09-11:○踊る道化に踊らす妖女
第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」
section11「踊る道化に踊らす妖女」
そこは、深い深い森の奥深く・・・、非常に入り組んだ険しい山間部の奥深く・・・でありながらも、それ程人里遠く離れた秘境的秘境・・・とまでは言い切れない、濃密な樹海群の真っ只中だった。
地形的には、比較的なだらかと言える狭い盆地地帯の中心部に位置している場所で、明らかに盛り土した様な形状を残す綺麗な小丘の最頂点部には、一際異彩を放つ古びた人工的建築物が三つほど立ち並んでいた。
恐らくは、過去に何かの施設として利用されていた建物なのであろうが、周囲をぐるり取り囲む様に聳え立つ堅固な石塀は、その大部分が大きく崩れ去ってしまっており、辛うじて外観をそのままに保ち残していた建物も、所構わず生え伸びる大量の植物群に囲い覆われ、見るも無残な廃墟たり得る様相に完全に落ち果ててしまっている様子だった。
・・・だが、一見して、長い間人の手入れを全く受け施されていない様にも見受けられるが、完全に放置されていたのは建物の外観部分だけで、建物の内部の方は、それなりと言える色濃い生活感が漂い篭っている様であった。
勿論、極一般的な感覚を持ち有する普通の人間が、普通に住まえる程の清潔感や解放感などは全く無く、その大半が異様な程に淀み濁ったねばねばしい空気感と、明度にも彩度にも乏しい重苦しい陰湿感に取り憑かれていた訳だが、逆に、そう言った類の隠れ家的廃屋だからこそと、好んで根城に使用する者達が数多くいた事も事実で、彼等もまた、そう言った種類の人間達だった。
(悪漢A)
「だからよ!とんでもなく強ぇ奴が居たんだって!嘘じゃねぇって!」
(悪漢B)
「しかも二人同時にだぜ。ありゃぁ、何をどうしたって、どうにもならねぇレベルだったぜ。絶対に何かしらの訓練を受けている、どこぞかの兵士だ。」
(悪漢C)
「ほんともう!あんなの聞いてないわよ!あたしなんか、マジでおしっこちびっちゃう所だったわ!だってね!銃で銃を弾き飛ばしたのよ!?カッキーンって!これ、ほんとよ!?」
大きな建物の小脇にこじんまりと隣接した小さな二つの建物の下には、実は、かなりの規模と言える地下施設が存在している。
恐らくは・・・、と言うより、間違いなく、その地下施設の方が本命と言える主要部なのであろうが、地下三階にも及ぶ建物の構造は、大小様々な30室もの部屋部屋の不規則な連なりによって形作られており、増築に増築を繰り返したのであろうその形様は、完全なる蟻の巣・・・と言った、簡易的迷宮迷路の様相を呈していた。
今現在、彼等が屯しているこの部屋は、その中でも一番使い勝手の良い地下施設中央部の大部屋で、彼等が寝室として使用している体の良い小部屋群へのアクセスも比較的良い、外界へと這い出る為の労力も少なくて済む、まさに溜まり場として用いるには持って来いの非常に機能的な一室だった。
(カルティナ)
「はぁ・・・。ほんっっっと呆れる・・・。これが貴方が言ってた適任者達?最低以外の何ものでもないわね。」
(悪漢A)
「何だとゴルァ!てめぇ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
(悪漢B)
「大体、あんたがあの小僧の事を、もっとしっかり足止めしといてくれりゃ、何の問題も無かったんだよ。大した時間稼ぎも出来なかった分際で、偉そうな口叩くんじゃねぇって。」
(カルティナ)
「あんなド素人臭い小娘一人を相手に、あんな大声を張り上げられるなんて、思ってもみなかったからね。貴方達が、こんなにも使えない無能者だって事が事前に解っていれば、もっと別の手を考えたわよ。」
(悪漢F)
「何だとこいつ!?言わせておけば!」
(悪漢G)
「ふざけんじゃねぇぞ!この糞アマがぁ!」
(悪漢C)
「一体何様のつもりよ!皆でひん剥いてやっちゃうわよ!」
