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Loyal Tomboy  作者: EN
第十話「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
208/245

10-14:○イントリーグ・シュトゥルム[5]

第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」

section14「イントリーグ・シュトゥルム」


パレ・ロワイヤル基地周辺部へと攻め入って来た山賊野党軍が撤退を開始し出すと、それまで周囲にうねり狂っていた荒々しき喧騒さも次第に下火へと回り落ち始め、辺りの様相は一様にして、帝国軍本隊の攻撃をただ待ち構えるだけと言う、完全停滞ムードに絡み取りかれる事態となるが、ほぼほぼ迎撃の為の防御陣を構築し終えていた実戦部隊の状況とは裏腹に、基地内部に色濃く蔓延はびこいた慌ただしき忙しさの波は、一向に収まり落ち着く気配は無かった。


つい先程まで演習用に使われていた第四格納庫内においても、演習用にセッティングされたDQの各装備を実戦用に切り替える作業が急ピッチで進められ、装備換装作業時に吐き放たれるけたたましき機械音や、基地外に順次出撃し行くDQのバーニヤ音などに加え、周囲を齷齪あくせくと走り回る整備作業員達の怒鳴り声やら、搭乗を逸るパイロット達の急かし声やらがごった煮状態で混じり入り、非常に混沌とした鉄火場と化していた。


本日は準当直番であったはずのシルも、先程出された第一種戦闘配備指示により、正作業員チームの中に組み込み入れられ、次々と湧き出てくる整備作業項目を五つも六つも掛け持ちしながら、目まぐるしく飛び去り行く忙しき時を過ごし遣る羽目になっていた。


(ジョルジュ)

「シールー!二番デッキと三番デッキのトゥマルクの換装作業が完了したよ!システムリンク作業をお願ーい!」


(シルジーク)

「解った!今行く!アークチャン!パラレルシミュレーションを開始してくれ!この機体はそれで終わりだ!」


(アークチャン)

「解りました!」


(ロイド)

「四番からペギィが出るぞ!ペギィ!出撃したらダリア隊に合流だ!」


(シルキー)

「ジェイ!弾倉上げて!接続して!」


(ジニアス)

「おーい!シル!お前ちょっと手空いてないか!?」


(シルジーク)

「悪い!この後システムリンク作業が三つと、センターボール調整が二つ入ってる!」


(トムシア)

「メディアスは二番!ポリュオは三番!ソドムは五番に搭乗だ!ルワシーはまだ少し待て!」


(アマーウ)

「一番デッキのTM注入作業が完了した!出られるぞ!ライフラインを外せ!」


ネニファイン部隊がパレ・ロワイヤル基地に赴任した初期当時に比べれば、DQを整備する専門の作業員の数は大幅に増大しており、通常軍務を執り行うのに支障をきたさない程度の数は十分に揃っているはずであった。


だが、それは、パレ・ロワイヤル基地を守る兵士達に掛かる負担が軽減されていて初めて言える事・・・、パレ・ロワイヤル基地周辺部の索敵作業を、一手に担う有線索敵網が健在であって初めて言える事であり、防衛部隊の大半が戦局に投入される様な事態に見舞われた場合にも、万全に対処し得るレベルにあったかと言えば、全くそうでは無かった。


勿論、パレ・ロワイヤル基地の防衛体制にそう言った問題がある事は、以前から既に周知されていた事で、当基地の総司令官たるサルムザーク陸等二佐も、まず真っ先に改善すべき重要な事項であると、しっかりと認識し取っていた訳だが、事態の改善を試みて軍上層部に幾度と無く働き掛けるも、彼の要望がそのまま汲み取り入れられる事はほとんど無く、たった20名程の追加要員を迎え入れただけで直ぐに終わりを見る事になってしまった。


と言うのも、基地周辺部の索敵作業を一手に担う有線索敵網が機能し始めて以降、帝国軍部隊の攻撃に対して非常に手際良く対抗し得る様になった為で、昨今、帝国軍部隊の動きが非常に鈍化して来た事も相俟あいまって、軍上層部に、これ以上の増員は必要無しと足蹴に判断されてしまったのであった。


