09-12:○マッチを手にして遊ぶ子供
第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」
section12「マッチを手にして遊ぶ子供」
パレ・ロワイヤル基地内の数ある施設の中で、最も贅を凝らし塗した悪趣味な部屋はどれか・・・、と問われれば、間違いなく百人が百人、声を揃えて同じ答えを返す事であろう。
それは、無意味な程にだだっ広く、無意味な程に派手鮮やかで、無意味な程に様々な装飾を施し入れられた、非常に帝国色の強い非機能的な大部屋・・・、この基地の最高権力者たる人物の為に用意された指揮官室だった。
恐らくは、この基地の前所有者である帝国軍司令官「ナコレアフ・レブ・トールネイ」の趣味であったのだろうが、部屋の中央部に鎮座する巨大な大理石張りのテーブルや、その頭上にぶら下がる、見るも鮮やかな巨大シャンデリア、観賞用として無意味に置かれた大きな暖炉などは元より、非常に高価な甲冑飾りや、剣、斧、銃と言った様々な種類の武器飾り、物の怪達の頭部を用いて作成された精巧な剥製物などが、所狭しと並べ置かれ、部屋中に一際異様な雰囲気感を満ち溢れさせている様子だった。
極め付けは、指揮官席の背後部の壁面にでかでかと掛け飾られた、「第8代皇帝オリュンポス」を模した巨大な肖像画である・・・。
確かに、見る者が見れば、思わず感嘆符付きの溜息を漏らし零してしまう程の妙的絵画、魅惑の芸術品であったと言えるが、そうでない者にとっては、煩わしき嫌悪感を著しく増長させる不快品以外の何ものでもなかった。
言うなれば、その部屋は、仕事場として用いるには著しく不適当な、最低最悪の趣味の部屋だった。
・・・だが、現在の基地司令官であるサルムザークは、特にこれと言ってそれを気にする風では無かった。
(サルムザーク)
「・・・まあ、使う俺自身が気にしなければ、それで済む話だ。何も態々御大層な労力をかけてまで片付けをする必要もあるまい。それに、帝国貴族達の悪癖を示す良い例として、多少なりと保存しておく価値もある。物は考えようさ。」
(ロッコ)
「しかし、この様に煩雑な環境下では、仕事に集中するのが大変ではありませんか?」
(サルムザーク)
「仕方ないさ。作戦司令室に程近い隔離部屋が、ここ以外に無かったんだからな。それに、俺はこんな愚物品に意識を奪われて、集中力を欠いてしまうほど貴族趣味じゃない。」
古めかしくも、真新しき様相できっちりと整い繕われた、小奇麗な指揮官机へとゆったりと収まり座り、あからさまにリラックスした表情で手元の資料を備に眺め回していたサルムは、目の前に凛と立ち佇む、非常におっとりとした好美男子へとチラリと視線を移し変えた。
そして、視線がかち合うなり、全く他意無き素敵な笑顔を振り撒いて来るロッコの姿をじっと見遣りつつ、徐に手に持つ資料を机の上に静かに放り遣ると、彼の方へと向き直る様に椅子を回し、机の上に両肘を付いて、顔の前でそっと両手を組んだ。
(サルムザーク)
「クオタール議員の意図はこちらも了解した。スーリンに居る反帝国勢力との連絡体制もようやく整った事だし、物資の搬入作業に関しては、何の問題も無いだろう。今回から諜報部の協力も得られる訳だしな。」
(ロッコ)
「ワーゼン氏との遣り取りに関しては、今後は全て、二佐の裁量にお任せするとの事です。但し、なるべく内密に事を推し進める様にと、再三強く念押しされました。」
(サルムザーク)
「折角の火種も、燃え上がる前に消化されてしまっては困る・・・と言う事だな。」
(ロッコ)
「そう言う事です。出来れば私と二佐、そして守秘レベルAを義務付けられている諜報部員以外の者には、なるべく口外しない様にしてください。」
(サルムザーク)
「解った。」
今現在のトゥアム共和国は、帝国国内に存在するロイロマール派の兵士達を支持し、彼等と共闘する立場側に完全に寄り傾いている。
それは、あくまで内々に・・・、秘密裏に・・・、と言うのではなく、もはや大々的にそう言った方向で事を推し進めて行く方針を打ち出していた。