(悪漢H)
「そうだそうだ!こんな女!やっちまえ!」
部屋の片隅に取り付けられた簡易的照明器具のおかげで、部屋の様相は過不足なく十分に窺い見渡せるほどの明かりに満ち足りていたが、見るからに雑然とした汚らしい部屋の中に、見るからにむさ苦しい男達が多数屯し篭り入った光景は、なるべくなら見たくない・・・、見ずに済むなら済まし流したいと思う程の不快絵図であった。
部屋の中央部を取り囲む様に並べ置かれたテーブルの上には、いつ食したのかも解らぬ食べ物の残りカスや、飲みかけの酒瓶などが無造作に放り置かれ、部屋の出入り口通路以外の壁際には、用途不明なガラクタやゴミの山が幾つも積み重なっている。
特殊なコーティングを施されているのであろう部屋の壁面や床面も、外界から持ち込まれた土や埃と、何処からともなく漏れ出して来た不衛生な水気によって酷く傷み薄汚れ、煙草の匂いやら、カビの匂いやら、下水の匂いやら、男達の汗臭さやらが、ごったに交じり合ったこの部屋の匂い・・・、生暖かい空気感は、長らくこの場を根城として用いてきた彼等以外の者達にとっては、到底容易には受け入れ難き、堪え難き、最悪の代物であったに違いなかった。
・・・だが、しかし、昨日、今日初めてこの部屋へと立ち入った完全部外者・・・、この場に居る者の中で唯一の女性たるカルティナの表情からは、その事を少しも気に掛ける風色を全く感じ得なかった。
一際照明が良く当たるテーブルの上へとドッカと腰を落ち着け、椅子の上に足を置いて、綺麗な太腿を妖美に組み上げる彼女の態度は、寧ろ、平然とその場の雰囲気の中に馴染み入る事が出来ている様子だった。
容易には逃げ出す事も叶わぬ密室的地下室のど真ん中にあって、激しくいきり立った危険極まりない男達に囲まれた只中にあって、全く臆する事無く堂々と居座り入れる彼女の度胸の良さには脱帽の限りだが、怒りと欲望に満ち溢れた男達の鋭い視線集を、鼻で軽く笑い飛ばして見せた彼女は、厭らしくも艶めかしく足を組み替える仕草を奏で出した後で、更に、火に油を注ぎ入れると言った高圧的な悪言を平気で彼等に吐き付け遣るのだった。
(カルティナ)
「お生憎様。私は貴方達みたいな小物共に許す、安い身体は持ち併せていないの。残念ね~。それとも、その歳になってもまだ、ママのおっぱいが恋しいのかしら~?ほんと、可愛い子達だ事~。」
(悪漢F)
「ああっ!?馬鹿にしてんのかてめぇ!」
(カルティナ)
「あら?それ以外の意味に聞こえたのかしら?」
(悪漢G)
「言ってくれるじゃねぇかよ!この雌豚風情が!お高く止まりやがって!」
(悪漢C)
「豚は豚らしく、ブーブー泣き喚いてさえいればいいのよ!」
(悪漢A)
「おい!てめぇら!やっちまおうぜ!」
(悪漢H)
「おう!やっちまえ!やっちまえ!」
勿論、それは、自分の立場が彼等よりも上にあると言う事を、彼女自身が良く理解していたから出来た事であり、彼等が何の妙策も無く自分の事を排し滅する事など有り得ないと、彼女はそう考えていたのだ。
少なくとも、彼等のリーダーたる若い男・・・、二、三人の男達を傍に立ち控えさせ、小洒落たソファーの上で偉そうにふんぞり返っている、茶色のブレイズヘアの伊達男は、間違いなくそうであろうと思っていた。
言うなれば、彼女は、彼等にとって、今後の生活を安泰化させ得る体良き金づる・・・、適当に暴れ回るだけで簡単に金を振り撒く魅惑のご主人様であった。
そう簡単に、彼女の存在を消し去れるはずが無かった。
言い換えれば、彼女は、それだけ先の仕事で多大なる報酬を彼等に支払っていると言う事だ。
(リュアス)
「やめろ。お前等。余り意味の無い事に労力を使うな。」
(悪漢A)
「だってよぉ!兄貴!」
(悪漢C)
「あたし、こんな女の言い成りになるなんて、御免真っ平よ!」
(悪漢A)
「大体、こんな女・・・!」
(リュアス)
「良いから黙れ。」
(悪漢A)
「う・・・。ぬ・・・。ぐぐぐ・・・。」
(悪漢C)