言うなればこの時、彼等は、根本的な問題を解決せずにそのまま放置し遣った、軍上層部の安易すぎる軽率な判断のあおりを食らわされる羽目になったと言う訳だが、今更積もり募った不平不満を無為にぶち撒け散らした所で、何がどうこうなる訳でも無く、只々只管に降りかかる作業を黙々とこなし遣る事に注力する他無かった。


だが、そんな皆の必死の努力の甲斐もあってか、第四格納庫内に駐機する未整備状態のDQ機の数も次第次第に減って行き、整備用ガレージの空き待ちで待機中の機体も、ルワシーが搭乗するジェフター3機があと一機と、ようやく一息付ける区切りの時節を迎え入れられそうな気配が漂い始め出していた。



・・・するとそんな時だ。


シルが次なる機体の整備作業取り掛かる為にと、直ぐ隣のガレージへと急いで走り移動し行く途中、サングラスをかけた非常にガタイの良い男性から唐突に声を掛けられた。


(ギャロップ)

「おい。シル。ちょっと待て。少し良いか?」


(シルジーク)

「ん?ギャロップか?何だ?午後から何か用事があるとか言ってなかったか?」


(ギャロップ)

「それどころでは無くなった。彼女は何処にいる?」


(シルジーク)

「彼女?・・・ああ、セニフの事か。セニフならさっき、ジャネットに呼び出されて、サフォークと一緒に格納庫裏の方に行ったけど・・・・・・、んー。まだ帰って来てないのか・・・。」


シルは一瞬、今忙しいんだけどな・・・と言うほのかに怪訝けげんなる表情を付き返し、続いて、第四格納庫内に視線を一通りぐるりと宛がい巡らせ回してセニフの姿を探したのだが、全くそれらしき人物が見当たらない事実に直ぐに突き当たると、あからさまに呆れ落ちた表情を形作って大きな溜息を一つ付き放ち遣った。


そして、「第一種戦闘配備になったって言うのに、一体何やってるんだ?あいつ。」などと言い付け加え、静かにギャロップの方へと視線を向け直すと、見るからに非常に深刻そうな面持ちを携え上げる、ギャロップの表情をマジマジと見つめ取り遣りながら、小首を小さくかしげげ倒して、「どうかしたのか?」と言う素朴な疑問を彼に投げかけ遣った。


(ギャロップ)

「彼女の護衛を務めていたメンバーが殺された。」


(シルジーク)

「えっ!?」


(ギャロップ)

「直ぐそこの倉庫区画の通路内でだ。定時連絡が切れた時刻から推測して、死後20分から30分って所だろう。」


(シルジーク)

「そ・・・。」


・・・と、シルは直後、不意に背筋をひた掛け走った物恐ろしき悪寒を如実にょじつに感じ得て取り、驚愕色を色濃く滲み出させた唖然たる表情に凝り固まったまま、意味無く視線を小刻みに右往左往させた。


そして、唐突に振りもたらされた突拍子も無いギャロップの話から連想し得る、最悪の事態と言うものから必死に内なる視線の先をらし外し遣りつつ、全ての結末が杞憂きゆうに終わる御都合主義的な体良ていよき道筋をひた探して、己の思考を事の発端部からなぞり走らせてみた。



セニフはジャネットに呼び出されて、サフォークと一緒に格納庫裏へと向かった。


恐らくは、セニフの護衛役を務めていた男も、それを見て二人の後を追ったに違いない。


格納庫裏に出る為には、第一通路を左手に曲がって、物資搬入路をそのまま真っ直ぐに進めばいいだけだ。


態々(わざわざ)倉庫区画の方に足を踏み入れる必要なんて無い。


では何故、護衛役の男は、倉庫区画へと向かったのか・・・。


もしかして、余り露骨に後を付けたのでは、周りから怪しまれるとか思ったんだろうか・・・。


いやいやいやいや、ちょっと待て。そもそもユァンラオは今、基地の防衛任務に出ている。


セニフを襲う事なんか出来るはずがない。


だとすると・・・・・・、まさか、他にも仲間が居たって事なのか?この基地内に?


