし付ける様な色合いで「セシル様。」と小声で呟き出し、複雑な表情を携えたまま凝り固まるセニフの手を二度、三度強く引き寄せ上げ遣った。


勿論、このまま何もせずに居た所で事態は一向に解決しない、好転化する見込みなど無いのだと言う事を、しっかりと理解して取れていたセニフは、直ぐに「う、うん。」と返し言って、己の身体をすっくと持ち上げ立たせると、脇目も振らず一目散にその場から逃げ去り行こうと早足で歩き始めたシーフォの後に続き、歩を進め出した。


(サフォーク)

「部屋を出たら通路を右に進め。しばらく行ったら左手に階段が見えるからな。それを一番上まで昇れ。」


(セニフ)

「サフォーク・・・。」


セニフは、サフォークの脇を通り過ぎ行く際にそう声を掛けられ、思わず振り向け遣った視線の先にいる彼の名をポツリと零し呼んだ。


・・・が、それに対するサフォークから返答は、セニフの側へとさらし向けられた左側の頬を僅かに緩め上げて見せる仕草のみで、カルティナ以下悪漢共の方へとくくり付けられた彼の視線が、セニフの方に差し向けられる気配は一切無かった。


セニフは一瞬、何か思い詰める様な表情を浮かべ上げながら下唇を強く噛み、不意に、立ち去り行こうとする自らの歩速を緩め落としに掛かったのだが、先を急ぐ事しか頭にない様子のシーフォの強引さに無理矢理引かれ流され、やがて、程なくして隣室への入室を果たした。


(山賊A)

「お、おい。いいのか?」


(カルティナ)

「良い訳ないでしょ?」


(山賊B)

「じゃあどうすんだよ。このままじゃ・・・。」


(カルティナ)

「良い手が思い浮かばないなら大人しく黙ってなさい。」


(山賊B)

「む・・・。」


サフォークはその後、隣室内を急ぎ横切り通路へとい出ようとし行くセニフが、ちょくちょくと自分の側へと視線を送り遣る仕草を見せ出している事に気が付き、半場呆れた様な溜息を素っ気無く吐き付け出して「馬鹿野郎が・・・。」と、全く無音なる短言を心の中で小さく呟きだした。


そして、ほんの数秒程度の短い時の流れを経遣りて、二人の少女の姿が通路の右手奥側へと完全に消え去り行った事を横目でチラリと確認し取ると、多少安堵めいた表情をほのかに浮かべ上げながら再びカルティナ等の方へと意識を向け直し、今度は自分の番よとばかりに、隣室へと向けてゆっくりと歩を動かし出し始めた。


(サフォーク)

「へっへっへ・・・。いいか。そのまま動くなよ。動いたら即座にドカンだからな。ドカン。解ってんだろうな。」


(カルティナ)

「・・・。」


(サフォーク)

「俺もよ。別に無理して死にてぇって訳じゃねぇんだ。本音を言えば、あんた等みたいな下種げすい連中と心中なんて趣味じゃねぇしよ。あんた等だってそうなんだろ?ええ?」


(山賊C)

「調子に乗りやがって、こん糞餓鬼ゃぁ・・・。」


(山賊D)

(おい。ここはいちかばちかだろ。)


(山賊E)

(全員で一斉にかかりゃ行けるって。)


(カルティナ)

「やめてくれる?私もあんた達みたいなムサイ男連中と一緒に心中する趣味なんて無いの。」


(山賊D)

(・・・って事は、何か良い手があるって事なんだな?)