勿論、トゥアム共和国政府としては、ロイロマール公爵と結託し、帝国国内の平和を著しく乱した叛徒共・・・と言う不名誉なるレッテルを、大っぴらに認め受け入れるつもりなど毛頭なかったのだが、実際問題として、そうする以外に何ら有効的な手立てを見出せなかった事も確かで、結局、ロイロマール派の兵士達を支援して行く立場に落ち着いてしまったのだった。
言うまでも無く、ブラックポイント駐留軍の前総司令官たる「ゼフォン・ウィリアムズ」が、秘密裏にロイロマール派の兵士達と内通していたと言う事実に関しては、一切公表しない方向で政府一同皆一致していた。
(サルムザーク)
「ところで、このワーゼンなる人物についてなんだが、反帝国勢力の指導者と言うには、余りにありふれた経歴の持ち主だな。何者なんだ?」
(ロッコ)
「聞くところによると、帝国国内ではそれなりに名の通ったやり手の商人だった様です。その為もあってか、多種多様な方面に顔が利く人物だとか。人望もそれなりにある様です。」
(サルムザーク)
「ふーむ。・・・第二の武装決起軍を率いる身としては少し弱いな。彼自身には、物資の受け入れ作業と、他方への転流作業に専念させた方が良いか。」
(ロッコ)
「・・・彼自身は、やる気満々の様ですが。」
(サルムザーク)
「お子様向けのモグラ叩きゲームじゃないんだ。やめさせるさ。何も態々相手に叩いてもらう為に頭を出す必要は無い。」
(ロッコ)
「しかし、クオタール議員からは、出来る限り早くに事が生じ起きる様にと・・・。」
(サルムザーク)
「余り性急に事を推し進めるのは得策では無いよ。幸いな事に、今現在の戦況は完全に膠着状態にある。この機に乗じて、確実に激しく燃え上がる為の土壌を肥し育んで行くべきだ。」
(ロッコ)
「・・・解りました。クオタール議員には、私の方からそう伝えておきます。ですが、恐らくは再度、同じ様な通告が届く事になると思います。」
非常に温和なるも、何処となくにべ無き口調でそう言い放ったロッコに対し、あからさまに呆れ入った様子の溜息を一つ繰り出して見せたサルムは、徐にゆっくりと上体を起こし遣ると、椅子の背凭れにドッカと身体を預け倒した。
そして、なにやら渋い表情を浮かび上がらせながら、意味無く部屋の彼方此方へと視線を投げ回し、程無くした所で右手を振り上げ、静かに頭をカリカリと掻き遣りながら、再度目の前に立つ青年へと視線を戻した。
(サルムザーク)
「トポリ要塞攻略に向けた、一つの布石として利用したい・・・が為か?」
(ロッコ)
「それは・・・。」
(サルムザーク)
「全く何を考えているのやら・・・。帝国国内において最大最強と言われる要塞がそう簡単に落ちるはずが無いだろう。・・・確かに、トポリ要塞を陥落させれば、この戦いで勝利を、ほぼ確定付ける事が出来ると言えるが、その代償として、恐らくは多大な犠牲を払う事になる。そうまでして、あの要塞を攻略する事に固執する必要もないのだがな。そもそも、帝国軍に勝利する上で、トポリ要塞の攻略が絶対的に必要かと言えばそうでは無い。カフカス砂漠の南端部を迂回して、王都ルーアンまでの進攻路を築けばいいだけの話しじゃないか。」
(ロッコ)
「それはそうですが・・・、トポリ要塞に駐留する帝国軍の軍事力を、端から完全に無視して済ます事は出来ないと思います。長く伸びきった補給線を側面から攻撃される恐れがありますから。」
(サルムザーク)
「確かにそれも一理ある。だが、トポリ要塞の帝国軍戦力を封じ込める策なら、他に幾らでもあるはずだ。トポリ要塞を真正面から堂々と攻撃して掛かる事に比べれば、それ程難しい作業では無いと思うんだが・・・。それとも何か他に、別の理由があると言う事なのかな?」
(ロッコ)
「さぁ。私もそこまでは・・・。」
(サルムザーク)
「・・・まあ、良いさ。まだトポリ要塞への全面攻撃が議会で正式に決定した訳じゃない。それに、一軍人でしかない俺達が彼是と議論を重ねた所で詮無い事だ。」
(ロッコ)
「そうですね。」
(サルムザーク)