諜報部の工作員を実力で排除できる様な輩が?まさか・・・・・・。


・・・いや、そもそも、ユァンラオの仲間がやったと言う証拠なんて何処にも無い。


それに、諜報部の人間が殺されたって報告をギャロップがしに来たと言う事は、それ以外にはまだ何も見つけていない・・・、つまり、サフォークはまだやられていない。・・・可能性が高いと言う事だ。


サフォークが無事なら、きっとセニフも無事・・・、ジャネットと会えていれば人数は三人になるし、如何に相手が強者であっても、そう簡単に手は出せなくなるはずだ。


そうだ・・・。大丈夫・・・。きっと大丈夫だ・・・。



だが、ほんの僅かな一時の合間にそこまで思案を巡らせ至らせ、ほのかに安堵した表情を不意に作りこしらえ上げ遣ったのも束の間、彼の考えが全くの楽観的な幻想、妄想でしかなかった事を如実にょじつに示し現す悲しき事態が、唐突に振りもたらし付けられる事になる。


(ジャネット)

「何やってるの?シル。こんな所で・・・。」


(シルジーク)

「ジャネット!?」


(ジャネット)

「どうしたのよ。そんなに血相を変えて。あら?貴方はこないだの・・・。」


(シルジーク)

「セニフはどうした!?サフォークは!?二人に会わなかったのか!?」


(ジャネット)

「セニフ??サフォーク??知らないわよ。私、ついさっきまでずっと部屋で寝てたんだから。」


(シルジーク)

「え・・・・・・・・・。」


(ジャネット)

「第一種戦闘配備になったから出て来ただけよ。あー、もう、かったるい・・・。どうせ私が乗るDQなんてもう残ってないんでしょ?」


彼の目の前に姿を現した可愛らしき長身女性は、明らかに低いテンションを保ち有したままだった。


出くわし会うなり、矢継ぎ早に質問を並び立てて食って掛かり来るシルの態度に、多少辟易へきえきとした様子を窺わせ出しはしたが、何処からどう見ても怒っている様な雰囲気では全く無かった。


シルに対して返された返答に関しても、あからさまに素っ気なく飄々(ひょうひょう)としたもので、変に嘘を付いて人を騙そうとか、からかおうとか、そう言う意図が有る様には全く見えなかった。


彼女からの返答を聞かされた直後、シルは完全に硬直した。


身体だけでなく、意識までもが完全に停止してしまった。


そして、程なくして投げかけられた「何?何なの?何かあったの?」と言うジャネットの懐疑的な質問に対して、「あ、いや・・・・・・。」と言う全く情けないおざなりな返答を返し付け遣りつつ、不意に「これはまずいな・・・。」と発したギャロップの言葉を聞き取り、ふとハッと我に返り戻る・・・。



セニフを呼び出したはずのジャネット本人が何も知らない・・・と言う事は、そもそもサフォークの話しが全くの嘘、完全なる作り話・・・と言う事に他ならない。


何故サフォークが、嘘を付いてまでセニフを連れ出そうとしたのか、その真意の程は定かではないが、セニフを護衛する者が殺されたと言う現状において、その行動が全くの無関係である可能性は決して高くはない・・・、予めセニフを孤立させる事を目的とした、何かしらの罠であった可能性が非常に高い・・・。



・・・と、次の瞬間、シルは唐突に走り出した。


セニフの所在を掴み取る為、セニフの安否を確認する為、セニフを保護し、安全な場所にかくまい、守り通す為に、取り敢えず格納庫裏方面へと足を向けて、一目散にその場から駆け走り出した。


・・・が、しかし、格納庫裏付近にセニフが居なかった場合、その後はどうするのかと、しっかりと思案を巡らせ至らせていた訳でも無く、恐らくはそうなのであろうと暗に悟り取ったギャロップに、背後から右手首をガシリと掴み取られ、直ぐにそれを阻み止められる。


