10-06:○錯綜する意思と視線[5]
第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
section06「錯綜する意思と視線」
正直に言えば、セニフはジルヴァの事が苦手だった。
嫌い・・・大っ嫌い・・・とまでは言わないまでも、出来る事なら余り関わり合いたく無いとさえ思っていた。
それは、セニフ自身、何一つ身に覚えが無いのに、自分に対する彼女の態度が矢鱈ときつく、冷たい悪意染みたものに固執し切っていた為であり、セニフも以前から、何故に・・・と言う不可思議な思いを強く強く抱き持っていたのだが、だからと言って、自らが持つ攻撃的積極性を打ち振るってそれを聞き問い質してみようとか、柔和的友好性を見せひけらかして仲良くしようとか、そこまでは考えていなかった。
パレ・ロワイヤル基地と言う小狭い一つの空間の中に、これだけ大多数の人間が会し集まれば、少なからず仲が悪い、性格的に合わない、生理的に受け付けないなどと言う者達も出て来るだろうし、それらの全てを穏便に均し治めて、全く当たり障りのない完全なる太平の世を構築するなど、人間社会の中においては不可能な事である。
上手く行きそうにもないものを態々(わざわざ)無理に捏ね繰り回して、事態をさらに悪化させてしまう可能性も十分に有り得る話だ。
・・・と来れば、触らぬ神に祟り無し・・・、臭い物には蓋をして済ます・・・的な考えを持って、波風立てぬように過ごし遣る事も大事であり、セニフはこれまで、必要な時以外は、なるべくジルヴァと言う人物をスルーして掛かるように気を付けていたのだった。(と言うより、セニフは以前、バーンスやメディアスから、そうした方が良いと直に勧められていた・・・)
(ジルヴァ)
「どうしたセニフ。聞こえねぇのか?タイマンだよタイマン。耳がねぇのか?」
(セニフ)
「あ、いや・・・・・・、その・・・。」
(ジルヴァ)
「あ?聞こえねぇんだよ。はっきりと答えろよ。はっきりと。口がねぇのか?」
(セニフ)
「う・・・・・・、いや・・・、タイマンだなんて・・・、私そんな・・・。」
しかし、この時、セニフの目の前にデンと立ちはだかったジルヴァの様相は、明らかにそんなセニフの思いを端から許さぬ強い拘束力を持ち有し放ち付けている様だった。
話しを適当にはぐらかして煙に巻こう・・・とか、完全無視を決め込んで立ち去ろう・・・とか、セニフの脳裏には、様々な逃げ道が浮かび上がって来てはいたのだが、ギリリと翳し付けられた「GAS97A」の銃口の先からは、戦う事以外の選択肢を絶対に選び出させないと言う強い強制力が働き出している様であった。
セニフとしては、非常に困惑せざるを得なかった。
勿論、彼女達二人の会話は、通信システムを通して周囲に丸聞こえだった為、全く助けが入らなかったと言う訳では無い。
(デルパーク)
「おい。ジルヴァ。そんなに無理に絡むなって。セニフも困ってるじゃないか。」
(ペギィ)
「そうよ。頼み事するなら、ちゃんと頭を下げなさいよ。」
(ジルヴァ)
「何だよ。お前等には関係ねぇだろ。」
(フロル)
「相手して欲しいんなら私がしてやるぞ。」
(ランスロット)
「夜の御相手なら、この私目に~。」
(ジルヴァ)
「うるせぇんだよ!お前等は引っ込んでろ!」
だが、周囲から投げ掛けられる制止の全てを無理矢理に薙ぎ払い捨て、直情的感情を少しも緩め曲げる素振りを見せないジルヴァの視線は、じっとセニフの方に向き付いたまま、全く離れ逸れる気配を匂わせなかった。
セニフ以外には全く眼中無し的な一意専心なる思いを強く強く前面に推し出し、意味無く触れ来る者は皆全て切ると言った、おどろおどろしき雰囲気を漂わせ放っていた。
