10-19:○抗えぬ魔法[1]
第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
section19「抗えぬ魔法」
誰かに無理矢理叩き起こされたと言う訳ではない。
酷い悪夢にうなされて飛び起きたと言う訳でもない。
それは、極々自然に自らが現実世界に意識を取り戻すと言う緩やかな普通の寝覚め・・・、言うなれば、何一つ文句の付け様のない快適な寝覚めだった。
普段は全く重くて中々に開き上がらない寝ぼけ眼も、本当に寝ていたのかと勘繰り掛かりたくなる程の適度な身軽さを有し、寝起き時に感じる激しい気怠さや上の空感も特に無い。
だが、不思議な事に、目を覚ましたその瞬間から感じ得る不気味な違和感、得も言われぬ不快感は、一向に掻き消えてくれる気配が無かった。
・・・・・・ここは?
そして、やがて程なくして、今自分が寝ているその場所が、全く見知らぬ何処かの部屋の中である事に気付き、徐に上体をのそりと引き起こし上げて、辺りの様相を注意深く窺い見渡し始める・・・。
そこは、非常に数多くの箱物が煩雑に積み重ね置かれた汚らしい倉庫部屋だった。
明り取り用の窓などは一切無く、昼なのか夜なのかも全く解らない上に、酷く淀み濁った湿っぽい空気がぎゅうぎゅうに押し込め入れられた、非常に薄気味の悪い小さな密室だった。
この時、辛うじて室内の様相を観察して見て取る事が出来たのは、恐らくは、隣の部屋へと続くのであろう唯一の出入り口扉の隙間から、ほのかにオレンジ色味かかった弱い光が微かに差し込んでいたからだ。
・・・何?ここ・・・。私、何でこんな所で寝てたんだろ・・・。
一瞬、自分がまだ夢の中に居るのではないかと不意にそう錯覚を覚え、業とらしく左手でほっぺを抓る仕草を奏で出して見たのだが、やはり、それなりの痛さと言うものをしっかと感じ得取る事ができ、徐に小首を傾げ倒してしまった。
そして、パイロットスーツを着込んでいる自身の姿に、不思議そうな表情を一つ二つ作り拵え上げ遣りながら、何気なくすっくとその場に身を立ち上がらせると、取り敢えず、ここが何処なのかを確認して見なくちゃと、そう思い付き、扉の方へと向かって歩を進め出した。
すると、次の瞬間、部屋の中へと差し込んでいたオレンジ色の明かりが徐にふわりと揺らめき動き、扉の隙間の向こう側に全く見知らぬ男の顔が音も無く唐突にぬっと現れ出て来た。
・・・と同時に、不気味な光を宿した怪しげな二つの眼が、ギョロリと正確にこちら側へと向き付けられ、直後、瞬間的に高鳴り上がった心臓の鼓動と共に、思わず「きゃっ!」と、大きな驚声を漏らし零し出してしまう。
そして、直感的に感じ得た非常に物恐ろしげな寒々しき危機感に強く煽り立てられて、著しく狼狽えキョドり上がった意識を最速で逃げの一手へと打ち寄り付かせると、一目散に部屋の反対側の壁際まで駆け走り逃げた。
「おい。起きたみたいだぜ。」
「そう。それじゃ、貴方達は準備をお願い。」
「兄貴達を待たなくていいのか?」
「どうして?別に構わないでしょ?」
「そりゃ、まあ・・・・・・別にな。」
「じゃあ、今の今まで何を待ってたんだよ。」
「薬の効果がちゃんと切れるのを待っていただけよ。それ以外に何があるって言うの?」
「知らねぇよ。」
何処か妙に湿っぽい汚らしい部屋の奥壁にべっとりと背中を押しつけつつ、隣の部屋からほのかに流れ聞こえ来る会話の内容に注意深く意識を振り向け付け遣るも、見知り馴染んだ声色が混じり入っている風では無く、友好的な雰囲気が漂っている様な気配も全く感じられない。
会話が生じ発すると同時に奏で上げられたガタガタと言う椅子を引く物音の数から察して、恐らくは、10人前後の人間が隣の部屋に屯し篭っているのであろう事は間違いないが、こちらが即座に逃げる素振りを見せ示し出したにも関わらず、少しも慌てる様子は無かった。
これって、もしかして、閉じ込められている・・・?