(シルジーク)

「なっ!?何をする!放せ!ギャロップ!」


(ギャロップ)

「ちょっと待て。シル。ちょっとこっちへ来い。」


(シルジーク)

「そんな悠長な事を言っている場合か!急がないとセニフが・・・!」


(ギャロップ)

「良いからちょっと来い!一度冷静になれ!」


(ジャネット)

「ちょっとシル!一体何なのよ!セニフに何かあったの!?」


(シルジーク)

「あ、いや・・・、な、何でもない!何でもないんだ!・・・そ、そう!気にするな!はっはは・・・!」


(ジャネット)

「???」


(ギャロップ)

「ほら、早く。」


そして、いぶかしげな表情を浮かべ上げるジャネットに対して、全く持って意味不明なる誤魔化ごまかし笑いを与えて適当に煙に巻き散らし遣りつつ、ギャロップに引き連れられて格納庫の壁際に停車していた作業車両の裏陰へといそいそと隠れ入る。


この時、隙あらばギャロップの手を強引に振り解いて、一気に離脱を試みようと画策していたシルだが、右手にき付くギャロップの手の握力が思いのほか強く、言われた通りに素直に従う他無かった。



(シルジーク)

「・・・っつ!もう良いだろ!放せって!急がないとやばいんだよ!」


(ギャロップ)

「解っている。勿論、全部が全部って訳じゃないが、話しの要部をい摘んで整理すると、セニフは何かしらの罠にまった・・・と言う理解で良いんだな?」


(シルジーク)

「まだそうと決まった訳じゃない!」


(ギャロップ)

「だが、その可能性が非常に高い・・・と言う事なんだろ?」


(シルジーク)

「そうだよ!だから急いでるんだ!早くセニフを探しに行かないと!」


(ギャロップ)

「まあ待て。この状況で闇雲に探し回ったって、そう簡単に見付けられるはずが無い。奴等の目的は、彼女を拉致して何処いずこかに連れ去る事に有るんだろ?俺の部下が殺されてから、もう既に20分以上が経過している。出来る奴なら、とっくに安全圏と思われる場所まで逃走し切っているはずだ。」


(シルジーク)

「じゃあどうすれば・・・!」


(ギャロップ)

「こう言う時の為にと、事前に仕込んで置いた『とっておき』を使うのさ。」


ギャロップはそう言って、心持ち得意げな笑み顔をニンマリと形作り遣ると、あからさまに疑わしげな表情をたずさえ上げて、「とっておき?」と発したシルの目の前に、ズボンの後ろポケットから取り出した小さな装置をスッと差し出し見せた。


そして、徐に装置の電源スイッチをポチリと押し入れ、右手の人差し指を使い手際良く何かしらのコード入力作業を施し入れると、程なくしてピピピッと鳴り上がった小さな完了通知音の後に続けて、この装置が一体なのであるのかと言う説明を、シルにし始めた。


(ギャロップ)

「これはな。彼女の居場所が一発で解る魔法の箱って奴さ。これを使って、彼女から返される特殊な粒子信号をキャッチする。」


(シルジーク)

「特殊な粒子信号?何だそれ?」


(ギャロップ)

「知らなかったと思うが、君達二人に渡したミサンガの中には、超小型の特殊粒子受発信機が仕込んであったのさ。こう言う時の為にってな。それも、暗号化された特定の粒子信号にしか反応を示さない特別仕様の優れものだ。」


(シルジーク)

「そ・・・、そうなのか?・・・じゃあ、何でもっと早く・・・!」


(ギャロップ)

「受発信器に使用されている粒子体の容量の問題でな。使用回数に制限があるんだ。多くても10回程度、少なければ7、8回しか信号を返せない。」


(シルジーク)

「7、8回・・・。」


(ギャロップ)

「彼女がいつ何時なんどき、如何なる状況にあっても身に付けていられる代物として、ミサンガと言う小物を選んだ訳だが、それに仕込めるタイプの良質な受発信器となると、中々種類が無くてな。秘匿ひとく性無視、精度度外視と言う代物なら、他に幾らでもあったんだが・・・。」