もはやこの時点で、彼女の暴走を止め得ることが出来る人間は、ネニファイン部隊の長であるサルムザーク陸等二佐と、次長であるカース作戦曹長以外に居なかったと言って良かった。
ところが・・・。
(カース)
「ジルヴァ二尉!一体何のつもりだ!ここは遊び場では無いぞ!」
と、明らかに強い怒気を含め入れた叱言を発し上げたカースの言葉が・・・。
(サルムザーク)
「別にいいんじゃないか?やらせてみろよ。」
と、明らかに軽い感じで放たれた適当気まぐれなるサルムの言葉によって、直ぐに覆し制されてしまうと、セニフが微かに抱き持っていた他力本願なる最後の望みも、敢え無く断たれ閉ざされてしまう事となり、周囲の雰囲気も、次第次第に二人の一騎打ちを容認する方向へと流れ進んで行く事になる・・・。
セニフとしては、「えぇぇ~?」などと情けない声色を漏らし零して、細やかなる抵抗を示し出して見せる事しか出来なかった。
(カース)
「二佐っ!」
(サルムザーク)
「まあ、そう目くじらを立てるなって。この際だから、ついでに他の演習システムもテストしておこうってだけさ。」
(カース)
「しかし・・・!」
(ジルヴァ)
「へっへっへ。流石は陸軍最年少佐官のサルムザーク陸等二佐殿。考え方が非常に新奇でいらっしゃる。私、あんたみたいなの大好きだよ~。」
(サルムザーク)
「そりゃ、どうも。」
(ランスロット)
「何っ!?本当かジルヴァ!お父さんは聞いていないぞ!」
(ジルヴァ)
「バーカ。冗談だよ。」
(サルムザーク)
「シューマリアン。一対一専用の演習演目で、直ぐに使用できるものはあるか?」
(シューマリアン)
「そうですね。弾数制限有りの小隊戦を使用すれば。」
(サルムザーク)
「良し。では、10発限定で、相手により多くの弾丸を命中させた方が勝ちと言う事にしようか。制限時間は15分。同点なら延長戦で、先に一発当てた方が勝ち。その場合の弾数制限は無しだ。それでいいか?ジルヴァ」
(ジルヴァ)
「OKOK。ノープロブレム。ノープロブレム。」
(セニフ)
「・・・。」
(シューマリアン)
「リスキーマ。演習システムの設定作業を始めてくれ。延長戦の設定も問題ないよな。」
(リスキーマ)
「大丈夫です。直ぐに出来ます。」
(シューマリアン)
「戦闘エリアは演習場の東端部、岩石地帯の4ブロックに限定。戦闘開始は・・・、そうだな、二人が今居る位置から見て一番手前側にある岩山を、各々左右に分かれた後と言う事にするか。他の者は該当エリア付近から退避してくれ。」
(フロル)
「あいよ。セニフ。頑張れよ。」
(セニフ)
「え・・・?あ・・・、うん・・・。」
(ペギィ)
「負けたら罰ゲームだからね。覚悟しておきなさい。」
(セニフ)
「えっ?・・・ええっ?」
(ランスロット)
「ジルヴァちゃ~ん。勝ったら御褒美にチューしてあげる。頑張ってね~。」
(ジルヴァ)
「喧しいわ!アホ!」
(チャンペル)
(良いんですか?曹長。)
(カース)
「良い訳ないでしょ。後でたっぷり説教してやるわよ。」
(チャンペル)
(多分ききませんよ。)
(カース)
「解っています!」
セニフ自身、受けて立つとは一言も発し上げていなかったものの、事態はいつの間にやら、ジルヴァの要求をそのままに受け入れる方向で、話が勝手に纏まり着いてしまっていた。
時を追う毎にじわじわと熱く湧き立ち上がって行く周囲の雰囲気を、非常に鬱々(うつうつ)しく感じ取り得ながらも、絶対に嫌だ!・・・と、強く主張し出す事も出来ず、結局セニフは、流されるがままに流されて、ジルヴァとの一騎打ちをやらかす羽目になってしまった。
セニフはここで、TRPスクリーンの右正面部に映し出されるジェフター3の機影へとチラリと視線を軽く宛がい遣り、程なくして、仕方がないな・・・と言う、大きな溜息を一つ吐き零し出した。