(カルティナ)

(別に無いわ。あるのは最低最悪の最後の手段だけよ。)


(山賊F)

(何だよそれは。教えろよ。)


(カルティナ)

「だ・か・ら、貴方達は大人しく黙ってなさいって言っているでしょ?ほんともう、聞き分けの無い馬鹿な子達なんだから・・・。」


カルティナはそう言い放つと、思いっきり呆れ入った表情を浮かべ上げて大きな溜息を一つ付き放ち、周囲に群らなす野郎共連中にきつく注意を促す視線を静かに振りまき付け遣った。


・・・と、加えて、あからさまにお手上げ、降参、好きにしなさい的な表情を作り上げて、じりじりと退出し行く所作を繰り出し続けるサフォークの方へと視線を送り付け、大人しく彼の逃走を見逃し許す意向をほのかに示し出した。


勿論、彼女は、それによって自ら達が簡単に助かり得るなどと、都合の良い事を考えていた訳ではない。


このまま彼の指示に素直に従い続けても無駄、事態は一向に解決しない、危機的な状況は全く変わらないなのだと言う事を・・・、結局、最終的には、彼がこの場から完全に逃走し切れると判断できたその時点で、置き土産的に手榴弾を放り込み入れられ、一網打尽に爆殺処分されるのがオチであろう事を、しっかりと予測し得取る事が出来ていた。


・・・にも関わらず、カルティナがサフォークの逃走行為をとがめ止めようともせず、ただ黙って済まし流そうとしているのは、彼女が先程口に出して言った「最後の手段」以外に、何一つ逆転出来る手立てを見出し得られなかったからである。


彼女達が今居るこの場所は、サフォークによって出入り口を塞がれた逃げ場無き小狭い倉庫部屋・・・、放り投げられた手榴弾を上手く処理し捨て遣れる体良ていよき横穴も、下穴も存在しない完全なる袋小路であり、周囲に無造作に積み上げられた大量の木箱も、密室内での爆発に耐え得る代物ではなかった。


その為、彼女は、取り合えず相手が警戒する最前面ラインを引き下げさせよう、お互いに凌ぎを削り合う戦いの場を隣室まで、出来る事ならその先の地下通路内まで移動しようと考えたのだ。


だが、そんな程度の思惑が読み取れないほどサフォークもお馬鹿ではなく、隣室へと続く出入り口を潜り抜ける直前に、変にニヤ付いた表情を浮かべて徐に足を止めた彼は、カルティナ他一同の顔ぶれを従順に見渡し付けながら、こう言ってチクリと釘を刺し入れた。


(サフォーク)

「いいかお前等、俺が良いって言うまでそこを動くんじゃねぇぞ。俺にはちゃんと見えてんだからよ。どうやって見てるのかって言やぁ、それは企業秘密って奴だ。へっへっへ・・・。解んねぇか?ま、解んねぇだろうなぁ。」


そして、あからさまに意味有り気な表情を形作りながら、右手に持った手榴弾を意味無く左右にフルフルとひらつかせて見せ、出入り口の向こう側へと姿を掻き消し行く際に、唐突に「お前等の中に裏切り者が居るってこった。」などとわざとらしく付け加え言って、山賊野党共の心に色濃い猜疑心さいぎしんの種をばら撒き植え付けてやる。


勿論それは、サフォークが逃走する為の時間を少しでも稼ぎ得たいと欲して放った他愛無き虚言・・・、自らの脳裏に思い付いた言葉を思い付いたがままに適当に並べ出した彼の陳腐な作り話でしかなかった訳だが、言われた側の当の本人達にとっては、簡単には捨て置く事の出来ない、非常に強力な魔力を有した爆弾的発言であったとも言え、カルティナの周囲に屯していた男共は皆、一瞬一様にして硬く強張り付いた表情を浮かべながらお互いの顔を見遣り合わせ始めた。


しかし、そんなサフォークの妙的揺さ振り攻撃に対して、少しも動揺する素振りを示し出さなかった・・・と言うより、裏切り者が居ようが居まいが関係ない、どちらでも同じ事だと直ぐに悟り取ったカルティナは、徐に左手の人差し指を唇の上に縦に宛がう仕草を周囲に見せ出し、何を思ったのか自らが履く女物の靴を右、左と順番に脱ぎ捨て遣った。