・・・と、不意にそう思い付くや否や、再び周囲に視線を忙しく巡らせ回し、何かないか、何かないかと、必死に事態を好転化させ得る妙的代物を探し始めたのだが、辺りには用途不明なる大量の木箱が無造作に積み上げられているだけで、何かに使えそうなものなど全く見付からなかった。
加えて言えば、逃げ出せそうな場所も、隠れて意味を成しそうな場所も全く無い様子だった。
何?何なの?これは一体どう言う事?何が起きているの?
直後、イカレ狂った様に激しく思考を巡らせ、必死に事態の理解に努めるも、著しく視野狭窄してしまった心の眼が、単純明快なる直近記憶の中を無意味に迷走し始める。
手を伸ばせば直ぐに届きそうな所に真実の回答があるのだと解っていながらも、中々に出口へと続く正しき道順を辿り経る事が出来ないのは、瞬間的に湧き起り来たおどろおどろしき恐怖心と色濃い不安感とに、激しく心を揺さ振り付けられてしまったから・・・、余りにも明瞭爽快なる寝起き後の意識に、自らの思考が驚き戸惑っているから・・・・・・などではなく、恐らくは間違いなくそうであろう、そうに違いないであろうと言った、確信めいた答えに視線を振り向け遣りたくなかっただけ・・・、そうじゃない、絶対にそうじゃないと言う希望的観測論を、必死に信じていたかっただけだ。
だが、幾ら必死に願いを込め入れ祈り上げた所で、望んだ結果がそのまま手に入ると言う訳ではない。
幾ら必死に否定しかかろうともがき足掻いた所で、今ある現実を瞬間的にすり替えられる力を生じ発せられる訳でもない。
現実はあくまで現実。人の情などによって簡単に流され、左右し動かされるようなものではないのだ。
ギギッ。ギギギーーーッ。
やがて、程なくして、薄気味の悪い摩擦音と共に古錆びれた重たい鉄の扉がゆっくりと開け放たれ、その向こう側からのそのそと姿を現した全く見知らぬ男達が、一人、二人と順々に部屋の中へと押し入ってくる・・・。
状況はやはり最悪・・・、事前に予想した通りの完全なる袋のネズミ状態・・・、料理される寸前の俎板の鯉に似た、絶体絶命なる危機的状況以外の何ものでもなかった。
・・・ところが、非常に悪なる顔付きを無駄にひけらかし見せながら、意気揚々(いきようよう)と部屋の中に立ち入ってきた破落戸野郎共も、突としていきなり襲い掛かって来る様な気配を全く見せず、何かを仕出かそうとしている雰囲気も全く感じさせず、何故か只々、不気味に光る怪しげな視線をこちら側へと振り向けて、遠巻きに威嚇してくるだけだった。
勿論、何故に?と思慮深く状況を考察して回す程の十分な余裕があった訳でもなく、見るからに絶望感満載なる悲壮的顔色を満面に携え上げながら、痛々しき怯え震え様を色濃く奏で見せ出す事しか出来なかったのだが、五番目に入室して来た人物の姿を一目見た瞬間、思わず声を強く荒らげ放ってしまった。
(セニフ)
「お、お前は・・・!!」
(カルティナ)
「はぁ~い。お久しぶり~。元気にしてた?」
それは嘗て、チーム「Tomboy」と言うDQチームに所属していた頃、DQA大会に参加する為にと訪れた廃都市ブラックポイントにおいて、唐突に勃発し起きた衝撃的な事件と共に舞い降りた妖艶妖美なる死神の女・・・、ムーンスローブ大陸各地へと戦乱の火種をばら撒き散らす原因ともなった、BP事件なる大騒動を引き起こた張本人たるや一人・・・、ユァンラオと言う、恐ろしく煩わしい悪魔的ストーカー野郎に付き従う、非常に怪しく危険なる色香を纏った艶めかしき傀儡女だった。
彼女と会ったのは一度きりなれど、セニフはその顔、その容姿を少しも忘れていなかった。
ボリュームのある紫色の綺麗な髪の毛をひらひらとひらつかせながら、膨よかな芳体を扇情的に揺らしひけらかし歩くその様と、非常に愛くるしげな笑み顔の裏に潜む、酷く淀んだ黒々しき闇影を・・・。