「弱っ・・・。」
この部屋に居る男達を含め、総勢三十名にも及ぶ小集団を纏め上げるこの男の名は、「リュァス・ティキット」と言った。
彼等の主たる生業は、一般的に山賊稼業と言われる強盗、強奪、恐喝、傷害に加え、時に、報酬次第で、誘拐や監禁、破壊や殺人と言った、真なる悪行事にも平気で手を出す完全なる汚れ仕事であり、彼等がこんな辺鄙な場所で、ひっそりと暮らしているのもその為だ。
系統的には、つい数年前まで帝国全土で猛威を振るっていたファルクラムと同じ様な組織であると言えるが、彼等の場合、特にこれと言って、御大層な大事を成し遂げようと言う高い志を持ち得ていた訳では無し、保有している武力も、能力も、それなりと言う程度しか持ち得ていない、只の落ちこぼれ集団だった。
元々、奴隷階級の底淵に有った者や、平民階級に有りながらも、一般社会の風潮に馴染め付けずに逃げ出した者・・・、それなりの地位にありながらも、他人の陰謀事に蹴落とされてしまった者や、自らの失態によって転げ落ち着いてしまった者など、その出自は様々であるが、言ってしまえば、彼等は、その日を生き延びる為の手段として、暴力と言う力を行使する以外に手立てを持たない、単なる悪党集団であった。
(リュアス)
「・・・確かに、人選については多少問題があったと言わざるを得ないな。それは素直に認めよう。だが、だからと言って、前金として受け取った金を返金するつもりなんか無いからな。」
(カルティナ)
「それは構わないわ。」
(リュアス)
「それに、事前に知らされていなかった見知らぬ兵士が二人・・・。これについては、逆に、こちら側から異議を申し立てなければならない所だ。そんな奴等が居ると解っていれば、こちらも無駄に負傷者を出さずに済んだだろうしな。」
(カルティナ)
「そのぐらい、自分達で何とかして欲しいものだわ。・・・と、言いたい所だけど、良いわ。彼等二人の治療費込みで、追加報酬を払ってあげる。」
(リュアス)
「はっ。気前が良いんだな。」
(カルティナ)
「今後、貴方達が私の指示に素直に従ってくれますようにってね。お・ま・じ・な・い。うっふっふ。」
彼等が仕出かす蛮行の全ては、完全なる犯罪行為・・・、大なり小なり、皆例外なく、黒々しき悪行事に当たり、如何に彼等が生活に困窮していたのだとしても、決して許されるべき行為では無い。
本来であれば、彼等の様な存在は、早々に検挙駆逐されて然るべき所であった。
しかし、適宜首尾良く取り締まりを実施していると、大々的に公言している帝国の憲兵隊も、完全完璧に彼等の撲滅駆除を目指して奮闘出来ていたかと言えばそうでは無く、寧ろ、その数は、日に日に増加の一途を辿っていると言うのが実状であった。
・・・と言うのも、彼等の様な非合法的戦闘集団を、都合の良い時に都合良く利用しようと言う、権力者達の邪な意思が、彼等の根絶を妨げる強力な抑止力となっていたからで、彼等の存在は、金さえ払えば何事にでも率先して加担してくれる体良き道具として、暗に認められていたのだ。
言うまでも無く、彼女も、大金をひれつかせる事で、彼等の事を上手く利用しようと目論む立場側の人間だった。
(リュアス)
「・・・で?次は俺達に何をしろと?」
(カルティナ)
「そうねぇ。・・・今度は貴方達に、虎の子を出してもらう事になるかしら。」
(悪漢A)
「虎の子だぁ?」
(悪漢C)
「今度はあたし達に、DQを出せって言うの?」
(悪漢B)
「・・・おいおい。まさか正面切って敵の基地に突っ込めって言うんじゃねぇだろうな。」
(カルティナ)
「あら?察しが良いわね。貴方、正解~。」
(悪漢F)
「何!?」
(悪漢G)
「ふざけんなよてめぇ!馬鹿も休み休み言いやがれ!」
(カルティナ)
「そんなに不安がらなくても大丈夫よ。貴方達は、ほんの少しの間だけ、敵の目を引き付けておいてくれればそれでいいの。それ以外の事は何も望まないわ。」
(リュアス)
