10-01:○黒い化け物
第十話:「微笑みは闇の中で、闇の向こうで」
section01「黒い化け物」
ドッゴーーーン!!
・・・と、唐突に鳴り響いた大轟音と共に、けたたましきワーニング音がコクピット内部に木霊し、目の前のTRPスクリーンが一様に真っ赤なシグナル色で染まり上がった。
一瞬、何だ?と、驚いた表情を浮かび上がらせた君は、コクピット席から身を乗り出す様にして外界の様相を覗き見渡しながら、サーチャーの索敵感度調節ダイヤルをグルグルと回した。
(アグリ)
「何だ!?何が起きた!?」
(タランチーニ)
「敵襲か!?」
(ケリック)
「各機停止!!周囲の状況確認を急げ!!」
(ショウ)
「ちっ!!」
そして、俄かに慌ただしさを増した友軍同士の通信内容をおざなり気味に聞き流しながら、即座に搭乗するDQ機体「VCAL-FSカルフール」の走行機能をマニュアルモードへと切り替え、右手に持つアサルトライフル「ASR-RType44」の火器システムをフルスタンバイ状態にし、元来た道を振り返り見る様にDQ機体をクルリと反転させた。
ここで君は、後方部にズラリと連なり並ぶ輸送車輌部隊の中団付近で、真っ赤な火柱をごうごうと立ち上らせる二台の大型輸送車両の姿を見つけ取る事になる。
(マルスラン)
「周囲に敵反応無し!!」
(タランチーニ)
「こちらも敵影を確認できず!!」
(ケリック)
「こちら護衛部隊隊長ケリック陸等三尉!!一体何事か!?事故か!?」
(輸送部隊隊長)
「解らん!!現在状況を確認中!!」
周囲は見渡す限りの濃密な樹海群・・・とは言っても、パレ・ロワイヤル基地周辺部に広がる起伏の激しい山岳地帯などではなく、ここはスーリンの街からカフカス砂漠へと躍り出る北上路の真っ只中であり、地形的には、程良いなだらかさを有し持った渓谷部の浅瀬部分と言える場所だった。
カフカス砂漠南端部から以南以東方面にかけては、ほぼ完全にトゥアム共和国軍の勢力配下に納まり入っていると言い切れる状況で、位置的には、トポリ要塞攻略を目して砂漠地帯の入り口付近に陣取ったトゥアム共和国軍部隊の後方部に当たる。
最前線の程近くと言っても、それ程いきり立って強い警戒心を尖らせ光らせなければならない場所でも無く、トゥアム共和国軍の兵站戦略上でも、比較的安全安泰なる部類に入る主要補給路の一つであった。
時刻的には、そろそろお昼時を迎え入れようかと言う時頃であろうか。
君は今、この補給路を利用して定期的に物資の運搬作業を執り行う、輸送部隊の護衛任務に就いている所だった。
(ショウ)
「おいおい勘弁してくれよ。こんな所で自爆事故だなんて、洒落んなんねぇぞ。」
(アグリ)
「原因は何だ?荷崩れか何かか?」
(タランチーニ)
「居眠り運転して脱輪、横転、荷崩れドンって感じじゃねぇか?俺も半分居眠りしかけてたしな。」
(ケリック)
「マルスランとアグリは引き続き前方部の警戒に当たれ。俺とタランチーニは後方に行く。ショウとステイニーは、事故の後処理を手伝ってやれ。」
(ショウ)
「はぁっ!?何で俺がそんな事しなきゃなんねぇんだよ!そんなもん、輸送部隊の連中に任せておけばいいだろ!?」
(ケリック)
「命令だ。行くぞ。タランチーニ。」
(タランチーニ)
「了解。」
(ショウ)
「・・・ちっ!命令命令って・・・偉そうに!・・・おら!ボケっとしてんじゃねぇぞステイニー!雑用だとよ!雑用!」