「ただ、クオタール議員には、その辺の事を十分に配慮した上で、適切なる判断をお願いしたいと、サルムザークが強く望んでいた事を伝えておいて欲しい。分不相応な願いである事を承知の上でな。」
(ロッコ)
「解りました。そう伝えておきます。」
ピンコーン。
・・・と、丁度良く二人の会話が一区切り付き終わった所で、不意に部屋の中に新たなる来訪者が訪れた事を告げ知らせる静かな呼び出し音が鳴り響いた。
サルムは、その音を聞き取るなり、直ぐにそれと解る目配せをロッコに施し遣って、小さく頷く仕草を奏で出して見せた。
すると、ロッコも直ぐに、了解しました的な表情を作り拵え、サルムに向かって端然と敬礼を施し入れた。
(サルムザーク)
「入れ。」
その後、余所余所しき雰囲気感を完全に掻き消し散らした穏やかな声色を持って、サルムが来訪者に対して入室許可を出し遣ると、程無くして動き開いた出入り口扉の向こうから、二人の男女が順々に姿を現した。
一人目の女性は、ネニファイン部隊の副官的存在であるカース作戦曹長で、二人目の男性は、ネニファイン部隊のDQ整備作業員達を統括するシューマリアン技術二尉だった。
二人は、部屋の中へと立ち入るなり、軽やかな笑みと共に凛とした様相で、キリリと敬礼を施し出したロッコの姿を見付け取り、多少驚いた表情を浮かべ上げたが、恐らくは退出間際で有ったのであろう事を直ぐに察し取ると、一人づつ首尾良く敬礼を施し合い、彼の為に道を譲り空けてやった。
そして、彼が完全に退出した事を確認し終えた後で、直ぐに指揮官席に座る青年士官の方へと視線と意識を移し変えた二人が、ゆっくりと彼の方へと歩み寄り始める。
・・・と、ここで、開口一番、明らかに怪訝なる表情を携えて、懐疑的な短言を発したのはカースの方だった。
(カース)
「何です?」
(サルムザーク)
「別に。単に新任地の居心地はどうかと、彼に感想を聞いていただけさ。」
(カース)
「・・・それで?」
(サルムザーク)
「それはもう、それはもう、頗る良好と言うに相応しき居心地の良さですと、非常に素晴らしきお言葉を拝聴する事が出来ました。カース作戦曹長殿も、噂で聞く程の気難しさは微塵も感じられず、随分と気さくでいて接しやすいと、とてもとても褒めておりました。」
(カース)
「はぁ・・・。そうですか。」
(シューマリアン)
「二佐。受領した新型機六機の初期点検作業が完了しました。取り敢えず実戦レベルでの運用が可能です。」
(サルムザーク)
「解った。搭乗するパイロットの人選については、カースに一任する。準備が整い次第、直ちに完熟訓練に入ってくれ。」
(カース)
「了解しました。カフカス砂漠南端部駐屯地区への輸送部隊護衛任務と合わせて検討致します。」
(シューマリアン)
「それと、基地南東部に設定した特設演習場についてですが、演習場の反対側にも簡易的な整備工場を設けたいと考えているのですが如何でしょう?第5区画から延びる地下通路を利用すれば、物資の搬入作業も容易いかと思いますが。」
(サルムザーク)
「あの通路は爆撃で完全に寸断されてしまったと聞いているが?」
(シューマリアン)
「爆撃によって損害を被った箇所は、何れも地表近くに位置していた部分です。復旧するのに二日もかからないと思います。」
(サルムザーク)
「よし。では直ぐに、そうする方向で検討を進めてくれ。必要な資材、重機、作業員の調達などについては、リスキーマに丸投げして貰って構わない。」
(シューマリアン)
「ありがとうございます。新型機の詳細データについては、後で二佐のPCに転送しておきますので、内容を確認しておいてください。それでは、私は損傷機の修理作業が有りますので。」
(サルムザーク)
「損傷機の修理作業?」
(カース)
「昼過ぎに発生した事故機の事です。哨戒任務中に足を滑らせて崖から転げ落ちたと言う・・・。」
(サルムザーク)
「ああ・・・。そう言えば、そんな事を言っていたな。」
(カース)
「幸いな事に、パイロットは全くの無傷で済んだようですが、機体はほぼ半壊状態です。」
(サルムザーク)
「・・・。」
(シューマリアン)
「まあ、DQ自体は修理して直せる物ですし、パイロットが無事だっただけでも良しとしましょう。」
