02-01:●最後の皇帝
第二話:「Royal Tomboy」
section01「最後の皇帝」
セルブ・クロアート・帝国の歴史を示す文書「最後の皇帝」にこんな一文が残されている。
「最後の皇帝は死なず、永遠にその子孫を残し、老いる事もなく、水槽の中で生きつづける」。
これは歴史文書製作者の主観的願望であろうか。
多くの記録書、日記から抜粋され10巻にも膨れ上がった歴史文書「最後の皇帝」。
その信憑性の高さから、ムーンスローヴ大陸史によく登場する文献のひとつで、これなしには大陸戦乱期を語る事はできない。
下記内容は、その帝国史第9巻「滅亡への歩み」より抜粋、まとめたものである。
セルブ・クロアート・スロヴェ―ヌ帝国は立国400年で滅んだ、ムーンスローヴ大陸史上最強の軍事国家である。
ムーンスローヴ大陸を完全制覇統治した国の中だけで言えば統治期間は最長を誇り、完全統治期間は98年で、「第8代皇帝オリュンポス」が悪名を轟かせていた頃に、わずか5年足らずで全大陸を制覇したと言われている。
その後、「第10代皇帝キンヴァル」の時代から辺境種族の反乱が数多く勃発すると、EC334年には9カ国もの独立を許してしまった。
「パレ・ロワイヤル戦記」が示すEC390年代にはさらに2カ国が独立し、帝国領土も統一時代の半分以下に減ってしまっていた。
そして10年へ経て、帝国は滅びへの道を歩むわけだが、歴史文書「最後の皇帝」が示す最後の皇帝とは、帝国唯一の女帝「ソヴェール・エマヌエル・プレッソス」を示す。
実際、王都ルーアンで戴冠を受けた人物は、この後2人存在するのだが、この女帝以降は皇帝血が完全に途切れており、その後の記録書には代理皇帝、無為皇帝として名を残すのみで、民衆の畏敬と崇拝の念はすべて「女帝ソヴェール」に集中した。
その不名誉な「皇帝」の称号を受けた皇帝とは、「ディユリス・ランス・セルブ」と、「デュランシルヴァ・レム・リキューニア」である。
ディユリスは皇帝血系ではなく、当時貴族としては最富豪であった、「ロイロマール家」の次男として生まれ18歳の時に皇室入りした。
その後ソヴェールは過労がたたって急死に至り、彼女の娘である「セファニティール・マロワ・ベフォンヌ」が、成人するまで代理という形で、仮皇帝の地位を彼が受けたのだ。
しかし、ディユリス代理帝には、当時のカリスマだった「女帝」の代わりは勤まらず、連日連夜の公務により心身共に疲れ果てた彼は、やがて病床に伏せることとなる。
そして、その後まもなくして、帝国全土を揺るがす、ある事件が勃発するのだ。
当時ディユリスは、ソヴェールが病死してから、まだ帝国全土がその悲しみに包まれる中、3ヶ月しか経ていないにもかかわらず、帝国貴族「ストラントーゼ家」の「クロフティア・レブサーマル・トロ・ストラ」と再婚をした。
彼としても、愛する女性を失って間も無く、他の女性との婚姻など、考えられるはずもなかったのだが、それには、代理皇帝たるが故の政治的理由があったからなのだ。
その頃、帝国5大貴族の最両翼「ロイロマール家」と「ストラントーゼ家」の仲は、相当険悪な状態にあり、カリスマ的存在であったソヴェール帝を失った彼等は、帝国全土を巻き込む内戦へと暴走しかねない状況にあったのだ。
元々、ロイロマール家の息がかかったディユリスが、両家の間に割って入ったところで、余計に話が拗れるばかりである。
彼は苦心の末に、臣下からの提言でもある、「両家の仲を取り持つ形での婚姻」を選択したのだった。
だがディユリスは、この婚姻に反発する国民達の非難を一心に浴び、さらにはママ子だったセファニティール皇女の恨みを買うことになる。
そして、ついには、実の娘であるセファニティールに「毒殺」されるという、悲しい末路をたどるのだ。
信頼しきっていた実の娘セファニティールには裏切られ、愛すべきソヴェールの唱えた「戦火縮小」をも実現することもできなかった。
あげく戴冠の事実さえも表舞台に出てこなくなり、今では「可愛そうな人」の代名詞ともなってしまった。
そして、もう一人の戴冠者デュランシルヴァだが、代理皇帝ディユリスとクロフティアの間に生まれた彼は、僅か生後2ヶ月で戴冠したという、帝国史上最年少皇帝である。
戴冠に至るまでには、様々な政治的陰謀が働いたとされるが、代理皇帝ディユリス亡き後、仕方なく戴冠した「形だけの皇帝」であり、裏ではストラントーゼ家が実権を握っていたとされる。
セファニティール皇女を、父親殺しへと駆り立てるに至った人物であり、なんら皇力を発揮することの出来ない幼少皇帝をいい事に、ついにセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国は、諸外国へと侵略を開始するのだった。
平和的思想の元、民衆のことを第一に唱えた英雄「ソヴェール」。
彼女の存在こそが、帝国国民達にとっての、永遠の皇帝であり、「最後の皇帝」なのだ。
やがて大陸全土に訪れた、激しく燃え盛る戦火の渦の中で、人々の怒りと悲しみに塗れるように、彼ら二人の存在は、歴史の歪へと消されてしまうのである。