そして、燐室内を通路側へと向かって後退し行くサフォークの足音からかすかに察し取れる、ここぞと言うタイミングを見計らって素足のまま静かに歩を進め出すと、全く物音を立てずに素早く部屋の出入り口付近の壁際へと背中を張り付かせ、やがて隣室から聞こえ響いてくるであろう「とある音」の出現を待った。


攻撃態勢へと移り入る直前の猫の様にたいを緩く丸めかがめながら、激しく脈打つ己の鼓動を抑え整える様に深い深呼吸を適宜繰り出し遣りながら、彼女はじっとその時を待った。



この時、彼女が逆転の一手として目していたもの、「最低最悪」なる「最後の手段」とは一体如何なるものなのか・・・と言えば、それは、実際には誰もが容易に想像し着けるであろう非常に在り来たりな手法・・・、何の捻りもない、何の面白みも無い、それでいながらにして非常に危険度の高い無謀な大博打・・・であり、つまりは、放り込まれた手榴弾を爆発するよりも早く投げ返し遣ると言う、非常に単純明快なる原始的作戦だった。


そして、彼女がこの時待っていたものとは、サフォークによって投げ込み入れられた手榴弾が、隣室の何処いずこかへとぶつかる一回目の衝突音の事である。


彼女が「最低最悪」とそう称さざるを得なかったのも無理の無い話であった。


勿論、彼女は、手榴弾を放り込む側の人間が、全くその事を気にしない、警戒しないはずが無いだろうと思っていたし、成功の確率は低い、運にも左右されるのだと言う事を、しっかりと認識し取っていた。


当然、サフォークの方も、その事には十分配慮して掛かる腹積もりでいたし、そうされない為にはどうすればいいのかと言う事もちゃんと解っていた。



やがて、程なくして、燐室内をゆっくりと後退し行くサフォークの足音が不意に鳴り止み、地下通路内へとい出たのであろう事を告げ知らせる静寂さが辺りを包み込む・・・。


サフォークは直後、徐に上り階段へと通ずる側の通路壁際裏に半身を潜み込ませ、ここで一度、セニフ達二人が逃げ去った方角へとチラリと視線を宛がい付け遣ると、必死で階段を駆け上がり行く足音が段々と小さくなり行く様を聞き取り、静かに頬を緩め上げた。


そして、全く音を奏で出さない様に気を付けつつ手榴弾の安全レバーを取り外し、落ち着いてしっかと心の中で2秒を数え上げ遣ると、隣室の中央部付近目掛けて手榴弾を素早くポイリと放り込み投げ入れ、自身は猛ダッシュで地下通路内を駆け走り出した。



カツン!



次の瞬間、カルティナは勢い良く倉庫部屋から隣室内へと飛び出し入り、刹那的瞬間の中で、放り込み入れられた手榴弾の行方を探し追った。


そして、一番最初に目についた光景の中に動く物は何も無い、やはりテーブルの下か!と唐突にそう思い上げ、二回目の衝突音が「カツン」と鳴り響いた音を聞き取った直後に、細長いテーブルの天板裏下からこちら側へと抜け通ってきた手榴弾の姿を見付け取る。


手榴弾の動きは完全なる直線移動ではなく、バウンドする度に不規則に方向が曲がり変わっている様子だったが、三回目のバウンドは阻止できると即座に判断し遣ったカルティナは、全く躊躇ちゅうちょする事無く左足を強く踏み込み付き、床上へと振り落ち行く手榴弾目掛けて勢い良く振り出した右足の甲を正確に当て付け、地下通路へと続く出入り口目掛けて思いっきり力強くそれを蹴り抜いた。


(カルティナ)

「っつ!!」



カン!カンッ!カツン!



(サフォーク)

「なっ・・・な!?」



ドッドゴゴーーーーーン!!!