(シルジーク)

「それで?セニフは今、何処に居るんだ?」


(ギャロップ)

「いま解析中だ。もう少し待て。」


シルはふと、そう言って再び手に持つ小型装置の操作を始めたギャロップの様子を窺い見つつ、早く早くと酷くあせはやる己の気持ちを、心の只中でギュッと無理矢理に強く押さえ付けると、徐に自分の左手首に巻き付けていたミサンガへとチラリと視線を宛がい付け、右手の親指と人差し指で数回ほどスリスリと静かになぞり擦る仕草を奏で出した。


そして、まさかこんな小さな物の中にそんな仕掛けがしてあったなんて・・・などと、未だに信じられないと言った懐疑的な表情を色濃く浮かべ上げながら、再度、目の前に立つサングラス姿の屈強な男に視線を戻し返し、妙に落ち着いた雰囲気を大にしてかもし出すギャロップの態度を見て取るなり、不意に、これなら案外早く、簡単にセニフの事を見付けられるかもしれないと、非常に楽観的な思考に思いを寄り傾けさせ始め、ギャロップの次なる言葉をじっと待った。


・・・だが、ギャロップが少しも慌てる風をよそおい出さなかったのは、単に、何の策も練り上げ持たずに闇雲に駆け走り行こうとしたシルの事を、体良ていよなだめ落ち着かせようと考えていたからであって、彼自身は、それ程安易的な結果が示しもたらされるとは考えていなかった様だった。


程なくして直ぐに示し出された非常に不味まず悪い知らせに、余り顔色を変えなかったのもその為・・・、元々そう言った最悪の事態に陥り入っているのではないかと、しっかりと予測し得ていたからである。


(ギャロップ)

「ふーむ。・・・やはりな。彼女はもうこの基地内にはいない。」


(シルジーク)

「何だって!?」


(ギャロップ)

「場所は、ここから北北東に約10kmils程行った山の中だ。」


(シルジーク)

「10kmils!?・・・本当なのかそれは!?何かの間違いじゃないのか!?」


(ギャロップ)

「残念ながら、何かの間違いでも機械の故障でも無い。現に、君が付けているミサンガから発せられた信号位置は、今君が居るその場所を示している。」


(シルジーク)

「何でそんな・・・、クソッ!今直ぐ追い駆けるぞ!・・・車を用意して来る!」


(ギャロップ)

「ちょっと待て!シル!彼女を追うのは俺一人で良い。君はここに残るんだ。」


(シルジーク)

「なんだと!?」


(ギャロップ)

「君は今、この基地を離れられる立場に無い。今の君の任務は、この基地を防衛する事に有るはずだ。」


(シルジーク)

「でも、だからって・・・!」


(ギャロップ)

「総員第一種戦闘配備のこの状況下で軍務を放り出せば、それは敵前逃亡と同じ事・・・、後で必ず問題になる。完全に軍法会議ものだ。君が居なくなったら、この後一体、誰が彼女を守るって言うんだ?俺一人の力だけでは限界があるぞ?」


(シルジーク)

「そ・・・、それは・・・。」


(ギャロップ)

「ここは黙って俺の指示に従ってくれ。大丈夫だ。必ず彼女を連れて帰ってくる。」


(シルジーク)

「っく・・・。」


シルはこの時、ギャロップが立て続けに発し出した体良ていよき口説に対し、何一つ効果的な反論を繰り出し入れる事が出来なかった。


完全にギャロップの言う通りであった。


確かに、敵襲を受けている今現在の状況において勝手に基地を抜け出せば、それは防衛任務を放棄して逃げ出したものと同義としてとらえられても致し方のない事であり、如何に非正規兵扱いの者であっても、その罪が簡単に軽減されるとは考え難い。