あからさまに強い怒気を含め込め入れて、吐き捨てる様にそう言い放ったショウの呼びかけに、君は「り、了解!」と言って従順なる反応を素直に示し出して見せると、即座に右足でフットペダルを強く踏み締めた。
そして、物凄い勢いで事故現場へと行き向かうショウ機の走行軌跡をそのままに辿り進みながら、出力最大で執り行った索敵作業の結果に一通り目を通し眺めて見た後で、君はふと、どうやら敵襲ではなさそうだな・・・と言う、安易なる結論を脳裏に浮かべ上げ、多少、ホッとなる溜息を漏らし零した。
確かに、それ程道幅が広くも無い山間部の一本道において、その道を完全に塞ぎ止めてしまう程の大事故を起こしてしまった事は、非常に由々しき事態であると言えるが、敵襲と言う最悪の事態に見舞われ憑かれたのでなければ、如何様にでも事態を収拾し付け遣る事が出来る。
どれだけの手間、どれだけの暇を費やし掛ける事になろうとも、復旧回復作業を黙々と熟し、勤しみ励めば良いだけの話だ。
少なくとも、気を付けてさえいれば、事態がこれ以上悪化する事は無い。
この時君は、完全に原因は事故なのであろう結論を脳裏に至らし付けていた。
次第次第に周囲に漂い出した仲間達の楽観的思考流に乗せられ、完全に敵襲である可能性を頭の中から排し投げ捨て去ってしまっていた。
そして、TRPスクリーン越しに見える二台の事故車輌の惨劇と、その周囲を忙しく走り回る輸送部隊の隊員達の姿を備に見遣り取りながら、カルフール二機がかりでも、そう簡単には動かせそうにない大きさだな・・・、さて、どうしようか・・・などと、暢気な考えの中に思いを馳せ巡らせ入れていた。
・・・だが。
ドッゴーーーン!!
と、再び力強く唸り轟き上がった大爆音が、ようやく平静さを取り戻しつつあった君の心に、色濃い驚愕心と恐怖心を無理矢理に突き刺し立てて、荒々しき躍動の渦中へと誘い落とし付ける。
君は即座に走行中のDQを急停止、急反転させ、おどろおどろしき大爆音を吐き上げた地点へと視線を向け遣ると、全く一言も発し得ないまま唖然とした表情を形作り、無意味に口を開いた。
(アグリ)
「何っ!?」
(ケリック)
「ちっ!!総員戦闘用意!!」
(ショウ)
「敵は何処だ!?サーチャーに反応がねぇぞ!!」
ドッゴーーーン!!
ドッゴーーーン!!
(マルスラン)
「なっ!?・・・ザザッ!!」
それは一瞬の出来事だった。
一つ目の爆発によって作り拵えられた哀れなる被害車両を苗床として、真っ赤な火柱とどす黒い黒煙とが轟々(ごうごう)と猛り狂った情熱的なダンスを披露する中、右手側方向に広がる濃密な密林内部から唐突に発射された二つの弾体が、武器弾薬を大量に積載した哀れなる次の車輌へと情け容赦なく襲い掛かり、死に行く者達の断末魔を無理矢理に紡ぎ含んだ大爆音を大々的に吐き上げる。
・・・と同時に、その爆心地付近を走行中であったマルスラン機が、不運にもその爆発の余波に思いっきり巻き込まれ飲まれ、猛烈な業火の中で更なる悲しき四つ目の爆音を奏で上げた。
ドッドゴゴーーーン!!
(アグリ)
「マルスラン!!」
(タランチーニ)
「敵は北側の森の中だ!!撃て!!撃て!!」
(ケリック)
「輸送車輌は後退!!後退しろ!!」
(輸送部隊隊長)
「無理だ!!後方が完全に塞がっている!!」
(ケリック)
「敵に的を絞らせるな!!動け!!止まるな!!」
(アグリ)
「うおぉぉぉぉ!!」
ガンガンガンガンガン!!