(カルティナ)
「うっふっふっ・・・。良いわぁ~。良いわよ~。その反応。その表情。身悶えする程ゾクゾクしちゃう・・・。」
そして、もう辛抱堪らん的な恍惚の表情を浮かべ上げながら、厭らしく身体を揺らしうねらせて見せた妖女の姿に、唾棄的視線をギリリと突き付けつつ、相手のペースに乗せられたら駄目だ、ここはハッタリでも、強気な姿勢を見せなくてはと、挫け折れそうな心の灯火に攻撃的な油を必死に注ぎ入れ、両の拳をギュッと強く握り締めた。
だが、セニフが何かを言い発し出そうとする雰囲気を匂わせ出すや否や、カルティナは素早く右手を振り翳し上げて直ぐにこれを制し、この場の支配者が誰なのか解っているわよねぇ・・・的な歪んだ笑みを作り拵え上げると共に、徐に隣の部屋へと向かって左手で手招きする仕草を奏で出した。
当然、非常に色濃い警戒心を持って眺め見ていたセニフの視線は、ほぼ条件反射的に部屋の出入り口付近へと行き向かう事となり、約一拍程の時を置いてスッと現れ出た人物の姿を見取るなり、再び条件反射的に声を荒らげ上げ発す事になる。
(セニフ)
「サフォーク!!」
(サフォーク)
「よっ。ほんのついさっきぶり。」
それは、見た瞬間に一目で誰だと解り取る事が出来る程に良く良く見知った男・・・、2年もの間、同じチームで寝食を共にしたそれなりに仲の良い仲間たる一人・・・、緑色の髪の毛と無気力的に垂れ下がった半目が特徴的な、非常にチャラチャラい陽気なお調子者野郎であった。
言うまでも無く、セニフは、自分が眠り込む直前に一緒であった相手が、この男である事を既に思い出していた。
加えて、自分の記憶箱の中にある最後の記憶が、この男に背後から襲われ憑かれると言う奇なる出来事であった事も・・・。
(セニフ)
「さっきぶりじゃないよサフォーク!!あんた一体・・・!!」
(サフォーク)
「何をしようとしているのか・・・って事なら、隣の姉ちゃんに聞いた方が早い。俺もどっちかって言えば、蚊帳の外に居る側の人間だからな。」
(カルティナ)
「そうそう。彼にはちょっと手伝いをしてもらっただけなの。実際には何も知らされていないわ。本来なら、貴女を拉致する仕事が完了した時点で、御役御免になる所なんだけどね。彼に顔を出してもらったのは、完全に私の趣味よ。どう?嬉しいでしょ?」
(セニフ)
「くっ・・・!」
セニフ自身、サフォークと言う人間の全てを良く知っていた訳ではない。
出身がトゥアム共和国であると言う事ぐらいは知っていたが、何処で生まれ、何をして過ごし、どう言った経緯で今に至ったのかなど、そのほとんどを余り良く知り得ていなかった。
言うまでもなくそれは、セニフ達が以前所属していたチーム「Tomboy」の中に、「過去、人種、身分、性別を一切問わず、且つ、一方的な干渉、詮索を禁ず」と言う暗なる制約が存在したからなのであるが、シルやアリミア、ジャネットやマリオと言った他のメンバー達と同様に、セニフはサフォークと、それなりにお互いを信頼し合える仲をきちんと築き上げる事が出来ていたと、そう思っていた。
お互いがお互いに相手の事を、自分の仲間であるとはっきりと言い切れる程の関係性を、しっかりと構築し上げる事が出来ていたと思っていた。
普段から何をするにも不真面目で無責任でいい加減・・・と言う、彼の悪たる性格をめった糞ふんだんに加味し入れても、絶対に仲間を裏切る様な人間ではないと感じ思っていたし、少し頼りないが、無心に信用して問題のない人間であるとも考えていた。
サフォークから仲間だと思われていなかった・・・のかと言えば、恐らくそうではないのだろう。
サフォークが平気で仲間を裏切る様な輩だった・・・のかと言えば、やはりそうではないのだろう。