勿論、即刻処刑などと言う極刑が適用される事はまず無いであろうが、年単位での禁固刑を言い渡され、監獄に収監される可能性は十分に考えられる事だ。


パレ・ロワイヤル基地防衛部隊の中に組み入れられた一兵士でしかないシルにとって、基地の防衛任務を全うする事が第一優先、絶対に逃げる事の出来ない、絶対にやり通さねばならない義務であるのだ。


・・・だが。


(シルジーク)

「いや・・・、駄目だ、やっぱり駄目だ。セニフが危ない目に合っているって解っているのに、自分で助けに行こうともしないなんて・・・、そんなの絶対に駄目だ。そんなんじゃ俺・・・、今後、セニフに対して、守ってやるなんて言えなくなってしまうじゃないか・・・。そんな程度の男に、セニフの事を守るなんて言う資格はない!守って行けるはずが無いじゃないか!俺は行かなきゃならないんだよ!絶対に!」


シルの思いはそこで簡単に折れなかった。


絶対にセニフを助けに行くんだ、絶対に自分自らの手で助けるんだと言う、彼の強い思いは簡単には曲がらなかった。


彼自身、セニフを守る為の能力的な面で、自分に足りていない部分が、幾つも有る事をしっかりと自覚していたし、もはや自分一人では、セニフを守り通す事が出来ない段階に、おちいはまり出しているのだと言う事を、しっかりと認識し取れていた。


・・・が、事の全てを他人に任せ頼り切って、自分は何もしないと言うスタンスに居付く事は、セニフの仲間たる資格を完全に失ってしまう・・・、居ても居なくても何も変わらない、赤の他人たる軽薄な存在に成り下がってしまうと、シルはそう考えていたのだ。


勿論、どちらの言い分が正しいのかと問われれば、その後の顛末てんまつをしっかと考えて導き出された、ギャロップの言の方が明らかに正しいと言わざるを得ない。


シルの主張は、完全に、自分も一緒に行きたいと言う、己の欲求を突き通し満たしたいが為の自分勝手な我儘わがまま・・・、後先考えずに駄々をねる子供染みた感情論に過ぎないものだ。


彼女の事を本当に守りたいのであればここは自重しろ・・・とか、君には君にしか出来ない事がある。激発した感情に流されて己を見失うな・・・などと説得されれば、それ以上議論を続ける事が出来なくなっていた事であろう。


しかし、そんなシルの真っ直ぐでいて真剣な眼差しをじっと見遣り取りっていたギャロップは、やがて根負けしたのか、不意に軽い溜息をポツリと吐き付き放ち遣り、やれやれ感満載の渋苦い笑みを小さく浮かべ上げながら、シルにこう言った。


(ギャロップ)

「解った。ここは君の意思を尊重する事にする。俺も君の気持が全く解らない訳では無いからな。但し、行くのはしっかりと君の上官に許可を取ってからだ。取れなかった場合、やはり君を連れて行く事は出来ない。」


(シルジーク)

「そんな!許可を取るって・・・、一体どうやって!」


(ギャロップ)

「なに。それっぽい理由を適当にこじつけて、押し通そうと言うだけさ。」


(シルジーク)

「・・・まさか、頭が痛いとか腹が痛いとか何とか言って、バックれようなんてセコイ真似をしようなんて言うんじゃないだろうな・・・。」


(ギャロップ)

「まさか。まあ良い。付いて来い。時間が無い。」


シルは一瞬、君の意思を尊重すると言っておきながら、上官の許可が取れなければ連れて行かないとは、一体どう言う事なのかと、何処と無くに落ちない様子で考え込む仕草を見せ出したが、時間が無いと言って、徐にその場から駆け走り出したギャロップの手招きに誘い乗せられ、自分も直ぐにその後を追って走り出した。


そして、上官に許可を取れる方法があるならば、最初からそうすべきじゃないのか?と、そこまで思案を巡らせ至らせた所で、第一通路脇に設置されていたTVモニター付き通信機の前付近で足を止めたギャロップに対し、あからさまに怪訝けげんそうな表情を突き付けてやった。


(ギャロップ)