敵は北側の森の中・・・であろう事は完全に間違いないが、目の前のサーチモニター上には全く何の反応も示し出されていない。
完全不可視なる濃密さを形成する樹海内部を備に覗き見る術も無く、その敵たるや潜在脅威が一体如何なる兵種に類し属するものなのか、全く定かでは無かった。
深い森の中と言う地形的条件を考えれば、恐らくは装輪車輌や装軌車輌などでは無く、ホバー移動を主とする高機動型DQか、多足歩行を主とする蟲型DQである可能性が極めて高いが、繰り出される攻撃の手数が少なさから見ても、どうやら敵はそれ程多くは無さそうであった。
勿論、トゥアム共和国軍の完全なる支配下エリア内に少数で出張って来た事を鑑みれば、それなりに強力な兵器・・・、大型の特殊DQか何かである可能性も全くのゼロでも無いのだが、それでも、相手方から繰り出される攻撃の火力は比較的弱めであった。
少なくとも、一撃を持ってして大量の仲間達が血祭りに上げられる様な雰囲気は無かった。
君はその後、「おらステイニー!!何してんだ!!雑用なんか後回しだ!!当てずっぽうでも良いから撃て!!撃ちまくれ!!」と言う、いきり立ったショウの怒鳴り声に激しく捲し立て上げられて、自機の右手に構え持ったアサルトライフルの発射トリガーを闇雲に引き放った。
全く狙いを定める事も無く、恐らくはこの辺・・・と大雑把に見据えたエリア地点へと目がけて、何度も何度も無我夢中で大量の弾丸を撃ちばら撒き入れ込んだ。
だが、敵が繰り出してきた攻撃の手数よりも、遥かに多い手数を持って数多くの反撃弾を見舞い返し入れ遣ったにも関わらず、一方的に被害を被り続けると言う自軍側の悪い流れが差し止められる気配は全く無かった。
直後、再びドッゴーーーン!!と言う荒々しき大轟音が唐突に吐き上がり、激しく物狂った禍々(まがまが)しき灼熱の業火と濃密な黒煙とが、新たに作り拵えられた死者達の屍の上で、激情の舞いを妖美に披露し上げ始める。
(アグリ)
「くそっ!!駄目だ!!輸送部隊の兵員達を全員避難させろ!!」
(ケリック)
「アグリ!!敵は少数だ!!押し込めないのか!?」
(アグリ)
「敵の位置が解らないのに無茶言うなって!!」
(輸送部隊隊長)
「護衛部隊!!列の中団部で座礁した車輌を破壊してくれ!!今すぐ!!」
(ケリック)
「タランチーニ!!お前が一番近い!!頼む!!俺は前衛部隊の援護に向かう!!」
(タランチーニ)
「了解!!」
(ショウ)
「ちっ!!こっからじゃ埒があかねぇ!!突入するぞステイニー!!」
君は直ぐさま「了解!!」と強い口調でそう答え、右足でフットペダルを力強く踏み締めると、なるべく弾幕を薄め弱らせないよう首尾良く攻撃弾を断続的に繰り出し見舞い入れながら、搭乗するDQ機体を戦闘現場方面へと急発進させた。
そして、一発、二発と、散発的に砲じられた敵弾を小気味良くかわし行くアグリ機の動きを見取り遣った後で、即座にその発射地点と思しき場所へと視線をずらし宛がい、括り付け定めると、移動による攻撃射線軸のブレを上手く修正、調整し入れながら、懸命になってトリガーを引き放ち続けた。
だが、意気揚々と戦闘エリアに快走し行こうとしていたショウと君の眼前に、唐突に振り変え向けられた敵の攻撃弾が降り注いだのは、まさにその時だ。
ドドーーーン!!