(山賊一同)

「うおあっ!!」


(セニフ)

「あうっ!!」


(シーフォ)

「きゃっ!!」


直後、物凄い勢いで地下通路の左手側方向へと飛び去って行った手榴弾が、通路の壁に一回、床の上に二回と短くぶつかり跳ね、強烈な大爆音と猛烈な大爆風とを伴って爆発四散した。


脱出を目して必死になって階段を急ぎ上階へと駆け上がり登っていたセニフ達二人も、下階から唐突に吹き流れ来た猛烈な爆風の荒波に強くあおり付けられ、情けなくも階段の踊り場付近で派手に転び倒れてしまう事になってしまったが、彼女達二人がこうむった被害は、転んだ拍子に付け負わされた幾つかの擦り傷程度のみで、逃走し行くのに支障をきたす程の深刻なものは何一つ無かった。


(シーフォ)

「だ、大丈夫ですか!?セシル様!?」


(セニフ)

「・・・だ、大丈夫。それよりも・・・・・・、サフォーーク!!サフォーーク!!」


その後、セニフは、徐に階段の手摺てすりから身を乗り出す様にして下階の様子を覗き込み、思いっきり声を大に張り上げてサフォークの名を呼んだ。


・・・が、サフォークからの返答は一切帰って来ず、不気味に静まり返った暗闇の中から聞き取れたのは、細かな瓦礫がパラパラと崩れ落ちる無機的な音だけだった。


セニフは一瞬、サフォークを助けに行かなくちゃと言う、非常に殊勝なる思いに強く駆り立てられ、思わず今し方昇り来た階段を下り降り行こうとしたのだが、唐突にい伸びて来たシーフォの右手に左の手首を強く掴み取られ、彼女に無理矢理引きられ行く様な体勢のまま、再び階段を昇り始めた。


この時、セニフが余り逆らいあらがう素振りを見せなかったのは、自分が助けに行っても意味が無い、足手纏あしでまといになるだけだと、しっかりと解り取れていたからで、彼女はもはや、サフォークの無事を祈る事と逃げる事以外に何も出来なかった。



しかし、祈られる側にあった当の本人、サフォークが、先程の爆発を全くの無事にやり過ごす事が出来たかと言えばそうではない。


確かに命は助かった。・・・が、爆発の余波を一番手酷く受け食らい、瀕死の状態へと陥り入ってしまったのが彼だった。


先程彼が居た部屋から見て、彼が逃げ去った方角は地下通路の右手側、手榴弾が投げ返された方角は地下通路の左手側だったが、爆発地点から直線的に視野が通る非常に危険な位置に居た彼は、爆発によって生じた激しい衝撃波と無数の細かな破片を大量に浴びせ掛けられ、その勢いで通路の左脇にあった木製の棚に激突・・・、棚に上に積み置かれていた大小様々なガラクタ郡と一緒に、通路内に崩れ倒れる事になってしまった。


サフォークには、先程発せられたセニフの声が聞こえていたが、己の身体を何とか仰向けの状態に翻し返すのがやっとで、大声を持って返事を返し遣る事も、それ以上動く事も出来なかった。



一方、カルティナの方はと言うと、手榴弾を蹴り返したその勢いたるを全く抑え殺す事が出来ず、目の前にあった長テーブルと椅子のセット郡へと無様に突っ込み当たり、テーブルの上に置かれていた食べ物や飲み物、その他の小物類を全部巻き込んで、非常に情け無いすっ転び様を派手に奏で演じ出してしまう事になるが、幸いにも、最終的に転げ着いたその先が、爆発地点から見て完全に死角位置と言う部屋の壁際付近であった為、彼女は難を逃れる事が出来た。


勿論、素足で手榴弾を思いっきり蹴り返すと言う彼女の暴挙がもたらした代償は決して小さく無く、彼女は右足の甲を非常に手酷く負傷してしまう事になってしまったが、傷の痛みに苦悶の表情を浮かべていたのも束の間、彼女は直ぐに上体をのそりと引き起こし上げ遣ると、周囲にあるものに掴み掛かって必死にその身を立ち上がらせようとし始めた。