「あんたの目的は、あの小娘なんだろ?もしかして、DQに乗って出張って来た所を捕獲するって腹積もりなのか?」
(カルティナ)
「貴方達に、トゥアム共和国の正規軍と正面切って戦う覚悟があるって言うのなら、それも良いかもしれないわね。でも、実際に彼女が前線に出て来るかどうか解らないし、出て来ても、恐らく、貴方達の手に負える様な相手じゃない。あの娘、DQの腕は相当なものらしいから。」
(リュアス)
「じゃあ、どうするんだ?」
(カルティナ)
「うっふっふ。次はね。彼に協力してもらおうと思っているの。」
(リュアス)
「彼?・・・・・・ああ、こいつの事か。」
(カルティナ)
「本当はね。まだ後々の為に取って置きたい手だったんだけど・・・、ま、致し方なしって所かしらね。」
そう言って、一際怪しげな笑みを浮かべ上げて見せたカルティナは、艶めかしき所作を保ち奏でたまま、静かにテーブルの上から腰を摺り下ろし遣ると、部屋の片隅のテーブル席で一人、酒瓶を呷っていた小柄な男性の元へとゆっくりと歩み寄って行った。
そして、酷く陰湿な釣り目を鋭くギラつかせていたその男の目の前に、自らの豊満な胸の谷間を大胆に見せびらかし付け、テーブルの上に両手をそっと乗せ置くと、素っ気ない素振りで酒瓶にちびりと口を付けて見せた男の表情をじっと伺い見つつ、不意にニヤリと歪め上げた口元を静かに動かした。
(カルティナ)
「貴方に、少し手伝ってもらいたい事が有るの。協力してくれるかしら?」
しかし、男は、カルティナの問い掛けに少しも答え様とはしなかった。
何やらブツブツと小さい声で独り言を呟き出しながら、何処に付け遣るでもない殺気立った視線を小刻みに彷徨わせて居るだけだった。
カルティナは一瞬、あからさまに見て直ぐにそれと解る侮蔑的な視線を色濃く滲ませ上げ、この男の顔に唾でも吐き掛けてやるつもりで、小さな溜息を軽く吐き付けて見せたのだが、一拍ほどの間をおいて、直ぐに可愛らしき作り笑いを顔中一面に浮かべ出して見せると、彼の意識を強引に自分の方へと釣り向かせる新たなる好餌を、彼の目の前にチラつかせ始めた。
(カルティナ)
「博士が居る場所・・・、解ったわよ。」
(小柄な男)
「・・・何!?それは本当か!?」
すると、男は直ぐに食い付いてきた。
手に持つ酒瓶の存在を忘れ、思わず床に滑り落としてしまうや否や、明らかに血走った様子の尋常ならざる両の目をギリリと携え上げ、彼女の笑顔を食い入る様に凝視し始めた。
それはもはや、その事以外に何も頭に無い、何も考えていないと言った刹那的反応だった。
男の名前は、「ティーラー・テル」。
嘗て、トゥアム共和国のDQ製造メーカー「マムナレス社」に所属し、その辣腕を存分に振るい誇ったやり手の営業マン・・・だった人物だ。
(ティーラー)
「何処だ!何処にいるんだ!?」
(カルティナ)
「慌てないで。場所が解った所で、今の貴方にはどうする事も出来ない場所よ。少し落ち着いて・・・。」
(ティーラー)
「何処にいるのかと聞いている!答えろ!」
(カルティナ)
「貴方が私に協力してくれたらね。」
(ティーラー)
「・・・。」
(カルティナ)
「それに、貴方の本当の望みは、博士の居場所を突き止めた後・・・に有るんでしょ?」
(ティーラー)
「何!?」
(カルティナ)
「解っているわ。貴方が本当にしたい事が何なのか・・・。うっふふふ。私がね。貴方の望みを叶えて上げる。どう?悪くない話でしょ?」
(ティーラー)
「・・・・・・・・・本当か?」
(カルティナ)
「ええ。勿論。悪い様にはしないわ。」
(ティーラー)
「・・・ははっ。そうか・・・。ふっふっふ・・・。それなら・・・。ふふっ・・・。くっふっふ・・・。」
その後、再びブツブツと独り言を呟き出しながら、自分一人だけの世界へと、静かにのめり込み入って行ったティーラーの姿を見遣り取ったカルティナは、スッと背筋を伸ばして状態を起き上がらせると、彼に向けて軽い鼻息を投げ付け放った。