(ショウ)
「くっ・・・!?」
君は思わず、「うわっ!!」と言う間の抜けた驚声を吐き上げ、半場条件反射的にフットペダルに乗せ上げていた右足から力を抜き緩めてしまった。
・・・と同時に、目の前に作り拵えられた濃密な土煙の壁面に視界を完全に阻み遮られ、敵機の行動を抑止する為に撃ち放ち続けてきた牽制攻撃の手を、一時休め止めなければならない状況へと陥ってしまう。
すると、次の瞬間、最前線エリアで一人気を吐いていたアグリが、突然、「な!!何だこいつは!?」と言う色濃い感嘆符付きの短言を発し上げ、徐にけたたましき銃撃音を周囲に響き渡らせた。
そして、全く間髪置かずして激しく打ち鳴らされたドガシャーーーン!!と言う物恐ろしき衝突音と共に、完全に沈黙、仲間達の脳裏に酷く重苦しい不安感を、色濃く、深々しく突き刺し入れ込んで行く・・・。
(タランチーニ)
「アグリ!!どうした!?アグリ!!」
(ケリック)
「ショウ!!ステイニー!!何が起きた!!」
(ショウ)
「解んねぇよ!!」
(unknown)
「駄目だ!!逃げろーーー!!」
(unknown)
「化け物だ!!化け物!!」
(輸送部隊隊長)
「何だ!?どうした!?」
(unknown)
「黒い化け物が!!・・・うあぁぁぁっ!!」
(ケリック)
「化け物?」
(タランチーニ)
「化け物?」
(ショウ)
「化け物だって?」
恐ろしい程に逼迫し出した騒々しき同軍内部の通信内容に耳を傾けながら、君は思わず「化け物?」と、全く御多分に漏れ得ぬありきたりな言葉をぽつりと吐き連ね出してしまった。
そして、化け物とは一体・・・、やはり大型の特殊DQか何かか?・・・などと、これまた誰しもが直ぐに思い付くであろう考えを真っ先に脳裏へと至らせ上げ、徐に周囲を警戒する素振りを見せ出しながら、右手に構え持つ「ASR-RType44」の弾丸換装作業を執り行った。
・・・と、そんな時だ。
次第に薄れ行く土煙の左端部から、何かしら黒い塊の様な物が勢い良く飛び出し、南側の森の中へと掻き消えて行く様を見て取ったのは。
君は一瞬、何だ?と思い、その周辺部をTRPスクリーン上に拡大表示し、その後の動きを備に観察してみようと試みた。
・・・が、それ以降、全く何の変化も生じ起こる様子は無く、しばしの間鳴り止む事となった砲声の間隙を埋めたのは、兵士達が無秩序に奏で上げる怒声や悲鳴の雨霰だけだった。
(unknown)
「動ける者は負傷者の救助に当たれ!!」
(unknown)
「何してる!!そんなものは良い!!早く退避しろ!!」
(輸送部隊隊長)
「落ち着け!!落ち着くんだ!!状況を知らせろ!!」
(unknown)
「うぅっ・・・!!早く・・・!!誰か助けてくれ・・・・!!」
(ショウ)
「ああっ!!こらこら!!足元でウロチョロするな!!踏み潰しちまうだろうが!!」
(unknown)
「敵は北側の斜面だ!!対DQロケット弾を装備している者は撃ちまくれ!!」
(unknown)
「後続の戦車部隊はまだか!?」
(unknown)
「南だ!!南に行ったぞ!!」
(ケリック)
「ショウ!!ステイニー!!突入しろ!!俺も直ぐに行く!!タランチーニはバックアップ!!」
(タランチーニ)
「了解!!」
(ショウ)
「こんなんじゃ動けねぇよ!!おら!!退けってんだ!!」
君は確かに黒い塊を見た。
だが、手持ちのサーチシステムが、依然、完全なる沈黙を保ち続けている以上、それが本当に敵機たる物体・・・、皆が言う黒い化け物機である確証は何処にも無かった。
勿論、だからと言って、このまま報告を上げずに済まし経遣る訳にも行かず、君は取り敢えず、「待ってください!!何か黒い塊の様な物が南の森に入って行くのを見ました!!」と、護衛部隊の隊長たるケリックに一報を入れた。
(ケリック)
「何!?本当か!?」
(タランチーニ)
「南だと!?」
(ショウ)
「見たのか!?ステイニー!!」
そして、君は「見ました!!本当です!!」と続け答え、直ぐさま南方側に広がる緑樹の只中へと警戒心を這わせ巡らせた。
すると、次の瞬間、南側の森の中からパシュリパシュリと軽快な発射音が二つほど打ち鳴らされ、東西に延びる一本道上で立ち往生した輸送車輌へ向かって、唐突に飛来した二つの弾体が次々と正確に突き刺さった。
ドゴーーーン!!
ドゴーーーン!!