(サルムザーク)
「面倒を掛けるな。すまないが頼むよ。」
(シューマリアン)
「解りました。」
やがて、簡易的な遣り取りを数回かわし遣り経り、自分の用事を全て済まし終えたシューマリアンが、退出の挨拶なる敬礼を一つ施し出して、そそくさとその場を後にし行く。
ずんぐりむっくりとした横に広いその大柄な体躯は、やはりと言うべきか機動性に著しく乏しく、完全に部屋を退出し切るまでに要した時間は、常人の1.5倍から2倍程もかかる羽目となったが、その間、部屋に残される事になったサルムとカースは終始無言だった。
・・・と言うのも、カースの脳裏には、未だに先程までこの部屋に居た人物の事が、色濃く蔓延り残ったままだったのだ。
勿論、先程サルムから返しもらった白々しき返答など、端から相手にするつもりは無く、サルム自身も、その事をしっかりと理解して取っている様子だった。
程なくして・・・。
(カース)
「二佐。ちょっとよろしいでしょうか。」
(サルムザーク)
「なんだ?」
(カース)
「今度は一体、何を仕出かそうとしているのです?また何かの悪巧みですか?」
(サルムザーク)
「悪巧み・・・と言えば、確かにそうには違いないのだろうが、この件に関しては表向き、参謀本部の意向にちゃんと沿う様な形にしてある。特に問題は無いさ。」
(カース)
「参謀本部出身者である私にも明かす事の出来ない極秘任務ですか?でしたらまず、私の目の届かない所でなさる事をお考え下さい。目の前でうろちょろされると、こちらが迷惑です。」
(サルムザーク)
「絶対に秘密を守れ・・・と、義務られている訳じゃないしな・・・。本当の事を言うと、暗にお前の了承を取っておきたかったんだ。」
(カース)
「子供がマッチを持って遊んでいるのに、それを注意もせず、ただ見逃せと言うのですか?火遊びをしない保証が何処にあります?」
(サルムザーク)
「これまた手厳しいな・・・。だが、お前も解っているはずだ。今後トゥアム共和国が、一体どう言った方向に足を踏み出そうとしているのかを。そして、その為には、少なからず危険な火遊びに手を出さなければならないのだと言う事をな。」
(カース)
「・・・リトバリエジ都市と、オクラホマ都市を交換して終わり・・・と言う訳には、やはり行かないのですか?」
(サルムザーク)
「そうだ。少なくとも、政府高官のお歴々方はそう思っている。」
カースは直後、酷く曇り掛かった表情をあからさまに形作り、浮かべ上げると、徐にサルムから視線を外し逸らし、やはり・・・的な重々しき溜息を小さく吐き出した。
そして、なるべくなら早期に戦争が終結してくれれば良いと、都合良くも考えていた自身の思いを、そっと棚の上に静かに置き仕舞い遣りつつ、再び目の前の若い指揮官へと視線を差し向け括り付けた。
(カース)
「・・・二佐自身はどうお考えなのです?帝国軍を完全に屈服させるまで、帝国を完全に滅亡させるまで、戦いを継続なさるべきだと、そうお考えなのですか?」
(サルムザーク)
「ああ。如何様にして事を成すかと言う、その遣り様に関しては、多々相容れ得ぬ部分があるものの、最終的な帰着点をそこに置き目指す考えには、俺も賛成している。今の帝国は、収まるべき鞘を失った抜き身の闘剣だ。もはや、ちんけな交渉事に耳を貸す様な相手では無い。現に、帝国に隣接する周辺諸国は、皆、次々と戦火に引き摺り込まれる格好になっている。最近では、ゴルバイチーニも、ミレルテールも危ないと言う話だ。」
(カース)
「・・・鞘が無いと言うだけなら新たに作れば良いと、そう考える事も出来るのではないでしょうか。」
(サルムザーク)
「鞘に納まった剣は再び抜く事が出来る。特に今の帝国の体制では簡単にな。問題はまさにその点にあると言えるんだ。」
(カース)
「つまり、二佐は、少なくとも帝国の現体制・・・、帝国貴族達による支配体制を一掃する必要がある・・・と、そうお考えなのですね。」
(サルムザーク)
「そう言う事だ。」
(カース)
「確かに・・・、そうする事が出来れば一番良いのだろうとは、私自身も思いますが、そう簡単に実現し得るとは・・・。」