そして、倉庫部屋の一番奥側付近に屯していた男達六人が、ほぼほぼ無傷に近いと言える良好な状態でのそのそと姿を現し出したのを見て、徐に声を荒らげ上げる。


(山賊A)

「ゲホッ!ゲホッ!・・・くそっ!ひでぇ埃だ!」


(山賊B)

「ん?おおっ!?生きてたのかネェちゃん!?」


(山賊E)

「すげぇなおい!一体どんな手を使ったんだ!?」


(カルティナ)

「何をしてるの貴方達!?早くあの子達を追いなさい!!」


(山賊D)

「なんだ!?怪我してんじゃねぇかよ!大丈夫か!?」


(カルティナ)

「私の事はいいから!!早く!!早く行って!!・・・っつ!・・・ほら!!早く!!」


(山賊C)

「なんだよ。折角心配してやってんのに。」


(山賊F)

「全く可愛気のねぇネェちゃんだな。おい。行こうぜ。」


この時、彼女が非常に苛立いらだった様子を見せていたのは、当然、彼等の動きが非常に緩慢かんまんだったから、今一体何を優先して行動すべきなのかと言う事について全く理解していなかったからであるが、それ以上に、こんなにも使えない無能者集団に後事の全てを委ね任せなければならないなんて・・・と言う、非常に色濃い忸怩じくじたる思いに強くさいなまれかれていたからでもあり、彼女は不意に、右足から昇り来る激しい傷の痛みに耐える素振りを見せ示し出しながら、下唇を強く噛んだ。


そして、ようやくわらわらと地下通路内に走りい出して行き始めた男達に対し、「いい!?赤毛の少女は絶対に逃がしては駄目よ!!」とか、「必ず私の前に連れて帰って来て!!」などと言いのたまって、彼等の尻を更に強く叩き付け、最後に「成功したら貴方達には特別な御褒美を出してあげるわ!!」と言う言葉を重ね加えて、彼等のやる気を色濃くあおり立て遣った。


彼女はもう、自分一人では何も出来ない、彼等の力を借りる他無いのだと言う事を良く理解していたし、彼等の目の前に飛び切り美味しそうなニンジンをぶら下げて見せる事ぐらいしか出来なかった。


後はただ、彼等の力を信じて待つだけ、運を天に任せて待つだけ・・・、それだけだった。



・・・ところが、彼等が意気揚々と地下通路内を駆け走り始めてから間も無く、本当に間も無く、突然、激しく怒鳴り散らす男達の声色が無作為に吐き上がり、彼女の耳朶をしたたかに打ち付け鳴らした。


彼女は一瞬、何事かと思い、すぐさま通路内を覗き込んで見たのだが、昇り階段の手前付近で男達六人が馬鹿みたいに円陣を組み、そこに倒れていた一人の男に躍起になって暴行を加え入れている様を見つけて、激しく幻滅し入ってしまった。・・・と同時に、瞬間的に激高し上がった己の意識を思いっきり大爆発させて、感情的になった怒なる声色を投げぶつけ遣った。


(カルティナ)

「何やっているのそんな所で!!そんな奴に構っている暇なんて無いでしょ!?早く赤毛の少女を捕まえに行きなさい!!いい!?逃がしたらほんと承知しないからね!!絶対に捕まえてくるのよ!!絶対に!!」


カルティナにはもはや、己の体裁を綺麗に取りつくろって見せている余裕など全く無かった。


それはまさに、言って聞かせても解らない無邪気な子供の悪行に対し、理不尽な癇癪かんしゃくを思いっきり引き起こし見せる醜い母親の悪なる様相・・・、部下の失態に激しく怒り狂った絶対的暴君が、無茶苦茶な裁きの雨霰あめあられを打ち落とさんが直前に見せる大雷轟の様でもあった。


勿論、手に持つ短銃を派手にぶっ放し撃ち散らかす・・・ところまでは行かない様子だったが、然しもの彼等もこれには相当手酷くビビリ入ってしまった様で、直後彼等は、まるで洗練された軍隊の兵士達が如く非常にきびきびとした所作を一斉に奏でて、一心不乱に昇り階段を駆け上がり始めるのである。