(タランチーニ)
「ちっ!!やられ放題じゃないか!!」
(ケリック)
「あそこだ!!正面に来るぞ!!ショウ!!」
(ショウ)
「解ってるよ!!」
森の中から放ち撃たれた弾体の軌道から察するに、敵はどうやら南側の森の中を物凄いスピードで東進している様子だった。
周囲を漂う風の流れに反して、不自然に揺り動く森の木々達の蠢きと、唐突に慌ただしさを増し得て上空へと飛び立ち行く鳥達の動きから推測しても、確かにそれは間違いなさそうだった。
しかし、それ程奥地を移動している風でもないのに、バーニヤ光の一つも見て取れない、けたたましい排熱噴射音の一つも聞き取れないのは何故だろうか。
幾ら周囲が騒々しき大雑音の中に塗れ飲まれているからと言って、不自然過ぎるにも程がある。
・・・と言うより、この一定のテンポを刻み次第次第に大きくなり行く地鳴りの様な音はなんだろう・・・。
爆発の音じゃない・・・。
コクピットシートを通しても振動を感じられる様になった・・・?
君はふと、もしかして、森の中を走っている??・・・と、そう思い付き、南側の森の内部を備に窺い見るよう、両の目を強く強く凝らし光らせ入れた。
そして、不意に沸き起こり来た得も言われぬ不気味な不安感を如実に感じ覚えながらも、徐に戦闘体制を敷き構え、南方側へと向き直ったショウ機の援護をし遣る為、右手に構え持ったASR-RType44の銃口を、その周辺部付近へと翳し付けた。
(ショウ)
「おらおらぁぁぁっ!!来るなら来やがれこの糞タレ野郎が!!」
ガンガンガンガンガン!!
依然、手持ちのサーチシステムが敵機を補足し得る気配は無かったが、南方側に広がる緑海の様相を見て取る限り、敵は唐突にこちら側へと転進し入って来た様な感じであった。
南の森の直ぐ程近くで足止めを食っていたショウも、その事にはしっかりと気付いていた様子で、敵が眼前へと差し迫り来る雰囲気を感じて取ると、直ぐに激しい牽制弾を森の中へと撃ち込み入れ始めた。
君もまた、恐らくは敵が勢い良く飛び出して来るであろう事を予想し、鋭い攻撃的刃の矛先を森の際付近へと、ギリリと突き差し向け付けていた。
勿論、君達がその時垣間見せた行動の全てが間違っていた訳では無い。
・・・だが、極々一般的な常識論によって導き出された適切なる回答は、時として、唐突に降り訪れた凶変凶事に対して、著しく不適切なる回答となってしまう事がある。
この時君は、少なからず、先程兵士達から「化け物」と称し呼ばれた敵なる機体が、突然、思いもよらぬ突飛な行動に出てくる可能性を、考慮して置くべきであった。
その直後、一際大きなドン!!と言う地鳴りが吐き上げられると共に、一瞬にして森の中で蠢く敵の気配が掻き消え去った。
(タランチーニ)
「なにっ!?」
(ケリック)
「ショウ!!」
(ショウ)
「ああん!?」
そして、非常に逼迫した金切り声を吐き上げたケリック、タランチーニの言葉を余所に、一体何事が生じ起きたのか全く解り取れていないショウが、自軍の通信システム内に間の抜けた声色を流し入れる。
ドッガシャーーーン!!