ピピッ。ピピッ。
・・・と、そこまで言い掛けて、カースは、唐突に指揮官席のPC端末から鳴り出した、甲高い呼び出し音に言葉を差し止められた。
そして、徐に右手を翳し上げて、会話を一旦途切れさせたサルムの表情をマジマジと見つめ遣りながら、勿論、だからと言って、それに代わる良き代案が有る訳じゃないけど・・・と、如何ともし難き鬱念を強く渦巻かせて、再び一つ、小さな溜息を吐き出してしまった。
(サルムザーク)
「俺だ。」
(チャンペル)
「二佐。現時点における帝国軍部隊の配置状況が判明しました。現在、帝国軍の今後の行動パターンをシミュレート中です。」
(サルムザーク)
「解った。直ぐに行く。」
その後、作戦司令室からの通信を簡単に済まし終えたサルムは、指揮官席からゆっくりと立ち上がると、目の前で浮かない表情を携え上げるカースへと視線を立ち返らせた。
そして、彼女に、一緒に行こう的な簡単なジェスチャーを軽く交え入れながら、小さな笑みを形作り出し、作戦司令室へと行き向かう素振りを示し出し始めた。
・・・が、しかし、その場にじっと立ち尽くしたままのカースの横脇をすれ違い行く際、サルムが唐突に言い放った言葉には、全くそれとは正反対の意味が含み込め入れられていた。
(サルムザーク)
「お前は、まだ降りる事が出来る。」
(カース)
「は?・・・・・・どう言う意味ですか?」
(サルムザーク)
「言葉通り、そのままの意味さ。ここまで連れて来ておいて、今更・・・なんて思うかもしれないが、お前には、まだ幼い二人の子供が居る。しかも、片方は重い病気を患って苦しんでいる。・・・その子供達の為にも、お前は今一度、考えを整理し直して見る必要があるんじゃないか?」
(カース)
「そ・・・。」
その瞬間、カースは俄かに驚いた表情を浮かべ上げて凝り固まり、しばし声を失ってしまった。
まさか彼からそんな言葉を投げ掛けられようとは、露ほどにも思っていなかったのだ。
確かに、帝国と言う危険極まりない大国と戦争を継続する事は、決して容易な事では無い。
帝国の現体制を完全に転覆せしめる程の大勝利を獲得し得る為には、更に険しい難道を只管に歩み続けなければならない。
危険も多い。多大な犠牲を払う事になる。生きて帰れる保証など何処にもない・・・。
それは、彼自身に直接問い質すまでも無く、しっかと認識して取っている事なのだろうが、まさか、恐らくは間違いなくそうなるであろうからと見越して、身重な自分に引退を勧告して来るとは思っていなかったのである。
カースはこの時、彼が一体如何なる度合の決意を持って、それに臨み向かおうとしているのか、その本気度をほのかに垣間見て取った様な気がした。
やがて、指揮官室の出入り口扉を開き、表通路へと出行こうとするサルムの背中に、非常に真剣な眼差しを送り付け遣ったカースは、彼の方へと徐に身体を正対させると、チラリと後ろを振り返る仕草を見せたサルムへと、強い口調でこう言った。
(カース)
「私の役目は、貴方が馬鹿をしない様にしっかりと見張る事に有ります。そしてそれは、私が貴方の事を一人前の大人になったと判断できるその時まで、ずっと続くのだと思います。貴方みたいな子供を残して、私一人だけ早々に引退なんかできません。」
言うまでも無く、カースが返し放ったその言葉の中には、子供の癖して生意気言ってんじゃないわよ・・・とか、余計な気を使わなくていいの・・・と言った、年長者としての意地的たる色濃い反発心が、強く込め入れられていた様子だった。
・・・が、全くの無言なるままに小さな笑みを形作り上げ遣ったサルムは、右手を軽く挙げ翳して見せただけで簡単にそれを受け流し済ませ、カースの思いをさらりと煙に巻く勢いでさっさと表通路の向こう側へと姿を消して行った。
ただ、その様子から察するに、少なからず込み上げて来た嬉しいなる思いを、俄かに誤魔化し散らす仕草で有った様でもあり、カースは不意に、全くもう・・・的な溜息を一つ強く吐き放って見せると、一目見て直ぐにそれと解らぬ小さな笑みを、小さく小さく浮かべ上げたのだった。