しばらくの間地下室内に木霊し飛んでいた彼等の荒々しき足音が掻き消え行く速度も、非常に申し分ないものだった。




そして、やがて、地下室内に、再び静寂なる一時が訪れた。


先程、怒髪天を突く的な憤怒ふんぬの表情を浮かべ上げていたカルティナの顔色も、何処と無く穏やかに、柔らかに変化し着いた様子で、時折右足から昇り来る傷の痛みに顔をしかめる仕草を見せるものの、比較的落ち着いた息遣いを保ち続けている様子だった。


だが、彼女の心が完全なる平静さを取り戻し得たのかと言えば、全くそうではない。


彼女は、地下通路の左側壁面へと適宜左手を付き遣りながら、痛む右足を上手くかばい引きりながら、歩いていた。


ゆっくりと一歩一歩、静かに歩いていた。


そして、昇り階段の手前付近で仰向けになって倒れている血塗れの男の元へとようやく辿り着き終えると、すかさず彼の身体にまたがり掛かる様にして踏ん反り立ち、徐に彼の左肩口へと痛む右足のかかと部分を思いっきり突き乗せ上げて、右手に持った短銃の銃口を彼の頭部へとかざし付けた。


彼女の心の中に色濃く蔓延はびこり付いた物々しき怒気をそのままに・・・。


(サフォーク)

「ぐっ・・・!!くく・・・。」


(カルティナ)

「随分とやってくれたじゃなぁい?ここまで派手に遣り散らかされたのは、本当に久しぶりよ。・・・本当にね。」


(サフォーク)

「へ・・・、へへ・・・。」


(カルティナ)

「最後に何か言いたい事はある?貴方のその頑張りに敬意を表して、最後の言葉を聞いてあげるわ。」


その声は、確かに穏やかで可愛らしく、優しげで暖かいかぐわしさを如実にょじつに漂わせる女物の黄色い声音だった。


だが、その裏中には、ほぼ間違いなく、サフォークに対する激しい怒りの念、強い憎しみの念が、色濃く込め入れられているのであろう事が窺え、彼の姿を見下ろす彼女の両の瞳の中には、暖かさなど一切宿し入れられていない様子だった。


もはや完全なる俎板まないたの鯉と化したサフォークの命は風前のともしびだった。


いや、先程の爆発によって彼が被り負った傷の深さ、流れ出た血の量をかんがみれば、料理人たるカルティナが直接手を下す必要さえ全く無いと言える。


勿論、サフォーク自身も、その事は解っていた。


この期に及んで変に命乞いなどするつもりも無かったし、彼女の意向に素直に従い流れ行くつもりも毛頭無かった。



サフォークはふと、自身を見下ろすカルティナの視線にわざと己の視線をかち合わせる様にまぶたをくいりと持ち上げ遣ると、カルティナの表情をじっと静かに窺い見取りながら、ゆっくりと目を細めた。


そして不意に、非常に解り易い仕草を持って視線を僅かに下げ降ろし、短いスカート姿の彼女の太腿付近をじろじろと眺め回し遣りながら、ほのかに鼻で軽いわらいを奏で飛ばした。


(サフォーク)

「はっ・・・、し・・・、白かよ。」


(カルティナ)

「はい?」


(サフォーク)

「そりゃ、あんた、・・・白って色に、失礼ってもんだろ。」


(カルティナ)

「・・・。」


(サフォーク)

「・・・溝鼠は溝鼠らしく・・・、糞豚は糞豚らしく・・・・・・だろ?・・・んん?」


直後、カルティナの表情が一変、見るも恐ろしい鬼色へと俄かに変化していった。


そして・・・。


(カルティナ)

「余計なお世話っ!!!」


と、荒々しく履き捨てられた彼女の捨て台詞と共に、けたたましき銃声が幾度と無く地下室内に木霊し飛んだ。




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