それは、この部屋に姿を現して以降のサフォークの態度・・・、セニフと一切視線を合わそうとせず、お茶らけるでも、おどけ散らすでもなく、変に神妙な面持ちで壁際に立つその様子からも十分に見てとれる。
恐らくは、そうせざるを得ない何かしらの理由があったと言う事なのだろう。
勿論、だからと言って、彼の裏切り行為を簡単に赦し収める事など出来やしないのだが、この時、セニフがそれ以上サフォークの事を咎め責めようとしなかったのは、そんな余裕が露程にも無かったからだ。
セニフにとって重要なのは、まさにこれから・・・、もう既に済んでしまった過去の事象に対して、暢気に彼是と思案を巡らせている余裕など全く無かったのだ。
カルティナと言う妖女が、一体これから何をしようと企んでいるのか、その詳細を備に推測して計る事は出来なかったが、大体こうであろうと言う大枠の予測をある程度付ける事が出来ていたセニフは、やがて、怪しげに歪んだカルティナの微笑みをギリリと睨み付けながら、その一挙手一投足に意識を集中させた。
(カルティナ)
「うっふっふ。今日、貴女に来てもらったのは他でもない、貴女と言う人間に関する重要な事実を確認する為、貴女の口から直接その事実を証言してもらう為よ。勿論、何の事かは解っているわよねぇ。安心して。ここに居る他の連中には悟られない様に配慮するから。・・・ま、それも貴女の出方次第って事になるんだけどね。貴女が素直に従ってくれるのなら・・・。」
(セニフ)
「誰が従うもんか!私の口から直接!?馬鹿じゃないの!?私が自分から言うとでも思っているの!?」
(カルティナ)
「別に思っていないわよ。逆にね。そう言ってくれる事の方を強く望んでいた。何故だか解る?うっふっふっ・・・。私はね。貴女の心を簡単に圧し折る強力な魔法を使える様になったの。」
(セニフ)
「・・・魔法?」
(カルティナ)
「そうよ。貴女がこの魔法から逃れられる術はない。魔法が発動したその瞬間から、貴女は完全に私の言い成りになる。間違いなく。絶対にね。」
セニフは一瞬、何を言っているんだこの女は・・・的な表情を浮かべ、僅かに眉を顰め遣ったのだが、恐ろしく確信的な視線を如実に携え持ったまま、更に大きく口元を歪め上げたカルティナの顔色を見て、思わず心臓をドキリと強く高鳴り上がらせた。
そして、薄暗い部屋の中で徐にゆっくりと左手を翳し上げたカルティナの所作をじっと眺め見つつ、大きく一つ深呼吸する仕草を奏で出して見せたセニフは、何事が生じ起きても直ぐに対処し得るようにと、心と体の状態を俄かに身構えさせた。
すると、突然・・・。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」
(セニフ)
「!?」
唐突に鳴り上がった甲高い女性の叫び声が、隣接する部屋の向こう側から響き渡り聞こえて来た。
直後、非常に驚いた表情を色濃く浮かべ上げたセニフが、大きく見開いた両の目を右側にスッと水平移動させ、寄せ付け遣る・・・。
この声・・・・・・。まさか・・・。まさかそんな・・・!
(カルティナ)
「うっふっふっ。さあ、貴女にかけられた魔法は恐ろしく凶悪よ。解るでしょ?想像しなさい。これから一体、ここで何が起ころうとしているのか。」
そう言って、非常に艶めかしく、厭らしく舌なめずりして見せたカルティナの表情は、恐ろしい程に醜く歪んだ汚らしい笑み顔になっていた。
それはまさしく、地獄の窯底で悶え苦しむ死人達の阿鼻叫喚なる狂い踊り様を、じっくりと嗜み眺め見るドブ臭い淫的小悪魔の冷笑たるや様相そのもの・・・、自らの欲望を満たし遣る為だけに存在する道具的奴隷達に対して送る、侮蔑的表情そのものであったと言えた。