勿論、セニフは、お祭り気分で盛り上がる周囲の雰囲気に水を差したくないとか、ジルヴァが抱く真っ直ぐな思いに応えてやりたいとか、そんな殊勝なる思いを抱いていた訳では無い。
セニフはただ、嫌だったのだ。
これ以上、変にジルヴァに絡まれ憑かれるのが・・・。
今後、ジルヴァに絡まれる様な理由を作りたくない、残したくない、ここは素直に言う事を聞いておいた方が無難であると、そう考えただけだった。
言うなれば完全に渋々・・・、やる気など全く無いに等しかった。
だが、そんなセニフの後ろ向きな考えを、何故か備に感じ取り遣ったジルヴァが、搭乗するジェフター3の機体をトゥマルクの背後部にコツリと軽くぶつけて、セニフにこう言う。
(ジルヴァ)
「おいセニフ。手を抜いたりなんかしやがったら、ただじゃおかないからな。本気でかかってこいよ。」
(セニフ)
「あ・・・・・・、う、うん。」
(ジルヴァ)
「何だてめぇ。やる気あんのか?」
(セニフ)
「いや・・・、えっと・・・。その・・・。」
(ジルヴァ)
「・・・ちっ。しょうがねぇな。・・・・・・じゃあ、負けた方は罰ゲームとして、下着姿で基地内を一週な。」
(セニフ)
「・・・え?」
この時、セニフは一瞬、ジルヴァに何を言われたのか良く解らなかった。
・・・が、その直後に何処からともなく轟々と鳴り上がった男野郎共の一際甲高い挑発的歓声を、通信機システムの向う側に聞き取り、脳裏に深く蔓延り残ったジルヴァの言葉を幾度と無く反芻して見ると、唐突に沸き起こった背筋の悪寒をゾクゾクと強く強く感じ得取る事になる・・・。
負けたら下着姿で基地内を一週??
下着姿で??
基地内を一週??
(ジルヴァ)
「いいか!よーく聞け糞野郎共!この戦いは衣服剥ぎ取りマッチだ!」
(野郎共、咆える)
(セニフ)
「えええーーーっ!?」
(ルワシー)
「がっはっは。こいつはいいや。女同士によるプライドを賭けた醜い血みどろの争いってか。どっちが脱いでも貧相なモンしか拝めそうにねぇが。こりゃ面白くなりそうだぜぇ。」
(ペギィ)
「きゃっははは。いいねぇ~。いいよぉ~。あんた達。その意気。その勇気。ほんと尊敬しちゃうわ。」
(セニフ)
「いやいやいやいやいやっ!私はっ・・・!」
(ジルヴァ)
「何だよセニフ。ここまで盛り上げといて、一人で勝手に降りるっつうんじゃねぇだろうな。」
(セニフ)
「いや・・・、あの・・・、盛り上げといて・・・って、それは・・・。」
(ジルヴァ)
「別に勝ゃぁ良いんだから何も問題ねぇだろがよ。それとも何か?私に勝つ自信がねぇから逃げたいっつうんか?ああん?」
(セニフ)
「う・・・。逃げるとか・・・、そう言うんじゃなくて・・・。」
(ペギィ)
「そうそう。勝てば問題無し。セニフなら勝てる。絶対に勝てるって。こう言う女はね。一度ガツンと痛い目を見せてやんないと駄目なの。遠慮する事なんか全然ないんだからね。思いっきりひん剥いてやりなさい。」
(セニフ)
「え?・・・えぇぇぇ・・・?そんな・・・。」
(フロル)
「お前な。他人事だからって・・・。」
(デルパーク)
「しかしまあ、これはこれで、面白い戦いになりそうではあるがな。」
(サックス)
「俺としてはだ。鼻っ柱が強いジルヴァのストリップショーを期待してるぜ。」
(アイグリー)
「あんら?おっさん。ロリコンじゃなかったっけ?」
(サックス)
「どっちも似た様なもんだろ。」
(ペギィ)
「あんたの勇気にも敬意を表すわ。」
(ランスロット)
「あーーん。ジルヴァちゃんの裸体を拝みたいって思いもあるし、他の誰にも拝ませたくないって思いもあるし、一体俺は、どっちを応援すればいいの~?」
(フロル)
「お前は一生悩んでるだけにしな。」
(アマーウ)