「本音を言うとだな。俺は君の事が足手まといになると考えていたんだ。だから君を連れて行きたくなかった。だが、先程君が見せた真っ直ぐな思いを見て気が変わった。俺もそう言うの、嫌いな方じゃないしな。」


(シルジーク)

「・・・・・・。」


足手まとい・・・。


そう言われたシルは、全く何一つ言い返す事が出来ず、徐に軽く下唇を噛み締め遣りながら下をうつむいてしまった。


彼自身、自らの能力が足りてない事をしっかと自覚して取ってはいたものの、実際に面と向かってそう言われ付けられると、やはり多少はショックだった様子だ。



(ギャロップ)

「あー。こちら諜報部所属のギャロップ・リッスモンだ。サルムザーク二佐と直接話がしたい。お取り次ぎ願えるか?」


(チャンペル)

「ええと・・・、どのようなご用件でしょうか。二佐は只今、基地防衛任務の指揮を執られている真っ最中ですので・・・。」


(ギャロップ)

「緊急事態が発生した。手短に済ませますので、どうかよろしく。」


(チャンペル)

「・・・二佐。」


だが、ギャロップの気が変わったと言う事は、シルが単なる足手まといで終わる様な奴じゃないと、そう判断し直された可能性が高く、シルとしても、その期待に応えてやる強い気概を沸き起こさずにはいられなかった。


やがて、シルは、徐に両の手の拳をギリリと強く握り締め、TVモニターの画面上にひょこりと姿を現し出したサルムの様子にチラリと視線を宛がい付けると、何かを訴えかける様な真剣な表情を形作りつつ、程なくして開始された二人の会話に静かに聞き耳を立てた。


(サルムザーク)

「何だ?今がどういう状況なのか解っているのか?」


(ギャロップ)

「勿論解っています。ですが二佐。どうしても緊急に報告しておかねばならない事があります。つい先程の出来事になりますが、私の部下一名が第四格納庫エリア付近で、何者かに殺されました。」


(サルムザーク)

「何?殺された?」


(ギャロップ)

「はい。殺害された状況とその手口から推測するに、恐らくは、この基地内に侵入した敵の工作員による犯行だと考えられます。今現在、私の部下達が付近を調査中ですが、未だ侵入者の所在は掴めていません。」


(サルムザーク)

「ふーむ、敵の工作員・・・か。確かにそう言った線を全く疑っていなかった訳では無いが・・・、やはりその可能性が一番高いか・・・。」


(ギャロップ)

「・・・何かあったのですか?」


(サルムザーク)

「先程基地内に発せられた緊急警報の出所が判明したんだが、どうやら東部エリアの第三作戦司令室内で、旧式の索敵システムを無理矢理稼働させた者が居る様なんだ。」


(ギャロップ)

「第三作戦司令室?あの閉鎖区画内にある予備の作戦司令室ですか?」


(サルムザーク)

「そうだ。もし今回の襲撃と何らかの関係が有るのだとすれば、襲撃に先んじて基地内の混乱をはかった可能性が高い。敵の工作員が事前に内部に侵入していたと言うのであれば、これまでの出来事も色々と合点が行くと思ってな。」


(ギャロップ)

「そうでしたか。・・・では、諜報部は引き続きこの侵入者の行方を追う事にします。」


(サルムザーク)

「頼む。報告は全て事後で良い。」


(ギャロップ)

「解りました。それと二佐。諜報部から一つ、お願いが有ります。」


(サルムザーク)

「何だ?」


(ギャロップ)

「侵入者の姿を目撃したと言う少年が一人居るのですが、彼に捜査の協力を仰ぎたいのです。彼を一時的に防衛任務から除外してはもらえないでしょうか。」


(シルジーク)

「え?」


シルは一瞬、もしかして俺の事か?・・・と、にわかに驚いた表情を浮かべてギャロップを見遣ったが、直ぐにそう言う事かと、ギャロップの意図を察して理解し取ると、徐に全く何食わぬ顔色へと表情をサクリと作り変えて、TVモニター上に映し出されるサルムへと正対した。