そして、綺麗な紫色の髪の毛をふわりと軽快に掻き上げて見せた後で、背後部に屯す男達の集団へと直ぐに意識を立ち返らせ遣った。
(リュアス)
「本当に大丈夫なのか?こんなぶっ飛んだ奴に任せて。」
(カルティナ)
「彼が直接やるって訳じゃないもの。大丈夫よ。」
(リュアス)
「報酬は?」
(カルティナ)
「それも心配しないで。貴方達の目玉が飛び出ちゃうぐらいの金額を用意してあげる。」
(悪漢A)
「何?それは本当か?」
(悪漢B)
「まさか億に届く桁・・・って事はねぇよな?」
(カルティナ)
「あら?そんな程度で良いの?もう一つ上の桁の金額を用意してあげようと思ってたんだけど。」
(悪漢F)
「うっお!マジかよ!すげぇ!」
(悪漢G)
「ひゃっほう!!」
(リュアス)
「待て待て。慌てるな。まだ確実に貰えると決まった訳じゃねぇ。」
(カルティナ)
「うっふっふ。慎重ね。」
(リュアス)
「こんな稼業を長らくやってればな。最後の最後で梯子を外されるって事も、この世界じゃ良く有る話だ。」
(カルティナ)
「解ったわ。明後日の昼過ぎには、貴方達の隠し口座に全額振り込まれるように手を回しておく。作戦の決行も、それを確認してからで良いわ。勿論、作戦が失敗した時の返還義務も無し。」
(リュアス)
「・・・俺達が金だけせしめて逃げ出すって可能性も、全くのゼロでは無い様な気がするんだが、その時はどうするんだ?」
(カルティナ)
「・・・うーん。そうねぇ。貴方達の働き次第で、更に凄い追加報酬を払ってあげる・・・って言ったら?」
次の瞬間、薄暗い地下室の中に彼等の大歓声が響き渡った事は言うまでもない。
汗臭い者同士でありながらも力強く抱き合う者達や、テーブルの上に置いてあった酒瓶を手に取り、勝手に祝杯を挙げ始める者達・・・、馬鹿みたいに踊り出す者達や、歌い出す者達など、その喜び様は様々であった。
勿論、トゥアム共和国軍の前線基地(恐らくパレ・ロワイヤル基地の事であろう)へと攻め込め・・・と言われた彼等に、そうそう安楽な道筋が用意約束されていた訳では無いが、それでも、長い間、安価な報酬のみで危険な綱渡りを無理強いさせられてきた彼等にとっては、またとないチャンス・・・、断る事など絶対に出来ない、まさに有り得ない、超高額な依頼話であった。
やがて、「解った。その話、乗った。」と言う、リュアスの言葉を聞き取るなり、徐に軽い笑みを浮かべ上げたカルティナは、最後に一つ、そうそう、そう言えば的な面持ちで、事の最重要部を華々しく彩る、素敵な出し物の事を確認し始めた。
(カルティナ)
「あの娘の様子はどう?元気にしてる?」
(リュアス)
「ああ。それなりに大事に扱っているぜ。時々、部屋の隅の方で泣いてたりするみたいだがな。」
(カルティナ)
「そう。可哀想にね。」
(リュアス)
「はっ。心にもない事を。あんたが無理矢理攫ってきたんだろ?」
(カルティナ)
「貴方達の事よ。・・・我慢してるでしょ?」
(リュアス)
「ふん。・・・まあな。中には夜な夜な人目を盗んで手を出そうなんて、不埒な考えを起こす奴もいる。」
(カルティナ)
「私の許可なく、彼女に手を出したら、只じゃおかないからね。」
(リュァス)
「解っている。あんたの指示には従うさ。何せあんたは、俺達にとっては、非常に有難い金づるだ。そう簡単に約束を反故にする様な真似はしねぇ。」
(カルティナ)
「そう。それならば何も問題ないわ。今回の件が全部片付くまで、しっかりと彼女の面倒を見る様にね。その後は、貴方達の好きにしていいから。」
カルティナは、そう言って、彼等との会話に最後の終止符を打ち付け遣ると、ほのかに香る妖美な女臭だけをそこに残して、直ぐにその場を立ち去る素振りへと転じた。
周囲で馬鹿騒ぎを繰り広げる無能な男共に、体良く作り拵えた愛想笑いを、存分に振り撒き散らし遣りながら・・・。
・・・だが、彼女の心の中に形作られたその顔貌は、恐ろしくも淫靡な怪笑を、如実に浮かべ上げている様子だった。