次の瞬間、彼は、唐突に上空から勢い良く舞い降り落ちてきた黒い塊によって、完全に機体を圧し押し潰された。
それはまさに、無事か!?と尋ね聞く事が阿呆らしく思える程の無残な押し潰され方で、君は「ショウ!!」と大きな声を吐き上げる以外に、それ以上言葉を連ね出す事が出来なかった。
君の目の前に突然姿を現した黒い塊は、右手にグレネードガンであろう武器を一丁携え持っただけの比較的小振りな人型DQだった。
君が搭乗するカルフールとほぼ背丈が違わないであろう、非常に華奢なる中型DQ風情の代物でしかなかった。
だがしかし、君がふと、これが化け物機?と懐疑的な思考を脳裏へと渦巻き上げた瞬間、その黒い人型兵器は、恐ろしい程のスピードで猛然の大地を駆け走り始めたのだ。
ホバー移動をするでも無く、空を飛ぶでも無く、物凄い勢いで大地を駆け走り始めたのだ。
それはまさしく、人間と言う生き物をそのままに大きくした黒い巨人と称すに相応しき動き・・・、単なる新型機と言う枠組みでは全く言い表す事の出来ない、正真正銘の化け物機だった。
しかも、最悪な事に、その黒い化け物機の次なる獲物は、どうやら君である様だった。
(タランチーニ)
「何だこいつ!!」
(ケリック)
「ステイニー!!撃て!!撃て!!」
君は咄嗟に、ASR-RType44の発射トリガーを引いた。引きまくった。
周囲で逃げ惑う輸送部隊の兵士達の事を慮ってやる余裕など全く無かった。
只々必死に、一生懸命になってトリガーを引き続け、大量の薬莢を周囲にぶちばら撒き続けた。
しかし、時折軽快に大地を蹴り拉きながら、小気味良いジグザグ走行を奏で出す黒い化け物機に対して、君は、少しも効果的な反撃弾を見舞い入れ遣る事が出来なかった。
瞬く間に眼前へと突き迫り寄られ、すれ違い様に繰り出された黒い化け物機の強烈な左手パンチ攻撃によって、カルフールの頭部を完全に破砕し遣られてしまった。
そして、君が「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」と大きな叫び声を垂れ流し続け経ている間に、素早くカルフールの後方部へと回り入られ、全く間髪を置かずして繰り出された右足回し蹴りによって、両脚部を根元から完全に圧し折られてしまう事になる・・・。
アイカ・・・!!
その時君は、無意識の内に彼女の名を呼んだ。
完璧に致命傷となり得る強烈な一撃を食らわし入れられたその瞬間から、無様にも動力部であるテスラポットから地面へと叩き落されるまでの間、ずっと・・・。
物理的に奏で出される情けない悲鳴とは全く別に、ギュッと下ろし閉じた瞼の裏側に広がる内なる世界の只中だけで、君は必死に彼女の名を呼んでいた。
つい先日、電話口において、一方的に別れを告げられた、愛おしき女性の名前を・・・。
君は彼女と結婚するつもりでいた。
先日彼女に電話を掛けたのも、誕生日に合わせて買っておいた婚約指輪を彼女に渡そうと考えていたからだ。
勿論、彼女が素直にそれを受け取ってくれる保証はどこにも無かったのだが、それを無下に断り拒まれる様な事にはなるまい・・・と、君はそう思っていた。
それだけ君と彼女は愛し合っていた。
少なくとも君自身は、そう思っていた。
それなのに・・・。それなのに・・・。何故・・・。
ドシャン!!
大地へと降り落ちた瞬間、君は一瞬にして意識が掻き消え飛んでしまう程の激しい衝撃に見舞われた。
そして、瞬間的に迸った走馬灯と言うべき思い出のスライド絵図が、薄れ行く意識の中で無作為に錯綜し合い、自分と言う人間が歩んで来たこれまでの人生を、備に顧みて見る機会を与えられる・・・。
君の脳裏に真っ先に浮かび上がった思い出の数々は、そのほとんどが、彼女と過ごした楽しい日々の出来事だった。
所々、喧嘩をし、激しく罵り合う彼女との遣り取りや、全く一言も口を聞かなくなってしまった時の彼女の冷たい態度、彼女に思いっきり引っ叩かれた時に感じた頬の痛み、心の痛みなどが、多数混じり入っていたが、それでも尚、それらの全てを総じ入れても尚、君は彼女の事が大好きなんだと思った。
彼女の思いの全てが解る訳では無い。
でも、恐らくは、いつ死ぬかも解らない男の事を、いつまでも待ち続けているのが辛かったんだろう・・・。
君はこの時、そう思った。
そして・・・。
アイカと別れて正解だったのかもしれない・・・。これで彼女を悲しませずに済むものな・・・と、唯一の慰めとなる言葉を胸の内にしっかと仕舞い込み、最後に、アイカ、どうかお幸せに・・・と、心の中で小さな呟きをそっと吐き奏で上げた。