そして、確かギャロップの部下が殺されたのは、倉庫区画の通路内だったよな・・・。俺が目撃者になる為には・・・、第一通路内にある売店にパンを買いに行って、物資搬入路を覗き込んだ時に、誰かが逃げて行くのを見た・・・と言う事にすれば良いか・・・と、そこまで思案を巡り至らせて、不意に沸き起こり来た、セニフの事は?サフォークの事はどうする?と言う、非常に扱いに困る難問に頭を悩ませ始めたのだが、サルムの視線が自分の方へと向けられたと感じた瞬間、駄目だ。どう考えても話がややこしくなるだけだ。聞かれたら知らぬ存ぜぬで押し通すしかない・・・と腹をくくり、サルムから発せられる質問を待った。


(サルムザーク)

「侵入者を見たと言うのは本当か?シル。」


(シルジーク)

「ああ。」


(サルムザーク)

「・・・そうか。・・・チャンペル。敵の動きはどうなっている?」


(チャンペル)

「未だにありません。先程の敵機も、全て索敵エリア外に移動した様です。」


(サルムザーク)

「ふーむ。・・・良し。解った。許可する。」


(ギャロップ)

「ありがとうございます。」


(サルムザーク)

「チャンペル。事の次第をシューマリアンに伝えておいてくれ。」


(チャンペル)

「解りました。」


だが、幸いな事に、余り変に込み入った話へと脱線し移る様な質問は一切なく、思ったよりも非常に簡単に、シルの防衛任務離任の要望は受け入れられる事となった。


シル自身、明らかに拍子抜けし入った感じで、あれ?と驚き呆けて見せる事しか出来なかったが、折角頂戴した防衛司令官様からの良答をフイにしてしまう様な変な勘繰りは止めた方が良いと、直ぐにそう思い付き、あからさまにわざとらしいすまし顔を作りこしらえて視線を下に向けた。


そしてふと、もしかして俺の事を信頼してくれているのか?・・・などと、全く持ってらしくない余計な考えを脳裏にポツリと呟き上げた。


・・・のだが。


(サルムザーク)

「話しは以上だな。通信を切るぞ。シル。諜報部の方々に迷惑を掛ける様な馬鹿な真似だけはするんじゃないぞ。良いな?解ったな?・・・プツッ。」


(シルジーク)

「なっ!?」


双子たる阿吽あうんの呼吸で、それを正確に読み取ったのかどうかは解らないが、通信システムを切り捨て遣る直前に放たれたサルムの言葉は、完全に「そんな訳あるか」的な小憎らしい勧告文だった。


シルは直後、瞬間的に沸き起こった怒りの念を、目には見えない心のパンチに変えて、TVモニターの向こう側に掻き消えて行ったサルムの残像に、思いっきり食らわし入れ遣るのである。


そして、内心で自らが犯した不覚の気恥ずかしさにさいなまれ、僅かに頬を赤らめ上げた。


(シルジーク)

「くそっ!あの野郎!言いたい事だけ言いやがって!しかも切り逃げだぁ!?ふざけてんのか!?」


(ギャロップ)

「まあまあ、良いじゃないか。当初望んでいた上官の許可は得られた訳だし、これで何の心置きも無く彼女の救出に向かえるだろ?」


(シルジーク)

「そ、そうだ!こうしちゃいられない!直ぐにでも出発しよう!」


(ギャロップ)

「そうだな。車は諜報部のを使おう。不整地での高速移動に定評がある良いのがあるんだ。こっちだ。付いて来い。」


だが、しかし、これでようやくセニフを追跡する為の前準備が全て整った事になる。


ギャロップが言った通り、後はセニフを救出する事のみを考えて、全力を尽すだけである。


やがて、シルは、諜報部所有の軍用オフロード車が駐車してあると言う第一格納庫へと向かい、全速力で駆け走り出したギャロップの後に続き、パレ・ロワイヤル基地の通路内を一生懸命にひた走った。


待っていろセニフ!絶対に助けてやるからな!絶対に!と、心の只中で強く強く呟き念じ上げながら・・・。




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