「ああっ?何だって?・・・何!?一発につき服を1枚づつ脱いで行くだと!?す・・・直ぐ行く!モニターは何処だ!?」
(ロイド)
「おおい!ジルヴァとセニフが真っ裸を賭けて一騎打ちするってよ!」
(ジェイ)
「何だと!?お馬鹿二人が全裸で格闘技戦をやらかすって!?本当か!?」
(シルキー)
「ちょ・・・、ちょっと貴方達!仕事しなさい!仕事!」
(ペギィ)
「うおっとぉ~。やばいやばい。話が凄い飛躍してきた。・・うっふ・・・ふふふふふ。」
(チャンペル)
(曹長・・・。)
(カース)
「勿論!絶対にそんな事は許しません!」
それはまさに、セニフにとって、全く予想だにしなかった由々しき展開・・・、全く持って不本意以外のなにものでもない強烈な凶変凶事であると言えた。
如何に完全なる本気モードでの真剣勝負を強く望んでいたからと言って、まさか、ジルヴァがこんな物恐ろしい罰ゲームを設定して掛かり来ようとは・・・、相手の逃げ道を塞ぎ閉じる為に、自らが敗北した時のリスクを完全に度外視した捨て身の作戦を選択し敢行して来ようとは、露ほどにも考えていなかった。
・・・だが、セニフはこの時、余り強く断りを入れる事が出来なかった。
心の中では、絶対に嫌だ、断りたいと言う気持ちで一杯だったが、余り強い拒絶反応を見せ示し出す事が出来なかった。
それは何故かと問われれば、やはり、これ以上ジルヴァに絡み付かれたくない・・・、ここで断ち切らなきゃ・・・的な思いの方が各段に強かったからであり、セニフ自身、もはやジルヴァと戦って勝つ以外に、より良き手立てが他に無いのだと言う事を暗に悟っていた。
更に加えて言えば、セニフ自身、ジルヴァとの戦いに全く勝算が無いと考えていた訳では無く、勝てば問題無し、一度ガツンと痛い目を見せてやった方が良いと言うペギィの言葉に、妙に納得感のある同意的思いを重ね合わせてしまったからでもあった。
やがて、徐にジェフター3の機体を歩み進めさせて、スタート位置へと停機したジルヴァの後に続き、セニフもゆっくりとトゥマルクの機体を動かし寄らせて、ジルヴァ機の左手側方向に停機した。
そして、ここで一つ大きな溜息を吐き出して、TRPスクリーンの右手端側に映し出される、ジェフター3の横面へと視線を宛がい遣ると、ギュッと両手で左右の操縦桿を強く握りしめて、非常に真剣入った表情を正面部にキキリと向け付けた。
(シューマリアン)
「二人とも準備は良いか?」
(ジルヴァ)
「OKー。」
(セニフ)
「・・・うん。私も大丈夫。」
(シューマリアン)
「よし。それでは始めるぞ。」
(リスキーマ)
「カウントを開始します。10・・・9・・・8・・・。」
この時点で、第四格納庫脇にある控室内に設置されていたモニター画面・・・、演習会場内の様相を備に映し出すマルチ投影型の巨大スクリーンの前には、むさ苦しい程の熱気をムンムンに渦巻かせ上げる濃密な人だかりが出来上がっていた。
勿論、そこに集まり屯した者達の多くが、ネニファイン部隊の関係者だった事は言うまでもないが、罰ゲームの内容を聞いて面白半分に集まった者達の中には、偶々その場に居合わせた輸送部隊の人員やら、工事作業員やらが数多く混じり入っていた様で、様相的には、完全に真夜中の飲み屋的喧騒さに、完全に支配され憑かれている様子だった。
だが、通信システムを通して各所に周知されるカウントダウンの数値が、軽快なるテンポで一つ一つ小さなものへと降り落とされ遣る度に、周囲の気配は一様にして、ピリリと張り詰めた濃密な静寂さの中に埋もれ沈み込んで行った。
(リスキーマ)
「3・・・2・・・1。」
そして、程なくして発し告げられた試合開始の合図なる「ゼロ」と言う言葉と共に、一斉に搭乗機を激しく駆り立て走らせ出したセニフとジルヴァの勢いに乗せ釣られ、再び狂騒狂乱的大歓声をぶち撒け散らし上げた。